2-6【青の同盟 1:~先輩と喧嘩しました~】




「誰もいない?」


 貴族院の近くのサロンからひょっこり顔を出したモニカが、周囲を見回しながら俺にそう聞いてきた。


『近くに知り合いの顔はないな』


 視覚情報を記憶ログに照合しながら俺はそう言う。

 少なくともこの通りで、俺達の顔を知る者はいないだろう。


「うん、わかった」


 俺の報告を受けたモニカが、勢いよく通りへ飛び出し人混みの中に紛れた。

 こういうのは下手にまごつく方が怪しまれる。


 それにしても毎度”これ”が大変だな。

 貴族院に入るときの変装を着替えるために借りているこの会員制のサロンだが、知り合いにここに出入りするところを見られれば相当怪しまれるだろう。

 何せ周りは貴族とその関係者相手の店ばかりで、それが呼び水になって高級店が多い。

 一応討伐旅行に行けて金持ってる上級生はそれなりに見かけるが、趣味が合わないのか貴族よりも少ないので”平民用”の制服はとにかく目立つ。

 貴族の同級生は知り合いは少ないが、見かけられたら面倒だ。



 あれからガブリエラの”秘密のレッスン”はそれなりの頻度で続いていた。

 もちろんガブリエラが忙しいので、毎週というわけにも行かないし、それ程長くもやっていられないが、今では休日の日課となっている。

 まだお互いに少し緊張感があるが、それなりに打ち解けてきた感じがあるので上手く行っているだろう。


 しかしガブリエラは聞いていたのと違って、随分と大人しい人だった。

 注意されていた”癇癪”もまだなく、それほど高圧的でもない。


 ただそれは相当”特殊”な事例なようだ。

 ルシエラに言ってもまったく信じてもらえないばかりか、拷問でもされて良く言うように脅されていると思っているくらいである。

 それに彼女の従者たちも、3回目辺りから奇妙な目で俺達を見つめ始めた。

 どうやらここまで大人しいガブリエラはかつて無かったようで、珍しいを通り越して”逆に怖い”らしい。

 個人的にはおとなしい分には歓迎だが、確かにこの反応は少し気になるといえば気になる。


 ただ、その原因は接している内になんとなく見えてきていた。


 ガブリエラは元々そんな酷い性格の人間ではないのだ。

 ただ少し・・・意地っ張りなところがある。

 おそらく今の彼女の周りの人間は、もっと”不安定”だった時代のガブリエラの”被害者”なのではないだろうか?

 そのせいで接し方に距離が生まれて、ガブリエラもそれに対して意地を張っているのだろう。

 モニカは最近会ったばかりで、張るような意地を持っていないという話だ。


 それともう一つ。

 この前のガブリエラの様子が”本当に”おかしかったときに、スキルのデータ提供という形でモニカが手を差し伸べたのが大きいと思う。

 どことなく、あれをかなりの”恩”と感じているみたいなのだ。 

 それにもしかすると、俺達も強大な力に振り回される気持ちを知っているので、”同族”とでも思っているのかもしれない。

 

 まあ、単純にモニカの姿に親近感でも覚えているのかもしれないが。

 厳密には血は繋がってないが、遺伝子的には”コピー品”の系列である。

 俺も最初は似てないと思ってたが、よくよく見比べてみると目元の辺りがそっくりだし、親族にもっと近いのもいるだろう。

 

 母親・・とか・・・




 街中を暫く歩いていくと、段々と街並みから”高貴な空気”が失われ、反対に少々下品ながらも”活気”が出始める。

 こうして数ヶ月もこの環境の中で過ごしていると、この喧騒が逆に落ち着くから不思議だ。

 比較的静かな貴族院に入るようになったので余計に強く感じる。


「これからどうしようか」

『まだ時間あるしな』


 今日はガブリエラが何やらのっぴきならない用事があるらしく、”レッスン”はお開きになっていた。


『久々に”材料屋”巡りでもしてみるか』

「うん、そうだね」


 そう言ってモニカが問屋街の方に足を向ける。

 ”材料屋”とは、ゴーレムに使える素材を扱っている店を適当にそう呼んでいるだけで、そういう店があるわけではない。

 ゴーレムに限らず魔道具作りは、いかに素材に触れているかが重要だ。

 なので少しでも見識を広めるために、いろいろ触ったり魔力を流してみたりするようになった。

 それでもまだ金属の魔力加工はできないので、扱いの簡単な土系が主流で必然的に園芸店や土木関連の店を回ることになる。

 この街で土を触りながら難しい顔をして、少量だけ買っていくのがいればそれは魔道具製作者と言っていいだろう。

 それでも一応魔道具向けに、魔力伝導率の高い土を専門に扱う店もあるが、”その道”を目指すなら自分の手で触れ分けられるくらいになれとベル先輩に言われている。

 そんな訳で、俺達はいつもどおり問屋街の中央から、少し外れた土木系の店の集まる区画へ足を向けていた。

 

 だが、その時だった。


「あ! あねさんみっけ!」


 嬉しそうなその声が後ろから俺たちを包み込み、わずかにモニカが眉を顰めると、次の瞬間後ろから想像以上の衝撃を伴って首元に何かが激突した。

 スリード先生の補習がなければ首の骨が逝っていたかもしれない。

 相手はスキンシップのつもりだろうが、とんでもない威力だ。


「げぇっ・・・見つかった」


 モニカが嫌そうな顔で後ろを振り向く。

 そこには艶のいい黒毛が特徴の活発な雰囲気の犬耳の女の子が立っていた。


「姐さん、いい加減慣れてくださいよ」

「いい加減、付いてくるのをやめてほしい」


 その子の言葉にモニカが即座に冷たい言葉を浴びせ返す。

 だがその子はまったく気にしていない。

 ”妹宣言”をした中でもこの子は非常にモニカに懐いているというか、良く付いてくる。


「”ワンコ”だっけ? 犬ってのは、本当にしつこくついてくるんだね」

「”ウェンリル”ですよ、”ウェンリー”って呼んでっていつも言ってるじゃないですか!」

「なんで愛称なのに短くもなってないの? ワンコで十分だよ」

「ワンコはやめてください、お願いします」


 この子、邪険にされたくらいでは全く引かない。


「なんでここにいるのがバレたの?」

「えへへ、姐さんの匂いが流れてきたんで、来てみたんですよ」

「うわっ」


 それを聞いたモニカが、心底嫌そうな表情でさっとウェンリルから距離を取る。

 さすが犬系の獣人というか、それとも上位20名に入る優秀な能力を持っているというべきか、やけに見つかることが多いなと思っていたら、本当に犬のような方法で察知されていたとは・・・


「本当に”犬”みたいだね・・・」

「この血に流れる”狼”の血のなせる技ですよ!」


 ウェンリルがそう言って力強くガッツポーズを作る。

 だが依然としてモニカは辛辣だ。


「でも獣人って別にその獣の血が入ってるわけじゃないって習ったよ?」

「うぐっ・・・精神的な意味では”狼の末裔”だから!」

「それ作り話だよね?」

「そ・・・そういう気持ちの問題だから!」


 モニカの言葉にウェンリルが口籠る。

 そう、実は獣人っていうのは獣と人間のハーフとかじゃなく。

 獣みたいな特徴の”人間”であるらしい。

 もしくはライリー先輩みたいな”人間みたいな獣”のどちらか。

 だがその両者は明確に別れていて、その間に子供ができたりはしないらしく、文化的にも別物なので気をつけないと余計な諍いのもとになる。


 だがいくらわだかまりの有った相手とはいえ、モニカがそんな”文化的”な部分を攻めるなんて珍しい。

 よほど嫌いなのか。

 俺としては可愛い犬耳の女の子なのでうれしいし、この前メリダにも謝っていたので悪い感情はもう持ってないのだが。


「とにかく! ついてこないで!」


 モニカが半ば怒鳴るようにそう言うと、ズンズンと音がなるほど力強く道を踏みしめて街中を進んでいく。


「待ってくださいよ姐さん!」


 だがウェンリルは全く気にすることなく付いてくる。

 こんな調子で2人は”ついてくるな”、”待って”を繰り返し、街中を歩いていた。



 そんな時だった。



「うわああああんん!!」


 小さな広場に出たところで、突如子供の鳴き声に遭遇したのだ。

 その音にモニカが何事かと振り向くと、ちょうど広場の端に併設されてある公園で数人の生徒達が集まっている様子が見て取れた。

 だがよく見れば、皆一様に涙を顔に浮かべ地面に這いつくばっている。

 制服を見る限り10人ほどの初等部の生徒だ。

 そしてそのすぐ向こうに、中等部の制服を着た4人の生徒が薄ら笑いを浮かべながら並んでいる。

 全員、体が少し大きめで、授業などで見たこともないのでたぶん上級生だろう。


「なんだろう、あれ?」

「ん? なんですか?」


 モニカの言葉にウェンリルが怪訝な顔になる。

 ウェンリルは気がついていないようだ。

 見れば周囲の他の人間も気づいていない。

 どうやらこの喧騒に紛れて泣き声が聞こえないのだろう。

 まあ、俺もモニカが意識しなければ聞き分けられなかっただろうし、獣人以上に敏感なモニカが特殊なだけかもしれない。


「あれだよ、あれ」


 だがモニカがそう言いながらウェンリルの頭をガシリと鷲掴みにして”現場”に向けると、流石にウェンリルも”事態”に気がついたようだ。

 だが、その反応は芳しくない。


「あ、あれは・・・」


 と奥歯に物が挟まったような声を出す。

 その瞬間、中等部の生徒の一人が転がってる初等部の生徒を軽く蹴り飛ばした。


「助けに行くよ」

「あ、待ってください!」


 止めに入ろうとしたモニカをウェンリルが慌てて止める。


「ヤバイですって、あれ上級生ですよ!?」

「それが?」

「姐さんが強いのは知ってますけど、上級生4人は無理ですって!」


 ウェンリルがそう言って慌てる。

 どうやら彼女の中で上級生というのはよほど怖い存在らしい。

 だがモニカは止まらない


「なら尚更あの子達を助けないと」

「あれくらい大丈夫ですって! 保護魔法があるし大事にはなりませんって!」

「”前”もそう思ってたの?」

「あ・・・」


 ”メリダの一件”を指摘されたウェンリルが苦い顔で固まる。


「保護魔法は強いけど、普通に怖がらせたり傷つけたりはできる」


 モニカはそれが結論とばかりにそう言うと、そのまま現場に駆け出した。

 生徒用の保護魔法のおかげでほぼ”不死身”ではあるが、”無敵”ではない。

 なのでイジメや喧嘩は普通にできるのだ。


「あ、ちょっと待って・・・」

ワンコ・・・! フォローお願い!」

「ええ!?」


 ウェンリルが困ったような声を出しながら、俺達の後ろから走ってくる。

 さすが犬というか、付いてくると決めたら厄介事にも付いてくるのは少し感心した。




 ”現場”では尚も事態が進んでいた。



「おい、どうしたよ? そっちの方が人数は多いんだろ?」


 中等部の男子生徒の一人が初等部の生徒を、そう言いながら蹴り飛ばす。

 保護魔法があるとはいえ、生徒間のこの程度の争いでは発動しないため、既に初等部の生徒はボロボロで血が滲んでいた。


「・・・ごめんなさい・・・」


 初等部の生徒の1人が懇願するようにそう呟く。

 だが中等部の生徒は聞く耳を持たない。


「ああ!? 最初に喧嘩ふっかけてきたのはどっちだよ!?」

「それは、そっちが友達をいじめるから・・・」

「ああん!!?」


 中等部の先頭にいた生徒がそんなガラの悪そうな声で脅しながら、再び脚を上げると、そこに魔力を込めて蹴り込んだ。


 だがその瞬間、”バシン!!”という強烈な音と共に、中等部の男子生徒の足が空中で受け止められる。


「あん? 誰だお前」

「・・・モニカ・シリバ」

「もにかぁ?」


 中等部の男子生徒が、突如目の前に現れた俺達に驚きの表情になる。

 だが、足を空中で掴まれても尚、高圧的な様子は消えないのは素直に凄いと思う。

 

 すると後ろにいた中等部の生徒の一人が腕を捲りながら、高圧的に喋ってきた。


「おい! てめえ、俺達が”青の同盟”と知って割り込んできたのか!?」

「”青の同盟”? なにそれ?」


 モニカが心の底から知らないと言った雰囲気でそう答えると、俺達の後ろにいたウェンリルが血相を変えて慌てだす。

 見れば中等部の生徒だけでなく、初等部の生徒まで魔力傾向関係なく腕に青いリボンのようなものを巻いていた。


『ええっと、たしか、生徒間の互助会的な集まりだって聞いたぞ』

 

 俺は日頃の世間話の中から、該当する単語と情報を引っ張り出す。

 どうやらこれはその互助会内部のイジメらしい。


「”青の同盟”だったらなんだっていうの? それにこの子達も”仲間”なんでしょ?」


 モニカが、”だったら、なおさら意味不明”といった雰囲気でそうぶつける。


「これは”教育”だ。 この街で年長者に逆らったらどうなるか、教えてやってるのさ」

「これが? みんな怪我してるじゃない」


 モニカがそう言って初等部の生徒を指差す。


「この程度、魔法師を目指すならかすり傷にすらならない」

「それがイジメていい理由になるの?」


 モニカが強い口調でそう言い返す。

 実際、この程度の怪我ならば授業でもよく見かけるし、耐えられなきゃ問題だ。

 だが、だからといってイジメが許されるわけではないだろう。


「警告する、これ以上部外者が”青の同盟”に関わるな!」


 男子生徒がそう言うと、全身に魔力を漂わせて威嚇してきた。

 その迫力たるや、数年とはいえさすが上級生。

 同級生でここまでのは数人しかいないレベルだ。


 だが、モニカはその態度にカチンと来たらしい。

 

「”雑魚の集まり”だか、知らないけれど、泣いてる子を蹴るなんて」

「・・・警告したぞ?」


 その瞬間、俺達の手に掴まれた男子生徒の足から、凄まじい力が放たれた。

 

 どうやらモニカの手を振り払うために、魔力を投入して筋力強化を行ったらしい。

 だが、


「なっ!?」


 男子生徒の顔が驚愕に染まる。

 凄まじい力で蹴り込んだはずの自分の足が、全く・・動かなかったからだ。


「・・・これはなに?」


 モニカが低い声で唸るようにそう問いかける。

 その様子は、明らかに自分に矛先が向いた”悪意”に反応する熊のようであった。


「これはなに!!!」


 モニカがそう叫ぶなり腕に大量の魔力が流れ込み、その膨大な力で以って男子生徒の体を持ち上げると、まるでボロ布のように振り回して投げ捨てた。


「うわあああ!!??」


 突如、凄まじい力で投げ飛ばされたその生徒が、わけも分からずそんな情けない声を残しながら空中を舞う。

 だがそれを見た残りの3人は即座に動いた。


 眼の前に突如赤と緑の魔法陣が現れ、同時にもう一人が後ろに回り込む。

 さすが上級生というか、立ち回りも洗練されている。

 前からの魔法攻撃を避けたところを、後ろから仕留めるということらしい。


 舐められたものだ。


「「!!?」」


 中等部の生徒達の表情が、今度こそ全員本物の驚愕に染まった。

 モニカが最初の2人がかりの魔法攻撃を全く避けなかったのだ。


 そして赤と緑の魔法陣から飛び出した衝撃波が俺達の全身を大きく揺らし、その痛みが脳内を駆け巡る。

 さすが上級生、普段戦闘訓練で同級生から受ける攻撃より遥かに苛烈で容赦がない。

 だがこの程度、ルシエラやガブリエラの魔法どころか、アントラムやサイカリウスに殴られた痛みと比べても物足りない。

 訓練でもないし、避ける方が労力の無駄といえる。


 そして俺達はその攻撃を耐えきると、間抜けな顔で後ろから突っ込んできたもう一人の首元を掴み、そのまま前の方に向かって力任せに放り投げた。

 無様に地面を転がる上級生2人。

 

 だが、残る2人は即座に次の行動に移る。

 どうやら俺達を”脅威”だとみなしたらしい。

 先程の攻撃以上の魔力の集中を検知し、もう片方は懐に手を突っ込んで魔道具か何かを探り始めたのだ。


「隙だらけだよ!」


 だがモニカがそう叫ぶと同時に、その2人の鼻面で小さな爆発が発生し、そのまま後ろに吹き飛ばされた。


「!? なんだ・・・ブガッ!?」


 無様に転がった先で、更に追い打ちのように顔面に続け様に発生した爆発でまたも転がる。

 彼らは何が起こっているのか分かってないようだ。

 それでも、なんとかしようと先に転けていた男子生徒が立ち上がると、懐から細い剣を抜き放ちそこに掘られた魔力回路に魔力を流す。

 あれは、流石になんかヤバそうだ。


 だがそんな危なっかしい物をオメオメと食らう俺達ではない。


 次の瞬間、その男子生徒の穿いていた制服のズボンが後ろに引っ張られ、それに足を取られて盛大にずっこけた。

 禍々しい魔剣も術者が転けてしまっては型なしである。


 流石に事ここに至ってはさすがの上級生4人も不利を悟ったのか、距離をとったまま何もしてこなくなった。

 今の攻撃の正体もわからない状態で突っ込んでくる程、愚かではないようだ。

 だが、高圧的な態度は崩さない。


「モニカだったか・・・・今謝れば許してやる」

「それは、こっちのセリフじゃないの?」


 モニカがそう言い返すと、上級生4人は黙りこくったまま後ずさり始めた。


「お前は”青の同盟”を敵に回した。 多少強いようだが、上級生にはもっと強い人もいる、それに”あの方”の前ではお前など・・ぐあっ!?」

「言いたいことはそれだけ?」


 何やら悪役みたいなセリフを吐いたその生徒を、再び”謎の爆発”が襲いその口を塞ぐ。

 すると、ついに上級生たちが尻尾を巻いてその場から走り出す。


「ぐっ!? 今日は見逃してやる! だがすぐに後悔することになるぞ! ”あの人”の威光に震えるが良い!!」


 その上級生はそれだけ言い残すと、まだ伏せっている他の生徒を引っ掴んで街の中へと消えていったのだった。


 そして、あとに残された俺達はそれを見届けると、フッと体から力が抜ける。

 どうやらかなり緊張していたようだ。


 だが、もっと緊張していたものがいるらしい。


「姐さん!! 何考えてんですか!!」


 ウェンリルがそう言うなり、詰め寄ってきたのだ。


「うん? 追い払ったよ?」

「そうじゃないですよ! ありゃ”青の同盟”です」

「うん、そだね」


 それは、そう名乗っていたので知っている。


「分かってないですよ、あいつら絶対”敵”は許さないんですよ! 高等部の先輩が出張ってきたら何されるか・・・・」


 ウェンリルのその声は震えていた。

 どんだけ恐いんだ? その”青の同盟”ってやつは。

 保護されてる生徒間でそんなに酷いことができるとも思えないが。

 ひょっとして夕食のおかずが一品無くなるとかか? そりゃ恐いわ。


「”ワンコ”! それより、あの子達の手当!」


 モニカがウェンリルにそう指示を飛ばす。


「あ、でも、私治療とか出来ませんよ?」

「それでも確認くらいできるでしょ」

「あ、はい」


 モニカはその指示を出すと、自分も初等部の生徒達に駆け寄る。

 だが、驚いたことに俺達が駆け寄るのを見たその生徒達は、まるで危険が迫ったかのような表情になり、そのまま立ち上がると蜘蛛の子を散らすように走り去ってしまったのだ。

 薄情な奴らだ。

 ただ、その生徒達は足を引きずったりしているので追えば簡単に追いつくが、その”現象”に面食らったモニカはその場を動けずにいた。


 そして少ししてやっと我に返ったモニカが、その生徒を追いかけようと体を傾けると、それを後ろから止められる。

 何事かとモニカが振り向くと、そこには悲痛な様子で首を横に振るウェンリルの姿が。


「私らの介抱なんか受けたら、あの子達がもっといじめられますよ」

「なんで?」

「あの子達も、”青の同盟”だからです」


 ウェンリルのその言葉に、モニカが言葉を失う。

 人間関係のなんと面倒くさい話か。

 

 するとウェンリルが頭を抱えて叫びだした。


「あああ!!! なんで止められなかったんだ私! 絶対これまずいって!!」


 そう言いながら地団駄を踏む。


「”青の同盟”がそんなに恐い?」

「当たり前ですよ!! 強い上級生が何人所属してるか・・・きっと”報復”されますよ」

「勝てるかな?」


 そんな軽い感じで聞き返すモニカに、ウェンリルが顎が外れるほど口を開けて驚く。

 どうやら彼女も言葉を失ったようだ。


 それにしても、”青の同盟”とやらは、強い生徒が何人も所属するような大きな存在らしい。

 ならばあの威張りようも頷ける。


 さて、それらが”報復”してきた場合、本当に大丈夫だろうか?

 ちょっと心配になってきた。


 先程使った”手”はおそらく通用しないだろう。

 あれはガブリエラとの”レッスン”で練習中の、”高密度魔力溜まり”を爪の先ほどの大きさにして利用した攻撃だ。

 なのでまだ威力は上げられるが、高度な術者に使えば即座に見破られ変質前の魔力を相手に渡すことになる。

 実は試しに、試合でアデルやシルフィに使ったところ普通に逆利用され、ルーベンにはそこからボコボコにされているので、そのクラスが来たら駄目だ。

 高等部の生徒ならほぼアウトだろう。


 それに気になるのはあいつらが言っていた、”あのお方”という存在。

 おそらく”青の同盟”の首領的な存在だろうが、あそこまで自信満々に言うなら相当な”強者”だと思われる。

 最上級生の上位生徒とかかな・・・

 だとすれば、絶対勝てないぞ。


「私、目をつけられてないですかね!?」

「大丈夫だと思うよ、名前言ってないし」


 モニカが、がっくりと肩を落とすウェンリルをポンポンと軽く叩いて慰める。


「ずっと付いていきます。 守ってください」

「頑張る、”ワンコ”は私の”妹”だから」


 おや、モニカがウェンリルを”妹”と認めるとは、さっきの一戦で連帯感でも湧いたか?

 だが、ウェンリルはそれに対し複雑な表情を作った。


「・・・姐さん、私の名前覚えてます?」

「”ワンコ”じゃないの?」

「・・・・・」 


 

 こうして、俺達と”青の同盟”との、ちょっとした”いざこざ”が幕を開けた。


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