2-11【対決! 勇者戦 1:~開始の合図~】
強大な魔法が飛び交い、鍛え抜かれた技が花火大会の如く爆音を奏でる最中。
アクリラの別の会場では、対象的に恐ろしく静かな演目が繰り広げられていた。
それは生徒による”研究発表”
一見地味な演目だが、研究都市の祭りとあって、その客入りは下手なショーや大会などより遥かに多い。
特に今季卒業予定の者による物は、毎年生徒が押し寄せ一種異様な空気となる。
なにせ数年間の自分の努力の総決算だ。
やる方にも、見る方にも力が入るのは言うまでもない。
ガブリエラはその発表の中で、自らに充てがわれた会場を見回す。
客席に座るのは立ち見も含めて2万と少し。
普段の研究発表会と比較すれば破格も極まりないが、祭り期間中と考えれば”上の下”といったところ。
世界中から研究者が集まり、自分の専門外でも興味を持てばふらっと入るので数字はどうしてもインフレする。
まあ、生徒の発表としては最上位は確保できたか。
ただ、客層がいただけない。
客席の中段あたりで目を血走らせている身なりの悪い連中は良い。
彼等はこの分野の専門家たちで、ガブリエラが発表する内容よりもそこで出される”生データ”の方に興味がある様子。
彼等はこの発表の”本来の対象”であり、数は200人程と少ない。
端や立ち見席に陣取る連中は、専門家ではないが何かに役に立つのではと考えた者達で、彼等もまた想定された客層だ。
数は生徒も含めて3000人程か。
次に客席の中段後ろ寄りと最前部に座る生徒達。
彼等はいわばガブリエラの”派閥”であり、取り入ろうと必死な連中で、ここに来る事で覚えを良くしようとしたのだろう。
中には本当に慕って来てくれた者も居るかもしれないが、そんな者がいても極少数なのでここに混ぜて問題ない。
彼等は2000人程だ。
問題はその次。
物好きな者ならば、これまでスキルに確認もさせずに適当にその場の気分で述べた数字を見比べて、”まだ全体の半分にも行ってないな”と思うかもしれないが、
事実、この会場の大部分の客層は明らかに研究発表には似つかわしくなかった。
見ただけで軍関係者か官僚と分かる連中ばかりで、中には軍服を堂々と着込んでいる者までいる。
”ウルスラ”に確認させた所、その大半は昨日の試合にも来ていた。
つまりガブリエラの”現能力”を確かめに来た連中だ。
彼等に対してガブリエラは良い気がしなかった。
単純に不快だというのもあるし、何よりも自分の研究に興味も示さない。
暇そうにしているだけならまだいい、中には羅列される数式やデータから目を逸らし、欠伸をしながら目を閉じる者までいる始末。
まだ始まってそれ程時間は経ってないというのに。
まあ彼等をこれから”利用する”身としては、よくぞ集まってくれたと歓迎すべきなのかもしれないが、その態度で相殺されていた。
「そろそろか・・・かな」
ふと、ウルスラの示す時間に目をやったガブリエラは、そう呟きながら話を一旦止める。
客席の一部が話の止まったガブリエラに不審げな空気を纏い出すが、そんなものは無視して舞台袖を見つめた。
するとまさに丁度、”もう一つの会場”から連絡を受け取った侍従長が合図を出すのが目に入り、それを見たガブリエラは視線を戻して、これまでと違った口調で語り始めた。
「皆の者。 そろそろつまらぬ話にも飽きたころであろう」
その言葉で一斉に視線がガブリエラに向く。
その殆どは、ガブリエラが何を言ったのか理解できなかった表情だ。
「ここにいるのは、このような数式の羅列を嬉々として眺めていられる変人ばかりであるべきだとは思うが・・・残念ながらそうではない」
ガブリエラはそう言いながら、最前列に押し込められた将軍用の軍服を着た2人組の片方をちらりと見つめる。
するとその男は、まるで魔獣に立ち向かう冒険者の様な目で見つめ返してきた。
これからガブリエラが何をするか、その目で見極めてやるといった表情だ。
だがガブリエラはそんなものは気にも止めない。
彼をもってしても脅威ではないし、”こちらの会場”に来た時点で彼にできることはないからだ。
「そんな彼らの為に、ここは1つ、今私が行っている発表がどういった物か、具体的な”実例”を示してみようと思う。
と、同時に理解ある者にも、私の示した物が嘘ではないと理解してくれる事だろう」
ガブリエラは柄にもなく演劇風にそう言って手を広げる。
すると、それに呼応するかの様に空間が軋む”ギシリ”という音が会場の中に響いた。
そして同時に舞台の上に複雑な模様の魔法陣が浮かび上がる。
「試しに、この会場の空間をどこか別の場所に繋ぐとしよう。
だが、ふむ・・・どこか丁度いいところはないものか」
そう言って腕を組みながら悩み込むガブリエラの姿は、非常にわざとらしかった。
だが徐々に唸りを上げて組み上がる魔法陣を前にしては、誰もその事を指摘できるものはいない。
「おお、そうだ! まさに丁度、学校別対抗戦の最終試合が行われているのではないか! よし、気分転換として皆で観戦するとしよう!」
その瞬間、まるであらかじめ組んであったかの如く複雑な魔力回路が魔法陣に追加され、完成する。
明確な”目的”と十分な魔力を得た魔法陣は、その内容を過不足なく遂行した。
数少ない”専門家”達が目を輝かせてメモをとる。
魔法陣の動き、回路の使い方を全て記録しようと必死だ。
だが殆どの者は何が起こったのか理解できず、ポカンと口を開けているだけしかできない。
その中で、最前列に座る将軍の一人が苦い顔で魔法陣の向こうに見えた景色を眺めている事など、誰の印象にも残らなかった。
それを見たガブリエラは心の中で小さくほくそ笑む。
この場にいるのは各国の情報に深く携わっているものばかり。
そんな彼らだからこそ、これから起こる事の”証人”としてふさわしい。
そして魔法陣がそのまま空間を切り取ると、現れたのは、まさに今より試合が始まろうかという競技場の景色だった。
「『皆の者! 対抗戦の観戦は楽しんでおるか?』」
◇
突然空中に現れたガブリエラに、俺達はどう反応していいか分からなかった。
もちろん俺達ですらこうなのだ。
この試合におけるガブリエラの思惑の存在など聞いてもいない観客達は、完全に言葉を失って空中を見つめている。
と・・・とりあえず、ガブリエラが今しがた宣言した内容を整理してみよう。
” そこに並ぶは、アルバレスの勇者”レオノア・メレフ”、そして我が名代”モニカ”である! そしてこれよりこの試合は、”ガブリエラ・フェルミ”の名において開催される事を、ここに宣言する! ”
ええっと、つまりこの試合、ガブリエラが持っていったって事でいいのか?
何を? ってのは、試合の主催というか”意味づけ”というか。
要は俺たちの試合は、ガブリエラの名の下に”王族観覧試合”として執り行われるということ。
つまり王政を引くマグヌスにしてみれば、いきなり”最高格”の試合がポンと生まれた事になる。
これからこの試合で起こる事、その全てが他の試合と一線を画して扱われるのだ。
当然、その記録は大々的に記録されるわけで・・・
『まったく、あの王女様め・・・いきなりぶっ込んでくれたな・・・』
『すごい顔・・・』
『ああ、すごいドヤ顔だな』
空間の縁に足をかけ見下ろすガブリエラの顔を見ながら、俺達はそんな感想しか出てこなかった。
正直、どう噛み砕いていいか分からないでいる。
たぶん”俺達絡み”なんだろうという事はうっすら分かるくらい。
だがモニカの方は、いち早くこの状況から立ち直った。
『ねえ、ロン。 この試合でする事って何か変わった?』
『え? いや、たぶん変わってないとは思うが・・・』
確かにガブリエラが空間を切り取って現れ試合を乗っ取ったのは驚きだが、試合自体は行うので派手な観客が増えただけともいえなくはない。
『わかった』
モニカはそう言うなり視線を対戦相手であるレオノアに戻す。
その視線には迷いはない。
もう既に覚悟はできているとわんばかりだ。
いや、むしろ。
” よかった・・・見に来てくれて ”
『・・・・?』
『うん? どうしたのロン?』
『あ、いや、なんでもない』
”本音”が漏れてるぞ、とは言わない。
モニカにしてみれば、ガブリエラが主催を乗っ取った事などどうでもよく、ただ一世一代の大勝負に”唯一の親族”が来てくれたという事の方が大切なのだ。
その証拠に、俺達に体の中を震える様な高揚感が充満している。
そのままだと感覚に影響が出そうなので、俺が少し抑えているくらいだ。
するとそんなモニカを見て何かを思ったのか、後方視界に映るガブリエラの肩から何か力が抜けたような印象を受けた。
たぶん錯覚ではないだろう。
”ダン”と音を立てて、モニカが地面に魔力を染み込ませながら足を踏みしめる。
気合十分といった感じだが、俺の方はその感触であまりよろしくない情報を引き当てた。
『予想より地面の組成が硬いな』
『問題ある?』
『魔力が染みにくい。 フロウ化してもそこまでの品質は出ないだろう』
『じゃあ”基幹パーツ”は持ち込んだ分だけでやらないといけないね。 足りる?』
『今計算中』
俺はそう答えると、手持ちのリストの照合の状況を見つめる。
『端材部でいいから、全体で40%くらいはここの土から確保したいが・・・』
『じゃあ、動かないといけないね』
『悪いなモニカ、”奥の手”が本当に奥の手になりそうだ』
本当は素材を全部持ち込めば済む話だが、流石にそれをやるとロメオが潰れてしまう。
できるだけ”現地調達分”で賄わないと、やりくりが上手く行かないのだ。
さて、俺達はそんな感じだが、改めて相手の方を見てみれば・・・
どうやらレオノアはまだ、この状況が掴めてないらしい。
空中のガブリエラを見つめながら、どうしたもんかと思案している様子が伝わって来た。
それにしても超絶イケメンというのはズルいもので、ポカンと呆けているだけで絵になる。
『かっこいいなぁ・・・』
モニカもこんな感じだ。
『”かっこいい”か?』
『かっこいいでしょ?』
『まあ、かっこいいけどさ・・・』
いつもどこかピントがズレたような価値観のモニカの感想だけに、それすら揃えてしまうイケメンの凄みを感じる。
なんというか、見てるだけでドキドキしてしまうのだ。
『なんか、こう、お腹の奥がジーンと来るというか・・・』
『モニカ、戻りなさい』
『とっても強そうだし、あんな人の”子供”がほしいな・・・』
『へ?』
唐突に出てきた意外な単語に俺が虚を突かれ、その反動でいくつかのシステムが吹っ飛びかける。
あっぶねー・・・
『何言ってんだモニカ!?』
『なにって、あんな人と子供作りたいなーって、そんなに変?』
『変というか・・・いや、なんでもない』
なんというか、あまり突きたくない話題だ。
絶対碌でもない結果になる。
きっとあんな超絶イケメンを前にした反応を、モニカなりに解釈した感想がそれなのだろう。
特に変な意味はないと思いたい。
モニカが誰かとくっつくとか、まだ俺の心の準備が・・・・
「フロウ!」
モニカがとりあえずとばかりにそう叫びながら足の裏から魔力を流し、足元の地面をフロウ化させて引き出す。
すると僅かに黒く変色した土がゆっくりと持ち上がった。
俺のスキルとモニカの修練の結果、最近ではこんなことまで出来るようになっている。
土に魔力を混ぜ込んでフロウ化するのは、ゴーレム界隈では結構基礎的なことだが、ここまで量に特化した者は少ない。
まあ、そのかわり品質的には褒められたものではないんだけどね。
俺達はその”超低品質フロウ”を手持ちのフロウに巻き付けながら、新たな武器へと組み上げていく。
出来上がったのは一見すれば過剰な大きさの槍。
今回はロメオに乗ってないので長さは控えめだが、それでも1.5mはある。
これはただ槍ではなく、もっと柔軟で攻撃力の高い武器だ。
まあ、そのせいで使用する材料が毎度ガタガタになってしまうんだけど。
そしてその槍を相手にまっすぐに向けながら、これで準備万端だとばかりにモニカが構えた。
だが、試合はまだ始まらない。
突然のガブリエラの襲来に運営がまだ対応できてないのか、周囲のざわめきはまだまだ大きいのもあるだろう。
ただ、向かいのレオノアが未だ剣も抜いていないのはどういうことだ?
「やらないの?」
モニカが準備の遅いレオノアに、少し不満気に声をかける。
すると彼は一瞬だけこちらを見つめた後、気怠げに息を吐きながら口を開いた。
「辞退しなさい。 こんな試合、やるべきじゃない」
その言葉を聞いたモニカが一瞬、何を言われたか理解できず思考が固まる。
「あの王女様の戯言に付き合う必要はないよ・・・まったく、何を考えているのか・・・・」
レオノアは更に言葉を続ける。
だがやはりモニカは反応しない。
「早くしなさい。 今なら辞退してもアクリラの負けにはならないから。 ちょうど”本人”が来ているんだから、本人にやらせるべきだろう」
「・・・わたしがたたかう・・・」
モニカが消え入るように呟く。
「ガブリエラにそう言われたんだろうけど、気にしちゃいけないよ。 あの人は気分で人を貶める。
こんな事・・・まだ君みたいな小さな子にやらせるべきじゃない」
だが、レオノアはそんな事はお構いなしとばかりに言葉を続けた。
そして本気で、自分と戦うに値しないと思っている事だ。
「この試合は遊びじゃない。 ガブリエラが怖いなら僕が彼女に話そ・・・」
「馬鹿にしないで」
その時、モニカが鋭い声でレオノアの話を遮った。
と同時に噴き出したモニカの”殺気”にも近い威嚇に当てられ、レオノアの表情が変わる。
この期の及んで、俺達が生半可な覚悟でこの場に立っているわけではないと理解してはくれたらしい。
「・・・はあ、言っても聞かないようだね」
だが依然として、”俺達が戦うに値しない”という考えまでは変えられなかったようだ。
『さっきのナシ』
モニカが俺に呟く。
『なにが?』
『こんな人の子供なんて欲しくない』
『そうか』
どうやらレオノア君は本人の知らぬところで振られたらしい。
イケメンなんで、知ったとしてもノーダメージなんだろうけど。
「『双方、準備はできておるな?』」
空中から完全に進行を乗っ取ったガブリエラが問いかける。
どうやら運営もガブリエラの”暴虐”を見逃す他ないと結論を出したようだ。
その問いに対しモニカは槍を掲げ、無言で準備万端をアピールする。
グラディエーターを展開しているのでこちらの顔は見えないが、意図は伝わっただろう。
レオノアもガブリエラを見上げながら渋々頷く。
だが、依然として剣は抜いてない。
「剣は使わないの?」
「11歳の子にこの剣を抜くほど、大人気なくはないよ」
そう言って代わりに取り出したのは、りんごの皮も剥けるか怪しいサイズの短剣。
バターナイフに柄をつけました、って感じの奴だ。
「この前見た君の実力なら、これで”十分”だろう」
その瞬間、一瞬だけ俺の中に”馬鹿にしやがって”という感情が噴き上がり、すぐに冷静な部分がそれを打ち消す。
これは”逆”だと気がついたのだ。
『これヤバイかも』
最初から気づいてたモニカが、薄っすらと冷や汗を浮かべながらそう呟く。
『ああ、ヤバイな』
ここに居るのは、単純な技量だけでもスコット先生に匹敵しようかという”超剣士”なのだ。
ペンで凄腕数人を圧倒できる実力者で、短剣は決して侮れない。
いや、違う、むしろ”剣よりマズイ”
そんな実力者があえてそんな”ハンデ”を付けたということは、それは”本気”で戦うからに他ならない。
将棋のプロ棋士がアマチュアを本気で潰すために駒を落とすように、この人は俺達を全力で潰すために得物を落とすのだ。
そう考えると、レオノアの持つ短剣が途端に巨大に見え、俺達の槍が小さく感じるから不思議だ。
「『双方、準備はできておるようだの』」
ガブリエラはそう言いながらニヤリと笑みを浮かべる。
「『では、始め!』」
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