2-EX1【一周年記念特別編 :~ベスティ・シークレットミッション~】



 突然だが、吾輩はフクロウである。

 そして幸運なことに名前もある。


 可愛い、愛しのベスティに貰った、”サティ”という名前があるのだ。

 なので諸君らにもサティと呼ぶ権利をやろう。

 畏敬と慈愛を込めてそう呼び給え。

 気持ち”ィ”を長めに発音すると、諸君らの言語では丁度良くなると思う。


 ん?


 なに? いつもの”喋るスキル”や白髪の”魔力オバケ”はどうしたって?


 残念、今回は特別エピソードだと通知していただろう?

 なので今回の進行は吾輩が全て取り仕切る。

 だから、”ぶらうざばっく” なる呪文を唱えるのは少し待っていただきたい。


 さて吾輩はフクロウはフクロウでも、”西モデレシア”という高等な知性を持ったフクロウだ。

 その他のフクロウと一緒にされるのは不快なので気をつけてくれ。

 諸君等の事を”猿”と呼ぶ者がいれば失礼であろう?

 なので私を呼ぶときは西モデレシアか、サティと呼んでほしい。


 そしてその鮮やかな体色からよく誤解されるが、西モデレシアは、特に狩りが上手かったり、特殊な魔法が使えるようなことは”一切”ない。

 狩りをしようにも鈍くさいし、魔法なども最低限の筋力強化がわずかに使える程度。

 単独で生きるにはあまりにも非効率極まりない生き物だ。

 ではどうするか?

 

 簡単な事。

 単独で生きるなんてのは獣のすることだ。

 では群れるのか?

 群れるのは弱者のすること、気高い西モデレシアがする事ではない。

 

 我らはもっと力もあり、ある程度の知性を持った別の生き物に、その力の使い方を教え導き、時に助けることで”対価”として相手から糧を得る”顧問動物”だ。

 その性質上、相手には最低限の知能を要求するが、魔力的繋がりがあるのでその相手は選ばない。

 だが契約にはお互いの了承が必要でいつでも解除できるので、実は強制的に行える使い魔の契約などに比べ遥かにスマートで、愛に満ちた契約と言える。

 そして契約相手の魔力傾向の色に染まった体色は、相手を持つ西モデレシアの目印であり誇りである。

 つまり美しい緑に輝く吾輩は、それだけで優秀な西モデレシアであるのだ。


 そして肝心なこととして、西モデレシアはその活動のために”脱糞”を自分の意志で抑えることが出来る。

 こういう所も、脳天気に糞尿を垂れ流す下等な鳥どもとは格が違うといえる。


 そんな吾輩の朝は早い。


 それは、まだ夜が明ける前に始まる。


 パタンと音がして吾輩が住んでいる家の扉が開けられると、中から一人の少女が体を伸ばしながら歩き出してきた。

 そして、それと同時に庭の厩から一頭の牛が僅かに息を荒げながら歩み出る。

 彼等は吾輩の愛しのベスティの”姉”の一人とその”家畜”。

 朝っぱらから、激しく運動する事に取り憑かれた連中だ。

 名前はモニカとロメオ。


 そして今日も準備運動のために謎の棒を振り回すブンブンという音に、吾輩は体を起こし愛しの”我が家”の丸い窓から顔を出す。

 すると冬が近いことを示す冷たい風が顔面を駆け抜け、思わず目を顰めた。


 極寒の雪国生まれとはいえ、この街での生活が長いので寒いものは寒い。

 だが驚いたことに、目の前で体を動かすモニカは真夏と同じ下着姿。

 かいた汗が即座に湯気となって立ち上るその姿は、少々正気を疑う光景だった。

 

 それから少しして、お互いに準備ができた事を確認すると、1人と1匹はいつもの様に向かい合う。

 その頃には吾輩もその中間に移動を終えていた。

 徐々に高まっていく両者の緊張。

 そしてそれが極地に達したところで、吾輩が短く合図を放った。

 

 その瞬間、まるで魔獣がぶつかり合ったみたいな音と衝撃が空気を震わせ、その迫力に吾輩が若干気圧される。

 吾輩の眼前ではベスティと変わらぬ小柄な少女が、暴れ牛の動きを完全に封じ込める不思議な光景が広がっていた。


 毎朝見ているが、それは見事としかいえないものだった。

 モニカは、ロメオの上下左右に突然変わる動きを巧みに防いでいる。


 だがこの勝負、圧倒的に牛側が有利である。

 その定石通りモニカに生じた僅かな気の緩みをついたロメオが、一瞬で首を跳ね上げて少女の体を僅かに浮かせることに成功したのだ。

 吾輩が勝敗の決着を伝えると、両者共に再び開始位置まで戻っていく。


 吾輩の本分はこの様に誰かを手助けすることにある。

 今回の例で言えば、彼らの朝の運動に”明確な勝敗”を持ち込むことで、より円滑に物事を進めるように計らうのだ。

 この様に別に契約相手でなくとも、簡単な手助けをする事はよくある。

 今回の話の進行を引き受けたりとか。

 それは最早そういう生き物だからだ。


 なので諸君らも吾輩の助けがほしいなら、遠慮なく言ってもらって構わない。

 吾輩の耳に入り、この翼が届き、この体で出来ることがある限りにおいては、助けることもやぶさかではない。


 ただし大切なこととして、その報酬として吾輩の”糧”の用意を忘れないように、と注意しておく。





 日が昇って少しした頃、吾輩が朝の”脱糞”を終えトイレから出ると、我が家の中では他の住人たちが今日の支度を行っていた。

 髪を整え、制服を着込んで、今日の授業で必要な持ち物をチェックするだけだが、その様子は結構違う。

 まず我が愛しのベスティ。


 彼女は比較的”普通”に準備を行う。

 髪は櫛を使って自分の手でとかし、自分の手で結付けるし、服も自分の手で着替える。

 いくつかの魔道具を使うときくらいは魔力を使うが、その程度。


 彼女は5年前、翼の骨を折って死にかけていた吾輩を救ってくれた女神のような存在だ。

 それ以来吾輩はその恩を少しでも返そうと彼女と契約して、その成長を助けてきた。

 彼女の友人や”姉達”は気軽に”ベス”と呼んでいるが、吾輩は略さないと覚えられないほど知能が低くはないので、”ベスティ”と呼び続けている。


 ベスティは北部の大豪商”ミレニア商会”の妾腹の娘という、非常に”ややこしい”立場で、それでも一応跡継ぎと目されていたが、魔法に才能があったことからこの街で学ぶことになった。

 何を隠そう、その才能を見つけさせたのが、この吾輩の最初の”仕事”である。

 だがそんな身の上のせいか、授業も魔法関連一辺倒というわけではない。

 商人学校の授業も幾つか取っており、将来は魔法を使った新たな商業システムの開発と運用を目標にしている。


 ただそのせいか、魔力を使った戦いなどはそれほどではなく、もっぱら理論畑の日々を送っている。

 魔力を殴ることではなく、もっと良いシステムの中で使おうと模索するのは、いかにも吾輩の契約相手としてふさわしい思想だといえるが、その思想は残念ながらこの街ですら少数派だ。

 それでも、そんな彼女が比較的”武闘派”が多い木苺の館にいるのは、そんなベスティーが力関係で不利益を被らないようにという学園側の配慮であることは、吾輩くらいであれば簡単に察することが出来た。

 実際、”姉達”の威光はかなり強く、力のないベスティであってもこの街で不自由なく過ごすことが出来ていた。


 いや、少し強すぎるか・・・


 吾輩は、まず”上”の姉の方を向き直る。

 種族違いの吾輩であっても一瞬、見惚れてしまうほど美しい青い髪が特徴の”ルシエラ”は、この家の中で”3番目”に偉い人物だ。

 ちなみに2番目は吾輩。

 1番は、このルシエラが契約している、”ユリウス様”である。

 純血の竜であるあのお方は全てにおいて別格だ、抗おうなどとは思わない。

 だが、このルシエラもそれに負けず劣らず・・・いやそれ以上に強力で、この街全体にその名が轟いている。


 そして、そのとんでもないことの象徴として、毎朝全身に青く光る魔法陣を展開して、服の皺や寝癖を直している。

 その光景はちょっと”スペクタクル”だ。

 だが洗顔や着替えまで複雑な魔法陣に任せっきりで、本人はその中心でボーッとしているだけなのはどうなのだろうか。

 ルシエラは寝起きが恐ろしく悪い。

 低血圧との事だが、その辺をまず魔法陣で何とかする気はないのだろうか?


 もっとも、そんな指摘はできない。

 それくらい寝起き直後は不機嫌で恐ろしいのだ。

 この時ばかりは高位者である吾輩も、その立場をおとなしく譲る。

 平穏はプライドよりも価値が高いのである。


 さて、そんなルシエラの着替えと別の意味で凄まじい仕度をしているのが、先程外で牛と押し合いをしていたモニカだ。

 最初に言っておこう。

 正真正銘、本物の”化物”である。

 その魔力を意識すると、正直気が遠くなる。


 彼女はこの部屋の中で最も新参者で、ここに来てまだ4ヶ月ほどしか立っていないが、年齢がベスティよりも上なので、姉として振る舞っていた。


 正直なところ朝から牛と押し合いをする様な人物なので、若干色んな所に問題がある。

 吾輩がトイレから出てきたのを初めて見たときなど、目を丸くしてあんぐりと口を開けていたものだ。

 まったく、文明に生きる吾輩が他の鳥のように外で垂れ流すとでも思っていたのか?

 喋らないだけで知性はあるのだぞ。

 何のために脱糞を我慢できると思っているのだ。


 モニカはそんな風に頭が固く、吾輩やベスティの苦手な”肉体派”の権化の様な存在なのだが。

 それでもその心は意外と優しく、また察しのいい一面も持ち合わせている。

 それに積極的に妹であるベスティを守ろうとしてくれるので、吾輩としては心強い存在ともいえた。


 だが、


「うおう!?」


 モニカがそんな声を出すと、彼女の周りを浮かんでいた・・・・・・クシが勢いよく吹き飛ばされた。

 最近、どこで覚えたのか魔力を使って身支度を整える様になったのだ。

 ”魔力で”、である。

 ”魔法”でも、”魔法陣”でもない。


 なんでも意味不明なレベルに圧縮した魔力を、押し付けたり挟んだりすることで手の代わりにしているらしい。

 わけがわからない。

 もっと吾輩のような高尚な頭脳で理解できる事をしてほしいものだ。


 だがその身支度はルシエラの様に高度でもなく、いつも・・・使っている”謎の声”の調整も、複雑過ぎて追いついていないので、かなり拙い。

 唯でさえとてつもない魔力量の彼女がそんな事をすると、こちらとしては心臓に悪かった。


 そしてそんな様子のモニカが、飛んでいったクシを拾おうと立った時だった。


 不意に強烈な視線を感じ、そちらに顔を向けると、ルシエラがベスティを見つめているのを見つける。

 その視線は、寝起きの彼女とは考えられないほど真剣で意思が篭っていた。

 そしてそれを受けたベスティが、小さくコクリと頷くと、こちらに顔を向ける。


「・・・今日はお願いね」


 そうだった。


 吾輩はその視線から、”今日の予定”を思い出す。

 そして油断のない視線で以って、オロオロと床に落ちたクシを探すモニカを見つめる。



 今日・・・これから我々は、彼女を嵌めるのだ・・・・・



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 吾輩を肩に留めたベスティが、街の裏通りを行く。

 本来であれば、集団登校であるが、一旦登校してしまえば自由に行動できる。

 この街では生徒は不死身に近いので、ある程度放っておいても問題はないからだ。

 集団登校なのは、あくまでまだ自己判断が覚束ない幼児にちゃんと授業を受けさせるためのもの。

 ベスティと違って、この歳の子供はまだ右も左も分からないなんてこともザラだ。


 だが聡明なベスティは、そんな輩とは違う。

 今日も来たことのない裏道を地図を片手に、一切迷うことなく進んでいる。


 そしてその裏通りの中で、お目当ての建物が見えてくると、その前でベスティが足を止めた。


「ここですか・・・」


 その怪しげな風貌に、思わずベスティが面食らう。

 だが、その建物の端に書かれていた小さな看板には、間違いなくここが目当ての店であることを示していた。

 吾輩はそれを確認すると、クチバシで軽くベスティの頬をつつく。


「うん・・・わかってます。 ありがとうサティ」


 ベスティはそう言うと、固く閉ざされた扉に歩み寄り、手を伸ばしてノックしようとする。

 だがその手が扉に辿り着く前に、扉のほうが開いてしまった。


「なんの用で?」


 その声とともに中から出てきたのは、不快な刺激臭を全身に漂わせた、不格好な服を着た男。

 その風貌は、お世辞にもまともとは言えない。

 ベスティがその姿に面食らって、わずかに足を引く。

 だがその直後、覚悟を決めたのかベスティはその足ごと前に踏み出した。


「えっと、”フレンダ商会”経由で注文したベスティです。 ”注文の品”の状態を確認しに来ました」


 と一息に用件を言い切る。

 するとその男が、ヒッヒッヒと不気味な笑いを浮かべた。


「ああ、聞いてるよ、”全て”注文通り揃っている」


 そう言うと明細のような紙を取り出し、ベスティに渡し、受け取ったベスティはその内容を確認する。

 そして吾輩もチェックの為にそれを覗き込む。

 予想通り、そこには物騒な単語が並んでいた。


「”火薬”の量はそれで問題ないか?」


 男はそう聞いてきた。


「それは専門であるそちらの判断する事です。

 用途や目的容量なども伝えているので、あとはその通り使えるか。

 その保証はできますか?」


 ベスティは、そう言うとキリッとした目で男を見つめた。

 すると再び男が気持ち悪い笑みを浮かべる。


「ヒッヒッヒ、これはまた随分としっかりした嬢ちゃんだな。

 ヒッヒッヒ、安心しな、あんたの”目的”はちゃんと果たせるように配合してある。

 間違いなく機能するさ」


 男はそう言って悪そうな笑みを浮かべる。

 場所によってはこの顔だけで、捕まりそうだ。


「それを聞いて安心しました」


 ベスティがそう答える。


「それじゃ、”例の時間”に”例の場所”で・・・」

「分かった、ちゃんと”仕掛け”も仕込んでおくよ」

「お願いします、くれぐれも内密に」

「任せておけ」



※※※※※※※※※※※※※※※



 次に向かったのは、また別の場所。

 街の中心から少し離れた位置にある、これまた怪しげな館だ。

 それを見上げながら、ベスティと吾輩は昼食の最後の一欠片を咀嚼した。

 だが今はベスティの授業の合間に来ているので、それ程時間がない。

 なので大変不本意であるが移動中に昼食を取ることになったのだ。

 少々”はしたない”が、背に腹は代えられない。

 人を1人罠に嵌めるのだ、こちらもある程度泥をかぶる覚悟がなければ。


 そしてそんな怪しげな館に足を踏み入れると、すぐにこれまた怪しげな女性が応対のために出てきた。



「”こいつ”がその”目標”?」


 ベスティの話を聞いたその女が、わずかに笑みを浮かべながらベスティの差し出した、”似顔絵”を見てそう言った。


「はい・・・そうなります」


 ベスティが真剣な様子でそう答える。

 その似顔絵は、絵と呼ぶにはあまりにも本人に似ていた。

 まるで本人をそのまま封じ込めたかの様ですらある。

 吾輩もその出来に感心して、思わず首を伸ばして見惚れてしまった程だ。


 するとそんな吾輩の腹をベスティが頭を当てて、正気に戻してきた。

 おっと、すまない。

 思わず絵の出来に感心してしまった。

 これは気を引き締めないと。


「いいですか? 絶対に間違えないでくださいよ」

「分かってるわ、私達もプロよ、そんなミスはしない。 ただ、この似顔絵は貸してもらって構わないかしら?」

「はい、それは構いません」


 ベスティがそう答えると、持っていた似顔絵を相手に差し出した。

 するとその女が、まるで獲物を見る蛇のような眼差しで似顔絵の中のモニカを見つめ、その悍ましさに思わず身震いする。

 いくら”目的”のためとはいえ、この女に頼っていいのかわからなくなってしまう。


 だがベスティによれば、ここは”その道”の第一人者だそうで、その腕は信用していいらしい。

 これまで狙った獲物を外したことはないそうだ。

 きっと、その”仕事”の過程で性格が歪んでしまったのだろう。


 そしてその女は、全ての確認事項を終えると再び館の中へと消えていった。



※※※※※※※※※※※※※※※



 昼過ぎの授業が終わり、多くの生徒が次の授業か”課外”へ向かう。

 だが我々は最後のチェックを行うために、いつもと違う方向に向かって早足で進んでいた。


「これが終われば、チェックは全て完了ですね」


 そうであるな。


 確認するようにベスティの口から漏れ出した呟きに、吾輩が答えるように短く声を出す。


 既に”狩人”と”仕掛け”の準備のチェックは終わっている。

 ”狩場”と”仲間”への根回しはルシエラが行っているので、後は”兵器”の確認に行けばいい。

 

 だが、我々がその”ブツ”の取引が行われるその場所に向かっている、まさにその時だった。


ホーッ危ない!!!!」


 前方に危険を察知した吾輩が慌てて声を発して、ベスティの歩みを止める。

 そしてそのおかげでベスティは、間一髪の所で相手に気づかれる前に横道に飛び込むことに成功した。

 

「・・・どうしましょう!?」


 ベスティが小さな声でこちらに助けを求める。

 状況はなかなかに深刻だった。


 ベスティが横道から、顔を少しだけ外に出す。

 

「やっぱり・・・モニカ姉様だ・・・」


 なんとここに来て、最も見つかってはいけない、”罠に嵌める対象”に急接近してしまったのだ。

 ベスティが緊張を顔に浮かべながら、少し先にいるモニカに視線を送る。

 幸いにもこちらには気づかれていない。

 普段ならモニカの方が先に見つけることが多いが、今日は違ったようだ。


 よく見れば我等の姉君は、店先に並んだ品物に興味津々の様子である。

 何やら金具の類を熱心な様子で見つめているが、”人形遊び”の材料にでもするのだろうか?

 モニカは、あんな力こそ全てみたいな能力でありながら、機械人形づくりに執心している。

 この様子だと、近づかなければ気づくことはないだろう。


 だが、だからといって全て良しという訳にはいかない。

 モニカが熱心な目で見つめるその店は、これから我々が訪れる店のすぐ隣にあたる。

 裏口のない店だったはずなので、そこに行くにはモニカのすぐ近くを通らねばならないのだ。


「どうしましょう・・・時間もないし」


 モニカに見つかれば高確率で絡まれる。

 普段ならそれはまったく問題ないのだが、今日ばかりはそんな余裕はない。

 ベスティは次も授業を取っているので、それほど時間的余裕が無いからだ。

 なんとか見つからずにすり抜けなければ、”ブツ”の取引をする時間的余裕はできない。


「イチかバチか・・・こっそり」


 追い詰められたベスティが、一思いに行ってしまえと路地から身を乗り出そうとした。

 だが、


「うっ・・・え?」


 ベスティの体が空中でつんのめる。

 

 なんてことはない。

 ベスティの肩から飛び上がった吾輩が、制服の後襟をクチバシで掴んで引っ張ったのだ。


「サティ・・・なんで?」


 ベスティよ、困った時に何も考えずに飛び込むのは”愚者”のすることだ。


 吾輩がそんな意味を込めてベスティの顔を見つめると、聡明な彼女はすぐにその心を理解してくれた。


「でも、どうすれば・・・」


 だが思い留まってはくれても、対策までは思いつかなかったようだ。

 

 しかたない。

 こういう時の吾輩だ。


「え? サティ!?」


 突如、空高く舞い上がった吾輩にベスティが驚きの声を上げる。


 だがそれに構っている余裕はない。

 吾輩は一定の高度まで上昇すると、そこで旋回を始めて下の様子を窺う。


 吾輩の予想が正しければモニカも授業の合間にやって来ているはずだ。

 だが我らと違い、何か目的が有ってこの場所に来ているとは考えにくい。

 ならばこの近辺で前の授業か、次の授業が行われたことになる。

 ということはだ・・・・


 吾輩は少しすると、ちょうどいい人物を見つけそこに向かって降下を開始した。





「おーい! あねさーん!」


 猫のような獣耳の生えた女子生徒が、モニカに向かって大声で呼びかけた。

 彼女はモニカの”取り巻き”の一人だ。

 なんでも、以前モニカにボコボコにされてから心酔しているらしい。

 すると、その声を聞いたモニカが顔を赤らめながら慌てて振り向いた。


「あ! そう呼ばないで、っていつも言ってるでしょ!」


 そう言いながら、獣耳の女子生徒に歩み寄っていく。


「えへへ、こう呼ぶと反応が面白いんですよ」


 獣人の女子生徒は悪びれずにそう答えるとモニカに合流し、そのまま自然な感じにその足を別の場所へと向ける。

 そして2人がベスティの隠れている路地を越えたところで、満を持してベスティが飛び出した。


 その時ベスティが走りながら後ろ向きに2人の状況を窺うが、こちらに気づいた様子はない。

 だが獣人の生徒は、モニカから見えない位置に置いた手を軽く握ることでこちらに合図してきた。


 何を隠そう、彼女は我々の”仲間”だ。


 それを見届けた吾輩が、ベスティの方に舞い戻る。

 そして一仕事終えた吾輩は満足気に頭をくるりと回した。

 この”ミッション”には我々だけでなく、モニカの関係者も多く絡んでいる。

 なのでそれを見つければ、飛んでいって支援を乞うこともできるのだ。

 吾輩は喋れないが”身振り羽振り”で伝えることはできる。

 幸いにも今回はやらなかったが、もし相手の察しが致命的に悪ければ、その辺の石か何かで道に文字を書いて見せればいい。


 後はその協力者が、吾輩の指示通りモニカを目標付近から引き剥がすのを見守るだけだ。

 既に準備に抜かりはなく、哀れな獲物モニカは四方を敵に囲まれているとも知らず、幸せそうな笑みを浮かべている。


 そしてベスティが最後の取引が行われる店へと滑り込んだ。


「すいません」


 店の中に入るなりすぐにベスティが店員に声をかける。

 よく見ればその店は、天井から様々な刃物が釣ってある、なかなかに物騒な見た目の店だった。

 それにあからさまに血なまぐさい。


「なんだい?」


 店員のガッシリとした獣人が応える。


「私はベスティ・テレザ・ミレニアです。 ミレニア商会から送られてきた”荷物”を確認しに来ました」

「おお! あれか!」


 ベスティの言葉に店員が声を上げて納得する。

 そして表情を真剣なものに変えて、周囲の様子を窺った。


「奥に来な、店先では見せられねえ」



 店の奥は様々な”商品”が所狭しと置かれ、それを扱うための魔道具たちが怪しげな光を放っていた。

 暗い倉庫の中で光るその光景は、吾輩でも少々不気味に感じる。


「・・・これだ」


 店員はそう言うと保管用の魔道具の1つを指し示す。

 それは長さが4m近くにもなる、巨大なケースだった。


「中を見るか?」

「はい、お願いします」


 ベスティがそう答えると、店員がケースのロックを外し蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。

 すると中から煙の様なものと、身も凍るような冷気が漏れ出した。


「これですか・・・」


 ベスティがそう言いながら、そっと顔を近づける。


「初めて見るか?」


 店員がそう聞く。


「ええ、でも小さい頃から何度も聞かされました。 ・・・その話を聞く度に震えたのを覚えてます」

「はっはっは、無理もねえ、コイツはとんだバケモンだからな」


 そう言って店員が笑う。


「俺もここまでの物は久々に見たぜ。 嬢ちゃんの実家、とんでもないな」

「いえ、普通の商人ですよ」


 ベスティがそう言って謙遜する。

 だが店員の言葉通り、その”ブツ”は見事な物だった。


「これなら・・・モニカ姉様も”イチコロ”でしょうね」


 そう呟くベスティの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 正直その顔は似合わないが、吾輩もそう願う。

 

 何せ”これ”が手に入ったとミレニア商会から連絡があったから、この”作戦”は決行に移されたのだ。

 いわば作戦の是非を問う、重要なピースといえる。


「それじゃ、これでいいか?」


 店員がそう確認してくる。

 そしてそれに対しベスティは力強い声で答えた。


「ええ、もちろん。  ・・・・これでモニカ姉様に勝てます」





※※※※※※※※※※※※※※※※




 夕暮れ時。


 今日の授業が全て終わり、いつもの様にモニカはピカティニー研究所へと向かっていた。

 そして偶然にも・・・・今日は最後がメリダと一緒の授業だったために、当然の様にその道中は彼女と一緒だ。

 そのことに上機嫌のモニカは、メリダの行動がいつもと違うことに気がつかない。


 すると、その途中でメリダが、この近くの良いゴーレム素材を扱う店の話を切り出した。

 興味を惹かれたモニカは自然な形でそれに同調すると、2人はそのまま道を外れ人気の少ない通りの外れへと向かっていく。


 そしてメリダの誘導のもと辿りついたのは、古ぼけた大きな館のような場所だった。


「ここ?」


 モニカが少々不思議そうな様子でそう尋ねる。


「ここは土を扱ってるお店でね、マイナーな商品だから表には出してないの」

「ふーん」


 モニカはまだなにか納得していない様子だが、友人が嘘をつくとは思っていないのか、

 なんとかそう理解しようと努めている様子が手に取るように分かった。


「中に入れば人がいるよ、先に入っちゃって」


 メリダはそう言うと、自分が乗っていたゴーレム台車からゆっくりと降り、それを畳み始める。

 その動作はあまりに自然で、モニカは何の疑いもなく建物の扉に手をかけて中へと入っていった。


 そしてパタンという扉が閉まる音が聞こえると、メリダはそれを追いかけるようなことはせずに、懐から通信用の魔道具を取り出し、魔力を流して起動すると小さな声でそれに呟く。


「・・・”獲物”は檻に入った・・・」


 そしてその言葉で、今日の”作戦”はスタートしたのだ。





 中に入ったモニカは虚を突かれたような表情で周囲を見回す。


「あれ? 誰もいない?」


 館の中に人の姿はなく、そればかりか真っ暗な空間が広がっているだけだった。

  

「・・・どうしよっか」


 モニカはまるで誰かに相談するようにそう呟くと、これまたその返事を待つかのように少し間を開けてから、徐に扉のノブに手をかける。


「あれ?」


 ガチャガチャとノブを弄るが、一向に扉が開く気配はない。

 その様子にモニカが不審な顔でしばし扉を見つめた後、明らかに真剣な表情で部屋の奥へと視線を向けた。

 そこにはやはり人の姿はない。

 だがモニカは鋭い瞳を油断なく上下左右に動かして様子を探っている。

 きっと彼女の鋭敏な感覚は、館の中に充満する、人間の動く微かな”気配”を感じ取っているのだろう。


 その時だった。


 バリバリという大きな音が部屋の中にこだまし、反射的にモニカの顔がその音源である床に向かう。

 そして彼女の黒い目が、更に濃い黒へと輝きを増した。

 彼女が持つ”透視”か”赤外線感知”か、とにかく何らかの視覚強化を発動させたのだ。

 だがモニカの表情はすぐに驚愕に染まる。


 何に驚いたかは聞くまでもない。


 何も見えなかったのだ。


 今この部屋は高度な魔力妨害下にあり、魔力を利用する能力はその発動を大きく制限される。

 すると、”罠”に嵌ったことを悟ったモニカの顔に”焦り”の感情が見え始めた。


 だがそれ以上ではない。

 モニカは即座に全身に力を込め、そこから大量の魔力をかき集めると、体の外に向かって噴き出した。

 なるほど、この”妨害環境”を彼女の大量の魔力で塗り潰してしまおうと言う腹だろう。

 そしてそれは、モニカかガブリエラしか出来ないものの、使えさえすればほぼ確実に環境系魔法を制圧する手段だった。


 その行動は本来なら正解。


 だがこちらも、そんなことは織り込み済みである。


「!?」


 モニカの顔に今度こそ本物の驚愕と、確かな恐怖が現れた。

 なんと、いくら魔力を吐き出しても一向に”手応え”が返ってこないのだ。


 そんなことがあるはずがない。


 そんな思いでモニカが目の前の虚空を見つめる。

 するとそこには、モニカの身体から噴き出した大量の魔力が、まるで吸い込まれるように天井や壁に青く光ながら消えていく光景が広がっていた。


 ただ魔力を吸っているだけ。

 字面にすればそれだけだが、モニカの魔力となると話が違う。

 こんな膨大な魔力、吸おうとすればすぐにどこかが詰まって破綻する筈だ。


 だがそんな”常識”は、完璧に”無抵抗”な変換効率を誇る”変換魔法陣”と、この日のために特別に用意された”時空埋没型”超高圧魔力装置の組み合わせを前に、完璧に処理されてしまっていた。


 その様子に、館の上の階で”この仕掛”を作った”青い髪の美少女”と、眼鏡の”マッドサイエンティスト”が静かに拳を突き合わせて喜びを表現する。

 こうなれば完全に”狩る側”の思う壺だ。


 魔力もスキルも封じられたモニカは、完全にまな板の上の鯉も一緒。

 ”仕掛け人” に好きなように翻弄されるしか無い。



 バン!


 バキッ!


「ヒィッ!?」


 そんな柄にもない声を上げながら、一つ一つの音に反応し視線を彷徨わせて部屋の中をフラフラと移動する。

 もし仮に全ての手段が封じられても、モニカなら姿の見える相手なら追い詰められても冷静でいられただろう。

 だが感じる気配と全く一致しない音に、次第に焦燥感が強まっていく。

 これも事前の調査通りだ。

 彼女の対応力はその情報収集能力の高さによって成り立っている。

 なのでこれを切ってさえしまえば、それだけで判断力を奪えるのだ。


 さらに、


「うわっ!?」


 突如、鋭い破裂音と閃光が大量に発生し、そのショックでモニカから僅かに残っていた冷静な思考を奪っていく。


 この建物に蠢く者たちは、全員が”その道”のプロであり、己の気配すら陽動に使うことが出来る手練だ。

 さらに豊富な支援と作戦によりその能力を遺憾なく発揮した彼等は、巧みに音と閃光を利用して、徐々にモニカを建物の後ろへと導いていく。


 そして彼女が建物の一番裏側に達した時だった。

 

 突然館全体が震えるように振動し始め、置かれていた古びた家具や棚が大きな音を立てて倒れたり転がったりし始めた。

 それをモニカが怯えた表情で見守る。

 さらに、そんな彼女を追い詰めるように、館全体から巨大な音量で声が発せられた。



「 なにか忘れていないか!! 」


「・・!?うわあ!?」


 その声に反応したモニカが素っ頓狂な声を上げて驚いた。



「 なにか忘れていないか!! 」


「 何を!? 」


 再び放たれた”声”の問いかけに、モニカが反論するようにそう叫ぶ。

 その度胸は流石というか。


「  ほう 何も思い当たるものがないというのか!?  」

「あんたなんか知らない!!」


 今度は言葉と同時に即座にモニカが言い返した。


「  もしその身に、一切の自責の念がないのなら・・・・その扉をあけて先に進め  」


 するとその瞬間、まるでこれが”正解”であるかのように扉の1つが明るく輝き出した。

 

 モニカが険しい表情でそれを見つめ、小声で”相方”に助けを求める。

 その応えは何だったのかは分からないが、他に手がないモニカはゆっくりと扉へと近づいていく。


「  さあ、その扉を開けろ  」



 モニカがその声に従うように、扉に手をかけてゆっくりと押し開けた。


 扉の向こうから差し込んだ大きな光に、モニカの体が包まれる。


 そして・・・・





「「「お誕生日おめでとう!!!!」」」



 突然、まるで戦略魔法でも掛けたかのような大きな音量の声に包まれ、モニカが周囲を見ながら固まる。

 そして次の瞬間、本当に戦略魔法でも使ったかのような光と音が周囲を包み込み、そこにいた全員が、ビックリして後ろを振り向いた。

 

「・・・・?・・・・?」


 モニカが状況が掴めない様子で顔を左右に振りながら、顔を上に向ける。

 そこにはまるで花畑のように様々な色の光が一気に開く光景が広がり、発生した轟音がその場を駆け抜け、そのあまりの音量に全員が耳を塞いでいた。


 よく見ればそこは、館の裏庭にたくさんの人々が集まっている光景だと気づけるだろう。


 吾輩から見れば、今日の”会場”となったこの裏庭でひたすら時間を潰していると、館の裏庭に続く扉からモニカが出てきただけなのだが。


「誰だよ!? 花火なんて持ち込んだの?」


 何処からともなく、音に驚いた誰かのそんな声が聞こえてきた。


 だがその直後、割れんばかりの歓声がそれを押し流す。

 どうやら殆どの参加者は今の花火を気に入ってくれたようだ。

 やはりこの街の住人はこのくらいの刺激がある方が好みのようである。

 

 そしてその場にいた者たちが口々に「おめでとう」と言いながら、中央でポカンと口を開けたモニカの肩を叩いていく。

 一方のモニカは、全く今の状況がつかめていないらしく、それに反応できずにいる。


「え? え? なに?」


 そう言って助けを求める様に、ルシエラとこちらの顔を交互に見つめる。

 どうやら状況が理解できていないようだ。


「モニカ姉様の、”お誕生日パーティー”ですよ」


 ベスティが親切に”答え”を教える。

 だがまだピンと来ていない様だ。

 その様子から説明不足を悟った我輩が、クチバシでベスティの髪を軽く引っ張り補足を促す。


「あ、お誕生日は寒くなる前にやっていたと聞いていたので」


 ベスティがその情報を追加した。

 実はモニカは、ハッキリとした自分の誕生日を知らないらしい。

 だが聞いていた情報から、少なくとも昔は今の時期に誕生日を祝っていたことは分かっていた。


「だから一番都合が付きやすかった今日しようってなったの」


 ベスティの言葉に続きルシエラが補足する。


「えっと・・・これは”わたし”のお誕生日パーティーって事?」

「他に誰がいるのよ!」


 集まった参加者からそんなツッコミが入りドッと笑いが起きる


「誕生日は部屋の者と祝うって習慣があるんだけど、モニカの場合日にちがハッキリしないじゃない? だったらいっそ直前まで黙ってビックリさせちゃおって事になったの」


 よく見れば、参加者はルシエラやベスティの友人もいるが、基本的にはモニカの友人や関係者が主立っていた。

 だがモニカは、それを見てもまだ状況がよく分かっていないようである。

 流石にこれはサプライズが強すぎたか。


 吾輩はゆっくりとベスティの肩を離れると。

 そのまま音もなく参加者の頭上を飛び、何を思ったか奥で一般参加者の1人を決め込んでいる男の下に向かった。

 その男は感心したことに、音もなく近づく吾輩に気がついたが驚いた視線をこちらに向ける。

 だが見つかったのなら丁度いい。


 吾輩は、その者が持ってきたものの、どうしようかと迷ってテーブルの上に置いたことが明白な花束を足で引っ掴むと、その男の胸元に飛んでいき押し付ける。

 そして周囲の者達が吾輩の行動に驚いた声を上げると、サッと人混みが割れてモニカからその男が見えるようになった。


「スコット先生?」


 モニカが驚きの声を上げると、流石に隠れていなくなった彼女の教師はそのままモニカに歩み寄り、持っていた花束を差し出した。


「11年間・・・よく生きてきた」


 男はそれだけ言うと、仏頂面のまますぐに人混みに戻っていく。

 だがその顔は羞恥に耐えかねたのか、わずかに赤かった。

  

 そして、これでようやく状況は飲み込めたのか、モニカの顔も同じように赤くなると、その真っ黒な目から涙が溢れ出した。


「ありがとう・・・ありがとう・・・」


 そしてまるで絞り出すように、小さな声で感謝の言葉を述べ、それを見た参加者の表情が優しげな明るさに包まれた。


「はい! それでは主賓が到着したところで、皆様、宴の始まりです!!」

「「「うおおおおおお!!」」」


 幹事のルシエラがそう宣言すると、参加者が一斉に歓声を上げ、そのまま用意されていた料理や飲み物に向かって手を伸ばし始めた。

 人にもよるが、それなりの時間”おあずけ”の状態で待っていたので腹も減っているのだろう。

 吾輩なら耐えられん。


 そんな事を考えていると、モニカの体から黒くて細長い紐のようなものが伸びてきた。

 あれは確かモニカの中にいるという、ロンとかいう、非常に奇っ怪な存在とやり取りするための代物だ。


「2人とも、今日はありがとうな」


 ロンがそう言って、ベスティとルシエラに感謝の言葉を述べる。

 その声は他の者には聞こえないように、小さなものだった。


 だが吾輩を忘れていないか?

 そんな抗議を込めて一鳴きすると、すぐに補足が入る。


「あ、すまん、サティもだったな」


 そうだ、それでよい。

 吾輩は満足すると首を真っ直ぐに上に伸ばした。


「だけどみんなグルだったの? ビックリしちゃった」


 モニカがそう言って涙を拭いながら、こちらに歩み寄ってきた。


「ビックリさせようって言ったら、みんな悪乗りしてね、だいぶ大掛かりな物になっちゃった」


 そう言ってルシエラが笑いながら舌を出す。


「大掛かりって・・・花火とかあの仕掛けとか・・・よく見りゃ料理人までいるじゃないか・・・」


 ロンが半分呆れた様にそう言う。

 その言葉通り、このパーティーは誕生日を祝うものとしては少々大掛かりで、専門のスタッフまで動員されている。


「この館も、本来肝試し用なんだけど、それが転じて”サプライズパーティ”のサービスをやってたのを見つけたの。

 その辺はベスがやってくれました」


 するとルシエラがそう言って、ベスティの背中を押して前に押し出した。

 だが押し出されたベスティは気恥ずかしそうな表情を浮かべている。


「ベス、本当にありがとう!」


 するとモニカがそう言って、ベスティに抱きついた。


「あ、ええっと、モニカ姉様?」


 突然の出来事に驚いたベスティが、顔を赤らめながらオロオロとし始める。


「ありがとう・・・ほんとにありがとう・・・わたし、どうやってお返ししたら良いか、わかんないくらいうれしい」


 だが抱きついた方のモニカは、もっと感情を高ぶらせていた。

 そしてその様子を、周囲の者たちが温かい目で見つめている。

 吾輩としても作戦に関わった以上、喜んでもらうのは、中々に羽の付け根が痒くなる事であった。


「フフフ・・・だったらモニカ、私達の誕生日に頑張って驚かせて」


 するとルシエラがモニカにそう語る。


「ルシエラとベスっていつだっけ?」

「ベスは12の月23日、私は2の月の4日よ」


 ルシエラがそう言うとモニカの顔が僅かに真剣なものになった。

 これはベスティの誕生日には期待しても良いかもしれない。


 だがその前に、この分野における”圧倒的戦力差”を見せつけ無くてはならない。


 吾輩はその”最終兵器”の存在を思い出させるために、ベスティの髪を僅かに引っ張った。


「ん? え? なにサティ?」


 おいおい、忘れてしまったのか?

 吾輩はそんな気持ちをこめながら、羽で会場の一角を指し示した。


 そこは本職の料理人達が忙しなく動き回る屋外調理スペースだ。

 彼等もベスティが雇った者たちだが、本題はそこではない。


 その前に不自然に置かれた巨大な”あの”ケースだ。

 そしてその存在を思い出したベスティが、素っ頓狂な声を上げた。


「ああ! あれが残ってた!」

「あれ?」


 まったく、”これ”が手に入ったから大々的にやろうなんて思ったというのに。


「なに?」

「モニカ姉さま、あれが私とルシエラ姉さまが用意した”プレゼント”です」


 ベスティが自信満々にそう言うと、モニカの手を引いてそこに向かって歩いていった。

 

「なに? なに? おしえてよ」

「それは見てのお楽しみです」


 そして、モニカとベスティの2人がそのケースの前までやってくると、周囲の者たちがにわかにざわめき初めた。

 皆、このあからさまに置かれた巨大なケースに興味津々だったようだ。


「それじゃ開けますよ」


 ベスティがそう言うと、ケースの端に歩いていき、その反対側にルシエラが向かった。

 ケースの大きさが大きさだけに、開けるのも2人がかりなのだ。

 そしてその中央で、モニカが興味深そうにケースを見つめている。

 クック・・・腰を抜かすがいい。


「「せーの!」」


 両端の二人のその掛け声で、ケースの蓋がガコッと音を立てて持ち上げられ、チェックの時と同様、中から冷気が漏れ出した。


「おおおおぉぉ・・・・・・?」


 だが、その中身を見て一瞬起こりかけた歓声が中断される。

 そしてその参加者の顔に、段々と”?”が浮かび始めた。


「なに・・・これ、なに?」

「肉?」


 ”それ”を見た者たちが口々にその印象を語っていく。

 そしてその言葉通り、それはケースいっぱいに敷き詰められた、大量の謎の肉だった。

 ちなみに冷気はケースについてる冷却魔力回路によるものだ。

 

 だが、どんな凄いものがでてくるのかと思っていたら、量は多いもののただの肉が出てきたせいか、周囲の反応は微妙なものだった。

 それは仕方がない。

 吾輩だって同じ反応をするだろう。


 ただ、一人だけ全く異なる反応を見せるものがいる。

 その人物こと、この”プレゼント”のターゲットであるモニカだけは、その肉のケースの前で目を見開きながら固まっていた。


「ほ・・・本物?」


 モニカのその声は震えていた。


「なんのお肉?」


 いつの間にか近くにやってきたメリダが、興味深そうにケースに中を覗き込む。


「さ、さ、さ、サイク・・・」

「サイク?」


「サイカリウスっていう北国にいる幻の獣よ」


 ルシエラがその正体を答える。


「ルシエラ姉様は見たことがあるんですか?」

「本物はないよ、だから楽しみにしてたんだけど、これじゃねえ」


 ルシエラがそう言ってケースの中を見る。

 そこには既に加工された肉があるだけで、姿などはわからない。

 だが、一人だけ例外がいた。


「べ・・ベス・・・」

「ん?」

「ベスありがとおおぉお!!」

「うわあ!?」


 一人だけサイカリウスの実物を知っているモニカが、先程以上に勢いでベスティに抱きついたのだ。

 その全身から歓喜の感情がほとばしらせている。

 こんな加工された状態からでも認識できるとは、一体どれほど好きなんだ? と突っ込みたくなるが、どうやら予想通り”効果絶大”だったようだ。


「ちょっと! お金出したの私なんですけど」


 すると、今回のパーティの”資金源”であるルシエラが、そう言って頬を膨らませた。


「あ、ごめんルシエラ・・・ありがとね」


 慌ててモニカがそう言うと、ルシエラの方に回り込んで抱きしめた。

 するとルシエラもすぐに機嫌を直して、満足げな笑みを浮かべる。

 本気で怒ったわけではないようだ。


 そんな風に”微笑ましい”姉妹の交流を眺めていると、吾輩も中々満更でない感情に包まれた。

 だが、その時だった。



「それじゃあ、お披露目も済んだのでコイツを焼き始めようか」


 料理人がそう言って、サイカリウスの肉に群がり始めたのだ。


「まって!!!」


 そのあまりにも巨大なその声が広場を裂いて、そこにいた全員が声のした方向に振り向く。

 するとそこには肉の入ったケースと料理人の間に割って入り、凄まじい形相で料理人を睨みつけるモニカの姿があった。


「誰も触らないで・・・・・・・       」


 そう言ったモニカの顔は、神すら怒鳴り飛ばせそうなほど真剣だった。





 それから、日が落ち、夜が更けるまでモニカの”誕生日パーティ”は続いていった。

 参加者たちは思い思いに飲んで食べ、どんちゃん騒ぎに興じる。

 そして主催者である吾輩の予想通り、その騒ぎを聞きつけた周囲の人間たちがさらに料理や酒を持ち込むことで、その環がどんどんと広がっていき、最後にはちょっとした祭りのようになっていった。


 ただ1つだけ予想外だったのは、主賓であるはずのモニカが、サイカリウスの肉を入れたオーブンの前に仁王立ちし、恐ろしいまでに真剣な様子で火加減を調整し続けていたことか。

 そこには一切の妥協がなく、本職の料理人たちも迂闊に声を掛けられないほどの迫力があった。


「あれでいいんですかね・・・・」


 ベスティが、心配そうにそう呟く。

 それを聞いた吾輩は、”心配ないよ”と伝えるためにベスティの耳を軽く噛んだ。


 あれはあれで心から幸せの顔だ。


「そうだね」


 ベスティはそう答えると、吾輩の背中を軽く撫でてくれ、吾輩は目を閉じてその気持ちよさに身を委ねた。


 こうして、ベスティの姉殿の、街に来て最初の誕生日パーティは大成功(?)のもとに終了し、参加した全員が笑顔のまま帰宅の途につくことが出来た。

 その道すがら、皆、思い思いに今日の宴のことを語っている。 


 なかでもモニカの焼いたサイカリウスの肉は、その中で最も多くの評判を呼んでいたことを追記して、今回の報告を終了しようと思う。


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