2-3【激突! ライバル! 10:~本当の友達~】



 部屋の中に突如、ドタドタとした足音が聞こえだし、それが徐々に大きくなって最高点に達した時。

 

 ”バン!!”と大きな音がして、俺達のいる医務室の扉が大きく開けられた。


「モニカ、喧嘩したって本当!?」


 その声の主、俺達の姉貴分ことルシエラは、部屋に入ってくるなり興奮した様子でそう聞いた。


「あ、ええっと・・・」


 その様子にモニカが困ったような顔をする。

 それと同時にモニカの顔を覗き込んでいたロザリア先生がゆっくりと顔を後ろに向けた。


「今は・・・”診察中”よ」

「あ・・・すいません・・・」


 診察用の複雑魔法陣を複数展開させたロザリア先生のドスの利いた声に、ルシエラが慌てて頭を下げる。

 

 今、モニカは俺が再起動してから、体に問題がないかを確認している最中だった。

 かなり強烈なスキルの使い方をした後だし、かなり激しい戦闘だったのでどんなダメージを負っているかわかったものではない。

 なので、関係者や校長までもを一旦追い返してかなり入念なチェックを行う事になったのだ。


「外でスコット先生に止められなかった?」

「あ、一応わたし同性なんで大丈夫だろうって言われました」

「はぁ・・・まあ、そうね」


 ルシエラの答えにロザリア先生が頭に手を当てて、諦めたように息をつく。

 そして、その様子を同室の許しと思ったのか、ルシエラが横歩きで医務室の椅子まで歩くとそこに腰を下ろした。

 そして”収納用”の魔法陣から袋を取り出す。


「言われたとおり制服持ってきたわよ」

「あ! ありがとう!」


 ルシエラがその袋を掲げると、それを見たモニカが嬉しそうな声を上げた。

 俺達の制服はルーベンとの”喧嘩”でかなり破損していたし、かなり煤汚れていた。 

 流石にこの状態で寮まで帰るわけにはいかないので、先程、校長が他の生徒の状況を確認するために出ていった時に、ついでにルシエラへの連絡を頼んだのだ。


「それにしても制服破れるなんて、どんな喧嘩したのよ?」

「あ・・・ええっと・・・」


 ルシエラが軽い感じで笑いながらそう言うと、それを見たモニカが困ったような声を発する。

 ”本気”で戦ったとはまだ言っていないのだ。


「ん? ・・・どうしたの?」


 ルシエラがそう言って体を横に倒す。

 彼女の位置からではモニカの様子はロザリア先生の体に隠れて見えないので、そうやってモニカの様子を見ようと思ったのだろう。


 そしてルシエラの青い瞳がロザリア先生の体の横からモニカの様子が直視できる位置まで、彼女が体を倒すと、

 そこでルシエラの表情が固まった。


「・・・・」


 さっきまでの軽そうな笑顔を貼り付けたまま、その目だけが俺達の腹部に集中する。

 そこには、モニカのさながら”へそ出しルック的”に腹部が破けた制服と、ヘソの周りに赤くクッキリついたルーベンの拳の痕があった。


 今更ながらこの痕が中々消えなくて困っている。

 もう殴られて数時間になるというのに、わずかに薄くなってるだけ。

 ダメージにはなっていないが、いったいどんなことすればここまでしつこく残るのだろうか?

 衝撃だけじゃなくて、熱が入ったのが大きかったかもしれない。

 何分、身体強化のぶつかり合いなんで、普通の腫れとは少々毛色が違う。


 だがそれを認識したルシエラの様子が徐々に不穏なものに・・・・


「相手・・・貴族院の子だっけ?」


 そしてルシエラの顔から笑みが消えた。


「そ、そうだけど・・・」


 モニカがそれに慄きながら答えると、その瞬間ルシエラの背中から大量の魔力が立ち上った。


「なるほど・・・ねえモニカ、”そいつ”はどこにいるの?」


 ルシエラの問いかけに、モニカが固まる。

 彼女の目は強烈な殺気を込めて青く光っており、そのあまりの”迫力”にモニカの身が竦んだのだ。

 そしてそんなモニカに代わり、ロザリア先生が呆れた様子で声を発する。


「それ聞いてどうするつもり?」

「そりゃ当然、シメるに決まってるわ! 可愛い妹分の土手っ腹に、そんな拳の痕付けられて黙ってられるか! って話よ!」

 

 ルシエラがかなりの剣幕で怒り始め、それをロザリア先生が手を上げてトーンを下げろとアピールする。

 だがルシエラは聞く耳を持っていない。


「それで、どこ行ったの!? 誰の妹分に手を出したか分からせて・・・」

「ルシエラ、そんなことしなくていいよ。 私が”勝った”から」


 モニカがそう答えると、ルシエラがキョトンとした顔でこちらを見つめる。


「だからルシエラは気にしなくていい」


 そして続いたモニカのその言葉に、ルシエラの顔がニヤリと歪んだ。


「なるほど、あなたの”獲物”って訳ね」


 いや、違うと思います。

 その理解は間違ってると思います。


 俺が心の中でそう突っ込む。


 だが俺のその考えを他所にモニカの顔に悪そうな笑みが浮かんだ。

 え、違わないの?


「相手の子はモニカよりも無理したみたいで、スキルの状態が悪くてね、向こうの”主調律者”の病院に運んだわ」


 ロザリア先生がルーベンがどこに行ったか説明すると、ルシエラの顔の不満げな色が濃くなる。


「それは残念だわ、顔を覚えておきたかったのに」

「はぁ・・・その様子じゃ、やっぱり移してもらって正解ね」


 なおもルーベンへの”報復”を諦めぬ様子のルシエラに、ロザリア先生が本気で諦めたような声を出した。

 うん、ルーベン・・・逃げろ。



「ルシエラ、制服」

「あ、うん、はいこれ」


 モニカの指摘で、ルシエラが手に持ったままの俺達の制服のことを思い出し、慌ててそれをこちらに差し出す。

 そしてモニカがそれを受け取ると、すぐに着替えるために、今来ていた制服を脱ぎ始めた。

 だが、その様子を見たルシエラが部屋の中を不思議そうに見渡す。


「あれ? このメンツだとロンは喋ってても良いんじゃないの?」


 どうやら会話に入ってこなかった俺の事が気になったようだ。


「ああ・・・ちょっとな・・・」


 俺が話題に上がったので、そう答える。

 正直、会話の流れは把握しているが、そこに割って入れるほど俺に余裕がなかった。

 今の俺は、さっき見た”あれ”について頭がいっぱいでとても会話できる気分ではない。

 そしてそんな様子を察したのか、モニカが、


「ロンを”本気”で使っちゃったせいで、さっきからちょっと様子がおかしいの」


 と説明してくれた。


「それって大丈夫なの?」


 ルシエラが心配そうな様子でロザリア先生を見つめる。

 だがそれに対しロザリア先生の方は肩をすくめる。


「なんとも、ただ、喧嘩して暫くは異常が見られてたけど、ロンが起動し直してからはすぐに正常値に戻ったわ」

「え!? ちょっとまって、ロンが起動してなかったの!?」


 ルシエラがその説明に慌てて声を上げる。


「うん・・・まあ、そうだな」


 そして俺はそれに対して億劫な感じに答えるしかできないでいた。


「そうだなって・・・随分と他人事みたいね」

「ああ・・・わるい・・・今ちょっと頭がまわらないんだ」


 ルシエラには悪いが、正直な所、さっき見た”もの”のショックがキツすぎて立ち直れていない。


「ずっとこんな調子なの、少しすれば元に戻るって言うんだけど・・・」


 モニカが心配そうに補足する。


「安心してくれ・・・なんというか、”機能的”な問題じゃなくて、俺の”精神的”な問題なんだ。 だから本当に・・・気にしないでくれ」

「・・・まあ、あなたがそう言うなら、そうなんでしょうけど・・・でも抱え込んだりはしないでね、お姉さんいつでも相談に乗るから!」


 ルシエラのその言葉は、最後の部分が努めて明るいものになっていた。

 その配慮は身にしみるほどありがたいが、残念ながら今はまだ俺にそれに反応する余裕がなく、このことについて彼女に礼を述べるのはかなりあとになってしまった。

 


「ところで、本気でロンを動かしたってことはさぁ・・・」


 ちょうどモニカが新しい制服に袖を通したところで、ルシエラが藪から棒にそう言った。


「もう隠すの・・・やめるの?」


 その言葉にモニカの体に緊張が走る。

 ルシエラの顔は真剣なものだった。


「もし隠すのをやめたとしても、私はあなたを助けるわよ」


 そして念を押すようにそう続ける。

 それを見たモニカが軽くうなずいた。


「ありがとうルシエラ」


 そして覚悟を決めるように息を吸い込む。


「だけど問題ない、自分の居場所は自分で作る」

「別にここに居る限り、死ぬことはないだろうからな」


 モニカの言葉に俺が補足を入れる。

 まあ、かなり居づらくはなるだろうが、その程度なのは事実なのだ。

 もう隠れるのはやめて、文句だって言ってやる。

 俺達はそんな気持ちを込めて、ルシエラの目を見つめた。


 そしてルシエラの方もそれを察したのか、優しげな表情でうなずいた。


「わかっ・・・・」

「その話ちょい待ち!!!」


 その時、突如として医務室の扉がまたも大きく開けられ、慌てた様子で校長が飛び込んできてそう叫んだ。


「「校長先生!?」」


 モニカとルシエラが揃って驚いた声を放つ。

 そしてロザリア先生の表情がまた一段と不機嫌なものに変わる。


「まったく・・・静かに診察も出来ないのかしら」

「すいませんロザリア先生、モニカの状態はどうでしたか?」

「ロンが戻ってきて、だいぶ落ち着いたようです。 今は全て正常値」

「では私が話しても問題はありませんね」


 校長がそう言うと、ロザリア先生がまだ”問題あり”といった表情をとったが、校長は都合よくそれを無視した。


「生徒達からの聞き取りは終了して、おおよそ何が起こったかは把握しました。 どうやら、生徒間のイザコザに巻き込まれたようですね」

「あいつらが、ずっと嫌がらせしてきただけ」


 モニカがそれが結論だとばかりの口調でそう言った。

 その言葉通り、俺達はここに至るまでにはかなりの嫌がらせを受けていたのだ。


「その原因はご存知で?」

「知らない、関係あるの?」


 やはりというか、モニカの声に棘が含まれていた。

 だが校長は気にした様子はない。


「あなたが痛めつけた3人ですが、彼女達はあなたと喧嘩したルーベンの・・・まあ、彼の”ファン”ですね」

「ファン?」

「あー・・・ルーベンの事が好きな子達です」

「私も好きだよ?」

「ブッ!?」


 モニカのその答えにルシエラが吹き出し、ロザリア先生がガクンと肩を落とした。

 そしてたまらず俺が補足を入れる。


「えーっと、モニカ、ここでいう”好き”ってのは、”あの子いいなー”とか”かっこいいなー”って感じのやつだ」

「わたしもルーベンの事”いいなー”とか、”かっこいいなー”って思ってるよ?」


 だめだこりゃ。

 もちろん俺もモニカがルーベンの事を、”目標”として好意を持って見ていることは知っている。

 知っているが、、


「いや、だからそうじゃなくてな・・・」

「ロンもルーベンの事好きでしょ?」

「いや、好きだけどさ、その”好き”ってのはこういう場合の”好き”とはかなり違ってて・・・」


 俺の言葉にモニカが不思議な表情で頭を捻る。


「好きだってことでしょ?」

「まあ、その辺の説明は今は置いといて」


 どうやらそんな様子に校長が諦めたようで、話を進めた。


「とにかく彼女達はあなたがルーベンに近づくのが気に入らなくて、嫌がらせをしていたそうです」

「ルーベンの周りはいつだって空いていた、好きなら近くに座ればいいのに」


 モニカが憤慨気味に吐き捨てる。

 だが校長はそんなモニカを軽くたしなめた。


「それが出来ない子も多いってことを、覚えておいた方がいいですよ」

「何で、できないの?」

「強過ぎる”輝き”は、それだけで近くにいる者を傷つけるのです」


 校長はそう言って遠い目をして虚空を見つめ、その様子をモニカはまだ納得がいっていない様子で見つめている。

 そして俺は、校長が「あなたが、それを知ることはないでしょうけど」と、ほとんど聞こえない音量で呟いたような気がした。


「さて、この話は置いといて、”本題”に入りましょう」


 すると校長がそう言って話を変えた。


「バラす必要がないって話?」

「結論から言うとそうなりますね」

「でも、他の子達に見られたよ?」


 モニカがその問題を指摘した。

 俺達はルーベンに勝つため・・・いやそれ以前に、自分達よりも”格上”の女子生徒達を痛めつけるために”本気”の力を見せたのだ。


「力を隠していたことは皆に知れ渡りましたが、それが”どの程度”かまでは伝わってません」

「どの程度か?」

「これは聞き込みをしていて気がついたのですが。 そもそもルーベンがどれほど強いのか認識している生徒すらいませんでした」


 校長の言葉にモニカがなんとなく納得した表情を作る。


「それはわたしもそうだった。 最初もっと弱いかとも思ってたのに、結局本気の”先”まで使わされたから」

「直に戦ってない子からすれば、あなた達がどの”レベル”で戦っていたかなんて理解できません。 

 なので”王位スキル”なんて荒唐無稽なものではなく、ただ単にモニカがトップクラスに強い事を隠していたと思っているようでした」


 校長のその言葉に俺は大きく驚く。

 でも確かに、最初にルーベンの”本気”を見たときは、正直ルシエラにすら匹敵しうると感じていたものだ。

 だけど戦って勝った今なら分かる。


 同じに見えたルーベンとルシエラにはまだ純然たる”差”がある。

 だがそれに気づかなかった。

 つまり実際にその”高み”に立たなければ、その力の強さなど本当には理解できないという話なのだ。


「そして幸運なことに、ルーベンも力を隠しているので、実は過小評価されているという状況もあります」

「本当に?」


 モニカがルーベンも力を隠していると聞いて少し驚いた風になる。


「つまり俺達の力は結局の所、”ルーベン並み”という認識に留まっているということか? それも”過小評価状態”の」


 俺がそう聞き返すと、校長が軽く頷いた。


「そうなりますね。 なので”ルーベン並み”の生徒として振る舞えばいいのです」

「そんな都合よくいくの? それにルーベンは知っているでしょう?」


 モニカが校長の案に疑念を挟む。

 実際、直に戦ったルーベンは俺たちの事に気づいた筈だ。


「ルーベン自身、大ぴらに喧伝する事はできません、となれば彼から漏れる先は彼の家族、マグヌスの中枢になります」


 その言葉に、モニカの表情が鋭くなる。


「どういうこと?」

「少々強引な理解ですが、情報は”隠したい者”にしか伝わっていません、ということはです」


 すると校長の顔が悪そう・・・に歪んだ。


「なので現時点では問題にはならないんですよ、マグヌスが問題にしたくない限りは」


 校長がそう結論を述べる。

 だがモニカはそれに対し、


「でも、もし”次”があるなら、私は迷わずやり返すよ」


 と緊張を崩さぬ意思表示を行う。

 もう腹は決まっているのだ。

 いまさら迷うことはないと。


「その心配はないでしょう」

「なぜ?」

「それは次に教室に行けば分かるでしょう。 正体こそ隠しても、あなたはもう普通の生徒ではいられない」


 校長のその言葉には僅かに悲痛な響きが籠もっていた。


「・・・まあ、せっかくバラすなら、その前に最大限交渉に使うくらいの気持ちでいれば良いという話です」

「交渉に?」

「ええ、幸い、相手の出方を見るには丁度いい手ともいえますから」

「なにか得するの?」

「実は、モニカさんの交渉は少し様子がおかしいので・・・」


 すると校長がそこで話を止め、俺達の前に座るロザリア先生に視線を移した。

 そしてそれを見たロザリア先生が口を開く。


「そういう面倒くさいのは、終わってから伝えてください」


 どうやらロザリア先生は交渉には絡まないということらしい。

 様子を見る限り、その言葉通り面倒に絡みたくないのだろう。


「では交渉については、後日別の場で話しましょう」

「私はこれから”ルーベンと互角”でいいの?」

「ええ、それで構いません。 できればそれは”本気の時限定”くらいの演技をして頂ければ助かりますが、これでもかなり動きやすくなるでしょう?」

「なるほど、了解した」


 俺が校長の言葉に納得の色を示す。

 まあ全部”ぶっちゃける”くらいの覚悟もあったが、相手方のことも考えるなら、”規制緩和”くらいのノリで落ち着くのは妥当なところと言えたかもしれない。


 そしてモニカも少し悩んでから、小さく頷く。

 こちらは”消極的同意”って感じだな。

 騒ぎ立てはしないが、もう遠慮もしないということだろう。


 まあ校長の話では、もう手を出してくるようなのはいないだろうという事だし。

 今回の一件で、俺たちの友人に手を出すやつもいなくなるだろう。


「さて、それじゃ”打ち合わせ”が済んだところで・・・」


 すると校長がそう言って、僅かに纏う雰囲気を変えた。

 その”豹変”にモニカが思わず姿勢を正す。


「あなた達の”処分”についてお話しますね」


「処分・・・」

「やっぱり・・・」


 あれだけ暴れて”お咎め無し”ってのはないなとは思っていたが、やはり何かしらの処分が下るのか。


「まずモニカさん、あなたは2日間の活動禁止の”謹慎処分”と、合計10時間の”奉仕活動”の処分になります」

「・・・はい」

「わかりました・・・」


 相場はわからないが意外とこんなもんか。


「次に喧嘩した相手のルーベン君ですが、3日間の”謹慎処分”と、合計20時間の”奉仕活動”」

「なんでルーベンの方が多いの?」

「話によると、競技場の使用を提案したのはルーベンだそうで、その分が加算されています」


 なるほど・・・”勝手に使った”ってわけか。


「被害を減らすための措置だったので、もちろんその分は差し引いています。

 それとメリダさんに危害を加えた8人は10日間の”謹慎”と20時間の”奉仕活動”の処分、それと一部授業の”強制再履修”です」

「喧嘩より、かなり処分が重いんだな・・・」


 俺がその処分の内容に驚く。

 まさかあれだけ派手に暴れた俺達と比べて、謹慎期間が長いとは・・・


「”不当”に不利な条件の相手を痛めつけるのは、喧嘩よりもこの街では許されない行為です」


 ああ、そっか。

 たしかに、もし強いだけの者が弱者を虐げていいなら、”こんな街”はすぐに破綻してしまうよな・・・


「むしろ”互角な相手”や”正当な条件”の喧嘩は処分の対象になりません」

「え? じゃあ私は?」


 校長の言葉に疑問を持ったモニカが質問する。


「相手は ”全員” 互角でしたか?」

「あ・・・」


 なるほどつまり俺達の処分は、あの3人の女子生徒を痛めたことについてのものらしい・・・・

 となればルーベンの咎は競技場の不正使用だけか。

 俺は薄っすらとこの街での”罪の重さ”の相場について察し始める。


「あと、あの場にいた他の生徒は1日の”謹慎”と10時間の”奉仕活動”になりました」

「それは・・・」

「それ以上”みすぼらしい”状態には出来ませんよ?」

「あ・・・はい」


 モニカの言葉に先んじるように校長が言葉を被せる。

 どうやら、校長は俺達の”喧嘩の理由・・・・・”についても把握しているようだ。

 生徒に聞いたのだろう。

 ひょっとすると、完全にお咎めなしならモニカがまた不満を溜めることを見越して、この処分にしたのかもしれない。

 だったら、うまい調整だ。


「全員、競技場の”不正侵入”の罰です」


 あ、そうですか・・・・

 って待てよ・・・そうなると?


「もしかして・・・メリダも?」


 モニカが少し恐る恐るといった様子でそう聞いた。


「メリダさんは、2日間の”謹慎”と10時間の”奉仕活動”です」


 その言葉を聞いた瞬間、俺達の体の中を一瞬で熱いものが駆け抜け、その力でモニカが立ち上がりそのままその”熱”を吐き出した。


「なんで!? メリダは悪くないの・・・」


 だがその言葉は、その途中で校長の人差し指がモニカの口にあてがわれることで止められた。

 モニカが驚愕に目を見開く。

 今の一瞬で、校長が俺達の直ぐ側まで移動したのだ。


 しかも・・・何だこれは?・・・ただ人差し指が唇にくっついているだけだというのに、全く口を動かすことが出来ない。

 そればかりか、そのまま指の力だけでモニカの体が椅子に抑え込まれてしまった。


「話は最後まで聞いてくださいね」


 校長のその言葉は、とても優しげな響きなのに、有無を言わせぬ迫力が篭っていた。

 そしてモニカがその言葉に従い渋々椅子の上に収まると、その様子を見た校長が満足げに頷いた。


「メリダさんは巻き込まれただけということも、被害を受けたということも、自分の意志で不正侵入したわけでないことも分かっています」

「じゃあ・・・なんで・・・」


 モニカがそう問いかける。

 そしてそれに対して放たれた校長の”答え”に、俺達は大きく驚いた。





 アクリラの街は既に日が落ちて、街行く人々が足早に家路やその途中の”娯楽”を求めて歩みを強みを強めていた。

 その暗くなったばかりの道を、医務室を飛び出したモニカが走っていた。


「間に合うよね!?」


 そして走りながらモニカが俺に聞いてくる。


『校長の話だと、出てすぐってことらしいし、足代わりの台車は簡単に直しただけだから速度も出ない。 寮に帰るためには馬車を使うだろう、そして・・・』

「まだ馬車は着ていない!」


 モニカがさっき俺が伝えた駅馬車の時刻表の情報を反芻する。

 ”彼女”が住んでいる寮までの関係上、ここから使う馬車は1つしかない。

 モニカはその乗り場に向かって走っていた。


 そして細道を右に曲がり大通りに合流したところで、目の前に馬車の待合所が見えてくる。

 そしてその中には、何人かの乗客に混じって自分の台車の簡単な修理を行っている、薄紫の芋虫の姿があった。


「メリダ!」


 その姿を見たモニカが大声で呼びかける。

 すると、声を掛けられたメリダの体が一瞬ビクッとなり、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 彼女の様子はかなり綺麗なものだった。

 目に見える傷は全部治療済みだし、誰かが持ってきてくれたのか、制服も綺麗なものだったし、アクセサリーの類もほぼいつもと同じ位置に付いている。

 手に持っている修理中の台車にしても、歪みは戻って見た目的には正常だ。


 だがその目には、いつもと違う”恐怖”が浮かんでいた。

 そしてその恐怖が俺達に向けられた物だと理解したモニカが、わずかに気圧される。

 だがそれでもモニカは引かない。


「なんで、メリダが私の・・処分を・・・」


 モニカがここまで来た理由であるその問いを投げかける。


 メリダが処分を受ける理由。

 それはモニカの”処分”の半分を彼女が肩代わりしたからだ。

 

 それが認められるのが商人の街でもあるアクリラらしいが、モニカとしてはメリダがなぜそんな事をしたのか理解できないでいた。


「私の代わりにあいつら、やっつけてくれたでしょう? その御礼」

「違う! あいつらはわたしに”用”があったの! メリダは関係ない!」


 メリダの説明にモニカが即座に反論する。

 だがメリダはそれを聞いて立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「関係なくないよ・・・友達でしょう?」


 メリダのその言葉にモニカがハッとなって目を見開く。


「友達が虐められてたのに、私は怖くて何もできなかった」

「メリダ・・・」


「弱い私じゃ、モニカと一緒に戦うことはできなかったけど・・・だからこそモニカの罰を半分背負いたいの」


 その言葉に、モニカの足が僅かに震える。

 今更ながら、俺達にとってメリダが友人であると同時に、 

 メリダにとってもモニカは友人であるという、”あたりまえ”の事実を突きつけられたのだ。


「メリダごめん・・・」

「ごめんじゃないでしょ? モニカ」


「うん・・・ありがとう」


 その、モニカの”正しい答え”を聞いたメリダの顔に、優しい笑みが浮かんだような気がした。

 先程感じた恐怖の色は薄らいでいる。


 メリダも怖かったのだ。


 ”あんな戦い”を間近で見て、モニカが遠くに行ってしまったのではないかと思って。


 だから”俺達”の受けるこの”処分”はきっと、”罰”ではない。

 


「本当の”あなた”の事、教えてくれる?」


「うん」


 メリダの問にモニカが即答する。

 そして少し覚悟を決めてから、モニカが息を吸い込んだ。

 そこに迷いはない。


「待って」


 だが、そこでメリダの静止が入る。

 何事かとモニカがメリダを見つめると、メリダが手を何本か動かして周囲を示した。

 そこには何人かが、興味深そうにこちらを見つめる待合室の光景が。


「ここだと話せないでしょ? 近くにサロンがあるからそこに行こうよ」

「あ・・・分かった」


 モニカがそう返事すると、俺達は待合室を後にした。

 


 それから俺達は、近くにあった比較的カジュアルなサロンの個室にモニカとメリダが2人で入り。

 そのまま夜が深くなるまで、お互い自分が何者なのかを教え合った。


 モニカも、そして俺も、もう彼女に隠し事をするつもりはない。

 だが冷静に考えるなら、これは迂闊だったかもしれないし、その話を聞いてメリダがどう思うかは分からない。

 より一層気味悪がられることも十分に考えられる。


 だが結果的に、その心配は必要なかった。



 お互いに”自分が何者であるか”より前に、

 

 モニカとメリダは、やっぱり友達だったのだ。


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