2-8【決意と選択 2:~複製品仲間~】

 半分ガブリエラだった。


 その言葉の衝撃は、その直前に”それ以上”の衝撃を受けていてもなお、なかなかに響く物だった。

 いや、むしろ現実逃避のために違った話題を求めていた為に、余計にショックだったかもしれない。


『あの時ばかりは本当に自分の動作を疑ったぞ』

『ビックリさせてごめんね』

『いや、それはいいんだが・・・今でもその”感想”は変わらないか?』

『うーん・・・半分ガブリエラだったは、やっぱり言いすぎだったかなって』

『ほう?』

『なんていうか・・・わたしは”わたし”なんだけど、ガブリエラの意識もあるっていうか』

『混ざってた訳だよな』

『うん』


 ”混ざってた”

 それは一見すると単純なようでいて、俺達の場合、そのバリエーションはかなり豊かだ。


『何度も聞くようで悪いが、【思考同調】ではないんだな?』


 俺がその可能性を指摘する。

 その我らが”問題児くん”は例のごとく今回の一件にガッツリ絡んでいるので、その辺の線引は難しい。


『思考同調って、全部まとめて一緒くたになっちゃう感じだったでしょ?』

『うん、まー・・・そんな感じだったな』


 俺は以前思考同調を発動してモニカの意識と混ざった時のことを、思い出す。

 あの感覚をどう説明していいのか言葉に苦しむが、確かにどこからが俺でどこからがモニカといった感じではなく、完全に1つの、ある意味で”別”の意思と言えた。


『でも、あの時はガブリエラの一部が”見える”だけで、間違いなく”わたし”だったと思う』

『見える・・・どういう感覚だ?』

『ロンより・・・少し手前で、少し曖昧な感じ』

『・・・・なるほど』


 俺で例えますか・・・・


『まあ、でも魔力的に繋がっていると考えるなら、俺と似たようなメカニズムと考えてもいいかもな』


 ずっと一緒にいる俺より”近い”というのが少々癪に障るが。


『で、という事は、”あの対処”はガブリエラに教えてもらったということでいいのか?』


 あれ? でもそれだと・・・


『それが、はっきり分からないの・・・ガブリエラも驚いてたし』

『そうだよな』


 ガブリエラは俺達の対処について知っていなかった。

 少なくとも俺たちにはそう見えたのだ。


『だけど、ガブリエラも知らないってことは、誰があの方法を考えたんだ?』


 胸に腕ぶっ刺して魔力を直に注入し、さらに【思考同調】を重ねがけなんて、それが可能であると知らなければ絶対しないだろう。

 だが、それについてはモニカはそれほど悩んではいなかった。


『考えたのはわたし・・・だけど、考えるのに使ったのはガブリエラが知ってた事だった・・・んだと思う』

『つまり、判断部分だけモニカで、知識はガブリエラ?』

『知識はわたしと半々』

『・・・・ややこしいな、つまり知識はモニカとガブリエラで共有してたんだな?』

『あと覚えてることも少し』

『記憶も少々と・・・ふむ』


 俺はその”材料”を頭の中に放り込むと、それをかき回して思考を重ねた。


『なにか分かった?』


 その様子を感じ取ったモニカが期待を込めた感情でそう聞いてきた。


『いや、そんな早くは考えつかないし・・・・』

『あ、ごめん・・・』


 うん、会話が簡単になったのは良いことだが、距離が近すぎて”やりとり”の全てがインスタントに進むような錯覚を感じてしまう。

 これもそのうち慣れるのかな。


『だが、1つ。 ”仮説”というかなんというか、”こういう理屈で動いてたんじゃないか”ってのを思いついたぞ』

『ほんとに?』


 モニカが少し不審げにそう聞いた。

 

『だが、これを説明するには・・・少し問題があってな・・・』

『問題?』

『あの・・・ほら・・・モニカが言ってただろ? その・・・”どこか”に行ったって話』

『ああ・・・』


 俺が出したくないものを絞り出すような歯切れの悪い言葉でそう言うと、モニカも思い出したくないものを無理矢理思い出すかのような相槌を返してきた。

 やはり、まだ”アレ”の衝撃はお互いに強烈に残っているようだ。


 あの日、モニカがしてくれたその”話”。

 見知らぬ聞き覚えのある世界で、彼女がした”経験”。


 その話を聞いたとき、俺は不思議な事にショックは受けたものの、案外すんなり受け入れる事ができた。

 ・・・いや、ごめん。

 めっちゃ混乱した。

 あんなに混乱してもスキルの動作に影響がないと驚いたくらい混乱した。


 だがその程度。

 それを知ったからといって俺の人格が崩壊したり、モニカの体から引きず出されたり、新たな力に目覚めるような事はなかった。


『大丈夫? 話してから半日くらい、呂律回ってなくて、調整もできなくなってたけど』


 ・・・意外と豪快に混乱してたんだな・・・


『も、もう大丈夫だ・・・と思う』


 俺は自分に言い聞かせるようにそう言うが、完全に言い切ってしまえないのが小心者の悲しいところ。


『えっと、とにかく、その・・・モニカが見たっていうその”不思議な世界”』

『うん』


 当たり前のように魔力が使えず、非力な人間が大量に住み、高度に発展した機械が縦横無尽に走り回るその”異世界”。


『それな・・・たぶん・・・”俺の記憶”だ』

『・・・・・』


 俺の言葉にモニカがじっと窓を睨むように見つめる。

 それくらい重い言葉だった。


 だが同時に、俺はその可能性をモニカにぶち撒けた開放感に包まれた。

 

『少なくとも、俺の”領分”の中の記憶だと思う』


 俺がそう言うとモニカが暫く黙り込んで考えを巡らせた。

 その間、頭の中に静寂が訪れる。

 たったそれだけのことなのに、連絡船の中の生徒たちの声がやけに大きく感じた。


『ロンは・・・同じの・・・を見た事があるの?』

『いや、ない。 だが、そう思うだけの材料はある』

『材料?』

『まず、モニカの話に出てきた街の名前、それは俺の”知識”の中にあるものだ』

『シンジュウク?』

『”新宿”だ、それにモニカが乗ったっていう大きな馬車の行き先の”京都”や”大阪”にも心当たりがある』

『・・・・』

『それに、その記憶を前に見たっていう、あの初めて【思考同調】が起動した時・・・俺はモニカの”記憶”を見ていたんだ』


 俺がその事実を告げるとモニカがゴクリと生唾を飲み込んだ。

 ”あの日”・・・・初めて俺達が”他人リコ”に出会ったその夜。

 夢に見た”あの光景”は、モニカの過去の記憶だった。


『となればあの時、混ざってた中でモニカが俺の記憶を夢に見たとは考えられないか?』


 俺がモニカの記憶を見たのだから、同時にモニカが俺の記憶を見ていたとしても不思議じゃない。

 だがモニカはすぐに反論した。


『でもロンはずっとわたしの中にいたんじゃないの? 覚えてる訳でもないんでしょ?』

『だが、俺のこの”人格”は・・・誰かに植えられたかもしれないんだ』


 俺は努めてそう思わないようにしてきた、その”可能性”をモニカに伝えた。


『植える?』

『俺の中にはモニカの見た”謎の世界の知識”がある、これは誰か別の人格を移してきて、そこから記憶だけ抜き取っただけとは思わないか?』

『じゃあ、ロンはあの人の”複製品”ってこと?』

『記憶抜きのな。 だがモニカに見えた以上、ロックが掛かっているだけで記憶自体はあるのかもしれないが・・・ だが今重要なのはそこじゃない』

『?』

『その記憶の中で、その男はモニカの”声”に反応したんだな?』

『う、うん・・・』


 モニカはそう答えると、露骨に暗い顔をした。

 漂っている感情は”後悔”と”罪悪感”。

 自分が声をかけたことで、その男が死地に赴いたと思い、その責任を感じているのだろう。

 それは同時に、ここ最近のモニカがどこか上の空なのの原因と思われた。

 だからこそ俺は自分の考えをモニカに伝え

る。


『モニカはそれが自分のせいだと思うのか?』

『・・・うん』

『俺はそうは思わないな』

「『・・・え?』」


 その声はモニカの口と思念の両方から漏れた。

 そのエコーのかかった響きがちょっとアラン先生っぽくて面白い。


『どんなやつであれ、過去に干渉できたとは思えない。 ガブリエラの話にしても、モニカが対処法を”何故か”知っていて、それを得た過程を都合良く忘れるなんておかしいだろ?』

『じゃあなんで』

『あまりにも強い”思い”のせいで、自分の物だとモニカが勘違いしたんだ』

『勘違い・・・』

『身に覚え・・・あるだろ?』


 それは別に、何か特別な”イベント”があった訳ではない。

 だが俺は何度もモニカから流れてくる”感情”に、それがどちらの物か判然としない感覚を感じてきた。

 そしてモニカも、俺の感情に引っ張られているような、そんな行動を取ることがある。


 モニカが無言で何かを思い出すように、物思いに耽る。

 そしてその表情と感情こそが、俺の指摘を静かに肯定していた。


『・・・でも、だったら、ガブリエラが知らないのはなんで?』

『モニカが言ったじゃないか、”わたしが決めた”って。 ガブリエラが持っていたのは、”自分がこうできたらいいのに”っていう”知識”だけだ。 だからすぐに俺達に合わせられた』

『知識だけ・・・』

『”思い”だけと言ってもいい。 【思考同調】が可能なほど強力な”繋がり”だったんだ、自分が曖昧になるくらいあり得るだろう。 ましてや・・・あの時は』

『ん? 何かあったの?』


 俺はあの時のログの中から、問題の箇所を取り出して眺める。

 そこには結構衝撃的な内容が書かれていた。


『あの時に発動したのは、【思考同調Lv7・・・】っていうスキルだ』

『・・・なな?』

『ああ』

『・・・高くない? 4とかだったよね?』

『今は”5”だな。 モニカと頭で話せるようになって少し上がったらしい』

『それでもおかしくない?』

『ああ、おかしい。 だが【思考同調】は対象間の”繋がり”の密度がレベルになっているんだと思う。

 つまりあの時のガブリエラとの繋がりはそれくらい密だったという事だ。 これならモニカが自分を勘違いしてもおかしくはない。

 それに、あの複雑な同調のさせ方は、高レベルスキルだからこそだろう』


 俺はそう言いながらログを睨む。

 そこには俺達が現在持っている【思考同調Lv5】よりも遥かに複雑な”力”の組み合わせが動いた痕跡が残されていた。


『じゃあ、”あの世界”も、その”繋がり”がわたしに見せたものなの?』

『前に見たときはもっとぼやけてたんだろ?』

『うん』

『前と今回、見たときの状況からして、【思考同調】自体がその記憶の”ロック”のキーなのかもしれない、5か7かはわからないが』

『ってことは、もっとレベルが上がれば・・・』

『もっと見れるかもしれない。 だが見れるようになるだけで、実際に見れるかは定かではないし、見たからといって得るものがあるかどうか。

 それに今でも何が自分かあやふやになったんだ、そこまで繋がれば、スキルを発動しなくても自我を失うかもしれない』

『う、うん・・・それは怖いね』


 今の自分が俺かモニカか、それが分からなくなれば、いよいよ頭が保たなくなるだろう。

 そうなればもはや精神分離者だ。 

 モニカもその”状態”を想像したのか、僅かに感情が薄ら寒い。


 だがそれも、すぐに別の感情が盛り上がってくることで消えた。

 そして、それは意外にも随分と軽い感情だ。


『ん? どうしたモニカ?』

『え?』

『いや、なんか吹っ切れたような感情が流れてきたもんで・・・』


 俺の声にモニカが驚いた感情を発し、続いて気恥ずかしい様な感情が流れた。


『吹っ切れたというか・・・”お揃い”なんだなぁって』

『お揃い?』


『複製品』


『あー・・・ああ』


 俺が”気づき”と”納得”と、わずかばかりのバツの悪さを含んだ、そんな”なんとも言えない”声を漏らした。

 そういえばモニカに、”その事”を教えたんだっけ。


『私もロンも、誰かの”複製品”なんだなって・・・そう思ったら、なんかウジウジ悩んでるのが馬鹿らしくなって』


 そう言いながら、モニカが朗らかに笑う。

 そんな顔されると、なんだか”複製品”である事の可能性を無意識に意識から捨てようとしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 その時俺はふと、以前ルシエラにこの事を相談したときのことを思い出す。


 ”そんな些細なこと”・・・だったか。


 こんなに近くに同じ問題を抱える仲間がいるのなら、確かに些細かもしれない。

 そう思うと俺の心も何故か、前より軽くなったような気がした。


『ありがとな、モニ・・・』

『ねえ、ロン』


 その時、俺の感謝の言葉が突然モニカの声によって打ち切られ、思わず頭の中でつんのめる様な感覚を覚える。


『あ・・・うん? どうした?』


 俺が努めて冷静を装ってそう言うが、モニカはそんな俺などお構いなしに窓の方に近づいた。

 既にモニカの興味は別の物に移っている。

 島が近づいてきたのか?

 だがそれは、他の生徒達が群がる前方ではなかった。


『あれ・・・』


 モニカがそう言いながら窓の一点を見つめ指を指す。

 そこには小さな黒ずみのような物体が空中に浮かんでいた。


『浮島の1つだろうな、ええっと・・・”アンタルク島”っていうらしい。 アントラムみたいな名前だな・・・』


 俺がなんとかその情報を引っ張り出し、動揺を隠すためについでに軽口を言ってみるが、モニカはそれに反応しない。


『拡大できる?』

『ほいっと』


 【望遠視】オンっと。


 すると、砂粒のようなサイズの浮島が視界いっぱいに拡大され、頂部が平になった巨大な岩の塊とそこに建つ不気味な建造物が目に入ってきた。


『何だあれ? まるで動物の死骸・・・・・みたいだな・・・』


 俺がその建物の率直な感想を述べる。

 ドス黒い柱や梁が骨のように付き出したその構造は、かろうじて聖堂のように見えなくもない。

 あんな気味の悪い聖堂があるのかという話だが・・・


 その時俺は、モニカから流れてくる不穏な驚きに気がついた。


『ん? 大丈夫かモニカ?』

『やっぱり・・・』

『やっぱり?』


 モニカの呟きを俺が聞き返す。

 するとモニカがゴクリと唾を飲み込んだ。



『あの黒い建物・・・・”夢”でみたやつだ』




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 ユレシア島に向かう連絡船の中でモニカが窓に近づいたとき、モニカに抱きついていたアリシア以外の殆どの生徒は近づいてくる巨大な浮島の姿に興奮して、そんなモニカの様子など気にしていない。


 だが何事にも例外があるように、ルーベンだけはその様子をじっと観察してた。


 彼は、視線こそモニカに向けなかったものの、その”注意”は今朝からずっとモニカの姿を追いかけている。

 空間を捻じ曲げるスキルを持つルーベンにしてみれば、別の方向を向いたままじっと見続けることなどそう難しくはない。

 注意散漫になるし、よく見れば相手にバレるおそれもあるので普段は使っていないが、モニカの様子を見る限りは”観察”がバレてはいないだろう。


 ここ数日、ずっとモニカは何かを憂うように物思いにふけっていた。

 授業中もいつものような積極性が見られずに、友人の声かけにも何処か反応が薄い。

 だがそんなモニカがここに来て大きな反応を見せたのだ。


 ルーベンは【空間操作】と【視力強化】のスキルを器用に組み合わせながら、モニカが一体何にそんな反応を見せたのか目で追った。

 普通に考えるなら魔道具関連だろう。

 ここ数日何処か上の空ではあったが、この船に使われている魔力回路などの”魔道具系”には視線を奪われてた。

 最近いよいよ”ゴーレム使い”の領域に足を突っ込み始めていただけに、そのあたりはもはや”本能的”に反応するのだろう。


 だがモニカが見ていたのは魔道具ではなかった。


 ”・・・浮島?”


 取り敢えずルーベンはその島のことについて思い出してみることにした。

 えっと、たしか・・・・


 ”アンタルク島”


 ルーベンは”検索スキル”の弾き出した答えに頭を撚る。

 自力で空を飛べるルーベンは休みのときにいくつかの浮島に行ったことがある。

 だがあの島はその中でもかなり”なにもない”。

 一応、アクリラでも有数の古い宗教施設があるのだが、いかんせんあまりにも古すぎてその宗教についての資料も少なく、また見ていて面白いものではない。

 様々な施設があるユレシア島ならいざしらず、あの様な小さな浮島にモニカが関心を持つようなものはないはずだ。


 ”いや・・・思い出せ”


 ルーベンはその考えを脇に追いやる。

 自分がいったい、モニカの何を知っているというのか?

 なぜか同級生の中で最もモニカのことを見ているという自負があるが、それは彼女がいつもルーベンの隣に座るからだ。

 最初はそれがなぜか分からなかったが、数ヶ月も一緒にいればそれが”好意”でも何でもなくモニカが”手本としたい存在”として、1位であるルーベンが都合がいいだけの話であることは理解できた。

 彼女はその”見た目”や”言動”に反して、己の向上に対してかなり貪欲だ。

 それこそルーベンの貼っている”無言の結界ぼっちバリア”など、まったく意にも介さないほどに。

 そもそものイメージからして”野性的”な筈の彼女が、ゴーレムなんて複雑高度の極みのような分野を志している時点で、ルーベンの中の”モニカ”は不正確極まりない。

 

 だからこそ、ルーベンはモニカのことを”ちゃんと見よう”と思ったのだ。




 あの日・・・・2週間前のあの日、自分が受けた”衝撃”の正体を知るために。




 2週間前、ガブリエラ様が”数年ぶりのレベル”で体調を崩された時・・・



 ルーベンは避難先のマグヌス母国の駐屯地で意外な人物と出会っていた。


「ファビオ様?」


 ルーベンは自分にかけられたその声の主に驚く。

 その特徴的な茶髪と擦り切れたように覇気のない顔は、間違いなく自分の従兄弟であり”本家”の次男のものだった。

 そして彼はその”才能の無さ”故にルブルム王都を出たことは数えるくらいしかない筈だ。


「なぜここに?」


 不審に思ったルーベンはそう問いかける。

 過去の経験から、根は善人であることは知っているので、ルーベンは別に他の兄弟のように嫌っていたりはしないが、ファビオ従兄弟という男はこの街でもっとも似つかわしくない・・・・・・・・


「ちょっと”仕事”で来ていてね、暫くここに泊まってるんだ」

「それじゃもっと早く知らせてくれれば、ご挨拶に伺ったのに・・・」

「あ、いや、わたしの”許可”だと、この駐屯地の近くしかいけなくてね。 そんな状態だから”優秀な君”の貴重な時間を奪うわけにはいかないと思ってね」


 ファビオはそう言って肩を竦める。

 相変わらず、ルーベンとファビオの”関係”は奇妙なものだった。

 お互いに気を使う相手というのが的確だろうか?

 ファビオを本家の目上として扱うルーベンと、ルーベンを”家の期待の星”として扱うファビオ。

 上っ面だけのものとはいえ付き合いやすい関係とはいい難い。


「それにしても・・・すごい騒ぎだな」


 ファビオがそう言って周囲を見渡す。

 その言葉通り、駐屯地の広い敷地には沢山の生徒達が所狭しと避難してきており、その向こうには怪しく黄色く光る貴族院のある山が見えている。

 こんな光景はルブルムでは久しく見れないだろう。

 ただ、”すごい騒ぎ”と表現するには少し語弊がある。


「ですが、この程度なら年に数回ありますよ・・・それに、もう”終わった”みたいなので・・・」


 ルーベンがそういう様に、避難している生徒達の表情はそれ程深刻なものではなく、山の光も先程よりかなり収まっている。

 唐突故に興奮してはいるが、特に上級生の振る舞いなどは完全に慣れたものだった。


「そうなのか・・・すごい話だ」


 ファビオがそう言いながら気圧されるようにまだ光の残る山肌を、遠い目で見つめていた。

 だがルーベンはその視線に何故か籠もっていた”意味”が気になった。


「・・・ですが、こうして避難するだけなので、大した話ではありません。 ガブリエラ様の方も専門家部隊が付いているので、いつもそのうち収まりますし」


 良くも悪くも”雲の上”の話。

 ルーベンのレベルですら関係性は薄い。

 だが、ファビオの表情はそうではなかった。


「ルーベン・・・少し話したい事があるんだが・・・いいか?」


 そして徐にそんな事を聞いてくる。


「ええ・・・いいですけど、兄を呼んできましょうか?」

「いや、それには及ばない。 それに君の方が詳しそうだし・・・」


 ファビオはそう言いながら、居心地が悪そうに手をまごつかせ、ルーベンはそんな様子が気になった。


「分かりました。 少し待ってください、先生に外出を連絡しますので」





 駐屯地の少し奥に入って行くと、先程までの喧騒が嘘のように静かになった。

 詰めてる兵士たちも普段からノホホンとしているし、今は避難してきた生徒の管理に忙しい。

 ここにやってくる者は少ないだろう。


「この辺までくれば、人が来ることはないだろう」


 ファビオがルーベンにそう言うと、こちらに向き直る。

 するとルーベンは自分のスキルを使って魔法を組み上げ展開した。

 ファビオの顔に驚きが走る。


「即席ですが”防音”の魔法を展開しました、誰かに聞かれたくないようなので」


 ルーベンがなんでもないようにそう言う。


「いりませんでしたか?」

「あ、いや、驚いただけだ。 ありがとう」


 ファビオはそう言うなり、少し居心地が悪そうに手を服に当てて動かした。


「いやはや、流石、噂に聞くルーベンという訳か・・・」

「いえ、これくらい、大したものではないですよ」


 ルーベンがそう言うと、ファビオは暫し考え込んだあと少し遠い目をした。

 その様子に、ルーベンはアクリラ以外では”この程度”の魔法でも驚かれるという”常識”を思い出す。

 だが、すぐにファビオはため息を1つ付くと、真面目な表情を取り繕って話し始めた。


「あ、そうだ・・・こうもしてられんな、君に聞きたいことがあるんだ」


 そして真面目な顔でそう話す。


「聞きたいこと・・・ですか?」


 なんだろうか?

 ルーベンは、この従兄弟が自分に何を聞きたいのか想像が付かなかった。

 魔法関連であれば、教えても理解できないだろうし、それくらいファビオも弁えているだろう。

 となると家族絡みか。

 だが彼の口から漏れ出たのは意外な物だった。


「君の同級生に・・・”モニカ・シリバ”という生徒がいるよね?」


 その瞬間、ルーベンの頭が一瞬、完全に停止した。

 なんでその名前がこの男の口から・・・


「モニカ・・・はい、います」


 だが、ルーベンはすぐに思考を取り戻すと、そう答える。

 このタイミングでモニカについて親戚から話が出るとすれば1つしかない。


「あまり関わるなと言われていたのに、喧嘩して負けた事については僕も悪いと思っています。 ですが関わるなというのは学校の都合もあるので僕には・・・」


 とすぐに心にもない”言い訳”を絞り出して答える。

 予想通りならこれで良いはずだ。


 だが、ファビオの続けて出たことは予想外の物だった。


「・・・? ・・・ああ、そうだったな・・・」


 ファビオの口から、まるで”その事”を完全に失念していた様なそんな言葉が漏れたのだ。


「え?」


 虚を突かれたルーベンが思わずそう漏らす。

 ”そのこと”でないのなら、一体何の話だ。


「ルーベン、今日君に声をかけたのは・・・”そのこと”についてじゃないんだ・・・」

「ではなんですか?」

「君の目に、その、モニカという子はどういう風に映る?」

「どういう風に?」


 ルーベンが唐突にファビオが聞いてきたその言葉に不審な表情を作る。


「どういう性格か、どんな物が好きか、友人はいるのか、何が出来るのか。 喧嘩したくらい近くにいたルーベンの目で見て、どう感じたか教えてほしい」


 どう感じたか・・・?


「えっと・・・モニカは少し短絡的で田舎者のように無知なところがありますが、好奇心旺盛で、授業でも先生の話をよく聞いて質問しています」

「うん」


 ルーベンの説明にファビオが頷く。


「それから、魔道具、特にゴーレムに興味があるようで、よく資料を読んでます。 あと課外でもゴーレム研究所に、 意外かもしれませんが、ああ見えて道具の扱いは丁寧なんですよ」

「うん」

「友人も・・・多くはないですが、強い生徒ですからね、彼女を慕う生徒は多いです。 それでも最初の頃は独りでいることが多かったんですが、最近はよく友人と話をしています。 あ、彼女の1番の友人って”エクセレクタ”なんですよ」

「あの・・・虫の?」


 そのルーベンの情報にファビオが”信じられない”といった表情を作る。

 まあ、その反応は無理もない。


「はい。 王都ではあまり見かけないですけど、この街には普通にいるんです」

「普通に話してるのか?」

「はい。 意外かもしれないですけど、彼女、種族とかあまり気にしないようで、その子が虐められた時、本気で怒ってました」


 ルーベンはその時のことを思い出すと、僅かに身を震わせる。

 あの時はモニカと戦える喜びに麻痺していたが、今になって思えば酷いことをしたと思うし、無謀なことをしたとも思う。

 そしてその様子を見たファビオが何かを察したような表情を作った。


「さしずめ、その子を虐めてモニカと喧嘩したのか?」

「僕が虐めたわけじゃないんですけどね、でも酷いことをした」


 ルーベンがそう言うと、ファビオは2,3度頷くように頭を動かす。


「それで、その時のモニカはどうだった?」

「”魔獣”の様でした。 いや、もっと得体の知れないものかもしれない」


 ルーベンは”あの時”のことを思い出す。

 あの凄まじい気迫はただの人間に出せるものではない。


「怖かったか?」


 ファビオが確認するようにそう聞いてきた。

 だがそれに対する答えは否定だ。


「いえ、怖くはありませんでした。 いやむしろ・・・・」


 その時、ルーベンは自分から出かかった言葉に驚く。

 まさか・・・どうかしてる。

 あの時感じた震えるような感情を表す言葉が”美しい”だなんて。


「・・・それで、その時のモニカは、どれくらい強かったんだ?」


 徐に、まるで無理して話を進めるかのようにファビオが質問を僅かに変更する。

 だがそれを聞いたルーベンは、思わずファビオの顔を値踏みするように覗き込んで首を捻った。


「言葉で説明して伝わるか・・・あ、すいません・・・」


 自分のした”失礼”に気づいたルーベンは慌てて頭を下げる。

 だがそれを見たファビオはさらに慌てた。


「あ! いや、馬鹿な質問をしたのはわたしの方だ。 すまない。 私のような”無能”に理解できるものではないのに」

「そういう意味では・・・」

「君に悪気がなくても、理解できないのは事実だ。 この話題はここまでにしよう」


 ファビオがそう言って苦笑いを浮かべながら、落ち着くように手を動かす。


「・・・それで、その子と喧嘩して・・・なにか思ったか?」

「と、いいますと?」

「その子は・・・人と・・・いや”弱い者”と付き合える人物か」


 そう言いながらファビオは表情に浮かぶ苦さを濃くする。

 どうやらモニカがその力を振り回して全てを喰らうような・・・そう、例えば”ルキアーノ・シルベストリ”先輩のような人物ではないかと恐れているのだ。

 それはモニカを一見したり、その力の強さを見れば誰だって気になる事。

 だが、それは杞憂だ。


「モニカはしっかりとした女の子です。 強さだけじゃない、その”人”をちゃんと見て、ちゃんと接する様に努力できる子です」


 ルーベンはその言葉を自信を持って言い切った。

 するとファビオが大きく驚きの表情を作る。

 まるでそんな人物だとは思っていなかったかのようだ。

 そして従兄弟にそんな様子を見たルーベンは、畳み掛けるように補足した。


「もちろん、若干横着なところや、強くなることに引くくらい貪欲なところもありますが、少なくとも弱者に力を振り回すようなことは、絶対ないと言っていいと思います」


 それは”衝動”だった。

 ルーベン自身、自分がモニカをそんな風に思っていたとは思わなかったくらいだ。

 だが言葉にし始めれば、まるで抑えていたものが噴き出すように出てきた。


 そしてその熱を受けたファビオは暫しの間難しい顔をした後、諦めたように息を一つ吐きだす。


「はぁ・・・わかった。 君がそこまでそう言うのなら、そうなのだろう」


 その言葉を聞いたルーベンの中に僅かな喜びが広がる。

 あの理解されにくそうな少女のイメージを、少しでも改善できたのなら話した甲斐があったというもの。



 だがその”甲斐”は・・・思わぬ形で裏切られることになる。


「ああ、それにしても・・・良かった。 少し安心したよ。 それならあの子と”結婚”しても、それなりにやっていけそうだ」


 ファビオは心底安心したような声でそう言った。


「・・・え?」


 ルーベンの中に今のファビオの言葉が何度も反響する。

 だが、その”後半の言葉”は何度経ってもルーベンの中に入ってくることはなかった。


「け・・・結婚・・・ですか?」


 ようやく、僅かに残った理性が頭の中に浮遊した言葉の欠片を引っ掴んで、とりあえずの返答をでっち上げる。

 だがそれに対して返ってきたのは、さらにルーベンの衝撃を加速させる物だった。


「まだ正式ではないけどね、本来なら黙ってなくちゃならないんだが、親族である君にも迷惑がかかるかもしれないから、今の内に言っておこうと思って」


 ファビオはそう言って苦笑いを浮かべながら片目を瞑る。

 だが、そこに”悪意”はまったくなかった。


「え・・・でも、モニカは、”平民”で・・・」


 ルーベンはなんとか動いた頭を使って、縋るようにその”問題”を投げつけるのが精一杯だった。

 だがそれは、少し考えれば問題ではないというのがすぐに分かるもの。


「貴族でなくても、目覚ましい力を持った者であれば、結婚などで貴族入りをするのは珍しくない。 僕の父マルクスがそうだし、ウチはその辺は慣れている・・・・・し彼女のフォローの準備もある。 君を破ったんだ、それだけの力があれば誰も文句は言わない」


 その時、ルーベンはなぜ他の兄弟と違ってこの男ファビオに嫌悪感がないのか、初めて”理解”した。


 早い話が”眼中になかった”のだ。

 他の兄弟と違い、家の力に縋る・・のではなくそれを支える・・・立場のルーベンにしてみれば、本家の”無能”など気にするものではない。

 いつでも自分から捨てればそれでいい。

 ファビオは、ルーベンの憧れるものを”何も”持っていないのだから。


 そう思っていた。


「僕が・・・負けたから・・・ですか?」

「いや、そうじゃない。 もともと立場の微妙な子でね。 ルーベンに勝つとか関係なく我が家が”引き受ける”ということで、話が進んでいたんだ」

「じゃあ・・・・」

「?」


 その時、ルーベンは自分の中から溢れそうになる”吐き気”を必死に堪えた。

 ”我が家で引き受ける”のなら・・・・

 その”理由”が必要だというなら・・・・

 

 だがその”言葉”は出てこない。

 ルーベンの中の冷静な心が・・・モニカの”将来”を案じる心が・・・・


 ”本家”とは名ばかりの分家の嫡子でもない自分と・・・次期アオハ公爵の”弟”であるファビオを比較し・・・ 


 ”僕がモニカをもらう!!”


 という衝動に満ちた言葉を押し殺したのだ。


「・・・頑張ってください」


 ようやく出てきたのは、心にもないそんな言葉。


「ありがとう。 今日のことも含めて・・・」


 ファビオがどんな顔をしてそう言ったのか、ルーベンは記憶していなかった。


 ただ、”涙がもれないように”と念仏の様に頭の中で呟いていたのを覚えている。


 その日、ルーベンは自分が多くの者を遥かに凌ぐ将来有望な”強者”でも何でもなく、


 ただの無力で愚かな、何処にでもいる11歳の子供でしかないと胸に深く刻んだ。

 

 結局の所、”その言葉”を面と向かってファビオに言う”勇気”がなかったのだ。

 あの場で口にしてしまえば、それはもう取り返しの付かないことになる。

 愚かで世間知らずで、それでいて無邪気になりきれないルーベンは、その”覚悟”を用意することが出来なかった。



 それから2週間後の連絡船の中で、ルーベンはモニカに気付かれないようにじっとその様子を観察していた。

 その黒い瞳は、ガラス越しに外の様子を眺めている。

 だが、いよいよ船内が目の前に迫ってきたユレシア島に近づくと、そこでようやく脇にしがみついていた彼女の友人共々、船体の前の方に注意を向ける。


 その時、モニカの視線がルーベンに向き、思わずドキリと心臓が高鳴る。

 だがその視線はルーベンのところで止まることはなく、そのまま前方に見えてきた”浮島”に吸い込まれた。


 前までは、そんなこと気にもとめなかったのに、今では僅かに胸が痛いのはなぜだろうか。


 だがルーベンは尚も、モニカの観察を止めることはなかった。


 ”あの日”・・・・


 従兄弟ファビオに言えなかった、”あの言葉”のその本当の意味をちゃんと理解するために・・・・

 

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