2-6【青の同盟 2:~先輩が追い詰められました~】



side ルシエラ


 私は”子供”だ。


 体も大きくなり、知識も増えて、使える力も大きくなった。

 今では私のことを慕ってくれる”妹分”もいるし、周囲からの信頼も厚い。


 それでも時々、ビックリするくらい愚かなことをする時がある。

 そういったとき、自分はまだ14年しか生きてない、ほんの小さな子供なんだと思い知らされるのだ。



・・・・・・・・・・・・・



「ルシエラ・・・ルシエラ!」


 頭の中にガンガンと声が響き、若干の気持ち悪さを残して意識が覚醒する感覚が全身を包み込むと、スっと瞼が持ち上がった。


「うう・・・うう」


 ねむい。


「ルシエラ!」

「うっぐぐ・・・うが」


 またも頭の中で声が響き、その痛みに思わず呻く。

 その声は、いつもよりかなりしつこい。

 さらに、その痛みと眠気が己の奥底から謎の怒りの感情を絞り出し、それが急速に深まると形となって噴き出した。


「うがああああ!!!」

「うわ!?」


 突如発生した青い魔法陣と、そこから放たれた凄まじいエネルギーの奔流に、かわいい妹分が驚きの声を上げる。

 そしてその声で我に返った私は、心の中で盛大に「しまった!?」と大声で叫んだ。

 

 だが私のその攻撃は、起こしに来てくれたモニカにぶつかる直前、突如現れた真っ黒な壁によって防がれる。


「!?」


 その意外な光景に言葉が出ない。

 そしてその”壁”が私の魔力を受けて、硝子のように粉々に砕け散ると、その向こうから驚いた顔のモニカが現れた。


「・・・ルシエラ、起きないと遅刻するよ?」


 その恐る恐るといった表情のモニカを見て、ハッとした私は、棚の横についてる鏡に目を向ける。

 そこには手負いの猛獣の様な姿の、寝起きの私が映っていた。

 どうやら寝ぼけながら起こしに来たモニカに魔力を放ったらしい。

 なんてこった。


 だがそれよりも、今、モニカが使った”壁”が気になる。


「・・・また憎たらしくも懐かしい”魔力盾”を・・・」


 その”正体”に思い至った私が、毒づく様にそう呟く。


「知ってるのこれ?」

「昔、ガブリエラがよく使ってたのを見ていたわ・・・」


 今は滅多に使わないが、私が最初に負けたのもこの”魔力盾”のせいである。

 この一見すると、超高密度の魔力を壁状に固めただけの代物であるが、その中身はなかなか厄介だ。

 複数の強度特性の違う壁を何層にも重ねて、攻撃を”とにかく止める”ことに特化している。

 簡単に砕け散るのもその一環で、わざと壊れることでエネルギーを吸収しているのだ。

 それを見誤り脆い壁だと馬鹿にしていると、無限に湧いてくる”壁地獄”に封殺されることになる。


「なんてものを教えてるのよ、あの王女様は・・・」


 これでまた、”姉の威厳”が出しづらくなってしまったではないか。


「ガブリエラに今喧嘩してるって言ったら教えてくれた」


 おいおいガブリエラさんよ、子供の喧嘩になんてものを。

 他に物騒なものを教えてはいないだろうね?

 というかそれより、


「喧嘩してるの?」

「喧嘩というか・・・向こうがちょっかい掛けてくるだけ」


 そう言ってモニカが憮然とする。

 すると彼女の相棒ロンが説明を加えてくれた。


「”青の同盟”って相手と戦っているんだ」

「”青の同盟”?」

「そう、”青”っていうくらいだし、ルシエラはなにか知ってないか?」


「”青の同盟”・・・・うーん」


 私が寝ぼけ気味の頭をフル回転させて記憶を探る。


「知ってる?」


 モニカのその表情は期待に満ちたものだった。

 だが、


「うーん・・・・いいや、知らないわ」


 正直、聞いたことも無い集まりだ。

 もっとも、そのへんの関心薄いからなぁ、私・・・

 集まりとかに関しては、だいぶ世間ズレしているので答えられない。

 昔は派閥が嫌で、反抗していたら自分が派閥みたいになってた時期もあったくらいだ。


 もちろん、ボコボコに潰されたけど。


 いくら学年トップだろうが、当時は中等部のちびっ子だ。

 ”主流派”の連中には歯が立たない。


「なんでそいつらと戦ってるの?」

「あいつらが喧嘩を仕掛けてくるから、撃退してるだけ」

「集まり内部のイジメを止めてな、それ以来目をつけられてるんだ」


 そう言った2人の様子は結構な憤りに満ちていた。

 なるほど。

 その言葉で私は大体の状況を察する。


 2人には悪いが、これは正直アクリラではよくある話だ。

 どちらかが折れる、もしくは教師に助けを求めるまで解決はしない。

 魔法師にとって、社会の中の己の力の認識と”通す意地”の選択は重要で、噂では喧嘩での立ち回りも評価の対象になっているとか。

 それでもこの2人の事だ。

 折れも救助を求めたりもしないだろう。

 それでも”姉貴分”として、何かできることはないだろうか。


「なにか手伝えることはない?」


 できるだけ頼り甲斐のある姉を装ってそう聞く。

 決して”あいつガブリエラには頼ったのに!”という感情を見せてはいけない。


「”青の同盟”について、なにか思いつくことはない?」

「うーん、”青”っていうくらいだから、トップは青の魔力傾向かもしれないわね」

「やっぱりそうなの?」


「そうとは言い切れないけど、わざわざ名前に色があるからには、何かのこだわりがあるんでしょ」

「もう卒業された方の魔力傾向という可能性は?」


 横から事態の成り行きを見守っていたベスが、ずっと気になっていたとばかりにその指摘を入れる。


「そうなったら基本的に、たぶん名前を変えると思うわ、そういうところが多いし」

「ってことはやっぱり”青”の可能性が高いってこと?」

「そうなるわね・・・ということはー」


 頭の中で、青傾向の上級生でめぼしい人のことを思い返す。


「うーん、最上級生のクラレント先輩でしょ、エラフ先輩でしょ、ムルシアニ先輩でしょ・・・」


 そう言いながら該当しそうな人物を指を折って数える。

 するとその名前を聞いたベスが不思議そうな顔をして聞いてきた。

 

「アドリア先輩は? 青の上級生と聞いてまず挙がる名前だと思うんですが」


 ベスが提示したのは、アクリラにおいて有名中の有名人の名前。

 ”青の嵐”と恐れられるトップクラスの生徒だ。

 だが、いかんせん”大者”すぎる。

 

「それはないわ、あの人死ぬほど忙しいし、互助会とか構ってる余裕はないわ」


 なにせアクリラ最大派閥である通称”生徒会”の会長で、生徒の顔として各地で引っ張りだこの”超大物”だ。

 そんな”おままごと”に現を抜かす余裕はどこにもないだろう。


「ならやっぱり、わからないんだね」

「ごめんね、力になれなくて」

「ううん、いいよ、自分でなんとかする」


 そう言うとモニカが拳を握って気合を入れる。

 頼もしい限りだが、その姿を見るとわずかに自分の胸が痛む。

 もうちょっと、”世間”について聡くなろう。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 昼過ぎ。


 高等部の生徒の授業は殆どが短くなっている。

 もちろん、そうでない子も多いが、これくらいの歳になってくるとだいたいの生徒が、何かしらの”専門”を持ち、そこに日々の殆どを打ち込んでいるのだ。

 そして私もその例に漏れず、所属する研究所にて様々な”作業”を行っていた。


「ルシエラ、これお願い」

「はいはい、わかりました」


 今日も先輩から渡された資料を元に、必要な”準備”や”作業”を行っていく。


「ええっと・・・”カシン”を3つに・・・」


 私はその資料に書いてあった青くて丸い球体を取り出すと、それを籠に入れて記録をつける。

 今はもうじきやってくる、1ヶ月ほどの旅程で組まれている”調査旅行”に向けての準備の最中だ。

 といってもまだ荷作り段階ではなく、その調査で何を調べるか、現地でどんな実験を行うか、その実験方法は適切であるかを確認しているところだ。


 私が所属しているのは、魔力、特に”魔力の根源”に関する研究を行っている研究所。

 本来なら、お国のため・・・・・に”戦闘系”の研究所に行くのが筋なのだろうが、こんな小国出身者に枠があるわけもなく、個人的にもそんな学生生活は真っ平だった。

 一応、ずっと学年1位は維持しているし、2年に1度は帰って”威圧外交”にも参加しているので文句を言われる筋合いはない。

 きっと、子供のすることだと思って大目に見てもらっているのだろう。


 というわけで私はこの研究所で日々”魔力”の謎に迫っているところだった。


 そんな事を思いながら、自分の机に座るとさきほど棚から持ってきた球体を実験用の装置にセットして微調整を行う。

 こうしていると心が落ち着く。

 この研究所の人間は、私を”救国の決戦兵器”でも”学年1位の化物”でもなく、”14歳の小娘”として扱ってくれる。

 もちろん特殊な魔力傾向故に、便利な”実験台”扱いされることもなくはない・・・少なくはないが、それでも”研究者”として扱ってくれる。

 これからずっと、こうして唯ひたすら”世界の謎”に挑んでいられたら、どれほど幸せだろうか。


 だが”この体”は決してそれを許してはくれない。

 ただ、もしかすると、”この体”の謎を知りたいが故にこの研究所に引かれたのかもしれないとも思ったりもするのだけれど。



 それから暫くの間、実験は順調に進んでいた。

 と書けば心躍るかもしれないが、これはあくまで”確認”のための実験なので、順調ということは予想通り、つまり正直”つまらない”状態と言える。

 こんな風にすべてが事前の予想通りに進んでいると、頭の中を別の考えがよぎる。

 具体的には今朝方モニカから聞いた、”青の同盟”とやらとの喧嘩に関してだ。


「・・・大丈夫かな」


 もう時間的に授業は大方終わっているだろう、ともすればどこかで絡まれていないか。

 もちろん最近のモニカは急激に力を付けているので、上級生でも上位の生徒が出てこなければ問題は無いだろう。

 だが、そういった生徒も属していると聞いてるし、少し心配になってくる。

 まあ、仮に出てきても少し怪我するだけだ、なんてことはない。

 彼女も、そろそろこの街での”自分の立ち位置”を知る時期であり、ちょうどいい経験になればそれでいい。


 そんな風に考えていた時だった。


「ルシエラ!」


 ふと実験室の入り口から声がかかる。

 見ればこの研究所の”助手”の教師の1人が、こちらを見ながら手招きしている。


「なんですか?」

「”生徒会”が、お前をお呼びだそうだ」


 その教師はそう言うなり首を横に向けると、その視線の先にあった窓から厳しい目でこちらを睨む、七色の腕章を付けた怖そうな男の先輩がこちらを睨んでいた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 強面の先輩に案内されて、とても生徒用とは思えないほど豪華な一室にやってくると、ちょうど目の前に私を呼びつけた先輩たちが並んでいた。

 全身魔道具で重武装している宮廷魔法師年寄りみたいな雰囲気の先輩(17歳)と、身長3mくらいある超強面のゴツい先輩(17歳)。

 どっちも見たこと無いのでそこまで強い人ではないだろう。

 だがその間に挟まれ、まるで南部のマフィアのボスみたいな雰囲気で座る、場違いなまでに可愛らしい青髪のちびっこ先輩(17歳)はそうではない。



 この小さな女の子みたいなのは”アドリア・タイグリス”先輩。

 今朝方、ベスから名前の上がった”青”の魔力傾向の頂点に君臨する、すごい先輩だ。

 私の目標の1人であり、”青傾向トップ”が見えてきた最近は”目の上のたんこぶ”でもある。

 同じ青の傾向とあってか小さい頃から目をかけてもらっており、魔法の相談などにも乗ってくれた。

 ”青しか使えない”という事実に私が絶望しなかったのは、この先輩の強さに憧れたからと言ってもいい。

 それくらい大きな存在だ。

 戦闘訓練はたしか3位とか4位で、総合でもそれくらいのはず。

 だが現在の最上級生の1位と2位は、どちらもなかなかに人付き合いに難ありなので、結果的に”真人間”であるアドリア先輩が”生徒の顔”として活動を行っている。

 彼女は貴族でこそ無いが”良いところ”のお嬢様であり、姉にも妹にも優秀な人材が豊富なので自惚れてもいない。

 まさに”模範生”なのだ。


 そしてなによりこの”可愛さ”!


 まだ幼いドワーフのアドリア先輩は、その姿を見ただけで”今日一日戦える”気になってくるくらい可愛い。

 ドワーフの子供って男女問わずなんでこんなに可愛いのだろうか?

 そして、これがあと5年もしたら問答無用で髭モジャの”肉ダルマ”になるなんて、この世はなんて理不尽に塗れているというだ!

 

 おっといけない。


「なんですかアドリア先輩?」


 私は取り敢えず、なんでこんな場所に呼ばれたのか聞いてみることにした。


あなた・・・の組織について、聞きたいことがあるわ」


 アドリア先輩から返ってきたのはそんな内容。


「私の組織?」


 何のことだろうか?

 身に覚えがないのだが。


「”クリステラ魔法研究クラブ”、記録によればあなたはそこの代表のはずだけど?」


 アドリア先輩の口から嫌に懐かしい名前が出てくる。


「え? あれってもう潰れたはずじゃ」


 それは数年前、暴虐の限りを尽くすガブリエラや、くだらない派閥争いに対抗するため、私と親しい友人などで作った同好会じみた集まりだった。

 あのときは私も若かったなぁ。

 突っかかってくる先輩に誰かれ構わず噛み付いて、ボコボコにされたものだ。

 それでも主流派に対抗する勢力としてそれなりに人を集め、特に下級生から多くの人気を得た

 だが私の忙しくなってきたのと、名目上のトップだった先輩が卒業して”クリステラ魔法研究クラブ”は自然消滅した。


 筈だったのだが・・・


「潰れてないわよ」

「は?」


 アドリア先輩のまさかの発言に、道端でゴーストを見たような気分になる。


「把握していないなら確認なさい。

 あなたの組織、消滅してないどころか最近活動を活発化させていてね。

 小競り合いの苦情が上がってきてるわ」

「はい!?」


 なんてことだ。


「これは”警告”よ、まだ誰も被害を訴えてないけれど、誰かが訴えるか”対処不能”と判断されれば、アクリラが介入しなければいけなくなる。

 そうなれば、”頭目”のあなたにも処分が飛んでくるわ」


 ちょっと待って、今処分はまずい。

 研究所の調査旅行の予定が大幅に狂って、玉突き事故のようにその後の予定も狂ってしまう。


「私の知らない話ですよ!?」

「作ったのはあなたよね?」

「うぐっ・・・」


 それを言われれば反論できない。

 なんだかんだで、ちゃんと解散させずにほったらかしたのも事実なのだ。


「あなたが行って解決なさい。 収めるか、今度こそちゃんと畳むかは自由だけれど、これ以上の放置は難しいわ」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「うわぁ・・・また立派になったことで・・・」


 その建物を前にして、思わずそんな言葉が漏れる。

 ここに来るのは2年ぶりか。

 ”クリステラ魔法研究クラブ”はアドリア先輩の言うとおり、以前と同じ場所に本居を構えていた。


 だが趣はかなり異なる。


 以前は建物の2階の一室を借りていただけだが、今や建物全てが”クリステラ魔法研究クラブ”の所属になっているようで、建物全てが統一感のある青に染められていた。

 発足メンバーである私への配慮だろうか。


 そんな建物の扉を何気なく開けて、中へと入っていく。

 そして暫く廊下を進んで大部屋に出ると、すぐに近くにいた構成員と思われる中等部の生徒が近寄ってきた。


「クラブに何か御用ですか?」

「今この建物にいる一番偉い子に伝えて。 ”ルシエラが来た”って」


 私がそう言うと、その子の表情が大きく変わる。


「おま・・わ、わかっ・・・おまちくだしあ!」


 その子はそう言うと、慌てた様子で建物の奥の方へと走っていった。



 そこからはもう”てんやわんや”、上へ下への大騒ぎだ。


 ここの子達、どうやら私の”逸話”に群がってきたらしい。

 以前いた時とは比較にならない大所帯で、その殆どが中等部の生徒だった。

 すると、奥から高等部の上級生がやってくる。


「ルシエラ! よく来てくれた」


 そしてそう言うなり私の体を抱きしめる。

 その先輩は灰色の髪色であるが、よく見れば目は青い。


「カーミラ先輩」


 数年前と全く変わらないその風貌に、若干の気持ち悪さを覚えながら、私は久々に会ったその先輩の名前を呼ぶ。


「よく来てくれた、本当によく来てくれた」


 カーミラ先輩がそう言うと抱きしめる腕を大きく動かし、バシバシと背中を叩く。

 変わってないな。

 見れば周りの子達が、私を見ながらざわめいている、どうやら初めて見た本物の”頭目”の姿に驚いているらしい。


「”生徒会”に呼ばれて来ました」


 だが私は本題を切り出す。

 ここには昔話をしに来たのではない。

 するとカーミラ先輩の表情が僅かに曇った。


「ああ、遂に目をつけられてしまったか・・・」

「ということは”自覚”があるので?」


 私がそう聞くとカーミラ先輩が苦い顔で頷く。


「うちの中等部の子が喧嘩を持ち込んだみたいでね、最初はすぐに収まるだろうと思っていたんだけど、”相手”の子の抵抗が激しくてね。

 気づいた時は組織間抗争みたいなことになってて・・・」

「ちょうど力が強くなって、暴れたい年頃ですからね」


 私にもそんな時期があったなー。

 というか、まさにこのクラブの動機がそんなんだし。


「ルシエラの逸話に惹かれてくる子も多いから、どうしても血の気が多くて」

「お察しします」


 思えば昔からカーミラ先輩は飛び出す私達を後から”まあまあ”となだめていた。

 きっとすぐに見捨てた私と違って、彼女は最後までこのクラブを見捨てられなかったのだろう。

 だが巨大化して、力の弱い彼女では収集がつかなくなってきたのだ。


「相手との話し合いはしたんですか?」

「それが相手もずっと徒党を組んでてね、私じゃ弱いからって行かせてくれないの。

 所属してた高等部の上位生徒もやられちゃってるから、こっちの子も止められなくて」

「なるほど・・・」


 意地の張り合いか。

 皮肉なことに、今モニカが巻き込まれているのと同じ様な話だ。

 この手の話はこの街で活動していたらよく耳にするが、姉妹揃って巻き込まれるとは。

 仕方ない。

 これも身から出た錆だ。


「分かりました、私が相手の子と話して収めます。 こっちの子も私が出れば大人しく従うでしょう」

「ありがとう! ルシエラにそう言ってもらうと助かるわ!」


 カーミラ先輩は私の答えに表情を明るくさせると、そう言って喜んでくれた。


 まあ、もし話して収まらなかったら両者を殴り飛ばして頭を冷やさせればいい。

 荒事は、解決策もそれくらい荒っぽくないと収拾がつかないのだ。


 するとその時、入口の方からドタドタと何者かが走る音が聞こえてきた。


「せんぱい!!! ”カチコミ”です!!!」


 そう叫びながら入ってきたのは、私の1つ下くらいの中等部の男の子。

 それにしても”カチコミ”とはまた物騒な。


「何!? この場所がバレたの!? ”本当”の組織名は外で使うなっていってるよね!?」


 カーミラ先輩がそう言って血相を変える。

 あれ、このクラブ”偽名”使ってるの?

 どうりで耳にしないはずだ。

 そういう所まで”アングラ魂”を発揮しなくてもいいのに。

 

「そ、それが、衝突した時にいたメンツの顔を覚えられてたみたいで・・・」

「で、ここに出入りするのを見られたと・・・」

「す、すいません・・・」


 まったく、所詮は”子供のお遊び”ということか。

 もっとも、その遊びを始めたのは私なわけなのだが・・・・


「ちょうどいいわ、私が出る」


 私がそう言うと、その男子生徒はこちらを見つめた後、口を大きく開いて驚愕の表情を作った。


「あ・・・あなた様・・・・は・・・」


 また随分と大仰な・・・

 カーミラ先輩、話盛ってないですよね?


 だが私がそんな不信感を抱いてるとも知らずに、その男子生徒は歓喜に満ちた表情でもと来た廊下を戻り、玄関から飛び出していった。


「やれやれ、気の早い子だこと、ちょっと行ってくるわカーミラ先輩」

「き、気をつけてね、相手の子を怪我させちゃだめだよ?」


 少し格好つけてそう言った私に、カーミラ先輩が心配そうにそう言う。


「大丈夫ですって、昔と違って私、心も力も余裕があるんで」


 だが自信があった私は気軽にそう答え、玄関に向かって努めて優雅に歩いていく。



 玄関の前まで来ると、そのすぐ外に多くの者たちが集まるガヤガヤとした気配が漂ってきた。

 これは、後少しでもここに来るのが遅れていたら鉢合わせただろうな。

 両陣営合わせて40人くらいか?

 どうやら少し離れた所で小競り合いしていたのがここまで押し込まれたらしい。

 となればこちらは劣勢かな。


 今助けを求めに来た子もなかなかに強い子だったので、相手は相当強いのがいるのだろう。

 私ならたぶん大丈夫だとは思うが、最終学年のトップ10に入るようなのは流石に嫌だなー。

 いないことを祈ろう。


 すると、先程の子が合流したのか騒乱の音に歓声が加わった。

 そしてさらに、先程の子の声で謎の煽りが始まる。


「よろこべお前たち!! ”あの方”が直々に相手してくださるそうだ!!!」

「「うおおおおおおおお!!!!!」」


 おいおい、なんだよそれは!?

 それじゃまるで私が悪の”黒幕”みたいではないか。


 抗議しなければ!


 そう思い、玄関の扉を大きく開け放った瞬間だった。


「・・・・」


 玄関先に現れたその光景に、思わず言葉を失いその場で固まってしまう。

 

「・・・・え?」


 すると”向こう側”の最前線で、何やら物騒な機械腕を展開している、妙なまでに見慣れた・・・・・・・・・背の低い少女が、こちらを見ながら目を剥いて驚いている姿が見えた。


「・・・・え?」


 思わず私もそう返してしまう。

 目の前にいるのは、どっからどう見ても”モニカと愉快な仲間たち”にしか見えない。

 あら、友達がいっぱいできたことで。

 ちょっと前、みんなが避けると悩んでいたのが懐かしい。

 お姉ちゃん嬉しいよ。


「なんで・・・」


 だが、そんな私の感慨現実逃避を無視して、眼の前のモニカは尚も驚愕の表情でこちらを見つめる。


 その瞬間、私は後を見返し建物の色を確認すると、”こちら側”の全員が腕に小さな青いリボンを巻いているの見つける。

 そしてさらに小競り合いの情報と、このクラブが外では偽名を使っていることが絡み合い、私の中に1つの”結論”が導き出された。


 すなわち、


「恐れおののけ!! ここにいるのは、我が”青の同盟”の頭目にして、”青の加護”をその身に宿す”魔の化身”、”ルシエラ様”であるぞ!!!」


 と、こちら側の生徒が高らかに説明してくれたのと同じ内容だ。

 

 うわ・・・・・


 うわ・・・・・


 へえ、”クリステラ魔法研究クラブ”って、外では”青の同盟”って名乗ってるんだ・・・

 知らなかった・・・・


 知りたくなかった・・・・・


「ルシエラ・・・私を・・・騙してたの!?」


 モニカがショックを受けたような表情でそう聞いてくる。


「いや、ちが・・・・」

「はっはっは!!! その名を知って驚いたか!! 慄いたか!!!」


 だが私の”弁明”は即座に周りの歓声にかき消され届かない。

 逆にその歓声を”答え”と受け取った向こう側には、私の姿を見て明らかに恐怖と動揺が広がっていた。


 へえ、私って意外と有名だったんだ。


 じゃない!!!!


 あまりにもあんまりな状況に我を失うところだった。

 あぶない。


 だが、今の一瞬の”トリップ”が悪い方向に作用してしまった。

 ちょっと有名だと知っていい気になったのが、わずかに顔に出て小さく笑みを作っていたのだ。

 これって相手から見たらどう見えるか?


 ”はっはっは、騙されたなこの愚か者め!”


 という風には受け取られないだろうか?


 その証拠に、モニカが露骨に顔を暗くして俯いている。

 その手は固く握りしめられ、体はプルプルと震えていた。

 そして最悪なことに、下を向いているので今の慌てている私の姿が見えていない。


「モニカ、ちが・・・・」

「さあ!!! 観念するが良い!! お前たちに勝ち目はないぞ!!!」


 なんで、こういう時って大声が出ないんだろうか?

 ショックで力が入らないのかな?


 すると今のが”トドメ”になったようで、モニカが猛烈な表情でこちらを睨むと、その予想外の迫力に私の身体が緊張でピンと伸びる。

 そしてわずかに涙目のモニカは、そのままどんな攻撃よりも強烈な”一撃”を口から吐き出した。


「ルシエラなんて、だいっきらい!!」

「うがっ!?」


 私の頭の中を、凄まじい衝撃を伴って”だいっきらい!!”というワードが、そこら中を破壊しながら何度も何度も木霊する。


 おう・・・


 なんてこった・・・とんでもないことになってしまったぞ。


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