2-11【対決! 勇者戦 2:~小手調べ~】





 最初に動いたのは俺達だった。

 いきなりモニカが真後ろにジャンプし、同時に俺が魔力ロケットに火を入れてフィールドの端まで飛び退いたのだ。

 だが、それを見たレオノアに動きはない、いきなり目の前で吹き出した轟音に片方の眉をしかめるだけ。 

 一方観客達はその音に歓声を上げ、槍を持っているのに接近しなかったモニカに訝しげな声を投げかける。

 実力差をわかってない者など、バターナイフ相手に距離を開けた俺達を囃し立てるような声を出している。


 だが、悪いがあからさまに”近接最強”な相手に接近戦は無理って話だ。

 それにこれが”俺達の距離”でもある。


 ”ガシャン”と大きな音を立てて踵のアンカーが固定され、続いて槍の穂先が3つに割れながらその内側から高温の炎が吹き出した。

 次の瞬間、競技場全体があまりの轟音に揺さぶられ、俺達の装甲の前側がその振動でグラグラと波打つ。

 レオノアに向けて真っ直ぐ駆け抜けた青い炎は、砲身から噴き出した発砲炎でも砲弾の炎でもななく、超高密度の魔力砲弾があまりの超高速で空中を進んだために空気がプラズマ化した物だ。

 さらにガブリエラとの”秘密のレッスン”の成果により臨界を超えて密度を上げまくった砲弾は、あまりに高密度過ぎて下手な小細工なしでも相手に奪われる心配がない。

 こんな魔力を瞬間的に扱える者など、ガブリエラを以ってしても不可能なのだ。

  

 これが現在、俺達の知識と力と能力を極限まで放り込んで強化した最大火力の”ロケットキャノン”。

 こんなもの同級生には絶対使えない。

 だが、今回の相手には・・・


 魔力砲弾が着弾し、内包していた威力を開放させる。

 その熱と衝撃波は、数百mは離れているこの場所でもグラディエーターなしではダメージを負いそうなものだ。

 だがその”場所”は、レオノアの立っていた場所ではなくその向こう。


 本人は特に防具なども付けていないのに、当たり前のように涼しい顔で立っている。

 視覚記録を精査してみれば、当たり前のようにあの超高速砲弾を切り飛ばす姿が記録されていた。


 それを見たモニカはすぐさま横に走り始めた。


『反応した!?』

『ああ反応した! 当たり前みたいに』


 やっぱり、”勇者”の称号は伊達ではないらしい。


『そっちはどう!?』

『”本体”の再設定はまだだ! だが”炉”の方はいつでもいける、使うか!?』


 俺は新たに用意したコンソールを引っ張り出し、モニカの掛け声で発動できるように準備をする。

 だが距離を保ちながらグルリと回り込むように、フィールドの縁を走るモニカはレオノアを一瞥するなり否定の感情を送ってきた。


『まだ! ”炉”だけ動かしても魔力が続かないし、破れない! しばらくは付き合ってくれるみたいだし、”本体”の再設定の方に!』

『了解!』


 その指示で俺は再び最低限のリソースを残して、本体デバステーターの設定に戻る。

 せっかくモニカが動いてくれてるんだ。

 舐められているうちに”環境情報”を集めきらないと。


 俺がそうやって自分の仕事と格闘している間、モニカは牽制するように移動しながらロケットキャノンを続けざまに発射し続ける。

 この手持ちの槍はなかなかに高性能で、威力を少し犠牲にする代わりに反対側に圧力を逃がすことで砲身の形を維持したまま移動することも可能だ。


 フィールドの中にロケットキャノンの轟音が何度も反響し、その爆炎がフラッシュのように瞬く。

 だがその炎が向かう先に立っているレオノアは、依然として全ての砲弾を短剣で切り落としていた。

 そんな事しなくても傷なんて負わない体だろうに、ご丁寧なことだ。


 不死身の”勇者の権能”など使わなくても俺達に勝てると言いたいのだろう。

 心を折りにきているのか。

 どうやら本気で、こちらを傷つけたくないらしい。

 そう考えると、あの短い短剣というハンデはあまりにも”ちょうどいい”。


 実力差的にその程度のリーチがあればどうにかなるし、”2.0強化装甲”を切り裂くための刃までついてる。

 きっちり俺達用の対策が見て取れるとか、嬉しさ半分、迷惑半分の複雑な気持ちになる。

 やっぱり舐めちゃいるが、手は抜いてないのだ。


「!?」


 その時、モニカが弾かれたようにその場でつんのめり、その向こうを何かが高速で駆け抜けた。


『まずい! 向こうも”飛び道具”出してきやがった』


 その攻撃の性質を見た俺がモニカに追加の警告を出す。

 するとすぐに何発もの攻撃が目の前に着弾し、俺達の周りの土がそのたびに弾け飛ぶ。


『なにこれ!? 受けて良い攻撃!?』


 モニカが仮面インターフェースユニットに表示される弾着予想点に従って避けながら俺に問う。

 見た感じ威力は小さめだが、相手が相手だけに受けないでいたのだ。


『着弾点の感じからして、威力は低めだが威力密度が・・・』


 その時”ビシッ”っという音と衝撃が腕に走り、見れば右腕に薄っすらと線のような亀裂が消えていくところが見えた。


「・・・受けちゃだめだね」

『できるだけ受けない方向で頼む・・・』


 結論は出た。

 この謎の遠距離攻撃がなんなのかは分からないが、瞬間的にグラディエーターの装甲に傷を付けられる威力であることは間違いない。

 ”2.0強化装甲”の特性ですぐに傷は消えるとはいえ、そんなものを何発も食らうのは精神衛生上良くなかった。


 モニカがレオノアのいる辺りを睨みながら、狙われないように前後左右に不規則に動く。

 だが既に何発もロケットキャノンが付近で弾けてるせいで土煙が立ち上り、レオノアが何をやっているのか見えない。

 だからといってこちらが攻撃しなければ、向こうの攻撃でジリ貧になるので手を止めるわけにもいかない。


『ロン、透視つかえる?』

『使えるが、再調整の方に影響が出るぞ? 視覚系は地味にリソース要求が高い』

『でも使わないと目処が立たない!』

『それもそうか』


 俺はいくつかのプログラムに中断命令を飛ばし、新たに視覚系スキル用にまとめたコンソールから”透視モード”を選択する。

 するとそれまで見えなかった土煙の内側が透け始め、ピントが合うに従ってその向こうに涼しい顔で立つレオノアの姿が浮かび上がった。


『おい、まじかよ・・・』

『なんか・・・振ってる?』


 煙の中のレオノアは俺達の砲撃を往なしながら、その合間合間に持っていた短剣を小さく振っていた。

 それ自体は何気ない動作だが、問題はそのたびに刃先から5cmほどの”何か”が飛び出しこちらに高速で突っ込んでくるのだ。

 それは間違いなく今俺達に向かって飛んでくる攻撃そのもの。


 ”斬撃”を飛ばしている、といえば分かりやすいが、そんな馬鹿なという話だ。

 だがそれも、よく目を凝らせばすぐにカラクリは見えてくる。


 ●まず剣の先に風系の魔法を展開します。


 ●それを剣先で伸ばしながら、高速で飛ばします。


 ●薄く伸ばされた風魔法は、周囲との気圧差を利用して当たった物を真っ二つにします。


 要は魔法を使った”カマイタチ”に近い。

 シルフィーの使う魔法に似たようなのがあったが、暴風みたいなあれと違ってこっちは遥かにスマートで威力が高い。

 そしてそんな小技が使えるとなれば、遠距離戦でも向こうが一歩リードとなってしまう。


『ロン、簡易でいいからサポートお願い!』

『何する!?』

『突っ込む!』


 その状況を見て取ったモニカは即座に戦術を切り替え、魔力ロケットを噴射して急接近を試みた。

 超高速の遠距離攻撃が雨のように入り乱れる中、一気に俺達の周囲の景色が横に飛び去り、ものすごい勢いでレオノアの姿が近づく。


 突如として、魔力砲弾ではなく本体が突っ込んできたのを見たレオノアも、流石に腰を落として迎撃体制を取る。

 そしてそこへ、猛烈な勢いで持っていた槍が叩きつけられた。


 ぶつかり合う巨大な槍と、小さな短剣。

 だが次の瞬間には、短剣が魔力ロケットの加速を十分に受け止め、そのまま紙細工の様に槍を引き裂き始めた。


「ちっ!!」


 それを見たモニカが槍の穂先を切り離し、柄の棒だけでもって高速で殴りかかる。

 その速度と練度にレオノアの表情が変わった。

 これまでの試合で接近戦では槍としてしか使ってこなかったモニカが、急に棒術を使い出したからだ。

 このために、これまでモニカは棒術は使わなかった。

 レオノアに接近戦で渡り合うには、向こうの意識からできるだけそれを外しておきたかったのだ。

 そして目論見通り、本来一番慣れ親しんだ棒術の動きは、レオノアを以ってしても受けるのに苦戦している。


 この槍は遠距離では砲身に、突撃時には槍に、更に接近しては棒にと、自在に切り替わるマルチウェポンだ。

 元々フロウの塊なのだから、その形態はいくらでも変えられるというもの。

 しかもこれはただの棒術ではない。

 グラディエーターの筋力強化容量と思考加速により猛烈な嵐と化した棒の動きを、更に内部に仕込んだ加速系魔法陣が凶悪にしている。

 もはやこれはただ棒を叩きつけているのではない。

 一発一発が大砲よりも遥かに強力な威力の乱撃だ。


 高速かつ不規則な動きの棒が発する衝撃波で目の前の景色がグニャグニャに歪み、その連続する破裂音が耳に痛い。

 あまりの衝撃に棒自体も形を維持できず、表面がポロポロと剥がれ落ちていく。

 だが問題ない。

 2.0強化装甲のように壊れた側から修復が入るので、得物の損耗を気にしなくていいのだ。

 さしずめ”2.0強化武装”といったところか。


 だが腹が立つのは俺達が武器にまでそんな苦労を割いているというのに、レオノアの手持ちの短剣は未だに壊れる気配がない。

 表情は結構ギリギリのくせに、手元の動きは滑らかそのもので、暴力的なモニカの乱打をヒラヒラと往なしていた。

 キラキラと光りながら舞う短剣の刀身が、蝶のように優雅に見える。


「そんな攻撃じゃ、僕には通用しないよ」


 そんな言葉をかけてくる余裕すらあるらしい。


「分かってるだろ? 僕には”勇者の権能”がある、この攻撃じゃいくらやってもダメージにならない」


 それはまるで聞き分けの悪い子供に諭すような、そんな声だった。

 その気遣いが、”対等”と見てもらえてないようで、無性に腹が立つ。

 だがその言葉は”真理”だ。

 彼にはまだ短剣の防御の向こうに、本当の、そして”絶対”の防御が待っている。

 ”勇者の権能”

 その1つである、圧倒的再生力を持つ肉体。

 俺達が今着込んでいる”2.0強化装甲”の発想元にして、かつて”紛い物”すらついぞ破る事ができなかった本当の”壁”

 ”ロケットキャノン”も、今できる他の攻撃もそれに傷一つ付けられないと、”直感”で分かっていた。



 だから、どうした?

 


「そんなことおぉ!!!」


 モニカが叫ぶ。


「最初から知ってるよおおおお!!!」


 その瞬間、棒の一撃が盛大に空振りし、地面に激しく打ち付けられた。

 だが、それこそが”狙い”である。


 その瞬間、地面の下に大量の魔力が流れ込み、続いてレオノアの足元が一瞬でズブリと沈む。


「!?」


 この試合始まって初めてレオノアの顔から余裕が消えた。


 何をしたか?

 簡単なことだ、この周囲、約10m四方は完全に俺達の魔力によりフロウ化している。

 つまりこの周囲の地面が全て俺たちの制御下に置かれたのだ。

 あとはそれを変形させて、絡め取ってしまえばいい。


 それを見たレオノアが咄嗟に脱出しよう足を動かす。

 だがそれを許すまじとモニカは畳み掛けるように、これまで以上に激しい乱打を繰り出した。


「くっ!?」


 足元を取られ、余裕を失ったレオノアにモニカの攻撃がいくつもヒットする。

 その一撃一撃は、何のダメージも残していない。

 だがそれに付き合う・・・・という手加減をしたレオノアは、フロウの沼から脱出する貴重な機会を失ってしまった。


 彼の腕や足がフロウの沼に絡め取られ飲み込まれていく。

 モニカが棒術で応戦している間、限界まで魔力を練り込んだのでその強度はかなりの物。

 すぐにすっぽりとレオノアを覆い尽くしたフロウは、そのまま万力のように強力な力で締め付けるように縮まり、最終的には直径5m程の丸い球体に収まってしまった。

 あの中には居たくない。

 ”普通の者”ならば完全に潰れているだろう。


 どうやら”絡め取っちゃえ作戦”はうまく行ったようだ。


『発想元のルキアーノ先輩に感謝!』


 あの”グチョグチョ粘液魔力”を見てなかったら、こんな作戦は思いつかなかっただろう。


 この試合、勝利条件は相手の結界HPを破壊するだけじゃない。

 ”相手の動きを一定時間封じ込める”のもその1つだ。

 普通は体力削りに行ったほうが効率がいいが、相手は”無敵状態”なのでこっちを選ぶのは自然な事。

 妨害系魔法士向けの勝利条件だが、俺達が使っても問題はない。

 実際、実戦では相手の足を止めて味方の有効打を確実に入れるというのは当たり前の戦略である。

 最初から俺達は、レオノアにダメージを与える事など考えちゃいなかったのだ。


 だが、これで止まる相手でもないのだが・・・


 すると観客たちが、絶対優勢と思われたレオノアを俺達が奇策で止めたことで一気に盛り上がる。

 しかしモニカはその中で、油断のない表情でレオノアを包むフロウを睨みながら距離を取る。

 すると、”ギチチ”という嫌な音と共にフロウの球体の表面が大きく凹み始めた。

 すぐに周囲のフロウが補修に掛かるが、芳しくない。


『どう?』

『駄目だ、中でめっちゃ暴れてる、これじゃ”静止状態”の判定は付かないし、数秒も持たない』


 予想通りといえば予想通りだが、ガブリエラやさっきの2人と比較されるような人物が、この程度で止まるわけがない。

 これはあくまで”時間稼ぎ”の1種なのだ。


『”再調整”は!?』

『75%ちょい!』

『分かった、”炉”を点けて!』

『あいよ!』


 ガブリエラよ、これ使っても大丈夫なやつだよな?

 と一瞬だけ虚空に問うた俺は、すぐに意識を戻し、レオノアを覆うフロウのコントロールをあっさりと自動モードに放り投げると、自分の視覚画面を別の物に切り替える。

 それは大量の数字が羅列された無機質な物だった。

 だがその内容はこれまでになく”とんでもない”。


 と同時に、頭の中が急速に冷えるような感覚に襲われる。

 モニカが目を閉じて精神を集中させ始めたのだ。

 すると一部の数字が急速に上昇を始める。


 ガブリエラの”秘密のレッスン”は、既に”第2段階”へと進んでいた。

 第1段階が魔力の”理解”だとするならば、こちらは魔力の”支配”といえる。

 極限まで圧縮した自らの魔力を、更に高度な形へと変化させる。

 それはつまり・・・


『よっし、魔力適性の規定値到達を確認! 【制御魔力炉Lv1】を起動する!』


 俺はそう宣言し、コンソールから必要な情報を各スキルへ伝達する。

 その瞬間、俺達の体がまるで風船の様に膨らんだかのような錯覚を起こした。

 と同時に、体の周囲から大量の黒色の魔力が噴き出し、それが咳のように何度も増減する。


 体から何度も何度も、大量の魔力を吐き出す俺達はさぞ不気味な存在に見えた事だろう。

 2つの会場の観客達が揃って、驚愕と恐怖に顔を染めている。


 だが自分の事で手一杯の俺達はそんなことは気にしてられない。

 猛烈な魔力の圧力を必死に調整しようと全ての神経を集中させていた。

 きっと今モニカを突けば、核爆発が起こっただろう。

 ・・・いや、意外と冗談じゃなく。


 だが次第に、噴き出される魔力が安定を始め、濃い黒だった魔力が徐々に透明になっていくと、周囲の景色が目に入ってくるようになった。


『”魔力炉”の安定を確認、もういいぞモニカ』

「・・・ふう」


 ・・・と、俺の言葉でモニカが息を大きく吐き出し、頭の集中を解く。

 だがその目はいつも以上に黒く輝き、体は内側から噴き出す圧力で暖かく、全身にこれまでとは違った力がみなぎるのが感じ取れた。


 これが俺達の”奥の手”の1つ。

 ”制御魔力炉”・・・つまり、以前カミルのところで起動した”プリセット級スキル”と同じものだ。

 このスキルがモニカに高い魔力適性を求めるのは起動時のみで、安定してしまえば俺の方で回し続けられると気づいたのはつい最近のこと。

 もっとも、レベルが低いせいでまだまだ永久機関みたいだった”あれ”とは比較にできないが、それでも繰り出される魔力の出力は、これまでとは段違い。

 ガブリエラ曰く、王位スキルの”王位”たる原動力らしいこの魔力炉であれば、レオノアの”勇者の権能”相手でも力負けはしない筈だ。


 俺達はそのまま周囲にバラ撒いた魔力を通して、フィールドの状況を認識する。

 するとこの周囲に存在する全ての魔力源が、まるで星空の様に頭の中に浮かび上がった。

 今この空間に存在する魔力はどれも俺達の”下位”であり、頑張れば・・・まあ、今は無理だけど、その全てを制圧下に置く事すら可能である。


 だが、無機質で味気ない”普通の魔力”の海の中に、そんな俺達の魔力を跳ね除ける”青い太陽”の様な巨大で高位の魔力を感知した。

 間違いない、レオノアの魔力だ。

 なるほど確かにこりゃ、とんでもない。

 きっと勇者とやらの理不尽な強さの”カラクリ”はこの高位の魔力によるものなのだろう。

 これだけ高位であれば、ちょっとやそっとじゃ掌握もできない。


 そしてそうなると、頭上に見えるやたらでかい金色の魔力はガブリエラの物か。

 そっちはあまり意識を飛ばさない。

 あまりにでかくて明るいので、感覚が眩んでしまうからだ。

 なので俺達は目の前の”青い太陽”に集中する。


 ちょどその時、レオノアがまるで紙でも裂くようにフロウの塊を切り裂きながら外に出てきた。

 すぐにフロウが押し込もうと動き出すが、”遠慮”を捨てたレオノアを留めることはできない。

 若干ながらも不機嫌そうな彼は、そのまま持っていた短剣でフロウを細切れにしていく。

 何気なくやってるが、恐ろしい威力だ。

 確かにあれなら”2.0強化装甲”で簡単に切り裂いてしまえるだろう。


 だがそんな事より・・・


『なんで・・・制服にシワが寄ってないんだ!?』


 その事実に俺が驚愕する。

 レオノアの軍服みたいなトリスバル制服は、あれだけ土に塗れたのに汚れ1つなく、フロウに揉みくちゃにされたとは思えないほどシワがない。

 まるで下ろしたての様に綺麗な状態だ。


『それ重要?』


 モニカが怪訝な声で問う。


『だっておかしいだろ、本体が無傷なのはわかるけど』

『”勇者の権能”絡みかな』

『という事は、あの謎の耐久力は服に及ぶくらい広いってことか』


 何か攻略の材料になるか。


『とにかく今は”次の一手”を出し続けるしかない』


 ”本命”の為に、まだ時間稼ぎは必要だ。


『”地獄の釜”だっけ? いまならあれ使えるよね?』


 その時、モニカが俺に魔力炉起動時用の作戦プランの提示をしてきた。

 しかも、


『かなり物騒なやつだな、たしかに使えるっちゃ使えるが・・・』


 それは想定した中では屈指の大出力攻撃だ。


『それくらいしないと、あの人は”本気”にならないよ』

『本気?』

『うん、”デバステーター”を本気でもない人に使うのは、なんか嫌だから』

『だから本気を出してほしいと?』

『うん』


 それは寝た龍を起こす様で、どうなのかと思うが、この試合の”本当の目的”は俺達の力の誇示だと推察される。

 そう考えると、確かに短剣相手に”アレ”を起動させるのは絵面として好ましくないというのも一理あった。


『分かった』


 俺はそう答えると、準備を進める。

 

 幸いなことにレオノアは不審な表情でこちらを睨むだけで攻撃を仕掛けてこない。

 なんとかフロウの塊から這い出してみれば、俺達の纏う空気が明らかに変わっているのを警戒したか。

 やはりこの人・・・強いが、”甘い”。


「フン!」


 その掛け声でモニカが大量の魔力を一斉にバラ撒いた。

 制御魔力炉が起動しているため、その量はこれまでとは比較にならないほど凄まじい。

 レオノアも突如津波のように発生した大量の魔力に面食らっていて、それによる攻撃を警戒するように構えた。

 

 だが残念ながら、まだそれだけで攻撃になるほど高度ではない。

 その代わり、バラ撒かれた大量の魔力たちは俺達の正確な制御によって、周囲の土中に均一に散布される。

 そしてその魔力は瞬時に土中の分子と混ざり合い、その組成を変化させた。


「フロウ!」


 その言葉で起こった事は壮絶だ。

 レオノアが思わずその場を飛び退く、フロウに絡め取られた経験から、同系統の魔法を察知して警戒したのだろうが、今回は彼の足元に変化はない。


 だがその代わり、今度はフィールドの外周部分の地面が一斉に動き出した。

 魔力炉で高度化された魔力を使っているので、その範囲は先程の10mを遥かに超えている。

 まるで長さ数百mの怪物に触手で囲まれたような光景に、レオノアを含めその場にいた全員の目が見開かれていた。


 だがその触手がそのままレオノアを飲み込むといった、”生易しい”手段は取らない。


『勇者様の防御がどれほどか、見せてもらおうじゃないか』


 次の瞬間、レオノアを取り囲む膨大な量のフロウの表面に、棘のような小さな突起が無数にそそり立った。

 いやただの突起ではない。

 全体の大きさのせいで分かりづらいが、その1本1本全てが通常の倍ほどの大きさの、”ロケットキャノン”の砲身だった。


『魔力充填よし! 全砲門照準開始!』


 俺のリソースに現れた膨大な量の視界が、一斉にレオノアに向けて固定される。


『照準完了! いつでも撃てるぞ!』

「発射!」


 間髪入れずにモニカが放った掛け声と同時に、視界を埋め尽くす大量の砲身が火を噴いた。


 それによって起こった事は、まさに”地獄の釜”と表現するにふさわしい物だった。


 レオノアの周囲2mの空間に殺到する、総勢10万発の魔力砲弾。

 そしてそれを押し出す大量の爆炎。

 その全てが、本来一撃で魔獣を粉砕する威力を持っている。

 それを覆い尽くすフロウの影が、まるで本当に地獄の釜の様な不気味な姿を見せていた。


 当然、そんな量の攻撃を短剣一本で捌ききれるわけもなく、レオノアの体に何発もの砲弾が着弾した。

 一発でも当たれば後はどうしようもない。

 圧倒的な威力の暴力に体が吹き飛ばされ、そこに更に照準を調整した第2斉射以降が殺到する。

 そこまでしても俺達は気を抜かない。

 依然として衝撃波の向こうで翻弄されるレオノアの体に、傷らしき物がついていないからだ。



 そしてその時だった。



 見えたのは一閃。


 青白い光が1筋、黒と赤の世界を駆け抜けた。


 と、同時に俺のコンソールに一斉にエラーの文字が踊り、即座に周囲のフロウのコントロールが失われた事を悟る。

 すると、まるで花火大会の終演のような反響と余韻を残し、”地獄の釜”の火が消え、周囲のフロウが徐々に黒い色を失いながら落下し始めた。

 今度はその土砂が地面にぶつかる轟音が響き、視界が巻き上がった土煙に覆われている。

 だがその中で、はっきりと揺らめく青の魔力の炎を俺達は見た。


 煙の中を、ゆるりときらめく物体が目に入る。


 すると、まるでそれに吹き飛ばされるように煙が一斉に晴れ、中から当たり前の様に無傷のレオノアが現れた。

 だが違うことが2つある。


 その顔からは好青年の様な優しい”甘さ”はすっぱりと消え失せ、代わりに視線だけで魔獣を殺せそうな、力強い”戦士の顔”になっている。

 そして・・・

 

『・・・やったぞモニカ』


 いや・・”やっちゃったぞ”の方が正確だったかもしれない。

 だがモニカの方は唇を嬉しそうに歪め、全身をとてつもない”達成感”と”恐怖”と”緊張”の入り混じった武者震いが襲った。


 レオノアの手には、これまで握られていた短剣ではなく、彼の”本来の武器”である細長い剣が煌いている。

 ついにその剣を抜いてくれたのだ。


 だがそんな”安い達成感”を一気に萎ますような、ゾッとするほど冷たい声が俺達にかけられる。

 


「なるほど・・・・君も・・そういうタイプか・・・」


 雑音が大量に響く中放たれたレオノアのその声は、とても小さいはずなのに、頭の中にやけに響いた。


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