2-6【青の同盟 5:~先輩は強かったです~】



 ルシエラと激戦を繰り広げるアデルとシルフィ。

 だがその勢いは悲しいくらいルシエラが一方的に押している。


 それでもトップクラスの生徒の意地か、それとも単なる負けず嫌いか。

 この”特に意味のない戦い”はなおも続いていた。


「いいかげん!! つかまりなさい!!」


 ”真空魔法”による斬撃を放ちながらシルフィがそう叫ぶ。

 それはルシエラに簡単に中和されてしまうが、一応それでも対処しなければならない攻撃ではあるようで、貴重なルシエラの手数を奪っていた。

 だがしかし、ルシエラがアデルの攻撃をいなす手を失うほどまでには至っていない。


 アデルの攻撃は強力かつ多種多様であったが、これもまた全てルシエラに対応可能なものであった。


” 完全に僕の上位互換じゃん・・・ ”


 アデルはまたも正面から跳ね返された自分の攻撃に、心の中でそんな感想を漏らす。

 対応力が売りのアデルにとって、それ以上の対応力で攻めてくるルシエラを前にしては、完全に八方塞がりの状況だ。

 これでシルフィより強力な魔法がバンバン使えて、モニカよりも持久力がある・・・


 ・・・ん?


 事ここに至ってアデルも、それが”おかしな”ことであることに、薄々気が付き始める。

 いくらルシエラが年上の学年トップの生徒とはいえ、たしか話ではそこまで魔力があるわけではないと聞いたことがある。

 魔法の威力は効率で上げられるとしても、アデルやシルフィの飽和攻撃を真正面から打ち破る程大量にはないはず・・・


 これはなにかカラクリがある・・・


「おっと!?」


 アデルは慌てて自分の方に飛んできた氷の矢を躱す。

 さすが、”ここ”まで対応するか。


 なにか仕掛けはある。

 だがそれが何かを考える暇を与えてくれないのだ。


 これではそのうち、こちらの負けになるだろう。


 あれ? どこまでやれば負けになるんだ?


 気づけばアデルはそんな弱気な思考に陥っていた。

 いくらカラクリに勘づこうとも、対処法を考えられるほど余裕がなければ意味がない。

 むしろその中途半端な思考は、余計な考えを生み、戦意を大きく削ぎ始めたのだ。


 もともとアデルは、それほど真面目にこの戦いに赴いているわけではない。

 なんでも姉貴分に騙されていたらしいモニカや、最近勝敗にナーバスになっているシルフィはともかく、アデルにしてみれば”勝手にしてくれ”という話である。


 もう、いっそ投げちゃおうか?


 いやまて、今ここで諦めて降参したら、モニカとシルフィ、ならびに後ろの女子たちからどう思われるか?


 ”やだ、アデルって女の子を見捨てるの? かっこわるーい!”


 それだけはだめだ!


 アデルは折れかけた心に喝を入れ、意識を新たにする。

 この勝負、降参するのはすべての女子の後だ。



 一方、シルフィにしても、もはや正常な思考が残っているとは言いがたかった。

 どれだけ手を尽くしても対応されることが分かっており、実際にその通り対応されてしまっては、思考が八方塞がりになってしまう。

 次第に、彼女がいつも貼り付けていた、”上っ面”はヤスリがけでもされたかのように消え失せ。

 今はただの、里から追い出された哀れな”名もなきエルフの小娘”の顔が覗かせていた。

 そして今やシルフィは、かつて彼女が”世界”に向けた恐怖の目で以ってルシエラを見つめていた。


「いや・・・」


 もう負けるのは嫌だ。


 シルフィは心の中で叫ぶ。


 教師達といい、ルーベンといい

アデルといい、モニカといい、ルシエラといい。

 一体あと何人、私の”上”にいるというの!


 その怒りが、その憤りが、シルフィを動かしていた。



 だが同時に、その感情が彼女に”間違った手段”を選ばさせてもいた。

 すべての手段が無効化されることを”知って”いるシルフィは、本能的に最も自信があり、なおかつ最も使い慣れた”風魔法系”の魔法を選択していたのだ。

 もちろんその考え自体は間違いではない。

 最も威力があるのも、最も隙が生まれにくいのもこの魔法なのだから。

 もし”普通”の相手ならば、最善の手段で間違いないろう。


 だがルシエラは先程からシルフィの攻撃に対して、殆ど反射的に対処することが出来ていた。

 それはつまり、完全にルシエラの術中に嵌まっていることを意味する。


 その状態で”最も効率的な手段”を取るということは、もはや首を差し出しているのも同然だった。


 そして、遂にパターンを見切ったルシエラの攻撃が、シルフィの作り出した”嵐”を掻い潜りその内側に入り込んできた。

 目の前に迫る、青い光の奔流。

 それはこれまでと違い、確実にシルフィの意識を刈り取る攻撃だ。


 だがその攻撃が命中する刹那。


 目の前に真っ黒の壁が現れ、それが光の奔流を受けて砕け散る。

 さらに、追撃を繰り出そうとしたルシエラに向かって巨大な魔力弾が接近し、それを避けるために、ルシエラが大きく距離を取った。

 シルフィが何事かとその魔力弾の飛んできた方向を見れば、顔の周りに透明な球体のようなものを被ったモニカの姿が目に入った。


『シルフィ! 聞こえてる!?』


 すると突然、耳元でくぐもった雑音のようなモニカの声が聞こえてきて、その違和感に慌てて耳に手を当てる。

 するといつの間にか耳元にくっついていた、”謎の物体”に手が触れ、驚いたシルフィが剥がそうと手に力を込めた。


『それ取らないで!!』


 だが、そのモニカの切羽詰まった声を聞いて既の所で踏みとどまる。

 しかしその声は、明らかに向こうでルシエラに向かって魔力弾を乱射しているモニカ自身からではなく、耳についたこの謎の物体からもたらされている。


「モニカ!? これ何!?」

『説明は後! 今、同じのをアデルにも付けるから、援護して』



 シルフィはその言葉で、すばやく”目”を動かすと、すぐに必要な行動を見つける。

 ”実現不能”な目標の時は役立たずでも、”実現可能”な目標を与えられたシルフィは無敵だ。

 さらに、


『こっちが3発撃ってから、転送する、その時にルシエラの注意をそらして、アデルの間に割り込んで』

「簡単!」


 モニカのその”指示”に、本能的に従ったシルフィは魔法の準備を開始する。

 だが今回使うのは”風魔法”ではない。

 その準備に気を取られたせいか、シルフィはそのモニカの声が、いつもと”違う口調”であることを見逃した。  


 それでも、そのモニカの声の通りモニカの魔力砲撃が立て続けに3回行われ、その対処にルシエラの注意がアデルから離れる。

 するとそれを好機と見たアデルが、一気に畳み掛けようと姿勢を変えた。

 なるほど止めるのは”そっちか”。


 シルフィは咄嗟に”水魔法”と”氷結魔法”を複合展開し、アデルの目の前に壁を作る。

 すると動きを止められたアデルが、驚いた表情でこちらを向いた。

 その次の瞬間。


 アデルの右の耳に謎の黒い物体が出現し、そのまま彼に耳に吸い付く。


 ああ、あんなのが着いてるんだ。


 シルフィはそれを見て、自分の右耳にも着いている物体の全体像を初めて知る。

 それは縁の丸まった、真っ黒な”貝殻”のような物体で、貝殻との大きな違いとして最外縁部、が後方の少し離れた位置に飛び出している。

 大きさとしては拳と同じくらい。


 そしてどうやら、その”謎の魔道具”が、モニカの声を伝えてくれるらしい。


「さてモニカ、これでどうするつもり?」


 シルフィはそう呟くと、この戦いが始まって初めてニヤリと笑った。





 あー、あー、てすてす。


『アデル、聞こえてる!?』


 モニカの声を正確に真似た俺が、自家製の”無線機”を通してアデルに呼びかける。

 すると即座に、アデル自身が「モニカちゃん!?」と驚きの声を上げたのを観測した。

 アクリラに来るとき襲ってきたゴーレムの残骸から得た無線機を流用したものだが、

 そして、


「つながった!」

『数字は全部見えてるか?』

「うん」


 もちろん俺の視界にもそれは見えているので、間違いなくモニカにも見えているのだが、こういうのも一応礼儀だ。

 何に対する礼儀かって?


 そりゃ、”新システム”に決まっているだろう。


『じゃあ始めるぞ、”2.0強化情報システム” オペレート開始だ!』


 俺がそう宣言すると、モニカの顔を覆ったガラスのような透明な球体に大量の情報が出現し、同時に俺の中に新たな視覚とも言うべき、立体的なこの一角の情報が出現した。

 その情報は、この近辺に設置された有線式感覚器から得たデータをもとに作り上げた、”仮想映像”。

 そして、その内容は全てリアルタイムに反映され。

 しかもこれまで白黒映像しか取得できなかった感覚器の映像が、他のセンサーやモニカの目からの情報などを追加することで、カラーどころか電波レベルから放射線の次元までくっきり色分けされている。

 これは、”2.0強化装甲”とは別口に実験を続けていた、もう一つの”フランチェスカ2.0”計画による産物だ。


 ”2.0”で予定されている”強化”というのは、なにも”力”だけに留まらない。

 むしろその圧倒的な力を使いこなすためには、これまた強力な情報処理技術が必要で、そのための研究も、もちろん行われているのだ。

 だがいかんせん地味な上に、情報管理にリソースを取られ単独では強くなるわけでもないので、実装はまだとなっていた。

 それでも今はルシエラと相対するに当たって、多角的な視野と効率的な情報管理が必要と判断し実地試験とばかりに勇んで起動したのだ。


 それとモニカの目の前に映し出される大量の情報。

 これはメリダに教えてもらった魔力で色の変わる透明な板を加工したもの。

 子供のおもちゃ用に小さく切られたのが一般的だが。

 後で問屋に行ったところ、加工前の比較的大きな物が売られていた。

 あとはそれを曲面加工し顔に付けてみたのだ。

 その姿はさながら大きめのヘルメットのバイザーか。


 だがこれで、モニカに対して大量の情報を効率的に送りつけることが可能になった。

 依然として俺に返ってくる情報は変更なしだが、俺の方が持っている情報の方が多いのでこれでも改善といえるだろう。


 それに”こういう”使い方もできる。


『アデル、そいつは幻影、今の攻撃は1拍間をおいて、それから真後ろに』

『シルフィ、風魔法は使わないで、氷結魔法の準備おねがい!』

『モニカ、表示してるタイミングで射撃用意、照準はこっちで合わせる』


 無線に向かって一斉に指示を飛ばす。

 モニカ向け以外は全てモニカの声で、しかもタイミングは同時だ。


「分かった!!」


 モニカから元気のいい返事が返り、同時に別の2人から戸惑い混じりの返答が返ってくる。


 このシステム、まだ研究段階のため送信技術が未熟で、一方的にこちらから話しかけるしか出来ない。

 しかも俺のスキルを通さないと”魔力波”が作れないので、モニカ自身もしゃべれないと来たもんだ。

 おかげで俺がわざわざモニカの声を使って無線機に声を送り、その返答を複数の視覚を連動させて観測するという、凄いのかしょぼいのかよくわからないシステムが完成していた。

 

 まあ多少不格好なのは実験機だから仕方ない。

 今重要なのはモニカとシルフィとアデルの3人が、俺を通して擬似的に無線通信が可能になったこと。

 そしてその3人の行動を、間接的に俺が管理できるようになったことだ。



 その”変化”にルシエラの顔にわずかに”焦り”が混じる。


 突如、それまでルシエラの幻影魔法に面白いように引っかかっていたアデルが妙にこちらを見抜き出し、シルフィの対処法が的確になり始めたのだ。

 さらに少し離れたところにいるモニカの砲撃も、2人の動きに気持ち悪いほど合わせたものになっている。


 ルシエラはすぐに彼等に”なにかある”と感づいた。

 だが”学習した”と結論付けるには、あまりにも一瞬で全員が動きを変えた。


「取り敢えず、気合を入れる!」


 ルシエラはそう呟くと右手の光の鞭を操作し、手近にいたアデルに向かって伸ばす。

 彼は攻撃直後で体勢が崩れていて避けられないと見抜いたからだ。


 だがルシエラの目が驚愕に染まる。


 なんとアデルに鞭が触れる直前、その鞭がまるで何かの壁のようなものに触れ、空間にガラスのようなヒビが走ったのだ。

 その直後、空間がグニャリと曲がってアデルの場所が変わる、

 それでもルシエラは騙されたことを悟ると、目標をシルフィに切り替え魔力の光を放つ。

 だがその攻撃も適切な手段で返されてしまった。


 シルフィの目の前に半透明の氷の塊が出現し、その内部に突入した光が、その氷によって捻じ曲げられてしまったのだ。

 そしてその直後、ルシエラは展開していた魔道具からもたらされた情報で身の危険を悟ると、すんでのところでモニカの砲撃を躱した。

 だがさらにその直後、逃げた先で今度はアデルの放った緑色の鎖に腕を取られる。


「甘いわ!」


 ルシエラはそう叫ぶと、アデルの鎖を派手に引き千切りその光景に合わせて、こっそりとアデルの裏に空間移動をかける。

 あとは幻影のルシエラを追って動くだろう。

 だがその目論見は、空間移動先に現れた、真っ黒な壁によって崩れ去る。

 空間魔法の展開がバレたのか?

 それにしても反応が早すぎる。


 それでもルシエラは手を突き出すと、その壁に拳を穿つ。

 この正体はモニカの作り出した魔力の壁だ。

 ただし攻撃相手には強い壁でも、ルシエラにとって見れば吸収可能な魔力の塊に過ぎない。

 まだモニカは、ガブリエラの様に干渉できないほど巨大で高密度な壁は作れないはずなので、いい補給源になるだろう。


 だがその目論見も外れる。


 ルシエラの拳は魔力を吸収するまでもなく、たやすく壁を貫いてしまったのだ。


 そしてそのすぐ後ろに、まるでネットのように広がっていたアデルの鎖の網に腕が絡まり、

 そのまま縛り上げるように腕にきつく巻き付きながら、ルシエラの魔法陣を破壊していく。

 あの壁はこれを隠してたのか!?


 さらに反対側の腕を今度はシルフィの強力な風魔法が掴み取り、凄まじい力で引っ張るとルシエラの動きが完全に止まってしまった。



『よし、止まった』


 その結果に俺が満足気に心の中でうなずく。

 シルフィにしてもアデルにしても、模擬戦とかでだいたい何ができるかは掴んでいたので、サポートに支障は出なかったが、こうして”指揮官役”がいるだけでこうまで変わるとは。

 でも冷静になって考えれば、単なる”フィジカル的な物”はこの2人は既にルシエラを遥かに超えている。

 対処可能な局面にしたって、モニカと3人合わせれば互角には持ち込めるだろうから、この結果は至って自然なのかもしれない。

 むしろ指揮サポート無しであれだけ差がつくというのは、いかに立ち回りが重要であるかをルシエラに教えられているかって話だ。


 さて止まったはいいが、これからどうするべきか。


「やっぱり”グラディエーター”を使いたい」


 モニカはそう言って表情を引き締める。

 だが、


『いや、無理だって、リソースが足りない』


 俺のリソースは目下、”2.0強化情報システム”の運用にほとんど全て当てられており、”2.0強化装甲”はおろか、”ロケットキャノン”や”サイカリウスの牙”クラスの技ですらサポート対象外で、今使っている砲撃は結構モニカの方で負担してもらっているくらいだ。

 だが、それでもその表情はなぜか自信に満ちていた。


『なにか考えがあるのか?』

「うーんと・・・わたしがずっと考えてたこと、やっていい?」

『ん? なんだ?』


 ずっと考えていたこと?

 モニカが面白そうにニヤリと笑う。

 それは最近、ベル先輩あたりから伝染した表情で、主にやりごたえのある”実験”などで使っているものだ。

 どうやら、モニカの中でこの”シッチャカメッチャカ”状況を逆に利用して、何かを試してやろうという心があるようだ。

 まあ実際、ここまでルシエラ相手に本気をカマしても、流れで済まされそうな状況はないともいえる。


『だがわかってると思うが、俺のリソースは当てにできんぞ、今サポートを切ったらルシエラにすぐに抜かれる』


 実際我らの偉大な姉貴分は、中等部とはいえ学年トップクラス2人相手に抑え込まれているのにも係わらず、まだ一瞬で戦況をひっくり返しかねない危険性を秘めている。

 周囲を立体的かつ詳細に観測できる俺がその”気配”を探知できなければ、幻影や高威力攻撃などそれだけで抜け出されていたであろう事態が、この僅かな間に何度も起こっていた。

 なので俺のリソースは少なくともアデルとシルフィの支援に忙殺されることになる。


「ロンには負担掛けないよ」

『ん? どうやって』

「これを使う」


 モニカがそう言いながらサっと懐から円筒形の物体を取り出すと、そのままその端の方を取り外す。

 こいつは・・・


『ゴーレムコア?』

「ヘンシェル:アルクル3型」


 それはルビウスさんに貰い、リンクス君ゴーレムとしてルーベンに瞬殺されたりして、俺達のゴーレム制作の練習に大きく貢献してくれた、学習用のゴーレムコアだった。

 だがこんな簡素なもの、いったいどうするというのか?

 するとモニカは徐にそのコアを部分を左手に握りしめると、同時に俺に向かって朧気なイメージを送ってきた。


『おいおい、またずいぶんと面白そうなものを』

「暇な時とかずっと考えてた、どうすれば”これ”にロンの代わりをさせられるか」


 それはいわば”青写真”の青写真。

 冷静に見ればツッコミどころ満載の、まだ荒削りなゴーレム機械の設計図だった。

 だが、それは詳細な仮想空間を持っていないモニカのイメージだからで、その”方向性”は間違いではないことを俺の直感が示唆する。

 なにせもう既に僅かに残ったリソースを使って、シミュレーションを掛けながら”手直し”を行い、その結果が”青写真”として組み上がり始めている。

 そして最後にその結果が出力されたとき、俺はそれが持つ”可能性”に震えた。


 俺達のゴーレムスキルが、モニカの左手の中のゴーレムコアを中心として、新たな回路を追加していく。

 教育キットであるアルクル3型はその耐久性と拡張性が図抜けており、単純にコアとして使うだけでなく、使用者が様々な目的で使うことが可能で、それに関する本まで存在する。

 産業発動機として使ってみたり、簡単な仕掛けを作ってみたり、複数の魔道具をつないで管理させたりするのが多い例だが、今回は追加する回路はなかなかに異例だ。

 なにせ魔力源としてジェネレーターではなく、俺達自身の魔力を使用し、さらに単純かつ大量の処理が可能になるように膨大な量の細かな”処理回路”で構成されているのだ。

 

 そしてその回路がまるで黒くて薄い下着の様にモニカの手から腕を覆うと、そこに今度はメタリックな装甲が現れる。

 その強度と輝きは、間違いなく”グラディエーター”の装甲のものであり、その性能は普通に作ったときと何ら遜色がない。

 にも関わらず、それが食い散らかす俺のリソースは、展開してしまえば殆ど観測すらままならないほど微々たるものになっている。

 何をやったかは簡単だ。

 装甲の維持に必要な膨大な計算、それをゴーレム制御で行っているのだ。

 なので俺が手を加えなければ行けないのは、ごく僅かなエラーパターンの処理と、起動命令だけ。


 これは言ってしまえば、本当にゴーレムを計算機として使う方法といえる。


 そしてそのまま”グラディエーター”の装甲は、手の先からモニカの左胸までを覆ったところで生成がストップした。


「流石にアルクル3型1個じゃ、ここまでが限界みたい・・・」

『いや、すげえよ、俺だって限界可動しなきゃ、これより狭い範囲しか覆えないし』


 おそらく専用回路だから汎用回路の塊である俺と比べて、単純計算の効率が段違いなのだろう。 

 それに範囲が足りないのはそれに合わせてゴーレムコアを追加すれば問題ない。

 そうすれば更に大型の装甲や、俺達から切り離した装甲も可能になるかも・・・

 まさか本当にこんな事が可能になるとは・・・


 だが言うは易し、これを実際動かすとなると”2.0強化装甲”の処理に特化した回路が必要で、それは簡単なことではない。

 これはモニカがここ数週間悩んだ末の”結晶”だからこそ、可能になったことなのだ。


 それを噛み締めながら、俺は自分の”仮想戦場”にその戦力を配置する。

 するとそこから導き出された”結果”に、俺が軽く恐怖した。


『モニカ・・・』

「うん! どうする?」


『つっこめ』

「え!?」


『適当に突っ込め、それでどうにかなる』


 その結果をモニカに伝えると、モニカが驚いた表情を作る。


『いや”2.0強化情報システム”の中で”2.0強化装甲”を使ったら、それが一番効率よくて安全だ』


 なにせ、リソース問題が改善されたとはいえ、魔力の使用量は前と変わってないのだ。

 こんな強力なものを展開しながら様子を窺っていては、大変珍しい”モニカのガス欠”という事態になりかねない。


「それじゃ行くよ・・・」

『うん、さっさと行って』


 やや当惑気味のモニカに対して俺が少々強引に突撃を促す。

 その声に引っ張られてか、意を決したモニカは一気にルシエラに向かって飛び込んだ。


 ぐんぐんと迫る”最前線”。

 足はノーマルなのでそれ程初速は出なかったが、腕に付けられた”グラディエーター”に大量の魔力ロケットが付いているので、見る見るその速度が上がる。

 それと同時に俺は、シルフィとアデルに対して次の指示を飛ばす。

 2人とも、これまでの戦いで”その声”に従うのが最も可能性があると思ってくれたようで、抑えている手を離して離脱しろという奇妙な指示にも、文句なくすぐに従ってくれる。

 そしてルシエラの姿が目の前に迫ったところで、モニカが手前の地面に足をつけると、そこを軸に一気にルシエラに向かって拳を叩きつけた。


 すると眼の前のルシエラが僅かに顔を緩め、先ほどと同じように”グラディエーター”から漏れる魔力を操作して、その拳を止めようとするのを検知する。

 その顔には、これまで距離をとって指示役に徹していた(ルシエラの事だ、そこまではバレている)モニカが突如、近距離戦闘を仕掛けてきことに違和感を感じつつも、無効化された攻撃を同じように繰り返すモニカに対して、若干の失望が見て取れた。

 そして俺はその”隙”を最大限利用するために、わざとギリギリまで対策を遅らせると、タイミングを見計らってモニカにその”指示”を飛ばす。


『今だ!!』

「はあっ!!」


 俺の言葉にモニカが息を吸いながら気合を入れると、全身に力を込めて魔力を絞り出す。

 その瞬間、グラディエーターの拳が真っ黒な魔力の波に包み込まれ、そしてそのまま、干渉するために纏わり付いていたルシエラの魔力を洗い流した。


「!?」


 ルシエラの口から今度こそ本当の驚愕が漏れる。

 と同時に、その反応に俺はルシエラの”分析力”の高さを改めて思い知らされた。

 それは”グラディエーター”が視野狭窄に陥るほど俺のリソースを食い散らかすことを、さっきの一合で見抜いていなければ出ない表情だ。

 あの瞬間、たったあの一瞬で、この攻撃の問題点を本当にちゃんと把握していたのだ。


 だが、今回は彼女のその”眼力”が仇になる。 


 それはここまで彼女の判断力に負荷をかけ続けていたが故であるが、いざ本当に決まると案外あっけない気になるから不思議だ。

 そして超常的な加速で打ち込まれた俺達の拳は、そのまま吸い込まれるようにルシエラの胸元に突入し、

 ”グラディエーター”の殺人的なパワーが彼女の防御用の魔法を次々に突き破ると、最後の1つをギリギリのところで残してぶち当たった。


 すると俺達の手にかかる抵抗が一瞬でフワリと軽くなり、そのままルシエラの体が浮き上がったかと思うと、恐ろしい速度でその体が吹き飛ばされる。

 その延長線上にいた”青の同盟”の構成員達が慌ててそれを避けていく。

 あれだけ担ぎ上げたんだから、受け止めてやれよと若干思ったりしたが、そのままルシエラの体が”青の同盟”の建物の一階を突き破って中に入っていくのを見ると、そんな感情も消え失せた。


 ていうか、


「あれ・・・ルシエラ大丈夫だよね?」


 とんでもない力で殴りつけた張本人であるモニカが、そう言いながら青ざめる。

 どうやらそこまでする気はなかったようだ。


『大丈夫だと思うぞ、ルシエラの防御魔法は残ってたし、なんならアクリラの保護魔法があるから、あの程度じゃ怪我にもならんだろう』


 俺は冷静に今の動きをそう分析すると、淡々とその結果をモニカに伝える。

 一瞬、同じように焦っていたのは内緒だ。


「まったく・・・いいところ持って行っちゃって」


 するとすぐ後ろから声がかかり、振り返ればそこにシルフィとアデルの姿があった。


「モニカちゃんそれ、安定して出せるようになったんだね」

「次は私の試合にもちゃんと使ってよ、それより・・・」


 シルフィが今の攻撃で大きく破壊された建物の1階部分を睨む。


「これ・・・勝ちでいいんだよね?」

「・・・・」


 シルフィの問に対し、無言で答えたモニカは、何やら真剣な表情を浮かべてその瓦礫の中へと入っていく。

 そしてその様子を、その場にいた全員が無言で見送った。

 なんとなくモニカから、”排他的”な空気がわずかに漂っていたのだ。


 今の一戦で、俺達に対する周囲の見方が変わったのもあるだろう。

 特にまったく手出しすらできなかった”青の同盟”の上級生たちは、まるでこの世の終わりのような表情だ。

 無理もない。

 彼らの心の支えルシエラを倒したのだから。


 瓦礫の山をガブリエラ仕込みの魔力操作で撤去してくと、すぐに奥の方で足を組んで落ち込んでいるルシエラの姿があった。

 流石というか、あれだけの速度で突っ込んだというのにまったくの無傷だ。

 だがその戦意は喪失しているようで、俺達が近づいても何もせず俯いたまま。

 なんというか妙に”気まずい”空気すら流れている。


 そしてモニカがルシエラの直ぐ側まで来たところで、ようやくその顔がこちらを向き、その青い目と目があった。

 さて・・・・


 ここからどうするか。


 だが、事態はこれまた妙な展開を迎える。


「ありがとう」


 なんとモニカがルシエラに向かってお礼を言ったのだ。


『も、モニカ?』


 いきなり感謝の言葉を述べても、何のことだかさっぱりわからん。

 ほら、ルシエラだって動きをとめて、若干怪訝な様子で見ているし・・・・


「戦ってる間、なんでルシエラがわたしと戦っているのか、その理由をずっと考えてた」


 だがモニカは、そんな俺達2人を無視して話を続ける。


「最初はルシエラが裏切ったのかと思ってた、でもそんな訳ないとも思ってた。 じゃあなんで”青の同盟”なんてけしかけたのか、なんで直接戦いを仕掛けてきたのか・・・わかんなくなって。

 ・・・でも今はわかる。 私のためだったんだよね?」


 モニカが真剣な表情でそう言うと、ルシエラの眉間に小さなシワが寄った。

 どうやらモニカの言葉を噛み砕いてる様子だ。

 と、同時に、モニカがなにか”見当違い”なことを言っているという”確信”を俺は得る。


「ルシエラが戦ってる最中、ずっと皆にアドバイスしてた。 使ってくる魔法も簡単なものだったし、それでいて”悩んでた”ことだし・・・」


 だが、それでもモニカの言葉からにじみ出る”確信”は、俺の持っているものよりも遥かにしっかりとしたものだった。


「ルシエラ、ずっとわたしのために動いてくれてたんでしょ? 前からずっと”もっと強くなりたい”ってわたしの悩みを聞いてくれてたから、だから”青の同盟”なんて使って。 ”道”を示してくれたんだよね」


 モニカはそう言うと座り込んでいたルシエラの手を取って引き起こし、勢いそのまま抱きついた。


「わたし、ルシエラが本気じゃないって知ってたよ。 だから最後に”挑戦”ができた」


 まあ・・・それは、そうだな。

 仮にルシエラが本気だったらあのトーテムポールみたいな魔道具とか使うだろうし、そもそもユリウスを出せばそれで終わり。

 もちろん、こちらも全部非殺傷限定での攻撃だが、それはつまり、これは最初から最後まで戦った当人たちの間では”喧嘩”ですらない”組手”レベルの戦いであることを、心の何処かで認識してのものだったということになる。

 モニカはその状況から、これがルシエラがモニカに仕掛けた、モニカを成長させるための壮大なドッキリ”であると理解したのだろう。


 ただ、ルシエラは依然として反応なし。


 だがその目は、彼女の頭の中で”何か”が超高速で動いていることを示唆していた。

 さて、ここでルシエラがどういう反応に出るか・・・それが注目だ。


 するとルシエラが優しい手付きでモニカの頭に手をおいた。


「・・・当たり前じゃない」


 そう言うなり、モニカをギュッと抱きしめ返す。


「”お姉ちゃん”は、”妹”のためなら何だってするんだから・・・」


 あ、 やっぱり。


 その言葉で俺は”確信”が深まる。

 これは ”とりあえず流れに乗っかる時” のルシエラの声だ。


 つまりモニカの言っていたことは、まったくの”見当違い”である。


 だが、俺はそれをモニカに伝えることはしなかった。

 ルシエラの中のモニカの成長を喜ぶ気持ちもまた、”本物”だと気づいたからだ。

 おそらく俺達の知らない、なにかとんでもない”行き違い”があったのだろう。

 そしてそれを聞くのは、別に今日でなくてもいいと俺は判断した。


 なんとなく、”いい雰囲気”の2人に冷水をぶっかけるのが憚られただけだが、きっとそのうち、どこかの宴の席で、ルシエラが笑い話に真相を教えてくれるだろう。

 それに、これだけ強い事を示したのだ。

 もう”青の同盟”がちょっかいを掛けてくることはないだろう。


 そのとき俺はあることに気づく。

 前は正面から抱きついたら、俺達の頭がルシエラの胸の下になるようになっていたのに、今ではほぼ正面にルシエラの胸がある。

 どうやら知らず知らずのうちに、結構背が伸びていたらしい。





 上手く行った。


 なんか知らんけど、うまく行った。


 ルシエラは満足した様にその場を去るモニカ達の後ろ姿を見ながら、心に中で大きく息を吸った。

 モニカの反応は我が妹分ながら、ちょーっと”その反応はどうなんだ?”と気になるし、他の子達も何か納得行っていない様子だが、モニカが納得してくれればそれでいいんだ。



 うん、これでいい。

 ルシエラは心の中で自分に言い聞かせるようにそう呟くと、モニカから見えない位置で大きく頷く。


 我ながら、土壇場でナイスな演技ができたと思う。

 最初は取り合えず、この場にいた全員を殴り倒した後、事の成り行きを事細かに”言い聞かせる”つもりで暴れたのだが、

 終わってみれば”こちら”の方がなかなかにいい”シナリオ”ではないか?

 モニカの中での私の株も上がったし、モニカの悩みも殆ど解消されたようなので万事良しである。

 後は、ちょちょっと”工作”を仕掛けておけば、どこにも角は立たないだろう。


 いや、立たせない。


 ルシエラは心の中で軽く気合を入れる。

 ある意味ここからの”隠蔽工作”が本当の”戦い”だ。

 そう思いながら表に出ると、心配そうな表情の”クリステラ魔法研究クラブ”の面々の様子が目に入ってくる。

 私が中等部1年3人組に負けたことで、大きく気を落としているようだ。

 この子ら、私が巻き込むように暴れたというのにまだそんな表情をしてくれるか。


 だが、正直な話、あれは結構キツイよ?


 モニカは勝ったのは私の手加減だと思っているみたいだけど、実はそんなことはまったくない。

 最後は普通に手を封殺されて、普通に正面から負けた。

 そこに嘘偽りはないのだ。

 もちろん”殺す気”なら、まだやりようはあるよ?

 でもそんな事はできないわけだし、それをすれば向こうだって”その気”の手段がいくらでもあるだろう。

 なので3対1とはいえ、ルシエラの中ではさっきの戦いは本当に負けだった。



「私も鍛えないといけないかもね・・・」


 思わずそんな言葉が口から飛び出し、近くにいたクラブの生徒が驚きの表情を作る。

 視線の先で和気藹々と自分の仲間たちに合流するモニカの背中は、初めて見たときとは比べ物にならないほど大きく見えた。

 これは今でこそ3対1で互角かもしれないが、気を抜けば来年あたりには彼ら1人ずつが相手でも負けるかもしれない。


 それは以前、アクリラのイベントでモニカの学年のトップであるルーベンとやらを見かけたが、彼には悪いがあのときは感じなかった”可能性”だ。

 今でもあの少年に抜かれることはないと思っているが、この3人はひょっとすると・・・


 だがそれと同時に、ルシエラの中に”別の不安”が湧いてくる。

 モニカが”純粋すぎる”のではないかという心配だ。

 今回はそれに救われた訳だが、同室の先輩とはいえ私のことを信じ過ぎではないだろうか?

 それは”一般人”なら良いことだろう。

 だが彼女はそれとは程遠い人生を送らねばならぬのだ。

 もしかすると私は、彼女の”成長”について、これまでとは違った角度で真剣に考えないといけないかもしれない。



 おっと、いけない。


 今はそんなことよりも、やらなければならないことがあるのだ。


 私は取り敢えずモニカ達が去るのを見届けてから、クラブの建物の中へと入り、そこにいた全員を1階ホールに集めるように伝える。

 するとすぐにカーミラ先輩の号令のもと、全員が集まってくれた。

 だが皆の表情は暗い。


「あなた達、聞いたわよ・・・・下級生を虐めてたんだって?」


 私がそう言いながら、真剣な眼差しでそこにいた”クリステラ魔法研究クラブ”の面々を睨むと、予想以上に多くの者が気まずそうな顔をした。

 モニカから何度も相談を受けているので、当然ながら”事の発端”についても聞き及んでいた。


「私がどういう経緯で、このクラブを作ったのか分かってるわよね?」


 それはアクリラの生徒間に生まれた既成の関係性や、その押し付けに対して反発するための集まりだったはずだ。

 その集まりが、いつの間にか対抗すべき”既成組織”へと変貌を遂げていた。

 そしてそれは彼等自身にも薄っすらと自覚があったのだろう。

 特に反発などの声は上がらなかった。


「今回の”一件”を期に、私はこのクラブを解散しようと思う」


 だが流石に私がそう言うと、僅かながらに反応があった。


「あ、でも・・・」


 下級生の独りが呟いたその言葉を、私が手を上げて制する。


「ありがとう、その気持ちだけで嬉しいわ」


 私はその下級生にそう言うと、今度は努めて上級生に目を合わせていく。


「これからどうするか、それは”あなた達”が決めなさい」


 すると上級生たちが一斉に声を上げた。

 

「ルシエラさん」「ルシエラ様」「見捨てないで」


 おいおいあんたら、”さん”とか”様”って何だよ、中には私より年上まで混じっているというのに。


今から・・・は、私ではなくてあなた達が”主体”よ。 今度こそ本当に力なき者のためになるように、あなた達でちゃんと考えなさい」

「で、でも・・・」

「今日戦った、あの子達のことを覚えてる?」

「?」


 私がそう言うと、その場にいた者達の顔に疑問が浮かんでいく様子が見てとれた。


「誇りなさい、”クリステラ魔法研究クラブ”は、”挑む者”から”挑まれる者”に成長を遂げたのよ」


 私がそう言うと、それに合わせて集まりの中からカーミラ先輩が立ち上がる。

 そして後ろを振り返ると、その場にいた全員に問いかける。


「みんなに伝えるわ。 今日この場を持って”青の同盟”はその役目を終えて、これからはちゃんとした”魔法クラブ”として、ちゃんとした”互助会”として活動していこうと思うの」


 すると1人、また1人と真剣な表情で立ち上がり、カーミラ先輩の顔を見つめる。


「カーミラさんがそういうなら」

「ルシエラ様の威光が無くなるのはちょっと怖いけど、でも頑張ってみます」

「俺達はここまで大きくなったんだ」


 皆、口々にそう言いながらカーミラ先輩の下に集り、その光景にカーミラ先輩の目に涙が浮かぶ。

 そして最後に私が、そっとその肩に触れながら”激励の言葉”を述べた。


「これから頑張ってください、カーミラ先輩」

「私で大丈夫かな?」


 カーミラ先輩の表情は少し心配そうだった。


「大丈夫ですよ、ここまでやって来たんですから。 それは間違いなくカーミラ先輩の力です」


 と念を押す。

 するとカーミラ先輩の目に強い光が灯った。

 さすがに、ここまでこの組織を動かしてきただけのことはあるか。

 この様子なら、もう大丈夫だろう。

 幽霊の威光がなければ、この街のパワーバランスの中で、それほど増長することもあるまい


「それじゃ、”役目の終わった” 私は、お先に失礼させてもらうわ」


 私はちゃっかりとそう言いながら、玄関に向かって歩き始めた。

 

「「「ルシエラ(さん)」」」


 すると背中に沢山の声がかかり、私は何事かと振り返る。

 そこには一斉にこちらに向かった頭を下げる、”青の同盟だった”者たちの姿が見えた。


「「「 今まで、ありがとうございました 」」」


 私はその言葉に満足すると、それにはあえて言葉では答えず視線を戻し、軽く手を振ってその言葉に答えた。


 

 と、同時に内心で”ガッツポーズ”を決めて喜ぶ。


 これで”厄介事青の同盟”の頭目という”汚名”からは、おさらばよ!


 あとはどこかの事務局にでもよって、正式にカーミラ先輩に”筆頭者変更”の手続きを済ませれば名実ともに縁が切れる。

 つまり彼等がこれからどうしようが、私に火の粉は降りかからない!


 あ、そうだ。 モニカ達へのフォローも忘れないようにしないと。

 今は”あれ”で納得しているようだが、なんだかんだで私の”手違い”で迷惑をかけたのは事実である。

 将来的に本当のことを話すにしても、その前にポイント稼ぎをしておかないとまずいだろう。

 何かちょうどいい”イベント”でもあれば良いのだが・・・・

 

 そうだ、そういえば彼女の”誕生日”って、もうそろそろではなかったか?

 何か、モニカの喜ぶプレゼントでも用意しておくか。


 ”そうと決まれば急がなければ”


 私は自分の心にそう言い聞かせて、はずむ足どりを悟られないように注意しながら、出口へと向かった。



 ・・・のだが、”事態”というものは、そう上手くは行かないのが世の常なわけで・・・・


「『待ちなさい、ルシエラ・サンテェス』」


 不意に妙に頭の中まで響く声で呼び止められ、その場にいた全員がその声の方向に顔を向ける。

 するとそこにはいつの間にか、白く輝く男の精霊の姿が現れ、厳しい表情で立っていた。


「あ、アラン先生?」


 ルシエラはその人物の名前を呟くと、背中を冷や汗のようなものがつたう感覚に襲われた。

 そしてその”直感”は当たる。


「『”あれ”の落とし前は、どうつけるつもりかね?』」


 そう言ってアラン先生が指さした先には1階の窓が。

 そしてその窓は粉々に砕けており、その先には先程の”激戦”でボロボロになった”街角”の光景が広がっていた。

 ちなみに一番派手に壊れているのは、戦いの冒頭でルシエラが壊した地面である。


「あ・・・はは・・・」


 こういったとき、乾いた笑いが出てくるのは、なんでなんだろうか?




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



『・・・なあ、モニカ?』


 ”青の同盟”との”イザコザ”の帰り、流石に気になった俺はモニカに向かって声を掛けた。

 もう既に俺達の”集まり”は解散して皆それぞれの帰路の途に付いている。

 だが事ここに至って、まだ俺はどうしても”引っかかるもの”があったのだ。


「・・・なに?」

『ルシエラのこと、本当にあれで良いのか?』


 俺が気になったのはそのこと。


『あまり言いたくないが、ルシエラが俺達のために動いたってのは・・・』

「ロン」


 するとモニカが俺の言葉を遮り、唇に人差し指を当てた。


「”そのこと” ルシエラには喋っちゃ駄目だよ」


 そう言ってモニカがニコリと笑う。

 その悪戯っぽい表情は、俺達を引っ掛けてあしらう時のルシエラの顔に、驚くほどよく似ていた。


『モニカ、まさかお前・・・』

「私は”妹”だからね、お姉ちゃんを信じてあげないと」


 その言葉で俺は”確信”する。

 モニカも俺と同じ”結論”に達していた事に。

 すなわち”悪意なき行き違い”だ


 おそらく戦ってみた中でルシエラに悪意が無いことを悟ったモニカは、そこから更に事態の解決に思考をシフトさせたのだろう。

 となれば・・・


『ルノーブルの検問のときにも感じたが・・・モニカって時々、演技がうまいよな』


 それも、”自分がどう見られてるか”を逆手に取ったような芝居が。


「うん」


 嬉しそうにそう答えたモニカは、ちょっと大人びて思えた。 

 この少女は事態を迅速かつ穏便に済ませるために、わざと”勘違いした少女”を演じたのだ。

 それはルシエラなら、あとはそこからどうにでもできるだろう、という信頼あってのものだが、その思いっきりの良さったら・・・


 自分の事は自分が一番分からないというが、これもその類か。

 ひょっとすると俺は、この子のことを少し幼く見過ぎていたかもしれない。



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