2-7【2つの王 1:~2度目の交渉~】



「スコット! スコット!」


 週末の夕暮れの中、アクリラの中心から少し外れた街角に声が響く。

 その丸眼鏡に薄青の髪の僅かに残る頭を夕日に照らしながら、台車に載せた大きな装置を脇に置いた”超高圧魔力研究所”のウォルターは、己の所属する研究所の隣りにある建物の扉に向かって大声で叫んでいた。


「スコット! いるなら開けろ! いなくても開けろ! でないと”高圧発魔機”で扉を吹き飛ばすぞ!」


 するとその言葉に反応したのか、その扉が開けられ、中から老人のような表情の若い男が顔を出した。


「・・・なんだウォルター・・・せっかく鍵を閉めたところだというのに・・・」

「何だはそっちだ? 今日は”週末”だぞ?」


 ウォルターはそう言って、後の台車の上に置かれた巨大な装置を指し示す。

 するとスコットは露骨に嫌な顔をした。


「別に週末は”あの子”から魔力を搾り取る日ではないぞ?」

「もののついでではないか、あの子にしてみれば大した量ではないだろうに」


 ウォルターはいつものようにそう言って憤慨する。

 モニカの入学の時から言っていたこととはいえ、こう毎週毎週、モニカの活動報告のたびに魔力を取りに来られては、なかなか面倒くさい。

 それに今日は、


「悪いが今日はモニカはここに来ない、私もこれから出かけるところだ」


 スコットは少しも悪いと思っていない様子でそう言うと、ウォルターが苦々しげに頷いた。


「そのようだな、10年遅れのそのコートに、滅多にかけない玄関の鍵。 さてはまた窓からか?」

「その方が早いんでね」

「モニカ君は?」

「行き先は同じだ向こう・・・で合流する、そこで活動報告も受けるから、今日はここには来ない」

「なるほど・・・ということは、”あれ”か?」


 ウォルターが意味深な視線をスコットに向ける。

 するとスコットが軽く頷いた。


「今日の昼に来たらしい」

「では残念だが、今日は引き下がるしか無いの、これをそこまで引いていく力はないし、素人に持たせるわけにもいかんて・・・」


 そう言いながらウォルターは諦めた様に肩を落とすと、台車の取っ手に手をかけた。


「それに私は、そういった”面倒くさい”話には興味が無いしな。 それじゃモニカ君によろしく!」


 そう言ってウォルターは隣の研究所までの道のりを帰り始め、それを見送ったスコットは再び建物に入って扉に鍵を締めたのだ。



  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 アクリラの街外れの商館にて・・・



 第二回目の”交渉”は、前回の終わりと比べると奇妙な程粛々と始まった。

 場所は前回と同じ、メンバーも前回とほぼ同じ。

 向こうの兵士の面子が、少し変わっているくらいか?

 それでも隊長格の男は同じだ。


 だが脇の兵士2人は前回と違い女性が2人。

 それに妙なまでに弱そうである。

 モニカなら普通に2人まとめて勝てそうだ。

 立ち振る舞いや所作などから一応兵士であることは間違いなさそうだが、これが”エリート”試験を突破できるとは到底思えない。


 この世界は別に男女で力の差があるなんてことはないので・・・いや、もしかすると”魔無し”の人とかは変わるのかもしれないが、魔力による強化が強すぎてそんな物は”圧倒的個人差”の中に埋もれてしまうのだ。

 それでも男性の方が組織の上の方に多いという話は聞いたが、それは若い女性が出産などで出世コースから外れる事例が多いからだそうで、

 その情報の扱いも、女性差別があるとかそういう訳ではなく、”へえーそーなんだー”程度のトリビアだ。

 いたって当たり前な感じに女性の軍事トップもいるしね。


 なので、これは明らかに”人選の意図”を前回から変えてきたことになる。

 それは2回目だからかなのか、それとも何か思いもよらない意図があるのか・・・

 その辺どうなんですかねアラン先生?


『確かにあの者たちからは、強さは感じないな』


 あ、やっぱり。

 一応、ルシエラみたいに魔力の少ない”強者”の可能性もあったのだが。


『ロンならば、その手合はもう見抜けるだろう?』


 いや、俺は・・・・まあ、ルシエラくらい分かりやすいのなら。

 ただ、モニカから上がってくる感覚で分かるだろうな。

 彼女はその辺敏感だろうし。


『ふむ、たしかにモニカも、強さを感じておらぬようだの』


 あの・・・アラン先生?

 勝手にモニカの考えを伝言しないでくれる?


 あ、黙った。

 この精霊、こういうのには反応しないんだよな。

 わざとなのか、俺の悪感情を拾ってるのかは判然としないけれど。


 そして肝心の交渉は、前と同じ様にサンドラ先生と、向こうの胡散臭い商人との間で行われている。

 俺達の前に認識阻害のフードを被った男が座っているのも一緒。

 ただし、


 じーーー


 っという声が聞こえそうなほど、じっくりとこちらを見つめてくる。

 それに前回はモニカの一挙手一投足に結構反応してくれたというのに、今回はこちらが唸っても反応なしだ。

 最初はそれでも威嚇を続けていたモニカだが、さすがにそんな反応しか返ってこないとなると、だいぶ演技にボロが出る。

 咄嗟の演技には中々に定評が出始めていたモニカであるが、その辺はやっぱり素人のそれを、珍妙な観客相手に長時間続けろとなると話は違うようだ。


 それにしてもこの男は、いったいモニカの何がそんなに面白いのか、前回で慣れたのか、前回を反省して訓練でもしたのか、それとも彼の中でのモニカの見え方が変わったのか。

 もしかすると前回の交渉であまり俺達の様子を見れてなかったりして、上司からむちゃくちゃ怒られたのかもしれない。

 もしそうならお気の毒である。

 さらにもしかすると前回のあれが記憶に残り続けて、急にモニカに恋心でも目覚めたのかもしれないが、流石にそれは飛躍がすぎるか。

 もしかすると違う人物か?

 だが前回と同一人物に見えるのだが。


『うむ、それは間違いないようだ、彼の”存在”にほとんど変化はないからの』


 あ、そうですか。

 ”存在”ってなんやねん・・・とは聞かないでおこう。

 なんとなく、精神衛生上、知らない方が良い気がする。


 とにかくそんなわけで、この奇妙な相対者の奇妙度合いが前回より上昇していたのだ。

 そしてそんな様子を見かねてか、交渉が始まって10分ほどしたところでサンドラ先生がアラン先生経由で”演技”を終了しても良い旨を伝えてきた。

 で、代わりにできるだけ無表情を装えとのことだが、

 ”じーー”っと見つめられている中でそれを続けるのはそれはそれで難しいので、あっちを見たりこっちを見たり、見つめてくる相手を見返してみて、視線に耐えかねたりとあまり落ち着きがない。


 さて、そんな”当事者達”を余所に”実務方”の方では順調に話が進んでいく。


 ”パフォーマンス”の度合いが強かった前回と異なり、今回は実質的な第一回ということで、主にお互いの立場や考え、求めるもの、持っている情報などを、共有して良い範囲の中で共有していく場となった。

 当然陣営内での意思統一が事前に必要であり、これを想定して時々、授業の合間を縫ってサンドラ先生と打ち合わせを行ったりしていたりする。

 その甲斐あってか、今の所こちらの不利になるような情報が漏れたりはしていない。

 だが意外なのは、向こうが持っている情報の少なさだ。


「彼女の反応が殆ど観測できなくなった点について、ご説明願いたい」


 向こうの交渉人がそんなことを聞いてきたのだ。

 (アラン先生経由で聞いた)サンドラ先生の話によると、これは相当大きな情報だそうだ。

 なぜならこれは、(騙す気がないのなら)俺達の反応が取れなくなった問題について、自分たちが関与していないことを教えているようなものだからだ。

 それに対してサンドラ先生は、


「その点については、アクリラでも秘匿性が高く、お答えすればモニカさんの不利益に繋がる恐れがあるため、お答えできかねます」


 と、流すように答える。

 ただしその表情は意味深で、まるでアクリラが何かしているかのような雰囲気を漂わせていた。

 この件に関してはいかに詳細を悟られないかが重要で、どのように振る舞うかは事前に綿密な打ち合わせを行っている。


「アクリラには微弱な魔力波に影響するるような、何らかの手法があるのでしょうか?」

「当然、魔力波に関する研究でもアクリラは最先端ですから、その様な手段もあるでしょうね」


 向こうの交渉人の言葉に対し、サンドラ先生はそう答える。

 その言葉はウソではないが、相手の問いに答えるものではなかった。

 向こうが気にしているのは、俺達の存在が世界中にバレる最大の懸念材料である、俺が発する微弱かつ超強力な魔力波の隠蔽が可能であるのか、

 また可能であればその手法と、現在の隠蔽状態の継続性の確認と思われる。


「そのあたりの手法について、提示していただきたい、なにしろそれは我が国の高レベル安全保障情報に該当しうるので」

「不可能です」


 だがサンドラ先生はその提示には応じない。

 なぜならそんなもの存在しないからだ。


「私は生徒の交渉代理人であって専門の技術者ではありません、そういった情報について説明できるほどの理解はありません」

「それでは次回からは、可能な人員を配置して下さい」

「まだ我々の関係は、技術者レベルでの調整が行える段階にはありませんが?」

「詳細な情報の提供でなくても、簡易的なもので構いません、持ち帰る我々も理解できないですからね」


 なるほど、マグヌスはよほどその情報について知りたいと見える。

 まあ、無理もない。


 いくら俺達が完璧に黙っていたとしても、この件については隠すことは出来ない。

 存在するだけで発生する現象である以上、たとえ俺達が止めたいと思っても止められないからだ。

 むしろ何らかの手段で隠すことが出来るのなら、取り敢えず向こうがこちらを積極的に消しに行く大きな動機がなくなる。

 なのでそれが匂わせているだけでも、こちらには大きなアドバンテージになりうるのだ。

 とはいえ、そこは敏感で繊細な問題。

 相手が”持ってますよ”というのを、それだけで信じる訳にはいかない。

 なのでそれをどう躱し続けるかが、これからしばらくの課題であろう。


「その手段が、たしかに存在するという証拠がほしいのです」

「あなたにそれが判断できるのですか?」

「ですからこちらの研究者とまでは言いません、アクリラに在籍する我が国の研究者に確認をさせてほしい」


 相手の交渉人がそう言って懇願するような表情を作る。

 それにしても先程から、コロコロと良く表情が変わる人だ。

 全部胡散臭いのは変わらないのだが、それでもなんとなく会話の流れを奪っていく強さがある。

 だがサンドラ先生も引かない。

 

「いいえ駄目です。 そもそも我々は”まだ”そのような手段の存在を認めたわけではない」


 とバッサリと撥ね付ける。

 なし崩し的にこちらが存在の証明が不可能であることを宣言する流れになりかけていたのを、強引に戻したのだ。

 少々無茶かもしれないが、こちらにしてみれば”この話題”が持つ重要性は、”いかに引っ張れるか”に集約される。

 なので正々堂々と相手の問いに答えてやる必要はないのだ。


 そもそもこの交渉自体、時間稼ぎのために過ぎない。

 相手から安全保障を引き出せれば御の字であるが、最悪俺達が力をつけるまで引き伸ばしたって構わないのだ。

 向こうが何らかの利益を得られるか、それは向こうの譲歩次第にかかっている。

 サンドラ先生の言葉はこの交渉が”対等”ではないことを示していた。


「手厳しいですね、このままこの件を突っ込んでも、こちらの利益は引き出せなさそうだ」


 だが相手の交渉人はあっさりと引き下がる。


 アラン先生、やけにあっさりですが、向こうはあんなんでいいんですか?


『まだ始まったばかりの交渉だからの、いちいち一つの事柄に目くじらを立てる段階ではないのだろう。 今はまだ軽く押してその反応を見ているだけであろう』


 なるほど、つまり今後進展次第で”この問題”が焦点として浮上すれば、遠慮なく行くということか。

 ちなみに今回は向こうの交渉団がアクリラ北部のマグヌス駐屯地に半月ほど滞在するそうで、その間に何回かこの様な場が設けられる事になっているそうだ。

 その間は少し窮屈だが、俺達の登下校に護衛がつくらしい。

 部外者相手なので、万全の保護結界が作動するはずなので大丈夫だとは思うけれど、念の為である。


 すると向こうが議題を先に進めた。


「それではお互いの立場の主張も終わったところで、そろそろ”本題”と行きましょう」

「本題?」


 サンドラ先生が片方の眉を吊り上げる。

 その動きもウソっぽいのでハッキリとはしないが、少し意外な話題の切り出し方だったのかもしれない。


「ええ、我が国も前回の交渉の結果から、モニカ・シリバさんの”排除”が現時点では現実的でないとの判断を下しまして、こちらの”希望”が叶わなかった場合の”対処”について、現状での”考え”をお伝えしようかと思います」


 それだけサンドラ先生に伝えると、いきなりこちらを向いた。

 なんとなく目で話の流れを追っていたモニカが、いきなり視線が合ったことで驚き、心臓がドクンと跳ねる。

 やばい、この話題転換はこちらの様子を見てのものだったか。

 そしてそのままその胡散臭い男は、こちらに向かってやさしそうな声で喋り始めた。


「モニカさん、”貴族”に興味はお有りで?」

「彼女に直接話しかけないで! こちらを通して下さい!」


 するとすぐにサンドラ先生が身を乗り出して割って入り、その行動を牽制する。


「いえいえ、そんな難しい話ではないですよ、ただ本人に貴族に興味あるか聞いてみたくて」


 だが相手の交渉人は飄々とした表情でそう言って、サンドラ先生に向かって頭を下げる。


「・・・・ない・・・」


 その時、モニカが不快な物を絞り出すような声で、唸るようにそう呟く。

 するとそれを見た相手の交渉人が一瞬興味深いものを見るような目になり、サンドラ先生の顔に一瞬だけ”焦り”が浮かぶ。


『モニカ、余計なことを言わないほうが・・・・』


 するとモニカから”分かっている”との感情が上がってくる。

 だが本当に分かってるのだろうか?

 ”こういった手合い”は少しの機微から多くの情報を持っていったり、誘導の足がかりにしかねないので恐い。


「ない・・・それは少し残念ですね」


 その男はそう言って、少しも残念そうでない顔を浮かべる。


「ですがその辺は、”これから”埋めていくとしましょう」

「ですから、勝手に話しかけるのは・・・・」

「ええ失礼しました。 ただ、我々があなたを”消したいと思うだけの存在”でないことを、どうしても伝えておきたくて」

「そのようなことを信じろと?」


 サンドラ先生が少々強引に会話の中心に割り込む。

 すると相手の交渉人の男は、その視線をサンドラ先生に戻した。


「ええそうでしょう。 ですからこちらも”誠意”をお見せしたい」

「”誠意”?」


 サンドラ先生が怪訝な顔になる。

 見れば後ろに並ぶ他の教師も同じだ。


「”次期公爵第一夫人” その地位をお約束しましょう」

 

 その男は、まるで最大級の栄誉だとばかりにそう言ってのけた。

 だが俺達は若干複雑な反応を見せる。


『また、”いきなり”来たな・・・』


 モニカから俺の言葉に同意する感情が。

 もちろん、今日いきなり聞かされたりしたら驚いただろうが、それは以前ガブリエラからもたらされた情報と一致する”提案”だった。

 なので当然その情報と対策はサンドラ先生との事前準備にも含まれており、そのおかげか驚いた様子はない。


「それがなぜ、そちらの”誠意”だと?」


 とサンドラ先生が余裕を持って切り返したくらいだ。

 するとその男が大仰に驚いてみせる。


「”公爵夫人”ですよ? どれだけ裕福で幸せな生活が送れるか」

「それは価値観の相違ですね、その様な”束縛”から自由になる事の方が幸せと感じる者もいます」

「それは”モニカさん”の言葉ですか?」

「11歳の子供に決断させる項目ではありません」


 サンドラ先生はそう言うと、そこで一呼吸置いてさらに続けた。


「そもそも”公爵夫人”となれば完全にそちらの”手の内”ではありませんか! その様な場所に座ろうものならどの様なことになるか」


 そう、”その提案”の最大の問題点はそこだ。

 貴族の奥方というのは、どう考えても相手の”胃の中”でしかない。

 最初は歓迎しても、そのうち闇に葬られるだろう。


「その懸念はごもっとも。 ですが心配ございません」


 だが交渉人の男はこれまた大仰にそう言ってアピールを続け、


「”公爵夫人待遇”ではなく正真正銘、れっきとした”公爵夫人”という扱いになり、当然その様に振る舞っていただきます。 いわばそこに向けられる”目”があなたの保険になる。 またその身の安全は国王も含めた関係者全員に、そちらが用意した魔力契約を結ぶことでお約束しましょう」


 と一息に言ってのけた。

 それを聞いたサンドラ先生の目が鋭くなる。


「随分と”身勝手”な申し出ですね」

「もちろんこれはこちらの”希望”ですから、そのまま通るなんて思ってませんよ。 なので身勝手ついでに最後まで聞いてください。 その”対価”として我々が求めるのは”3つ”です」


 そう言ってその男が指を3本立てる。


「1つ、モニカさん自身に、情報を漏らさないという終身魔力契約をしてもらいます。 使用する契約魔法陣はこちらが用意させてもらいますが。

 2つ目に、現在アクリラが持っているモニカさんの魔力波を隠蔽する技術の譲渡・・・もちろん、あれば・・・ですがね。

 そして最後に・・・・”子供”を・・・」

「・・・子供?」


 サンドラ先生の声に露骨に不快な感情が滲む。

 その”意味”を想像したのだろう。


「”夫人”として貴族社会に入っていただくからには、当然”理由”が必要です。 実力を理由として使えない以上、今後のことを考えるならばやはり次期公爵との”子供”が望ましい。 なにせ血縁は最強の繋がりですからね。

 そしてその子供には当然ながら、公爵家を継いでいただきます」


 つまり次期公爵の”妻”、更にはその次の公爵の”母”という地位でもって、”保護”と”監視”を行おうという話か。

 だが、


「”産め”・・・ということですか?」

「当たり前ですが”すぐ”にではないですよ? さすがに”その状態”では無理でしょう?」


 そう言って、まるで冗談でも言ったように軽く笑いながら、意味深な視線をこちらに向ける。

 それは先程までと何ら変わらないのにもかかわらず、気づけば俺はそこに明らかな”不快感”を感じていた。


「ですが高等部なり、研究部の研究員課程を修了するときには、せめて身篭って・・・・・・・いただいているのがよろしいかと・・・・」

「言いたいことはそれだけですか?」

「ええ、今回は・・・」


 その男はそんな意味深なセリフを吐くと、これまた底の見えない笑みを浮かべる。

 先程まではただの”仮面”だと思っていたその笑みは、いつしか何かとんでもなく”おぞましい物”の一部であるかのように見えるから不思議だ。


 おっといけない。

 この不快な感情だって相手が用意したもので、何らかの意味があるってサンドラ先生に事前に注意されたではないか。

 むしろそんなことより、モニカのフォローに回らなければ。

 今回の話はモニカが聞くには些か”ショッキング”だろう。


『なあ、モニ・・・・』


 だが俺はそこで止まってしまった。

 モニカから発せられていた”感情”に驚いてしまったのだ。


 俺はてっきりモニカもそれなりに憤っているのかと思っていたが、全くそんなことはなかった。

 むしろ凪のように冷静な感情が、いつもより濃くなっている。


 これは・・・”興味”?


 だがその興味は、なぜか相手方の交渉人に対してではない。

 むしろそちらには全く視線を向けていなかった。


 そして、その興味の向かう先に俺は困惑する。


 モニカはまるで値踏みするような視線でもって、俺達の眼の前に座る、認識阻害のかかった上着を着た謎の役人の目を見つめていたのだ。



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