2-X3【幕間 :~”こちら側”~】



『提言: 本日は晴天で気温が上がります。 氷結系の魔菓子やジュース、もしくは活動的な方なので香辛料の効いた物が好まれるかもしれません』

「朝っぱらからなんだ?」


 ルーベンはいきなり自分に向けて掛けられた言葉に面食らいながら顔を顰めた。

 

『提言: 足下3時方向、花屋があります。 ベタですが花を贈るのも効果的かと』


 その言葉に無意識に従い下を見る。

 現在ルーベンは登校の為に空中を進んでいるところだったので、そこには小さな路地と下町の花屋が見えた。


「はあ・・・急にどうした?」


 ルーベンのスキルはいつもはこんなに喋らない筈なのに、登校のためにスキルを起動した途端これだ。

 さっきから、何かにつけて色んな物をルーベンに勧めてくる。

 だがルーベンでも、空を飛ぶにはスキルの力が必須なので、うるさいからといって切るわけにも行かない。

 しかも、ただうるさいだけでは無い、


『モニカ様ですと、北部の方なので”フレンジャー”や”オルセー”といった、柔らかな見た目の花が好まれるかと』


 モニカ様・・・・だ!?


「おい、なんであいつの名前が出てくるんだ!?」

『報告: ”仲直りの方法”を問われたため、現在”社交補助スキル”を発動しています』

「あれか・・・」


 たしかに、ルーベンは謹慎明けの最初の日にどういう顔でモニカと接するべきかについて、昨晩かなり頭を悩ませたのは事実だ。

 なにせ、モニカとはかなり授業が被っているので、正直喧嘩したままだと気まずいことこの上ない。

 ただ、別に無理して仲良く振る舞う必要もないという結論も出ていた筈だ。


 というか、


「あの未開の地の怪物みたいなのが、花なんて嬉しがるのか?」


 想像もつかん。

 その辺の柱でもやった方が、まだ喜ぶだろう。

 きっと美味そうに丸かじりしても驚かない。


 それはそれで見てみたいかもしれないが・・・


『提言: 純粋な方ほど柔らかな印象の花を喜ぶ事は、統計で確認されています』

「花は買わんぞ」


 何で僕が花なんて買わないといけないのだ。


『回答: 積極的に交友関係を持ちたいのであれば、ある程度の投資は必要と判断できます』

「だから何で僕が交友関係を持ちたいと」


『回答: このスキルの発動は”判断”ではなく”反応”によって行われます』


 その回答に、ルーベンの眉間にシワが寄る。

 発動したのは”自分のせい”だと言いたいわけか。


「そもそも”社交補助スキル”ってなんだ? そんなものあったか? それにお前もいつよりやけに喋る」


 今までそんなスキルが発動した経験はなかった。

 もちろんルーベンの主調律者の渡したスキルリストの全てを把握しているわけではない。

 だが社交補助ともなれば、流石に記憶に残るだろう。


『回答: ”社交補助スキル”は前回の大規模改修時に、ルーベン・アオハの社交能力に危機感を抱いたアンナ・アオハの要請で組み込まれた補助スキルで。

 ルーベン・アオハが特に異性と個人的な交友関係を築きたい時に、その補助を行うために発動します』

「お母様・・・」


 突如出てきた自分の母親の名前にルーベンが顔を抑えて、嘆きの籠もった声を出す。


『またこのスキルは、優先度”高”の設定のためスキルの割当リソースが高く、高頻度での回答が可能となっています。

 ですが現在までルーベン・アオハが、特定の個人に対して交友関係を望んでこなかったため発動しませんでした』


 その情報にルーベンは、家族が自分に対してどう思っているかを突き付けられたような気分になり。

 同時に自分の交友関係に対して、ルーベン自身が失望の籠もった嘆きの感情が湧き出した。


 すると突然、高度がガクンと下がる。


「おい、どうした!?」

『回答: 本日は薄い黄色のフレンジャーが入荷しているようです、「君の髪とお揃いだね」と言って渡せば、ある程度の効果が見込めるでしょう』

「おい、それは流石に気持ち悪いぞ」

『否定: モニカ様はそこまで世俗にまみれた思考はしてこないと推測、気持ち悪いくらいで丁度いいかと』


 そして彼のスキルは、そのまま有無を言わせぬ勢いでルーベンの体を花屋に向け、朝の空を降りていった。



※※※※※※※※※※※※※※※





 花屋での”一悶着”のあと、




 いつもより少し遅れて、午前中の授業で使う教室のある建物の前に”スタッ!”と軽い音を立てて着陸すると、

 すぐに扉の前で腕を組んで仁王立ちの状態の女子生徒が目に入ってきた。

 だが、いつもなら他の生徒が寄ってくるはずの彼女からは、排他的とも取れる不機嫌な感情が立ち上っていて、他の生徒たちは怯えるように距離を取って横を通り過ぎている。


 まるで”青い炎”だな。


 それを見たルーベンはそんな感想を持った。


「おはよう、シルフィー」


 ルーベンは、努めて普通に聞こえるようにそう声をかけた。


「謹慎、ご苦労さま」


 返ってきた少々棘のあるその言葉に、ルーベンは意識しないように心がけていた”その情報謹慎明け初日”を、改めて思い出した。


「別に苦労してないよ、読書がかなり進んだ」


 だが、ルーベンは何でもないようにそう答える。

 実際、ルーベンにしてみれば3日の謹慎というよりかは、3日の休日といったほうが近かった。

 少し悲しいかな、ルーベンにとって休日と謹慎の違いは、街のサロンで読書するか、貴族院の個室で読書するかの差しかない。

 しかもアデルが絡んでこない分だけ、今回の方が落ち着いていたくらいだ。


「喧嘩したんだって?」

「ああ、したよ」


 ルーベンが何でもないようにそう答えると、シルフィーが息を1つ吐いた。


「はぁ・・・私のせいかしら、ごめんなさい」


 どうやら先にモニカを抑えるように言ったのを後悔しているらしい。


「君が言ったのは”抑えること”だけ、戦ったのは僕がそう望んだからだ」


 ルーベンがそう答える。

 だがシルフィーはまだ何かあるような瞳でルーベンを睨んでいた。


「何があったの?」

「君が知らないのかい?」


 ルーベンが少し驚いた様にそう言う。

 この学年の事について一番詳しいのは間違いなくシルフィーの筈なのに。


「どういう訳か、先に謹慎が明けた生徒は皆、何があったか聞くと目線をそらすの。

 もちろん噂だけなら知ってるわ、でも噂よ、本当の所はよく分からない・・・けど負けたって本当?」


 シルフィーの声には少なからぬ疑念と驚きが籠もっていた。

 その反応にルーベンが驚く。


「君が、僕が負けた事を驚くとは思わなかった」


 そもそも、モニカがルーベンよりも強いと言ったのは他ならシルフィーの筈だ。


「あの子、力隠してるでしょ? それを使った事が信じられないの。 ねえ、何があったの?」

「何でもない・・・僕が弱くて、あいつが・・・少し・・強かっただけだ」


 ルーベンは吐き捨てるようにそう言うと、シルフィーの横をそのまま通り過ぎた。

 その時、シルフィーがぼそっと呟いた言葉が耳に入ってくる。


「・・・勝手に負けないでよ・・・」


 ”好きで負けたわけじゃない”


 だが反射的に出かかったその言葉は、同時に起こった胸の痛みに押し返されてしまい出てこなかった。


「私はアデルと違って、まだ・・諦めてないのに・・・」

 

 そして、背中越しにかけられたその言葉の意味を、ルーベンは何故か理解できた。

 そして数日前なら決して理解できなかっただろうことも・・・





 4日ぶりの教室は何故か新鮮な気がした。

 いつもより広く感じるし、いつもより他の生徒達の声が大きく聞こえる。

 皆、いつもより少し遅めにルーベンが教室に入ってくるのを見ると、一斉に横目でこちらを見ながら隣の席の生徒と話し始めた。

 だが以前なら、こちらを見ること自体無かったはずなのに・・・


 そしていつもの席に腰を下ろすと、これまたいつもの様に近くにいた何人かの生徒が立ち上がって席を移る。

 だがその数はいつもより明らかに少ないし、空ける距離もいつもより短い。


 ただ何人かの生徒が、よく見れば”あの時”にいた生徒達だけは、いつもより遥かに怯えた瞳で必死にルーベンから目線をそらそうとした。


 その時だった。


 いつの間にか元に戻った・・・・・シルフィーの”朝の挨拶”が教室の前から聞こえ始め、”平民”の生徒達が本格的に到着し始めた事を知らせる。


「おっはよー! モニカ!」


 シルフィーの発したその言葉に、ルーベンの体が硬直する。


「おはよう、シルフィー」


 そして直後に発せられたその”返答”に、教室の中から一斉に音が消えた・・・・・


 先程まで、あれほど煩くペチャクチャと喋っていたというのに、今は水を打ったようにシーンとしている。

 何事だろうか?

 ルーベンはふと、それが以前まで自分に向けられていた沈黙であることに気がついた。

 

 生徒たちは、できるだけ必死にその”存在”から目を逸らしている。

 だが、それ以外の感覚は全てそこに向けられており、”それ”が集中する場所を肌で感じることができた。

 それはまるで教室の中に突如として出現した、音のない竜巻のようだった。

 緊張感と恐怖だけがグルグルと渦を巻いて移動している。


 そして、その中心にいた小さな少女は、己の身に降りかかる奇妙な”感覚”に、不快感を顔に滲ませながら、ゆっくりと教室の中を移動していた。

 どうやらこのように警戒されることに慣れていないらしい。

 ルーベンよりも1日早く謹慎が明けているはずだが、彼女でもその程度の時間では順応できない程の事なのだろう。


 そしていつもの様に、彼女がよく座っている場所の近くまで来たところで、ルーベンとモニカの目が初めて合った。


「・・・あ」


 モニカが小さく呟く。

 今更ながら、いつもの席”が僕の隣だった事を思い出したようだ。 

 それからお互い少しの間見つめ合った後、ほぼ同時に目線を逸して別の方向を向く。

 流石にあれだけ派手な喧嘩をして、その後すぐに”仲良く”とはいかない。

 ルーベンの”社交補助スキル”が何やらノイズを発しているが、今は大本のスキルごと停止させているので声は聞こえなかった。


 そして少しの間、モニカの頭がどうしようかとオロオロした後、諦めたように息を1つ吐いてから、他の席に座るために移動を始めた。

 ルーベンはその様子を横目で窺う。


 すると教室の中の空気が、再び移動を始めた”竜巻”を恐れて緊張を孕むのを感じた。

 しかも今度は何処にいくかアテがない。

 教室の中のほぼ全員が・・・シルフィーでさえ、視線は向けなくともモニカの動きに気を配っていた。

 そしてモニカは、そんな教室の中をフラフラと彷徨った後、徐に後ろの方の空いていた席に座ろうと近づいた。


 だがその瞬間、まるでモニカから逃げるように周囲の生徒が荷物をまとめて席を立ちあがり。

 その様子を愕然とした表情でモニカが見送ってから、少しやるせない様な表情に変わった。

 ルーベンはその表情から、どうやら昨日も同じようなことになったことを悟る。



 ” ようこそ 、 こちら側・・・・へ ”



 ほとんど無意識に、ルーベンは心の中でそう呟くと、自分の中に少し満足気な感情が漂っていることに気がついた。

 アデルもシルフィーも”こっち”には来なかったので、自分以外の者が自分と同じ様に恐れられている状況が何故か新鮮だったのだ。


 その後、モニカは円状に広がった”空間”の中心で、居心地悪そうな目で座ろうとした席を見つめながら黙ったまま立っていた。

 どうするのだろうか?

 そのまま、その椅子に座るのだろうか?

 だがモニカは、しばし何かを悩むように頭をゆっくり動かすと、急に何か覚悟を決めたような表情を作ってその席を離れた。


 その瞬間、教室の中を三度みたび緊張が支配して、その中をモニカが動く、

 だが今度はそれほど萎縮した様子はない。


 そして驚いたことにまたルーベンの横に戻ってくると、そのまま”ドカリ”と勢いよく椅子に座ったのだ。


「・・・・・」


 結局元の席に収まったモニカは、無言で教室の前方を見つめる。

 ”仲直り”まではしない、ということらしい。


「・・・横に誰かいないと寂しいのか?」


 だがルーベンは、気づけばそんな言葉を放っていた。

 ルーベンは、そんな事を言った自分に大きく驚き、思わずモニカの方へ顔を向けてしまう。

 すると、そこにあった少し驚いた顔のモニカと目があった。


「・・・無駄でしょ」

「・・・?」


 モニカの言葉にルーベンの中に”?”が浮かぶ。


「2人バラバラだと、スペース取りすぎるから・・・・それだけ」


 そう言うとモニカは視線を前に戻した。


 バラバラだとスペースを取りすぎるか・・・・


 ああ・・・・確かに。


 ルーベンはそのバカバカしい言い訳に妙に納得してしまい、そんな発想をしたモニカの意外な一面に不思議なほど感心していた。


 そしてふと”それ”のことを思い出したルーベンは、カバンの中から3本の薄い黄色の花を束ねた小さな花束を取り出し、それをモニカに向かって差し出した。


「・・・・・何?」


 突如自分に向かって差し出された花束に、モニカの顔に困惑が浮かぶ。


「制服・・・破いただろ? そのお詫びに兄が持っていけと無理やり持たされた」


 ということにしておこう。

 自分のスキルに無理やり買わされたなんて、なんとも間抜けな話だ。 


「ありが・・とう・・・・でも、わたしもルーベンの制服も破いちゃったし・・・」

「だったら、受け取ってくれ」


 ルーベンはそう言うと、その花束を押し付けるようにモニカに渡した。

 そうでもしないと花が”無駄になる”ような気がしたからだが、

 一方、渡されたモニカはその花を興味深そうに眺めている。


 だが、予想通り花を愛でる雰囲気はないな。

 むしろ新手の食べ物かと思っている感じだ。


 食べるのか?


 だがそのルーベンの心配を他所に、モニカは暫く花を見つめたまま固まった後、食べるようなこともなくそのまま彼女の古びた鞄のポケットに差し込んだ。


 するとその光景に、ルーベンは思わず見入ってしまう。

 使い古した革の鞄と花束の組み合わせは、不思議なくらいモニカの座り姿に似合っていたのだ。


 一方のモニカは、一度だけ感謝するような視線をこちらに向けた後、改めて教室の前に戻した。

 再び2人の間を沈黙が支配する。

 だが、そこに先程までの硬い雰囲気は無かった。 


 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 コンコンコン


 校長の執務室にノックの音が響き、それを聞いた校長が顔を上げる。


「どうぞ、中にお入りなさい」


 そして校長がそういうと、執務室の扉がガチャリと開かれた。

 入ってきたのは高等部の制服を着た、真っ青な見た目の女子生徒。


「校長先生」


 その生徒、ルシエラがそう言って軽く頭を下げる。

 それを見た校長が手早く机の上を片付けながら、ルシエラの顔を見つめた。


「モニカさんのことについて相談があるそうですね?」

「相談というか・・・お願いがあります」 


「お願い?」


 校長の顔が少し不審げなものになる。


「きっと校長先生は”まだ早い”と言うと思いますが・・・・私は一番近くでモニカのことを見てきて、”今”の彼女に必要な事だと思いました」


 ルシエラのその言葉に校長は顎に手を当てて、考え込むように俯く。

 その言葉だけで校長は彼女が言わんとしていることを理解した。 

 なぜなら校長自身、”それ”の必要性はずっと認識していたからだ。


 だが、同時に”その手順”に至るまでの”過程”がまだ何一つ纏まっていない状態であり、しかもモニカもまだまだ幼いことも事実だ。

 普通に考えるならば急ぐことではない。

 だが、


「”まだ早い”・・・けれども”時間もない”・・・・わかりました」


 校長はそう言うと、ルシエラの目を見ながら頷いた。


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