2-8【決意と選択 3:~モニカの決意~】
いよいよ隙間風が気になりだし、温暖な気候のアクリラの住人も流石に厚着を始めた11の月のある休日。
この季節ともなれば普段うるさい街中もどこか静まりを見せ、生徒達も、もうすぐに迫ったアクリラ祭に向けて静かに準備を進めていた。
街の中心部から少し外れたところにある”ピカティニ研究所”もその例外ではなく、休日というのに祭りで展示する物品の調整に忙しく働いている。
そしてそんな状態なので、そこに通う2人の”見習い”たちも、手伝いに熱が入っている・・・わけではなく、むしろあまりに修羅場が過ぎて、まだそれ程複雑な機械が扱えない彼女達では入り込めずにいた。
ではモニカとメリダは何をしているかといえば、研究所の2階の実験スペースで祭りの最中に行われる”自由発表”に向けて実験を繰り返している。
「キュルルルルルルルルルルルッ!!!!!!!!」
ロメオの力強い鳴き声が広い空間の中に響き渡り、続いて真っ黒な人形のようなものが空中を勢いよく飛んでいった。
飛んでいるのは俺達である。
「ふぶへっ!?」
姿勢を直す暇もなく実験場の頑丈な壁に叩きつけられたモニカが、情けない声を吐き出してずり落ちる。
”グラディエーター”を展開していたというのにこのダメージだ。
そして実験場の中央部でそれを見たロメオが、自分の成したことに喜びながら喜声を上げて跳ね回っていた。
「キュルル! キュルル!」
『『・・・・・』』
その様子がなんだかとっても嬉しそうで、俺もモニカもなんとも言えない表情で見送るしかない。
なにせこいつにこんな力を与えたのは他ならぬ俺達なのだから・・・
「ロメオちゃん、だいぶ出来上がってきたね」
するとそれを横から見ていた”
ロメオの牛の体にはまるで鎧のように沢山の機械が取り付けられ、その様子は少しサイボーグめいていた。
そしてロメオはといえば、つい今しがた俺達に凄まじい一撃を喰らわせた暴れ牛とは思えないほど従順な様子で、メリダの芋虫の体に鼻面をこすりつけている。
「きゅるる、きゅるる」
今のは
誰がご主人様なのか、本当に理解しているのだろうかこいつは・・・
「あはは、ロメオちゃんくすぐったいよ」
メリダがそう言いながら、ロメオの鼻面を撫でるついでにそこにつけられている機械の状態をチェックする。
ここから見た限りでは、そこに異常は見られない。
『誰が飼い主なんだか・・・』
モニカも呆れたように頭の中でそう呟くと、よっこいしょと膝に手をついて立ち上がり、自分の体を見つめる。
『何処も壊れてないよね?』
『”2.0強化装甲”だぞ、常に壊しながら直してるんだ。 この程度の衝撃じゃビクともしないよ』
心配そうに自分の装甲を確かめるモニカにすぐにそう突っ込む。
頼もしいことに、あれだけ派手に飛ばされたというのにまったくの無傷だ。
『でも、衝撃吸収機構は考えたほうがいいかもね・・・』
『まあ、びっくりするだけで害がないのが救いか』
現在、”グラディエーター”に受けた衝撃を吸収する機構は搭載されていないので、体にかかった”G”は己の身体自体で処理するしかない。
一応強化装甲を展開することで魔力による強化の許容値も上がっているので、それで抑え込めるのだが、今みたいに呆気にとられているとそれも遅れてしまうのだ。
「メリダ、今のはどうだった?」
モニカが客観的に見ていた友人に、”出来栄え”の程を尋ねる。
するとメリダがロメオの側面に回り込み、そこについていた一際目立つ水晶のような装置をチェックした。
「ちゃんと貯めてた魔力を使ってるよ、値も予想の範囲内。 だけど出力はちょっと考えものだね」
メリダはそう言いながら手元の図面に情報を書き込んでいく。
今俺達がやっている”実験”は、”2.0強化装甲”に関わる物。
その中でも、今俺達が完成を急いでいる”2種”の内の1つだ。
すなわち”他者の強化”である。
現状でも”グラディエーター”の能力は同世代の中でも破格のものだ。
これだけでルーベンと互角以上に戦えるのだからそれは間違いない。
だがそれだけ。
仮にこれでルシエラに立ち向かえば一捻りにされるだろうし、トップクラスの最上級生、特にガブリエラなんかに喧嘩を売れば片手間に潰されてしまうだろう。
卒業後、俺達がどう身を振るかはまだ判然としないが、少なくとも国家相手に”脅威”として認識されるには、まだまだアップデートや開発が必要だった。
そして、その中でも”ロメオの強化”というのは比較的簡単かつ強力なものだ。
ロメオの持っている筋肉はモニカの数倍の大きさがあるので、仮に俺達と同じだけ魔力で身体強化すればそれだけで数倍の力が発揮できる。
だがそれには、これまでとは次元の異なる魔道具知識が必要になる。
”グラディエーター”では補助的にゴーレムコアを使っているが、全体の制御は依然として俺だし、そのエネルギーはモニカ自身から供給されている。
つまり俺達自身が強力なコアとして機能するゴーレム機械みたいなもの。
そのおかげで制御もかなり簡単に済ませるし、魔力供給の心配もいらない。
だがこれを他者に行うとなれば話は別だ。
強化に関する制御を俺達の手から離れたところで行わなければならないし、その魔力だって別のところから持ってこなければならない。
いわば、”よりゴーレム機械的”に性能を上げていかなければならないのだ。
「出力はこれでいいよ、今のはわたしが気を抜いただけだし」
モニカがメリダの見立てに対してそう返答する。
今、俺達が行っていた実験は、ロメオに強化を施してその動きを見るというもの。
内容としては毎朝行っている”朝稽古”の相撲を、強化装甲付きで行なう感じだ。
だが、そのパワー故に様相がまるで違う。
それでも昨日までは”グラディエーター”の圧倒的筋力を前にロメオはまったく微動だにできなかったのだが、本格的に強化を始めた途端これだ。
もはや魔獣以上にまで強化されたロメオの巨大な筋肉は、”グラディエーター”の力など物ともせずに、地面に固く張り付いたモニカの脚を引き千切るように跳ね飛ばしたのだ。
その突然の予想外のパワーにモニカも俺も本気で驚いてしまった。
まあ、”めざましい進歩”に喜ぶしかない。
だが、これは休日がピカ研に当てられているからこそ。
先月までなら休日はガブリエラとの”秘密のレッスン”に当てられていたが、今はそれができない。
なので空いた休日を自分達なりに強化に当てているのだが、年末の調査旅行の準備がいよいよ修羅場ってきたルシエラに師事するわけにもいかず。
プライベートな度合いが高いので、シルフィや”妹たち”などの知り合いに気軽に相談もできないとくれば、やることはピカ研の実験室にメリダと一緒に籠もるくらいしかないわけで。
”もう一件”も含めて、俺達の”2.0強化計画”はかなりの進捗を見せていた。
メリダがノリノリなのが救いか。
特にロメオの体に付けている機械の設計は殆ど彼女の功績だ。
やはりゴーレム使いとしてのキャリアは向こうの方が長い。
それでも一応、ガブリエラの”レッスン”の効果もある。
俺達の魔力についての理解が深まっているのを、回路の設計などで感じる機会が増えた。
モニカがロメオの体に近寄りながら、胴体につけられた”石”に魔力を補給する。
スキル制御用の魔水晶を大きくしたような見た目のそれは、俺達の魔力を吸っていることの証明として僅かに黒く光っていた。
だが、その輝きはわずかに動いただけだというのにかなり減っている。
「やっぱりこれじゃ容量不足かな・・・」
「でもこれ以上だと、産業用とかで特性も変わるし、私達じゃ扱わしてくれないよ?」
モニカの言葉にメリダが指摘を入れる。
”魔力”を貯める。
口にすればそれだけのことだが、それはそれで目的や費用などから様々な制約が発生する。
「”ジャンク品”の魔道具から拝借した吸魔石だからな。 劣化もあるだろう」
俺は更にその可能性も指摘する。
これは元々はエレベータ用に使われていた”一時蓄魔”用の吸魔石だ。
昔はエレベータがピカ研の主力製品だったので、その修理や返品のためにそのパーツなどが研究所の中に結構転がっている。
瞬発力が高いという出力特性もあって今回採用したのだが、流石に少し古すぎたかもしれない。
魔石系だって長期間使っていれば劣化もする。
制御魔水晶のようなものは数百年は余裕で保つが、直に大魔力を貯め込むことになる吸魔石系は数年程度で容量や出力が半減することも珍しくなかったりするのだ。
「やっぱり専用の魔石なりを作ってもらうしか、ないんじゃないかな」
メリダがそう言ってロメオの体から機械を外しにかかる。
それに対しロメオが若干名残惜しげだったが、これからこの機械のチェックを行うので仕方がない。
「でもそれだと、かなり金が掛かるんじゃないか?」
「いくらくらいになる?」
俺達がそう言うと、メリダが腕の1つを伸ばして、指折り勘定を始める。
「特性を決めたら魔石屋さんに仕入れに行くでしょ、でもかなり大きなものになるし、加工もお金がかかるし・・・・」
そう言いながらメリダの顔色が悪くなっていく。
「お金かぁ・・・・」
「お金だな・・・」
「お金だねぇ・・・」
ピスキアでクーディとコルディアーノの部品を見てもらった時にも言われたが、ゴーレム機械というのは基本的に金がかかる。
カシウス級になんでも自前で用意できたとしても、材料費は掛かるわけだし、希少な材料は当然高い。
それに俺達は、まだまだそんなレベルにはないわけで、高精度な部品を作るには誰かにやってもらうしかない。
特に魔石系の加工は専門性が高く、料金はさらに跳ね上がる。
”グラディエーター”は簡単な仕掛けに、俺のリソースとモニカの魔力をコアユニット代わりに動かしているからなんとかなっているが、それだってそれなりにお金もかかっているのだ。
「やっぱり研究所の”お駄賃”じゃ限界があるね」
メリダが結論とばかりにそう言う。
その顔にはどうしようもないものに対する”あきらめ”が見て取れた。
「せめて・・・わたしが外に出れればいいんだけど」
モニカがそう言いながら唇を噛みしめる。
「”討伐旅行”か?」
俺がモニカの脳裏によぎったものを言い当てる。
確かに今の俺達の実力でも、世界中の魔獣を討伐して回ればそれなりの金額になるだろう。
「それだけじゃないよ、材料や部品だって、もっといろんな物を見て回れる」
「たしかにアクリラって色んな物があるし、色んな情報があるけど、それが全てじゃないしね。 持ってくるのにお金もかかっているから高いし」
モニカの”追加”にメリダが染み染みとそう言いながら頷く。
その言葉通り、この街にだってないものは沢山ある。
どの分野だって、それを極めるには一箇所に留まっている訳にはいかない。
だからこそ、生徒達は時々様々な理由でこの街を離れるのだ。
だが、俺達にはそれが出来ない。
「モニカはこの街を出れないんだよね?」
「うん」
メリダの言葉にモニカが不機嫌そうにそう頷く。
「せめて、マグヌスとの”交渉”が纏まらないとな」
なんとかして俺達の安全が確約できない状態では、この街を出た瞬間に殺されたって驚かない。
旅行中に生徒が様々な理由で亡くなるというのは、多くはないが珍しくもないのだ。
「なんとか、ならないのかな・・・」
モニカがぽつりとそう呟く。
その光景は外から見れば何気ないものだったが、”内側”にいる俺はモニカの激しい”葛藤”のような感情をしっかりと認識していた。
一方、そんな感情を見ていないメリダは、少し脳天気な声でモニカに答える。
「まあでも、どのみち中等部1年の最後までいかないと、討伐旅行に行くための”研修”は受けられないから、今悩んでも仕方ないんだけどね」
「メリダは受けるの?」
「わたしが? ムリムリムリ」
メリダがそう言って笑いながら手を振って否定する。
「戦えないもん。 でも、材料集めとかに行きたいから、他の研究所の調査旅行のパンフレットとかは見てるかな」
「調査旅行か・・・」
アクリラ生が外に出ていくのは何も魔獣討伐だけではない。
まさにルシエラが今準備しているように、研究所主催の大きな調査旅行もその手段の1つだ。
もちろん個人や少人数で行なう調査旅行もあるが、行く先々の危険度などの関係で戦闘力のある人員が必要な場合、近くに行く他の研究所の調査旅行に同行したり招待することは珍しくはない。
他には別の組がやってる討伐旅行に同行したりとか、そういった風に力のない者であっても危険な場所に行く手段は普通にあるのだ。
「でも俺達が外に出れない理由って、そういうのとも違うしな・・・」
「うん・・・・」
俺の答えを聞いたモニカがまた考え込むように俯いた。
よっぽど外に行きたいのか。
やはりモニカにとっても”今の状態”は少々窮屈なのかもしれない。
「まあ、今そんな事を考えても仕方ないだろう。そのうち出られるようになるさ」
俺は努めて明るい声でモニカにそう話す。
だがモニカの心は依然として晴れない。
『ねえロン・・・』
『ん? どうしたモニカ?』
最近使えるようになったとはいえ、メリダの前で俺だけに声を掛けるとは何事だろうか?
俺はそこに、何かのっぴきならない空気のようなものを読み取った。
そしてそれを裏付けるような声でモニカが続ける。
『聞いてほしいことがある・・・・』
だがその時、モニカの声を遮るように大きな声が実験場の中に木霊した。
「『モニカ!』」
その声にメリダとロメオを含めた俺達が振り向くと、そこに真っ白な精霊の姿があった。
「アラン先生?」
「なんのようですか?」
モニカがその名を呼び、続けて俺がここに来た用件を問う。
するとその精霊の口から意外な言葉が飛び出したのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ここ最近、なかなか予定が合いませんでしたが、またお会いできて嬉しいですよ」
「でしたら、一度本国にお戻りになっても良かったですのに」
相手の交渉人の男が、さり気なくアクリラが”てんやわんや”だった事を責め、それに対してこちらの交渉人であるサンドラ先生が”毒”で返す。
この様子を見ればわかる通り、今日はこれからマグヌス王国との交渉だ。
「ははは、駐屯地にいるので
男はそう言って胡散臭そうに肩を竦める。
アラン先生によれば、彼はこの街にいる間も精力的に活動していて、マグヌスの公的な仕入れなどを統括してるらしい。
さすが商人、半分軟禁に近い状態でも時間は無駄にしない。
「それに、この件に道筋がつくまでは、私が近くで見ていないと。 知らない間にどこかに隠されてはたまらない」
そう言いながらこちらをちらりと見つめ、モニカが居心地悪そうにスコット先生の影に隠れるように僅かに体を傾ける。
不思議なもので、この男とモニカではかなり力に差があるというのに、その雰囲気は完全にモニカを飲み込んでいた。
これも凄腕の商人たる証なのだろうか?
それに、これだけ実力者の揃った場であっても、この男とサンドラ先生の雰囲気は全く引けを取らない。
だがスコット先生はそんな物は無いとばかりに、不機嫌な表情を相手に向けていた。
「なにも、こんないきなり呼びつけなくてもいいでしょう」
そして、そんな恨み言のようなものをぶつける。
その言葉通り、今日の交渉は休日の午後に突然ねじ込まれた。
俺達だってさっきまでピカ研で実験中だったのに、アラン先生に呼ばれてやってきたのだ。
「まあそう言わずに。 今日でもなければ皆の予定が合わないんでしょう?」
相手の男がそう言いながら、なだめるように手を広げる。
なんでもどこからか関係者の予定を知ったようで、学園側に今日中に会合を開けるように強く要求したらしい。
その顔には”会えてよかった”と書いてあるかのようだが、それもこちらが何だかんだで会うのを渋っていることを踏まえての牽制なのだろう。
『ガブリエラとは会えないのに、こっちはちゃんとやれるんだね』
『まあ、そう言ってやるな。 むこうだって、”この問題”をどうにかしないと大変なだろうさ』
『それは向こうの都合でしょ?』
モニカが吐き捨てるようにそう言った。
最近、モニカの中の交渉相手に対しての印象がどんどん悪くなってる気がする。
いや、感情を見る限りはそういうわけでもないか?
『今日はなんだか苛ついてるな』
俺はそれとなく聞いてみることにした。
もしかすると、実験の途中で呼ばれたことで不機嫌なのかもしれない。
俺みたいに。
だがモニカの言葉から出てきたのは、意外なものだった。
『
『ん?』
それはソワソワとした、落ち着かない感情だった。
まるで何かここで大きな事をするかのような・・・
『ロン・・・さっきピカ研で言いかけたことだけど・・・』
『ん? なんだ?』
そういやさっきそんな事口にしかけてたっけ。
『聞いてほしいことがあるんだっけ?』
『うん、ちょっと相談したくてね』
なんだろうか。
するとちょうどその時、関係者の間での挨拶が終わったようで、いつものように用意された大きなテーブルの周りの席に座り始めた。
モニカもそれにならい、いつもと同じ席へと座る。
向かいには、相変わらず認識阻害の掛かったフード付きの黒衣を纏う役人。
彼は挨拶の間にもう既に席についていて、その様子は堂に入っている。
会話の中心に入ることを諦めたというか、”お飾り”である事を自覚したかの様な、どこか投げやりな空気が漂っていた。
一方同じ”お飾り”でもモニカの表情は前より硬い。
どうやらここまでの流れに不満があるらしく、そのことに関する俺との相談は、交渉人同士の話し合いが始まってからも続いていた。
こういった場面でも相手に聞かれずに喋れるというのは、かなり大きな事かもしれない。
それに関しては大きな進歩だが、その会話で話される”内容”に俺は大きな驚きを感じていた。
『ちょ、ちょ、ちょっと待て』
『何を待つの?』
『急ぎすぎだ、物事には順序ってのが・・・』
「どうかしましたか?」
相手の交渉人の男が、モニカから湧き上がる不穏な空気に気づいたのか、こちらに声をかけてきた。
「モニカさんも、突然呼ばれて少し疲れているみたいですね。 それで、そちらが以前に提案した案件ですが・・・」
そしてそれを見たサンドラ先生が即座に話を強引にモニカから引き剥がす。
さらにアラン先生から忠告が飛んできたのかモニカの感情が僅かに揺らいだ。
『でもアラン先生、わたし・・・やっぱり時間の無駄だと思うんです』
モニカにかけられたアラン先生の声は聞こえないが、モニカの返答からその内容はある程度理解できる。
どうやら彼もモニカが提案した行動を諌めようとしているのだろう。
『ロンはどう思う?』
『どうって言ってもな・・・せめてもう少し粘って、もう少し有利な条件を引き出したほうが・・・』
『街の外に出たくないの?』
その瞬間、モニカのその言葉に含まれていた感情に俺は圧倒されてしまった。
それはここ暫く見せていなかった、モニカの”決意”に似たものだった。
『そんなに街の外に出たいのか? もう少し学んでから切り出しても良いだろう?』
俺とアラン先生が揃って抑えにかかる。
アラン先生の声は聞こえないが、モニカの反応から彼が声をかけているのは伝わってきた。
だがモニカの心は硬いようだ。
『ロン、この交渉が固まって、それから街を出れるようになるまで、どれくらいかかる?』
『どれくらい?』
『話が纏まって、それに動いて、色んな人と話を通して、色んな事を確かめて・・・そんな事をしてたら、全部上手く行っても3年はかかるんじゃない?』
モニカはそう言いながら俯いた。
そんな事を考えていたのか・・・
確かにこの話が今すぐに纏まっても、俺達が街の外に出ても安全かどうかハッキリするまでだけでも、それくらいかかってもおかしくはない。
『もちろん、わたしが誰にも文句を言わせないほど強くなればすぐだけど、そこまで強くないことはわたしが一番知っている』
モニカはそう言いながら相手の後ろに並ぶ護衛達へ視線を向ける。
魔法士に剣士、その戦い方は様々だが、共通している事が1つある。
その胸に燦然と輝く”エリート”の金バッジと、それに裏打ちされた強さだ。
『ガブリエラが、いつか必ず誰よりも強くなるって言ってくれた。 だから強くなる事を焦ったりはしない。 だけどそれじゃ
”何に?”
とは、俺は聞かなかった。
ここまでモニカと一緒にいれば、何が彼女をそこまで追い立てるのか、そんなものが1つしか無いことくらいよく知っている。
『そんなに時間はないのか・・・・あの
モニカの守護者にして親代わりだったクーディとコルディアーノ。
その”亡き骸”に残された時間が無いというのだ。
もちろん俺もゴーレムを学んでいるので、モニカの心配が単なる修理の話ではないことは分かっている。
『雪に埋もれるのか・・・』
俺がそう言うと、モニカから頷くように肯定の感情が流れてきた。
『”家魔法”があるからすぐには埋まらない、だけど3年先だと保つかわからないと思う』
その可能性は俺も考えてはいた。
だがこれまで一度もモニカから指摘がなかったので、大丈夫なのかとも思っていたのだ。
『全部埋もれたらどうなる?』
『”王球”が完全に雪に埋もれたらおしまい・・・”家魔法”が外に届かなくなるんだって・・・』
その後どうなるか・・・それは考えるまでもない。
あの無限に続くかと思うような氷の大地で、そこに埋もれた物を探すなど不可能だ。
それはモニカの魂に刻まれているのだろう。
『だから2人を治せなくても・・・・その前に必ず雪を掘りに行かないと・・・』
時間か・・・・
おそらく最初は1年もすれば帰るつもりだったのだろう。
だがこんな事になって、アクリラで生活して世の中を知るうちに、自分の”皮算用”では間に合わないのではということに気がついたのだ。
たぶんこれがここ最近、モニカの様子が少しおかしかったことの理由か。
もしかすると、あの”夢”の場所が見つかったこともそれに拍車をかけているかもしれない。
『だが、”それ”をした場合、少なくとも一生続く魔法契約をすることになるぞ。 しかも今度は、”前”みたいに誰かに解いてもらうことも出来ない』
それは魂ごと差し出すような、そんな行為だ。
『うん、分かってる。 だけど”家”を出たときから、わたしはそれくらいの”気持ち”だった』
そう言うとモニカはまっすぐに”前”を睨んだ。
視線の先にいた”フードの男”が、それを見て体を震わせる。
そしてそれが合図であるかのように、その場の空気が一気に緊張し、2人の交渉人が言葉を止め目だけでこちらの様子をじっと窺った。
『ロン・・・お願い』
『・・・分かった』
もしかしたら、止めるべきだったのかもしれない。
だが、”あの日”、あの家を出た瞬間から、俺達の”優先順位”は決まっていた。
モニカはあの2人を助けるために動くし、俺はそれを支える。
するとアラン先生から事情を聞いたのだろう、サンドラ先生の顔に苦い物が浮かぶ。
顔に出すからには、もっと良い条件を引き出せなかった事がよほど悔しいのか。
だがもう、モニカは”お飾り”ではない。
次にそこから飛び出す言葉が、この交渉の行方を決める。
そしてモニカは目の前の黒衣の男をじっと見つめ続け、ゆっくりと・・・その口を開ける。
「あなたが、わたしと結婚する人なんですか?」
「え?」
突然飛び出したモニカの言葉に、その男の口から驚きの声が漏れる。
同時にその場にいた全員の顔が、モニカの言葉に固まった。
「な、何を言って・・・」
「これまであなたはずっと、わたしを”受け入れよう”としていた。 それはあなたが、わたしと結婚するっていう、”次期公爵”だから」
モニカはそう言いながら、黒衣にかかった認識阻害の向こうにある目を見通す。
その視線はさながら獲物を狙う獣のようで、相手の男は僅かに椅子を引いてそこに体重を乗せている。
だが逃げる事はしなかった。
まるで試練に立ち向かうかの様に、フードの向こうからこちらを見つめ返したのだ。
そして、それを見たモニカの中で何かが固まる、”カチリ”という音が響く。
「あなたなら、
そして、そのまま視線を交渉人の男の方に向ける。
そこには、いつものように胡散臭い軽薄な笑みを浮かべた商人が座っていた。
だがその目だけは笑っていない。
唐突なモニカの行動に、何か致命的な間違いを犯したのではないかと思考を巡らせているかのようだ。
その表情にモニカが僅かに満足そうな感情を発すると、軽く息を吸い込む。
「・・・・あなた達の出した条件を飲みま・・・」
「 その話、待ってもらおうか! 」
その時、部屋の中の空気を引き裂くように大きな声が響き渡り、
続いて発生した強烈な”圧力”に、その場にいた全員がそのままの姿勢で固まった。
まるで高密度の霧に前進を押さえつけられるような、その感覚には覚えがある。
モニカから驚きの声が飛んでくる。
『これって!?』
『魔力による制圧!? だがこの出力は・・・・』
モニカが渾身の力を込めて首を後ろに回す。
するとそこで、驚きの表情でモニカを覆うように後ろから被さるスコット先生と、目があった。
見れば他の先生も膝を付きながら何事かと顔を動かして状況を探っている。
だが唯一人、周囲の者の考えを読むことができるアラン先生だけは、すべてを悟ったような諦めた表情で苦笑いを浮かべていた。
そして次の瞬間、凄まじい魔力の圧力に続いて、強烈な存在感が部屋の中に充満し、
それを追ってモニカが扉に視線を移すと、ちょうどそこから数人の豪華な鎧に身を包んだ兵士達が現れた。
全員が見慣れぬ黄金の格好をしており、その胸にはマグヌス軍属を表す紋章。
だがそれはマグヌスの正式兵装ではない。
それでも、その顔には見覚えがあった。
・・・と同時に、その陣容から続いて現れる人物の”正体”を悟る。
現れたのは、予想通り、眼を見張るほど荘厳なドレスを着た、いつも以上に黄金に輝くガブリエラの姿だった。
「・・・あ・・・」
そのあまりの驚きと、降りかかる魔力の圧力にモニカが口をパクパクとさせて、声にならない声を上げる。
だが、俺達の前に現れた”黄金の王女”は、以前見たときとは比較にならないほどの迫力を放ち、
その視線は、まるでこの場にいる者すべてが見るに値しないかの様に冷たく、それでいて絶対の宣告であるかの如く睥睨していた。
そしてその口から、逆らうことを一切許さぬ響きでもって、言葉が放たれた。
「 これより”この件に関わる一切”は、この私、マグヌス王家第4位継承権者、”フェルミ公ガブリエラ”が取り仕切る! 」
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