2-6【青の同盟 4:~先輩が強いです~】



 頂点・・・魔力の至高


 目指すことはできないと知りつつも、その力に憧れた。

 それが今、俺達の目の前に立ち塞がった、”ルシエラ・サンテェス”という少女だ。


 だがその力は、思っていたとおり・・・いや、想像を遥かに超えるほど凄まじいものだった。 

  


 眼の前を覆い尽くすほどの光の波が押し寄せ、その力でモニカが思わず膝をつく。

 これが本当に僅かな魔力によるものだとはとても信じられない。


 地面を無様に転がるモニカの中で俺はそんな感想を持っていた。


「しっかりして!!」


 再びシルフィの叱咤が飛ぶ。

 と同時に急に体にかかる力が減ったかと思えば、みればシルフィの体から発生した”青い光”がルシエラの放つ”青い光”の前に壁のように立ち塞がり、その勢いを殺していた。


「ありがとうシルフィ!」

「お礼より、早く何か攻撃を掛けて! これ保たない・・・・


 シルフィはそう叫ぶなり、冷や汗を浮かべながらルシエラの放つ光を睨む。


「魔力が私の言うことを聞かない!? あの人の方が良いっていうの!?」

「”エルフの魔力”・・・しかも純血の? これは珍しいわね」

「・・・・っ!?」


 その直後、コントロールを失った魔力の光を咄嗟にシルフィが魔法を打ち切って距離を取り、さらにルシエラの言葉に驚愕の表情を作った。


「なんで・・・」

「今は、それどころじゃないでしょ?」


 次の瞬間、シルフィの体が青い光のムチによって絡め取られると、そのまま力任せに投げ飛ばされた。


「閉ざされた里の中では、自分が最も魔力に愛されてると思い込んでいるんでしょうけど、外に出たからにはその”広さ”を知らないと」


 道の向こうに投げ飛ばされたシルフィに向かってルシエラはそんな言葉を投げかける。

 一方、その光景を見た俺達は、その理不尽なまでの力に心の中で悪態をついていた。


『ちくしょう、なんて対応力だ!?』

「動きを止める!」


 モニカはそう言うと、腕につけていた”グラディエーター”の手甲に大量の魔力を流し込んで、限界まで強化を行う。

 するとそこから溢れた大量の魔力が火花となって周囲に迸り、その手甲を握りしめて一気に前へと飛び出す。

 さながら光る拳と化したモニカの腕は、さらに魔力ロケットの急加速によって俺達の体ごとルシエラに向かって大砲の様に発射された。

 その凄まじいエネルギーは、”グラディエーター”の完全体ではないにも関わらず、少しも劣らぬ力を秘めている。

 

 だがその攻撃は予想外の方法で止められてしまった。


 ガッシッ!!


 まさにそんな感じの音を発生させながら、俺達の拳がルシエラの青く光る手によって握り止められたのだ。


「え?」


 ルシエラのことだから避けるか、弾くか、とにかく何らかの”凄い手段”で止められると思っていたモニカだが、まさか素手で受け止められるとはおらず、そんな間抜けな声を出してしまう。

 だが即座に頭を切り替えると、手甲にさらに大量の魔力を流し込み、俺がそれを全て手甲内に展開した”サイカリウスの牙”用の魔力回路に流し込む。

 もはや厚さ数mの鉄の板すらプリンのように貫通してしまえるだけのエネルギーを持った俺達の拳は、だがしかし全く微動だにしなかった。


「なんで!?」

『なんじゃこりゃ!?』


 俺とモニカが揃ってその”意味不明”な光景に声を上げる。


 片や必死の形相で魔力を込め、拳から凄まじい火花を散らすモニカ。

 かと思えば涼しい様子で、まるで張り紙でも抑えるかのように軽くそれを受け止めるルシエラ。

 

 その顔はこちらに興味すら持っていないかのよう・・・いや、


 実際にこちらから目を離して周囲の状況を伺っていた。

 こんな凄まじいエネルギーを前にして、いったい何があるというのだ?


 俺達がそんな憤りを溜めていると、不意にルシエラの周りの空間に”皺”が寄る。


 それは最初空間が折れたような見た目をしていたが、すぐに形を取り始め、まるで”杭”のような形に変わると、その”全景”を現した。

 それはルシエラの周りを取り囲むように配置された、大量の緑色の”杭の檻”。

 その切っ先は全て内側に向けられ、ルシエラがそこから逃れることを許していない。


 だが、ルシエラはそれすら気にしていないかのように顔を後ろに向けると、いつの間にかそこに回り込んでいたアデルの姿をみとめる。


「ふーん・・・これは結構厄介ね」

「お褒めに預かり光栄です。 お姉さま・・・・


 アデルはそう言うなり軽くウインクを飛ばす。

 その両手には、緑色の複雑な魔法陣をいくつも展開する、まるで小さのナイフのような見た目の”杖”が握られていた。


「ここまで極ったこの”檻”からは逃げられないよ、この100本の杭は標的に当たるまでどこまでも追いかけてくるから。 降参して」

「自信と技術は1人前、でも上級生相手にそこまで言うのはやめておきなさい」


 ルシエラは不敵に笑い、それを見て降参の意思なしと判断したアデルが、手元の魔法陣を操作する。


 すると次の瞬間、全ての杭が怪しく光りだしそれが推進力となって内側に高速で射出された。

 これはさすがのルシエラも逃げ場がない。

 そう思った瞬間だった。


「!?」


 俺達の周囲の景色がグニャリと歪んだかと思うと、

 次の瞬間、俺達の周囲に先程までルシエラの周りを覆っていた”杭の檻”が出現し、同時にそれがこちらに向かって迫ってくるところだったのだ。

 逃げ場がない。

 そう思ったのと、全身にアデルの作り出した杭が刺さり、その痛みに意識が飛びかけたのはほとんど同時だった。


「あ!? モニカちゃんごめ・・・ぐは!?」


 自分の攻撃が味方に命中したことを悟ったアデルが、ビックリしたような顔で俺達に謝り、その隙をルシエラの光の鞭が刈り取る。

 吹っ飛ばされたアデルが視界から消えるが、モニカはそれを目では追わない。


 アデルの放った杭の攻撃はその手数と威力故に凄まじく痛いが、彼もルシエラを殺す気はなかったようで当然、非殺傷攻撃だ。

 おかげでダメージは問題なく俺達の身体強化によって防ぐことができる。

 そんなことより、今一瞬でもルシエラから目を離せば一瞬でやられてしまう。

 モニカはそれを直感的に悟りルシエラの姿を睨んだ。

 

 彼女は相変わらず俺達の拳を何気ない感じに受け止めていた。

 その状況は変わらない。

 だがその”立ち位置”が真逆になっていた。

 アデルの”杭の檻”を発動したあの一瞬で入れ替えてしまったのか・・・


 するとモニカが空いていた左手にフロウを取り出し、それをルシエラに突き出した。

 同時に最大級の”砲撃”の指示が飛んでくる。

 だが、それに従って俺が魔力を詰めた瞬間だった。


 ルシエラが光の鞭を空中に一旦放り出し、その手でフロウの砲口の部分を”トン”と軽く叩いたのだ。


 そして俺達はその激烈な反応に瞠目することになる。


 なんとフロウの内部を魔力が逆流し、そのまま反対側から推進剤となるはずだった爆炎が吹き出したのだ。


「あ!?」

『あっつ!?』


 その熱と衝撃が俺達の脇腹を直撃し、その勢いに視界が霞み、反対側から予想外のエネルギーを得たフロウが俺達の手をすっぽぬけ、そのまま道を転がる。

 それでもルーベンの一撃に比べたら軽いもんだと気合を入れてモニカが踏ん張り、そのおかげで、今の爆発で俺達が飛ばされることはなかった。


 だが待っていたのは、それ以上の”衝撃”だった。


 ルシエラが抑えている俺達の”拳”を見つめている。

 すると、手甲の中に何かが蠢くような違和感が走った。

 ”2.0強化装甲”はその内部に大量の魔力を抱えているので、わずかに感覚がある。

 その感覚が明らかな”異常”を伝えていたのだ。


 そしてその感覚が徐々に消えていったかと思うと、ルーベンの”破壊”スキルにすら耐えきったグラディエーターの装甲に”ヒビ”が入った。


「!?」


 何が何だかわからないその現象に、モニカが言葉を失う。

 その”ヒビ”は徐々に広がりながら、内側から青く発光する。

 その様子はまるで、スローモーションで見た雷のよう。


 そしてその雷が、本当に轟音を放ち俺達の手甲を粉々に砕くと、その反動で俺達の体が中に飛ばされた。


 そのあまりにも”常識外”の現象に我を失い、最初の地面への衝突を回避できなかったが、

 その痛みでモニカが我を取り戻し、即座に空中で姿勢を戻すと、ズザザと滑るように着地した。


” どうすればいい!!? ”

『おい、まずは落ち着け!!』


 焦るモニカを俺が諌める。

 実はグラディエーターが破壊されたことで戻ってきたリソースで、今の一連のルシエラの”行動”についてある程度分析ができていたのだ。

 だが状況はそれを許さない。


「どいてなさいモニカ!」


 後から怒声が聞こえて、モニカがそちらを振り返ると、ルーベン戦くらいでしか見れない”怒りモード”のシルフィが、凄まじい勢いで腕を振り抜くところが見えた。


 慌ててモニカが”射線”から退避する。


 するとその瞬間、目の前の空間が”パックリ”と真っ二つに裂けた。


『おいおい、シルフィ、それマジで”ダメ”なやつだって!?』


 それは本来、模擬戦用の強力な結界の上から撃ち込むことすら、上位生徒相手に限定されているシルフィの必殺技。

 俺が勝手に”かまいたち”と呼んでいる強力な風魔法、”真空魔法”だった。


 風魔法によって空気に真空の層を作り出し、その気圧差で全てを破壊する。

 その威力は絶大で、なおかつ感覚的に予見しづらく、初見ではほとんどの者が対応を誤り結界を砕かれる。


 だが今のルシエラに、豪華な結界はない。

 なぜならあれは競技場の巨大な設備によって可能なもので、だからこそ生徒の強さで会場が別れているのだ。

 なのに、この”初見殺し”の鬼畜魔法を簡単な保護魔法しか持たない生身相手に撃つなんて・・・


 だが、シルフィの目は”恐怖”に染まっていた。

 まるでその攻撃が通じないことを”予見”しているかのように。


 そしてその予見は正しかった。


 空間すら真っ二つにしてしまう”かまいたち”の斬撃は、ルシエラが右腕で軽く払うだけで、そよ風のように消えてしまったのだ。





 シルフィは心の中で、その”結果”に恐怖する。


 もちろん”わかっていた”。


 全てを見通す”エルフの目”には、今の”結果”すら見えていた。

 だが、だから何が出来るのだ?


 ”エルフの目”はそんじょそこらの解析魔法やスキルとは次元が違う。

 その者が持っている、”力” ”技術” ”手段” ”経験” 全てを見抜いて、相手が対処可能であるかどうかを”見る”のだ。

 だがシルフィは混乱していた。

 全ての手段、全ての攻撃が、この青い先輩の前ではまったく”通用しない”ことがハッキリ見えている。


 ルーベンやモニカも絶望的だが、まだ”道” は見える。


 だが”絶望度”こそ、その2人には劣るものの、この先輩は”道”そのものが一つも見えない。

 ただ、自分のすべての行動に対し、相手が”対処可能”という”事実”を突きつけられるだけ。

 もちろん、これまでも一部の上級生に同じ反応をする者がいることは知っていたが、挑んだことはなかった。

 まさかこんなことになるなんて・・・


 シルフィは苦し紛れに、大出力魔法を続けざまに撃ち込む。

 だがそれは予め知っていた・・・・・とおり全て対処される。


 そもそも魔力との親和度が違いすぎるのだ。

 シルフィの魔力は大きく青に寄っている。

 それはこの先輩の”好きにできる”部分が多いことを示す。

 ”大出力遠距離”に傾いている自分の攻撃では、届くまでに魔法を維持している魔力自体に干渉されて魔法が維持できない。

 だが近づけばそこは相手の戦場だ。


 ”何をやっても負ける”


 その思考が、ルシエラが視界から消えたことに気づくのを遅らした。


「”目”に頼り過ぎだよ」


 気づいたときには、すぐ横に回り込まれ、それに驚きの顔を向ける自分がいる。

 もちろん、それも”知っている”、対処法は”相手より速く動く”ということも。


「どうしろっていうの・・・」


 そう呟いたのと同時に、強烈な蹴りが腹に当たり、その痛みで視界が真っ白になる。


「その”目”は強力だけど、手を狭めるわ。 それに見え過ぎちゃって、対処不能な事態に陥ると、何が”とりあえず最善”かもわからなくなっちゃう。

 相手もミスをするということを頭に入れて、ちゃんと”考え”なさい」


 ルシエラがそう言うと、シルフィは破れかぶれに手に魔力を集めて、それで作った”真空魔法”を叩きつけようとした。

 だがそれは完全な”悪手”だった。


「ほら、ちゃんと考えてないから、そんな馬鹿な手を選んじゃうのよ」


 ルシエラはそう言うなりシルフィの手の中の魔力、つまり”青の魔力”のコントロールをすべて奪うと、それを自分の魔法に置き換えた。

 そして青く輝く魔法陣を呼び出し、シルフィの意識を刈り取ろうとその魔法を起動・・・しなかった。


「・・・?」


 その行動にシルフィが驚く。

 だがすでにルシエラの興味は、別の場所に移っていて魔法陣の角度をクルリとまわし、真後ろに向かって青い光線を放ったのだ。


 そこにいたのはアデル。


 再びシルフィの意識から消え去った彼は、またその背後から攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

 だが今度はそれを事前に察知され、迎撃されてしまう・・・わけではなかった。


 この戦闘が始まって、はじめてルシエラの顔に驚きが浮かぶ。

 ルシエラの光線はアデルの体を直撃したのに、まるで何事もないかのように透過してしまったのだ。


 アデルの顔がニヤリと歪む。


 と同時に、再び・・・いや、先程よりはるかに強烈にルシエラの周りの空間が歪み、その歪みの”一つ一つ”に、アデルの姿が浮かんだのだ。





 アデルは内心ヒヤヒヤだった。

 全てがギリギリの綱渡り。


 だがこれでこちらの”戦場”に巻き込むことが出来た。


 周囲には、まるで割れた鏡のように広がる空間の”折り目”。

 その折り目によって生まれた、一つ一つ小さな空間の全てから自分が顔を出し、その手にはナイフのような杖が握られている。

 この杖は特別性で、内部に幾つもの魔法を予め仕込んでおくことが出来る。

 これを状況に応じて使い分け、その即応性でもって相手を忙殺するのが、アデルの得意分野だった。


 そしてそれは”こういう”使い方もできる。


 空間の折り目から現れたアデルの分身、その全員が”好き勝手”に魔法を起動したのだ。

 全員が強力かつランダムな、大量の一斉攻撃を中心に向かって放つ。

 ただ1つ、時間だけは杖の即応性のおかげでほぼ同時だった。


 今度こそ一斉に殺到する、色とりどりの魔法達。


 先程のモニカとの”入れ替え”については、既に”カラクリ”が判明しており、今回はその心配はない。

 さあ、どう来るか?


 アデル達は目を見開いて、状況の進行を見守る。

 そしてルシエラはアデルの予想通り、凄まじい手段で対応してきた。


 ルシエラは手元に次元魔法陣を展開すると、そこから丸太のような形の魔道具を取り出したのだ。

 その魔道具は表面にいくつもの青い魔力回路の刻まれており、アデルはそれが1つ1つの独立した魔法を記録したものであることを見抜く。

 いわばそれ自体が大きな杖のような魔道具と言えるだろう。


 そしてその威力は、その大きさに決して引けを取るものではなかった。


 突然、ルシエラの周囲が真っ青に染まる。

 無数の青い魔法陣が現れ、その光で覆い尽くされたのだ。

 そして、すぐにその光はわずかに緩くなる。

 だがそれは魔法が不発に終わったからでも、その威力が減退したからでもない。

 最初に展開された無数の魔法陣がより強力で複雑な新たな魔方陣を作り出し、そこの全ての魔力が集中したのだ。


 外側に向かって一斉に放たれる青の”矢”。


 その全てが今しがたアデルの放った魔法に向かって飛び、アデルの放った攻撃を適切に中和、処理していく。

 暫くの間その空間には、青と緑の光が激突し反応する幻想的な景色が展開された。

 だがそれはアデルのすべての攻撃が無効化されたことを示す。

 それでもアデルは笑みを浮かべたまま。


 そもそも彼は、ルシエラに対抗しようなんて微塵も考えていない。


 ”これはもらった!!”


 アデルが心の中で大きく叫ぶ。

 と、同時にルシエラの背後の空間が大きく捻じ曲がり、そこからルシエラに向かってアデルの腕が伸びたのだ。

 その攻撃にルシエラは反応できない。

 既に周囲からアデルの強力な魔法が降り注いでその処理に気を取られており、背後に接近した”まったく無害”なアデルの腕の存在感を見落としてしまったのだ。

 そしてそれはルシエラの見立て通り、本当にまったくルシエラを傷つける可能性はなかった。


 だが・・・


「とう!!」


 その掛け声とともに、アデルの手が最後の距離を一気に乗り越え、”目標”に到達する。


「なっ!?」


 この期に及んで行われたアデルの”蛮行”に、一部始終を一番近くで見ていたシルフィの顔が”恥じらい”と”呆れ”の混じった驚きに染まる。

 だがアデルはそんなことは気にしない。

 ひたすら今、自分の手の中にある”勝利”を確かめようと、その手を動かす。

 するとアデルの手が掴んでいたルシエラの形の良い胸が、”フニャ”っという擬音が聞こえてきそうなほど柔らかく形を変えた。

 そしてその感触と光景に、アデルは心の中で”勝利”を宣言する。


”格上の女と戦闘になったなら、まず胸を揉め、それから好きなところを触れ”


 それはアデルの家に伝わる”家訓”であり、アデルの最も重視する言葉だった。


 アデルの家は代々マグヌスでも主要な貴族であり、また武力に秀でた一家でもある。

 なので軍事における重要ポストを、これまで何人も輩出してきた実績がある。

 そしてそうなれば、必然的に”絶望的”な相手と戦わなければならない場面、というのも出てくるだろう。

 そんな時でも絶望せず、勇気を持ってこちらの利になる行動をとれ、という”ありがたい意味”が、一応半分くらい・・・・・含まれている。

 ・・・のだが、もう”半分”の理解しか無いアデルにとってみれば、”どうせボコボコにされるのなら、女の子の体を思う存分堪能してやれ”といった以上の意味はない。


 そして彼はそれを忠実に実行し、今できるすべての手段を”胸を揉むための陽動”に使ったのだ。


 さて、そんなわけで”目標”を達成し、後はぶっ飛ばされるまでにルシエラの尻でも触ってやろうかと考えたアデルは、手を軽く動かし掌の中の”勝利”を確認する。

 だがその時、”違和感”を感じてその顔を引きつらせた。


 ”おかしい”


 これまで幾多の女性の体を揉んできた彼の右手が、”これは生身ではない!”という警告を発していたのだ。

 そしてアデルは、長年培ってきたその”感覚”を全面的に信頼し、咄嗟に胸から手を離すと半ば本能的に身を縮める。

 そしてその”直感”は正解だったようで、自分の頭の上を青く光る氷の刃が通過するのをゾッとする思いで見送った。

 そしてその氷の刃がそのままルシエラの体を引き裂くと、その体が青い塵となって消えてしまう。


 なんてこった、”幻影”か!?

 

 触った感覚すら再現してしまう幻影にアデルが心の中で悪態をつくと、すぐに耳元から肝が冷えるほど冷たいルシエラの声が聞こえてきた。


「やっぱりあなた、他の2人より1枚上手ね」

「あ・・・どうも・・・」

「でも欲望に忠実すぎる、考えてることがバレバレよ、それじゃトップにはなれないわ」


 ルシエラのその言葉がアデルの胸にグサリと刺さる。

 それは日頃から隠してきた・・・シルフィだけでなくアデルも持っていた当たり前の”思い”だったのだ。

 だがアデルがその言葉に感傷に浸る暇もなく、ルシエラはさらに続ける。


「それと仲間と連携している時に、他の目標を勝手に持たないで。 それは戦友の命を弄ぶ行為よ」


 ルシエラのその言葉は、恐ろしいまでに真剣だった。





 膝をついて状況を見守るモニカの中で、俺は先程から展開されるルシエラの戦い方に考えを巡らせていた。


『さすがルシエラ、対応力も、対応速度も違う』

「みんな単純な手段に追い込まれてるよね?」


 モニカがアデルとルシエラの攻防を見つめながら、俺にそう聞いてきた。


『たぶんそうだ、皆自分の良いところを生かしているようで、それが足を引っ張るように仕向けてる』


 流石というか、踏んだ場数の差というか。

 実際の力以上に、差がつくような戦い方をしている。

 相手の得意な状況にして、逆に”手段”を絞っているのだ。


 俺の中にガブリエラが語った”ルシエラの特徴”の言葉が木霊する。

 きっとモニカもそうだろう。


” あれは力がない、魔力もない、だから決して正面から受けたりはせん。 もし正面から受けたとしても、それは勘違いか、何らかのあれの”術中”に嵌っているだけだ ”


 それを踏まえて先程の俺達の攻撃を”握りつぶした攻撃”を振り返ってみれば、自分の未熟さと”2・0強化外装”使用時の、致命的なまでの視野狭窄っぷりが浮き上がる。

 そもそも片手で受けたように見えたあれだが、受けたわけがない・・・・・・・・のだ。


 彼女は俺達が突撃しながら巻き散らかした魔力を掴み取り、それをタイミングよく使うことで”グラディエーター”の推進力を打ち消しただけである。

 どれだけ魔力を込めても、それを反対側にも使われては意味がない。

 後は勝手に俺達の手甲がその場に固定され、彼女は抑える必要すらないのだ。

 そして、それでも抑えたのは”受けた”と誤認させるための”演出”と、”間合い”を確保するため。


 俺達は何をするにしても大魔力を取り扱う。

 だがそれは、ルシエラにコントロールを奪われる割合が大きいことも意味している。

 だから俺達相手では距離を離すよりも、いっそ接近してしまった方が対処が容易なのだ。

 これはおそらく”対ガブリエラ”で磨いた方法だろう。


 アデルの”杭の檻”を避けたのは、”空間系”と”幻影系”の合わせ技。

 どこかの段階で俺達との位置関係を逆転させ、幻影魔法でそれを隠蔽したのだろう。


 実は青の傾向は、緑や黒に比べ数では劣るものの、質のいい”幻影魔法”がいくつかある。

 それは分かっていても引っかかる様な性能で、ルシエラくらいなら使えても不思議じゃない。

 一応どちらも燃費が悪く、大量の魔力を必要とするがそれはな問題ない。

 なにせ”モニカ”というこれ以上無い魔力源に触れているのだ。


 手甲を破壊したのはおそらく、必要な魔力を吸収し終わったから。

 普段から魔力不足を悩んでいる彼女のことだ、何らかの”ブースト手段”を持っていてもおかしくはない。

 はっきりとはしないが、そこへの”給魔”を示すデータもある。

 つまり今、シルフィとアデルを苦しめている、あのルシエラらしからぬ大量の魔力は、俺達がルシエラに与えたものなのだ。

 それは俺達にしてみれば、取られたことにも気づかないほど僅かだが、同時にルシエラにしてみればそれで”十分”な量になる。


 手甲の破壊方法についても単純で、”2.0強化外装”に含まれる僅かな青の魔力を操作したのだろう。

 言ってしまえばあれは”魔力の塊”だからな。

 変質前とはいえ、エネルギーを失っているので再利用は難しくとも、その組成を弄るくらいルシエラならわけないだろう。

 それでルーベンに勝ったという、絶対に近い信頼を逆手に取ってこちらの戦意を折る効果もある。


 そんなわけで俺達は”やられるべくして”、やられていたのだ。


 さて問題はここからだ。


「これからどうする?」

『さあて・・・なにぶん実力差がありすぎて』


 なにせ向こうの戦力もルシエラに付いていけなくて、ただ呆然と状況を眺めているしかできないでいるくらいだ。

 やはり戦ってるのが間違いだろう。

 あれ? そもそも、なんで戦ってるんだっけ?


 すると、


「試したいことがある」

『?』


 モニカはそう言うなり、髪留めのフロウを軽くつついた。


「”あれ” ロンが今、実験してるやつ」

『”あれ”をか? だがあれは別に何の力も・・・』

「今必要なのは”あれ”だよ」


 モニカはそう言うと、手元に”転送”でフロウをいくつも出現させた。

 会議室代わりのサロンに、メリダとかと一緒にロメオも置いてきちゃったから、今使える数はそれ程でもない。

 だが2人分なら・・・・・これでなんとかなるだろう。


 俺は詳細記憶のログから、夜な夜な庭先でフロウを動かし小さな実験を繰り返して作り上げた”設計図”を取り出す。

 それは決して”最強の武器”ではない。

 それどころか、武器ですら無い。


 だがルシエラとの差を考えるなら、たしかに戦況を激変させてしまえる力を持った物かもしれない。


 俺はその設計図を確認しながら”組み立て”を開始する。

 今回使うのは高性能な方ではなく、ピスキアの瓦礫から作った”普通”のフロウ。

 高性能フロウの方が色々と簡単だが、俺達の体から離れると棒状に戻る性質があるので今回は使えない。

 なぜならそれを使うのは、俺達ではない・・・・・・からだ。


 そして俺はモニカの両手の中で形を変えていくそのフロウを眺めながら、同時に無数に湧いてくる ”そういやなんで俺達、こんなマジになって戦ってるんだ?” という”邪念”を押し流した。


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