2-3【激突! ライバル! 8:~子供の喧嘩~】




 急速に冷えていく頭。

 

 砂のように崩れていく鎧。


 その中でわたしは、落ちていく少年の姿を呆然と見つめていた。

 


 そしてわずかに体を痙攣させているその姿に、”まだなにかしてくる” のではないかという不安を覚える。

 ルーベンならそのくらい、やってのける。


 それはもはや”信頼”に似た、不安だった。

 彼を相手にすればここまで力が出せる。


 ここまで強くなったことに気がつける。


 さあ、早く”先”を見せてくれ。


 だがその”炎”は、私の中にもう燃やす燃料がないと知るやいなや、すぐに勢いを失って萎んでいった。


 反対に湧いてきたのは、まったく別種の”不安”。

 すなわち、ルーベンの安全だ。


 もちろんあの程度、アクリラの保護があるので命に別状はない。

 実際最後の一撃に”それ”が反応した手応えがあったし。

 そんなことは頭では分かっている。


 だが、目の前を落ちていく少年の姿は、驚くほど小さく弱々しく。

 とても、先程まで目の前に立ちふさがっていた、”巨大な存在”と同じには見えなかった。


 モニカはそこで、彼が自分と同い年の本当に小さな少年であることを思い出す。

 そして急速に地面に向かって近づく様子に恐怖を覚えた。


 まったく減速する様子がない。

 もしかして・・・・飛び上がるだけの力が残ってない?


「危ない!」


 慌ててモニカが下に向かって加速しようとする。

 だがコントロールがうまくいかない。


「どうしたの・・・ロン・・・!?」


 今度はこちらがフラフラと姿勢を崩し墜落しそうになる。

 それでもなんとかして、助けに行かなければ・・・・・・・・・


 だがその時、不意に体に衝撃が走り、ガクリと頭が”なにか”に打ち付けられると、最後に残った鎧の頭部がポロリと軽い音を立てて外れ、すぐ目の前で崩れ去った。


 それと同時に、視界に”本物”の世界の様子が飛び込んでくる。

 そのあまりにもの眩しさと大量の色に、己が今の今まで自分の目で見ていなかったことを思い出した。

 

 あれは一体何を見ていたのだろうか?

 それとも本当に見ていたのだろうか?


 するとようやく光に慣れた目の中に、自分の状況が飛び込んできた。

 何者かの大きな腕が、巻き付くように自分の体を固定していた。


「落ち着いたか?」


 すぐ耳元に、大人の声が入り込んでくる。


 驚いて周りを見れば、3人の教師が協力して魔力ロケットで暴れる私の体を抑え込み、その周りを2人の先生が取り囲むように浮かんでいる。

 声を出したのは背中から掴んでいた若い先生・・・・

 確か、戦闘訓練の授業でグリフィス先生の補佐をしていた先生だ。

 

 そしてよく見れば他の先生も、皆戦闘関連の授業で見かけた面々。


「落ち着いてます・・・・」


 わたしはそう答えた。

 そして、すぐに大事なことを思い出す。


「ルーベンが!」


 そう言って慌てて下を見ようと体を動かすと、抑え込んでいる先生たちの手がガッチリと胸に食い込んで微動だにせず、反対にその圧力で苦しくなった。


 それでもなんとか首から上だけ動かして下を覗けば、そこにルーベンの姿が見える。

 だがもう遅い。

 そして、そのルーベンが地面に激突する、まさにその刹那。


 真っ赤な閃光が地面スレスレでルーベンの体を掠め取ると、ものすごい速度で急上昇してきたのだ。

 

 よく見れば、それは空中を文字通り走るように飛ぶ、獅子のように荒々しい印象のグリフィス先生の姿だった。

 そしてグリフィス先生が、空中でルーベンの様子を軽く確認すると、すぐにこちらに向かって顔を向ける。

 そしてその大きな口を目一杯あけると、そこから音というにはあまりに強烈な”圧力”を伴った圧力が飛び出した。


「こんぬぉ・・・”大馬鹿者”どもめええ!!!!!!」


 それは間違いなく、今日聞いた中で最も大きな音だった。





 校長の仕事は忙しい。


 当たり前と言っては当たり前の話だが、時期によってはかなり暇なだけにその差が酷かった。

 今も大量の書類に魔力認証を行う作業を延々と続けていた。

 他の仕事はまだ誰かに手伝ってもらう押し付けてしまうことも出来るが、こればっかりは校長の他にできる人物が居ないので、仕方なし。

 夏のこの時期、各国ともに来年度に向けた動きが活発になるので、必然的に扱う書類の数が増大していた。


「ああ・・・いいなー、スリード先生は」


 あの魔獣教師の本分はまさに”授業”なので、きっと今日も子供達にまみれていたことだろう。

 アラン先生は・・・あの人は、適当だからね・・・


 そんなわけで”同格”3人と銘打ってはいるが、こういった面倒ごとの処理は校長が1手に引き受ける形になっていた。

 まったく・・・このせいで、暫く執務室から出れていない。


 そんな不満を抱えながら、校長は目の前の書類にさっと目を通すと、その上に認証用の魔道具を置いて自分の魔力を流す。

 そして認証が済んだことを確認すると、その書類を”認証済み”の容器に放り込んで、次の書類に目を通した。


「おや・・・」


 ふと気になる書類が。


「シンク・・・・相変わらず長い名前だこと」


 ”通称マグヌス”と、自分達ですら公文書では使っているマグヌスから、なんと”正式名称”での書類が届いていていたのだ。

 そのことが示すのは、唯一つ。

 ”こっそり”見てほしい書類だ。

 

「ふむ」


 この”時期”に”こんなもの”を送りつけてくる理由は1つ。

 校長はその表紙の後ろについていた”中身”に目を通した。


「ほらやっぱり」


 予想通りモニカ・シリバ絡みだ。


 なになに? 準備ができたので第2回の交渉を行いたいから、そちらの都合の良い日時を送り返してくれ。

 要約すればそんな感じだ。

 もちろん堂々とそんな事は書いていないが、まあそんな感じの内容が”関係者”なら読み解けるようになっていた。


「うーむ、いつがいいかしら」


 アラン先生曰く前の交渉では、モニカさんが少し気になる反応を示していたというし、出来るなら少しもう少し彼女がこの街で落ち着くまで先延ばしにしたいのだけれど。


 校長としては、この交渉はズルズルと先延ばしにするのが一番得策に思えた。

 遅れれば遅れるほど、相手への圧力が増すからだ。

 まあ相手が耐えかねて”暴発”しないように、適度にガス抜きをして、そのうち”結論”を出さなければならないが。

 それが別に数年後であっても問題はないだろう。


 校長がそう考えるのは、何もこちらの事情だけではない。

 この数ヶ月で、世界中に放った”耳”からもたらされる情報で、モニカ絡みの”世界の状況の変化”も知っていたからだ。


 マグヌスが彼女の”抹消”を急ぐ理由は、高感度魔力観測機等にモニカさんの持っているスキルが発する微弱な魔力が記録されてしまうという理由から。 

 そしてこの観測器は一定の国家であればどこも保有しているので、隠すことが出来ない。

 その全てに反応があり。”じゃあ何だこの反応は?”となれば、その行き着く先に有るマグヌスとしては気が気ではないという話だ。


 ちなみにその観測機は、このアクリラの数少ない苦手項目だ。

 なにせ街全体に大量の”超強力”な魔力保有者を、それこそ何千人単位で抱えているのだ。

 そんな微弱な観測機などまともに機能しない。


 そして機能しないのでまともな研究も観測も行われてこなかった。

 そのためその情報を得るには他国の”極秘”情報にアクセスしなければいけなかったのだ。

 だが長期間の”耳”達の努力の結果、校長はその観測結果に大きな”変化”が有ったことを最近知った。

 そしてそれがマグヌス側の”交渉姿勢”に大きく影響していることも。


「さて・・・・」


 校長はしばし悩む、どう答えたものか。

 やはりどう動くにしても情報が足りない、なんとか都合よく秋くらいまで伸ばせないものか。

 臨時で”全生徒実力審査”でも挟もうかしら。


「ふふふ」


 きっと先生たちが聞いたら、飛び上がって青い顔をするでしょうね。

 その様子を想像しながら、校長は少しの間”現実逃避”を行った。

 

 だがその”休憩時間”は、校長の執務室の扉が”バン!!”と大きな音を立てて開けられることで終了する。


「校長!!! いるか!!!???」


 扉から入ってきたのは、赤い獅子の様な大柄な人物。

 校長はその突然の”突入”にしばし固まって、その人物の目を見つめる。


 そして慌てて”機密資料”を机の後ろに落として隠した。


「え!!? グリフィス先生!? なんですかいきなり!?」


 校長が血相を変えてそう問いかけると、赤い獅子の様な人物はそのまま少々不機嫌な様子で口を開いた。


「下の部屋をいくつか使わせてくれ、生徒の”喧嘩”が起こった!」

「喧嘩?」


 生徒の喧嘩がどうしたというのだ?

 そんなもの、この街では雲よりも身近だ。


「将位スキル同士の全力戦闘に発展しおったらしくてな、”極大魔法”まで持ち出しおった」

「あっ・・・」


 なんてこった。

 いくら生徒同士の衝突を”ある意味”で奨励しているアクリラであっても、極大魔法となれば流石に話は違う。

 慎重に相手の実力を見極めなければ、対生徒用の薄い保護では”万が一”が発生しうるのだ。


「他にもイザコザが有るようでな、その事も含めて聴取も取りたいが、どちらもスキル保有者故、奴らの”主調律者”の調整も同時に行う必要がある」

「それでここなら手頃だと?」

「話が早くて助かる」


 校長がまだ了承もしていないのに、グリフィス先生はそう言ってニコリと笑った。

 彼の恐ろしい顔で笑顔を作ると完全に”威嚇”だ。

 校長の執務室の有るこの建物は、多目的に使えるように一通りいろんな物が揃っている。

 というか彼のことだ、どうせもう既に使っていてここには”了承”だけ取りに来たのだろう。


「どこの高等部の生徒ですか・・・もうそろそろ慎みを・・・」

「”中等部”の生徒だ」


 校長の愚痴に被せるように放たれた、グリフィス先生の言葉に、校長が一瞬思考を停止する。


「中・・・等部?」


 そんなバカな。

 そもそも極大魔法が使えるなんて、そんな生徒が何処に・・・・


「中等部一年、ルーベン・アオハ」


 ああ・・・いたわー・・・

 そういう生徒いたわー・・・


「それで・・・ルーベンはどの先輩を血祭りに上げたんです?」


 校長は皮肉交じりに、そんな”冗談”を述べる。

 ルーベンは出来た生徒だ、彼が極大魔法まで取り出したからには、相手はきっと高等部のトップクラスの生徒だろう。

 それに”血祭り”といっても、別に”重体”くらいこの街では何でもないので、そこまで気にはしていなかったのだ・・・・が


「ルーベンと戦ったのは、同じ中等部1年の生徒だ。 しかもルーベンに勝ちおった」

「はぁ?」


 思わずそんな間の抜けた声が漏れる。

 というかルーベンが極大魔法まで持ち出してるのに、あまつさえそれに勝つなんて、そんな生徒中等部にいたっけ?

 ましてや中等部1年ですと?


「今年編入したばかりの”モニカ・シリバ”という生徒だ」

「おう・・・」


 いたぁ・・・

 

 校長が己の顔を抑える。


「校長も知っておいた方がいいぞ、友人を虐められて頭にきて暴れたらしい。

 少々融通がきかぬが、中々気骨のある生徒だろ?」


 グリフィス先生がそう言って複雑な感じに笑う。

 ”あのワルガキめ”と顔に書いてある様だ。


 それに、知っておいた方がいいって?

 そんな事言われずとも、知ってますとも。


 その子引き入れたの私ですもん。


 というか、ルーベンに勝つって、それもう隠してない・・・・・じゃない・・・


 するとグリフィス先生が、もう用は済んだとばかりに踵を返して立ち去ろうとした。


「それじゃ私は下に戻る、あ奴らの話をまだたっぷり聞かねばならぬからな」

「あ! その話、私も同席します!」


 気づけば校長はそう叫んでいた。

 



 下の階に降りてみると、ちょうど1クラス分の生徒たちが、小ホールで数人の先生から聞き取りのような事を受けていた。

 皆一様に顔が暗い。


「彼等は?」


 その様子を見た校長がグリフィス先生に問いかけた。


「喧嘩の原因がどうやら、教室で起こったイザコザのようでな、話を聞くため連れてきた。

 それと喧嘩した生徒とは別に、4人が手当を受けておるな」

「怪我した生徒は医務室の方に?」

「そうだ」

「では、先に医務室の方に行きましょう」


 建物の簡易的な医務室に入ると、とても青い顔の女子生徒3人の姿が目に入ってきた。

 だが見た感じ、3人共軽症で既にある程度の治療が終わっているようで、本当に確認のためにやって来たという感じだ。

 そしてその向かいにも女子生徒が1人。

 こちらは向かい側の3人に比べてボロボロではあるものの、それほどひどく怯えてはいないので状況が異なることが伺える。

 この4人がグリフィス先生の言っていた”4人”だろう。

 だが、4人共まるでなにかに怯えるように、医務室の奥の方にチラチラと視線を送っている。


 そしてその視線に釣られるようにして校長がそちらを見てみれば、そこにはブスッとした表情の生徒が2人、仲よく並んでこの医務室の当直の医師の診察を受けていた。

 

 いや仲良くというのは少々語弊があるか。


 2人共、かなり意識してお互いを見ようとせずに、その間にはちょうど一人分の隙間をあけ、それ以上は意地でもつめないといった無言の”意思”を放っている。

 ただ、2人とも制服が大きく破損しているが、その様子を見る限りにおいては特に大きな負傷などはなさそうだ。

 その2人の生徒、モニカとルーベンは校長とグリフィスが入ってくるのを見つけると、顔をこちらに向け、そこで校長は妙な”違和感”を感じた。


「ああ、校長もいらしたんですか」


 医師が校長の姿を見るなりそう言った。


「少し気になったものですから、それより2人は?」

「2人共強い子ですね、少し魔力を使いすぎたきらいがありますが、その程度。 ただハッキリしたことは”主調律者”に見てもらわないと・・・もうすぐ来るとは思うんですが」


 医師にその言葉に校長が軽く頷く。


 それにしてもルーベンってこんなに小さかったかしら?


 校長ともなれば、全生徒とはいかなくとも、優秀な生徒や、特徴的な生徒、”政治的”に不安定な立場にいる生徒などのことは一通り頭に入っている。

 当然ながら中等部一年の”期待の星”であるルーベンとも何度も面識があるし、その度によく出来た生徒だと感心したものだ。

 だが目の前に座るこの少年は、その姿は間違いなくルーベンであるものの、その印象は驚くほど小さくなっていた。

 なんというか”歳相応”な感じである。

 ルーベンの特徴だった筈の、あの絶対的な自信は何処に行ったのか?


 一方のモニカも、明らかに何処かいつもより落ち着かない感じを受ける。

 彼女の特徴の1つだった、意外と”流れに身を任せる”的な姿勢ではなく、周囲の変化に対して敏感に怯えているかのようだ。

 それは、ここに来て暫く見せていた”緊張”とも、また様子が違う。

 なんというか、”余裕”が無い。

 その様子からして薄っすらと顔が青いのは、体調的な問題よりも精神的な問題だと推測する。

 

 これは何かあるな・・・

 校長は直感的にそれを察した。


 この2人を近くに置いたのはまずかったか・・・

 校長の頭の中にその”考え”が浮かぶ。

 その方が政治的に都合が良かったのでそうしたが、どうやら”劇物”と”劇物”がぶつかり合ってしまったらしい。

 やはり子供とは大人の都合良くはいかないな。

 それが面白い所でもあるのだが。


 

「ルーベン、”極大魔法”を使ったって?」


 校長がそう問いかけると、ルーベンが居心地が悪そうに視線をそらした。

 そして校長はルーベンのその”イタズラが見つかった子供”の様な反応に、一つの確信を深める。


 やっぱり。


 明らかに前と違う。

 前のルーベンならば、たとえ身勝手になろうが間違いなく校長の目を見て堂々と”理由”を述べたはずだ。


「同級生にそんな物を使って、大丈夫だと思ったんですか?」

「・・・・・・ないよ」

「? なんですか?」


 校長の問にルーベンが小さな声で、答えたので聞き取ることが出来なかった。


 やだ、耳が遠くなっちゃった?


 だがそうではないようで、


「モニカは、あれくらいで死なないよ」


 と、たいそう不機嫌そうに答えた。

 そしてさらに、


「それに、モニカだってもっと強い攻撃を、いくらでも使ってきた」

「え?」


 ルーベンの突然の言葉にモニカが驚いた顔になる。


「別にわたしそんな・・・」

「あのでっかい槍みたいな攻撃、明らかに”殺意”があっただろ」

「そんな・・・・ことも・・・ない・・・よ!」


 モニカが少々、押され気味な感じで反論する。


「それだけじゃない、極大魔法以上の魔力を、ボカスカ、ボカスカと、受けるこっちの恐怖も知らないで」

「あ! そんな事言うなんて、ひどいよ! ルーベンだって、見たことない技いっぱい使ってきて、ものすごく恐かったんだからね!」


 そして、それから暫くの間モニカとルーベンは、2人してお互いの能力や攻撃がいかに”理不尽”で恐かったかを競うように、言い争い始めた。

 校長はそれを、なんとも言えないような表情で見つめる。

 まあ、そのおかげで2人が喧嘩で何をしたのかはおおよそ把握することが出来た。

 だが・・・


 子供の喧嘩だ・・・・


 ただし両方共”怪獣”の子供の。

 きっとお互い、本心では”じゃれ合い”のつもりなのだろう。

 まあ、そこまで深刻になってないのは朗報だ。


「いいや、僕のほうが恐かった!」

「わたしの方が恐かった!」


 言い争いは遂に、いかに自分が恐かったかの張り合いに落ち着く。

 その様子から、だいたい情報は出し尽くしたと思っていいか。

 ただ、モニカってこんなに意味のない張り合いをする子だっけ?

 彼女は常時”相方”と会話ができるため、どこか冷めたところがあるはずなのに・・・

 

「それで・・・原因はなんですか?」


 事の経緯を知りたいのが半分、この水掛け論に飽きたのが半分で校長は2人にそう聞いた。

 まさにその時だった。


「モニカ!?」


 そう叫びながら、1人の男が血相を医務室に飛び込んできたのだ。

 ええっと・・・誰でしたっけ?


「スコット先生!」


 その姿を見つけたモニカが、恐るべき勢いで表情を変えて立ち上がる。


「スコット先生?」

「ああ、一応2人の”教師”も呼んでおいた、だがロブレスの方はすこし時間がかかるだろうな」


 校長の言葉にグリフィス先生が答える。

 この人見た目はガサツな印象だが、意外と手回しが早い。

 まあ、手回しが早いのは彼の助手たちだろうが。


「聞いたぞ!? 喧嘩したって・・・」


 スコット先生の言葉がそこで途切れる。

 モニカが突然抱きついたのだ。

 

 あら、ずいぶん仲良くなったもので。

 モニカがこの短い間に、ここまで信頼を置くとは少し予想外だった。

 それにスコット先生も前の棘のある印象ではなく、かなり丸くなった様に思われる。

 そのせいで一瞬誰だか分からなかったほどだ。

 こっちはくっつけて正解だったか。


 その様子に、校長は少しの間”良いもの”を見たといった感じになるが、同時に校長の中に”不審”が芽生えた。

 やはりモニカの様子が少々おかしい。

 その顔には、ものすごい”安心”が浮かんでいたのだ。

 まるで漂流中に船を見つけたような顔。

 なにか誰にも相談できない問題を抱えていて、ようやくそれを相談できる相手を見つけたような・・・

 となれば、今現在モニカはスキル絡みの”問題”を抱えている?


 スコット先生もそれに気づいたのか、表情を変え、そのまま腰を落としてモニカに目線を合わせる。


「どうした?」


 そして動揺が見られるモニカを落ち着かせるためだろう。

 静かな声でそう聞いた。


 だがモニカはそれに対してすぐには答えずに、グリフィス先生とルーベンの様子を見ながら、彼らの意識が別のところに行った瞬間を狙って、本当に小さな声で”問題”を伝えた。


「ロンの声が・・・・聞こえないの・・・」


 わずかに聞こえたその言葉に、校長は大きく動揺すると同時に、


 僅かに残った冷静な部分が、”それって私に相談してもいい話だよね?” と、スコット先生との扱いの差に不満をぶち上げた。

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