2-7【2つの王 8:~モニカとガブリエラ~】
『え!? どういうこと!?』
モニカの言葉に尚もその意図を図りきれない俺が、そう聞き返す。
『ガブリエラの”課題”で作った水槽、あの”壁”を作る』
モニカはそう言うと、体の中の魔力を絞り出して前方向に展開し始めた。
そしてそれは驚いたことにその魔力は・・・・この金色の魔力の空間の中を、殆ど無抵抗に進んでいったのだ。
『おいおい冗談だろ?』
俺達がどれだけ頑張っても通り抜けられなかったその空間を、モニカの魔力が難なく通過していくその光景は不思議以外の何物でもなかった。
すぐに目の前に”黒い板”のような物体が出現し、それがガブリエラの方に向かってスウッと伸びていく。
その”切っ先”は金色の光に遮られて見えないが、俺の魔力調整システムに上がってくる情報を精査する限り、問題なく進めているようだ。
もちろん”種も仕掛け”もある。
「馴染め・・・馴染め・・・馴染め・・・」
モニカがまるで念仏のようにそう唱え、その”意図”が俺にも伝わってくる。
俺達の魔力が問題なくこの金色の魔力の中を進めているのは、なんでか知らないが既に馴染んでいる黒の魔力同様、”馴染ませている”からだ。
ガブリエラに教えてもらった”大魔力”の使い方は、その振る舞いを”押し付ける”ことに終始していた。
つまり今回であれば、俺達の魔力を
その結果、他の黒い”不純物”と同様、この金色の魔力の海の中で俺達の魔力は異物ではなく構成物として迎えられ、問題なくその中を突き進んでいた。
そして、
『・・・来た!』
感覚の中に、魔力の”先端”が
それは弱々しくはあるものの、確実にガブリエラとの間に通った”道”だ。
次はどうするか?
簡単なこと、通れるようになるまで広げるだけだ。
『いくよ! 調整お願い!』
『了解! 一気に通せ、じゃないとたぶん押し負ける』
その言葉を合図に、俺達の中にこれまでとは比較にならないほどの強大な魔力が集中する。
今日はじめて上手く行ったことではあるが、そこに不安はない。
そしてその魔力が、俺達とガブリエラを繋ぐ”道”を一斉に駆け抜けたかと思うと、その道の形が大きく広がった。
それはさながら、空間を左右に分割する黒の巨大な”壁”だ。
そしてそこにモニカがさらなる魔力を追加する。
『一気に広げるよ!』
『よっしゃぁ、こい!』
「3! 2! 1! 今!」
その掛け声と同時に、一気に壁が横に広がった。
すると魔力が変形して押し出される、”ムニャリ”と表するしかないような独特な”轟音”が周囲に響き渡ったり。
気がつけば一瞬にして、そこには僅かながらも真っ黒な壁にしっかりと縁取られた、金色の魔力のまったくない晴れやかな空間が現れた。
俺が確認のために全ての感覚系スキルを発動する。
それによれば、”黒の壁”は確実に金色の魔力を分断することに成功しており、その壁の”魔力側”は金色の魔力を刺激しないように”馴染み”、反対に”空間側”の方はしっかりとその強度を確保している。
よく見れば、金色の魔力に混じる”黒い光”が、”黒の壁”に吸い寄せられるように集まっていた。
これが緩衝材の役目をしているのかもしれない。
そしてその先には・・・まるで金色の太陽のようなガブリエラと思われる光が見える。
もちろん実際にガブリエラまで道をつなげてしまうと、そこから魔力が漏れてしまうので繋げたのは手前までだが、彼女が放つ凄まじい光は黒の魔力の壁を貫通して見えたのだ。
『”通路”の幅は2m、目的地の近くは50cmくらいしかないな』
俺がとりあえず完成した道を批評する。
本当はもう少し幅を確保したかったが、これ以上は圧力が強すぎて不可能だった。
『でも通れる!』
そしてモニカがそう言うなり、俺達の魔力で出来た真っ黒な通路の中を走り始める。
強化装甲は必要だから維持するが、流石にこの繊細な魔力コントロール下で大量の魔力を使う”魔力ロケット”を使う余裕はない。
それでも”グラディエーター”の爆発的な身体強化によって、恐るべき速度で通路の中を駆け抜けると、それまでまったく近寄ることが出来なかったガブリエラまでの道のりが、あっという間に縮まっていく。
あと20mまで縮まった。
今度こそ、ガブリエラに近づける。
だがそう思ったのがいけなかったのか、運命の神様はまたも”そうは問屋が卸さない”とばかりに問題を投げつけた。
”ミシリ”
両サイドの壁からそんな音が聞こえたのと、心の中で”あ!? まずい!”と叫んだのはほぼ同時だった。
おそらく魔力の壁にわずかに含まれる感覚で、音と同時に壁がひしゃげるのを察知できたのだろう。
だがそれは次の瞬間、凄まじい勢いで圧壊した壁を両手でギリギリ受け止めるのを可能にしただけだ。
「くっ・・・」
『うっわ!? 何だこの圧力!?』
さすがについ最近作れるようになったばかりの”魔力の壁”の強度では、ガブリエラの底なしの魔力の海を支えきることは出来なかったようだ。
万力に挟まれた気分というの想像できる方は少ないだろうが、ちょうどそんな感じだ。
幸いこの”魔力の壁”は物理的な特性を持っており、変形しただけで破れたりはしてない。 なので”グラディエーター”の超パワーであればなんとか潰されずにいた。
だがそれだけ。
「あとすこし!!」
モニカがそう叫びながら前を見る。
だが両手両足、さらにはとっさに俺が追加したフロウの腕まで壁を支えることに使われてしまい、前に進むことが出来ない。
『というか、このままだと一旦引くことすら出来ないぞ!?』
さらに状況は悪化を続け、そこら中から壁が圧力に負けて変形する”ガチャガチャ”という心臓に悪い音が鳴り響いていた。
そしてじわりと、俺達の両手が内側に動く。
このまま潰されてしまうのか。
いや、なんとかタイミングよく”魔力の壁”を消せれば、外側に弾かれるだけで済むかもしれない。
なら迷ってる暇はないか。
俺はそう考え、モニカの意志に反して”魔力の壁”の構造を操車しようと意識を伸ばす。
その時だった。
「アハハ・・・・これはこれは随分可愛らしい子が挟まってるじゃないか♪」
突如、後ろから気持ち悪いほどネットリとした声が掛けられ、同時に体にかかる圧力が一気に緩和される。
「!?」
モニカが後ろを振り向けば、そこにはドス黒い赤紫の魔力の靄のようなものに身を包み、ネバネバのグチョグチョの腕のようなものを全身からいくつも伸ばして”魔力の壁”を支える、気持ち悪い笑みを浮かべた高等部の上級生がいた。
「君、かわいいね♪ あとで”
え?
な!?
な!?
『な、何言ってんだ!? こいつ!?』
『待ってロン、この人助けてくれてる。 味方だよ』
その先輩の突然の狂言に焦った俺と、それを冷静に諌めるモニカ。
『て、てか、味方って言っても・・・』
「先輩! 抑えておけますか!?」
モニカが声を上げて問いかける。
「フヒヒ、ガブリエラの真似事か、でもこれなら魔力に触れても問題ないね、フヒヒ・・・」
「できますか!?」
モニカが強い口調で問う。
それに対してその謎の先輩は、意味深な笑みを作る。
「 ”無理!” だね」
?
「『え!?』」
その先輩の返答に俺たちが揃って驚きの声を上げる。
「君1人が”ここ”から抜け出せるくらいは抑えて置けると思うけど、それ以上はなー・・・」
その先輩がそう言うと頭を捻ってケラケラと笑った。
「フヒヒヒヒ・・・だから早く逃げて、どこかで僕と”
「すいません・・・まだ逃げ出せません」
モニカがそう言って視線を戻す。
「強情な子だね。 でもそんなとこもかわいいな、早くその鎧を脱がせたいよ♪ あ、そんなこと言ってたら・・・」
するともう限界に達していたのか、その先輩の周りの壁が一気に内側に動いた。
くそっ、この先輩かなり強そうな雰囲気なのに、この魔力の中じゃ型なしだ。
その後も謎の先輩が一気に使う魔力を増やして支えるが、一向に止まる気配がない。
感覚器のデータからして、もう既にルーベンの軽く10倍は強力な力で押し返しているはずなのに、妙な無力感すら漂っている。
というかもう既に俺たちの許容範囲は超えてしまっているので、この先輩が支えられなくなったら・・・・
そしてこのまま俺達は、この”妙ちくりん”な人物と一緒にペチャンコにされるのかと諦めかけた・・・・・その直後、
突如として黒い影が上空から稲妻のように駆け下り、これまで以上にしっかりとした力感でもって”魔力の壁”が支えられた。
「何をしてるんだ、君たちは・・・・」
その”影”の主が、そんな風に呆れと焦りの混じった声を出す。
それは鉄骨のように長くて頑丈な脚を持つ、巨大な蜘蛛の体を持った女性の姿だった。
「スリード先生!」
『ああ、いいところに』
その登場にモニカが名前を呼び、俺が思わず安堵の声を漏らす。
謎の上級生には悪いが、信頼度が段違いだ。
見た目は同じくらいグロくて変質者みたいだが、纏ってる空気と言動がぜんぜん違う。
なにより今求められる”パワー”という要素において、彼女以上の存在を俺は知らない。
そしてスリード先生は、俺達のその信頼に違わぬ力で以って魔力の壁を抑え込み、なんと元の幅すら超えて道を広げてくれたのだ。
だがその顔は彼女には珍しく真剣なもの。
「ルキアーノ! なんで君も逃げてない!?」
スリード先生が珍しく焦ったような厳しい声を謎の先輩に向ける。
あ、この先輩、ルキアーノっていうのか。
「アハハ、スリード先生いいところに、今日もお美しいお◯っいですね!」
この人、誰に対してもこんなんなのか・・・ちょっと”同級生”の事を思い出すな。
すると記憶の中のアデルが”心外な!”とツッコミを入れてきた。
「モニカ! 君がこんな事をするからには何か考えがあるのかい!?」
「はい!」
スリード先生の問いかけにモニカが力強く答える。
するとそれを見たスリード先生がニヤリと笑った。
「分かった、なら私が道を抑える! 二人共、私の下を出ちゃ駄目だぞ!」
そう言うなり俺たちの上空を巨大な蜘蛛の体が移動し、それに伴って広げられた部分が移動を始め、俺達はルキアーノ先輩と一緒にその下を置いてかれない様に追従した。
スリード先生の蜘蛛の体は流石魔獣というか、”魔力の壁”にかかるガブリエラの圧力を物ともせずに押し返している。
それも、どの脚も殆ど抵抗を感じない勢いで広げていて、それを見ながら俺はこの人には絶対力では勝てないなと改めて実感した。
ルキアーノ先輩も同様なようで、巨大蜘蛛がメリメリと音を立てて”壁”を広げながら進む様子を、ドン引きの表情で見つめていた。
「付いたよ」
それは本当にあっという間だった。
”魔力の壁”によって作られた道の行き止まり。
金色に光り輝くその場所にスリード先生が脚を潜らせて場所を確保すると、ちょうど俺達が滑り込める隙間が生まれる。
と、同時に背中に違和感が。
見ればスリード先生の、蜘蛛の体の口から糸が伸びそれが俺達の背中に張り付いていた。
「失敗しそうだったら、これで引っ張るから」
”命綱”という事だろう。
よく見れば、ルキアーノ先輩にも付いている。
いざとなれば、これを引っ張って魔力に飲まれる前に脱出するらしい。
「ありがとう、スリード先生」
モニカがその感謝を言葉を発すると、ガブリエラに向き直り、右手を突き出して構える。
『いくよロン!』
『何が来るかわかんないけど、取り合えず分かった!』
もうこうなりゃヤケだ。
俺の対応力で”出たとこ勝負”で突破してやる!
俺がそう気合を入れると、モニカが無意識の指示を飛ばし、それに従って右手の装甲を作り変える。
フロウや周囲の土や石を巻き込んだその右腕は、やがて2mほどの長さの槍の様な形状になった。
「ほう」
「おや・・・」
それを見たギャラリー2人が感心の籠もった声を上げ、モニカがこれから何をするか見つめていた。
そしてその中でモニカはその”一点”を見つめながら、集中力を高める。
次第に感覚が少なくなり、呼吸もゆっくりと規則的になっていく。
そして、もはや睡眠中と言っても通じそうなほど全てのバイタルが落ち着いた・・・その”刹那”
「ふん!」
その掛け声と同時に槍と化した右腕が超高速で突き出された。
当然、すぐに目の前の壁にぶち当たる。
だが【槍作成】で極限まで鋭さを増したその切っ先は、俺達の”魔力の壁”を突き抜けると、そのまま押し返される暇もなく一瞬で空間を突き抜けていく。
そして次に手に布と肉と脂肪を突き抜ける感触が返ってくると、神業的な反射神経でもってモニカが手を止めて体を固定した。
「通った!」
次の瞬間、槍が凄まじい圧力でひしゃげる。
だが俺たちの右腕の槍はモニカの狙い通り、壁1枚挟んだ先にいるガブリエラの胸骨の手前で止まっており、なんとかそこまで感覚が繋がっていた。
するとモニカは更にそこから魔力を伸ばし、ガブリエラの太陽表面のような生体魔力網に絡みつかせる。
俺の中に、想像もできない膨大な魔力の情報が流れ込んできた。
それは凄まじいまでの激流だ。
『はじめるよ』
その瞬間、俺はモニカが何を考えているのか理解した。
モニカが考えていた”切り札”・・・
それは本当に俺たちが持つ”最高格のスキル”だったのだ。
『【思考同調】 発動!』
その叫び声と同時に、俺の中に大量の警告音が鳴り響き、同時にあの独特の”自分が溶けていく”感覚が俺を襲った。
だが今回は前回ほど抗いがたい力ではない。
むしろハッキリと制御されたような不思議な感覚だった。
それもそのはず。
今回は”俺とモニカ”の同調ではない。
『・・・驚、あなたは!?』
『土足で失礼するよ、”先輩”』
”フランチェスカ”と”ウルスラ”の同調なのだ。
視界の中に急速に”己”の機能が増えていく。
それと同時に俺の機能の一部である”力”の自動調整機能が、ガブリエラの”中”に広がるのを感じた。
今の俺はモニカとガブリエラ、その2人の調整を一手に引き受けている事になっている。
だが俺が自分を見失う事はない。
なぜなら”フランチェスカ”の一部でしかない俺にとって、この”同調”で誕生した”人格”が俺の動ける”フィールド”であることに変わりがないからだ。
もちろん、それは”建前”みたいなものだけど、それ以外にも自我を保てる理由があった。
『モニカ、少しの間、我慢してろよ』
『うん』
モニカがそう答えながら俺の人格を引っ張る。
俺たちは更に【思考同調】を別の設定で発動していたのだ。
すなわち、”モニカ”と”フランチェスカ”の同調である。
だがそれは、あくまで俺の人格までガブリエラに引っ張り込まれない為の”命綱”。
完全に同調させず、ただ緩く魂を引っ張って固定している。
この2つの【思考同調】の絶妙な引っ張り合いが、俺の人格とこの状況を維持していた。
さらに、
『ガブリエラに意識があるのも本当みたいだな』
すぐに俺の中の違和感が減って、ガブリエラの情報が鮮明になる。
『さすがガブリエラ、すぐにモニカの”意図”を汲んでくれた』
正直、俺達が今のガブリエラなら、胸に槍が刺さって意識を乗っ取ろうとする力が働けば、ただ混乱するしかないだろう。
だがこの先輩は僅かな情報から即座に俺達の行動を理解し、それの”助け”になる行動を起こしてくれた。
すなわち”ウルスラ”との【思考同調】だ。
つまり今この場には、”モニカとフランチェスカ”、”フランチェスカとウルスラ”、”ウルスラとガブリエラ”の3つの【思考同調】が発動していた。
その3つのバランスにより、”フランチェスカ”と”ウルスラ”の2つの巨大なスキル群は、絡まり合いながらもしっかりと独立性を保ち、
2人の”主”によって引っ張られる事で、その間に宙ぶらりんの状態となった。
あとはその中を”俺”が飛び回り、その”
そして、さらに俺がカミルに教わった制御用の魔法陣を展開すると、予想通りモニカへのパスだけでガブリエラの”力”まで見ることができた。
まあどっちの”力”かまでは分からないのだが、普段見慣れた波形の中に明らかに毛色の違う波形が混ざっているので、きっとそれだろう。
あとはカミルに教わったとおり、1つづつ調整していくだけ。
思考加速を限界までかけて、さらにパッと見だけで直していくので、ずいぶん適当ではあるが、これはあくまで”応急処置”だ。
今は、とにかくガブリエラがコントロールを取り戻せるまででいい。
あとは彼女の専属調律師が何とかするだろう。
それから俺は一心不乱に調整を行った。
俺の”意識”もそうだし、俺の”無意識”もそうだ。
これ程までにスキルの調整に動いた経験はない。
それは僅か数分ではあったが、体感では数十時間にも上りそうなほど強烈な経験だった。
その状態がさらに続く。
そして俺が気づいたとき、周囲に荒れ狂っていた魔力の嵐はすっかり収まっていた。
その様子から安全と判断したモニカが、防護用の”魔力の壁”を徐々に消していく。
最後に消えた壁の向こうから現れたのは、予想通り金色に輝くガブリエラ。
そしてその目は疲れたように虚ろではあったものの、しっかりとこちらを見据えていた。
『意識はあったか』
「ギリギリな」
俺の言葉にガブリエラが反応し、それに少しギョッとする。
『聞こえてるのか!?』
「ああ、頭の中にガンガンとな。 そなた随分と声がでかいの」
どうやら特殊な状況とはいえ【思考同調】で繋がっている弊害らしい。
「あと、どの程度で終わる?」
『ええっと・・・10分ください』
「なんだ、その程度でいいのか」
俺の返答にガブリエラがニヤリと笑う。
そして、その様子を見たモニカと、
それまで吹き荒れていた魔力も嘘のように晴れ上がり、今はその”残り”がゆっくりとガブリエラの”王球”に吸い込まれる様子が上に見えた。
これでとりあえず一安心か。
まだ調整するポイントは残っているが、もう大丈夫だろう・・・・というのは少し早かったようで。
「ガブリエラ様!!?」
突如、凄まじい悲鳴の様な”絶叫”がその場を駆け抜け、驚いた俺達がそちらを振り向く。
するとそこには、この世の終わりみたいな顔のヘルガ先輩の姿が。
どうやら魔力が晴れたことで動けるようになったらしい。
近くにいた他の関係者も、驚いたように周囲を見回している。
さて、今この”状況”を客観的に見つめてみよう。
状況としてはガブリエラの豊満な胸に、モニカの槍みたいな腕がぶっ刺さってる。
しかもよく見れば結構な出血をしており、ガブリエラの来ている制服は胸から下が血で赤黒く染まっていた。
さらにモニカはバリバリの戦闘鎧みたいな”グラディエーター”を着込んでおり、その光景はさながら”王族暗殺”の決定的一幕であるかのようだ。
しかもヘルガ先輩はついこの瞬間まで動けなかったのだ。
なので必然的にその反応は。
「貴様!!! よくもガブリエラ様を!!!」
と、いったものになる。
きっとヘルガ先輩にとって、横にいたスリード先生とルキアーノ先輩は眼中にないだろう。
・・・ってそれどころじゃ!?
ヘルガ先輩の腕の中で禍々しい光の魔法陣が出現し、そこにエネルギーが溜まっていく。
間違いなく”ガチ”の”ヤバイ”魔法が飛んでくる前兆だ。
だが今俺は絶賛フル稼働中で、モニカもガブリエラの胸に手を突っ込んでるので、動けない。
だがそのヘルガ先輩の”攻撃”は発射される前に金色の魔力によって踏み潰された。
どうやらガブリエラの方には余裕があるらしい。
「この愚か者!! 私の”恩人”に手を上げるとは何事か!!」
その場にガブリエラの”叱責”が響き、モニカの体がビクッとなる。
その直撃を受けたヘルガ先輩は言わずもがなで、口をパクパクさせながらへたり込んだ。
だがその目は”状況”を把握するにつれ、さらに驚愕の度合いを増す。
見ればその横では同じ様に驚愕の表情のガブリエラの調律師たちが、こちらを指さしたり、口元に手を当てたりしていた。
少し離れたところにいたスコット先生や、スリード先生達も同様だ。
彼等は何もガブリエラの胸に腕をぶっ刺している俺達に驚いている訳ではない。
なんとガブリエラの髪や瞳に、”黒”が混ざっていたのだ。
しかもそれは目の錯覚ではなく、はっきりとしたもの。
その”現象”に俺達も言葉を失う。
ふと気になることがあり、慌てて俺が強化装甲の頭部の展開を解除すると、中から現れたモニカの髪と瞳にも”金色”が混じっていた。
「なに・・・・これ・・・」
モニカがガブリエラと繋がっていない左手で自分の髪を掴みその現象に驚いた。
モニカはこれまで髪には魔力傾向が出ていなかったが、今ではまるで主張するように、黒と金が混ざっている。
「【同一化】の弊害か・・・それとも・・・」
ガブリエラも同様に驚いた表情でモニカを見つめている。
というか、ガブリエラの【思考同調】って【同一化】って名前なんだな。
いまさらだけど。
そのままモニカとガブリエラは互いの”理解不能な姿”をマジマジと見つめ合っていた。
だがお互いに見つめ合っても答えは出ないと悟ったのか、徐にガブリエラが話を切り出した。
「なぜ逃げなかった?」
それは”問”だった。
シンプルな、それでいて理解しがたい”謎”の。
それに対してモニカは迷わなかった。
「”その苦しみ”は知っている・・・助けられる”確信”もあった」
「”確信”?」
ガブリエラが怪訝な顔になる。
「・・・ガブリエラが本当に暴れてたら、この程度では終わってない」
それは僅かな期間とはいえ、ガブリエラの力を近くで見てきたモニカだから言える言葉だった。
「・・・なるほど」
ガブリエラが自嘲気味に笑う。
理解はしていないが納得はしたといった感じか。
するとモニカから俺に感情が流れ込む。
『モニカ・・・?』
『ロン・・・後で相談できない?』
『あ・・・ああ、いいけど・・・』
俺がそう答えると、モニカから僅かに安心する感情が、と同時に”覚悟”のようなものが流れてくるのを感じた。
それはきっと、モニカのこの”変化”に関するものなのだろう。
だが俺は、それがまるで”罪の告白”の様な、そんな響きを持っていることを見逃さなかった。
「その相談には・・・私は入れないのだな」
その時、ガブリエラがそんな言葉を投げかけてきた。
「あ、」
『しまった、今はこの”会話”、ダダ漏れだったか・・・』
これはとんでもない失態だ。
「ええっと、ごめんなさい・・・」
「謝るな。 そなた等の個人的な問題であろう?」
ガブリエラがピシャリとそう言うと、モニカがさらにシュンとなる。
その様子を見たガブリエラが少し肩をすくめて表情を崩した。
「しかしこれは・・・”借り”を作らせるつもりが、とんでもない”借り”を作ってしまったな」
そして、そんな事を言いながら僅かに苦笑う。
「え? 気にしなくていいよ、これくらい・・・」
それに対し、モニカは慌てて断るが、ガブリエラはそれ受け付けなかった。
「私をなんと心得る? ”借り”を無視できる立場ではないぞ」
「で、でも・・・そんな」
どうやら王女様ってこういう事にも気を配らないといけないらしい。
でも確かに立場ある人間が、”借り”を作ったままというのは問題あるのかも。
「ふん・・・モニカはまだ、”借り”を利用するほど俗にまみれてはいないか・・・だがまあそれでいい、押し付けられた”借り”だ、ならば勝手に返すまでのこと」
そう言ってのけたガブリエラは、もうすっかり普段の勢いを取り戻し、それに対してモニカはタジタジになる。
「ええっと・・・どうやって?」
「今回私は”命”をもらったのだ・・・・ならばその”借り”は、”命”を与えることでしか返すことはできまいて」
そう言って、ガブリエラは意味深な笑みを浮かべたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ほぼ同時刻、アクリラ北部、マグヌス駐屯地。
普段なら比較的のどかで平和な空気が流れるその駐屯地は、今日は打って変わっててんやわんやの大騒ぎだった。
それもそのはず。
この場所はマグヌス系の貴族の”避難場所”であり、さらに貴族の生徒の大部分はマグヌス出身者とあっては、その盛況っぷりも伺えよう。
だが避難してきた生徒たちは、興奮したようにザワめいてはいたものの、混乱はしていなかった。
避難そのものは数ヶ月に1度はある上、今回は比較的短時間で元となった”現象”は収まっているので、特筆して驚くことではないためだ。
それでも一部の下級生などが愚図ついたりしているが、”ガブリエラ慣れ”した上級生がすぐに宥めに入るので問題ない。
そしてすぐに、いつもどおり生徒達が自主的に点呼を始め、その結果を何人かの中心的な生徒が纏めていく流れができていた。
「アデル・・・こっちの名簿は全員揃ってたぞ」
その中の1人であるルーベンは、そう言って友人に手に持っていた名簿を渡す。
「わかったルーベン、これはもらっていくね」
アデルはそう言って名簿を受け取るなり、駐屯地の中をジャンプしていった。
おそらく安否確認を行っている先生か先輩に知らせるのだろう。
その辺は人付き合いの苦手なルーベンよりもアデルの方が適任だ。
「さて・・・これからどうしようか・・・」
手持ち無沙汰になったルーベンは周囲を見回し、自分の仕事を探す。
だが泣いている子には近づくと碌な事にならないので、今できることは意外と少ない。
話し相手もいないので、そのまま何か課題でも持ってくればよかったと思い始めたとき、不意にルーベンに意外な声がかかる。
「ルーベン!」
その声に反応したルーベンは周囲を見回す。
するとそこには、ルーベンに駆け寄りながら手を振り声を上げる茶髪の男の姿が、
「ルーベン、ここだ! 私だよ」
「ファビオ様?」
ルーベンは驚きの声を上げる。
それはまさか、ここにいるとは思っていなかったルーベンの従兄弟の姿だった。
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