2-3【激突! ライバル! 7:~”Super” vs ”Wonder”~】


 まるで唐竹を割ったような軽い手応えと目の前に雷が落ちたような凄まじい音が轟き、眼の前に居たルーベンがピンポン玉のような軽さで、防御魔法陣ごと地面を転がっていく。

 そして間髪入れずにモニカが背中の魔力ロケットを全開にしてそれを追いかけ、さらにそこで棒を打ち込んでルーベンをまた吹き飛ばした。


 気がつけば戦況は逆転していた。

 

 正直、空間ごと砲撃魔法を外された時はどうなるかと思ったが、驚いたことにモニカの方は冷静にこちらが有利であると判断した。

 あくまで、こちらにとって”ジャブ”に過ぎない砲撃魔法に、ルーベンは空間に干渉するような”大技”を投入してきたのだ。

 それは明らかに俺達の力を見誤った故の”ミス”。


 そしてモニカはルーベンのそのミスを最大限利用するように、即座に俺に”指示”を出した。

 つまりルーベンの魔力をできるだけ消費しつつ、且つそれを成したスキルを奪うこと。

 そして満を持して俺が【空間操作】を解析し終わると、驚いたことにすぐに使える状態で起動することが出来た。

 どうやらモニカの持っていた”力”で充分に互換性を持たすことが出来たらしい。

 これはかなり幸運だった。

 これ程の規模のスキルがまるごと手に入ったことは初めてだ。


 そしてそれをうまく使い、一気に戦局を立て直すことに成功する。

 

 既に”様子見”の段階は終わった。


 ルーベンの余力がそこまで多くないと判断した俺達は、さらに畳み掛けることにした。

 つまり”魔獣狩りの巨刀”の力を応用した、棒術による近接戦闘。

 高性能フロウは使えなくとも、地面から即席で作ったフロウはある程度魔力を通す。

 魔法陣を展開するだけならどうにでもなるのだ。


 正直、まだルーベンの”破壊スキル”が怖いところがあるが、触れるのは一瞬だけなので問題にはなっていない。

 むしろ無駄に威力の有る”ロケットキャノン”を、まだ慣れていない空間の掌握合戦の中で飛ばす自信はないし、流れ弾が怖いので遠距離戦はこちらから避けたくらい。

 それでもモニカの巧みな棒術と強力な身体強化、そこに魔法陣によるブーストが加わった威力は相手の防御魔法陣をほとんど無意味にしてしまった。

 どれだけ防ごうにも、その盾ごと・・・なぎ払い、次々にダメージを放り込んでいく。


 先程まで常に俺達の先手を行っていたルーベンが、今では為す術もなく俺達に翻弄されている。

 さらに時折、ルーベンが距離を開けようとしても、それを潰すようにモニカが砲撃魔法を乱れ打ちし、俺が【空間操作】でもって全ての砲弾をルーベンに同時に着弾させることで対処した。

 俺達の砲弾はルーベンにとっては全てが致命的な威力を含んでおり、それの対処にルーベンの眼を見張るほどあったはずのリソースが全て消費され、そして再び接近したモニカの棒術によって再び翻弄される。


 ”このまま負けを認めてくれ”


 殴打の嵐一発一発に魔力を込めながら、俺は心の中でそう叫んだ。

 別に彼を痛めつけたいわけじゃない・・・

 ただ、理不尽に抗いたいだけなのに・・・


 だが、それでもその少年は決して諦めてくれなかった。

 モニカがどれだけ強烈に打ち込んでも、その合間に砲撃魔法と【空間操作】を併用した遠距離攻撃を与えても・・・


 そのモニカと同じ様に黒く輝く瞳は、決して俺達から逸らされることなく、そして結果的に意味をなさなくとも必ず全ての攻撃を防御魔法陣で受けていた。

 何が彼をそこまでさせるのか?

 

 同級生を守るため?

 それにしてはあまりに他の生徒に”関心”がない。

 その目は唯ひたすら、俺達の一挙手一投足だけに向けられていた。

 

 そして突然、その目がギラリと光ったように錯覚する。


「全力回避! 後ろに飛んで!」

『なんだ!?』


 突如モニカがそう言って突撃をキャンセルし、慌てて俺が魔力ロケットを使って上方向に飛び退いた。

 すると今しがた立っていたはずの地面に、恐るべき速度でルーベンの拳がめり込む。

 そして同時に襲い来る”寒気”。

 

『巨大スキル反応! 気をつけ・・・!?』

「ぐっ!?」


 気づいたときには、もう”殴られていた”。


 魔力で強化されていたはずのモニカの腹部が、ルーベンの左拳の形に大きく凹み。

 その衝撃で発生した”波”が、俺達の体の上を驚くほどゆっくりと広がっていく。

 そしてその波が背中に達し、これ以上伝わる所がないことを自覚すると、


 まるで思い出したかのように、今度は俺達の体を恐るべき力で後方に吹き飛ばした。


 なんてことはない。


 客観的に見れば、飛び上がったところをルーベンに腹を殴られ、その反動で地面に叩きつけられただけだ。

 ただ、それが”尋常じゃない”速度で行われただけ。

 そして地面を跳ねたモニカの体に、ルーベンの追撃が迫る。


『クソったれ!!!』


 俺がそんな悪態を付きながら、背中の魔力ロケットに魔力を押し込んでその場を離脱する。

 流石にこの加速には付いてこないようで、ルーベンの右腕が空を切ると、俺達はそのまま一気に距離を開けた。


 モニカの体が競技場の広大なフィールドをあっという間に駆け抜け、殆ど反対側まで達したところでようやく手をついて止まる。


『大丈夫か!?』

「スリード先生の補習受けててよかったね・・・じゃないと”今の”でやられてた」


 そう言ってモニカが顔を顰めながら、腹に手を当てる。

 モニカの言葉通り、補習の成果もあってか、体へのダメージはほぼ抑え込むことが出来た。

 だが、制服の”限界強度”は越えていたようで、

 それまで、何をしてもシワひとつ付かなかったアクリラの制服に大きな穴が空き、そこからモニカの生身の腹部が顔をのぞかせていた。

 そしてそのモニカの腹には、ヘソの周りにクッキリと赤く拳の跡が残っている。


 モニカが苦い顔でルーベンを睨む。

 そこには、もはや少年には見えないほど堂々と立ち、より一層強烈にその目を黒く光らせるルーベンの姿があった。


「・・・今の・・は?」

『俺達が”破壊”だと思ってたスキルだ・・・』

「破壊?」

『どうりで、でかい反応なわけだ。 ・・・どうやら破壊はあくまで、あのスキルの”一面”でしかないらしい』


 最初に感じた直感の通り、このスキルは本当に俺達でいうところの【思考同調】や【ゴーレム】と、似たようなものの様だ。

 性質としてはその2つを合わせたようなものか・・・

 つまりそれ”自体”が1つの巨大なスキルの纏まりの様なもの。


『効果としては【身体強化】かな・・・それも飛び切り”強烈”な』

「破壊は?」

『たぶんバフ自己強化デバフ対象の弱体化がセットなんだろう、破壊は強力なデバフがそう見えていただけだ』


 俺のその結論に、モニカの顔の苦々しさが増大する。

 すると視線の向こうでルーベンが挑発するように制服の裾を引っ張り、先程の槍攻撃で俺達が腹部に空けた制服の穴を見せた。

 お互いの制服の腹に空いた”穴”。

 まるでその大きさが”力の差”であるかのように。


 それに対してモニカがゆっくりと奥歯を噛みしめる。


「でも・・・・同時には使えてない・・・・なら、”火力”で!」


 モニカがそう言いながら俺に思念だけで指示を飛ばしてきた。

 俺がそれに本能的に反応し、即座に【ロケットキャノン】の準備に取り掛かる。

 そして以前と同じ様に、足の周りが特大の爪付きの装甲でガッチリと固定されると、地中から巨大な砲身が姿を表し、いつの間にか背中に装着されていた別の装甲に固定された。

 後は狙いをつけて発射するだけ。

 だが、


「!?」


 その瞬間、ゾッとするような速度でルーベンが地面の上を滑るように移動し、あっという間にこちらの懐に潜り込んだのだ。

 あまりに咄嗟の出来事で、モニカが反応できない。

 そればかりか”ロケットキャノン”の反動に備えて足を固定していたのが仇となり、避けることすら出来ない始末。

 結果、ルーベンの右の拳が顔面に突き刺さり、その勢いで後頭部が地面に激突する。

 そして足が固定されていることで逃げ場を失った反動によって、打ち上がった頭部に再び打撃が加わる。

 まるでボクシングの起き上がり式のトレーニング機材のような状態だ。

 そのまま何度も殴打と地面の衝突を繰り返し、何度目か数えるのが馬鹿らしくなった頃、


 ルーベンが殴る手を止めてモニカの首を掴んだ。


 眼の前にルーベンの顔がドアップになる。


 それでもかなりの進歩だ、平衡感覚が壊れてない。

 俺は心の中で、クッキリと映るルーベンの顔にそう皮肉った。


「負けを認めろ」

「そっちこそ・・・負けを認めるなら今のうちだよ」


 モニカが挑発するようにそう言って、ニコリと笑う。

 するとそれを見たルーベンの腕の中を、強力な魔力がせり上がるのを検知した。

 ”降参要求”を撥ね付けられたルーベンが、”破壊効果”でモニカの頭部にダメージを与える気なのだろう。


 だが、こちらの方が早かった。


 突如、ルーベンとの間にモニカが”ロケットキャノン”の砲身から抜き出した”高性能フロウ”を差し込むと、そこに大量の魔力を流し込んで”出来損ない”の砲撃を敢行したのだ。

 

 2人の間で発した火球がルーベンとモニカを包み込む。

 既に足の固定を解除していたため、その反動と爆風でモニカの体が後ろ向きに飛ばされる。

 そして爆炎からいち早く転がり出ると、捕捉されないように走りながら、すぐに気配だけでルーベンの居場所を割り出して、そこに向かって大量の砲撃を撃ち込んだ。

 

 今度は”空間操作”を使わなくとも、命中した”手応え”があった。

 だが、それによって発生したと思われる”着弾音”は、”ガン!”といった金属を弾いた様な音だ。

 そして煙が晴れた時、そこには俺達の砲撃をその身に受けながらも、物ともせずに悠然とこちらに歩いてくる少年の姿が目に飛び込んでくる。


『スー◯ーマンかよ!?』


 その光景に思わずそう悪態を付かずにはいられない。

 もちろんそれが、飛んできた魔力砲弾をその場で”破壊”してるだけというのは理解している。

 だがこちらがどれだけ魔力を込めようとも、それを全て弾き飛ばしながら進んでくるというこの状況は変わらない。


 そしてある程度近づいたところで、ルーベンが一旦その場で立ち止まると、まるでエレベーターのようにスムーズに空中に浮かび上がり、

 同時に、ルーベンの背中に新たに巨大な魔力の流れと、大量の黒の光が現れた。


 それを見たモニカの目が驚愕に染まる。

 ルーベンの背後に出現した魔力は、そのまま複雑な模様を描きながら、どんどんその大きさを増していく。

 そして最後に、直径100mを超える巨大な円で以って大量の魔力回路を囲むと、それの”全貌”が顕になった。



 ”極大魔方陣”



 ルシエラの必殺技などに使われる、魔法の極地。

 俺達は、それがまたの名を”戦略魔法陣”と呼ばれることをこの街に来て学んでいた。

 ”エリート”ですら殆どのものが1人では扱えず、通常は魔法士が数十人単位で同時に制御しなければ扱えない代物。 


 それは明らかに中等部の生徒で使えていいレベルを超えていた。

 

「君のことだ・・・どうせまだまだ力は余ってるんだろう? だから悪く思わないでくれ」


 ルーベンのその声は驚くほど冷めて・・・いた。

 まるで使う気のなかった・・・・・・・・奥の手を使わされて、不機嫌であるかののよう。

 まるで、俺達ごとき・・・に本気になってしまって恥ずかしいといわんばかりに・・・ 



 ズキリ・・・


 すると胸の内が鋭く痛み、頭の中に暗い感情が溢れ出す。


 だが認めねば。


『モニカ・・・負けだ』


 あれを食らう訳にはいかない。


 そう判断した俺が、モニカに”投了”の合図を送る。

 こんな”バケモノ”相手にここまで粘ったのだ。

 もう誰も俺達を軽んじはしないだろう。


 それでいい。


 俺はそう思っていた。


 だがモニカは違った・・・・・・・



”まけたくない”



 その時、俺の頭の中をモニカのその声が支配し、同時に発生した凄まじい胸の痛みに俺が驚く。


”負けたくない”



『モニカ・・・待て・・・・』


”  勝  ち  た  い  !  ”


 

 その瞬間、俺の意識の全てを何かの衝動が塗り潰し、気づけば俺の意識は全て”勝つ”事だけに塗りつぶされた。






 極大魔法の放った凄まじい光が競技場を飲み込み、その衝撃で大量の粉塵と炎が巻き上がる。

 そしてわずかに遅れて衝撃波が、バン!と音を立てて空中に浮かぶルーベンの顔を叩いた。


 そしてそれによって、ルーベンの顔に冷や汗が浮かんだ。

 ・・・あれ?


耐えられる・・・・・・・よな?」


 勝利にのみ気を取られていたルーベンは、まさかモニカがその攻撃をただ漫然と受けるとは全く予想していなかった。

 てっきり避けるか、それともあの”底知れぬ力”で切り抜けるか。

 少なくとも何かするとモニカを”信頼”していたのだ。


 だが競技場を覆い尽くさんばかりに広がった爆炎に、今更ながら自分が行った”行為”を自覚した。


『報告:発生したエネルギーは、アラン先生の保護限界を超えているものと推測』

「え?」

『また、個体名:モニカの推定される強度を足しても、十分に破壊可能な攻撃でした』

「そんな・・・」


 ルーベンはその結果に愕然となる。

 

「そんなつもりじゃ・・・」


 何も・・・・殺す気はなかったのに・・・


 ただ・・・・ただ、認めさせたかった・・・・ 


 ただ・・・認めてほしかっただけなのに・・・


 ”それ”を自覚したルーベンは、足元が崩れ去ったかのような錯覚に陥る。


 だが、


『警告:超高エネルギーの接近を検知!』


 次の瞬間、ルーベンのいた場所を何かが掠め、スキルの力でそれを避ける。

 その無理な動きにルーベンは軽く目眩を覚える。


 ”この力”は強力な反面、行動にいちいち容赦がない。

 だが今のはそうでもしないと避けられるものではなかった。


 ルーベンが視線を極大魔法が着弾した地点へ再び向ける。


 すると独特な金属音と共に”何者か”が歩み出た。


「なんだ・・・あれは?」


 それは黒い”鎧”に見えた。


 もしくは高度なゴーレムか。


 ”そいつ”は全身を、ツルリとした質感の”真っ黒な鎧”で覆っていた。

 そしてガシャガシャと金属音を立ててこちらへ歩み出ると、そのどこにも目のないのっぺらぼうの顔が、確かにルーベンの姿を捉えたのだ。


『個体名:モニカと推測、全身にゴーレム素材を身に着けたものと推定』


 その黒い鎧が、顔を上げて空中に浮かぶルーベンをじっと睨む。

 と同時にルーベンは、その目のない頭部から放たれた視線を受けた事で、心の中で”歓喜”の声を上げる。


『警告:思考に乱れが・・・』

「問題ないよヴェロニカ・・・・・、僕は嬉しいんだ」


 嬉しい。


 今まで”それ”だと思っていた、”紛い物”の感情とはワケが違う。

 ルーベンは生まれて初めて本物の歓喜を感じていた。


 シルフィーも、アデルも、ここまで”喜び”をくれなかった。

 ここまで力を使わせてくれなかった。


 ここまで自分が強いことも知らなかった。


 だが彼女なら・・・モニカとなら、どこまでも自分の力を高めていけるのか?


 ”もう手加減しなくていい”


 ルーベンは今まで知らぬ間に己を縛っていた、全ての”枷”を外すことができた。

 

 その瞬間、空中に居たルーベンが弾かれたように急降下し、これまでよりも遥かに速い速度でその黒い鎧に接近すると、勢いそのまま殴りつけた。

 だがその拳が、鎧の頭部に触れる刹那。

 その腕に鋭い痛みが走り、堪らずルーベンがそちらを睨む。

 するとそこには、ルーベンの神速の拳が黒い鎧の腕によって掴み取られている光景が有った。


 本当に僅かな間、ルーベンが怪訝な様子で”それ”を睨み。

 次いで鎧の顔を見つめる。

 するとやはり、目のない形状なのにもかかわらず視線が合う。

 

 モニカだ。


 ルーベンは何故かそう理解した。


 すると次の瞬間、今度は黒い鎧の方がルーベンを恐るべき速度で殴りつけてきた。

 だがスキルの力で限界まで強化していたルーベンは、それをなんとか受け止める。

 そのまま、お互いに右手で殴りつけ、左手で相手の拳を受け止めるという奇妙な構図で状況は膠着した。

 

 ルーベンの手には鎧の右手の冷たく硬い感触と、己の右手にかかる恐るべき力の感触。

 それは先程殴りつけた時に感じた、暖かくて柔らかな肌の質感とは似ても似つかないが、

 ルーベンにはなぜだかそれがとても”モニカ”らしいものであると思った。

 彼女の小さくて引き締まった体は、この鎧の厚みを足して初めて”ちょうどいい”大きさと厚みを獲得していた。


 そしてその力は、ルーベンの力とほぼ互角だった。

 いや・・・わずかに分が悪いか。


 やはり只の鎧ではないようで、ルーベンのスキルを以ってしてもジリジリと押し返される。

 不利を悟ったルーベンは、その接触点に”破壊”効果を発動させる。

 

「綺麗な鎧だが、壊させてもらうぞ」


 そしてその魔力を、組み合った両腕から流し込んだ。


 これですぐにこの謎の鎧も砕け散るだろう。

 どれだけ頑丈であっても、その構造を成す分子ごと壊されては強度など関係がない。

 

 そう思っていた。


「!?」


 侵食した魔力がいつまで経っても破壊を実行しない。

 本来ならもう既にボロボロになっていなければおかしいはずなのに、わずかに黒く光るだけでそれ以上に変化がないのだ。

 馬鹿な・・・・これは・・・


 送り込んだ魔力から返ってくる”反応”にルーベンが驚愕する。


『報告:対象の組成を特定できません! 次々に変動しています!』


 ルーベンの右手が掴む鎧は確かに硬い感触を持っていた。

 だがその実、その構成は液体のように絶えず変化を繰り返していたのだ。


 するとそのルーベンの様子を見た黒の鎧から、声が漏れてきた。


「どうやって壊すって?」


 黒の鎧から発せられたその声は、間違いなくモニカのものだ。

 だが遥かに荒々しい。

 これじゃまるで血に飢えた獣だ。


 それと同時に、次第に腕にかかる圧力が急上昇していく。

 そして遂に耐えられなくなったルーベンの左手からモニカの右拳が飛び出し、そのままルーベンの顔面に突き刺ささると、

 さらに追い打ちをかけるように、嵐の様なモニカの拳の雨が降り注いだ。





 加速する思考の中で、俺はただ猛烈な勢いでこの”鎧”を動かして、ひたすらありったけの力を込めてルーベンを殴りつけていた。

 その全てに俺の制御が働き、全ての動作に極小魔法陣によるブーストが掛かる。

 さながら全ての動作が”魔獣狩りの巨刀”といった具合だ。


 全ては唯一つ。


 モニカの願い。


 ”この戦いでの勝利” のため。


 その事のみが俺の全ての衝動を支配し、全てのリソースをそのために割いていた。

 だがそれでも、この”鎧”を使ったのはかなりの無茶だ。


 ”2.0強化外装 : グラディエーター”

 

 俺達の”全て”を強化するため、それに耐えられる土台となり、力となる、外付けの”新たな体”。

 これまでとは比較にならないほどの”強化容量”を備えたその外装は、俺達の膨大な魔力量を全て受け止め、力に転化する能力を持っていた。

 まさに”鬼に金棒”。

 

 だが、その大層な名前と謳い文句とは裏腹に、この細身の鎧には欠陥が目白押しだ。 

 まず、そのとてつもない魔力を受け止めきるために、全てのパーツがその場で流動的に”破壊と再生産”を繰り返していた。

 そうでもしなければ、その力に耐えることが出来ないからだ。


 そして、そのための魔力の”配分”と”調整”には凄まじい計算能力を食い散らかされた。

 モニカの脳内が、限界を超えた俺の活動で発熱し、その熱を身体強化で無理やり”耐える”。

 その頭痛たるや、モニカが少しでも気を抜けば意識を失いかねないほどだった。


 それでもそのおかげで、恐るべき耐久性も手に入れることができた。

 この鎧の耐久度でなければ、ルーベンのあの極大魔法は耐えきれなかっただろう。

 そして”破壊”に対しても絶対的な威力を発揮した。

 なにせ破壊される前に、俺達が既に壊しているし、既に直っているのだ。

 

 そしてもう一つの欠点が、”前が見えない”ということ。


 なので全ての情報を俺の感覚器が取得し、それをモニカに”感覚”で流す。

 いつもと逆のパターンだ。

 だがそれもリソースの増大を招いていた。


 間違いなくいつもなら使わない・・・いや考慮にも入れないほど未完成の鎧だったのだ。


 だが今の俺は、全ての考えが唯ひたすらこの戦いで”勝利する”という、モニカの”命令”を遂行するためだけに全ての思考を向けていた。

 ルーベンのスキルの力は悲しいかな恐るべき物だった。

 今の俺達では全く勝てる道が見つからない。


 だから勝てない”筋”を全て捨て、唯一可能性の有った”この手段”を躊躇なく選び、その苦痛と引き換えに絶大な力を得た。


 そして”グラディエーター”の力は未完成でありながら、その期待に充分に応えてくれるものだった。


 砲撃の直撃を歯牙にもかけないルーベンの強化を、その上から”グラディエーター”の猛烈なパワーが粉砕していく。

 

 右、左、右、左・・・


 交互に打ち出される鎧の拳がルーベンを捉えていく。

 当然のようにルーベンも反撃してくるが、それを難なく受け止め、さらに殴りつける。

 

 そしてついに俺達のラッシュに耐えかねたルーベンが逃げるように後ろに飛び退くと、そのままスーッと空に向かって音もなく上昇した。


「逃さない・・・」


 モニカがそう呟くと、その声に反応した俺がすぐに追撃の態勢に移った。

 

 この鎧は魔力の調整によって形作られた物、それはいわばフロウと全く同じものだ。

 もちろん厳密には全然違うが、重要なのは俺達にとっては同じ”使い方”が出来るということ。

 全てのリソースを制御に回し、強力な魔力で作られた”グラディエーター”の鎧は、その全てが高性能フロウと同等の反応速度を示していた。

 すなわち・・・


 ”それ”をモニカが意識すると、鎧の各所にポコポコと小さな丸い穴が開く。

 そして背中にできた一番大きな2つの穴から”ノズル”が出現すると、間髪入れずにそこから火を噴いて飛び上がった。


 今は羽を作っているような余裕はない。

 ただ魔力量に物を言わせて、ロケットの出力だけで飛び上がる。

 そして全身に空いた小さな”穴”を、小型スラスターのように使い、その噴射の力で姿勢と方向を制御する。


 もはや完全にロケット弾と化したモニカが、空中に浮かぶルーベンに追いつくと、そのまま殴りつける。

 だが空中という舞台は向こうも得意なようで、俺達の拳の勢いを後ろ向きにひらりと躱すと、その反動を利用して蹴りを食らわせてきた。


 そしてさらにその反動を使って、今度は大きく距離を取る。

 だが離れたルーベンを追ってモニカが、即座に進む向きを変えると、そのまま再び弾丸のように加速した。


 暫くの間、その”追いかけっこ”が続き、俺達の感覚が上下左右に超高速で凄まじい速度で流れる景色に翻弄された。

 だがルーベンはまるで蝶のようにヒラリヒラリと匠に攻撃を交わしていく。


 轟音を周囲に撒き散らしながら、弾かれるように飛ぶモニカ。

 魔力を巧みに使い分け、空気の中を音もなく泳ぐルーベン。

 同じ”空を飛ぶ”という行為とは思えないほど、両者の飛び方が違った。


 まるで、それが両者の性質の違いそのものであるかのように。

 そしてそれが両者の今の実力を表しているかのように、一進一退の互角の空中戦を繰り広げていた。


 片方が殴られ姿勢を崩し、その反動で更に殴りつける。


 距離が開けば遠距離魔法が飛び交い、それを受け止め破壊する。


 お互いにお互いの力を突破する、最後の”一押し”を、攻めあぐねていた。

 

 状況を打開するために大きく動いたのはルーベン。

 モニカが姿勢を乱したタイミングに合わせて大きく距離を取り、同時にルーベンの体を覆っていた巨大な力が頭部に集中する。


『エネルギーの集中を確認、何らかの遠距離攻撃と推定』


 俺がモニカに警告を飛ばす。


「叩き潰す!」

『攻撃手段選定、ロケットキャノン』


 すると”グラディエーター”の頭部の下半分がパカリと開き、そこから小さな砲身が現れる。

 そして大きな口の様な砲身の中心に魔力が集中し、臨界を超えて火を吹いた。


「発射!」


 モニカのその掛け声と同時に、超高密度に圧縮された魔力砲弾が、プラズマ化した青い光を残して放たれる。

 その反動で大きく揺れるが、以前の様に姿勢を乱したりはしない。

 鎧に付けられた大量の”魔力スラスタ”が、全力で反動を打ち消したのだ。


 そして同時に、ルーベンの準備していた攻撃が完成し、彼の両目から高濃度のエネルギーが光線のように飛び出す。

 その黒い光が空中を駆け抜け、空気を青く燃やすところが見えた。


 光線と砲弾。


 その2つが一瞬にして、その距離を飛び越え空中で激突して巨大な火球を作り出した。


 だがその性質の違いか、光線の方は火球を難なく飛び越えると、その直後に迫った次弾に直撃する。

 だが、以前と違い空中でも連続発射が可能になったロケットキャノンは、その連射性能をいかんなく発揮し、こちらも光線攻撃であるかのような錯覚を起こすほど切れ間なく撃ち込まれた。


 ぶつかりあった状態で膠着する2人の攻撃。


 だが、次第にその膨大なエネルギーによって急速に砲身が加熱していく。

 そして反動を受け止めるために頭部に砲身を作ったために、その熱がモニカの頭を直撃した。

 唯でさえスキルの限界使用で脳が異常発熱している状態に、その熱が重なることで、俺達の頭痛は極地に達する。

 だが、モニカにそれで諦める気はなかったし、俺にそんな事を考える余裕はなかった。


 結果として俺達より先に砲身が音を上げ、真っ赤に赤熱しながらドロドロに溶けながら、ロケットキャノンの力を受けきれずに破裂することでその攻撃は終了した。

 まともに撃てなかった最後の一発は、見当違いの上方向に飛んでいってしまう。


 だがルーベンの方もその”目から光線”に耐えきれなかったようで、俺達とほぼ同時に攻撃を打ち切ると、そのまま頭部を抑えながらヨロヨロと、姿勢を崩した。


 俺達も俺達で、”グラディエーター”の大きく空いた口から、溶岩のように溶けた”砲身だったもの”をボトボトと垂れ流しながら高度を下げていた。

 そして、俺の計算能力も遂に限界を迎え始め、維持できなくなった”グラディエーター”の装甲がボロボロと剥がれ落ち始めた。


 それでも俺達は諦めていなかった。

 もはや”執念”とも呼ぶべきモニカのその感情に、俺の残りのリソースが一斉に殺到する形で、空中に浮かんだ壊れかけの”黒の鎧”が一気に加速したのだ。


 もはや、まともな制御もできないその移動は、何度も噴射による軌道修正を必要とした。

 しかもその殆どがうまくいかない。

 その光景を外から見れば、グラグラとした軌道の炎がまるでトンボのように小刻みに方向尾を変えながら、それでも目標に向かって”真っ直ぐ”に進む光景が見えただろう。


 そして俺達の残りすべての力を、右腕に集約し、その拳が遂にルーベンの体を捉える。


 最後の瞬間、ルーベンはそれでも俺たちに向かって手を突き出し、防御魔法陣を展開しようとした。

 だがその魔法陣は、最後の最後で燃料が尽きたように光を失うと、俺達の右腕に少年の体を殴りつけたことを示す”肉”と”骨”が軋む感覚が伝わってくる。


 どうやら、さっきの光線で全ての力を使い果たしたらしい。

 その事に気づいたのは、地面に向かって力なく落下するルーベンの体が、視界の中で林檎ほどの大きさにまで小さくなった時だ。


 その直後、その攻撃の衝撃を受けきれなかった俺達の鎧の右腕が、モニカの”戦意”が尽きたことを象徴するかのように、粉々に崩れながら剥がれ落ちた。





 全身が打撲の痛みで悲鳴を上げる中、ルーベンは必死に叫んでいた。


 自分に残された”最後の力”


 その”解放”を求めて。


 だが・・・


『アクセスは拒否されました』


 無常にも、ルーベンの力は、ルーベンが触れることを拒否した。

 だが、それでもルーベンは力を求めて、再び”願う”。


『アクセスは拒否されました。 個体名:ルーベンに権限がありません』


『アクセスは拒否されました。 個体名:ルーベンに権限がありません』


『アクセスは拒否されました。 個体名:ルーベンに権限がありません』


 そんなことは分かっている。

 自分にそんな”権限”がない事も。


 だけど・・・


 だけど・・・モニカが”先”にいる。


「追い・・・かけないと・・・」


『警告: ”軍位スキル:ヴェロニカ”は、”ビルボックス条約”の条項によって規制されており、その起動は、その内容を問わず禁止されています。 また現在、個体名:ルーベンは”軍位スキル”への”アップグレード手術”を受けていません。 よって全てのアクセスは”拒否”されました』


 彼の管理スキルが、ルーベンに冷酷な”現実”を突きつけてきた。

 

 そしてそれとは別の言葉が頭に浮かぶ。



 ”追っちゃ駄目だよ・・・必ず後悔するわ”。



 シルフィーが言ったその言葉が、何故か頭の中で木霊したのだ。



「・・・置いて行かないで・・・」

 


 視界の中で小さくなっていくモニカの姿を見つめながら、ルーベンは自分が彼女の何について気になっていたのかを理解した。


 一目見たときから分かっていた。

 彼女はこれからも、どんどんその力を増していく。 

 それは、もう既に”将位スキル”という、定められた”限界”に到達してしまったルーベンとは違う。


 そのことに”嫉妬”していたのだ。


 そして同時にルーベンは悟った。


 この戦いが、人生でただ一度きりの・・・


 本当にただ一度きりしかない、ルーベンとモニカが互角だった・・・・・、まさにその瞬間。


 その瞬間に起こった、本当に奇跡のような・・・儚い”泡沫うたかたの夢”であることを。


 そして・・・この”夢”が2度と味わえないことを。



 ”前に立って”いた者を、後ろから走ってきた者が追い抜いていく。


 少しでも早ければルーベンの敵ではなく、少しでも遅ければモニカの敵ではなかった。

 

 

 もう前に立って、健気に後ろを付いて来るモニカの顔を見ることは出来ない。

 もう、これからはどんどん小さくなっていく、決して振り向くことがない彼女の背中を、一番前で見続けなければならないことを。 




 地面に落ちていくまでの短い時間の中。

 ルーベンは心の中で、必死にその”夢の時間”の残滓に縋り付き、


 同時にこれから永遠のように降りかかる”悲しい時間”について、思いを馳せていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る