2-6【青の同盟 3:~先輩に喧嘩を売ります~】
「貴様がモニカ・シリバか?」
高等部の制服を着た金髪の男子生徒が、やたらこちらにガンを飛ばしながらそう聞いてきた。
「だったら何?」
それに対しモニカも一歩も引かずにそう答える。
両者の間には一触即発の緊張感が漂い、徐々にそれが濃いものに変わっていく。
いよいよ、この”クラス”が出てきたか・・・
”青の同盟”との”喧嘩”は数週間続いていた。
といっても、向こうがちょっかいをかけてくるのを追い返して、もう少し強そうなのが出てくるのを繰り返していただけだが。
それでも、そろそろこの状態が一体いつまで続くのかと思い始めていた頃だ。
今回向こうは、明らかに学年上位と思われる強そうな生徒が5人、その後ろにさらに10人ほど。
対してこちらは俺たちの後ろに偶然居合わせた友人が数名、”戦力”になるのは
俺達だけで対応するには些か心許ないが・・・
するとその時だった。
「モニカ、こんな所で何してるの?」
突然、横から澄んだ鈴のような声がかけられる。
「あ、シルフィ」
そこに居たのは青い目にプラチナのような髪の”超美少女エルフ”ことシルフィ。
彼女も近くで授業があったようだが、その顔は俺達の状況に困惑気味だ。
「ええっと・・・お知り合い?」
「いや、知らない人」
「なんだとテメエ!?」
眼の前の先輩が俺達の態度に気色ばむ。
だが、シルフィが来たことで俺達の後ろの子達の顔色がかなり良くなっていた。
「知らない人でしょ、名前も聞いてないし」
その後押しを受けたのか、モニカも若干強気な様子でそう言い返す。
見ればシルフィも興味深そうに流れを見ている。
「あんだと!? 俺はディン・・・」
「ちょっと待って」
するとシルフィが徐に、”ディンなんとか”先輩の名乗りを止めて話に割って入ったのだ。
「モニカに先に用があるのは私なの、順番は守ってよね」
「ああ!?」
「そうよね、モニカ?」
シルフィがそう言いながらニコリと笑う。
あれ、そんな約束してたっけ?
すると、シルフィが一瞬だけこちらを鋭い表情で見つめた。
あ・・・そういうこと。
どうやら加勢してくれるらしい。
「先約だかなんだか知らないが、このディング・・・」
「うるさいよディン先輩、
まるで挑発するように”ディングなにがし”先輩の言葉にシルフィがそう言って被せる。
きっと冷静なら先輩も流しただろうが、既に緊張感が臨界点だからか。
それとも中等部の下級生に弱いとバカにされたのが効いたのか、すぐにその怖そうな顔が真っ赤に変色した。
「黙って聞いてりゃ・・・・」
そして”ディング・・・”先輩がそう言いながら、目の前のシルフィに向かって手を振り上げる。
年下の美少女に手を挙げる上級生という非常に問題のある光景だが、もちろんこれはシルフィがそうし向けたもの。
先輩のその手に攻撃用の魔法陣が展開され、それが複雑な魔法を組み上げるその刹那、
シルフィの青い目が怪しく光り、それを合図と受け取ったモニカがゴーレムスキルを起動して眼の前に金属の腕が現れた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その日の午後。
「というわけで、第17回”襲撃対策会議”を始めさせていただきます!」
「「うえええい!!」」
少し広めのサロンの個室を応急的に改造した”会議室”にメリダの元気な声が響くと、参加者の中で比較的”ノリがいい”連中が声を上げてそれに応じた。
ん? 先程の絡んできた高等部の先輩たちはどうしたって?
おいおい、あの場でこっちにはモニカとシルフィという”学年トップクラス”の生徒が2人も居たのだよ?
いくら上級生で更に上位の生徒とはいえ、十数人程度で何ができるというのか。
最近ようやく分かってきたが、”上位”と”トップクラス”の間には、それくらい深くて強烈な”差”が存在する。
数年程度の経験の差など”無い”と言ってしまえるほどに。
ただ、これが実戦経験が急激に増える最上級生とかになると話は違うのだけれどね。
さてそんなシルフィであるが今どこにいるのかと言うと・・・
「な、なんでシルフィ・・・ちゃんが!?」
ここにいる。
「あ、駄目だよアイリス! ちゃんと”シルフィ”って呼んで!」
その絶世の美少女は、まるで初めから俺達の仲間であるかのように、当たり前に円形に並べた椅子の1つに腰掛け。
シルフィの存在に驚いたくすんだ灰色の髪の女の子に絡んでいる。
ちなみに、このシルフィに絡まれてる気弱そうな少女の名は”アイリス”。
なんだかんだで、モニカとよく一緒になる子だ。
ルーベンとの”大喧嘩”の時にメリダに治療してくれた、あの地味な女の子でもある。
俺も結構最近までそれを失念していたので、その地味っぷりは筋金入りだろう。
彼女は持っている魔力傾向が測るたびに変わるレベルで拮抗していて、どの魔法も低レベルであれば扱えるという”ザ・器用貧乏”的な子だ。
どの分野でも専門には進めないという烙印を押された”灰色の少女”だが、子供の喧嘩にそんな高度なことは要求されないので、この集まりでは様々な事を担当する、なかなかに重要な立ち位置を確保している。
このアイリスとワンコ、そして当然ながらメリダがここ最近の俺達とよく行動を共にするメンバーであり、
それを中心に、”青の同盟”と戦うという名の下、適当におしゃべりとお菓子を食べるための集まりがこの奇妙な集団の正体だった。
そのためメリダやアイリスを始め、その大部分は戦闘力皆無の”賑やかし”要員である。
とはいえ、その集団力は案外馬鹿にできたものではなく、次の襲撃情報や、”青の同盟”の正体の予測、
更には授業や実習で使える”小ネタ”や、美味しいお店の情報まで網羅していた。
そして図らずも憧れの”勉強会”までもが実施可能なレベルになっていた。
時々意味不明な集団がレベルアップしながら襲ってくるのを除けば、素晴らしい学園生活と言える。
「でも、シルフィの姉御まで入ったとなれば、この”集まり”もとんでもないレベルになりますね」
ワンコがそう言いながら、後ろを振り返る。
するとそこには、当たり前のように集まりに混ざってお菓子を齧るアデルの姿があった。
実は彼は結構初期からこの集まりに参加してくれていた。
最初は、俺達が対”青の同盟”の対策のために友人達と相談していたのだが。
相談相手は必然的に女子の密度が高く、それが一定に達したとき、何処からともなく現れて気づけば自然に馴染んでいたのだ。
こいつは女子の数をトリガーにして召喚する精霊か何かだろうか?
基本的に戦力にはなってくれないが、それでも強いので、時々加勢してくれる”お助けキャラ”的な位置に落ち着いている。
「戦闘訓練で学年4位の姐さんに、2位のアデル様、そこに3位のシルフィの姉御まで入ったとなりゃ・・・」
ワンコがそう言って目を輝かせる。
『これであとルーベンでも入った日にゃ、中等部1年の”四天王”揃い踏みになるな。 ・・・ルーベンが入ればみんな怖がって空中分解するけれど』
俺がモニカにそう言うと、モニカから乾いた笑いのような同意が返ってきた。
ところでワンコよ、お前ルーベンのファンで、モニカの妹に飽き足らずアデルとシルフィにも尻尾振っているのはどうなんだ?
強いやつにはなびくのも”犬”の血のなせる技なのか?
ただこの”集まり”が、なんだかんだでかなり強力な戦力を持ち始めたのは事実だ。
この上、相談相手にガブリエラやルシエラなどの更に強力なメンツが居るので、一見するだけなら超豪華な組織とも言える。
中身はお菓子食って駄弁るのが殆どなわけだけど。
まあ、フリーメイソンとかも実際はそんな感じだったって言うし、”青の同盟”とかもきっとそうなんだろ。
これは実際に集まってみて初めて気づいたことだ。
”ボッチ道”を行っていれば、永遠に知らなかったかもしれない。
”秘密結社の正体見たり、おしゃべり会”である。
だが参加者たちが若干興奮気味に”新メンバー”を語る中、その”新メンバー”だけが何故かその紹介で不機嫌な表情を作った。
「どうしたのシルフィ? お菓子美味しくなかった?」
一応この集団の”頭目”であるモニカが、シルフィにそう問いかける。
するとシルフィが待ってましたとばかりに口を開いた。
「私、モニカに”話”があるのは本当だから」
「・・・・?」
モニカがシルフィの言葉に怪訝な表情を作る。
何のことか分からない感じだ。
「ほら、あの”弱い”先輩達に絡まれた時に言ったでしょ、”先約がある”って」
「ああ・・・ああ」
「思い出した?」
シルフィのその言葉にモニカがコクコクと頷く。
「それで、何の話?」
「さっきウェンリーが言ったでしょ? 戦闘訓練の順位」
「うん」
「あたしが3位で、あの”バカ”が2位」
「ちょっとシルフィ、それはひどいよ」
シルフィの言葉にアデルが文句をつける。
だがその文句は一蹴された。
「アデルは黙ってて!」
「はい・・・」
「こほん・・・それで、モニカが4位だよね?」
「あ、うん」
モニカが何事だろうと言った感じに頷く。
「なんで?」
「え?」
「なんであなたが4位のままなの?」
「それはアデルとシルフィに勝てないからで・・・」
「なんでよ?」
そのシルフィの言葉にはトゲがあり、その緊張感に周囲の子たちが若干身を引く。
「なんでって言っても・・・」
「ルーベンには勝ったのよね?」
「それは・・・そうだけど」
「じゃあなんで、その力を私達には使わないの?
いつその力を使うのか、ずっと待っているのに、モニカってば全く使う気配がないんだから・・・」
ああ、なるほど、
俺達はシルフィがなにに憤っているかに思い至る。
現在、”制限”を解禁した俺達は、戦闘訓練の授業で4位に甘んじている。
勝率は対アデル・シルフィで2〜3割をウロウロ、対ルーベンに至ってはあれから一度も勝っていない。
もちろん別に手を抜いているわけじゃない。
理由は主に2つあった。
まず普通にアデルとシルフィが強すぎる。
どちらも使いやすく威力の高い攻撃手段をいくつも持っているし、それを使いこなす技量も経験もあるので、少しでも下手を打てばそこから瞬殺されかねない。
この2人は、5位以下とは明らかにレベルが違うのだ。
一応ルーベンからパクった【空間操作】のおかげで相手の最大火力は防げるのだが、それ以外にも手段があるのであまり意味はなかったりする。
ルーベンが【空間操作】で2人を完封できるのは、他の手段もしっかりしているからに尽きる。
それでもこちらの力押しが決まれば勝てるので、ガブリエラが言っていた通りの状況といえるだろう。
もう1つは手は抜いてないけど、本気でもないからだ。
早い話が、ルーベンに勝てたのは”
じゃあ、本気で動けよと思うかもしれないが、
「じゃあ本気で動いてよ」
あ、シルフィさんすいません・・・
「あれ使うと、頭が痛いし、スキルの状態が悪くなるからよっぽどじゃないと・・・」
モニカがそう言って”本気”を使えない訳を説明する。
その言葉にシルフィは納得半分、疑念半分といった顔になった。
だが、疑念を持ってもらっても、本気で動けない理由はそれだけなのだ。
”グラディエーター”を始め、予定されている”2.0強化外装”はどれも現状では異常なまでに俺のリソースを食い散らかし、その稼働にはとてつもない負荷がかかる。
発生した熱で脳の温度がどえらいことになって頭痛がヤバイし、過負荷で俺がフリーズする恐れまであるのだ。
モニカはこの前のルーベン戦で俺が落ちた事が軽くトラウマになっており、よほどのことがない限り、改善があるまで使わないと決めていた。
そして戦闘訓練での試合はその”よほどのこと”には含まれない。
なので現状は”2.0強化外装”は、リソースが足りる範囲で部分起動するしか無い。
そして、それ自体は試合で結構使っているのだが、リソースギリギリなので、それ自体が致命的な隙になりかねなかったりする。
一部しか使えないので腕や足に部分展開するだけなので、防御力は見込めないしな。
そんな事を、一部ぼかしながらモニカがシルフィに説明する。
「まあ、モニカちゃんは”隠された力”があるんだよ、それでいいでしょシルフィ?」
するとアデルが無駄に核心をついた馬鹿な意見を述べながら、自然な感じにこちらに歩み寄り、そのままモニカの肩に手を回して俺達に悪意がないことをシルフィにアピールしてくれた。
シルフィも自分より強いアデルにそう言われては、これ以上突っ込むことはできないようで、ようやく渋々ながら納得したような感じになってくれた。
それを見た俺は心の中でホッとする。
実は結局の所、シルフィ相手ではこの前のルーベン相手ほどモニカが”勝ちたい”と思わないってのが根本の理由なわけで。
それを今彼女に言えば、間違いなく”地雷”となることは明白だったからだ。
少しアデルに感謝である。
この辺はさすが貴族というか、自然に事を収める能力の高さを感じる。
ところでアデルよ、それはそうとしてモニカの肩に回した手が、そのままモニカの胸まで伸びてそっと添えられているのは、どう説明するつもりだい?
それから反対の手が俺達の腰からお尻にかけてを擦っているのは、どう考えても不自然だと思うんだ。
◇
「ええっと、それじゃ”対策会議”を進めます」
顔面にシルフィの放った強烈な一発をもらい、床に転がりながらピクピクと痙攣しているアデルを複雑な目で見ながら、司会進行を任されたアイリスがそう言って会議を始めた。
この辺は流石”器用貧乏”だけあってそつがない。
シルフィの加入で流されかけたが、この集まりはあくまで”青の同盟”の襲撃に対する対策だ。
”会議”の最初はいつも、襲撃の報告から始まる。
参加者各々が前回の”会議”からここまで受けた”接触”について報告を続けた。
「ええっと、ついさっきここに来る途中で、上級生が15人の襲撃に会いました。 たぶんそのうち5人は”1組”の生徒だと思います」
モニカがさっきの襲撃の事を簡単に報告する。
するとメリダが手元の資料にその情報を書き込んだ。
「高等部の1年か2年の、推定1組の戦力・・・・随分大物が出てくるようになりましたね」
「それでもまだ”あの御方”じゃないみたいです」
モニカがその情報を追加する。
先程の集団も、最後には捨て台詞のように”あの御方”なるもののことを叫んでいたのだ。
もはや”様式美”であるが、律儀に次はさらに強い布陣で来るので、いったい”あの御方”とやらがどこまで強い奴なのか少し興味が湧き始めていた。
これは本当に、今朝ルシエラから聞いたレベルの人物がトップの可能性があるかもしれないな。
そうなれば俺達でも対処は難しいだろう。
「相変わらず、モニカとアデル以外には襲撃は掛けてこないみたいだね」
これまでの襲撃を纏めたデータを眺めながらメリダがそう言った。
するとすぐにそれに対して意見が飛ぶ。
「やっぱり、やり返してるメンバーだけを、目の敵にしているということでしょうか?」
「モニカさんの言う通り、私達は絡まれてもすぐに逃げるようにしてるだけで、接触自体は結構ありますよ?」
「でも、それで逃げれるのだから襲撃というにはメンバーが弱いですよね」
やっぱり敵さんは結構律儀な性格なのかもしれない。
見た感じ”体育会系”って感じの集まりだし。
跳ねっ返ってくる存在にしか襲撃は掛けないのだろう。
メンバーに争いには加わらないように言っておいてよかった。
アデルに関しては知らない。
どうせ女の子に良いところ見せようとして追い返しているのだろう。
ただ、情報共有はするものの、めぼしい話は聞かれないので、今日もお菓子食べて世間話をして終わりそうな気配がメンバーの徐々に漂い始めた。
その時だった。
「はい! 重要報告があります!」
メンバーの1人の青い猫耳の初等部の生徒が、意を決したように手を上げてそう言うと、予想外の情報をもたらしたのだ。
「この前、モニカ先輩が追い返した高等部の人なんでけど、偶然見かけたんで追いかけたんです」
「え!?」
「駄目だよ、そんなことしちゃ危ないよ!」
モニカがその子の軽率な行動を注意する。
だがその子は手を上げてモニカや周りを抑えると、なんでもないような顔で話を続ける。
「それでその先輩なんですけど、見てたら街の南にある建物に集まっていたんですよ」
「それ本当?」
「ただ、寄っていただけじゃなくて?」
シルフィが鋭い表情でそれを指摘する。
だがその子は首を振った。
「何日かそこを通ってみて、中を覗いてみたんです。
そしたら他にも”青の同盟”を名乗っていた上級生を何人も見つけました」
「その場所はどこ?」
「ここです」
どうやらその子は、この説明のためにそれなりの準備をしていたらしく、持っていた鞄から丸めた紙を取り出した。
よく見ればそれはアクリラの街の中心部から南側の簡単な地図で、その一角に青い線で丸が書いてある。
「自信はあるの?」
モニカが真剣な眼差しでその子を見つめる。
すると向こうもコクリと頷いた。
「調べたらここ、もともと上級生なんかに対抗するための集まりなんだそうで、”青の同盟”の前身組織が借りてるらしいんですよ」
「誰の名前で借りてるか分かる?」
「それも調べました、カーミラ・デ・ルッソという最上級生の名義になってます」
カーミラ・・・それは今朝ルシエラが挙げてくれた中にはなかった名前だ。
だが、
「この人、”青”の魔力傾向らしいんですよ」
その子はこれが結論とばかりに、そう付け加えた。
「カーミラ・・・その人が、噂の”あの御方”?」
「その可能性は高いわね、強いという話はないけれど、青の魔力傾向の間では結構有名な先輩よ、それだけの力を持っていても不思議じゃないわ」
シルフィが真剣な顔でカーミラなる先輩のことを教えてくれた。
するとモニカから俺がどう思うかを問うような感情が流れてくる。
『これだけでカーミラ先輩が”あの御方”かどうかまではハッキリしないけれど、それでも”青の同盟”のメンバーが多く集まるのは間違いないんだろ? ちょっと様子を見てみるのも手じゃないか?』
俺がそう言うと、モニカの考えがまとまるような感覚があった。
「確認するけど、誰にも見られてないよね?」
最後にモニカがその事をその子に確認する。
だがその反応は芳しくなかった。
「それが・・・今日確認しに行った時に、何人かの先輩に姿を見られたかもしれません・・・」
その言葉と同時に、部屋の中の空気が一気に緊張したものに変わる。
「バカ! なんで早く先輩たちに言わないの!?」
「だから今言ったんだって・・・・」
「もっと早くよ!」
といった感じに、その場が若干混乱した。
だがモニカはシルフィに素早くアイコンタクトで確認し、さらに床に転がってるアデルにも目線を送る。
2人ともすぐにこちらの意図を読み取って理解してくれた。
「ちょっと行ってくる」
そう言うなり、モニカとアデルとシルフィが立ち上がる。
「え!? 姐さん達どこに」
「場所は分かってる、そこに行って”あの御方”とやらに話をつけてくる」
そう言ったモニカのその姿は、数ヶ月前は考えられないほどしっかりとしたものだった。
いや、久々に”狩人モニカ”の姿になっただけかもしれない。
今ならアデルもいるし、戦力としては整っている。
モニカの中の冷静な部分が、そう判断したのだ。
「シルフィも行く?」
モニカが”客員”のシルフィに一応の確認を行う。
だが答えは一つだった。
「当然。 面白そうだもん。
それにこれなら”よっぽど”のことも起こるかもしれないし」
そう言ってシルフィが怪しく笑う。
どうやらモニカの”本気”を確認したいのが理由らしい。
これで今日はシルフィのオマケ付きだ。
これならば、それなりの大物が相手であってもある程度立ち回れるだろう。
「”カチコミ”ですか・・・・」
ワンコが確認するように、そう聞くとモニカが軽くうなずく。
「わかりました、私達も行きましょう」
すると部屋の奥で適当にくっちゃべってたグループが立ち上がる。
彼等は以前モニカに負けた”3人組”の残りと、中等部1年で上位の生徒達。
いわばこの集まりの”主力”である。
だが、これまではモニカとアデルくらいしか戦いに巻き込まれなかったので、鬱憤が溜まっているようだった。
「怪我するかもしれないよ?」
モニカがニヤリと笑いながらそう聞く。
するとその場にいた全員が軽く笑った。
「望むところよ」
その中心にいた、この前モニカに真っ先にボコボコにされた少女が自信たっぷりにそう言い切る。
この集まりも、また随分と血の気の多い子が集まったようだ・・・・
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アクリラの街中を、中等部の集団が物々しい空気で歩いていく。
周囲の者たちはその光景に軽く驚いたあと、面白そうにその様子を見守っていた。
”これ”もまたアクリラの貴重な風物詩なのだ。
その”カチコミ部隊”の先頭には当然の様にモニカが歩き、その両サイドをアデルとシルフィが、その後ろからワンコを初めとした”主力組”が続く。
だがメリダを始め、”非戦闘員組”の姿は見えない。
今回はこちらから仕掛ける上、敵の巣窟に突っ込むためにそれなりの激戦が予想される。
その為、戦えない彼等は大人しく先程の会議室にて勝利の報告を待ってくれているのだ。
その唯一の例外はアイリスで、彼女だけはある程度治癒魔法が使えるのと、それなりに立ち回りも出来るので、付いてきてくれていた。
いわば俺達の”要”だ。
戦えもしない彼女がそんな役目をさせられるのはちょっと気の毒だが、彼女は地味だから積極的には狙われないだろう。
さて、初等部の子がもたらしてくれた情報だが、どうやら”当たり”らしい。
それとこちらの拠点がバレたことも。
さっきから”青の同盟を名乗る集団とよく鉢合わせて、戦闘になっているのだ。
「お前ら、これ以上ここは・・・グハッ!?」
立ちふさがった先輩を、鎧袖一触とばかりにゴーレムの腕を身に纏ったモニカが殴り飛ばす。
この光景はここ数週間の”お約束に”なっていたが、アクリラの街の人間たちはいつものように、いきなり道端で始まった喧嘩に嬉しそうに歓声を上げていた。
そのまま集団戦にもつれ込むが、中等部1年とはいえトップクラスの生徒が三人もいるこちらの方がやはり何枚も上手で、先輩達が木っ端のように吹き飛んでいくのは中々に爽快感がある。
特に、
「なんだこいつ!? まるで”嵐”じゃねえか!?」
という飛ばされた先輩の解説の通り、シルフィの”風魔法”による圧倒的な面制圧力が凄まじく、この子こんなに強かったんだと改めて認識することになった。
また俺達とシルフィがガリガリと敵の防衛線を削る中、回り込まれたりして発生した横や後からの攻撃は、殆どアデルが捌いてくれるおかげで非常に効率がいい。
彼の防御力と状況判断力は流石というか。
今回は火力が足りているのでサポートに徹するようだ。
そのついでに、敵味方問わず女の子の体を触っていくのをどうにかしてくれれば、本当に欠点のない生徒と言えるんだが。
”主力組”にしても十分な戦力で、”3人”の攻撃の隙間を埋めてくれる。
そんな訳で俺達は、どんどん湧いてくる敵をブルドーザーの様に押しながら、相手の本拠地に近づいていった。
ここで結構重要なのは、戦意を喪失した相手や、離脱した相手は絶対追い打ちをかけないこと。
あくまでこれは”喧嘩”であって、”戦い”ではない。
その辺の意識は、俺がモニカにも他の生徒にも徹底して意識させていたので抜かりない。
別に恨みが欲しいわけじゃないのだ。
あと、この辺を意外と細かく見てくる学園側の”処分”が怖いというのもある。
さて、そうやって相手を押し込んでいると、段々と俺達の向かう方向が正しい事が分かってくる。
相手の増援も、逃げる方向も、目的地の方向だからだ。
あとはそこに向かっていけばいいだけなので楽である。
ちょうど見えてきた。
ご丁寧に、屋根だけでなく建物全てが”真っ青”に塗られた建物だ。
そして”青の同盟”の本拠地まであと200mといったところで、相手方が突然戦闘を打ち切って後ろに向かって走り始めた。
その様子をモニカがじっと眺める。
どうやら押し返すのを諦めて本拠地の直前で、俺達を迎え撃とうという事らしい。
数人の生徒が魔法でバリケードの様なものを積み上げると、生徒が1人、建物の中へと入っていった。
本拠地にいた仲間を呼ぶのだろうか?
これであそこが”青の同盟”の拠点とみて間違いないな。
予想通り、看板には違う名前が書いてあった。
”クリステラ魔法研究クラブ” というのが正式名称らしい。
ん? クリステラ?
それって確か・・・
するとその時、中に入っていった生徒が満面の笑みを浮かべながら建物を飛び出し、そのまま大声でこちらに向かって話しかけてきた。
「よろこべお前たち!! ”あの方”が直々に相手してくださるそうだ!!!」
「「うおおおおおおおお!!!!!」」
その”宣告”と同時に、相手方が一斉に沸き立つ。
「どうやら”親玉”のお出ましのようね」
シルフィがそう言うと、モニカが小さくうなずく。
これであとはその”あの御方”とやら
モニカの中には、そんな決意に似た気合が充満している。
だが俺は、”クリステラ”という単語になんとなーく、”嫌なもの”を感じていた。
そしてその嫌な予感は的中してしまう。
”青の同盟”の建物から”その人物”が現れ、相手方から一際大きな歓声が巻き起こったのだ。
同時にこちら側から今までにない緊張が立ち上る。
これまでの相手から多少楽観的な考えに至っていたシルフィとアデルでさえ、現れた人物から漂う”圧倒的な実力差”を嗅ぎ取り、表情を真剣なものにしていた。
だが唯一人、モニカだけは反応が違う。
「・・・・え?」
現れた人物の姿に驚いたモニカから、そんな声がこぼれ落ちる。
「なんで・・・」
その姿を形容するなら、”青い魔力の塊”だろう。
全身に細かな魔法陣を展開し、常に高度な魔力身に纏うそのオーラは、これまで相手してきた上級生とは比較にならない。
本当に、”本物のトップ”の生徒だ。
そしてその姿は、奇妙なまでに今朝見たばかりの”ルシエラ”によく似ている。
”違う、そんな訳ない!”
モニカからそんな声が聞こえてくるような錯覚を起こすほどの衝撃が伝わってきた。
”何かの冗談だよね、嘘だと言ってよ!”
そしてそんな懇願にも似た感情で、ルシエラの顔をじっと見つめる。
すると向こうも真剣かつ油断のない瞳でこちらを見返した。
暫く見つめ合うモニカとルシエラ。
だが、ルシエラの表情からは何も読み取れない。
ただ無言でこちらを品定めするような目で、状況を見渡している。
そして、まるでもうモニカを見つめる価値なんてないと言わんばかりに、徐にこちらから目を離すと、憂いに満ちた表情で”青の同盟”の真っ青な建物を見上げた。
その視線に込められた意図は読み取れない。
ただ、その建物とルシエラの青が妙なまでに馴染んでおり、少なくとも”青の同盟”の”青”がルシエラを指していたということが痛いほど突きつけられるようだった。
「恐れおののけ!! ここにいるのは、我が”青の同盟”の盟主にして、”青の加護”をその身に宿す”魔の化身”、”ルシエラ様”であるぞ!!!」
ああ、やっぱり。
その宣言により、俺達の中にあった”他人の空似”という、馬鹿げた僅かな可能性すら踏み潰された。
あそこにいるのは、間違いなく俺達の知る・・・・
俺達の同室の
「ルシエラ・・・私を・・・騙してたの!?」
モニカが震えるようにそう問いかける。
彼女は俺達が”青の同盟”と争っていることを知っていた。
まさに今日の朝、そのことで相談したから間違いない。
そしてその時ルシエラは、間違いなく”青の同盟”について知らないなんて嘘をつき、
更には関係ない先輩の名前を挙げて、俺達の目線を逸らそうとまでした。
こちらの情報は筒抜けだというのに。
ずっと敵は一番近くにいたのだ。
「はっはっは!!! その名を知って驚いたか!! 慄いたか!!!」
相手側から放たれたその言葉と同時に、こちら側のメンバーが僅かに後ずさる。
見れば全員が顔に絶望的なまでの緊張を浮かべ、シルフィの顔には冷や汗が流れている。
さすがルシエラ。
名前を聞いただけでこの絶望感だ。
そしてルシエラの顔が、まるでその光景を楽しむかのように薄ら寒い笑みに歪む。
”今頃気づいたのか、この愚か者め!”
その顔はまるでそう言っているかの様ですらある。
モニカが、もう見てられないとばかりに下を向く。
すると両目から、姉と慕っていたルシエラに騙された悔しさとショックの混じった涙がポタポタと頬を伝い、地面に向かって落ちていった。
まるで足元が崩れ落ちたかのように、平衡感覚がグラグラしている。
だがここに来て俺は、わずかな”違和感”に気がついた。
今は下を向いているのでモニカは気づいていないが、頭につけられた感覚器の映像に、まるでこの状況に混乱して慌てふためくかのようなルシエラの姿がギリギリ写り込んだのだ。
『おい、モニカ、結論を出すのはまだ・・・』
慌てて俺がモニカに冷静になるように促そうとする。
だがその声は、続けざまに相手方から放たれた大声によって掻き消された。
「さあ!!! 観念するが良い!! お前たちに勝ち目はないぞ!!!」
その言葉が引き金となり、モニカの中のショックと悔しさの感情が、急速に別のもっと”強力”な感情に変換されていく。
その、モニカからまるで間欠泉のように噴き出す凄まじい熱を持った”感情”に、俺の思考まで急速に怒りに変換されるような錯覚を覚える。
そして、その”怒り”が俺達の中を飲み込み尽くすと、勢いそのまま口の中から外に向かって飛び出した。
「ルシエラなんて、だいっきらい!!」
『おいモニカ、流石にそれは・・・・』
・・・言いすぎだ。
という言葉はモニカの嵐のような感情に塗りつぶされる。
そしてそのままモニカは、敵に向ける様な強烈な眼差しでもってルシエラの瞳をキッと睨みつけたのだ。
その迫力にさすがのルシエラも、体が僅かに後にのけぞる。
だがすぐに踏みとどまると、今度はこちらの目をゾッとするほど冷たい表情で見つめてきた。
今度はモニカがその迫力に押される。
ここに来てモニカも、”だいっきらい”は言いすぎたかもしれない、という感情が僅かに顔を覗かせたようだ。
また暫く見つめ合うモニカとルシエラ。
今度は周りまでもがその謎の”緊張感”に言葉を失う。
何が起こっているかは理解できなくとも、”何かが起こっている”のは理解できたようだ。
すると、ルシエラの口から、まるでその”化学反応”の煙が漏れるように・・・
「フ・・・フ・・・フ・・フフッ」
まるで地獄の釜の蓋が、中の蒸気で動いているような音がし始めた。
「フフ・・・フハハ・・・」
次に、俺達はそれがルシエラの口から溢れた笑い声であると認識する。
そしてそれは、急速に拡大した。
「ふははははははははははははああっははっははっっははははあはははははははははあはははははははははははははあっはあっはははは!!!!!!」
うわ!? 遂に壊れた!?
まるで壊れた機械のような異音を伴って、ルシエラのその身の毛もよだつ”狂笑”の声が、まるで地獄の門が開くラッパの音のように街角に木霊した。
そしてその声に反応するように、ルシエラの周囲の沢山の魔法陣が、その輝きを細かく変動させる。
それは間違いなく、これから起こる”ヤバい事態”を連想させるに充分なものだった。
「いいだろう、お前達!! ここで会ったのも何かの縁だ! この私、”青の同盟”の盟主たるルシエラ・サンテェスが、貴様ら
ルシエラから放たれた、その悪役じみた台詞にモニカの体がビクリとなる。
さすがのモニカも、ここまで激烈な変化が生じるとは思っていなかったようだ。
そしてその直後、ルシエラから放たれた凄まじい”殺気”により俺達の足が本当に氷漬けにされたかのように固まる。
と同時に、ルシエラの右腕がそこに現れた大量の魔法陣により真っ青に輝いたかと思うと、ルシエラはなんとその手を地面に突き刺した。
まるで水に突っ込むがごとく無抵抗に地面に沈む青い腕に驚いた、その直後、
「何やってるの!」
突如シルフィの叱責が飛び、凄まじい風が横から叩きつけられ俺達の体が横に飛ぶ。
何事かと思った次の瞬間、つい今まで立っていた俺達の地面が
奇跡的にシルフィの風魔法により難を逃れた俺達は、砕けなかった地面を転がりながら状況を確認する。
どうやら今のはルシエラの放った範囲攻撃のようだ。
建物の玄関の周囲、その地面が粉々に吹き飛ばされ、その中心に右腕に大量の魔法陣を巻き付けたルシエラが、”覇王”の様に仁王立ちしていた。
幸い”こちら側”のメンバーは咄嗟に動けたシルフィの風魔法により難を逃れていたが、”あちら側”のメンバーは半数近くが巻き込まれて吹き飛ばされている。
見境なしかよ!
そんな文句を言ってやりたいが、今のルシエラはそんな事が言えるような雰囲気ではなかった。
立ち上がったモニカの膝が恐怖で笑っている。
だがそれでもモニカはしっかりと自分の足で立ち上がると、ルシエラに向かって踏み出した。
「みんな、下がってて・・・ルシエラの相手はわたしがする」
他のメンバーにそう言うなり、自分の腕に覆っていたゴーレムの腕を”グラディエーターモード”に切り替える。
これはルーベンに勝った”
扱いづらいがその威力は破格だ。
「なに、格好つけてるのよ、1人で勝てると思ってるの?」
するとそこに、全身に風魔法を纏ったシルフィが加わる。
幼少時、Cランク魔獣3体を同時に屠ったと言う噂の、彼女の”決戦モード”だ。
「2人共、僕を忘れてもらっちゃ困るよ」
そこにさらに、いつものノホホンとしたキャラを捨て、”誰だお前!?”と言いたくなるようなキザな表情のアデルが更に加わった。
ファンの女子いわく”このギャップがたまらない”という評判の、”真面目なアデル”の登場だ。
これを出すからには彼も本気なのだろう。
中等部1年のトップクラスの生徒が3人・・・それも全員が本気という、なかなかない揃い踏みである。
この戦力に勝てるやつはそうはいないだろう。
だが相手は、”それが可能”な存在だった。
「3人共、
ルシエラはそう言うなり、こちらを見ながらわずかに笑みを浮かべる。
そしてそれと同時に、凄まじい量の青い光が視界の全てを埋め尽くした。
◇
同じ頃、そこから数km離れた貴族院の近くの古風な喫茶店で・・・
「おや、坊っちゃん。 今日はやけに機嫌が良さそうですね」
その店のマスターが、窓辺に独りで座り茶を啜るルーベンに向かってそう言った。
するとルーベンはそれに対し少し不思議そうに応える。
「そうかな?」
「ええ、なにか良いことでもあったので?」
「そんなことはないよ・・・・ただ・・・」
ルーベンはそう言葉を区切ると、安らかな表情で虚空を見つめた。
「ただ・・・1人で飲むお茶って、なんだかとっても安らかで美味しいなって、そう思っただけだよ」
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