2-7【2つの王 7:~”金” と ”黒”~】
その日、貴族院の午後はガブリエラの暴走によって大混乱に陥っていた。
巨大なその建物の上に、更に巨大な金色の魔力がのしかかる様に広がり、それがゆっくりと大きさを増していく。
その光景は遠くから見れば、西の山に生えた巨大なキノコのようにも、またその内部に筋状に走る黒い光が枝になって木のようにも見えた。
そして、何気ない昼下がりにそんなものが出現したアクリラの中心街西地区は当然、蜂の巣をつついたような大混乱に陥る。
「なんだあれ!?」
中庭側にいた生徒の一人がそう言いながら構える。
脅威に向かって即座に対抗しようとするのは強者ゆえの本能か。
だが、その愚かな行動はすぐに近くにいた上級生に寄よって正された。
「おい、よせ! あの色、たぶんガブリエラ様だ。 逃げないと」
いくら貴族院といえど・・・いや貴族院だからこそ、金色の巨大な魔力に歯向かっても何もできないというのは常識だ。
「全員、直ちに建物の外に退避せよ!!」
そんな混乱の中を、赤い炎を纏った獅子のような教師が舞い降りて檄を飛ばす。
偶然この近くに用事のあったグリフィスは、異常を見つけるやいな、即座に対処に動いたのだ。
だが、金色の魔力の広がるペースは早く、その一部が貴族院の建物に接触してしまう。
すると大量の魔法で補強されているはずの強固な石材が、まるで紙か何かのように簡単にベロリと剥がれ、その破片が逃げ遅れた生徒の上に降り注いだ。
「うわぁ!?」
「ふんぬ!!!」
その瞬間グリフィスの全身が真っ赤に光り、そのまま目にも留まらぬ速度で破片の間の空間を駆け抜け、その衝撃波で破片が塵のサイズまで一瞬で粉砕される。
「何をしている!! さっさと正面玄関へ行かんか!!」
グリフィスのその咆哮に、頭から
「ウム!」
グリフィスはその様子に満足そうに頷くと、すぐに足元まで迫っていた魔力を避けるように飛び退き、そのまま相対するように睨みつける。
「妙ちくりんめ! 灰にしてくれる」
その言葉と同時にグリフィスの腕が赤く発光し、数倍の大きさに膨らむと、内包した凄まじい熱とエネルギーで周囲がわずかにゆらぎ始める。
だが、
「『グリフィス先生!! やめなされ!!』」
その時、グリフィスの後ろから特徴的な頭と耳に同時に響く声がかけられる。
「アラン先生!!!」
後ろ手にその白い体を見つけたグリフィスがそう言って、腕のエネルギーの収束を解く。
「『グリフィス先生、よく来てくださった』」
「状況は!? 逃げ遅れた者は!?」
グリフィスがアランにそう問いかける。
「『ガブリエラの関係者と生徒が数名・・・それとスコット先生がこの魔力にのまれてしもうた』」
アランがそう言って苦い表情を作る。
だがその報告を聞いたグリフィスの表情は対照的に明るいものに変わった。
「ならば”大丈夫”ですね。 ”スコット・グレン”がいればこの程度の些事・・・」
「いえ・・・、それは無理でしょう・・・」
すると今度は横方向から声がかかり、グリフィスとアランがそちらに首を向けると、高級そうな白衣をボロボロにした男の姿が目に入る。
「『おお、そなた出れたか!』」
「その紋章・・・ガブリエラの・・・」
「調律師です・・・グリフィス先生、この魔力は特殊です、触れてはいけません、体内の魔力が乗っ取られて動けなくなります」
そのガブリエラの調律師がフラつきながらもその忠告を伝えると、グリフィスは怪訝な表情で金色の魔力を見つめる。
「スコット・グレンも・・・ということか」
その顔には”信じられない”といった感情がありありだった。
「『”我の大部分”もだグリフィス先生、これはすんでのところで一部を切り離した”予備”に過ぎない』」
アランはそう言うと力なく肩をすくめた。
その様子は普段の彼からは考えられないほど覇気がなく、気のせいかその体から発する白い光も今は妙に安っぽい。
「その様子だとアラン先生の力も期待できないようですな・・・・クソっ! スリード先生は郊外で演習だというのに!!」
改めて状況を認識したグリフィスは盛大に悪態をつく。
今、この場で彼以上の戦力はいないのだ。
「『これだけの騒ぎだ、彼女もすぐに来るだろう、今はそれよりも避難を』」
「そもそもアラン先生ともあろうお方が、そのような魔力に飲み込まれるとは・・・」
グリフィスがアランの迂闊さを指摘する。
だがそれに対して答えたのは、アランではなく調律師の男の方だった。
「す・・・すいません。 ガブリエラ様の魔力が、この様な反応を見せるのはなにぶん初めてで・・・事前に警告できていれば・・・」
「『よい、
アランのその言葉にグリフィスは一瞬怪訝な表情を作る。
だがすぐに、もっと目の前の”謎”に興味が移った。
「そういえば、あなたはなんで出てこれた?」
調律師の男の言葉が正しいなら、なぜこの男が魔力を抜けられたのだろうか?
規格外のアランや、グリフィスも信頼を置くほどのスコットですら抜け出せないというのに。
だがその答えは、あまりにも簡単なものだった。
「わたしは”魔なし”ですから」
そう言って調律師の男が自虐気味に笑う。
なるほど、コントロールを奪われる要素が皆無であれば、大丈夫だということか。
だが、
「なら近づけるのでは?」
「コントロールは取られませんが、中央の魔力濃度は生身で近づけるものではありません。 ・・・それに辿り着けても私ではとても抑えられない」
「ではどうすれば!」
グリフィスがそう聞くと、調律師の男が上空を指さし釣られて空を見上げて見れば、空飛ぶ金色の卵型の球体がその球体部分をパカリと4つに開き、その開口部を下に向けている様子があった。
「”王球”の自動吸引システムが動いてますから、それで落ち着くまで待つしか・・・」
その言葉通り、よく見れば金色の魔力の最頂部分が金色の球体の内部に飲み込まれている。
だがその量は、全体から見れば悲しいくらい微々たるものだ。
「あれでは小魚が”池”を飲み込むような話だぞ」
グリフィスはその光景をそう表した。
「容量的には”湖”も飲み干せる小魚ですけどね。 ただ如何せん”口”が小さい、飲むペースが追いついてません」
「せめて、この忌々しい魔力を散らせぬものか・・・・」
そう言ってグリフィスは、徐に魔力に手を向けて赤い魔法陣を展開した。
だがアランと調律師の男が即座に止めに入り、さらに上空から静止を求める別の声がかかる。
「グリフィス先生、それはオススメしませんよ」
グリフィスはその特徴的な声に反応し後ろを振り向くと、不機嫌な顔を作った。
「ルキアーノ・シルヴェストリ! なぜここに残っている!!」
それは空中に浮かぶ、赤紫の靄のようなものに包まれた少年だった。
「フヒヒヒヒ・・・嫌ですねグリフィス先生、私も”貴族”の生徒なんですよ?」
ルキアーノがそう言って笑う。
靄の間から時々見える体には制服を着ていることから生徒であるのは間違いないが、同時にアクリラの生徒にしては異常に血の気がなく、更にその表情もどこか人を馬鹿にしたような薄ら笑いである。
その表情にグリフィスは不快げに声を荒げた。
「なぜ避難していないと言っている! 貴様の力なら下級生20人は運べるだろ!」
「フヒヒ・・・
「ぐっ・・・」
グリフィスは言葉に詰まる。
この生徒の”異常性”を知っているだけに、マトモな対応ができないこと指摘されて、納得せざるを得ないからだ。
そしてルキアーノはそんなグリフィスを無視して意見を述べる。
「そんなことより下手に刺激しない方がいい。 まだこの山が壊れてないって事は、”彼女”はまだ意識して抑え込んでいるんでしょう。 均衡が崩れたらアクリラの半分が吹き飛びますよ、フヒヒ・・・」
ルキアーノのその言葉は、適切な指摘ではあったもののどこか”そうなればいいのに”といった、”快楽的破滅性”を含んだものだった。
だがこの場で彼の言葉は非常に重い。
それが特に”ガブリエラの力”の出力に関するものならば。
なぜならこの少年・・・”ルキアーノ”は最高学年・・・いや全生徒の中でガブリエラに次ぐ”2位”の実力者であり、高等部以降のガブリエラに唯一土をつけた事があるからだ。
そしてそれはまた、最も多くガブリエラの力をその身に受けたことを示していた。
「ええい!! 直ちにこの建物から避難しろ!! 余力のあるものは移動力の低い者の補助を行え!!!」
グリフィスは一旦”対処”を諦め、避難の指示に注意を向ける。
アランと調律師の男も同様の指示を叫びながら貴族院の建物の中を走っていく。
だがその中で、ルキアーノだけは面白そうな表情で魔力を見つめたままだった。
「・・・フヒヒ・・・なんかいい匂いがするね。 女の子の匂いだ♪」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
side ロン
金色の魔力の中で途方に暮れていた俺は、戻ってきたモニカのいきなりの言葉に混乱のレベルが急速に深まった。
『・・・ロンならできるから』
『え!? 俺!?』
何言ってんだこの子は・・・・
念のために今の俺の状況を整理しよう。
まず、モニカに彼女の出自と”ウルスラ”についてガブリエラと一緒に説明を行った。
当然、モニカはショックを受ける。
更にその気まずさにガブリエラが体調を崩し、その魔力を暴走させてしまう。
んでもって、ガブリエラから噴き出した大量の魔力に吹き飛ばされて、貴族院の中庭に転がりモニカが気を失い、その状態に俺がオロオロしていると、2分ほどでモニカが目を覚ました。
うん、それだけだ。
ただそれだけのはずなのに、なぜか混乱する要素満載である。
まず初めに周囲の魔力は、大量の金色の中に黒い光が混ざったようなもの。
さらにそれに触れたスコット先生が体の表面を周囲の魔力と同じように金と黒に染め、まるで石像のように動かなくなってしまった。
幸い、何故かスコット先生同様に巻き込まれたはずの俺達の体には影響がない。
だがこんな魔力、授業でも参考書でも見たことがない不思議な現象なわけで、モニカの気絶で自分も動けず、
そして極めつけは目覚めたモニカがなんだかいつもと様子が異なっていて、その上いきなりそれまで俺しか使えなかった筈の”頭に響く声”を使用したかと思えば、藪から棒に”私を信じて”だの、”ガブリエラを助ける”だの、挙句の果てには”ロンならできる”である。
ひょっとして俺、なにか大事なことを聞き逃してなかったりする?
なんか最低でも
「”グラディエーター2”起動!」
『え!? あ・・・き、起動!』
混乱した俺の思考を他所に準備を進めていたモニカの指示で、俺が我を取り戻す。
石像化したスコット先生とは異なり問題なく立ち上がったモニカは、バッグの中から取り出した”透明な仮面”を自分の顔に押し当てると、そこに魔力を流して起動したのだ。
そして、とりあえず”仕事”を与えられた俺が自分の中の混乱を脇において、その魔力を適切な形で振り分ける。
するとすぐに仮面の周囲に取り付けられた複数の魔道具が反応し、予め設定していた動作を始めた。
この”仮面”はルシエラ戦でも大活躍した”2.0強化情報システム”のアップデート版。
だが実質的な機能は全く変わっていない。
ただそこに”2.0強化装甲”の管理に必要なものを追加しただけ。
とはいえその影響で、以前の半球形から”仮面型”に見た目は激変していた。
周りの魔道具部分もかなりゴツくなってるしね。
この魔道具部分の中には、”ゴーレムコア”とその配線がギッシリと詰まっている。
あの ”俺のリソースが足りないならゴーレムコアを使ってしまえ!” という暴力的な・・・いや革新的なモニカのアイディアのやつだ。
あの時は1つしかコアがなかったので腕を覆うくらいしか出来なかったが、こいつには8個も搭載しているので全身を覆うことができる。
使用しているゴーレムコアはもちろん、アルバレス製の”アルクル3型”。
コアだけ抜き出して必要ない部分を吟味すれば、コインくらいの大きさに収めることが出来たので、8個も付けてもそんなに嵩張らない。
その代り財布に対してかなり殺人的な仕様だが、プログラムの変更も容易なアルバレス製教育キットのコアなのでアップデート費用が必要ないのがせめてもの救いか。
とにかく俺は、その”透明な仮面”に付けられた8個のコアに必要な仕事を割り振ると、すぐにそれに従ってゴーレムコアたちが”2.0強化装甲”の生成を始めた。
一瞬にしてモニカの体を黒い膜が覆い尽くし、その上に独特の金属光沢を放つ”鎧”部分が出現する。
最後に顔面の仮面部分を強化装甲の兜が覆えば、”グラディエーター2”の完成だ。
”他の強化プラン”がまだ試作機すら出来ていない中で、こいつだけもう”2”が登場とは我ながら足並みが揃わぬものだと思うが、こればっかりは使いどころの多さ故に仕方がない。
鎧を纏ったモニカが全身を動かして可動を確かめる。
その力強さったら、ルーベンと殴り合ったときと比較しても頼もしい。
これなら”
いや、流石にそれは言いすぎか。
視界の中で輪郭だけの線で表示された鎧の腕がスムーズに動く。
モニカの視界はルーベン戦のときに使った”試作型”と事なり、こちらは”
ワイヤーフレーム画像なので完璧ではないが、あの”ほぼ思考同調”みたいな強烈な情報のやり取りがなく、脳が煮えるような温度にならないので随分と頭に優しい。
それにこれなら、フロウやゴーレム魔法による武器作成や攻撃を含め、鎧無しの状態でできる行動もほぼ全ていつもどおり可能なだけの余裕がある。
鎧の維持のために僅かにリソースが持って行かれるが、その日の体調の方がまだ大きなファクターなレベルで本当に僅かなので無視していい。
まさに”完成型グラディエーター”と呼んで差し支えない性能だ。
ただ、これから”行うこと”を考えれば、これでもまだ頼りない。
『ねえ・・・本当にやるの?』
俺がそんな風におっかなびっくりモニカに問いかける。
『今ここで止めないと』
モニカはそう答えながら目の前を睨む。
そこには感覚器の情報から取得された魔力濃度が赤色で示されており、恐ろしいまでの魔力濃度であること以外は上手く状況がつかめない。
それでも、その濃度故に”そこ”にガブリエラがいることは疑いようがなかった。
そして、その場所を見つめるモニカには
『ガブリエラを助けるって、具体的にどうするつもりなんだ?』
俺は取り敢えず
この様子だと、少なくとも何らかの考えは持ってるみたいなので、それを知っておきたいのだ。
『わたしがパスを繋ぐから、それを使ってロンが直接調整して』
だが、それに対し返ってきたのは、まさかの”直接調整”。
俺達が直に接して、普通の調律師よろしく波形を見ながら修正するというもの。
『ちょ、ちょっとまて! すこしまて!』
慌てて俺がモニカに自制を促す。
『俺が出来るのは、”俺”の調整だけだ! 他人のスキルなんて弄れるわけ・・・』
『たぶん”ウルスラ”は、”力”の段階では”フランチェスカ”とそんなに変わらないはずだから、なんとか応用できると思うよ』
『いやいや、そもそも”俺達以外”のは弄るなと、カミルに言われただろ!』
『カミルさん怒るだろうなー』
モニカがそう言いながら足を踏み出す。
そこに迷いはなかった。
『いや、せめて他のプロの調律士を待とうよ。 絶対近くに居るはずだからさ』
『居るだろうけど、スコット先生みたいに止まってると思うよ』
『なんでそんなこと・・・』
『
そのモニカの言葉は他とは明らかに”毛色”が違った。
『感じる?』
俺がそう聞き返すと、モニカがコクリと頷く。
『たぶん・・・この魔力は”わたしの一部”でもあるんだと思う。 そこにいるスコット先生の魔力も・・・他の何人かの魔力が近くで
『・・・・』
それは本当か否か。
・・・・少なくとも”俺は”何も感じない。
だがモニカの口ぶりは、明らかにこの”現象”について何らかの”確信”がある物だった。
まるでその”世界の住人”だけが知る、魂に刻まれた不文律が見えているかのよう。
そしてそれを、この不思議な金色の魔力に混ざる”黒い光”が意味深に肯定している。
『・・・ちゃんと説明できるか?』
俺は徐にそう切り出す。
仮にモニカの言うとおりなら、事態の収拾は俺たちにしかできないという事になるからだ。
『口では難しい・・・・でも理解はしてるから、”わたしを信じて”』
『・・・・はあ・・・』
状況に完全に置いてきぼりにされて、蚊帳の外みたいな理解しか出来ず、その上碌な説明もなしに”信じて”って・・・
そんな状態で”はい”と答えられるのは、狂人か・・・もしくは普段からまともに人の話を聞かない”出来の悪い子”くらいなものだ。
はあ・・・俺って”どっち”なんだろう・・・
『危なくなったらすぐに引けよ。 あの魔力流の中じゃ、この”強化装甲”でも長くは保たない』
結局、俺はそう言ってモニカに従うことにした。
するとモニカからいつも以上に嬉しそうな感情が帰ってくる。
「うん!」
モニカは短くそう返事するなり、両足で地面を踏みしめ一気に空中にジャンプする。
次の瞬間、背中に出現した”噴射口”から魔力ロケットの炎が噴き出し、その反動で前方・・・つまりガブリエラが居ると思われる方向に急加速した。
感覚器の情報に急速に濃くなる周囲の魔力が映し出される。
映像視覚の方はまったく役に立たない。
金色の魔力の塊の中に飛び込むと、一瞬にして視界が凄まじい光に埋め尽くされたからだ。
だが、やはり一向に止まる気配はない。
モニカの言葉を信じるなら・・・スコット先生の状態を見るに、この魔力に触れれば行動不能になるはずだが、どうやら俺達は例外らしい。
それでも完全に無抵抗でガブリエラに近づけるというのは、流石に虫が良すぎたようで、突然速力が落ちたかと思うと、そのまま空中に押し止められた。
『やっぱり魔力自体の抵抗が多すぎる』
俺はその状態を端的にモニカに伝える。
『近づけない?』
『密度の薄いところを探そう』
『分かった』
モニカはそう言うなり体勢を変えて、空中を滑るように横に移動する。
すると、まるで”その地点”を中心にして同心円状に魔力の圧力が高まる様子が観測できた。
横や後ろに回り込んだりしてみたのだが、およそ50mほどの距離から急速に密度が高まって近づけないのだ。
俺が”その地点”を、顔のインターフェース上にマーキングする。
『たぶん、ガブリエラはここだ』
『わかった・・・ロン、左の・・・あれはなに?』
モニカがそのポイントを指差す。
そこには何やらシミのようなものが見えた。
『ちょっと待ってろ・・・』
俺が【望遠視】のスキルを発動する。
この光の中では肉眼では眩しすぎて何も見えないが、そこは感覚器の感度を調整すればある程度ごまかしが効く。
現れたのは見覚えのある数人の人影。
『あ、やっぱり逃げ遅れてた』
『ガブリエラの関係者とかだな・・・ああ、ヘルガ先輩・・・』
それは逃げようとする彼等の一瞬を、まさに写真のごとく封じ込めた不思議な光景だった。
ヘルガ先輩を含め、”ガブリエラの関係者リスト”のほぼ全員が、その場で魔力に飲み込まれて固まっていたのだ。
色などの情報は見えないが、その様子からしておそらく彼等の体表面もスコット先生同様に金色と黒の混じった不思議な魔力が覆っていることだろう。
『死んでないよな・・・』
俺がそんな感想を言うと、モニカから否定の感情が。
『それはないよ、
モニカがそう言うと申し訳無さと安心感の混ざった複雑な感情を顔に浮かべる。
やはり気絶している間に、どこか精神がおかしくなったのだろうか?
それは明らかに俺の知らないモニカの表情だ。
いやそんなことより・・・
『死ぬ自由もないって・・・それ大丈夫なのか?』
『この状態のままだと害はないよ。 でも無防備だから強い魔力の流れにあたったら・・・』
『ひとたまりもないな・・・』
その事実に思わず息を呑む。
ガブリエラの関係者達が今いる地点は、ちょうどギリギリ体に害が発生しないレベルの魔力密度だ。
だがそれが十数mほど移動して、俺達のいる所までくればそうはいかない。
俺達だってこの”
この鎧の性能に感心すると同時に、ガブリエラの途方もない魔力に呆れそうになる。
『でも、この様子だとガブリエラはやっぱり、まだ完全には暴走してないと思う』
『ヘルガ先輩達を殺してしまわないようにか?』
『うん、これくらいなら、まだ”ピスキア”でのわたし達の方が酷かった』
そういやそうか。
なんともこんな”災害”みたいなのと比較されるのは釈然としないが、間違いなく”息する災害”だったのでしかたがない。
『なんというか・・・漏れ出した”物”を必死に力入れて抑えてる感じ?』
『それトイレで例えてないよな?』
『例えてるよ?』
『・・・・・・』
あ、やっぱりモニカだ。
こういう”汚い話”で納得するのもどうかと思うが、そのおかげで彼女が目覚めてから初めてそれが俺のかわいい相棒であると認識することが出来た。
『・・・んで、その例えだと、とてもじゃないが踏ん張りはきかないわけだが・・・・』
『長くは保たないと思う』
『じゃあ、どうする? あの人達を退避させるか?』
あそこにいれば遠からず危険に晒される。
今は避難を優先させるというのも手だろう、いやむしろそうすべきだ。
だがモニカの出した結論は違った。
『この魔力の中で動けるのはわたし達だけだし、あの人数を安全な所まで連れて行く余裕はないよ、この鎧もそう長くは保たないし』
そう言ってモニカが自分の胸を軽く叩く。
たしかにその言葉通り、”グラディエーター”の燃費を考えるならそう何往復もしてられないし、一回で全員を運ぶ手段もない。
せめてロメオがいれば括り付けて走ってもらうのもありなんだが・・・いや、あいつもこの魔力の中では動けないか。
ということは。
『俺達はガブリエラの調整しか”手段”を持ってないんだな?』
『そうだと思う』
まあ、どちらかといえば”まだそっちの方が可能性が一応ある”ってレベルで、手段を持ってる内に入るか怪しいけど。
モニカが改めて放出される魔力の中心点を睨む。
相変わらず凄まじい密度だ。
『で、目下の問題として、この魔力を突っ切らないといけないわけだけど』
俺がそう聞くと、モニカが一気に体当りするように魔力流の上流に向かって走り、同時に許容範囲ギリギリの出力で魔力ロケットを吹かす。
だがそれも数m進んだところで魔力の圧力に負けてしまう。
それでも鎧に接続したフロウを爪のように展開することで、なんとかその場に踏みとどまった。
『このまま行けるか』
モニカが両手両足の爪を交互に前に出して地面に突き刺すことで、まるで這うように”その場”に近づいていく。
どうやらこれはただ漠然と空中を行くよりも幾分か理に適った方法のようで、ゆっくりではあるが着実に魔力の中を進むことが出来た。
これなら行ける。
そう思ったのも、つかの間のことだった。
さすが世界最強の”規格外魔力”というべきか、そこからわずか数m進んだだけでそんな浅はかな方法は挫折してしまう。
吹き付ける魔力の勢いが余りにも強力すぎて、体を前に動かすことすらままならなくなってしまったのだ。
「うぐっ・・・」
『誰か、あの王女様に魔力多すぎだって文句言ってくれ!』
思わずそんな文句が出てしまうのは”
そして俺がそんなつまんない事を考えたのを引き金にして、まるで巨人に毟り取られるかのように地面から引き剥がされた俺達は、そのまま外側に向かって勢いよく吹き飛ばされた。
少しの間、風に揉まれる凧のように魔力の流れに身を任せた後、なんとか姿勢を戻したときには今の”突撃”で得られた距離は振り出しに戻っていた。
「これじゃ近づけない・・・」
モニカがわざわざ口に出して弱音を吐いた。
どうやらモニカが思っていたよりも困難なミッションのようだ。
『どうする? ガブリエラへの突入は諦めて、何人か抱えて逃げるか?』
正直なところ、それが最善の落とし所に思えた。
何人かは救えないだろうが、それは俺達の力不足を嘆く他あるまい。
こんな”超常現象”を前にしているのだ。
誰も文句は言わないだろう。
「ガブリエラは苦しがってる・・・」
そう言って魔力の流れてくる方向を激しく睨みつける。
その表情には、依然として諦めの感情は浮かんでいなかった。
『だがどうやって近づく? この魔力の中を進む手段なんてないぞ?』
俺が諦めを促すためにそう問いかけると、モニカが顔を上げて周囲を見回し始めた。
『いや・・・そうじゃないよロン』
『うん?』
俺にそう伝えるなり、モニカの目が周囲の”あるもの”を追って動き始める。
『”わたしの魔力”は、この中を動ける!』
それは、金色の魔力にまるで不純物のように混じっていた黒い魔力の光だった。
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