2-3【激突! ライバル! 6:~”黒” 対 ”黒”~】


「その前に、場所を移さないか?」


 ルーベンが唐突にそう提案した。


「なぜ?」


 モニカが聞き返す。


「僕たちがこの狭い教室で暴れたら大変な事になる、他の子が危ない」

「それでいい、誰もメリダより綺麗な状態では出さないと言った」

「じゃあ、そのメリダを巻き込まないためだ」


 ルーベンのその言葉でモニカがハッとなり、その顔を教室の後ろにいる友人へと向ける。

 そこにはモニカへの心配と、モニカへの恐怖がごちゃ混ぜになったような複雑な表情を浮かべるメリダの姿があった。


「・・・分かった」


 モニカが渋々といった感じに頷く。





「内出血は全部止めました、だけど私じゃ完全には」

「病院に運んだほうが良くない?」


 医療魔法士志望の女の子の応急手当に、モニカが心配そうな声で問う。

 不幸中の幸いというか、黒白傾向者向け授業とあって当然彼女の様な生徒もいる。


「私は大丈夫、おかげで痛みは引いたから」


 その子に治療を受けていたメリダが、できるだけ気丈な顔を取り繕って、モニカを見つめる。


「だから馬鹿なことはしないで」


 そしてモニカに対しそう言って懇願した。

 だが手当は済んだものの、依然として痛々しい痣は残り、壊れたゴーレム台車は簡単な修理しかできていない。


「馬鹿なことじゃないよ、思い知らせないと”獣”はまた同じことをする」


 モニカはそう言って立ち上がると、周囲の生徒を見渡した。

 ここは教室のあった学舎の隣りにある、中規模の競技場。

 その客席だ。

 今日は授業もイベント事もなく、持ち主も南に出張中。

 中規模と言っても結構な広さがあり、ここなら本気で暴れても問題ない。


 ”教室を出る時は、全員メリダより惨めな姿”というモニカの宣言を、すぐに曲げることになってしまったが、モニカに生徒達を逃がす気がないのでこうする他無かった。 

 そして生徒達からモニカの”本物の殺気”の籠もった視線に対して、怯えるような感情が発せられる。

 だが唯一人、それを意に返さないルーベンは、モニカが痛めつけた3人の生徒を治療していた。


「誰が”治していい”って言った?」


 モニカが低い声でルーベンに問う。

 すると治療を受けていた3人がビクッと体を震わせて、恐怖の表情でモニカを見つめた。

 そこに”格上”の風格は残っていない。

 どうやらまだモニカに襲われた恐怖が残っているらしい。

 だが、問いかけられた少年は涼しい顔をわずかにこちらに向けるだけ。


「気にするな、僕ができるのは簡単な手当だけだ」

「アクリラの”保護”があるから、それくらい平気でしょ?」


 攻撃した時の手応えで、明らかに一定以上のダメージに妨害が入っていた。

 あれならば大した問題はないだろう。

 それに気づいていたモニカは、そんな意味を込めて言った。


「治療くらいさせろよ、痛めつけるくらい後でもできるだろ? それに僕はまだ君に負けていない」


 そう言ってルーベンが不敵にこちらを挑発し、モニカがそれを睨みつける。睨みつける。


「それとも、僕に勝てると思わないから怒るのかい?」


 ルーベンはそう言って軽く笑うと、そのまま立ち上がった。


「といっても、出来るのはここまでだけどね」


 まだ完全には3人の女子生徒の傷は治ってないが、ルーベンでもここまでが限界のようだ。

 やはり授業で習ったとおり、黒の魔力傾向と治療魔法は相性が悪いらしい。

 それに対しモニカは視線を切って、横にいるメリダに目を向ける。

 そして彼女を治療していた女子生徒に視線を移し、モニカに目を向けられたその生徒が恐怖で身を引いた。

 珍しい、目も髪も灰色のハッキリとしない白の生徒だった。


「ありがとう・・・あなたは襲わない」


 モニカがそう言うと、その子の顔に引きつった苦笑いが浮かぶ。


 そして再びルーベンへと視線を向けた。

 向こうもこちらを見ている。

 しばしの間、お互いに何もせずに見つめ合っているという奇妙な時間が過ぎる。


 最初に沈黙を破ったのはルーベンだった。

 

「頭は冷えたか?」

「最初から冷えてる」


 モニカは吐き捨てるようにそう答えた。

 だがルーベンはその答えを受けても涼しい顔のまま。


「うん、それくらい怒ってる方が力が出るだろう」


 などと皮肉交じりにこちらを挑発してくる。

 その様子に俺は疑問を感じた。

 先程からの彼の様子は、まるでモニカに襲われたいと思っているかのよう。

 そればかりか、”ちゃんと”力を出せるようにという気遣いすらある。


「何で庇うの?」

「うん? さっきも言ったろ? 僕が”本気のモニカ”と戦うために仕組んだこと・・・」

「じゃないでしょ?」


 ルーベンの言葉をモニカが即座に否定する。

 やはりモニカも頭では彼が今回の一件に関係ないことをちゃんと理解していた。

 だが・・・


「だったらどうする? やめるか?」

「やめない、”本気のわたし”と戦いたいのは本当みたいだし・・・

それにメリダを傷つけた子を守るんでしょ?」

「メリダには悪いが・・・そうだな・・・この3人で我慢してくれ」


 ルーベンの言葉に彼の足元の女子3人が身を寄せ合い、心配そうに成り行きを見つめていた。

 そのへんの魔獣より強いはずなのに、こうして見ると本当にただの女の子に見えるから不思議だ。


「我慢できないなら?」

「それ以上は、君の力次第・・・、この街で我が儘を通したいなら、それなりの力がないと」

「じゃあ・・・・そうする・・・・


 その瞬間、モニカの体から大量の魔力が噴き出し、威圧するように立ち上った。

 だがやはりルーベンには全く効果がない。


「そうだ、”隠し事”などせずに本気で来い、”身の程”を教えてやる!」


 ルーベンがそう叫ぶと、客席から競技場のフィールドに向かって飛び降りる。

 続いてモニカがそれを追いかけるように、フィールドに飛び込んだ。



 

 思いの外長い時間、空中を漂いながらフィールドの硬い地面に着地すると、既に反対側に向かって走るルーベンの姿が見えた。


 そして当然のようにモニカもそれを追いかける。

 そのままお互いを睨みながら、平行に競技場の横長のフィールドを走り続けた。

 やはりルーベンには他の生徒を俺達から切り離す意思が見られる。

 戦闘に巻き込まないようにという配慮だろう。

 そこからして、”大規模戦闘”を想定しているのが伝わってきた。

 モニカも客席にはメリダがいるのでそれに従う。


 今更だがルーベンは俺達の”制限”について予め知っていたようだ。

 それは客席からかなり距離を取ったことから伺える。

 おそらく前回のロケットキャノンの準備から、長距離攻撃があることを推察したのだろう。

 実際に撃ったわけでもなく、魔力にしても一時的に溜めていただけだというのに、そこまで俺達の能力に目星をつけられるなんて、やはり只者ではない。

 そして十分に距離を取ったと判断したのだろう。

 フィールドのほとんど反対側まで走り抜けたところで、ルーベンは”ズザザ”と滑るように足を止め、こちらに向き直った。


 そして、それを見たモニカが、先制攻撃とばかりに、周囲に撒き散らした大量の魔力を集め、周囲に大量の魔法陣を展開する。

 その数は俺達の周囲20mを花畑のように埋め尽くすほど。

 既に”制限”で許された範囲などとうに超え、魔法陣一つ一つに生徒一人分に匹敵する魔力が注がれると、そこから一斉に巨大な黒い雷槌が発生し、ルーベンに向かって殺到した。

 即効性という点で、雷魔法はかなり優秀だ。

 文字通り”雷”の速度で突っ込んでくるため、加速系の強化を限界までかけても、当たることを前提としなければならないほど速度に優れる。

 だがその程度、ルーベンだって承知の上。


 彼は左手を前に突き出すと、俺の解析スキルが巨大なスキルの発動を検知した。

 内容は魔法発動の短縮化。

 それによってスキル並の速度で魔法陣が組み上がり、ルーベンの前に直径4m程の大きな魔法陣が出現した。

 それを見てモニカが本能的に構える。

 だが、


『あの魔法陣はただの盾だ!』


 その魔法陣は黒い雷を受け切ると、そのエネルギーを再び魔力に変換しただけだった。

 攻撃手段は別に用意されていた。

 ルーベンは残っていた右手にエネルギーを集めると、更に周囲の熱を奪ってエネルギーを溜め込んだのだ。


 力強く握られたルーベンの腕が、集まった熱のエネルギーで赤熱して見える。

 だがそれと対照的にその拳はどんどんと周囲の熱を奪い、その勢いに追いつかなかった水分が空気中で結露し即座に凍りつく。

 燃えるほど熱い腕とそこから伸びる氷の柱。

 効率的なエネルギーの”管理”と”運用”。

 相変わらず、全ての傾向を飲み込む”黒”の魔力の得意分野を体現したかのようなスキルだった。


『前回と同じ攻撃だが、出力も速度も桁違いだ、気をつけろ』


 そしてその熱と冷気の矛盾が開放された瞬間、凄まじい熱が放たれた。

 だが今回のはあまりに速度が早く、対応が間に合わない。

 前回、準備に遅さを突いてモニカがロケットキャノンの準備を完成させたのを見ての対策だろう。

 彼も容赦はしないという事か。


 そしてその熱があっという間に空間を駆け抜け、俺達のいる場所まで迫る。


「”魔力ロケット”!」

『【魔力ロケット】ブースト開始!』


 その瞬間、俺達の体が弾かれたように前に飛び出し、正面から熱の塊に突入する。

 本当ならモニカの体をまるごと焼いてしまうほど強烈な熱は、俺が注ぎ込んだ大量の魔力による身体強化を抜けることができず。

 更に正面から突入されたことで、一瞬で通過された。

 そして最後に轟音とともに、魔力ロケットの噴射で完全に吹き飛ばされ消えてなくなる。


 高性能フロウが足りないので背中にほとんど直付けだが、今じゃ熱くもないし、制服も耐えている。

 そして俺達のその暴力的な加速で一気にルーベンまで加速すると、手元に最高レベルまで圧縮して強化した土の”槍”を転送して突き出した。

 もともと高性能フロウの鎧すら貫通する程鋭い切っ先は、さらなる圧縮による強化で鋭さを増し。

 その上モニカの体ごと加速させた事で、その貫通力は途轍もない事になっている。


 だが俺にはこの攻撃を以ってしても通用しない”確信”があった。

 そしてルーベンは、俺のその”期待”を裏切らなかった。

 新たに防御魔法を組む時間がないと見るや、すでに展開されていた防御魔法陣の要素を即興で組み替えるという”離れ業”をやってのけたのだ。

 それがいかに高度であるか、今なら分かる。

 そして物理耐性を徹底的に強化したことも。

 今の俺達じゃ、絶対真似できない芸当であることも。


 だがそれを破ることはできる。

 

「!!??」


 ガチガチに固めたはずの魔法陣に突き刺さる巨大な槍を見て、ルーベンの表情が驚愕に染まる。

 凄まじく鋭い槍の先端はルーベンの魔法陣をゆっくりと突き破りながら、先に進んでいく。

 だがすぐに魔法陣が二回りほど小さくなり、続いて内側に新たな防御魔法陣が展開された。

 今度は初めから防御だけを考えて作られていたので、勢いを失った槍の先端はそこで止まってしまう。

 だが、


「うああああああ!!!!!」


 と叫びながらモニカが左手を突き出すと、そのままルーベンの魔法陣に叩きつけた。

 左手が魔法陣に弾かれた事を示す凄まじい光に包まれ、そこから流れ込んでくる痛みと感触が、俺達の身体強化とルーベンの魔法陣の間で凄まじい魔力のせめぎ合いが起こっていることを伝えてくる。

 そして”バキリ”と、まるでガラスが引き裂かれるような不快な音と共に、魔法陣の向こう側からモニカの小さな”指”が魔力の層を突き破って現れた。

 ルーベンの顔に驚きと呆れの混じったような、複雑な感情が現れる。

 そして、それと同時にモニカが最大級の魔力を掌に流し、人知を超えた握力で以って防御魔法陣を”掴む”事に成功する。

 新たな”支え”を得たことで右手に掛けられる力が増大し、槍の刃先が2枚めの防御魔法陣に突き立った。

 だがそれでもその先には進めない。


「”魔力ロケット”!!」


 モニカがそう叫び、細かい指示を思念で飛ばしてきた。

 だが、


『”高性能フロウ”はもう使ってる!!』


 もう既に背中に付けたフロウのブースターは最大級の推力を生み出しており、これ以上の在庫がない。

 

「低性能でいい!! 調整しなくていいから!!」


 その言葉と同時に、近くの厩舎につないでるロメオの背中から、低性能フロウを手元に転送した。

 その時に持っていかれた魔力の量に俺が思わず呻く。

 最近転送できる距離が伸びてきたが、それと同時に、指数関数的に必要魔力量が増大していた。

 やはり空間系は魔力をとんでもなく喰う。

 もう少し遠かったら戦闘に支障が出ていたかもしれない。

 

 それでも現れたフロウは、俺の操作で即座に槍の後ろ側に巻き付き形を変えた。

 そして即座にモニカが魔力を流し始める。

 モニカの言うように今回は全くコントロールをしない・・・・・・・・

 すぐに頑丈な”噴射口”から大轟音と炎が噴き出し、槍がまた勢いを持って進み始めた。

 さらに”制御放棄”による不安定な燃焼によって槍全体が大きく暴れ、それによって防御魔法陣を粉砕しながら突き進んでいく。


 そしてついに2枚の盾を突破した槍の先端が、ルーベンの腹の横に到達しそこにあった制服に穴を開ける。

 だが俺達はそこで、”スキルの脅威”を目の当たりにすることになった。

 

 突然、ルーベンの全身から大量の魔力が溢れ出し、同時にフランチェスカの”プリセットスキル”かと一瞬誤認するほどの巨大なスキル反応が、解析スキルをアラームのように打ち鳴らした。

 その魔力は、ルーベンの体を駆け巡り、次第に槍が当たった腹部に集中を始め・・・そして遂にそこから槍の内部へと”侵入”を始める。


『まずい!? モニカ! 槍を離せ!!』


 危険を感じた俺がとっさにそう叫ぶと、それに反応したモニカが手を離す。

 その瞬間支えを失った槍が大きく暴れる。

 だがそれでも魔力ロケットに残っていた魔力で推力は残り続け、そのまま進んでいくかに思われた。

 次の瞬間、


 極限まで加速した思考で以ってしても、知覚できたのは空中で槍が高速でヒビ割れ、そこから黒い光が漏れるところだけ。

 次の瞬間、極限まで強度を上げていたはずの槍が粉々に砕け散り、燃焼室を失った魔力ロケットの魔力が解放を求めて四方八方に飛び散った。


 咄嗟にモニカが下に伏せるその上を、その巨大な爆炎が飲み込む。

 凄まじい熱と音を放ったその”火球”は、数十mもの大きさにまで達し、そこに居た全てを焼き尽くそうと暴れまわった後に、何も飲み込めるものがないと自覚するや、煙となってキノコのような形に立ち上った。


 すると突然、その煙が下から吹き飛ばされる。

  

 そしてその中から、取っ組み合いながら真っ黒に煤けた2人の姿が生徒が現れた。


 ”それ”を見ていた生徒達は、一瞬 ”どちら” が ”どちら” か判別がつかなかった。

 どちらかわからないくらい黒く汚れ、どちらかわからない黒の魔法陣から、どちらのものかわからない魔法を撒き散らしながら、触れるか触れないかの距離で取っ組み合っていたのだ。


 すると、その片方が高速で黒く光る手を叩きつけ、もう片方がそれをギリギリで躱す。

 だがわずかに回避が遅れ、その黒く光る手が僅かに腕に触れると、そこから”赤い”血が噴き出した。

 攻撃された方は、接近戦を不利とみるや即座に背中から火を吹いて、その勢いで後方に飛び退く。


 距離を取ったのはモニカだ。


 ロケットの勢いに任せて大きく距離を開けると、転がるように地面に着地する。

 その過程で覆っていた煤がかなり取れ、頭に”クリーム色”が戻り、制服の色も幾分薄くなった。


「ぐっ・・・」

『なんちゅう威力だ!?』


 モニカが腕の痛みに呻き、俺が今しがた受けた攻撃に悪態を突く。

 見ればルーベンの作った黒い光に触れた部分の皮膚が、魔力で強化していたというのにそれを無視するようにボロボロに崩れ、その裂け目から血が漏れていた。

 それは、さっき槍が破壊されたのと一緒。


 黒の魔力の特徴の1つ、”絶対的な破壊”


 まったく、どこまでも俺達の先を行っていると言わんばかりの攻撃だ。

 だがそこに俺は一種の”喜び”を見出していた。

 そしてモニカも同様の思いのようで、いつの間にか唇の端が釣り上がっていた。 


                 

「『喰い甲斐・・・・がありそうだ』」

         


 そう言ってお互いの気持を確認すると、その場で足を固定した。

 今は魔力をケチる理由もないので、既に地面は”掌握済み”。


 あの”破壊スキル”がある限り近距離戦は不利だ。

 再現しようにも、今は使える”力”が少なすぎて真似できない。

 おそらく俺達でいう所の、【思考同調】や【ゴーレム】みたいな”プリセットスキル”に片足突っ込んでる様な次元のスキルだろう。

 いいなぁ、使いやすいのがあって。


 だが、”近距離”が駄目なら俺達の土俵である”遠距離”戦だ。


 モニカはそのままフロウを構えると、何度もやったようにルーベンに狙いをつける。

 長さが短いので小銃のようだが、逆に取り回しは良くなっている。

 そして、そこに魔力を流し込むと、大きな発砲音と共に魔力砲弾が高速で発射された。

 さらにモニカは、着弾の確認もせずに次々に砲撃を連発していく。

 畳み掛ける様に襲い来る高速の魔力砲弾は、そうお目にかかれるものではない。

 さすがのルーベンも、これには・・・・


「・・・?」


 その”違和感”にモニカが怪訝な声を漏らす。

 しっかり狙って撃ったはずの砲弾が、全て外れるのだ。

 更にモニカが”誤差”を修正するも一向に命中する気配がない。

 そればかりか、どんどん違う方向に着弾していく。

 ルーベンはその中心で、不敵な笑みを浮かべたままこちらを見つめている。

 だがその目は、黒い光を怪しく放っていた。


 そしてそれた砲弾が、遂に反対側の客席を破壊し始めた段になって初めて、俺はそこに展開されていた”驚愕の光景”と、それを成した”スキル”に気がついた。

 距離を開けた代償として”解析スキル”の効果が薄れたのが、発見の遅れの原因だろう。


『なんてこった・・・』


 俺のその呟きにモニカが砲撃の手を止め、驚きに目を見開いた。


「まさか・・・」

『その”まさか”だ・・・』



 その瞬間、俺は1つの”道理”に気がついた。


 世界中から”怪物”が集まる街・・・

 そこには当然、”怪物”が住んでいるということに・・・



『砲弾を・・・”空間”ごと曲げてやがる・・・』


 直進しかできない砲弾は、ルーベンの手前で、彼のスキルによって空間ごと方向を捻じ曲げられていた。


 それは外から見れば、俺達の放った魔力砲弾がまるで意思を持ったようにルーベンを避けていくように見えただろう。

 牽制のつもりで行った砲撃魔法が、とんだ”地雷”を踏んでしまった。

 これでは例えロケットキャノンでも当たらない。

 そもそも”真っ直ぐ飛ぶ”という前提を壊されたからだ。

 

 その事実に気づいた俺が心の中で、冷や汗をかいた。




 

 その一方でルーベンの方は、少し気持ちを落ち着かせていた。


 【空間操作】のスキルは、やはりモニカ相手でもその威力を十二分に発揮した。


 同級生に使ったのはこれで、アデル、シルフィーに続き3例目。

 彼等も”ここまで”はこれた。

 そして、他の生徒と明らかに”才能”が違う2人と同じ地平に立ったということからしても、いかにモニカの隠していた力が強力だったかが伺える。

 だがアデルもシルフィーも、そして見た限りモニカもこのスキルを突破できそうにない。


 とルーベンは少し余裕を持って分析しているが、正直なところ単純な力勝負では全く勝てる気がしないでいた。

 

『目標3:220 目標4:210 ・・・』


 ルーベンのスキルが、着弾した攻撃の爆発の威力から、そこに含まれる魔力量を分析する。

 これはルーベンの魔力の”最高出力”を100として算出した値だ。

 つまり220とは、ルーベンの全力の魔力放出量の2倍以上という事。

 だがルーベン自身でさえ、この値が100に達することはほぼ無い。

 それどころか同級生で50を超えたのはシルフィーの”アレ”以来なかった。


 ところがその”常識”は現在進行系でポンポンと破られている。

 この砲撃もそうだが、先程からモニカが超加速に用いている”爆炎”が特にひどい。

 出力の値が常時”999”という計算限界に当たって、よくわからない。

 そんな数値、一部の”超規格外”の上級生の”全力”で達するかどうかくらいで、あんな常時その状態が続くのは明らかに異常だった。


 おそらくシルフィーが”僕以上”といったのは、この馬鹿げた魔力容量と魔力出力を指してのことだろう。

 その事にルーベンは薄ら寒いものを感じ、同時に優越感も感じていた。

 力で負けても、スキルの性能は僕のほうが上だったようだ。


 やはり”僕のほうが強い”。

 その”事実”を噛み締めながら、モニカの様子を伺う。


 相変わらずモニカはこちらに向かって、その謎の”遠距離攻撃”を続けていた。

 だがそこに先程の”驚き”がない。

 どういう事だ?

 ルーベンはモニカに起こった僅かな変化に、不審な表情を強める。

 既にルーベンのスキルで攻撃が届かない事を知っているだろうに。


 だが、それでもモニカの攻撃は依然として・・・いや先程よりも勢いを増していた。


「出力は!?」

『直近10発の平均は210・・211・・・212』


 これはとんだ”誤算”だ!


 ルーベンは、今更ながら自分の失態に気がついた。

 【空間操作】は大量の魔力を消費する。

 それは確実に相手の”必殺技”を無効化するためのものであり、気安く使っていいものではない。

 ルーベンはその出力と特徴、そして彼女がこの攻撃にかけている”信頼”から、これが以前見た”モニカが止めた攻撃”と同種と判断し、それを止めるために使用した。

 それが相手の”必殺技”である判断したのだ。


 だがこの様子だと、少なくとも相手にとってこのレベルの”消費”は全く気にならない可能性が高い。

 そうなればこの”せめぎ合い”、不利なのはこちら。

 先に魔力が底をつくのは確実にルーベンの方だ。


 それ自覚した瞬間、ルーベンは即座に攻撃に転じる。

 だが、彼が只人でないのはその”転じ方”。

 なんと更に【空間制御】の出力を上げたのだ。

 

 すると、ルーベンを一度避けた魔力弾達が、今度はルーベンに引っ張られる様に向きを変える。

 そしてそのまま、彼の周りをグルリと回り込むと、今度はそれを放ったモニカの方へ向かって飛んでいった。


 己の不利を教えてやる義理はない。

 ルーベンは心の中でそう呟く。

 

 これならば不利を悟られることなく、相手が攻撃の手を止めざるを得なくなる。

 そして違和感なく次の攻撃に移ることができるのだ。


 今度はモニカに殺到する大量の魔力弾。

 それを見ながら、ルーベンは攻撃魔法の準備を行う。


 だがその時。

 

 モニカの目が、怪し気に黒く光った。



『警告! 警告! 空間の掌握に失敗!』


 突然、ルーベンのスキルがけたたましい警告音を発し、それと同時にモニカの周りの景色がグニャリと歪んだ。

 そしてその歪みに曲げられるように、魔力砲弾の雨が一斉に向きを変え今度はこちらに向かって飛んできた。

 咄嗟にルーベンが横に飛んで避けると、そこに全ての魔力弾が着弾して凄まじい炎と衝撃波が発生した。


 ルーベンがそれを防御魔法陣で受けながら、状況を確認する。


「同種のスキルか魔法を持っていた!?」

『訂正:【空間操作】を上書きしたことから、同種ではなくほぼ”同じ”スキルと推定』

「同じ?」

『訂正:個体名”モニカ”の方が出力は上です』


 その解析結果にルーベンが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「隠していたか・・・」

『否定:術者の慣熟度が異常に低いです、おそらくこの場で”複製”されたものと推定』

「・・・なるほど、モニカも”黒”の使い手ということか・・・」


 全てを飲み込む”黒”の魔力傾向の特徴。

 ルーベンのスキルすら”飲み込んだ”というわけか・・・・


 だが驚いたのはその直後だった。


 突如、爆炎の向こうからモニカが飛び出し、いつの間にか手に持っていた長い棒をこちらに叩きつけた。

 ルーベンが咄嗟にそれを防御魔法陣で受けるが、一瞬だったため防御が甘くなってしまう。

 そしてそれを相手は見逃してくれなかった。


 防御魔法陣に接触した棒の表面に、小さな魔法陣が並んで現れ、それと同時にルーベンの防御魔法陣にかかる圧力が急上昇したのだ。


「!?」

『攻撃出力:999!』


 その”ふざけた”威力の衝撃に、ルーベンの体がまるで小枝のように浮き上がり、そのまま防御魔法陣ごと横薙ぎに吹き飛ばされてしまった。

 そのまま競技場のフィールドの上を転がる。

 ルーベンの初めて見せた無様な姿に、客席から驚愕と動揺の声に包まれた。


 そしてその時初めて、ルーベンは”道理”を理解した。


 世界中から”怪物”が集まる街・・・

 そこには当然、”怪物”がやってくるということに・・・


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