2-10【頂の生徒 1:~ラビリア~】


 7日目、この日、アクリラが出場する学校別対抗戦の試合は1つしかない。


 これまで多い日は5試合とかやってたのに、いきなり1試合なので少ない様に感じるが、別に内容が減っているわけではない。

 最後の2日、ここでアクリラが戦う2校は、これまでとは”別格”で、そのため試合時間もかなり長めに取られているからだ。


 広大な競技場の”関係者エリア”の中を、俺達は我が物顔で歩く。

 正確には我が物顔なのはモニカだけなのだが・・・

 俺としては入った事のない閉鎖された巨大な空間で、しかも知らない人間がウジャウジャいるため、”どこから入った!?”と注意されるんじゃないかと怯えているのだが、モニカの方は気にしてない様だ。

 数十人の気配にビクついてたあの頃が懐かしい。

 それに周りの人達も、魔力的に関係者かどうか選別するシステムがあるせいか、こちらを見ても何も感じないようなので、俺の心配は杞憂なのだろうがどうにも・・・


 まあ、だからといって堂々と”食べ歩き”を敢行するのは、やっぱりどうかと思うのだが。


 モニカの両手には、抱えきれるギリギリの大量の食べ物が。

 実は昨晩、作ったばかりの魔道具に魔力を流す試験を行ったところ、予想以上というかある意味予想通りというか・・・

 凄まじい量の魔力を持っていかれたのだ。

 魔力の送り先を繋いでいなかったので、空中に霧散した形になるのだが、発生した光と爆音と来たら・・・

 幸いピカティニ先生が帰ったあとだったので直接見た者は居ないと思うが、あの音量を消音結界が消しきれたかどうか・・・


 と、同時に俺たちの体の中の魔力はあっという間に吸い出され、枯渇してしまった。

 こんな事、初めて魔力ロケットを使ったとき以来だが、あれから魔力効率がかなり改善したというのに、まさかあの時より短い時間で出し切ってしまうとは・・・

 ちなみに今は半分くらいまで回復してるところかな。

 あと少し寝れば完全回復できそうだが、副作用の空腹が凄い。


 モニカが歩きながら、口だけで袋の上に飛び出した黄色い饅頭のような物体を口に含む。

 砂粒みたいな大きさの米の親戚みたいな穀物を粉にして練った生地で、塩味の効いた肉を包んだ肉饅だ。

 一口齧れば肉汁が口の中に溢れ出す。

 少々無作法だが、両手が塞がっているのでこうするか、フロウで押し込むしか口に運ぶ手段がない。


 ”どこかに置けよ” って?

 残念、今見た感じ近くにそんなスペースはないし、今の空腹感はそれを待ってくれそうにない。

 魔力の回復に伴って、身体の生体魔力網が全開で回っているため、カロリー要求の表示が俺の視界にもてんこ盛りなのだ。



「すいませーん、控室ってどっちですか?」


 廊下の分かれ道で、モニカが近くを歩いてた関係者っぽい人に道を尋ねる。

 今日のこの競技場は、今まで使っていた中規模の競技場とは比較にならないほど巨大なスタジアムで、来たのは編入試験の時の魔力測定以来。

 しかも、あの時は直接フィールドの中に入ったので、施設の構造などは知らなかった。


 それから俺達は、この競技場の控室が両サイドに別れている事を初めて知ったりしながら、その人に教わった道を進んでいく。

 大きな競技場だとは思っていたが、実際に中を歩くとその巨大さに圧倒されっぱなしだ。

 単独の建物としてはアクリラでも最大級なのではないだろうか?

 しかもどうやらフィールドの下にも人が入るスペースがある様なのだ。

 ここで”行うこと”を考えれば驚きである。


『強度とか大丈夫なのかな?』

『建築系の魔法を使ってるんだろうな』

『見てみたいね』

『確かにな』


 微妙に専門外だが、少し気になる。

 特に強度絡みの魔法に関しては、俺達としてはむしろ単純なゴーレム用より、こういった建築用の方があってるかもしれない。




「・・・・うぉ」

 

 選手用に用意された控室に入ったとき、思いの外広い空間にモニカが驚きの声を上げた。

 天井の高さはアクリラ標準より高い10m。

 大柄の選手も使用することを想定してだろうが、ここだけで空間としての大きさは体育館2つ分はある。

 なにより壁一面に大きな窓が作られ、そこから先に見える景色の迫力の凄いこと。

 選手控室はすぐにフィールドに出られるように、短い廊下(というにはかなり巨大だが)で繋がっていて、競技場の様子が見えるのだが、流石にここは格が違った。

 魔力測定のときには空だった客席には、溢れんばかりの観客が蠢き、その熱と声が放つ何ともいえない圧力がここまで届くのだ。

 皆、いよいよ始まる強豪校同士の戦いに胸踊らせていた。


 それを見たモニカが、今度は控室を見回して僅かに体を震わせる。

 客席の迫力もそうだが、巨大な空間の中に数人の選手が待っているという光景は、非常に落ち着かない物があった。

 今年は偶然、比較的小柄な選手しかいないので、特にその”スカスカ具合”が気になる。

 選手になれるようなトップ層に偶々いないだけというのもあるが、なんでも”大柄の生徒”って大抵が”非人類種”で、”非人類種”って大抵あまり好戦的ではないらしく、こういったイベントは避けるんだそうだ。


 だが控えていた他の選手達は、入ってきたモニカの顔を一瞥するとすぐに興味をなくしてくれた。

 話したりはしていないが、これまでの試合で顔を覚えてくれたのだろう。

 こちらとしても、もうこの時期になれば全員と面識がある。

 モニカが小さく息を一つ吐き出した。

 別に試合のない時は来なくていいだけで、来てはいけないことはないのだが、他に今日出番のない選手の姿がないのでちょっと緊張してしまうのだ。


 ただ、面識こそあれど基本的には年上ばかり。

 気兼ねなく話せるのは今日の第一番手のルーベン・・・は気兼ねなく話せないな・・・

 普段からもそうなのだが、今日は緊張のせいか一段と声をかけづらい。

 あとは・・・

 モニカが控室の上座に設けられた、”雛壇”のような物体で目線を止める。

 そこでは例外的に選手ではない人物がせわしなく動き回り、その中心で唯我独尊といった態度のガブリエラが座っていた。


『あんな風になってたんだ・・・』

『ガブリエラの戦闘準備って見たことなかったからな・・・』


 当たり前だが俺達はガブリエラの代理であり、俺達が競技場に”義務的”に来る時、彼女は忙しくて何処かに行っている。

 俺達としても時間を少しでも有効活用するために出来るだけ早く競技場を後にしていたため、その光景を見たことがなかったのだ。


 その姿は、思っていたよりも”しっかり”していた。

 今目の前にいるガブリエラは、いつものように貴族の制服を着ているだけではない。

 まず制服が軽装鎧の様な”特注品”で、黒と白の基本色だけでなく彼女の主傾向色である”黄”色の意匠が散りばめられ、金色に輝く魔力を薄っすらと身体に馴染ませるように纏っている。

 これが彼女の”戦闘モード”なのだろう。

 ただ単に豪華なだけでなく、彼女の周りの全てがピリリとした空気を放っていた。


 そしてこれが一番大きな違いなのだが、ガブリエラのすぐ近くに、宝石でできた様な羽を持つ黄金の孔雀くじゃくのような鳥が伏せているのだ。

 その雰囲気と宝石のような造形には覚えがある。


『ねえ、ロンあの羽根って・・・』

『ああ・・・ガブリエラの”鹿”の角と同じだな』


 雰囲気と居場所からして、この鳥もガブリエラの”ペット”なのは間違いない。

 一匹じゃなかったんだな。

 よく見ればあの鹿と同様に、顔が鳥っぽくない。

 ただ、ここに連れてきているということは、俺達のロメオのように試合で使うのだろうか?

 鹿のときは、そういうのが嫌って言ってたと思うんだが・・・

 だがよく見れば、この鳥が周囲を見る目はあの鹿と違い何処か好戦的な空気がある。

 他の者を舐めてるというか、馬鹿にしているというか・・・強いて言うなら生意気な感じ?


『でもどうやって戦うんだ?』

『意外と肉弾戦が強いのかも』

『あの鳥にだけ戦わせて、自分は後ろから眺めてるだけかもしれないぞ』

『”いけー”って?』

『ありそう』


 俺は思わず、心の中で爆笑する。

 競技場の端に置いた椅子に座ったガブリエラが、鳥に指示だけ出して「愚民どもが必死に戦う姿は滑稽よのう」とか言っている姿が思い浮かんでツボに入ったのだ。

 モニカも同様のイメージをしたのだろう。


『くぷっ、本人に言っちゃ駄目だよ、』


 と笑いの感情を滲ませながらそんな注意をしてきた。


 さてそんな俺達の”不敬な妄想”を知ってか知らずか、

 それまで瞑想のように目を瞑っていたガブリエラが目を開けると、こちらを見つめて少し嬉しそうな顔を作り、そのまま右手を小さく動かして”近う寄れ”とばかりに合図を送ってきた。

 それを見たモニカは、とりあえず控室の端の席に手に持っていた食料品をドサリと置いて、上座の方に近づいてく。


 もとより今日は彼女の側にいることが前提だったので問題はない。

 明日戦う”勇者様レオノア”についてなにか聞けるかもしれないし、単純に彼女の戦い方やその”準備”に興味があった。

 強力な魔法士の戦いは”準備の戦い”だ。

 特にガブリエラクラスともなれば、直前準備もかなり大掛かりなものになるだろう。

 現に控室に大量の機材と人員を持ち込んで準備しているし。


 ヘルガ先輩含め準備中のガブリエラの関係者が、近づく俺達になにか反応を見せることはない。

 ”秘密のレッスン”でもう何度もあっているからだが、ガブリエラには護衛という概念が希薄なことも大きいだろう。

 だが他の選手達は少し違ったようで、モニカとガブリエラの関係を窺うように、全身に注目されている感覚が走ったのだ。


『まずかったかな?』

『俺達が”代理”ってのは知っているから、大丈夫だと思うんだけどな・・・』


 だがそんな俺達とは対照的に、ガブリエラの方はそんな好奇の目など気にもとめないといった感じだ。

 ・・・俺達もこれくらい図太くなれるかな。



「しかしそなた等には足労をかけてしまったな」


 ガブリエラが俺達に向かって開口一番投げかけたのは、そんな言葉。

 それにモニカがキョトンとして、ガブリエラもそれを見て同じ様な表情になる。


「私の応援に来てくれたのだろう?」

「あー・・・・」


 どうやら非番の俺達がわざわざやって来たのは、自分の応援のためだと思ったらしい。

 なんてこった。


『本当のこと言っちゃ駄目だぞ』


 念を押すように俺はそう注意する。

 間違っても ”4試合目の組み合わせが実はゴーレム使い同士で、ずっと前から楽しみにしてたんだけど、いざ今日メリダと一緒に来てみたら当日券1枚しか買えなくて、「そうだ、俺たち選手だから控室で見てればいいじゃない、メリダがチケット使いなよ」ってなってやってきただけ” とは言ってはいけない。


『・・・わかってる』


 モニカが俺にそう言うと、絶対漏らすまいという覚悟を滲ませる。

 そしてガブリエラに向かって表情には出さないで答えた。


「うん、試合頑張ってね!」


 よし、なんとか言えた。

 これならバレないだろう、笑顔点も高いし。

 そしてガブリエラもそれを見て満足そうに頷いてくれた。


「ふむ、私としては頑張るまでもない相手なのだが。 そなたがそう言うのなら、少しは頑張ってみるのもありかもしれん」

『あ、』


 モニカが盛大に”しまった”という感情を爆発させる。

 そうだこの人、別に頑張らなくても強いんだった。

 いや、むしろ頑張っちゃったらマズイ、主に対戦相手が。


 あー、対戦相手の人ゴメンなさい、悪いのは俺じゃなくてモニカです。

 だから恨まないで、呪わないで、


「あー、あーっと、その、、無理とかしないで」


 モニカがなんとか対戦相手に慈悲をかける方向に持っていこうとするが、それを見たガブリエラが大きく笑った。


「はははは、私より相手の心配か。 だがそれも道理か・・・

 安心しろ今回の相手を”血祭り”に上げるのは、私の個人的な感情によるものだ、そなたは関係ない」

「え?」


 血祭りにするのは決定なんすか・・・

 俺が心の中で、名前しか知らない対戦相手に手を合わせる。


「あれには”借り”があるからな」


 ガブリエラがそう言って苦い表情を作る。

 そこには少なからぬ”因縁”めいた空気が漂っている。

 相手の選手に何かあるのだろうか?

 俺は自分の中の選手一覧を確認する。


『うーん、ただの”将位スキル保有者”としか書いてないなぁ』

『そうなんだ』


 確かにそれは普通ならとんでもない強者であることは間違いない。

 だが今のガブリエラに苦い顔をさせる様には思えなかった。


『誰か知ってるかな?』

『最上級生で俺たちの知ってる人なんて、ガブリエラとアドリア先輩くらいしかいないぞ?』


 それにアドリア先輩に聞くのもなー。


『ちょっと、話しづらいよね』

『第一、今日出番ないし来てるのか怪しいからな』


 まさか因縁感じてる本人に聞くわけにもいかないし、この件は暫く闇の中かな・・・


 そんなことを俺達が相談しあっていると、ふと顔に何かが触れる感触が・・・

 視界に集中を戻してみれば、そこには俺達の目元に触れるガブリエラの姿が。


「どうした? 隈ができているようだが、寝てないのか?」

「えっと、寝てはいるんですけど・・・」


 モニカがその後をどう答えたものかと少し悩み、思い切ってガブリエラに顔を寄せる。


「昨日の夜に・・・ちょっと魔力を使いすぎちゃって・・・」


 モニカがそう答えると、ガブリエラが「ふむ・・・」とだけ言って頷き、さらに質問を続ける。


「”準備”は終わったのか?」

「えーっと、だいたい・・・・は」


 あと微妙な調整とか、デザインの最終決定とかあるが、とりあえず事前に魔力を使う工程はもうないはずだ。

 その様な内容をモニカがガブリエラに伝えると、彼女はまた小さく頷く。


「ならば今日はしっかり休んで魔力を蓄えておけ、そなたは明日が”本番”だからな」


 その瞬間、モニカから盛大に俺だけ聞こえる溜息のような感情が流れてきた。

 ”やっぱり勝たなきゃだめなんだ・・・”という感じか。


 その時、控室の中にブザーのような音が鳴り響き、続いて魔力的に拡声された声が聞こえてきた。


” これより第一試合を執り行います、出場する選手の方はフィールドに出てください ”


 と、同時にフィールドの方から割れんばかりの歓声が・・・

 その音量にモニカが僅かに身を引くと、第一試合の選手であるルーベンが立ち上がる。

 この歓声を受けても眉一つ動かさないルーベンはさすがだ。


 するとそれを見た他の選手達が、口々にルーベンに激励の言葉を投げかけていく。

 その光景に俺は”ちょっといいな”と思った。

 俺達が担当するのは最終戦であるため、選手達は戦後の確認のために控室には戻らず医務室の方にいってしまう。

 そのため、俺達に”頑張れ!”と声をかけてくれる者はいないのだ。

 まあ、ルーベンの姿を見るに、激励される方はされる方なりに大変な感じなので、”隣の芝は青い”ってやつかもしれないが。


 歓声が渦のように反響する廊下の中を、ルーベンの小さな体が進んでいく姿を見つめながら、俺がそんな事を考えていると、不意に横から扉が開く音がして控室のメンバーの首が一斉にそちらを向く。

 驚いたことに女子更衣室の中から現れたのは、今日来る予定がないはずの俺達と同じくらいの背丈のドワーフの少女だ。


「あー、なんとか間に合った」


 その少女がホッとしたようにそう呟く。

 だがその出で立ちは制服ではない。

 背中に身長に匹敵する巨大な盾と巨大なハンマーを抱え、重装鎧の留め具に革紐を巻きながら歩み出たその姿は間違いなく戦闘用。


「なんだアドリア、もう出番は無いはずではなかったか?」


 この場を代表するようにガブリエラがそう聞くと、アドリア先輩が巨大なハンマーをドシンと床に降ろし、柄の先に付けられた鎖の確認を始めながら答えた。


「そのつもりだったんだけどね・・・」


 アドリア先輩はそう言うと、フィールドの方を顎で指し示す。

 だが彼女が指したのはその先、つまり”相手の控室”だ。


「昨日、”チェキータ”に相談されてね。 やっぱりルキアーノとやるのは無理だってさ」

「親睦会でか?」

「そう。 この前のルキアーノの試合見て、やっぱり無理だと思ったらしいわ」


 なになに、”チェキータ”・・・”チェキータ”・・・あった。


『どうやら、最後から2試合目の出場選手、つまりルキアーノ先輩と戦う予定だった人みたいだな。

 話を聞く限り、その人が対戦相手の変更を求めたのだろう』


 まあ、無理もないか・・・

 俺は心の中であの”変態先輩”の事を思い出して、”そりゃ無理だ”と即答した。

 あの人の戦うところ一回だけ見たが、すぐにモニカの目をフロウで塞いだくらいなのだ。

 ”あれ”を見るにはモニカは幼すぎる、いくらなんでも教育に悪い。


 あー、ところで俺達も明日の試合パスできないだろうか?

 無理ですかー、デスヨネー。


「しかしそれは災難だったな。 本来の役目は終わったというのに」


 ガブリエラが珍しく労るような言葉を発すると、アドリア先輩も小さく笑って応えた。


「仕方ないわ、だから私があいつの”代理”なんだし。 あの”問題児”を女の子と試合させるわけにいかないもの」


 そう言うと諦めたように肩をすくめる。

 見れば控室の他のメンバーも”だよなー”といった何ともいえない空気が充満していた。 


「じゃあ、ルキアーノ先輩って女の子と戦わないんですか?」


 その中にあって、その空気の意味を知らないモニカが質問する。

 すると、アドリア先輩が盛大な溜息と同時に大きく頷いた。


「一応、相手の自由だけど、事前に6人目は男子にするようにって通達はしてるわ。 だけどチェキータは、実際に見るまではそこまで酷いとは思ってなかったようね」


 まあ、たしかに”あれ”はね・・・


 そういや、今更ながらルキアーノ先輩の姿がないんだな。

 ある程度直前まで何らかの調整が行われていたのかもしれない。

 

 するとガブリエラが若干不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あの”竜人”は、実際に見た上でも忠告を無視する気のようだがな」

「自分の力に自信があるんでしょうね。 まったく、”どうなっても自己責任”って覚書を貰おうかしら」


 アドリア先輩がそう言うと、周りの選手達が同意の声を発する。

 どうやらルキアーノ先輩って、もはや一種の”災害”みたいな扱いなんだな。

 同じ”災害扱い”をされた経験から、俺の中にちょっとだけ親近感が湧き、その親近感が試合映像を見返したことですぐに消滅する。


 それにしてもあのイルマって竜人は戦うらしい。

 恐れ知らずというかなんというか、よっぽど自分の力に自信があるのだろう。

 一方、俺はガブリエラやアドリア先輩、もっというなら選手達の間に”ルキアーノ先輩が負ける”という発想がないことに驚く。

 俺としては”厳しいのでは?”という予想なのだが、違うのか。


 その時、選手の一人が声を上げた。


「ルーベンの試合が始まりますよ」


 すると選手達の視線が一斉にフィールドに戻る。

 おっといけない、今は”彼”の時間だ。

 モニカもそう思ったのか、頭に浮かんだ”?”を一旦脇に避け、ルーベンの応援の為に控室の扉から外の様子を見つめた。



 巨大な競技場の、広大なフィールドに2人の人間が向かい合って並び立つ。


” 皆様、おまたせしました。 これより”アクリラ対ラビリア”の試合を開始します ”


 そのアナウンスの瞬間、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。

 そして同時に、フィールドの2人の空気が一気に重くなる。


『さすがに、これまでの対戦相手とは違うな』

『うん』


 ”ラビリア”・・・マグヌスの首都、ルブルムの近郊にある都市で、別名”王立魔法局”とも呼ばれる。

 つまりは魔法関連の省庁だ。

 今回出場しているのはそこの育成部門の生徒で、当然ながら全員マグヌス人且つ、当然の様に全員が”純人間”。

 なので”アクリラ条約”の外にある学校なのだが、そこは魔法先進国マグヌス、そのレベルは事実上の”世界立”であるアクリラやトリスバルに引けを取らない。

 現に昨日行われたトリスバル戦では、2勝をもぎ取ったほど。


 ルーベンの前に立つ男も、かなりの力を秘めているように見える。

 ・・・というか秘めてないな、分かりやすく表に出してら。


” ラビリア代表、アクレウス・バガーリア!! ”

「うおおおおおおおおおおお!!!!!」


 名前を呼ばれた男が、とんでもない音量で叫び、それと同時に彼の全身の筋肉が一気に伸縮する。


 一目見た瞬間にわかる、こいつは”身体強化”が得意な奴だ。

 その”筋肉の塊”の様な少年・・・というには些か老けて見えるほど強烈な筋肉を誇るアクレウスは、金属製のパレオみたいなのがついた腰巻き以外には何も着ておらず、一つ一つの筋肉がモニカの顔よりでかい。

 おそらくその巨大な筋肉に魔力を流して殴りつけるのだろう。

 単純だが、この世界では数千年に渡って戦場を支配した魔法だ。

 少なくともこんな所に出てくるのだから甘く見てはいけない。


 だが、一方のルーベンに緊張は見られない

 先程までの控室の中のほうが緊張してたくらいだ。

 きっと、これまで幾多の敵を退けてきた彼の戦闘本能が、”倒すべき相手”を見つけて冷静にしているのだろう。


「あ、そうだ・・・」

 

 その時、モニカが何かを思い出したような感情を発し、両手で口の周りを覆うと息を一気に吸い込んだ。


「すぅ・・・頑張れルーベン!」


 その声はこの大歓声の中、果たして届いたのだろうか?

 ルーベンに特に反応する様子はない。

 一瞬、力が抜ける様に”カクン”となったのは、準備運動か何かだろう。

 モニカも別に届かす気はないようで、何かやりきった満足感みたいなのを浮かべている。


『さっき、ルーベンが行くとき応援し忘れたから』


 ああ、なるほど。


「そういえば、モニカとルーベンは同学年だったな」


 藪から棒にアドリア先輩がそう言いながら隣に立つ。


「その歳で代表選手を2人も出すなんて、今年の”中1”は、将来有望じゃないか」


 いやいやいや、俺達は脅されて無理やり出さされてるだけだからね?

 ただアドリア先輩はどちらかといえば、その言葉をガブリエラに投げているフシがあった。

 だが後方視界でガブリエラを確認しても、特に反応はない。


「だが、残念ながら今回は”相手が悪い”」

「ルーベンより強いんですか?」


 モニカがそう聞き返すと、アドリア先輩が苦々しげに笑いながら頷いた。





 試合開始の合図の直後、最初に動いたのはルーベンだった。

 右腕を振り上げ構えると、そこから大量の氷の筋を周囲に伸ばし、対象的に彼の右腕が高温になっていく。

 そしてアクレウスが反応するよりも早く懐に潜り込むと、そのままその熱を開放しながら右手で殴りつけたのだ。


 フィールドの中央に突然広がる爆炎。

 【熱操作】と【身体強化】、それに分かりづらいが【破壊】効果を乗せた、ルーベンの最速最高効率の攻撃は、その威力もまた効率的かつ高速だ。

 アクレウスが”身体強化”のスペシャリストであることは容易に想像がつくが、ルーベンもまたスキルの力によって体を強化するのを得意とする、”身体強化型魔法士”なのである。


 だがしかし、その一撃を放ったルーベンはその”手応え”に目を見開くと、突然大きく跳躍し距離を開けた。

 彼の”才能”ともいうべき”直感”が、今の一瞬の攻撃の状況から近距離で戦うことを危険と判断したのだ。


 残された”炎と破壊の渦”から、なんでもないような表情でアクレウスが立ち上がる。


「いい”肉体”だ。 将来が楽しみだよ”アオハの坊や” ・・・だがまだ早い」


 そして、そう言うなり全身の筋肉が一気に盛り上がり、まるでその反動であるかのように魔力波が周囲に飛び散ると、その勢いで周囲の炎が掻き消える。


「全ての魔力は”強化”に帰結する。 故にその力を最大限活かすには、強い肉体が必要なのだ!」


 そしてその証拠とばかりに、ボディービルダーのように美しい筋肉達が怪しく光りながら振動を始めた。


「この”アクレウス・バガーリア”の身体強化の真髄をとくと見るがいい!」


 その”宣言”を受けたルーベンの行動は素早かった。

 相手の弱点や能力を分析するための”小細工”を捨て、アクレウスが力を出す前に一気に勝負を掛けにいったのだ。


 空中に飛び上がるなり、エレベーターのように上昇するルーベンの身体。

 その全身に凄まじい密度の魔力が漲り、それが段々と一点に集まっていく。

 そしてその膨大なエネルギーを溜め込んで真っ黒に輝いた彼の瞳から、超高密度の魔力光線が噴き出した。

 それは触れるもの全てを撃滅させる、”必殺の一撃”

 会場がいきなり放たれた大技に一気に、歓声のボリュームを増大させる。

 だが・・・


「バガーリア流:筋肉魔法!」


 次の瞬間、その場にいたほぼ全員が我が目を疑った。


「”肉のカーテン!”」


 そう叫びながらアクレウスが両腕を前に出しガードの構えをとったのだ。

 普通ならば、それはなんの意味もない”悪手”だ。

 いくら身体強化で頑丈にしていようが、大量の”弱体化効果”の乗ったその光線の前では普通の肉体以下の強度しか望めない。

 

 だが驚いたことにその腕の肥大化した筋肉は、まるで滝の水を切り裂く岩のように容易く魔力光線を弾き飛ばし、その光景にルーベンが大きく瞠目した。


「なんで!?」

「筋肉だ!」


 アクレウスがそう叫ぶなり、腕に漲らせていた魔力を一気に開放する。

 すると発生した衝撃波の様な魔力の波が、まるで滝を登る魚のように加速しながら光線をかき分け進んでいき、そのまま打ち付けるようにルーベンの身体を大きく揺さぶった。

 だがアクレウスの反撃はそれで止まらない。


「バガーリア流:筋肉魔法・・・”攻”の構え・・・」


 そう言うなり、左足を前に突き出し腰を落とすと、そのまま右手をグッと引き絞り、そこに魔力を溜める。


「”高速肉拳弾!!”」


 放たれたのは、さっきの衝撃波を固めたような、空中を弾丸のように進む”魔力の拳”。

 だが、それを見たルーベンは冷静に遠距離攻撃に対する”絶対防御”を展開する。

 すなわち空間の”歪曲”だ。

 空中を進む攻撃は、その途中の空間を曲げられたことで確実に照準を外される。

 例えそれを加味して照準を補正しても、ルーベンのスキルはそれを逆算して補正するために遠距離攻撃が当たることはないのだ。


 ・・・というのは完全なる幻想だった。


「!?」


 突如、ルーベンを捉えそこねたはずの”魔力の拳”が空中で向きを変えると、まるで獲物を追いかける狼のように歪曲された空間の中を縦横無尽に動き回ったのだ。


「見よ! 筋肉と魔力の融合が織りなす芸術を!」


 ルーベンが空中で避けたはずの攻撃を連続で喰らい、嵐の中の紙切れように空中を舞う。


「Aha!!-HA!!-HA!!-HA!! 君の力は素晴らしい。 素晴らしい技術、素晴らしい魔力、そしてなにより素晴らしいスキル」


 アクレウスが「だが」とばかりに笑みを浮かべる。


「君の敗因は唯一つ! 私より筋肉が脆い!」


 そしてそう”宣言”しながら全身にこれまでより魔力を込めて、さらなる”構え”を見せたのだ。


「バガーリア流:筋肉魔法・・・奥義!」


 ルーベンの顔に焦りが浮かぶ、”この攻撃”を受けてはいけないと。


「ヴェロニカ! 最大火力だ!」


 次の瞬間、ルーベンの後ろに直径100mを超す巨大な魔法陣が出現する。

 スキルによって編み出された彼の全力、その”極大魔法陣”はかつてモニカに放った物よりもさらに大きく、そこに全く手加減はない。


 だがアクレウスの顔に浮かんだのは、”勝利”を確信したような笑みだった。


「” 謝 肉 祭 ! ”」



 2人が己の持つ最大の火力を放出したのは、ほぼ同時だった。

 だが、ルーベンの放つ攻撃のほうが圧倒的に巨大だ。

 巨大な魔法陣から現れた巨大な真っ黒の”光球”は、まるですべてを飲み込むかのように競技場全体を黒い光で染めながら進んでいく。

 対して全身の筋肉が光を発するアクレウスは、その前ではあまりにも小さく見える。


 魔力と魔力がぶつかる瞬間、観客の殆どがルーベンの極大魔法が打ち勝つところを幻視した。

 だが実際に打ち勝ったのはどちらの魔力でもなく、その下から湧き出したアクレウスの巨大な筋肉だ。

 極限に達した彼の身体強化は、そのまま腕が何本にも見えるほどの高速でルーベンの光球に拳を打ち付け、その表面を砕いていく。

 当然、剥離した魔力が臨界を超え次々に爆発していくが、その衝撃波すらアクレウスは殴り飛ばしていた。


 競技場のフィールドを、2人の凄まじい攻撃がぶつかりあうことで巻き上がった土埃が覆い隠し、同時に飛び散った砂や石の破片が観客席前の結界に次々ぶち当たり、観客達が思わず身をかがめている。

 きっと今フィールドの中を結界無しで歩くのは自殺行為だろう。


 その時、不意に衝撃の音が止み、競技場の中を静寂が包み込んだ。

 勝負の終結を悟った観客達が一斉に身を乗り出す。

 今はまだ土煙で中の様子は見えないが、この向こうに立つ勝者は誰かを見極めようと目を凝らしていた。


 ようやく土煙が晴れた時、立っていたのは1人だけ・・・・


 直撃を受けたのか、ぐったりとして動かないルーベンを両手で優しく抱えたアクレウスだけだった。


” 第一試合、勝者、 アクレウス・バガーリア!!! ”


 その瞬間、勝者を称える歓声がどっと沸き上がる。

 観客達は2日連続で”世界立の壁”を破った、ラビリアの生徒に大興奮だ。

 だが、アクレウスはそれには応えず、医務室の方に声をかけながら歩いていく。

 どうやら負傷したルーベンを気遣っている様だが、それだけの”余裕”があることの証明だ。


『相手が悪かったな』


 その様子を見た俺が感想を述べると、モニカが無言でそれに頷いた。


 今の試合、総合力だけ考えるならたぶんルーベンの圧勝だった。

 だがそれが逆に、特化型の”一点突破”を受け切るには僅かに遅かったのだ。

 それはずっと前から俺達も気づいていた”ルーベンの弱点”。

 それでもこれまではそれを突いて勝利まで漕ぎ着ける者はいなかった。

 だが相手はその上を行った。


 今回の試合を分けたのは、いうなれば”経験”の差だろう。

 もしくは自分の力に対する”信頼”の差か。


 モニカがぎゅと拳を握りしめる。

 たかが7年・・・されど7年。

 ルーベンと同い年、いや教育期間でいえばもっと短い俺達にとって他人事では決してない。


 それは明日、俺達の前にも立ちふさがる”壁”なのだ。


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