2-10【頂の生徒 9:~ ”人”と”人を超えしもの”~】
フィールドの中の当事者達は、外から見るよりかなりのギリギリの戦いを行っていた。
既に双方血と泥にまみれ、かなりひどい有様だ。
それでも、どちらも強力な肉体を持つ者同士故にか、繰り出される一撃一撃はまだ凄まじい破壊力を持っており、放たれる魔法はどんな防御の上からもダメージを与える。
だがその中でイルマは、徐々に勝負が自分に傾きつつある事を実感していた。
相手の力には慣れてきたし、魔法も効果を発揮し始めている。
何より先程の一合でこちらの攻撃だけが当たって、ルキアーノが大きく出血したのがその証拠だ。
ルキアーノがその正体を現してしばらくは、”鬼”の圧倒的な体力と耐久性に翻弄されたが、同時に魔法が時折放たれる強烈な一撃を除けばピタリと止んでいた。
何合いかしていく内に分かってきたが、どうやら鬼の力を発揮する代償として、細かな魔法制御は行えないらしい。
いや、正確には自らの力を制御するために、全神経を集中させているので余裕が無いといった感じか。
やはり”竜人”と”魔獣”では竜人の方がより上位ということなのだろう。
今も、溜まりに溜まった鬼の魔力を一気に使った超攻撃力の魔法が飛んできたが、それを見極めてしまえばなんとでも対処できる。
イルマクラスの魔法能力であれば、飛んでくることが判っている魔法など対処は可能だ。
完全に防ぐことは出来ないが、無防備なルキアーノにカウンターで当てられるダメージのほうが期待値が高い。
これならば、むしろ鬼の力を使わない時の方が厄介だった。
まあ、ルキアーノも竜人の力を破るために藁をも縋る思いで使ったのだろうが、所詮は竜人より下級の力をどう並べたところで勝つことは出来ないだけの話だ。
そう考えたイルマは、戦況をゆっくりと見回しながら、必殺の一撃を叩き込む”隙”を探っていく。
これまで、あまりに戦いが苛烈で早かったために使うことが出来なかったが、イルマはまだ最大火力の攻撃を使用していなかった。
それは、竜人であるイルマだからこそ出来る攻撃。
体の中にある”竜の因子”が作り出す高純度の魔力を使用した、全てを薙ぎ払う”ブレス”だ。
初めて使えることに気がつくまで、イルマですら伝説の中の存在だと思っていた攻撃。
古代より竜と竜人達は、その力で以って全てを支配してきた。
そしてルキアーノのもまたその軍門に下るときが来たのだ。
”
その念を込めるようにして、イルマは腹の中で魔力を抽出していく。
するとその事を本能的に悟ったのか、ルキアーノの攻撃が一層苛烈さを増した。
特に魔力を練り始めた腹部に対する攻撃が激しい。
魔獣特有の”勘”がイルマの腹の中で蠢く魔力を感じ取ったのだろう。
だが、この強固な皮膚の下で起こる事に手出しすることはできない。
そんな隙は与えなかった。
鉤爪のように鋭い手を足で払い、獣そのものの牙を尻尾で弾く。
そうこうしている内に、イルマの中の魔力が”臨界点”を迎えた。
高圧の力が胸を下から圧迫して気持ち悪いが、それによってもたらされた力にイルマは勝利を確信する。
ルキアーノの顔に今日初めて明確な危機感が浮かぶ。
突如としてそれまで距離を開けようと動いていたイルマが、逆に一気に距離を詰めたのだ。
慌ててルキアーノが空中を蹴って行動を中止しようとするが、もう遅い。
イルマが頑丈な腕でルキアーノの髪を鷲掴みにすると、そこに向かって腹の中の膨大な力を一気に開放した。
次の瞬間、イルマの胸が内側から真っ赤に光り、肋骨の影が浮かび上がる。
と同時に腹部が一気に縮み、それに押し出されるようにして何かが首をせり上がり、イルマの牙の生えた口の中から噴き出した。
それは最も純粋な”赤の魔力”・・・すなわち”熱”の塊だ。
観客達が発生した光と熱に顔を覆う。
即座に客席の結界が作動し事なきを得たが、それでも瞬間的に感じた”熱さ”は強烈な竜人の持つ純粋なまでの力を見る者に植え付けた。
そして、そんな竜人のブレスの直撃を受ければどうなるか。
きっとルキアーノの防御は追いついていないだろう。
だが熱の奔流を口から放つイルマには、もはやそんな事はどうでも良かった。
ただ自分に立ちふさがる者を撃滅する。
その一点だけを考え、明らかに過剰な攻撃を続けている。
イルマにとってもこの戦いは、卒業前に世界中に”己の存在”を見せつける貴重な機会だ。
”竜人ここにあり”。
このブレスはその宣言として、これまでずっと”世代の頂点”に君臨してきたルキアーノを屠ることで見せつけようとしたのだ。
だがその攻撃を、アクリラの教師たちが止めることはなかった。
その時、観客の中でのとりわけ実力のある数人は、膨大な熱を放つ火球の中で何かが蠢いていることに気がつく。
外から見て分かる動きだ、すぐにイルマも自分の手の中のルキアーノがまだ”何か”をしているのを察知した。
そして次の瞬間、火球の中から何かが飛び出した。
その姿にイルマが目を剥いて驚く。
間違いない、まるで水流をかき分けるようにルキアーノが爆炎の中から顔を上げたのだ。
◯
ドキッ!!
その光景を目の当たりにしたモニカが、身体を一気に強張らせた。
そして間髪置かずにその緊張が俺まで伝播する。
イルマの放った膨大な炎と熱の塊から顔を出すルキアーノ先輩の姿が、かつて戦った超巨大サイカリウスの姿を想起させたのだ。
今もあの時と同じ様に”魔獣”が己の耐久力に物を言わせて炎を掻き分けていく。
それは俺達が”魔獣”と聞いて最初に思い浮かべる光景でもあるが、まさか同じ事をする魔獣が他にもいたとは・・・
だがあのサイカリウスと違う事が”1つ”ある。
全てを焼き尽くすはずの炎の中で、ルキアーノ先輩はほとんど無傷だったのだ。
◯
” この獣風情が! ”
イルマは心に中でそんな悪態を大声で叫んだ。
事この期に及んで、ルキアーノはこれまでの力押しから一転して”器用な手段”に打って出た。
よく見ればルキアーノの鬼の体から染み出した、”魔獣の魔力”がまるで水の様にルキアーノの体に張り付き、高温から彼の体を保護している。
炎の中を進むルキアーノは、一見するなら野蛮にも思えるが、獣の思考では考えられないほど高度な事をやっていたのだ。
イルマは理解が及んでいなかった。
”膨大な魔力に対抗する”という一点において、ルキアーノ以上に経験のある者はいないという事に。
そしてルキアーノは知っていた。
超威力の攻撃は、使う術者にも恐るべき負担を強いるという事を。
今のイルマは溜め込んだ膨大なブレスのエネルギーを吐き出す事に、全ての神経を取られている。
もし制御を少しでも間違えれば、彼女の腹の中に圧縮された魔力はたちまち力を開放し、竜人の頑丈な肉体をも弾き飛ばすことだろう。
したがってその攻撃が意味を成さないと分かっても、打ち切るわけにはいかない。
イルマは、ガブリエラほどは巨大魔力の扱いに長けてはいないのだ。
だからこそ、これまでルキアーノはあえてイルマのプライドを刺激するような戦い方を選んできた。
きっと彼女なら拠り所である竜人の力を使用するだろうと考えて、あまりに強力故にそれがまだまだ未熟であるとも知らずに。
そしてその目論見通り、イルマは大出力攻撃を選んでくれた。
もし冷静に戦力差を見極め、大技に打って出なければイルマの勝ちは揺るがなかっただろう。
竜人と鬼、比べてみればハッキリと竜人の方が能力は上だ。
だが”だからこそ”と、ルキアーノは心の中で呟く。
だからこそ、”人”として生きることを決めたルキアーノが持つ能力が光る。
ルキアーノの体とブレスの間には、粘性を持った魔獣の魔力が立ち塞がっていた。
ほぼ全ての魔獣は、この膨大かつ圧倒的な濃い魔力を身に纏い、その力を振るうことしか能が無いが、ルキアーノは違う。
ルキアーノは長年の試行錯誤の末、この魔力を体から切り離し、”体の外”で扱うことを可能にしていた。
そして、その高密度の魔力の塊は非常に頑丈で、ただの魔力故に遮温性に優れているので、ごく短時間であればガブリエラの最大火力にすら耐える。
荒削りで捻りのないイルマのブレスであれば余裕だ。
強力な魔力の保護膜を盾に、無防備な姿を晒すイルマ。
こうなってしまっては、ただの裸の少女と変わらない。
それは本来であればルキアーノの”衝動”を激しく刺激した事だろうが、その衝動の源であるドス黒い魔力は今現在、全力で体から切り離している最中。
むしろその無力感に富んだイルマの裸は、ルキアーノの理性的な”部分”に刻まれたトラウマを刺激し、吐き気に近い不快感をもたらす。
だからルキアーノは、さっさとこの試合を終わらせる事にした。
もう触れようと思えば触れられる距離まで近づいた時、突如としてルキアーノの体から彼の魔力が一気に剥がれ、それが未だ吐き出され続けるブレスを包む様に受け止めながら、イルマの体を飲み込んだ。
ルキアーノの赤紫の魔力の塊は、しばらくの間内側からかかるブレスの圧力で膨らんでいたが、それもすぐに収まって萎んでしまう。
だが、その内側で放たれたエネルギーの凄まじさは、何人であろうとも耐える事はできないだろう。
その証拠に、魔力の袋の中のイルマは、ブレスを吐き尽くした後に動くことはなかった。
「頑丈だなぁ・・・」
ルキアーノは呆れたようにそう呟く。
魔力の袋は彼の魔力の塊であるため、その感覚などの情報はルキアーノ本人にまで伝わる。
そして驚いた事に、頑丈な竜人の体は、この凄まじいエネルギーの中でも生存を可能としていた。
いったい、どうすれば彼女は絶命するのだろうかと呆れるばかりだ。
だが、もう反撃はできないようだ。
”グズリ”と音を立てて、魔力に袋が粘性を持った液体に状態を変化させる。
するとその中から、イルマの体が現れた。
見ただけで分かるほど、大きなダメージを負っているのは明らか。
頑丈な鱗は殆どが焦げて焼け落ち、その下の皮膚も黒く煤汚れ、全体から熱で蒸発した水分が湯気として立ち上っていた。
少し刺激臭がする事から、耐えきれなかった肉が少し焦げてるかもしれない。
当然ながら”体力”代わりの結界は砕けており、”保護用”の結界も崩壊寸前だ。
だが”その程度”。
驚いた事にそれ以上のダメージは見られないし、憎たらしい事にこんな状態でも依然として”上位種”としての威厳と美しさを失っていない。
流石に意識がない事はルキアーノの魔力の粘液からの情報が伝えていたが、きっと彼女はどんな状況でもその”2つ”は消えないのだろう。
それを見たルキアーノは顔を顰める。
久々に全力を出した事で冷静になった彼の”本心”は、裸の女体に嫌悪感しか感じなかった。
だがその状態も長くは続かない。
次第に”自我”を取り戻しつつあった魔力が、徐々にイルマの体の表面を液性と明らかに異なった動きで這い回りだしたのだ。
と、同時に大量の情報がルキアーノの脳に入り込んでくる。
イルマの表面の小さな凹凸の形、”内側”の複雑な形、味、匂い、触感、毛穴の位置、内臓の位置、感覚神経の状態、反応の状態、どこが敏感か、どこを刺激すべきか、どうすればイルマの生殖本能を刺激するのか、
それらがルキアーノの中に流れ込み、そこに隠されていた彼の膨大な”経験”と絡みつきながら分類を始める。
あの”地獄”の中で、生きるため、自我を保つために必死に願った”相手を悦ばせたい”という感情を吸いに吸った彼の魔力が、今度はその”願い”の持つ”暴力性”でもってルキアーノの思考の全てを支配しようとした。
「あ・・・あはは・・・」
行き着く先を求めて暴れ回る彼のその感情は、やがて汚泥の様な性欲となって表面に噴き出し始める。
と同時に、イルマの体を這い回るルキアーノの魔力は、最も効率的な結果を求めて彼女の性感帯に集まり始めた。
ズルリと音を立てて、イルマの足が不自然な動きで開く。
ルキアーノはそれを見ながら、現れた局部に顔を緩めた。
「あはぁ・・・おいしそうだぁ・・」
そう呟いた彼は自分の服を脱ぎ捨てる。
彼の服にかかった強力な”封印”も、彼が本気を出せば解除は造作もない。
普段なら抵抗したであろう彼の意志は疲弊し、戦闘で興奮した彼の”本能”が、最もわかりやすい形での”報酬”を求めたのだ。
全てを脱ぎ捨てたルキアーノがイルマの体へ手を伸ばす。
そしてその手が触れる刹那、
「それ以上はだめだよ」
その手がイルマの肌ではなく、突如現れた鋼鉄のような質感の蜘蛛の足に触れた。
次いで発生した突風がルキアーノの頬を打ち、僅かに理性的な部分を引っ張り上げる。
その頭で見上げてみれば、そこには優しげな表情を浮かべながらも、何よりも硬いであろうスリードの姿があった。
「あぁ・・・先生、だめですか?」
「もうこの子の
「あちゃぁ・・・そりゃ残念だ。 こんな美味しそうな※♮∂∌なのに・・・」
ルキアーノは口ではそう言いながら、周りを見渡す。
予想通り、そこには数名の戦闘系の教師が取り囲むように立っていた。
きっと一番先に到着したスリードが止めなければ、彼等がルキアーノを押し倒して止めただろう。
彼等にはそんな必要はないというのに、剣呑とした空気が混じっていた。
ルキアーノはそれを努めて冷静な目で見守りながら、イルマの体から魔力を剥がしていく。
それはかなりに集中力と理性を必要とするものだった。
イルマの体は生命力に溢れ、魔力で抱いてるだけでも気持ちがいい。
その感触が、匂いが、味が、本来得られるはずの次なる”快楽”を求めて抵抗するのだ。
だからルキアーノはその代わりに、スリードの体に魔力を移し始めた。
ゆっくりと絡みつくように、魔力の塊が蜘蛛の体を登っていく。
そしてルキアーノ自身もその魔力に引っ張られていった。
「先生、僕、頑張りましたよ」
「そうか」
スリードはルキアーノの言葉にそう短く答えるだけ。
だが決して、ルキアーノの魔力を嫌がったりはしなかった。
まるでそれこそが、彼女のこの場での役割といわんばかりに。
ルキアーノはスリードの作り物の肉体の感触に若干の不満を感じつつも、その優しげな胸に顔を埋める。
これならば、猛り立ったルキアーノの魔力もその内に静かに収まるだろう。
そう考えたルキアーノは少しの間、理性を休ませることにした。
◯
スリード先生が飛び出していった後の控室では、当然ながら俺達だけが取り残されていた。
しかも今日は最終戦、この後のアクリラの試合は俺達のものだけなのだ。
そう考えると、この物寂しい控室の緊張もどこか名残惜しい気持ちになるから不思議だ。
正直なところ、今までこの”最終番手”というポジション特有の孤独な感覚は好きではなかった。
強者の孤独といえば多少は聞こえがいいかもしれないが、実態はただの順番待ちなワケだし、その中で前の選手の試合を見ながらモニカと緊張に耐えるというのはキツイものがある。
きっとこのだだっ広い部屋で一人きりという状況が、何処かモニカの住んでいた孤独な王球の事を思い出させるだろう。
俺のこの感情は、間違いなくモニカの感情に引っ張られてのものだというのがその証拠だ。
だが今日は最終戦の妙な感慨もあるし、スリード先生が付いてくれていたこともあってかその感覚は薄い。
現にモニカの状態はこの薄っすらとした寂しさよりも、”興味”の感情が強かった。
ん? ”興味”?
『モニカ、どうした?』
俺は試合前にしては妙な感情を浮かべるモニカにそう問いかける。
幸い、”何”に興味を持っているのかはすぐに分かった。
俺達の共有する視界・・・つまりモニカの視線の先には、控室の床についた何かが削れたような痕に注がれていたのだ。
『ああ、スリード先生がさっきつけた・・・』
恐ろしいことにあの蜘蛛先生、試合が決着したと見るやいなや、控室の床をとんでもない力で蹴り飛ばしながら飛んでいったのだ。
俺はこの競技場の結界が、ただのジャンプで突き破られる瞬間を完全に記録している。
そしてモニカが眺めているこの削れた痕は、その時に出来たものだろう。
控室の床はかなり強度の高い石材を使用しているが、あの太くて鋭い足の鉤爪を叩きつけられれば削れてしまうということらしい。
そして、これどうするんだろうか? と俺が心配した瞬間だった。
”ダン!” という凄まじい音が部屋の中に鳴り響き、床の景色が一気に遠くなったかと思えば、次の瞬間には背中に天井がぶつかる感覚が。
『お、おい!? いきなり、なにするんだ!?』
どうやらスリード先生に触発されて、自分も床を削れないかと足に魔力を込めて叩きつけたらしい。
いきなりで驚いているのにもかかわらず俺の調整が上手くいったのは、喜ぶべきか悲しむべきか。
「・・・・・・」
そしてモニカは難しい表情で着地しながら、スリード先生の痕と自分の足を叩きつけたポイントを交互に見つめる。
「・・・削れない」
『あたりまえだ! この床の強度より俺達の体重のほうが軽いんだから、蹴っても浮かぶだけだろ!』
試合前に緊張しているかと思えばこれだ! まったく、最近成長したと思ってたがやっぱり子供だ。
「・・・速度が足りないのかな・・・もっとこう、一瞬でっ・・・」
『やめとけよ、弁償させられたらかなわん』
俺はモニカがなにかする前にそう釘を指す。
イメトレしながら振り込む足の速度が、だんだん不穏な空気を孕んでいた。
『冗談だよ』
するとモニカが俺にそう言って肩を竦めた。
『なるほど、冗談か』
『うん、”ばをなごませる”っていうんでしょ? 緊張してるみたいだったから』
『俺がか?』
『うん、お腹痛かった』
モニカがそう言ってみぞおちの辺りを擦る。
どうやらモニカからの緊張が無かった代わりに、俺の緊張がモニカに伝播していたらしい。
『あ、ごめんな』
『うん、いいよ。 今回はわたしが浮かれてたから、これで
どうやらモニカの方は最終戦を前に浮かれていたらしい。
肝が太いというか、頼もしいというか。
『そうだな、これで
緊張しすぎても駄目、浮かれすぎても駄目。
実力というのはちょうどいい塩梅で一番発揮できるのだ。
ならば俺達は、引っ張り合うくらいでちょうどいいのかもしれない。
『・・・ところで、本当に冗談だよな?』
俺が確認のためにそう聞き返すと、モニカの身体がギクリと緊張した。
そしてまるで誤魔化すように視線を床の削跡からどける。
どうやら、床を削りたかったのは本気らしい。
危うく煙に巻かれるところだったぜ。
その時、俺達の出番を告げるアナウンスが控室の中に鳴り響いた。
” 最終戦の選手はフィールドに出てきてください ”
『よし! 行くぞ、モニカ!』
『うん! 頼むよ、ロン!』
俺達は頭の中で、一層大きな声出そう声を掛け合った。
これも今回で最後だ。
この試合が終われば、果たしてどういう結果になるか。
鬼が出るか蛇が出るか・・・・なんかどっちも普通に出そうだが、そんな事は
その時、俺達の空気を読んだのかロメオが身を起こして、期待に満ちた目でこちらを見つめてきた。
どうやら俺達の気が変わって自分も戦闘に参加できるかもしれないと考えたらしい。
ゴメンな。やっぱり今日は無理なんだ。
俺は心の中で謝罪を述べる。
ロメオもモニカがいつものように”外骨格ユニット”を取り付けず、”忌々しい荷物”の準備を始めたのを見たところで、自分の儚い夢が壊された事に気がついたようだ。
それでもロメオは”それくらいはやってやる”と言わんばかりに鼻を鳴らすと、俺達の装備を持ってフィールドへの出口へと引きずり始めた。
「ありがとうね」
控室の前に今回使用する道具を並べたところで、モニカがそう言ってロメオの鼻面を撫でた。
さすがの彼もこれ以上の駄々は無理だと悟ったのか、これが駄賃だとばかりに手の平の魔力を勢いよく吸い込むと、プイとそっぽを向いて控室に戻り、誰もいなくなったその部屋の真ん中でどっかりと腰を落とした。
ロメオの巨体が、だだっ広い控室に鎮座している光景がなんだか様になってておかしい。
その時、”ピッ”っという笛のような小さな音が鳴り、控室の扉がロックされて結界の保護がかかったことを俺達に知らせた。
これでロメオは安心だ。
と、同時にこれから俺達はこの保護の外側で戦うことを突きつけられたようで、モニカの体が大きく緊張した。
流石にこれまでの試合を見ていれば、この対抗戦が学校単位の力の比べ合いではなく、むしろ”個人的”なものであることくらい理解できる。
昨日のガブリエラがまさにその代表的な例なわけだが、これは言ってしまえば選手たちが卒業後所属する組織などに対するアピールなわけで、いわば”就活”ともいえる。
いや基本的に、本来ここに出るようなのは全員進路が決まってるからそれは微妙に違うかもしれないが、ようは武力的な”自己アピール”なのだ。
なので、おそらくガブリエラが用意した”俺達の命”とやらには、俺達の知名度がある程度必要なのだろう。
俺達の用意したものが足りればいいのだが・・・
恐ろしいことに、足りると言い切れない相手なので心配だ。
少しの間モニカが目を閉じてから、一気に開いてフィールドを睨む。
そこには、フィールドに向かって歩いてくる
こうして相対してみると、漂ってくるその力強さは半端ではない。
『モニカ、どうだ?』
『強いよ、スコット先生と同じくらい』
『うひゃー、それはそれは・・・』
基準が基準だけに普段あまり当てにならないモニカの”強さ判定”だが、相手は生粋の剣士なのでかなり正確だ。
立ち振舞いから感じる強さがスコット先生並ってことは、単なる剣士としてもほぼ最強クラスってことになる。
しかもレオノアはスコット先生と違い手負いでもないし、”勇者の力”まで持っている。
善戦できるだろうか。
いや、できるかではない・・・・するのだ。
そう言い聞かせた俺は、”最後のチェック”を始めた。
俺の視界の中に昨日一晩かけて用意したスキルプログラムが発信した、情報が羅列される。
その量と速度はこれまでにないもので、俺達が新たに手にした力の大きさを物語っている。
ただし、内容はあまり良くない。
『モニカ、良くないニュースだ。 統括プログラムが起動しない』
徐々にエラーの数が増えていき、最後にはプログラム自体が機能不全に陥ってしまった。
『やっぱり、昨日の今日じゃ無理かぁ』
『まあ、こんな巨大なシステムがテストもなしに一発起動は虫が良すぎたか』
そもそも、土壇場に余った時間でちゃっちゃと作ったカンニングペーパー的な奴なので、期待するだけ無理な話。
これは次回以降での課題とする!(キリッ)
『だからモニカ、悪いが・・・』
「
モニカがそう言うと、インターフェースユニットを顔に固定し”グラディエーター”を起動した。
いつものように俺達の体を覆っていく魔力を含んだ装甲。
だが今回は、その内側のアンダーウェア部分に見慣れぬ魔力回路の層が形成されている。 この回路がうまく働くかが勝負の鍵だ。
事前準備はとりあえずはここまで、後は試合が始まってから適宜組み上げていくしかない。
本当は全部一つの命令で組み上げるのが早くて楽なのだが、まあ、これはこれで魔力消費的に助かるので稼働時間が伸びたと思うしかない。
『”中身”の方はどう?』
『ああ、こっちはうまくいってる。 出力はそれほどだが、安定はしてるよ』
こっちはイレギュラーとはいえ以前使っているので、幾分状況は明るい。
もっとも、”こっち”がだめなら全部ダメなので、これは最低限なのだけど。
モニカが力強く地面を踏みしめながらフィールドに躍り出る。
するとそれに反応する様に歓声が巻き起こり、さらに少なくない量の驚きが混じった。
ここ数日ですっかり”牛騎士”のイメージが付いてしまった俺達が、ロメオ抜きで出てきたのが不思議なんだろう。
そう考えると有名になったものだ。
グラディエーターの装甲のおかげで顔は割れてないが、モニカの名前とロメオの事は、たまに耳にするくらいになっていた。
しかもレオノアも驚いているのを見る限り、彼も俺達の試合を見てはいたんだな。
そう考えると、ちょっとだけ良い気分になる。
強い人に注目されるというのは、例えそれがこれから戦う相手であっても、やっぱり気分が良いものだ。
自分でもすっかりガブリエラの掌で弄ばれている感じが強いが、これが終わったら、ちゃんとした説明を求めないと。
”お遊びでした”じゃもう済まない次元に達している。
そして、そんなことを考えたのがいけなかったのか。
突如として、空間が引き裂かれるバリバリという轟音が競技場の中に鳴り響いた。
そのあまりの音量に、モニカが身を縮め、レオノアの表情が固くなる。
更にレオノアは、その”音源”の向こうに見えたものに対して、明らかに不快気な表情を作った。
それは”金色の光”だった。
その時点で俺もモニカもその”正体”を察する。
直前になんのアクションも連絡もなかったので、てっきり試合にはノータッチなのかと思ったが、そんな気はサラサラないらしい。
まったく・・・らしいというか、派手というか。
「『皆の者! 対抗戦の観戦は楽しんでおるか?』」
その声は、彼女のスキルの力で拡声され、その場にいた全員の脳内に響く様な音量で放たれていた。
「ガブリエラ!?」
『なんでまたこんなタイミングで・・・』
空中に空いた巨大な穴の縁に仁王立ち、こちらを見下ろすガブリエラに、俺達がそう突っ込む。
空中に浮かぶ王女様のその顔は、まさに究極の”ドヤ顔”で、空間を引き裂いている魔法陣の光が後光の様に照らしていた。
更にその向こうには、何かの会場のような空間と、そこに座る大勢の者達のポカンと口を開けた姿が・・・
間違いない。
ガブリエラはなんと自分の研究発表の会場とこの競技場を繋いだのだ。
しかもご丁寧な事に、繋ぐ角度を調整して、向こうの会場の全員がこちらを見下ろせるようにしているではないか。
それを見たレオノアが苦い表情で呟く。
「まったく君という人は・・・」
本当だよレオノア君、もっと言ってやれ!
君なら俺達と違って、”アレ”になんか言っても大丈夫だから。
だがそんな俺達の事はすっかり放り出して、件のガブリエラはまるでこの試合の主役であるかの様に進行を続けた。
「『者共よ! そこに並ぶは、アルバレスの勇者”レオノア・メレフ”、そして我が名代”モニカ”である! そしてこれよりこの試合は、”ガブリエラ・フェルミ”の名において開催される事を、ここに宣言する!』」
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