2-10【頂の生徒 3:~哀れな者達~】


 巨大なスタジアムに溢れかえる数万の群衆が、空を見ながら驚きに口を開ける。

 直径数十ブルに及ぶ卵型の金色の物体が浮かび、ゆっくりと滑るように競技場の中に舞い降りてきたのだ。

 この街に来てまだ日が浅い者の中には、その姿を見た途端に手を合わせ拝むような姿勢を取るものもいる。

 確かに大きさであれば、祭りのためにいくつも浮かぶ浮遊型のゴーレムの方がまだ遥かに巨大だが、そこから発せられる魔力の圧力は桁違い。

 とくに魔力との親和性の高い種族の者にとって見れば、その圧力はそれだけで神の後光のように感じられるのだ。


 そしてその金色の”王球”が、そこに溜まっていた土を吹き飛ばしながらフィールドに着陸すると、その上部の球体が開き、その中から仰々しい玉座のような椅子が現れると、

 さらに次の瞬間、金色の閃光と同時に、さっきまで地面にいたはずのガブリエラがそこに出現した。

 その一連の光景に観客席がどっと湧きたち、その何ともいえない歓声が地鳴りのように響きながら王球の周りをグルグルと取り囲む。

 だがその中心に座るガブリエラはその様子にも全く興味なしとばかりに、自分と唯一相対し視線を交わす少女を見つめていた。


 そこにいたのはラビリアの”主席”である、”リヴィア・アオハ”

 全身を高ランクの魔道具で固め物々しい雰囲気を放ってはいるが、特注品の繊細かつ優美な魔法士服と、魔力を含んで絹のように艷やかで長い黒髪に包まれた美貌は、そのまま絵の中に閉じ込めてしまいたいほど見るものを虜にした。

 ガブリエラを”豪華絢爛”と評するなら、こちらは”清麗高雅”といった感じか。

 彼女はマグヌスの上級貴族の娘であり、家の持つ爵位は”侯爵”。

 マグヌス最高位の貴族であるアオハ公爵家そのものではないものの、名門アオハ家の一門の中で宗主家でもないにも拘らず、その名を名乗ることを許されている、古くからある”名家”の1つだ。

 そのせいか”同階級”の家である、ヘルガの実家よりも扱いは上である。

 だがさすが”名門アオハ”の血を持つ女、その力は現時点でもその家の”格”など不必要なほど優れており、”アオハ本家”のルーベンなどと同様、優秀な者を輩出できないでいる”現公爵家”の焦りの遠因になっているらしい。


 昨日行われたトリスバルとの試合では、”勇者”であるレオノアとかなり良い勝負をしたというからには、その実力は既に並みの”エリート”連中の域すら超えているだろう。


 だがガブリエラにとって、そんな情報はどうでもいい。

 彼女にとって重要なのは、リヴィアとの通算対戦成績が1勝2敗・・・・と負け越していることだけ。

 故にガブリエラにとってこの試合は、周りの者が思っているよりも重要度が高い。

 例えそれがまだ力の安定していなかった中等部時代の”借り”とはいえ、まだ返してもらっていないのは事実なのだ。

 特に他校のリヴィアと戦う場面というのは、絶対に逃すわけにはいかない。

 まあ重要度が高いのは、これだけが理由なわけではないのだが。



「始める前にそなたに聞いておきたいことがある」


 ガブリエラは王球の玉座に腰を下ろしながら、徐ろにそう切り出した。

 それに対してリヴィアは怪訝な顔を作る。


「なんですか?」

「この試合、私が勝てば、そなたは”私のもの”になれ」


「・・・・は?」


 ガブリエラの言葉にリヴィアが理解できないとばかりに眉を顰め、次いで聞かれたのではないかと慌てて客席の方に視線を送る。

 そして、まるでそれが答えであるかのように1歩、足を後ろに引いた。


「・・・どういうこと・・・ですか?」


 そう尋ねたリヴィアの顔には、隠しきれない不信感が漂っていた。


「なに簡単なこと、そなた来年からは国防局の配属であろう? 私も卒業後に国防局内に部署を持つことになってな、そこにそなたを招きたい。 そなたの実力であれば護衛としても十分だし、私も同い年の同期が近くにいれば心強いからな」

「・・・そういうことですか・・・ですが、人事に係ることですし私1人の一存では・・・」

「安心するが良い、誰にも文句は言わせん」


 ガブリエラが力強くそう断言すると、リヴィアの顔に諦めの色が混じる。

 ”もう逃げられない”と彼女なりに悟ったのだろう。


「分かりました・・・・私も先任の派閥が出来上がった中に行くよりは気が楽かもしれませんし・・・」

「よし! 決まりだな」


 ガブリエラがそう呟くと、手をポンと1つ叩いて珍しく嬉しそうな表情を作った。

 これで、この試合で”やらなければならないこと”を1つ消化したからだ。

 さて次はどうするか・・・・


 ガブリエラはふと何かを思いついたように手を上げると、そこに金色の魔法陣を展開した。

 試合開始の合図の前の行動に、対戦相手のリヴィアがその場を飛び退きながら構える。

 だが、ガブリエラからはなんの敵意も感じられないことに一層不審な表情を浮かべた。

 ガブリエラの魔法陣は空間に穴をあける次元魔法の一種。

 だが、非常に魔力を消費し扱いが難しく収納用に自分の周りに空間を紐付ける”収納魔法”くらいしか使用することがないリヴィアにとって、この種の魔法陣を見ても、その詳細まで理解することは不可能だろう。

 なにか戦闘用の魔道具でも取り出すのか?


 そんなことをリヴィアは考えていると、唐突に下半身になんとも言えない違和感が走り、同時にガブリエラが魔法陣から小さな布切れを取り出した。

 その布切れにリヴィアが言葉を失う。

 ガブリエラが手に取ったのは、貴族の女性などが履いている品の良い生地でできた”下着”。

 ガブリエラはそれを両手で広げ、マジマジと見つめていた。


「趣味は変わっておらぬみたいだの」


 そう感想を述べると、リヴィアが少し慌てた仕草で腰の辺りを手で探り、そこにあるはずのものがないことを認知すると、諦めたように溜息を吐き出した。


「ガブリエラ様も、お変わりないみたいですね・・・」


 その反応を見たガブリエラが心の中で”何だ、つまらん奴だ”と愚痴をこぼす。

 てっきり赤面しながら慌てふためくリヴィアが見れるものと思っていたガブリエラが、希望の反応が見れなかったことで不満のレベルを上昇させたのだ。

 だがそれが顔に出たのだろう。


「もういらないですよ・・・前に戦った時に”それ”はやられましたからね・・・下着くらいは覚悟ができています」


 リヴィアはそう言うと挑むような視線を返してきた。


 なるほど、下着なしの不快感は我慢すればいいということか。

 であれば、”これ”はありがたく貰っておくとしよう。

 とりあえずそう考えたガブリエラは、手に持っていた下着を丁寧に畳むと、収納魔法陣を展開してその中にしまう。


「・・・持っていくんですか?」

「なんだ、いらぬのではないか?」

「あ、いや・・・そうは言いましたけど・・・」


 リヴィアがなんとも気まずそうに口籠る。

 なんだ? いらぬのではないのか?


「えっと・・・欲しいんですか?」

「当然であろう?」


 何を言っているんだお前は、という返答を食らったリヴィアの顔が、ますます微妙なものになる。


「ええっと・・・それ、どうするんですか?」

「ふむ、どこかに飾っておきたいが・・・さて、どこに置けばいいものかの」


 ガブリエラはそう言って真剣に悩む様に顎に手を当てると、それを見たリヴィアが口を小さく開けて、すぐに閉じた。

 何か言いたげだが、言えない感じか。


『回答:下着の所有権までは移譲していないと推察』

『ならば後で弁償の手筈でも整えておけ』

『進言:権利の問題ではなく、下着の所有権の問題は個人的な性質を帯びており、その収得は一般的には忌避される傾向にあります。

 そもそもそんな物を収得する意味はあるのか、甚だ疑問ですが』

『意味はあるさ』


 ガブリエラは己のスキルにそう答えながら、リヴィアの姿をマジマジと見つめる。


『気に入った者の物なのだ、それが何であれ欲しくなるだろう。 例えばそう・・・』

 

 そしてその視線が、リヴィアの着ている魔法士服の首元で止まった。


『できるなら、あの美しい鎖骨を引きずり出して、そこに付いた血と肉を貪りたい。 あの柔らかな皮膚とその下の内臓の一片まで切り離し、血を入れたボトルと一緒に部屋に飾れれば、どれだけ幸せなことか』


 ガブリエラはその”光景”を一瞬だけ想像し、それを頭の隅に追いやる。

 だが残念な事にそうするわけにはいかない。

 ガブリエラが本当に執着しているのは、”リヴィア”本人であって、その”肉体”ではない。

 物品や肉体はその存在を想起させるからほしいのであって、その存在を害するような事があっては本末転倒だ。


 それに”ナマモノ”を飾るのは流石に衛生的にも良くないだろう。

 腐らせてしまえばリヴィアの存在に対する冒涜にもなる。

 その程度の”常識”は弁えているつもりだった。

 故に普段使っている衣類の収集は、その代替案としては中々に魅力的なのである。



 ガブリエラにとって、”他人”は大きく”3つ”に分類される。


 1つは”親類”

 これは親しい者という定義が近い。

 家族や友人、本当に近しい臣下等が含まれ、少し特殊ではあるがモニカも強いて分類すればここに入るだろう。

 その付き合い方は多種多様ではあるが、彼等に対してガブリエラは比較的”好意的”な態度を取るため、寛容な人物と見られている事が多い。

 

 もう1つは、”くだらぬ者”

 大部分の者が含まれ、その他大勢といってもよく、”親類”の関係者でもない限りは彼等に対してガブリエラはかなりきつい態度を取る。

 殆どの者にとってのガブリエラのイメージが傲慢で移ろいやすく、癇癪持ちの”爆弾”といったものになるのは、彼等がここに属しているからだ。


 そして最後に、”気に入った者”

 これは最も数が少なく、同時にガブリエラの個人的な好みに合致してしまった”哀れな者達”である。

 だが大抵は愚かにもガブリエラに何らかの”敗北感”を与えてしまった者達なので、臣下の中には自業自得と考える者も少なくない。

 代表的な者としてルシエラなどが挙げられるが、何を隠そう、このリヴィアもその中の一員だ。

 だが不運にも・・・・ここに属してしまった者の運命はかなり悲惨である。

 ガブリエラが唯一”執着”を見せるのが彼等であり、そして様々な要因でねじ曲がった彼女の”理不尽”を最も受けるのも彼等なのだ。

 そのため”イジメ”としか認識できないような偏執的な好意を寄せられ、険悪な関係になってしまう事も珍しくはない。 

 


「ところで、いつまでそこに座ってるんですか? もう始まってますけど!」


 するとリヴィアがそう叫び、その声にガブリエラが我に返る。

 どうやらリヴィアでどの様に”遊ぶ”かを妄想している間に、試合開始の合図が成されていたらしい。

 まったく・・・風情のない者共め・・・


「ならば、好きに攻撃すればよかろう」


 まるで他人事のようにそう言いながら、ガブリエラは”進めよ”とばかりに片手を振ってサインを送る。

 だがリヴィアはそれを見ても動こうとはしなかった。


「ガブリエラ様のその金色の玉、それがないと困るんでしょ? 壊す訳にはいかないから降りてきてくださいよ」


 とそう言うと、心底困ったような表情を作ったのだ。

 それを見たガブリエラは顎に手を当てて考え込む。


「ふむ・・・」


 リヴィアの顔に浮かんでいるのは妄言や挑発の類ではない。

 本気で重要な物品の破損を嫌がっている顔だ。

 その表情も首を撥ねて飾りたいほど魅力的なのだが、その考えが出てくる”状況”は少しよろしく無いとガブリエラは直感した。

 どうやら、その他の”やらなければならないこと”は、思っていたよりもかなり大変そうである。

 リヴィアですら、その攻撃がガブリエラの防御をすり抜け王球に被害を出すのではないかと本気で考えているとは・・・


 そこでガブリエラは”やれやれ”とばかりに玉座を立ち上がると、そのまま階段でも降りるような気楽さで40ブルの高さから飛び降りると、重力の存在を否定するようにふわりと地面に着地した。

 さて、降りたはいいがどうしたものか・・・・


「降りたわね、それじゃ、こちらから」


 そう言いながらリヴィアが両手を広げると、腕に巻かれた何重ものリング状の魔道具がガチャガチャと音を立てて回りだし、その回転に合わせて彼女の腕の周りに黒い魔法陣が組み上がっていく。

 これは彼女の知識と強力なスキルと魔力の融合により可能となった、”リヴィア専用”の魔道具。

 そのリングの組み合わせと位置で、複雑な魔法陣を高速で組み上げ、そこから繰り出される大技の連続で相手を圧倒する。

 恐らく”普通の強者”であれば、そこに展開された魔法陣の内容から脅威を判定し、即座にその”妨害”か対抗、もしくは防御の構築に動いただろう。

 リヴィアの使った魔法は高速とはいえ、その程度に時間も用意されているし、逆にその時間を”隙”と判断した相手を誘い出すための”餌”でもある。

 だが、ガブリエラはそのどれとも違う手段に打って出た。


「・・・?」


 リヴィアの顔がさらなる不審に染まる。

 自分の強力な攻撃の準備に対してどんな反応をするのかと思えば、ガブリエラはそんなものは眼中にないとばかりに無視すると、見慣れない魔法陣を展開し、そこから拳大の真っ赤な物体を取り出したのだ。


 リヴィアを含め、その場にいた殆どの者は最初、その赤い物体が何なのか理解することが出来なかった。

 そしてそれが何なのか理解した者も、なんでガブリエラが”それ”を取り出したかまでは理解できずにいる。

 だがリヴィアだけは瞬間的にその”正体”を直感的に察知し、冷や汗を浮かべながら凍りついたようにその場で固まった。


 その物体が収縮する。

 それも何度も、何度も、


 ガブリエラはうっとりと見惚れるようにその動きを見つめながら、持っていたのと逆の手でゆっくりとその表面を撫でる。

 すると、まるでそれに反応するようにリヴィアが自分の胸に手を当てながら、驚きに目を見開いてガブリエラの手の中の”己の心臓”を凝視した。


「美しい・・・そなたは心臓までも、これほど美しいとは・・・」


 ガブリエラがそう言いながら手に持った心臓に顔を近づけ、その表面を軽く舐めると、そのまま頬に擦り付ける。

 するとリヴィアの顔がさらに苦悶と恐怖の色を濃くし、額からは大量の冷や汗が噴き出した。


 ”戦うな!”


 その時、リヴィアの頭の中をその言葉が駆け巡る。

 彼我の状況の差は、勝負どころではない。

 今この瞬間リヴィアは、ガブリエラの”配慮”によって生かされているに過ぎないのだ。


 ガブリエラがやっているのは、ただ単にリヴィアの心臓を手元に転送しただけではない。

 もちろん、それすらも並の魔法士では及びもつかぬ量の魔力とその繊細なコントロール、何より謎多き次元魔法に対して深い造詣が必要になる。

 だが仮にそうしていたら、その瞬間にリヴィアの命はなかっただろう。

 今こうしてリヴィアが生きながらえ、現在進行系で心臓に掛かる感覚を苦痛として捉えられるのは、ガブリエラが更に想像もつかないような高度な魔法を展開して、心臓から伸びる血管と神経をリヴィアの体内の適切な場所に繋いでいるからだ。


 そしてそれを知ってしまった以上、リヴィアは何も出来ない。

 いや、この場で僅かに動くことすら出来なかった。

 一瞬でもガブリエラの認識が削がれれば、その瞬間この恐ろしく高度な”奇跡”は崩壊し、リヴィアの命はないだろう。


 リヴィアは最初から、”勝負の土俵”になど乗っていなかったのだ。 

 それに気づいたリヴィアは、その場で”最善の1手”を打つために口をゆっくりと開ける。


「まい・・・・」

「”まいった”と言えば、その瞬間この心臓を握りつぶす」

「!?」


 だがリヴィアのその”希望”は、嗜虐的な笑みを浮かべたガブリエラによって一瞬で踏み潰された。


「ちょうどいい。 ここにいる者たちの認識を改めて正すとしよう」


 ガブリエラがそう言いながら客席をぐるりと見回し、とくに前列の方に陣取る”軍事関係者”に向けて強い視線を送った。


「私の持つ”王位スキル”だが、多くの者がその力を”将位”や”軍位”の延長線上として捉えていると思う・・・・だがそれは”誤り”だ」


 そう言うとガブリエラは心臓を持つのと反対の手の人差し指を伸ばし、その指先に金色の光の固まりを作り出すと、その光を指ごと近づける。

 するとその”行為”の意味を悟ったリヴィアが、声にならない悲鳴を上げながら必死に手を伸ばそうと体を動かしかけ、”動けないこと”を思い出してその顔を絶望に染めた。


「この力は根本的にそれらとは別の段階にあり、数を揃えたところで対抗できるものでもない」


 ガブリエラが手に持っていた心臓に光る指先を当てる。

 その瞬間、心臓との接点から”ジュウ”という肉が焼ける音と小さな煙が発生し、同時にリヴィアが胸を押さえながらその場に倒れ伏すように昏倒すると、まるで打ち上げられた魚のようにのたうち回った。

 そのままガブリエラは指を器用に動かし、心臓の表面を焼き切らないように注意しながら、その表面に小さく火傷の痕を残していく。


 すぐに現れたのは”ガブリエラ”という小さな文字。


 指で書いたため御世辞にも綺麗な文字とはいかないが、その嗜虐的な出来栄えにガブリエラは満足げな表情を浮かべると、その文字がよく見えるように心臓を高く掲げた。


「これから私がそれを皆に見せよう」


 そして、そう宣言しながら地面に蹲るリヴィアの下まで歩いて近づき、制服の上着の一部を引きちぎり胸元を露出させると、そこを手だけで切り開いて中に心臓を押し込んだ。


 もちろんこれはただの”パフォーマンス”だ。

 今、この状態の心臓をリヴィアのもとに返すにはまた複雑な転送プロセスを必要とし、実際、胸を切り開いた後にはその様に処理を行った。

 だがこうすることで、今までガブリエラが手に持っていた心臓がリヴィアのものであることを観客に宣言し、同時に彼女の心臓に、”その持ち主”が誰であるかを印象づけることになる。


 そしてガブリエラはリヴィアの胸の中で彼女の心臓が問題なく動いていることを確認すると、出血でショック死しないように止血魔法に注意しながら、その傷口を魔法で塞ぐ。

 【同一化】によって”フランチェスカの因子”を取り込んだ事により、”ウルスラ”はかなり強力な健康管理能力を得た。

 それはガブリエラが比較的多く持つ白の傾向と合わせることで、この様に他人の体の状態を制御下に置くことすら可能にする程に。


「安心しろ、半日もすれば見た目には傷は残らん」


 ガブリエラがそう言ってリヴィアの冷や汗でグッショリと濡れた頭を軽く撫でた。

 そして一通りリヴィアの体に問題がないことを確認すると、踵を返して競技場の端の方へ向かって歩いていく。


 競技場の中を奇妙な静けさが支配した。

 誰もフィールドを我が物顔で歩くガブリエラに向かって声を掛けようとはしない。

 そればかりか、まるで肉食獣から身を隠す野生動物のように身を隠すものまでいたくらいだ。

 全員、この試合が自分たちの”思っていた物”ではないことを悟る。


 これは”力比べ”や、観客を喜ばせるための”催し”などではない。

 むしろ観客は、ガブリエラがこれから行う”ショー”を彩る舞台装置でしかないのだ。


 ガブリエラが競技場の端まで歩き着くと、そこでくるりと身を翻しリヴィアに向き直る。

 そこに居たのは、苦悶に顔を歪め冷や汗と土と、それに吐瀉物と思われるものに塗れながらも、凛とした雰囲気を崩さずに2本足でしっかりと立つ、立派な女性魔法士の姿だった。


「いい姿になったじゃないか」

「・・・・」

 

 ガブリエラの言葉にリヴィアは反応しない。

 ただ根源から湧き出したような”敵意”を放つだけ。

 その光景にガブリエラは心の中で満足感を強める。


『そうだ、それこそが私の憧れた”リヴィア”の、最も美しい姿だ』


 上っ面だけの敬語や、”将来”を見据えた妥協など、彼女の美しさを汚す”汚物”でしかない。

 そんなものに塗れた姿など許せるわけがない・・・・・・・・

 そんな醜い皮を剥ぎ、泥や汗や吐瀉物で”正しく装飾”された事で現れたリヴィアは、ガブリエラが何年も再戦を焦がれた姿そのものだった。


 ガブリエラの視線がリヴィアの胸元に動く。

 綺麗だった魔法士服は、既にガブリエラに引きちぎられてその向こうの白い肌を晒している。

 そして陶磁器の様に白い彼女の谷間の中央には、金色の”筋”が。

 その”金継ぎ”の様な筋は、先程開いた傷口を塞ぐために塗り込まれたガブリエラの魔力だが、それがまるでガブリエラの求める”最高の美”に自分の跡を付けたようで、その筋を見るだけで何とも言えない満足感が湧いてくる。


 もう、このまますぐに終わらせようか・・・・・・・・・・

 一瞬だけそう考え、すぐにそれを打ち消す。

 この試合でしなければならないことは、まだまだ残っている。

 学生として最後の公開試合だからこそしなけばならない、”王位スキルの力の周知”。

 そして決して得ることがないと思っていた、自らの後進者モニカへの”糧となる戦い”。

 そのために試合前にリヴィアに本気になって貰う必要があった。


 リヴィアの両腕の魔道具が再び音を立てて回りだし、その動きが急速に黒い魔法陣を組み上げていく。

 そこに先程の物に含まれていた”遠慮”や”様子見”といった、”生意気な感情”はない。

 投了を封じられた事で、全力で戦わなければ命の保証がないことを悟ったのだろう。


「それでいい」


 ガブリエラがそう言うと、それまで成り行きを見守っていた彼女の金色の鳥が背中に舞い降りて、宝石の如く輝く翼を広げて衣の様にガブリエラの体を覆う。

 そしてその羽根が彼女の巨大な胸をすべて包み込むと、目の眩むような光りに包まれその中から一式の鎧が出現した。

 その鎧は、荘厳な金色の魔力をこれでもかと表面に流し、禍々しいまでの厳つい意匠でありながら、女性ならでは美しさを強調したドレスの様な流麗さをも持ち合わせている。

 強いて分類するなら”バトルドレス”とするべきだろうか。

 だがその性能は、防具と分類するには些か”攻撃的”なのだが。


「・・・”剣”は?」


 その戦装束に違和感を感じたリヴィアが問う。

 その声は、先程までの涼やかさを失い、なんともドス黒い印象を聞く者に与えた。

 だがそれもガブリエラにとってみれば、自分で”調律”した美しい調べに聞こえてしまう。


「すまないが、それは今、訳あって人に貸しているのだ」


 ガブリエラが何でもないようにそう答えると、リヴィアは唸りながら構える。

 元より、武器の有無が勝敗に影響するとは思えない。

 そう考えたリヴィアは、必ず受けてくれるであろう”最初の一撃”の完成の為に準備を続けた。


 ガブリエラはそれを見ながらも、反応はしない。

 黒の魔力の頂点に近いリヴィアの放つその攻撃をモニカに見せるため、そしてそれを正面からねじ伏せ”観客達に王位スキル”の力を見せつけるため、避けるつもりなど毛頭なかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る