2-3【激突! ライバル! 11:~知恵の坂~】



「それじゃ行ってきますね」


 肩にフクロウのサティを載せたベスがそう言ってこちらを向いた。

 その向こうには空いた扉と、さらにその向こうにぞろぞろと下りる生徒達の姿が見える。

 今はまさに通学ラッシュの真っ最中。


 ベスも今から登校だ。


 ちなみにルシエラはもう既に出かけている。

 今やってる研究が佳境とかで、朝から研究室に顔を出すのだそうだ。

 

 だが俺達に出かける素振りはない。


「気をつけてね」


 モニカがそう言うとベスがペコリと頷いて、そのまま外へ飛び出していった。

 


 今日は謹慎2日目。

 俺達は寮で大人しくしていなければならない。

 なのでこの毎朝恒例の”通学ラッシュ”に参加せず、それを少し名残惜しげに見つめるだけで我慢しなければいけない。


 とはいえ、この”知恵の坂”寮はかなり巨大で、その中を動き回るだけでも窮屈な思いはしない。

 実際、毎日住んでいる寮なのによく知らないので、ちょうどいい機会と俺達なりにこの謹慎を楽しんでいた。




 まず向かったのは、”知恵の坂”の麓の施設。

 ・・・の中にある食堂だ。


 どうせ朝食を食べるのなら、ベスと一緒に行けばいいとも思うが、なんとなくそれは気が引けた。

 まあ、初等部の生徒は点呼の後、集団食事からの集団登校なので、どのみち一緒には食べれないし。

 それにあの喧騒にわざわざ混ざるのも、”なんだかな~”って感じなので、俺達はラッシュを少し過ぎたあたりで食堂にやってきていたのだ。


 ただ、その甲斐あってか食堂は非常に静かなものだ。

 いつもは手狭に感じるのに、今はガランと広いスペースが広がっている。

 今いるのは、今日の授業がない生徒や、昼からの生徒ばかり。

 だいたい高等部だが、みんなのんびりとした表情で飲み物をすすりながら、資料や本に目を通して、優雅なモーニングと洒落込んでいる。

 朝食の環境としてはいつもよりも良いものだろう。


 だが一つだけ・・・

 ビュッへスタイルの盛皿の上の残りが、まるで戦場の跡のように無残なことだけが玉にキズだが・・・




 優雅な朝食の後、俺達は取り敢えず麓の建物の”探索”を行ってみることにした。

 といっても、だいたいいつも利用しているので、大方どこに何があるのかは把握している。

 1階の正面玄関から左側に、夕方などには生徒達が談笑している広めのホールが有って、その反対側には寮の事務スペース。

 職員やスタッフなどが居るところだ。

 その奥に食堂と厨房、それに食料貯蔵庫。

 つまみ食い防止のために食料貯蔵庫は生徒の立ち入りは基本的に厳禁。

 この辺りは匂いだけで空腹になる危険地帯だ。


 そして食堂のさらに奥側にある廊下には上下の階に向かう階段があり、下に行けば寮の大浴場やランドリーなどがあって、夜は最大の人口密度になる。

 上に行けばもう少し静かな談話室があり、その奥に個室タイプの自習や談笑に使える静かな個室が並ぶ。

 その全扉に”男子禁制!”の貼り紙がなければ中々に趣があるのだが、流石に完璧とはいかない。

 そこにある本棚には本がいくつかあるが、ほぼ例外なく何処かの誰かが置き忘れた何かの専門書で、とてもじゃないが専門外の中等部の生徒が読めるものではない。


 だがこの建物の探索は、昨日の内に大方済ませてしまっているので、特に目ぼしいものはなかった。

 結果として、早々に諦めた俺達は建物を出て、公園部分へと戻って来ることになる。

 この麓の建物と”部屋”に繋がる坂道の間のこの空間は、どうやら本当に公園らしい。

 道の結節点の中央部分は、大きな広場状になっていて人が集まれるようになっている。

 時々、謎の集会や貧乏サークルのカンパを求める募金、それに小さな研究室の発表会などもやっているが、平日午前の今はほとんど誰もいない。


 そして道の方ではなく、その横の行くと芝生の広いスペースが広がっていた。

 ここも休日となれば初等部や中等部の生徒が元気よく遊んでいる光景が見られ、彼等がまだまだ子供であることを思い出す貴重な機会に出会えるが、今はただの広い芝生だ。


 モニカはそんな場所をゆっくりと散策しながら、徐々に坂の方に歩いていった。


 だが、ここまで俺達の会話はほとんどなし。

 

 どうやらモニカは俺の様子がおかしい事を察知して、そっとしてくれているらしい。

 のんびりと歩いているのも、ちょっとした感情などを俺に流さないようにする配慮だ。

 俺はそのモニカの気遣いに最大級の感謝を送りながら、同時にゆっくりと流れる景色を背景に、


 ”その光景” を思い出していた。


 今でもはっきり覚えている。

 気がついて最初の”思い出し”を記録したので、かなり正確だと思う。

 その証拠にログに残るその光景は”、臭い”すら鮮明に記録されている。

 

 唯一つだけ、どうも”感情”だけは正確に読み取れる気がしなかった。


 具体的には、この”記憶”の主が目の前の死体に向けた”美しい”という感情だ。

 そりゃ生前のその人物は綺麗だっただろうさ。

 だが、何度見返してもその死体はグチャグチャの・・・


 うえっ・・・


 ・・・失礼。

 

 大変、不謹慎極まりない事は十二分に理解しているが、文句はこの”死体”の映像を10分眺めてからにしてくれ。


 まあ、それくらい”ひどい”有様だ。

 なのに”彼”はそれを”美しい”と思った。

 それも心の底から、本当の”本心”でである。

 見た目と感情のギャップに、ログを見るだけで目眩がするほど純粋に美しいと思っていたのだ。


 普通、”悲しい”は分かるが、”美しい”とは思わないだろう。

 だがそれは俺が本当の意味で、人を愛したことが無いからかもしれない。


 まあ、ここで重要なのは、”彼”が明らかに”俺”とは異なる思考の人間だということだ。

 失礼、俺は人間じゃなかった、訂正する。


 ”カシウス・ロン・アイギス” は ”ロン” とは明らかに異なる”人格”の持ち主である。


 このことを先に言っておきたい。


 そう、俺を悩ませているのは、この”記憶”が”カシウス”ものだということだ。

 正確に言うならばこの”記憶”の主は、その記憶の中でそう呼ばれていた。

 だが・・・じゃあ、ここでこの記憶を持っている俺は”カシウス”だとするには、些か以上に問題がある。


 まずこの”記憶”に関する可能性は大きく分けて2つある。


 1つは、これはただの”夢”であるという可能性だ。

 そして可能性としてはこちらの方が有力である。


 つまりデタラメ・・・俺の知っている情報から組み上げた”妄想”という訳だ。

 その論拠は、出てきた登場人物が全て予想の範囲に収まっていること。

 ウルスラ王妃や、”記憶の中の記憶” の中のフランチェスカは、モニカを大きくすればいいし、他の登場人物は殆ど誰かも知らない。

 さらに彼の義理の父・・・つまりフランチェスカの父の姿が、なんとミリエスの”結界祭”で聖王役を務めた司祭という、”デタラメ要素”も含んでいる。


 普通に考えるなら、俺が知っているカシウスの情報から逆算して組み上げた”夢”と見るのが自然だろう。


 そして、もう1つの可能性はこの”記憶”が本物であるというもの。

 可能性としては4割・・・いや3割にも満たないか。

 だが逆を言えば、3割近くも俺はこれが本物だという可能性を感じているのだ。

 野球だと結構な打率である。


 その原因が、まるで魂に刻まれたかの様な強烈なインパクトと実在感。

 そして視界のどこにもあやふやでおかしなものが映り込んでいないという、夢にあるまじき”空間的整合性”だ。

 精査してみれば、壁の染みの位置までちゃんとしている。

 こんな”空間”を飛行中も含め数十km分もでっち上げるのは、夢にしては少々気合が入り過ぎではないか。


 そして、もはや”本能的”といっていいようなそんな感覚が、この記憶が本物であると告げていた。


 では仮に本物であったら?


 その場合、 ”どこかの段階で俺達の頭に記憶だけ仕込んだ” か ”どこかの人格を持ってきて、そこから記憶を消した” かになる。

 要は最初からあったか、途中から追加されたかのどちらか。


 もちろん、モニカがどこからどう見てもカシウスでない以上、その記憶は必ず外部から持ち込まれたものだ。

 なので、ここでいう”最初”とは、俺の人格がモニカに植えられた時点を指す。

 当然、この場合は必然的に”俺あとづけ説”が前提になる。

 そして、逆説的に”俺自然発生説”を取るなら、この記憶はどこかで差し込まれたものになる。


 つまり俺がカシウスの”コピー”ないし、”引き継ぎ先”か、それとも嫌な記憶を押し付けられた哀れな人格のどちらかという話だ。

 そしてどちらを選んでも、モニカに”情報の移植”があったことを示す。


 じゃあ、俺はカシウスか? 

 先に述べたように、もちろん俺としては”それはない”という立場だ。


 だが、ここに”モニカの父親=カシウス”説が加わると、更に事態はおぞましさを増す。

 努めて考えないようにしてきたが、”モニカの父親”の第一候補は間違いなくカシウスだ。

 となると、カシウス=父親=俺という可能性が生まれてしまう。


 ご丁寧な事に、この”3者”の活動時期は全く被っておらず、それに3人共”ロン”という名前を持っている。

 さらにモニカの話とこの”記憶”を総合するなら、全員”同じ声”を持っている事になる。

 解析の結果、大変遺憾ながら俺と記憶の中のカシウスは同じ声という判定が出ていたのだ。


 ここまで状況証拠があれば、他人なら安易に ”カシウス=父親=俺” という結論を下しかねない。

 だからこそ、これは本当に誰にも相談できない話だった。



「へえ・・・」


 俺がそんな感じに頭を悩ませていると、モニカから感嘆の声が流れてきた。

 慌てて思考を”現状”に戻し状況を確認する。


 どうやらいつの間にか、坂を登って寮の頂上まで着いたらしい。

 この”知恵の坂”寮の上の方は、麓と同様に徐々に道が合流しながら1つに纏まっていき、最後には白い建物へと続いていた。

 大きさは麓の建物の4分の1くらい。

 斜面に生えている家と比べれば、結構大きい。

 そこはさながら”山岳ロッジ”といった趣で、斜面に”普通”に建っていた。


『こんなのがあったのか』


 俺がそう漏らすとモニカが同意する。

 どうやらこの寮の”上の果て”を見つけたらしい。

 

 だが東山の頂上はまだまだ先にある。

 おおよそ7合目といったあたりか。

 横を見れば、他の寮の似たような建物が近くに見える。

 上まで来ると、こんなに近くなるのか。


 モニカがその建物の正面にある階段を登ると、すぐに大きなテラスと、そこから見えるアクリラの絶景が眼の前に広がった。

 おそらく寮から見える最高の景色だろう。

 部屋の庭から見えるものと比較してもなお凄い。

 

 そしてそのテラスには、何人かの”イケてる”雰囲気の高等部のお姉さん方が、静かに景色を眺めながらお茶を飲んでいた。

 今日は天気がいいので最高に気持ちがいいに違いない。

 標高が高く気持ち涼しいのも手伝って、まさに最高の寛ぎポイントだ。

 こんな場所が寮に有ったとは。


 早速、モニカが探検とばかりに建物を物色する。

 だが残念ながら、見た目ほど広くはないようで、3階建ての建物全てが寛ぎスペースといった広間やテラスだけで出来ているようだった。

 給湯室に置いてあるお茶の銘柄がやたら充実しているくらいしか見所はない。


 やはり施設としての機能は麓に集約しているのだろう。

 これで露天風呂でもあれば最高なのだが。


 あとは山の頂上側に抜ける玄関があるくらいか。

 今日は出れないが、そのうちここから東山の頂上に登ってみるのもいいかもしれない。



 それでもモニカは、ここを気に入ったらしく、給湯室でそこにいた先輩に教わりながら紅茶を淹れ、それを持ってテラスのベンチに腰掛けた。

 ちょうどいい事に肘掛けが小さなテーブルになっているし、街の方を向いているので抜群の居心地だ。


 そしてモニカの視線がゆっくりと街の景色を泳ぎ、そのまま南側のとある一角の周りをウロウロし始める。

 そこは、上から見るとかなり独特な形の建物が並ぶ不思議な地域だ。

 さらにモニカは、まるでそこから何かを探すかのように目を動かしていた。


 実はあの辺りは、”非人型”の生物がたくさん住んでいる地域で、メリダの住んでいる寮もある。

 おそらくモニカはそこから自分と”処分”を分け合った友人の姿を探しているのだろう。

 もちろん、謹慎中なので寮の外には出てないはずだから見えるわけもない。

 だが、そんなことは分かっているだろう。


 そのままのんびりとした時間が過ぎていく。


 俺としては、この謹慎は自分の気持を整理するのに大変ありがたかった。


 それに落ち着いて考えれば”カシウス=父親=俺” 説の否定要素も浮かんでくる。


 まず当たり前だが、俺の名前は他の二人と直接接点があることで付いているわけじゃない。

 これはモニカが俺にくれた”俺の名前”だ。

 他の意味はない。


 次に”声が同じ”という問題も、それが直接同じ人格であることを示すものではない。

 まず”俺自然発生説”を取った場合でも、モニカの深層心理が作り上げた人格ということになるので、選ばれる声の種類はモニカのものか、あの”父親”の2択になる可能性が非常に高い。

 なにせ当時、モニカの知っている声を出す存在はその2人しかいないのだから。


 そして記憶の中のカシウスの声は、単純に視点から俺の声が割り当てられただけとも考えられる。

 まあこれを言ってしまうと”あれは唯の夢”説の方に行ってしまうので、論拠としては成立するか怪しいが。

 とにかく声が同じでも、それでもって”同一人格”ではないのだ。


 そして何よりカシウスと”モニカの父親”を同一人物とするには、致命的な問題がある。


 それは”モニカの父親”がカシウスほど優れたゴーレム技術者ではないことだ。

 もちろんモニカの父親は優秀なゴーレム技術者であることに疑いの余地がない。

 モニカのフロウによる戦闘も父親仕込みだというし。

 だが、それでもカシウスは別格だ。


 あの男がカシウスなら、間違いなくあの氷の大地はもっと沢山の”ゴーレム”で溢れているはず。

 そしてモニカも、たとえ使えなくとも、もっとフロウを柔軟に使う戦い方を知っていたはずなのだ。

 もし、あの”父親”がカシウスなら、それを隠していたことになる。


 なぜ?


 それはカシウスではないからではないか?


 そう考えれば、やはり”カシウス=父親=俺”という結論を導き出すのは、些か以上に強引な結論と言わざるを得ない。


 そしてその考えが纏まると、俺の中の”不安”が少し小さなものに変化していることに気がついた。

 杞憂と見るのが妥当だと、自分が納得したのだろう。

 やはり不安には、落ち着いて考えるのが一番だな。


 俺がそう納得していると、いつの間にか視界が真っ暗なことに気がついた。


 なんだろうと思って、髪留めの”後方視界”の方を見てみれば、どうやらいつの間にかモニカが眠っていたらしい。

 少し涼しげな空気と夏の日差しが、良い感じに混ざって極楽の陽気だからな。

 モニカもこのまったりとした空気に馴染んだのだろう。


 よく見れば、体を冷やさないように薄い毛布のようなものが掛けられていた。

 ログを見る限り自分でかけたわけではない。

 おそらく近くにいた先輩の誰かが、眠ってしまったモニカを見て気を利かせてくれたのだろう。

 まったく・・・この建物にはナイスなレディーしかいないのか。

 意外とガサツで力の有り余った野獣の様な連中が多いこの寮に、こんな場所があるなんて。 

 もっと言うなら商人たちの活発な声が飛び交うこの街に、こんな静かな場所があるなんて思ってもみなかった。


 どうやら俺達はまだまだアクリラについて無知だったらしい。


 この場所では、風の音とモニカの小さな寝息しか聞こえてこない。

 そしてその音を聞いていると、不安とショックに掻き乱された俺の心が、まるで解されるように穏やかになっていく。

 ここに座っているだけで、俺の悩みがまるでちっぽけな物に変わるような気がするのだ。

 もう、今日はずっとここに座っていてほしいくらい。


 そんな事を考えていると、ふと俺はあの”記憶”の別の”側面”が気になった。


 記憶そのものではない。

 カシウスがフランチェスカの死を悟った瞬間に見た、”走馬灯”のような2人の思い出を綴った”記憶の中の記憶”。


 内容は吐き気を催すほど甘い”イチャイチャ”の羅列だが、同時に俺はこの記憶の中のカシウスが驚くほどフランチェスカ”そのもの”を愛していたことが気になった。

 記憶の中の記憶に”美化”と見られる痕跡が少ないのだ。

 それに記憶の中のカシウスはフランチェスカと夫婦であり、当然、思い出した記憶の中には、まあ・・・”そういうの”も沢山含まれる。

 なので俺は現在、”記憶の中の記憶”という注釈付きではあるが、フランチェスカの身体情報について驚くほど詳細かつ大量のデータが揃っていた。


 そこで”あること”が気になった俺は、確認のためにモニカの手を動かす。

 ここまで落ち着いていると、別にスキルに頼らなくても少しの”思念誘導”である程度思い通り体を動かすことが出来る。

 そしてそれを使い、モニカの手が服の内側へと滑り込むと、そのまま俺の誘導に従いながら、モニカの手が腹部から胸にかけての細かな”凹凸情報”を感覚として伝えてきた。


 やっぱり・・・ない。


 確認のために何度もモニカの手に右胸の下辺りを探らせるも、そこには滑らかな肌があるだけだ。

 フランチェスカは、右胸の下にあった小さな”ホクロ”を、幼い頃からコンプレックスに感じていると言っていたのに・・・

 

 これだけじゃない。

 フランチェスカの体は、モニカと比べると妙に・・整合性がなかった。

 具体的には、モニカの体が異常なまでに”なにもない”のだ。


 あ、胸じゃないぞ。

 胸はフランチェスカも殆どないからな。

  

 そうじゃなくて”ホクロ”とか”シミ”とか、そういった類の物がフランチェスカに比べて・・・いや、普通の”人間”と比べて明らかに少ない。

 もちろん、カシウスの知っている最も若いフランチェスカの身体情報は18歳の時の物であり、もうすぐ11歳を迎えるモニカと単純に比較はできない。

 それでも、そこから約10年の変化から逆算したフランチェスカの肌は、まだ人間じみていた・・・・・・・

 モニカの方が肌は過酷な環境に置かれていたというのに・・・


 俺はその”違い”がまるで青天の霹靂へきれきのように広がっていく、なんとも居心地の悪い感覚に、先程までとは違う”不安”を感じ始めていた・・・








※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 その日の夕食時、寮の食堂にて・・・



「ねえ、ルシエラ」


 食堂で夕食を取っていると、目の前に座るモニカが徐にルシエラに声を掛けてきた。

 たまたま不意を突かれたルシエラは、夕食のおかずを口に入れる寸前の間抜け面のまま固まってしまう。


「え、なに?」


 なんとかギリギリのところで表情を戻すと、そのまま真面目な顔を取り繕う。

 ルシエラは見栄っ張りだ、特に自分の妹分が真剣な顔をしているときは。


「魔法のコツって何かある?」


 モニカが聞いてきたのはそんなこと。


「コツ?」

「うん、わたし魔力をうまく使えてる気がしなくて・・・」


 いやそれはない。

 と、口から出かかったツッコミをルシエラは飲み込む。


 ここで聞いてきたのは、偶然ベスが遅くなる予定があってこの席にいないからだ。

 モニカはモニカなりに見栄っ張りなのか、ベスの前ではあまり弱みを見せたがらない。

 そしてルシエラはモニカのその思いを踏みにじりたくなかった。


「なにか悩んでるの?」


 とりあえず当たり障りのない質問を。


「うん」


 ”うん”ではわからんよ。


「喧嘩のこと?」


 ルシエラがそう聞くと、モニカが少し不満げに視線を逸らす。

 どうやらこの前の喧嘩のことで何か悩んでいるらしい。

 勝ったと聞いたが、何か不満でも残ったのだろうか?


「ルシエラは魔力を使うとき、何か意識してることはある?」

「意識?」


「こうしたら良くなるとか、もっといい感じになるとか・・・」


 その言葉にルシエラは顎に手を当てて、自らを振り返る。


「うーん、特に意識したことはないなぁ・・・でもどうしてそんな事を?」


 ルシエラがそう言うと、モニカから意外な言葉が返ってくる。


「わたしが知ってる中で・・・ルシエラが一番魔力の扱いが”凄い”」

「凄い?」


「ルーベンと戦って分かった、ルシエラの魔法は”別格”だって」


 ルーベン・・・たしかモニカの喧嘩相手で、中等部1年の最優秀生徒だっけ。


「それは私が高等部だからで・・・」

「違う」


 するとモニカが真剣な様子でこちらを見つめた。


「スリード先生もグリフィス先生も、スコット先生も本当に凄い、だけどルシエラ程じゃない・・・・・・・・・


 モニカのその言葉にルシエラはしばし考えを巡らせ、すぐに”モニカの悩み”の正体に思い至った。

 それら教師と比べられるのは大変光栄だが、明らかに雲の上のスリード先生の名を出すからには、単なる強さや高等さの事ではない。


「魔力効率が悪いことが心配?」

「どうにかならないかな?」


 なるほど。


「”相談”はした?」


 そう言いながらルシエラは自分の後頭部を軽く叩く。

 ”ロンに聞いたか?”のサインだ。

 するとモニカは少々バツの悪そうな顔で、首を横に振る。


 となると、これは衝動的な悩みか。


 きっと”彼女の相棒”は、突然の悩みの告白にモニカの内側でオロオロしていることだろう。


「ねえモニカ、私とモニカは全然違うことは分かってる?」

「わかってるつもり・・・だけど」


 だけど隣の芝は青く見えるということか。


「私の魔力効率がいいのは、私の”加護”のおかげ、それとそうでもしないと魔力が足りないからよ」

「それは知ってる」


「なら、モニカの問に答えてあげられないのは分かるよね?」

「でも効率的な”心がけ”とかは参考になるでしょう?」


 モニカが藁にもすがるといった表情でそう聞くが、ルシエラは首を横に振る。


「もちろん”そういうのがある”というレベルなら、参考にしてもいいわ、でも間違ってもそれで強くなろうなんて思ってはだめよ」

「なんで?」


 モニカの顔に”おあずけ”を食らった子供特有の不満が現れる。


 もちろん、できる事ならモニカに必殺技の1つくらい伝授してやりたい。

 そうできたらどれだけいいか。

 だが悲しいかなルシエラの技はどれも、モニカが使うにはあまりにも”繊細”だ。

 おそらくモニカはその繊細さを欲している。

 そして、この街の多くの者はその繊細さを武器にしているので、より一層その憧れは強まるだろう。

 だが、


「私は気をつけないと魔力がすぐ無くなる、でもモニカはそうじゃない。

 むしろ有り余る魔力をどう使い切るかの方が重要なのに、全然違う私の真似なんかして変な癖がついたら後が大変よ。

 だから基礎は教えられるけど、その”先”は無理」


 その先を教えるには、ルシエラはあまりにも”無力”だ。


 言ってしまえば、これは”嵐”が”ふいご”に憧れるような話である。

 だがどれだけ憧れようとも、嵐には嵐の、鞴には鞴の風の吹かし方があるのだ。


 ただ、モニカの今の生活では、”嵐の風”を学ぶのは難しいのも事実。


「どうしたらいいのかな」

「今でも1位の子に勝てるんでしょ? だったらちゃんと進んでるとは思うわ」


 そう、今でもモニカは確実に強くなっている。

 既に同年代最強であることがその証拠だ。


「そうかな」

「そうだよ、だから安心しなさい」


 ルシエラがそう言うと、モニカは小さく1つ頷き、少ししてからもう一度頷く。

 どうやらロンからもフォローがあったようだ。

 だが、それでもモニカの顔は晴れない。

 頭では分かっていても”繊細さ”への憧れは尽きないのだろう。


 ルシエラとしても、かわいい妹分が自分を目標にしてくれるのは素直に嬉しいが、

 モニカが最も目標にしてはいけない存在である自覚があるので内心複雑だ。


 どこかにモニカの参考になる先輩はいないだろうか。

 ルシエラは自分の知っている範囲で、該当があるか思いを巡らせる。

 

 特徴的に、圧倒的魔力で少々の諸問題をすべて洗い流すようなスタイルがいい。

 それでいてモニカの”目標”になりうる実力者であること。

 それもスリード先生や噂に聞くルーベンですら物足りないとくれば・・・

 


 ”あいつ”に頼んでみるしかないか・・・ 



「いや、そりゃないな・・・」


 ルシエラはそう言って、今しがた自分が思いついた”狂案”を塗りつぶす。

 その様子をモニカが不思議そうな目で見つめている。


 駄目だ。


 この純粋な目の少女を、”あんなの”の前に置いてはいけない。


 この時期の子供は自分の憧れの存在を盲目的に真似したがる事がある。

 特にモニカはその傾向が強い。


 流石に、モニカが”アレ”と同じ様な性格になるのは我慢ならなかった。

 

 今はまだ早い・・・・

 ルシエラは自分にそう言い聞かせる。


 だが、”いつ”ならいいのか?

 

 ルシエラの冷静な部分は、その時間があまり残されていない事を指摘していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る