2-12【新たな日常 1:~新たな1日~】



「はいや!」


 つんとした寒さの残る中、モニカが朝日に向かって手を伸ばしながら叫んだ。


『掛け声出しても変わんねえぞ』


 と、俺が冷静にツッコミを入れる。

 すると後ろでは、それに賛同するようにロメオが小さくいなないた。


「でも、なんか、出そうな、気が」


 諦めきれないモニカが、力を込めながら手を開いたり握ったりを繰り返す。

 何をしているかといえば、昨日のレオノア戦で”デバステーター”起動時に使えた、ルーベンの”はかいこうせん”がまた使えないか試しているのだ。

 だが、案の定今のモニカの体では必要な”力”が起動しないらしく、再び封印された様に使えなくなっている。


『こればっかりは、どうしようもないからな』


 ”安全基準”は俺ですら弄る権限がない、”フランチェスカ”の真の根幹だ。

 それに駄目というからには、駄目な理由もあるのだろうし。


「うーん・・・もうちょっとな気がするんだけどなー」

『そりゃ、デバステーターと比べたら、ルーベンとの差はそんなに無いからな』


 とはいえ、そこは”女の子”と”男の子”。

 ・・・というかこの歳なら背の小さいモニカと、長身気味なルーベンの差かな。

 本格的な成長期はまだだが、もう既に高さも厚みも明確に違いがある。

 成長すれば、ギリギリ今のルーベンよりは大きくなるだろうが、それまでは彼のスキルを複製してもそのままは使えないだろう。


『まあ、それはこっちで代替スキルを見繕うしかないな』

「見通しは?」

『はっきり言って厳しい、エネルギー変換周りで使えそうなのが軒並み”身長不足”だからな』

「そっかー」


 モニカがそんなちょっと悲しげな、それでいてどうでも良さげな軽い返事を返してきた。

 まあ実際、デバステーター起動時でも無ければ魔力は十分に足りてるので、積極的に使う理由は無いのだけれど。


『まあ、今はそれどころじゃないしな』

「これ、どうしようか・・・」


 モニカがそう言いながら木苺の館の庭先を振り返る。


 そこにあったのは、真っ黒な炭のような残骸の山。

 それが結構広かった筈の庭の半分以上を埋め尽くし、4m程の高さまで積み上がっている。

 その前で途方に暮れる俺達。


 これは昨日使った、”デバステーターだったもの・・・・・

 試合後、ご丁寧に教師陣が選別しここまで運んで来てくれたのだ。

 目が覚めて朝稽古に出る時に初めてみた時は腰が抜けるかと思った。

 あまりの驚きに俺達は、取り敢えず現実逃避の為に、いつもの様にロメオと相撲を取ったくらいである。


 勇者を力で圧倒し、その膨大な魔力で勇者の権能を封じ込めた決戦兵器も、今や壊れはて魔力が抜けたガラクタの山だ。

 どうしたものかと、モニカが裸足の足でいくつかの欠片を突っつく。

 すると一部の残骸が、ガラガラと音を立てて崩れてきた。


『どう?』

『うーん、良くて4分の1くらい?』


 モニカの問に、俺が再利用可能な部品の目星を話す。


『だが、デバステーターの組み上げは諦めた方がいいな。 基盤がこれじゃ・・・』


 デバステーターの根幹部品である、9枚の大型基盤は、過負荷と戦闘による損壊でバラバラになり、一番大きな破片でも30cm台という有様。

 なんとか品質は使えるレベルだが、既に回路が彫り込んであるので再利用は難しい。


『うー・・・高いのに』


 モニカが呻く。

 実際、リアルに買うと目が飛び出るくらい高い。

 あのサイズと枚数だと、屋敷が複数建っても不思議じゃないくらいだ。

 なので”資本主義的視点”に立てば、デバステーターのパワーの9割9分はガブリエラの力という事になってしまったり・・・


『せめて・・・”お面”だけでも』


 そう言いながら、残骸を掻き分けるモニカ。


『”インターフェイスユニット”か、あれ無いときついもんな』

『せめて・・・グラディエーターは・・・使えないと・・・あった・・・あ』


 出てきたインターフェイスユニットは、予想通りというか・・・


「ベコベコだ・・・」

『思ったよりひでーな』


 顔面を覆う透明なガラスのような結晶部品にヒビが入り、周囲の回路部品が曲がったり引き千切れたりしている。

 こちらはさっきの基板に比べて高くないのが救いか(むっちゃ高いけど)


「・・・・」


 モニカが言葉を失い、無言で残骸を見つめる。


「キュルル!」


 するとロメオが”朝飯をよこせ”とばかりに、鼻先を俺達の脇腹に擦付け魔力を吸い始めた。


『まったくこいつは・・・』


 この脳天気っぷりが羨ましい。

 モニカもそう思ったらしく、一心不乱に魔力を吸い上げるロメオの頭を軽く撫でた。


 だが大量の瓦礫の山の前で下着姿で牛に縋りつかれてる姿は大変滑稽らしく、隣のペガサス飼ってるお姉さんが、妹分の下級生共々こちらを生暖かい目で見つめてきた・・・というか被害が飛んでこないか監視している。

 毎朝、よくもまあ飽きもせず見てるもんだ。

 そんなに面白いのかな?

 まあ俺達もロメオも運動直後なので汗をかいており、それが冬の朝に蒸発する光景は、なんともいえない荘厳さがあるが。

 

『あと問題は・・・』

あっち・・・だよね」


 俺にそう答えながら、モニカが苦い表情で木苺の館を振り返る。

 まだ朝早くのために寝静まった建物はピッチリとカーテンが閉められており、動くものといえばさっきまで行司をやってくれていたサティが首をかしげる程度。

 だがモニカはそこに、なんともいえない居心地の悪さを感じていた。



 実は昨日、医務室での治療が無事終わって競技場から帰るときに・・・ベスにむっちゃ泣かれた。


 どうやら、あまりに壮絶な戦いを俺達がやったのでショックを受けたらしい。

 それでも訪ねてくるまではなんとも無かったのだが、モニカの顔を見た瞬間、急激に目が決壊し涙を流しながらくっついてきたのだ。


 賢くて聞き分けの良いベスなので、別に文句を言ったり喚いたりというわけでもないのが、逆にきつい。

 ただひたすら、無言でくっつきながらシクシクやり、怒ったサティがひたすら”無言の非難”を浴びせてくるだけなのでどうしようもなく、結局ベスが寝付くまで大変気まずかった。

 ”腕パックリ”も見ていたわけだし全体的に刺激が強かったのもあるが、反応を見るにどうもモニカが何処かに行ってしまうような気持ちになったっぽい。

 ルシエラが外に出てすぐだからな・・・

 前も寂しい思いをしたらしいので、その時のことでも思い出したのだろう。


『まあ・・・次、戦うときの反省だな』

『なにかしなくていいと思う?』

『一緒にいるくらいしか、できることはないだろう。 そのうち元に戻るさ』

『だと良いんだけど・・・』


 この手の問題は、何か”これをやれば解決”的なものがあるわけでもないので、待つしかない。

 だが、そうは言っても気になるものはなるので、あと2日の祭りの期間はできるだけベスと一緒にいようと俺達は話し合ったのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 さて、10日間続くアクリラ大祭も残すところ今日を入れてあと2日。

 それを終えれば明後日には新年がやってくる。


 もう既に祭りの雰囲気は”まとめ”の段階に入っており、物見遊山の空気を纏っていた商人たちもギラギラとした目つきで商談を片付け始めた。

 必然的に店の棚は色合いを失い始め、人気商品を吐き出して残っているのは微妙なラインナップになっている。

 イベント事も大きな物は昨日の内に終了を迎え、大きな会場や競技場は臨時の馬車乗り場に改装され、祭り終了直後の殺人的な乗車賃を恐れた観光客を今のうちからアクリラの外へ吐き出し始めた。


「一部の行き先の乗り場が、変更になったみたいですね」

「うぐっ・・・」


 時々飛んでくるベスの言葉の”毒”にモニカが呻く。

 あちこちの掲示板で、馬車の乗り場変更を知らせる急造品丸出しの張り紙が掲示されていた。

 変更理由は乗り場として設定されていた競技場が、”昨日までの試合で”大きく破損し使えなくなったからだ。


 朝目覚めて付いてきたベスは昨日と違って泣きこそしなかったが、こんな風に遠回しな”毒”を吐いてくるようになっていた。

 彼女なりの意趣返しのつもりなのだろうか、よほど拡大解釈しなければ悪口にもならない内容だが、明らかに狙ってるし・・・まあ、しかたない。



 祭り気分が抜け始めてるせいか、アクリラ生も徐々に色々付けてた謎のアクセサリーなどが減り始めている。

 比較的脳天気な魔法学校生はそうでもないが、商人学校の生徒なんかは殺人鬼のような目で祭り期間中に稼いだ金を数えていたりするのがシュールだ。

 どちらかといえば”ハイブリット”なベスも、祭り終盤で機能不全に陥ってる店先を見ながら時折、何やらブツブツと呪文のように数字を呟いていることがある。

 何でも彼女、店で使う油の流通に一枚噛んでいるらしい。

 この辺は流石、豪商の娘ということか。



「おっはよー、モニカ! 聞いたよ、貴族になったんだって?」


 ベスとロメオを引き連れて街なかを歩いていると、”初対面モード”を顔に貼り付けたシルフィが声をかけてきた。


「あ・・・うん、そうらしい」

「”らしい”って!」


 シルフィが釈然としないモニカに笑いながらツッコミを入れる。


「うんうん、それでいい! 偉そうにしてないかって、心配したんだから!」


 と、冗談めかして背中を叩いてくる。

 だが俺もモニカも、あとついでに察しのいいサティも心の中で震えていた。

 パッと見、元気よく笑っているシルフィだが・・・・目が笑ってない。

 原因はなんとなく分かるが、それだけに触れるのが恐ろしくて触れられなかった。


『でも、貴族かぁ・・・』


 モニカが俺だけに呟く。


『実感ないね』

『なんか変わった感じもないしな』


 晴れて”伯爵令嬢”となった俺達だが、正直なところ昨日の今日で何か変わったことがあるわけでもない。

 見える景色がやんごとない感じになってるわけでもないし、敬われてるわけでもない。


 友人の反応にしたってシルフィが”コレ”なくらいであとは・・・


「よかったー モニカはモニカだね」


 とメリダに安心され、


「貴族? そんなことより飯行きましょうよ!」


 と、ひときわ脳天気なワンコに”第2朝食”に誘われたり、(彼女はたぶん1日7食制だと思う)


 強いて言えばアイリスに、


「モニカちゃん、ちょっと輝いてるような・・・」


 と言われたくらいか。


「ほんと!?」

「あ、いや・・・そうでもないかな」

「なんだぁ・・・」


 アイリスの言葉に露骨にがっかりするモニカ。

 それを前に地味な感じに苦笑いを浮かべるアイリス。


 ここまで来ると、なんだか”貴族の孫”になって変わったものを探そうって気分になってくるから不思議だ。

 だが制服も同じで、行ったこともない国の存在自体が風化しつつあるアルバレス貴族では実感も湧きようがない。


 そして何よりその原因になっているのが・・・


「わぁ! モニカちゃん! シルフィ! メリダちゃん! ウェンリルちゃん! あいり・・・」

「私だけ呼び捨てか!!」

「ふぶへっ!?」


 こちらに気づいて手を振ったアデルに、シルフィが挨拶代わりのアイアンクローをお見舞いする。

 俺達の学年ではお馴染みの光景ではあるが、アデルよ、まさかシルフィが止めなければ全員分の名前を呼んだのか?

 俺達はなんだかんだと友人が集まり、結構な人数になっているのだが・・・


 それはそうとして、俺達が貴族の実感がわかない原因として、


「あ! ルーベンから聞いたよ、モニカちゃんて伯爵のお孫さんだったんだってね!」

「アデルの家は?」

「え? 僕? うん、僕の家も伯爵だよ! 僕たちお揃いだね!」


 うわー、伯爵のありがたみねー・・・・

 そんでもって、アデルの近くには必然的に”彼の友人”がいるわけで・・・


「ルーベンの家は”公爵”だよね!」


 アデルが元気よく、距離を取ろうとしたルーベンに話を振り、それにルーベンが怖い顔を返す。


 しかし、でたよ”公爵”! 貴族の一番上。

 最近はモニカが粘ったけど結局、年間総合成績1位確定したし、君は何でも一番が好きだな・・・


「ウチは”直系”にはならないから、あくまで”侯爵級”だぞ?」


 とルーベンが相変わらず空気も読めずに剣呑気味にツッコミを入れる。

 へえ、ルーベンって直系じゃないんだー、だけど侯爵でも普通に伯爵より上じゃん・・・

 

 と、こんな感じに、この街では貴族というのは別に珍しいものでも、ありがたいものでもない。

 ・・・いや、一応商人たちにとってはありがたいのかな? でも貴族の子供は結構数いるので珍しくはないのだ。

 しかも俺達は”子息”じゃなくて孫だし、”嫡外子”だし・・・あれ、認められてはいるんだっけ?

 その辺曖昧だから、後でガブリエラに確認しないと。


「やっぱり、何か変わるわけじゃないんだね」


 この状況をモニカがそう総括する。

 その声はどこかホッとしたようで、モニカなりに”新たな身分”に構えていたというのがそこから伺えた。

 だが、そこにシルフィが念を押す様に注釈をつける。


「まあ、外ならまだしも、アクリラの中だと実感がわかないわよね」

「アクリラは普通じゃないの?」


 モニカが不思議そうに聞き返す。

 モニカにとっては、人界の知識の9割はこの街で身に着けたといっても過言ではないため、それを異常呼ばわりされて不安な感情が俺のとこまで流れてきたのだ。


「ここは”異常”よ。 例えばそこのバカアデルの事を外の街の公式な場で馬鹿呼ばわりしたら角が立つし、ある程度ワガママも聞かなきゃいけないわ」

「え!? ホント!? じゃあシルフィ今度一緒にヴェレスにでも・・・あだだだだ!!??」


 シルフィの言葉に何か良からぬことを想像したアデルが、またも速攻で彼女のアイアンクローに捕まっている。

 相変わらず仲がいいことで。


「こんな風に冗談言い合えるのは、この街の中だけってことよ。

 もっとも”お貴族様”の方は気にしてないみたいだから、モニカは気にしなくても良さそうだけど」

「あいててて」


 シルフィの言葉に腕の中のアデルが呻く。

 いつの間にか彼の頭を襲う暴力は、アイアンクローからヘッドロックに進化していた。

 当然アデルの表情には明らかな”幸福”が混じっている。


 だがシルフィの言葉を信じるなら、この光景はアクリラ特有のものであって、この街の外に一歩でも踏み出せば、そこには明らかな”壁”がある事になる。

 俺は心の中で気を引き締め直す。

 自分から振りかざすことは無いだろうが、粗相があれば厄介な事になりかねない。



「ルーベンは昨日の試合見たんだっけ?」


 おもむろにシルフィが話題を変えた。

 

 それに反応する様に全員の視線が徐々に空気化し始めていたルーベンに集まり、彼が

それにビクッと体を緊張させる。


「見てたの?」


 モニカが興味深そうにルーベンに問いかける。

 するとルーベンは、どこか暗い顔で俯くと小さく呟いた。


「・・・僕も・・・”代理”だったから・・・」


 その言葉で俺達は、恥ずかしながら彼が俺達と同じ”代理”の選手であった事を思い出した。


『そういや、そうだったな』

『でも、何で控室に来なかったんだろう?』

『うーん・・・』


 俺は思い当たるフシがないか、ルーベン周りの記憶を整理した。

 すると、すぐに1つの可能性が浮上する。


『おととい負けたのが、恥ずかしかったんじゃないか?』

『あー・・・』


 俺の回答に、モニカがハッとした表情でルーベンを見つめ、それをルーベンの怪訝な視線が迎え撃つ。

 幸いこちらの考えは伝わってなさそうだ。


『ねえ、それって、気にすることなの?』

『ルーベンも男の子だからな』

『そういうもんなの?』

『そういうもんだ』

『ふーん』


 モニカも俺の意図をなんとなく理解してくれたらしい。

 この件について、不用意に触れるようなことはなかった。

 本音では、ルーベンにデバステーターの感想を聞いてみたいと思っているみたいなので、これで一安心である。

 自分は負けたのに、同級生の女の子がもっと強い相手に勝ったなど、なかなか辛いものがあるのだろう。


 そして俺達がそんな風に気を回していると、シルフィの方が話題を切り替えた。


「で、あんたら2人は、こんなとこでなにしてたの?」


 どうやら、何でこんな所にいるのか気になったらしい。

 祭りの見物でしょ? と一瞬思ったが、シルフィが指摘するとたしかに妙である。

 ルーベンとアデルの2人はどこかへ移動したり、どこかから移動してきたりといった感じではなくただ突っ立ってただけだった。

 しかも他の祭り見物にうつつを抜かす生徒と違い、特に食べ物や土産物を持ったりもしておらず、服装にしてもいつもよりカッチリとした印象。

 ルーベンならいざしらず、アデルまでしっかりとめかし込んでいるのは変だ。

 

 まるで、これからここで誰かと待ち合わせをしているみたいに・・・

 それも、結構緊張するような重要人物と会うかのような・・・


「あ、僕たち、ここで人と会う約束をしてるんだ」


 あ、やっぱり。

 

 アデルの説明に、俺は自分の考えが当たっていたことに対して少し喜ぶ。


「へえ、どんな人?」


 モニカが興味深そうに質問する。


「うーんと、ルーベンの家の人、叔父さんだっけ?」

「ああ、当主の人が祭りに来てる」


 ルーベンの言葉にモニカが固まる。


 えーっと、ルーベンの家って”アオハ”だよな・・・

 それで”叔父さん”で”当主”とくれば・・・



「ルーベン! そこにいたか!」


 その時、不意に物凄い存在感がその場を貫いた。


 モニカが弾かれた様にそちらを振り向き、シルフィとワンコが僅かに腰を落として身構える。

 メリダやアイリスが反応しなかったのは、彼女達が戦闘系ではなかったからか。


 振り返った先には、人混みを掻き分けるように悠々と歩く壮年の男性の姿が。

 壮麗な軍服に身を包んだその姿には覚えがある。

 祭りの開会式で来賓として壇上に座っていた、あの謎のマグヌス軍人の一人だ。


「叔父上!」


 珍しく声を上げたルーベンが彼に応える。

 その瞬間、俺達の頭の中に”カチッ”っという音が響いた。


『 マルクス!!? 』


 花火でも弾けたのかと思うくらいの音量でモニカが心の中で叫ぶ。

 そのあまりの音量に意識が飛ぶかと思ったが、それどころではない。


『え!? マルクスって、”あの”マルクスか!?』


 そりゃアオハ家の当主っていや、他に居ないけど・・・


 だがモニカは答えない。

 すさまじく複雑な感情や考えがグルグルと渦巻き、そのせいで固まってしまっている。 

 無理もない、俺達の知っているこれまでの話を総合するならば、このマルクス・アオハこそが俺達を消そうとした頭目ということになる。

 そして何より、あまりにも大物過ぎた。

 何でこんな所に・・・


 モニカがマルクスと思わしき男を、目を剥いて見つめる。

 すると向こうもその視線に気づいたようで、ルーベンと会話しながらこちらに視線を向けた。

 その表情が驚きと・・・”警戒”に変わる。


 こっちを知っている!


 正直、モニカの家にあった絵本とは似ても似つかない。

 若くてイケメンだった挿絵と違い、こっちは擦り切れたように古い皺がいくつも刻みつけられた壮年の渋いオッサン。

 そして何より、遥かに・・・


『 強い!! 』


 俺にそう叫ぶやいなや、モニカが【転送】の発動を指示し、反射的に反応した俺がスキルを発動させる。

 だがその効果は、”インターフェイスユニット”という”目標”を掴みそこねて不発した。


『お面が!?』

『壊れたままだ! 今はない!』


 その瞬間、俺達の中を凄まじい”絶望”が駆け抜けた。

 今はデバステーターどころか、グラディエーターすら満足に展開できない。

 しかも魔力も回復しきってないのでルーベンはおろか、アデルやシルフィにも太刀打ちできない状況だ。

 対するこの男は・・・


 モニカがマルクスをキッと睨み、その目の横を冷や汗が流れ落ちる。


『レオノアさんより弱いって事は・・・ない』



 その時、マルクスが右手をスッと上げた。

 あまりに滑らかで素早いその動きに、反応することが出来なかったモニカは、恐怖で思わず目を目を瞑りかけ・・・


「すまんな」

「・・・え?」


 マルクスのその気の抜けた声に、モニカが驚きの声をあげる。


「怖がらせてしまったらしい。 軍人を長くやってたせいか、表情が堅くていかん」


 そう言いながら、マルクスと思しき男は眉間に手を当てて揉み解す。

 見れば俺達以外に激烈な反応を示したのは事情を知ってるメリダくらいで、他は驚いた程度で収まっていた。

 ルーベンなど、なんともいえない表情で俺達とマルクスを見比べている。


「えっと、マルクス?」


 モニカが問う。

 すると男が本当に嬉しそうに微笑んだ。


「いかにも。 私が”マルクス・アオハ”だ。

 絵本と違って失望したかな?」


 そう言っておどける姿に敵意は全く見られない。


「えっと・・・」


 その姿にどうしていいか分からなくなった俺達は、取り敢えず振り上げかけていた右手を下ろすことにした。

 見返せば、あと少しでフロウに手を伸ばすところだった。


『・・・敵意みたいなものはないな』 

『うん・・・でも演技かもしれない、なにかスキル動いてる?』

『【解析】によれば外に向かって使ってるのはないな。 だが内部で動いてる小さなスキルの正体までは分からない・・・

 ただ、この人混みの中で攻撃してくる事は無いだろう。 それにもう俺達はマグヌスの”敵”じゃないぞ』

『そう・・・だよね』


 自分達の新たな”立場”を思い出した事で、モニカの中の戦意が少しずつ段階を踏みながら萎んでいく。


 すると、それに呼応する様に周りの道行く人達がこちらを向いてざわめき始めた。


「なんだ!? マルクスだって!? あのマルクス・アオハ!?」


 先程まで全く見向きもしなかったのに、マルクスの名前が出た途端、指差して喜ぶのだから現金な人達だ。

 そしてそれを見たマルクスが、こちらを向いて軽く頭を下げた。


「すまぬな、目立ってしまったらしい」

 

 見るからに強そうな絶対強者の思わぬ謝罪に、俺達が面食らっていると、マルクスはルーベンの肩に手を置いた。


「重ねて謝るが、この子と約束があってね。 時間も無いので私達は失礼させてもらう。

 ・・・それでは皆の衆!」


 最後の言葉は俺たちにではなく、周囲でサインの順番を窺っていた者達に向けてのもので、それを聞いた観衆が露骨に落胆を見せる。

 そしてマルクスがルーベンの肩を叩いて合図すると、ルーベンがこちらに向かって挨拶を行った。


「それじゃ僕もこれで・・・皆は祭りを楽しんできて、アデルも」

「ああ、ルーベンも叔父さんとの”相談”、頑張ってね」


 どうやらアデルはここでルーベンと別れるらしい、でもルーベンの”相談”ってなんだろうか?

 少し気になるが、ルーベンはこちらに向かって一瞬だけなんともいえない視線を向けただけで、何も言わなかった。



「あ、そうだ」


 ふと、ルーベンと共に離れかかったマルクスが足を止め、首だけこちらを振り返る。

 だがその目はこれまでで一番ハッキリと、俺達だけを射抜いた。


「昨日の試合見ていたよ、モニカ・ヴァロア。 見事な戦いぶりだった、御父上・・・も喜んでいることだろう」


 マルクスはそれだけ言い残すと、すぐに首を戻して歩みを進める。

 それを無言で見送る俺達。


 マルクス・アオハ将軍は、現れたときと同様あっという間にいなくなってしまった。

 今は通りの向こうの人混みの中に、小さく背中が見え隠れしているだけだ。



「・・・すごい、人でしたね」


 突然の大物イベントからいち早く我を取り戻したベスが、皆の感想を代弁してくれた。

 モニカがそれに首だけで頷く。


『・・・どう思う?』

『ガブリエラの言うとおり、敵対関係はもう無いって事だろうか』


 まだ決めつけるには早急だが、少なくとも、あの男にはそんな意志は感じられなかった。


『・・・今、初めて”自分が変わった”って思ったかもしれない』

『・・・俺も』


 その瞬間、俺達の中に安心感と謎の疲れがどっと押し寄せてきた。

 まるでこれまで張っていた緊張が、一気に解けたかのようだ。

 これがガブリエラのくれた、”命”の実感というやつだろうか。


 そしてそれと同時に、モニカの中になんともいえない、天にも昇るような”高揚感”が満ち始める。

 その正体はモニカに聞くまでもない。

 なぜなら、


『・・・”見事な”だって』


 と、”ウフフ”という声が聞こえてきそうな調子で呟くのだ。

 なんとか真顔を保ってはいるが、表情がピクピクと笑みを作ろうともがいている感覚もある。


 今のモニカの心境を理解するには、”OHさん”に憧れた野球少年が”ミスター”に褒められたところを想像すればいい。

 もしくは□ナウドに褒められた、メ○シ好きのサッカー少年の心境か。

 ずっと憧れていたのだ、例えそれが敵対者だったとしても、何よりもまず嬉しいに決まっている。



「そういえば、モニカちゃんの”お父さん”って、あの人に殺された事になってたんですよね」

「え?」


 突然、ブチ込まれた”爆弾発言”にその場の全員が発言の主を見つめた。

 するとその反応に、発言者であるアイリスが驚いて頭を隠す。


「”モニカの父さん”?」


 シルフィがなんのことやらといった感じで聞く。

 するとアイリスが、マルクスとの思わぬ因縁を説明してくれた。


「えっと・・・ほら、モニカちゃんのお父さんって”タラス・ヴァロア”・・・さんなんですよね?

 その人、”大戦争”でマルクス将軍と戦って戦死した事になってた筈なんです」

「へえー、よく知ってるね」

「私、歴史とか好きなんで・・・」


 シルフィの称賛に褒められ慣れてないアイリスが顔を赤らめて謙遜する。

 しかし地味な印象しかなかったアイリスにもそんな趣味があったんだな・・・


『ねえ?』

『ん? どうした?』


 モニカがやけに頭をグルグル動かしながら聞いてきた。


『”タラス・ヴァロア”って・・・誰?』

『え?』


 あまりに予想外なモニカの言葉に、俺が驚いて思考が一瞬飛んでしまう。


『ガブリエラが言ってただろ、ほら、俺達の”父親”ってことになってる人。 死んじゃってるけど』

『・・・あ! ああぁ!』


 モニカが忘却の縁から何かをサルベージしたかのように、納得の声を盛大に鳴らす。


『”ああ!” じゃねえ! ガブリエラが言ってただろ!?』

『あの時疲れてて、ほとんどなにも覚えてないよ!』


 モニカの反論に俺はあの時の状況を思い出す。

 そういやたしかにあの時に、”話を聞いていろ”、ってのは無理がある状況だった。

 そう考えると、ガブリエラが”細かいことは俺に聞け”と言ったのは、それに対する配慮なのかもしれない・・・いやきっとそうだ・・・





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「本当に国防局長をお辞めになってたんですね」


 貴族院の中にある一室で、ルーベンが向かいの椅子に座ったマルクスにそう言った。

 するとマルクスは、どこか諦めたような笑みを浮かべながら首肯する。


「でなければ、この祭りに呼ばれることもなかっただろうさ。

 ・・・今思えば、これもあの狸爺の策略かもしれないが・・・」

「・・・?」


 言葉の最後に追加されたマルクスの呟きに、ルーベンが怪訝な顔になる。


「気にするな。 お前には関係のない話だ」

「そうですか・・・」

「そんなことよりも、私に相談とは、一体どんな内容だ?」


 物静かで手がかからないと一族の中で評判のルーベンが、いくらアクリラを訪れていたとはいえ叔父であるマルクスに直接の頼み事とは、滅多にあることではない。

 家の跡目を巡って微妙な関係ではある両者だが、マルクスはそれを無下にする気にはなれなかったし、その内容に興味がある。


 するとルーベンが真剣な顔でマルクスを見つめ、その視線の強さにマルクスは思わず我に返った。

 いつの間にか彼の記憶の中で子供だったルーベンは、拙いながらも己の意思をはっきりと持った”少年”へと成長していたのだ。


「以前、マルクス様に提案していただいた”お話”について・・・お受けしたいと考えています」


 その言葉を聞いたマルクスは、視線を上げて虚空を見つめる。

 マルクスとルーベンの間にかつて交わされた”提案”など、1つしか思い当たるものはないからだ。


「そうか・・・”私のヴェロニカ”を、全て・・受け継ぐ覚悟ができたか・・・」

「はい」


 以前は聞かれなかったしっかりとしたその返事に、マルクスは感慨のような不思議な感覚に襲われた。

 ルーベンが継ぐのは、現在マルクスが持っているマグヌスに許された”軍位スキル”の枠の譲渡。

 それは本来マルクスの子供のために用意され、結果として誰も継ぐだけの力を発現できずに、仕方なくルーベンに打診されたものだ。

 

「・・・つくづく今回の外遊では、私の肩から重荷が降りていく・・・」


 それも、絶対に降りないだろうと思われたものばかり・・・


「・・・?」

「なんでもない、気にするな」

「・・・はい」


 マルクスの反応にルーベンは納得行っていない様子だが、それを聞くほど気安い間柄ではなかったので、それ以上ルーベンが何かを聞いてくることはなかった。

 その事にマルクスは心の中だけで感謝の言葉を述べる。


「ところで、どういった風の吹き回しだ? 前は渋っていたというのに」


 まるで自分の気持を誤魔化すようにマルクスはそう聞く。


 だが、その何気ない問いかけにルーベンが肩を緊張させて構えたのだ。

 その様子に、マルクスは片方の眉を少し吊り上げる。

 このような反応は、マルクスの知っているルーベンのものではない。


「マルクス様は・・・あのモニカという子の試合を見たんですよね・・・」

「・・・ああ」

「どう思いました?」


 そう聞かれたマルクスが、顎に手を当てて考え込む。

 あの試合で彼女が見せた”力”を客観的に見た場合どう判断するか、それは今の今まで考えてもいなかったのだ。


 だがそんなマルクスが答えを出すよりも前に、ルーベンが口を開いた。


「僕は・・・彼女に追いつきたいと思いました」


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