2-10【頂の生徒 8:~”弱者”の火~】



 俺たちの目に前では、あまりにも先程までと違った攻防が繰り広げられていた。


「グルルルルルラララララアアアア!!!!!!」


 イルマの雄叫びが競技場全体に木霊し、同時に発生した爆炎と破片が花火の様に中を舞っている。

 次々に発生する煙と閃光で視界が遮られ、更にあまりに2人の動きが速すぎて一回でも目を瞑れば状況が掴めなくなってしまうのではと感じるほど。

 さっきは右端に居たのが、次の瞬間には左側の空中で激突している。

 今も俺が限界まで思考を加速させ、モニカの野生の勘を使うことでなんとか追えてるが、観客の殆どは何が何だか分からないだろう。

 今一瞬だけ強烈な光と共に太陽みたいな熱を全身から発するイルマが見えたが、即座にそこにルキアーノ先輩が絡みつき、また再び見えなくなってしまう。

 

 恐るべきは”正体”を表したルキアーノ先輩だ。

 てっきりフィジカルでは圧倒的にイルマ有利かと思っていたが、全然そんなことはない。

 むしろ先程から雨霰のようにバラ撒かれる破壊力重視の魔法は、イルマがルキアーノ先輩が近づくのを嫌がっての牽制だ。

 接近を嫌がる動機は気持ち悪いからとかではないだろう。

 それくらい今のルキアーノ先輩の肉体は強烈だった。


 始まる前はルキアーノ先輩の魔法とイルマの体力の勝負だと思っていたのに、蓋を開けてみれば全くの逆。

 全てを猛烈なパワーで薙ぎ払うルキアーノ先輩を、イルマの高度な魔法群が迎え撃っているではないか。

 どうやら”竜人”と”魔獣”では肉体強化は魔獣に分があるらしい。

 正面から殴り合えばルキアーノ先輩が優勢になるし、掴みかかられれば強力な魔法を使わなければ逃れる事もできない。


「これが・・・”鬼”」


 その激烈な肉体の暴力の嵐に、モニカが慄くような声を発した。


「この世で最も身体強化に通じているのは魔獣だと聞いたが、人が魔獣化したらこうなるのか・・・、筋力密度なんて通常の10倍を軽く超えてやがる」


 ちなみに比較対象は俺達の学年で1番筋力強化が上手い兎の獣人の男の子、つまり世代最強クラスだ。

 しかも今のルキアーノ先輩の筋肉は歪なまでに盛り上がっており、内包できる魔力も非常に多い。

 これに筋力だけで勝つのは”グラディエーター2.0強化外装”を以ってしても無理だ。

 いやむしろ、それにこれほどまでに食らいつく”竜人”の筋力強化率も驚くべきなのか。

 少なくとも2人共、昨日ガブリエラが戦ったリヴィアよりもかなり強い。

 魔法だけならリヴィアが上だが、総合力では話にならないだろう。


 だが、この戦いには妙な点があった。


「だけど、さっきからルキアーノ先輩が魔法使ってないのは何でだ?」

『使ってない?』

『よく見ろ、さっきから発生している派手な魔法は、全部イルマのものだ』

『あ、ほんとだ』


 どうやらモニカもすぐに気がついたらしい。

 ルキアーノ先輩も炎や雷撃を食らって、それがまるで纏っているように見えるのが、本人自身は鬼の姿を見せてから一切魔法を使っていない。


『でも、あのツノみたいなの、大きくなってない?』


 そのモニカの言葉通り、ルキアーノ先輩の額から角のように漏れる魔力の噴流が、いつの間にかかなりの大きさに伸びていた。

 先程までは親指ほどだったのに、今や1m近いときもある。


『それに何だ、あの魔力密度は』


 あの角は漏れた魔力の塊なので簡易的な探知スキルでも測定が可能だが、その密度が尋常じゃない。

 するとモニカがグラディエーターのインターフェイスユニットを取り出し顔につけた。

 即座に俺がそこにデータを反映する。

 そこに表示されている数値はかなり異常な値だった。


「これ・・・ガブリエラの魔力と同じくらい濃いってこと!?」


 モニカが驚きの声を上げた。

 しかもその数値はまだまだ上昇している。

 どうやら何らかの方法で、魔力を溜め込んでるようだ。


「おや、随分面白い物を作ったんだね」


 スリード先生がインターフェイスユニットを見て、そんな感想を述べた。

 

「あ、はい、これなら、わたしでも状況がわかるんで・・・」

「なるほど、たしかにそれならロンの力をうまく・・・・おっと」


 その時、フィールドが急激に明るくなり、俺の感知スキルが膨大な魔力の噴出を検知した。

 まちがいない、ルキアーノ先輩が溜めに溜めた魔力を一気に使って巨大な魔法を放ったのだ。

 測定される魔力の値が急激に減少し、かわりにフィールドの温度が一気に上昇した。

 そしてその威力は凄まじく、フィールド全体に高温の爆炎が広がり逃げ場を完全に消し去ってしまう。

 殆の生き物はこの中では肺を焼かれてしまうだろう。


 勝負あったか。


 いや、まだイルマは健在だ。 

 驚いたことに、彼女は爆炎の中から高速で飛び出すと、周囲に風魔法の防御を展開して爆炎を跳ね飛ばしてしまった。

 だがその体は、かなりのダメージを負っているのが見て取れる。

 全体的に薄汚れ、鋼の様な鱗は一部が欠け、肌には生々しい小さな傷が無数に付き血が滲んでいるところもあった。

 まるでその痛々しさが、その身一つで戦うことの欠点であるかの様だ。


 一方のルキアーノ先輩も無傷ではない。

 爆炎の中から現れた彼の姿もまた、かなり傷ついており、すでに制服はギリギリ服の体を留めてるといった状態だった。

 だがその目はランランと輝きながらイルマ獲物を睨みつけており、イルマの方には僅かに怯えが混じっているのが対照的だ。


 するとルキアーノ先輩が口から”何か”を吐き出した。

 ここからではよく見えないが、なにか赤いものだ。

 そしてそれを手に取ると、まるでイルマに見せつけるように掲げる。

 するとその瞬間、イルマの戦意が目に見えて目減りするのが感じ取れた。

 俺でも感じ取れたのだ、モニカはもっと強烈に変化を感じただろう。


『なにあれ?』

『ちょっとまて』


 俺が望遠視のスキルを発動しルキアーノ先輩の手元を拡大する。


『なんだあれ・・・大きめの鱗の一部みたいな・・・!』


 その物体の正体に気がついた俺は慌てて望遠視を打ち切る。

 それはまるで下着のようにイルマの下腹部を覆っていた鱗の一部だったのだ。


「あの子め・・・女の子には優しくしろと言っているのに」


 スリード先生が少し不機嫌そうにそう呟く。


「力に飲まれて理性を失い掛けてるね・・・勝負がつくまで保てばいいけど」

「保たなかったらどうなるんですか?」


「私の判断で試合を止めることになっている。 ”理性なき者”と見られたくない、というのが本人の希望だからね」


 もう既に遅いような気もするけど・・・

 今のルキアーノ先輩の姿は、完全に獲物を前にした飢えた野獣そのものだ。

 俺には理性があるようには見えない。

 だが単純に試合の行末だけを考えるならば、その心理的効果は絶大だった。

 イルマの目に少なからぬ恐怖の色が滲み出し、それが悲壮感のようにこちらまで漂ってきている。

 

 その時、モニカが突然上を見上げた。

 視界いっぱいに天井が大写しになる。


『ん? どうした?』


 流れてくる感覚からして、何かを探っているようだ。


 

「みんな・・・おびえている」





 その時、客席に座る観客達の間に混乱にも似た恐怖が伝播し始めていた。

 そしてそれは小声でのヒソヒソ話と共に、状況が掴めていなかった観客達に1つの”確信”をもたらしていく。

 すなわち・・・


「やっぱりあれ・・・”鬼”じゃないの?」


 ある者がそう問いかけた。


「そんなバカな・・・鬼がこんな所にいるわけ無いだろ・・・」


 それに対しある者が常識で答える。

 だがその声に自信などない。

 そしてその不安だけが周囲に拡散した。


「ねえねえ、ルキアーノって”鬼”だったの」

「わからん、だが元から”あんな性格”だし・・・」

「鬼なら俺見たことあるぞ・・・・ありゃまちがいない」

「ちょっとやめてよ・・・そんな・・・」


 人々が言葉を口にする度、”興味”が”不安”に変わっていく。

 そしてそれはやがて、”恐怖”へと変わっていった。


「ちょっと・・・失礼」


 ある者がそう言って席を立つ。


「え? なに? 本当に”鬼”なの!?」

「ちょっと・・・それってまずいって」

「俺は帰る! こんな所にいてられるか!」


 恐怖に駆られた者たちが一斉に席を立ち、客席の後ろで小さな混乱が始まる。

 まだ大多数の観客は冷静に事の成り行きを見守っているが、その目にも隠しきれない恐怖が滲んでいた。





「みんな、ルキアーノ先輩におびえてるみたい・・・」

「みんなって観客のことか?」

「うん」


 俺の問にモニカが小さく頷く。


「そりゃ、あんな戦い見せられたら怖くもなるか」


 普通の人にしてみれば、あんな火力がバカスカ放たれる戦いというのはかなり怖いだろう。

 迫力も行き過ぎれば恐怖にしかならない。

 だが、


「そうじゃないよ」


 スリード先生がそう言って俺の言葉を否定する。


「みんなが怯えてるのは、”鬼”という存在そのものさ」


 そしてどこか寂しそうな顔でフィールドで戦う2人を見つめた。


「”鬼”に・・・?」


 モニカが怪訝な声を出す。

 もちろん、ここが普通の街ならばそれで納得もいっただろう。

 だが魔獣が当たり前に生活に交じるこの街で、人の魔獣に恐怖するとは何事か。

 単純に人間が定めた危険度でいえば、ここにいるスリード先生の方がよっぽど危険な存在のはずだ。


「君達はずっと、人と接触したことがないんだったよね?」

「ええっと・・・はい」

「そうなりますね」


 あのミイラ父親モドキを人のカウントに入れていいか少し迷ったが、そういういう意味ではないとすぐに分かったので俺はそう答えた。


「覚えておくといい、魔獣の中でも”鬼”という存在は、社会からとても恐れられているんだ」


 やっぱり鬼というのは普通ではないらしい。

 こういう”一般常識的”な話はどうしても抜けが埋まらなくて困る。

 まあ、そういう意味での”社会勉強”なのかもしれないが。


「なんでですか?」


 モニカが聞く。

 どうやら”鬼”の扱いに興味が出たようだ。


「ただの魔獣であれば、危険はその個体だけで収まる、所詮は獣だからな、私のように知能を持って逆に社会に馴染むものすらいるくらいだ。 だが元々知性があった者が魔獣化した場合、そうはいかない。

 何らかのネジ曲がった要因が引き金となっていた場合、意図して・・・・社会を攻撃する危険な存在になってしまうからな」

「鬼はその”危険な存在”なんですか?」


 モニカのその問にスリード先生が静かに頷く。

 そして少しの間何かを思案するように視線をそらした後、今度は難しい表情でモニカを見つめた。

 その何かを品定めするような先生の視線に俺達は体が緊張するのを感じる。


 するとスリード先生が徐ろに言葉を続けた。

 どうやらその品定めには合格したらしい

 

「君達は”奴隷”というシステムに付いてどう思う?」


 だが藪から棒に出されたその質問に、俺達はキョトンとした。

 奴隷?


「そういえば、君は”奴隷”になったんだったな」


 スリード先生のその言葉に、モニカがピクンと体を緊張させて反応する。


「数時間ほどですけどね」


 俺は努めてなんでもないように、”それがどうした”という意味を込めてスリード先生に答えた。


「まったく・・・恐ろしいことをしてくれる奴もいたものだ」


 スリード先生がそう吐き捨てる。

 俺達がルシエラに出会いアクリラに来る切っ掛けとなった出来事ではあるが、やはりいい思い出ではない。


「でも、この世界って奴隷は違法じゃないんですよね?」


 少なくともあれは何らかの産業としてなりたってたし、公然と営業もしていた気がする。


「マグヌスではまだ罰則こそ設定されてないが、殆どの国や地域ではかなり厳しい厳罰になる。 なんでか分かるかい?」

「いいえ・・・」


「”危険だから”だよ」


 そう言って、スリード先生がまるで”世界には許容できない馬鹿がいる”といった表情を作った。


「奴隷の労働力はかなり魅力らしい。 未だに新規で参入しようとする者が後を絶たないほどね。 だけど、この世界で奴隷を使用している場所が100年保った例はなく、殆どが数年から数十年で”破綻”するんだ」

「なんでですか?」


 するとスリード先生は意味深な視線をフィールドに向けた。


「”鬼”が生まれるのさ」

「鬼が・・・生まれる?」


「確認されている”鬼”は、全て魔法契約による奴隷の中から突然変異として現れた。

 魔力による有無を言わせぬ抑圧、その”理不尽”が、そこまで強力な魔力を作り出す原動力なのだろう。

 故にそれを生み出す奴隷産業というのは、忌避されるわけだ」


 その言葉で俺は、ピスキアの街での事を思い出す。

 あの街で”奴隷”という言葉を出したときのあの反応。

 あれはもしかして”恐怖”だったのではないだろうか。

 それは明確に敵意を持つ知性を持った魔獣を生み出す”環境”そのものに対する恐怖だ。


「でも”全て”・・・ってことは、ルキアーノ先輩も?」


 するとモニカが不思議そうにそう聞いた。


「でも”貴族の制服”を着てますよね?」


 そういえばそうだ。

 ルキアーノ先輩はあんなのだが、当たり前のように貴族の制服を着ているし、身なりもしっかりしている。

 俺達のように無理やり着せられているわけでもなさそうだし。

 とすれば、貴族の子供が元奴隷ということになってしまうではないか。


「ルキアーノは鉱山奴隷の子供だよ、本当の親は分からないそうだ。

 まだ幼かった彼は、そこで”慰み者”にされていたらしい。 幸か不幸か、彼には”才能”があったんだ、人を喜ばせる・・・・・ね、そこで奴隷たちの”負の感情”を小さな体に溜め込んでいったんだろう。

 それが8歳のとき時”爆発”した」


 スリード先生がそう言うと、まるで呼応するかのようにフィールドのルキアーノ先輩が一際大きな咆哮を上げた。

 するとそれに対しイルマが即座に吠え返す。

 ”上位種”同時のその叫び合いは、俺達の中の本能的恐怖を喚起させる。


「だが運命とは面白いものでね、その日偶然、本当に偶然、その鉱山に”王族の視察”があったんだ」

「王族の視察? なんでそんな所に」


 奴隷鉱山と王族なんて普通接点はないだろうに。


「その鉱山を管理していた貴族が、奴隷制の有用性を見せるためだったそうだ。

 実際、かなりの収益を上げていてね。 当時はまだマグヌスは、国家としては奴隷制に比較的肯定的だったんだ、”儲かる”からね」


 その言葉を聞いたモニカが、スリード先生に見えない角度で拳をギュッと握りしめた。

 と、同時に彼女の中からゾッとするほど強烈な、”怒り”よりもさらに純粋な負の感情の片鱗が顔を覗かせた。

 それは間違いなく、ピスキアでモニカを暴走させた感情だ。

 そして同時に、その感情を強力な魔力を持った者に与える行為が、いかに恐ろしい行為であるかを俺は理解した。


「だが結果として王族が目の当たりにしたのは、やはり鬼の発生を止められなかった奴隷鉱山と、発生した鬼の恐ろしさだった。

 そしてもう1つ・・・なんと暴走したルキアーノは、事もあろうにアクリラから一時帰宅していたガブリエラを襲ったんだ」


 スリード先生がそう言うと、なにか面白いものでも思い出したかの様に少し表情を緩めた。


「あの・・・襲ったってのは・・・」

「あの子は認めないが、同世代ってのは大きいだろうね、とはいえあの子が初めて”自分の意志”で性欲をぶつけたのがガブリエラだってのは面白いだろう? もちろん叩き潰されたけどね。

 当時はまだ不完全とはいえ、君たちと同じように出力だけなら無敵だったからね、生まれたての鬼では勝ち目はない。

 そしてその後、ガブリエラの”気まぐれ”で生かされたルキアーノは、その鉱山を運営していた貴族の名前と資金でアクリラに通うことになった、という訳さ」


 どうやら相当色々あったらしい。

 だがまだ幼かったとはいえ、よりによってガブリエラを襲うとは、なんて怖いもの知らずな人なんだろうか。

 というか、


「大丈夫なんですか? そんな危険な存在を引き入れて」


 話を聞く限り、災禍の化身のようにすら感じられる。

 とてもじゃないが、そんな者を人の多い街に入れるなんて・・・


「おや? まるで君達は危険じゃないみたいだね」

「「うぐっ」」


 スリード先生のその強烈なツッコミに俺達がつんのめる。


「ははは、冗談さ。 でも半分本気だよ。ルキアーノも君も”危険”という点では変わらない、はっきり言って引き受けるのは正気じゃないだろう。

 だがここはアクリラだ。 危険を見れば恐れるのではなく理解しようとする街、それに発生直後の鬼を教育できるチャンスなんて滅多にないからね。

 結果的に、まだ幼かったことも幸いした。

 世界にはまだ”希望”があると教える事ができたし。

 実際、彼は立派に”まっとうな”人間に育ったと思うよ」


 スリード先生はそう言うと、少し誇らしげにフィールドでを見つめた。

 だが”まっとう”は少し語弊がある気がする。


「”あれで”、ですか?」


 その瞬間、ルキアーノ先輩がイルマの胸の片方を鷲掴みにし、もう片方に手を伸ばしたところで、イルマの竜の足による強烈な反撃を腹に受けて吹き飛んだ。


「・・・まあ、人には欠点の1つくらいあるもんだ。 それに他の”鬼”を知っていれば、ルキアーノがいかに自分を律しているか分かるだろう」


 あれで律している内に入るとは、鬼っていったい・・・


 一方モニカは他の”鬼”という単語に反応した。


「”ゼキエイ”は、どうなんですか?」


 その”名前”を出した瞬間、スリード先生の額に初めて見る暗いものが現れた。


 ”ゼキエイ”


 それはマグヌスの街で何度も見た、最高賞金額を誇るSランク魔獣の名前だ。


「”ゼキエイ”は鬼の中でも最も危険な存在だよ、知性ある全ての存在を恨んでいる。 ”災厄”という言葉は彼の為にある様なものだ。

 ・・・・でもルキアーノは違う」


 最後の言葉をスリード先生はかなり力を込めて言った。

 まるでそう願う・・・・かのように。


「でもその貴族、よく潰されませんでしたね」


 俺は妙に重くなったこの空気を払拭したくて、スルーされた疑問をぶつけてみた。

 普通、王族に危害を加えようとすれば、ルキアーノ先輩だけでなくその貴族も只では済まないだろうに。


「もちろんタダじゃないさ。 シルヴェストリ卿は男爵へ降家、しかもルキアーノ以外に家督を継がせることは許されない」

「ルキアーノ先輩しか継げないってことは、それって事実上の爵位の移譲ですよね?」


 婚姻で入るとかではない、それは完全に血をポンと入れ替える行為だ。

 しかも入れ替える相手が元奴隷とくれば、かなりの屈辱だろう。


「その上、彼らが買っていた奴隷の生き残りの処遇の責任も負っている、それも全額負担で。

 当然、私財は使い果たし、どこかへ姿を暗ませた・・・消されたという噂もある。

 つまりシルヴェストリ家は現在、”空の家”というわけさ。

 ルキアーノを次期当主にしてるのは、彼を取り込むための体のいい方便だ、君達に”婚姻”を提示したのと同じね」

「なるほど・・・」


 ガブリエラのおかげで事なきを得たとはいえ、流石に王族に危害が行った分の報いは受けたというわけか。


「元々、優秀な血を貴族に取り込むのは各国共にやっていることだし、”優秀な血”の概念も時代と共に変化を始めている。

 高位スキルと違って、鬼は完全な自然災害だし、手を出す敷居は随分と低い」


 確かにそう考えるなら、排斥する予定の爵位の再利用という点でも良いのかもしれない。

 駄目でも捨てるのは簡単だし、上手く行けば簡単に取り込める。

 俺はそこに込められた”合理的判断”に、納得すると同時に、なんと言えない嫌悪的な感情が湧き出すのを感じた。


 幸いだったのは、モニカはまだそこまで理解できていない事か。

 裏で俺に解説を求めてきているが、それを聞いてもまだピンとこないらしい。


「まあ、追々理解していけばいいさ。

 だけど君達はどう生きるにせよ”強者”としてしか生きられない。 だからこそ、しっかり認識しておかないといけないよ。

 魔力がある限り、この世界に永遠に虐げられるだけの”弱者”はいないということに」


 どうやらこれがスリード先生の言いたかった事らしい。

 魔法による契約は、一見すれば強固なシステムのようにも思える。

 だが同時に、壁が強固であればあるほど、それを破る力は大きい。

 そしてこの世界は、スキルがそうであるように、魔獣がそうであるように、その力の燃料は無力に見える者達の中にも大量に転がっており、誰かが不用心に”火”をつけるのを待っているのだ。


 だが先生は、俺達が誰かを力で虐げながら生きると思っているのだろうか。



 その時、突然”バシャ!”という音と共に、控室の窓に何かが叩きつけられた。

 話に夢中だった俺達はそれに驚くと同時に、すぐにそれが真っ赤な液体だということに気がつく。

 イルマかルキアーノ先輩か。

 どちらのものかは分からないが、戦闘でどちらかが大きく出血したのは間違いない。


 すると続いて、ブンというノイズと共にスリード先生の耳に複雑な魔法陣が現れる。

 まだ俺達には作れないが、それが”通信用”の魔法陣であることくらいは分かる。


「ああ・・・・分かってる、校長の方でも準備を・・・・その時は止めに入る」


 スリード先生がそう答えて通信を終了する。

 その顔には緊張が浮かんでいた。


「悪いけど、今日の”社会勉強”はここまでだ」


 そう言うなり、俺達の体を優しくではあるが素早く横に下ろした。


「今の校長先生?」


 モニカが問う。


「そうだよ、どうも生徒保護用の防御魔法が追いついてないらしい」


 そう言うとまるで準備運動のように蜘蛛の足を順番に曲げ、上半身も伸ばし始めた。


「大丈夫なんですか、それ?」


 生徒保護の結界が機能しなければ、己が身で受けるしかない。


「2人共強いから、懸念はあったんだけどね。

 昨日も思ったけど、生徒が年々強力になって設備の方が追いついてないんだ。

 しかも今日はどっちも手加減する余裕がない」


 その言葉通り、試合の方はいよいよ激しさが極致に達していた。

 お互い完全に戦いに夢中で目が血走っている。

 これでは加減なんてできないだろう。


 しかも、どちらも蓄積したダメージがかなり酷い。

 そこから俺は、この戦いは長くないと悟った。


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