2-10【頂の生徒 2:~選ばれた者~】
ルーベンの試合の後、ラビリアとの対抗戦は順調に推移していた。
初戦を落とし流れを掴み損ねたかに見えたアクリラだったが、全然そんなこともなく、その後は2連勝。
この2戦、こちらはラビリアのメンバーと違って最終学年ではないものの、やはり高等部の生徒は経験が違うようで、どちらの試合でも、他の学校との試合に比べると苦戦気味ではあったが、終始ペースを握っていたので実力差は存在したのだろう。
特にヘルガ先輩。
彼女がガブリエラとスケジュールを同じにしていることもあってかこれまで見たことがなかったが、何でもそつなくこなす彼女らしく多彩な補助スキルをガンガンに重ね掛けするスタイルで押し切ってしまった。
さてそんなわけで早くも今は4試合目。
「うおぉ・・」
モニカが感嘆の声を上げながら控室の窓に張り付く。
ルールで禁止されていなければ、その先のフィールドへ向かう廊下に歩み出て、できるだけ近くで見ようとしていたことだろう。
元々この試合が見たくて今日のこのスタジアムに足を運んだわけなのだが、その姿は単純な応援というよりも、好奇心を限界までくすぐられた感じだ。
だが、かくいう俺もこの時はフロウをいくつも展開して記録を取るのに夢中になっていたので文句は言えまい。
それに客席の方も、これまでの普通の対抗戦の試合と趣が違う光景に大いに湧いているので、この感情は俺達だけのものではないことは確かだった。
4試合目。
この試合の対決は非常に珍しい、”ゴーレム使い”同士の対決だ。
片や俺たちアクリラ側の選手はアルバレスの老舗工房の息子で、しかも非常に珍しい”ゴーレム特化型の将位相当スキル”という、ゴーレム機械のために神が遣わしたみたいな能力と経歴の持ち主の”セルゲイ・グルシュコ”。
もう片方は、なんでも既にマグヌスのゴーレム部隊で活動経験をもつという、”フェリペ・ロッシ”というマグヌス期待のゴーレム使い。
マグヌス人とアルバレス人、スキルの形式も違うし、純粋な”ゴーレム使い”と”ゴーレム機械士”という違いはあれど、それでも似たような方向性であることには違いない。
そのせいかこの試合の雰囲気は最初から最後まで普通とはちょっと異なっていた。
2人共まるで示し合わせていたかのように己のゴーレムを前に出すと、あとはその補助を行うだけで自分たちはフィールドの端っこでずっと動かなかったのだ。
お互いにゴーレムの技術だけで勝負しようということらしい。
ただ観客達や俺達はその”粋”な戦い方に大いに盛り上がったが、これ普通の試合なら先生からかなりキツめのお説教間違いなしだろう。
ゴーレムもそうなのだが、補助系魔法士というのは”一番動け”と言われるくらい立ち回りが求められる。
なにせそれが落ちれば、それだけで大幅な戦力ダウン、自立性のない”純ゴーレム”使いであればその時点で戦闘不能になるからだ。
だが2人共そんなことはお構いなしとばかりにその場を動かない。
そしてお互いに本体を狙うような”無粋”な真似をするような空気は一切なかった。
”純ゴーレム使い”のフェリペが作り出したのは、10mから20m程の土と金属のゴーレム。
対してゴーレム機械が主体のセルゲイは、ゴーレム機械の特性を生かして小型と中型の犬型ゴーレムの機動力で押している。
純粋なゴーレムとゴーレム機械の戦闘における大きな違いは、多くの場合、大きさと機動力と継続戦闘力に現れる。
機動力に劣り、強度の関係で大型にせざるを得ない代わりに、パワーと即座の修復による継続戦闘力に優れる”純ゴーレム”
強度があり小型で機動性に優れるものの、パワーに劣り修復が難しいため継続戦闘力が乏しい”ゴーレム機械”といった具合だ。
もっともカシウスを始め、産業用の巨大ゴーレム機械のように例外などはいくらでもいるのだが、少なくともこの2人に関してはその”特性差”がかなり顕著に現れ、お互いに自分の短所をカバーしつつも長所を伸ばす作戦に出ていた。
中型機体の連携で相手のパワーを往なしつつ、小型の機体で攻撃を行うセルゲイ側に対し、修復が容易であることを全面に押し出してパワー勝負に持ち込みたいフェリペの一進一退の攻防である。
2人共、いつの間にか競技場の一番後ろ側にゴーレムの足場を用意してそこに登り、そこから俯瞰して自軍に指示を飛ばしていた。
もはやその光景は、個人同士の勝負というよりも将棋やチェスといった方が近いかもしれない・・・いや、内容的に将棋対チェスといったところか。
ある時、試合が大きく動く。
セルゲイ側のゴーレム機械の連携に何かを見出したのか、フェリペ側の巨人ゴーレムが3体纏まって突撃を敢行したのだ。
さらに驚いたことにそのゴーレムは途中でその大きな体を一気に崩し、後ろのゴーレムがそれを押しながら自らも崩れる。
そして発生した”泥の津波”に攻撃を行っていたセルゲイの小型機体が絡め取られると、その波の向こうから今度は金属製のゴーレムが現れ、陣形の崩れた中型機体に襲いかかったのだ。
だがセルゲイもその動きにしっかりと追従していた。
襲われて絶体絶命かと思われた中型機体が、突如としてその構造をバラバラに四散させたのだ。
目標を失ったフェリペの金属ゴーレムの強力な刃が虚しく空を切る。
そして次の瞬間、四散したセルゲイの中型機体のパーツが魔力を放ち、複数体分が一つの大きな機体になったかと思うと、そのまま金属ゴーレムの胸元を牙が貫き中にあった”核”を破壊した。
この”核”はゴーレム機械でいうところの”ゴーレムコア”に当たるものだ。
もちろんゴーレム機械に比べればその依存度は遥かに小さい。
だが、だからといってそれを砕かれれば、いくら継続戦闘力に優れる”純ゴーレム”であっても動けなくはなる。
すでに土製のゴーレムを犠牲にしているフェリペにとって、その”損失”は覆せない流れとなった。
「まいった」
競技場にフェリペの投了の声が響く。
まだ”本体の結界”が健在である以上負けではないのだが、手持ちのゴーレムが尽きたことで勝負を諦めたのだろう。
だがその”無傷の敗者”の顔に敗北感はなく、一度はやってみたかったであろう”ゴーレムだけの戦い”を実現できた満足感が浮かんでいた。
そして勝ったセルゲイも勝利の喜びを発露するよりも前にフェリペに駆け寄ると、2人はその場で固く握手を交わし、その光景に観客が大きく沸き立つ。
特にモニカはその光景に何やら感動したように拍手を送っていた。
最近どんどんピカ研のノリに毒されているので、めったに見れない”ゴーレムフィーバー”に心の底から興奮したのだろう。
きっと客席の何処かにいる
何にせよ、これでアクリラの3勝1敗。
更にいよいよ実力差が顕著になったのか、次の第5戦も危なげなくアクリラ側の勝利に終わり意外にあっさりとアクリラの勝利が確定した。
だがまだ、試合は終わりではない。
「今日はお客さん多いから、私も頑張らないとね」
次の第6戦に出場するアドリア先輩が、準備運動を行いながらそう言った。
「やっぱり多いんですか?」
モニカが少し驚いたような声で問いかけると、アドリア先輩が頷く。
「この競技場の席を対抗戦が埋めるのは何年ぶりになるのかしら、分かってはいたけどね。 ほらあの辺を見てみなさい」
アドリア先輩がそう言って客席の一角を指し示す。
そこには普通の観客とは少し趣の異なる者達が座っていた。
というか軍服だ。
「世界各国の軍関係者が揃ってるわ、しかも”お飾り”じゃなくて本気の情報武官ばかり」
その言葉通り、座っている軍関係者の殆どは制服を”とりあえず着ている”という感じで、本職はもっと影に潜んでいるような、そんな鋭い顔つきをしている。
そして”お飾り組”にしてみても、何かのメモのようなものにしきりに書き込んでいた。
「あそこで書いてる文字は、普通の人は読めないでしょうね」
なんらかの”暗号”ということか。
「そんなに今日の試合って注目されてるんですか?」
「別に今日だけじゃないわよ、まあ注目されているのは、
そう言いながらアドリア先輩は上座の方に視線を送る。
それに対して、そこに座っているガブリエラはどこか不機嫌そうな表情を作った。
俺達の担当する試合ではそれほど観客が多いと思ったことはないので、ほぼ間違いなく”ガブリエラ狙い”だ。
「特に今日は誰かさんの最終戦だから、そこら中から湧き出してるのよ」
「あまり見られるのは好きではないのだがな・・・」
ガブリエラが面倒くさそうにそう愚痴る。
「今回の試合が堂々と貴方の戦いを見られる最後なのも大きいわね。 ・・・でも貴方もこの状況を”利用”するんでしょ」
するとアドリア先輩の言葉に対して、ガブリエラの顔が僅かだが悪そうに歪んだ。
『何考えてるんだろう・・・』
『碌な事じゃねえな、きっと・・・』
ちょうどその時、次の試合の開始案内が控室に鳴り響く。
” 第六試合の出場選手はフィールドに出てください ”
「それじゃ、ちょっといってくわ」
そう言いながらアドリア先輩が身の丈よりも巨大なハンマーを担ぎなおす ・・・ていうか、ハンマーさっきより大きくなってるんだけど・・・
よく見れば左手の盾や鎧も見た目こそ普通だが、ピリピリとした魔力の圧力を発しているではないか。
ガブリエラとの”秘密のレッスン”のおかげで、魔力を感じる能力が大幅に上昇していたが、それがなくても違いが容易に分かっただろう。
おそらく控室で待っている間に魔力を込めたんだと思われる。
こんな反応、これまでの試合で見せていなかったが、今日の相手は本気を要するということか。
それとも・・・
「なんだ最終戦と張り切っているのは、お互い様じゃないか」
フィールドに向かうアドリア先輩に向かって投げられたその言葉に、俺は氷解したようにその理由を悟った。
◇
開始の合図と同時にフィールドの真ん中に爆炎が発生した。
と同時に、その爆炎の中から体に似合わぬ重武装の小さな少女と、対照的に大柄ではあるが軽装の少女が弾き出される。
だがその”少女の弾丸”は1回だけ大きく跳ねた後に、すぐに向きを揃えてまた衝突した。
『はええ!?』
閃光のようにぶつかり合う2人の魔法士の動きに俺が思わずそう呟く。
アドリア先輩も、その対戦相手であるチェキータも、とんでもなく効率的な動きで、しかも呆れるほどダイナミックだった。
『!!? !!』
モニカが声にならない悲鳴を上げながら、アドリア先輩の青い髪を目印に目を動かす。
思考を限界まで加速させても、どちらか一方しか目で追えない。
2人共、地上から空中に至るまで、一回の蹴り出しでだけで100m近く動き、その勢いでぶつかり合い、弾きあう。
探り合いなどではない、本気の潰しあいだ。
その容赦のない光景に、観客達は呆気にとられるしかない。
攻めていたのはアドリア先輩。
140cmほどの体には不釣り合いなほど巨大なハンマーを爪楊枝のごとく軽く振り回し、青い魔法の光をバラ撒きながら巧みに打ち付けていく。
対するチェキータは2m70cmに迫る巨躯。
北部人に偶にいる突然変異的に背が高い人間なのだろうが、こうして見れば完全に”巨人と小人”。
だが面白いのは、大柄なチェキータのスタイルが短刀(それでもアドリア先輩の腕より長い)を駆使した”軽業”が主体だということ。
今もアドリア先輩の放った強烈な一撃を、2本の短刀をタイミングよく打ち付けることで向きを変えて往なしている。
重装の小人と軽装の巨人というなんとも珍妙な取り合わせは、これはこれでバランスが取れた戦いになっていた。
だが2人の本分は近接戦闘ではない。
アドリア先輩の左手が青い光に包まれると、そこから強烈な青白い稲妻が放たれ、チェキータが距離を開ける。
だがその先では、その僅かな隙を逃すまいと柄についていた鎖を伸ばして飛んでくるハンマーが。
だが流石にチェキータはそれを食らうほどヤワな魔法士ではない、すぐに懐から三角形の魔道具を空中に放り投げ、その魔道具が展開した魔法陣で攻撃を受け止める。
それでも、今の”一合”で戦況は確実にまた一歩アドリア先輩に傾いた。
武器、近接、魔法、全てに隙がない、何よりそれらをうまく活かす立ち回りが凄い。
俺達と同じくらいの背のドワーフの少女は、その見た目には信じがたいほどの戦上手だったのだ。
前回までは本気じゃなかったのだろう。
そして、この”スタイル”・・・
『ルシエラみたい』
本気で戦っているアドリア先輩の姿を見て、俺達はその立ち回りがどこかルシエラを思わせる事に気がついた。
いや、ルシエラとの関係を考えるならこっちが”本家”というべきか。
『だが・・・こっちの方が遥かに無駄と容赦がないけどな』
”加護持ち”であるルシエラに魔法の性能では劣るが、武器の取扱いで差を埋めているし、一手一手の効率が段違いに重い。
だが相手も劣勢ではあるが、それについていく実力者。
2人の間でぶつかり合った魔力を含んだ”余波”が、フィールドの硬い地面をプリンのように抉っていく。
モニカの握る手に汗が滲む。
どちらも優秀な立ち回りが可能な者同士の戦いは、先程の”ゴーレム決戦”を見た時に匹敵する興奮があった。
「ところでモニカよ、我々だけになってしまったな」
ガブリエラが徐ろに俺達に声をかけ、モニカがそちらを向く。
するとだだっ広い控室の中でポツンと座るガブリエラの姿が目に入ってきた。
アドリア先輩が試合に行ったから、今ここにいるのは俺達だけなのだ。
先程まで忙しなく彼女の周りを動き回っていた臣下たちも、今では壁際にズラリと整列している。
「アドリア達はもう少しかかるだろう。 どれ、今の内に聞いておきたいことはあるか?」
「準備はもういいの?」
モニカがそう言いながら臣下の列に目をやる。
流石に試合前の大事な時間に気兼ねなくというのは無理があった。
「元より、今日やることは決まっておる。 先程までやっていたのは”健康診断”の様なものだ」
「はぁ・・・」
「それで、何か聞きたい事はあるか?」
ガブリエラが薄っすらと面白そうな表情をつくる。
これあれだ、なにかアドバイスして良い気分に浸りたいって感じのやつだ。
『どうしようか?』
モニカが困りながら聞いてくる。
仕方ない、先輩の顔を立てるしか無いか。
『色々聞きたいが、とりあえず今聞きたいのは、明日戦うレオノアの情報だな。 特に”勇者”に関する事か、どういう仕組みなのか、弱点はあるのか』
俺がそう提案すると、モニカがそれをガブリエラに伝える。
今この控室のメンバー的に別に俺が喋っても良いのだが、”妹分”と思われてるモニカが聞いた方がガブリエラの満足度が高いだろう。
その目論見通り、ガブリエラの機嫌が2段階ほど目に見えて改善し、わざとらしく顎に手を当てて”うんうん”と頷き出した。
「ふむ、”勇者”に関してか。 妥当なところだな・・・・ただ悪いが、私もそれ程詳しくは教えられんぞ?」
「そうなの?」
あれ、意外にガブリエラも知らないのか?
「アルバレスの国の”要”故に謎が多い。 治療の一種でもある高位スキルと違って、純粋な”戦闘魔法”ということもあるのだろうが、驚くほどその情報は流れて来ぬのだ」
「そうなんだ・・・」
「恐らくアルバレスでも非常に限られた者にしか伝えられていないのかもしれない。 勇者本人であってもな。 アクリラにも”元勇者”やその候補だったものがいるが、あまり語ってはおらぬからの」
「”元勇者”の人」
そんな人いたっけ?
というか、”辞められる”のか。
「そなたらの学年だと・・・おお、そうだ、グリフィス先生なら戦闘系の授業で見たのではないか?」
「グリフィス先生? あの人がそうなの!?」
「あやつは30年前まで現役の”勇者”をやっておったらしい。 あまり実戦には出ておらぬ故に、情報は少ないがの」
俺達の中に、獅子のように厳つく荒々しい、戦闘系授業の元締めのようなことをやっている教師の姿が浮かぶ。
『でも、たしかにそう言われれば・・・』
あの”無茶苦茶”な戦闘能力は、確かに普通ではない。
「私が知っている”勇者の出自”に関する情報は、まさに普通のものでしかない。 曰く、”精霊の眷属”だとか、”発掘された古代兵器”とかそういう類のものだな。 だがそれらはどれも、実際の”勇者”を説明できるものとは思えない」
ガブリエラが挙げたのは、俺達でも薄っすらと聞こえてくる”噂”程度の情報。
「私が判っていると自信を持って言えるのは、歴史上の全ての”勇者”がアルバレスの所属であること、その”力”は選ばれた時に与えられる”勇者の武器”によってもたらされること、”勇者”は国民の”投票”によって決まるということくらいか」
「”投票”?」
「アルバレス国民が選ぶってことですか?」
聞き慣れない単語に俺が思わず反応すると、ガブリエラが”どうなんだろう”とばかりに首を傾げる。
「正確にはアルバレスで生まれた”魔力を持った者”が選び、”魔なし”などはその権利がないらしい。 代替わりや増員時には”勇者”の選定が行われる旨が周知され、国中に設置された専用の施設にて、”資格”を持った候補者の中から1人を選ぶんだそうだ」
「つまり多数決で決まるんですか?」
『”たすうけつ”って、多いのが選ばれるやつだよね?』
『そう、皆で決めようってやつだな』
俺達が頭の中で聞き慣れない単語にすり合わせを行う。
この世界にも”選挙”というシステム自体はあるのだが、モニカにとってはまったく縁のなかった制度なのだ。
だがガブリエラは意外なことを口走る。
「それが案外そうでもないらしい」
ガブリエラがそう言って少し眉を寄せた。
「何度か、明らかに人気のない者が選ばれたことがあるようなのだ」
「え? そんなんでいいんですか?」
それって投票する意味なくないか?
「わからぬ。 だがアルバレス人が選ばれた”勇者”に文句を言うことは極めて稀だ、”そういうもの”と割り切っているのかもしれないが・・・」
「レオノアはどうなの?」
「あやつは父親も”勇者”で、その”代替わり”で候補になったからの。 圧倒的人気で選ばれたらしい」
つまりレオノアに関しては多数決の結果が反映されたということか。
「それと私に対応するために人数を倍以上に増やせたことからして、増員はそれほど難しくはないのだろう。 だが何らかの”不都合”はあるらしい」
「不都合? たとえば?」
「わからん。 ただし、それを少しでも解消しようと奔走していたという情報がある」
なんだろうか、沢山”勇者”を抱えると起こる不都合って。
「あと、候補者の”資格”についても謎が多いの」
「すごく強い人・・・とかじゃないの?」
「あとは誠実そうな人とか?」
俺達が口々に”勇者の資格”に関して、漠然としたイメージを述べる。
だがガブリエラは頭を横に振った。
「選ばれる前の強さや精神が判断されているとは思えん。 選ばれればそれだけで”特級戦力”になるからの。 最強の勇者”ハイエット”にしても、選定前は地方の金持ちの次男坊でな、”精神”に問題が有ったらしく、外には出しておらず病人のように痩せ細っていたらしい」
するとその情報を聞いたモニカが即座に反応する。
「でもその人、外に出たことなかったんでしょ? なんで”候補”になったの?」
「そこだ!」
突然、ガブリエラが”我が意を得たり”といった表情で身を乗り出しながらそう言った。
「どうにも”勇者の資格”については胡散臭い。 投票所に表示されて初めて名を知られた者や、投票所毎に微妙に違う候補者が表示されたりもしていた等々・・・」
え、そんなんでどうやって選出してるんだ?
そもそもそれって、本当に”投票”なのか?
「これは私の想像なのだが、”勇者”とはアルバレスの”土地”に関連した、何らかの巨大な魔力的仕組みなのだろう。 そしてその仕組みと相性の良い者を魔力的に選別し、それを組み込んで強化する。
投票という”儀式”は”土地”の魔力を効率よく集めるためのもので、実際の魔力と照合して絞り込むための物に過ぎないのではないだろうか」
ガブリエラのその”推察”を、俺達は頭の中で話し合いながら”咀嚼”する。
ということは、”勇者”ってのは人の形をとってはいるが、その性質は地方の村などに張ってある”防護結界”の親戚みたいなやつということになるのではないだろうか?
もしそうであれば、あの”でたらめな力”も、増やすことで発生する”不都合”にも、その名前すら説明がつく。
と、同時にどうしてもそれでは納得いかない歯がゆさが残っていた。
「だが・・・そなたは別に”勇者”について調べているわけではなかろう? 重要なのはその”力”の”情報”と、”対策”だ」
するとガブリエラは、話題を変えるようにそう言い、モニカはその声に反応して視線の注意をガブリエラに戻す。
確かに、勇者の出自という情報は大きな突破口にはなりうるが、それを知ることが目的ではない。
大事なのは、明日、俺達の用意した”手段”が通用するかだ。
「”勇者の力”は、”勇者の武器”を持つことによって得られるとされる」
「じゃあ、その武器を手放させれば・・・」
”勇者の武器”・・・たぶんあの不思議な魔力回路の彫り込まれた2本の剣がそうだろう。
ガブリエラの説明にモニカが、天啓を得たと言った表情に染まる。
だがその表情は、ものの数秒で霧散した。
「無意味だ。 最悪なことにあれは”概念武装”の一種でな、”持ち主”である限りは手に持っていなくても”力”は使える。 そこがトルバなどの”魔導戦士”系との大きな違いだな」
魔導剣士・・・・つまりスコット先生の昔でもあるが、そういえばそっちもあまり理解が進んでなかった。
あの先生、過去に触れることを仄めかすだけでも嫌がるので、その実態について聞けないのだ。
「だが、その力の種類は持っている武器の”種類”に依存する。 剣であれば剣、弓であれば弓に関する何らかの強力な力があると考えていい」
「つまり、凄い強い剣士なのは間違いないと」
「そうなるな」
「はぁ・・・」
それって何かこちらが有利になる情報なのだろうか?
まあ、”やっぱり”と確認する手間が省けたので良しとするべきなのかもしれない。
「それから奴らには、厄介な事にかなり強力な”防護”の力がかかっておる、それこそ精霊並みのな、おかげで生半可な攻撃では傷一つ付かん」
「そ、それじゃどうすれば・・・」
モニカが狼狽したような声を上げる。
そのとんでもない防御力は知っていたが、世界から守られている精霊並みと言われてはたまらない。
だがガブリエラはそんなモニカを軽く窘めるように言葉を続ける。
「奴らとて不死身ではない、”勇者”が倒された事など記録を辿ればいくつか存在する」
それは予想外の言葉だった。
「どうやったの?」
モニカが問う。
「簡単な事、防護を上回る攻撃を与えればいい。 もしくは防護が追いつかないほど大量の攻撃であればあるいは・・・
どちらにせよ、”普通の者”であれば不可能であろうが・・・幸いな事に、そのどちらも私達の得意とするところだろ?」
ガブリエラはそう言うと、自分の胸を軽く叩く。
それを見たモニカが自分の胸に手を当てた。
不可能でないのならば・・・・
単純な”質と量”の問題だとするならば・・・
『・・・できる』
モニカがそう言いながら心の中で力強く頷いた。
その時、観客席から大きな歓声が上がる。
「おっと、ちょうど終わったか」
どうやら試合に決着がついたらしい。
見れば競技場の真ん中で、右手を上げるアドリア先輩の姿が。
だがこの試合もかなり白熱したのだろう、アドリア先輩の鎧はかなりボロボロになっており、悔しげに膝をつくチェキータの格好もかなり損傷が激しい。
『あー、見てなかった』
モニカが惜しいことをしたとばかりに悔しげな声を出す。
大事な話をしていたとはいえ、見逃すには惜しい試合だった。
『安心しろ、俺の方で記録してたから後で見ようぜ』
グラディエーターの
俺がそう言うとモニカの中の悔しげな感情が僅かに小さくなる。
やはり本音では肉眼で確認したかったらしい。
その時、控室の中に新たなアナウンスが流れた。
” 最終試合の出場選手はフィールドに出てください ”
その瞬間、俺達は部屋の中の温度が一気に上昇したような幻覚に襲われる。
「モニカよ、この試合よく見ておけ。 そなたと同じ王位スキル保有者である私、黒の”特化型”で高位スキル持ちの”リヴィア”、 この試合は、そなたにとって大きな”糧”になるだろう」
そのガブリエラの声は先程までとはまた違った迫力を伴っており、それを見た俺達の額に冷や汗が浮かぶ。
”このガブリエラ”にはとてもじゃないが気軽に話しかけられないと、俺は直感的に確信した。
ちなみに”リヴィア”というのは、次の試合でガブリエラと戦う選手だ。
「それからロン」
まさか名指しで直接声をかけられると思っていなかった俺は、その声に反応することができなかった。
「いつでも見返せるそなたには、あえて反対の事を言う。 この試合にあまり影響されるな」
次の瞬間、それまでガブリエラの前に伏せていた黄金の鳥が身を起こし、バサッと大きな音を立てて羽を開くと、その後ろでガブリエラが立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
その出で立ちの迫力にモニカが僅かに後ずさる。
今のガブリエラからは、”本気”の気合が立ち上っていた。
「そんなに凄い人なんですか?」
モニカが思わずそんなことを聞いてしまう。
それくらいガブリエラの放つ迫力は、学生の催しとは思えないほど強い。
だが、
「凄くはない。 少なくとも”今”の私から見ればな」
そう言うなり、ガブリエラは少々自嘲気味に自分の姿を見下ろし、滑稽そうに笑う。
自分でもその”過剰”な態勢に呆れている部分があるのだろう。
しかし、それでもガブリエラがその迫力を緩めることはなかった。
「だが奴との勝負は、中等部時代以来、1勝2敗で私が負け越しておるのだ」
「え?」
「まだ私がウルスラの力を上手く制御できなかった頃の話だ。 だが”借り”である事に変わりない」
そういえば昔のガブリエラは力に振り回されて禄に勝てなかったという。
その”2敗”というのはその頃の記録なのだろう。
俺は心の中で対戦相手の”リヴィア”に手を合わせる。
と同時に、その場しのぎの勝利がもたらした”災厄”に薄ら寒い恐怖を感じたのだった。
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