2-3【激突! ライバル! 1:~戦闘訓練~】



「皆に伝えることがある、今日付けのクラス分けで、ここにいるモニカが”昇格”した」


 屋外の広い敷地に大きな声が響き渡る。

 そしてその直後俺達の肩にドンと衝撃のようなものが走り、それが巨大な手が肩に置かれた事を理解するのに少し時間を要した。


「も、モニカです、よろしきゅっ・・・よろしくおねがいします」

「声が小さい!!!」

「ひゃい! よろしくおねがいします!!!」

「よろしい!!」


 モニカの声に先生が満足そうに頷き、その立派な口髭がニヤリと歪んだ。

 この人は多少噛んでも元気がよければそれでいいようだ。

 彼の名はグリフィス。

 真っ赤な服に、真っ赤な瞳、ライオンのように豪快な金髪と体格。

 その豪快で実直な性格も相まって、どこからどう見ても”体育会系”といった印象である。

 いや、むしろ”体育会系”と辞書で引いたら、”グリフィスのような人”と書かれているかもしれない。

 

 そんなグリフィス先生の両側には、ズラリと戦闘系の教師やその助手達が並び、

 その向かいにはこの授業を受ける生徒たちが整列して並んでいる。

 気のせいか、それともこの授業の”特殊性”のせいか、みんな眼光が鋭く、俺達に対しても新しい仲間に対する興味というよりも、新たな強敵に対する敵意に近い。

 それもそのはず、この授業では他の生徒は競い合う”ライバル”なのだ。


「モニカは、”2組”を全勝で勝ち上がってきた、昇格組だと思って甘く見ているとお前達が2組に落とされるぞ!! ”1組”の実力を思い知らせてやれ!!」

「「「はい!!!!」」」


 グリフィス先生がそう言って発破をかけると、それに答えるように生徒達の空気が緊張を孕み、それに反応してモニカが背筋をピンと伸ばした。


『そんなに気負うことはないぞ』


 と俺がフォローするが、初めて来た”最上級クラス”にモニカの緊張もそれなりのものになる。


 この授業は、戦闘系の授業を取っている者が強制的に取らされるかなり特殊な授業だ。

 その内容は週に1度、午後の全てを使って戦闘系の全生徒が同じ授業を取るというもの。

 当然1つのクラスでは足らず、アクリラ中の演習場を使って別れて行うことになっていた。

 そしてそのクラス分けは”成績”によってのみ分けられ、毎回授業の終わりにその結果が反映されて成績上位者は上位クラスへ、下位者は下位クラスへ移動させられるというかなり極端な”完全実力制”だ。

 そのせいか他の授業に比べて圧倒的にピリピリとした空気が漂っていた。

 そして、その成績の基準となるのが、同クラス内での戦闘結果。


 そう、生徒同士で実際に戦うのだ。


 もちろん負傷したりしないように、細心の注意が図られた中で戦闘が執り行われ、必ず戦闘に秀でた教師かその助手が”立会人”として監視している。

 だがそれでも、その戦闘は本気のものだし、その生徒が持てる限りの力を使ってくるので、この授業の”組分け”は生徒間ではかなり重要なステータスとなる。

 1組ともなれば、それだけで殆どの先輩から一目を置かれる。

 先週昇格が決まったことをベル先輩に話したら「スゲーな、モニカ」と驚かれたものだ。

 研究の都といえど、強さに関連する肩書はというのはやはり強いらしい。


 ちなみに俺達のいる中等部は関係ないが、高等部のこの授業で1組に累計1年以上在籍していると、それだけで各国の”エリート”試験の受験資格が発生する。

 他の受験資格の条件が、上位の魔法学校や騎士学校の”主席”だとか、”勇者”や”軍位スキル”などの”特級戦力”からの推薦が必要とかなので、いかにここの扱いが凄いかが透けて見える。

 そのせいで高等部の1組と2組の当落線の辺りはかなり激しい戦いになる。


 グリフィス先生が授業開始の”訓示”を述べ終わると、生徒達が前の掲示板に張り出された”対戦表”をチェックして、割り当てられた戦闘スペースへと向かい始めた。

 もう俺達に対する”興味”はどこにもない。

 次に戦う相手のことで頭がいっぱいという感じだ。

 俺達もウカウカしてはいられない。


『とりあえず相手を確認しようぜ』


 俺がそう言うと、モニカがコクリと頷いて掲示板の方に他の生徒に混じって歩いて行く。

 掲示板の前には沢山の生徒がごった返して、自分の名前を探していた。

 1組に所属してるのは100人、だが様々な理由で欠席してる生徒もいるので実際は80人くらいかな。

 結構多いようだが、約2千人もいる同学年の中の戦闘力上位100名と考えると、かなり絞られていると思う。

 少なくとも2千人の段階で世界中から選抜されているので、ここに居る100人がこの年齢の最強集団だと思って構わないだろう。


 そして俺達の狙いは20位から30位の間。

 俺達の表向きの肩書である”将位スキル”は、それでも戦闘系の授業をとっている全員が1組に属する超高ランクスキルだ。

 しかも殆どが上位に固まっているので、これくらいの順位が一番目立たない。

 欲を言えば本気で1位ルーベンの席を狙いに行きたいが、まだ俺達が公になった場合の”安全”を天秤に乗せていい時期じゃないので我慢だ。


「・・・どこ?」


 モニカが掲示板の中から自分の名前を探しているが、なかなか見つからないようだ。

 ちょっと待ってろ・・・

 俺は即座に資格情報をデータ化して名前を探す。


『22番ブース・・・・相手は72位のアルスだって』


 まあ昇格直後としてはこんなもんか。

 順位だけで判断してはいけないが、一応この辺なら勝ってもいい・・・・・・相手だ、どんな相手なんだろうか。

 俺達がそんなことを考えていると、後ろから声が掛けられた。 


「君がモニカだね」

「あなたがアルス?」

「そうだよ、よろしくね」


 そう言って相手の男の子がニコリと笑った。

 俺のアルスの第一印象は ”よくもまあ、こんな”普通”の男の子が居たもんだ” だ。

 この街ではよくある赤毛に、瞳の色は青・・・たぶん魔力傾向は青だな。

 制服からして貴族だとは思うが、背も俺達より少し高いくらいで特筆するところはない。

 1組に残っているからには、何か特徴があるのだろうか?


 そんな事を考えながら二人並んで、充てがわれた22番ブースに移動すると、そこにはもう既に立会人の教師が待っていた。

 

「モニカ、アルス、2人共準備はできているか?」

「僕は大丈夫です」


 そう言ってアルスが背負っていた荷物を戦闘区画の外の荷物入れに置くと、そこからいくつか魔道具を懐に移していた。

 この授業は自分で用意さえすれば武器や魔道具は使い放題。

 使い魔や飼ってる動物なども使い放題という、”何でもあり”ルールだ。

 むしろそこまで含めての”戦闘力”なので、単純に非力な学生でも活躍できる。 

 高等部などになると”エリート”受験のために、強力な魔道具を持ち込む生徒もいるとか。

 だがアルスは特に使わないらしい。


 まあ、それは俺達も一緒だ。

 大掛かりな仕掛けは使わないし、ロメオもまだまだ実戦投入は遠い。

 だが、モニカが背負ってたバッグの中身を少し確認しただけで、戦闘区画の中に入っていくと、アルスが驚いた顔をした。


「準備はそれでいいのかい?」

「そうだけど?」


 アルスの質問にモニカが不思議そうな声で返した。


「いや、2組の子から”ゴーレム使い”だと聞いていたから」


 なんてこった、もうこんなとこまで話が行っていたか、やはり生徒間のネットワークは結構太いようだ。

 ベスとか結構詳しいもんな。

 アルスは、ゴーレムを使ってくるという情報から、俺達が事前準備で勝負するタイプだと思ったらしい。

 だが、


まだ・・ゴーレムは使えないよ」


 モニカがそう返すと、アルスはキョトンとした表情になった。

 意外と専門外の人は知らないが、ゴーレムスキルを持ってるというだけでは、ゴーレムは作れない。

 俺達もまだそこまでは行っていない。

 というか中等部のゴーレム志望の生徒で、実際にゴーレムが作れる生徒はかなり少ないのだ。


 だが、それとゴーレムスキルで戦えるかは別の話。


 モニカが確認するように戦闘区画の地面に手を置く。

 うん、いい土だ。


「双方! 準備が完了次第、すぐに戦闘区画の中に入れ!」


 立会人の先生のその言葉にアルスが慌てて戦闘区画の中に入り込むと、それと同時に戦闘区画の端を囲むように”結界”が張り巡らされた。

 これでこの戦闘区域は外とは遮断され、限度はあるが中で使った攻撃が外に影響を及ぼすことはなくなる。

 そして続いて、俺達とアルスの体の表面が一瞬薄緑に輝き、体に合わせて変化する薄い結界が2層・・展開されたことを俺が察知した。


 体を覆った結界の表側の結界は、いわば”HP”代わりの結界だ。

 これが相手の攻撃を全て受け、然るべき量のダメージを受けると派手に砕け散る。

 この結界の強度はその者の防御力などを勘案して設定される。

 俺達は一応10段階の3番目、表によるとアルスは6番目の強度の結界が割り当てられていた。

 俺達の方がかなり頑丈だが、普段名乗ってる”将位スキル”の看板があるのでこの査定なのだろう。

 そしてこの戦闘訓練では、相手のこの結界を先に破壊した方が勝者になる。

 他にも”勝利条件”はあるが、派手だし分かりやすいので2組では皆”こっち”狙いだった。

 

 もう一方の結界は本当に生徒の保護のためのもので、とんでもなく頑丈だ。

 なにやらアクリラのシステムと直結してるとの話で、これのお陰で気兼ねなく大技をぶっ放せるという寸法だ。

 まあ、やらないけど【ロケット・キャノン】級の火力だとかなり危ないらしいが・・・ 


 そして戦闘の準備が整ったことを確認すると、モニカとアルスが静かに相手を見つめ合う。


『”将位級制限システム”正常に起動、魔力残量100% 出力リストリクター異常なし』

「・・・ノーマルモード、”デバスアーム”準備」

『”デバスアーム”レディ・・・システムオールグリーン、ステップ1から可能だ』

「・・・システムオールグリーン、ステップ1・・・了解」


 俺達はいつの間にかこの訓練で戦う前に行うようになった”手順”を遂行し、お互いの”作戦”を確認しておく。

 おまじない程度の意味合いだが、これをするだけでかなり初動が良くなるから馬鹿に出来ない。


「両者構え!!」


 立会人の先生がそう言うと、アルスが腰を落として右手をいつでも懐に突っ込めるように構えた。

 その動きから先程まで持っていた”普通”というイメージは、大幅な上方修正を強いられる。

 やはり1組にいる生徒が普通な訳がないと、自分に言い聞かせる。

 一方、モニカは何の驕りも過剰な緊張もない。

 この辺は流石に踏んだ場数が違うな。


「始め!!」


 先生のその言葉と同時に両者が動く。

 アルスは予想通り右手が懐に動き、そこから細長い杖のような魔道具を取り出した。

 杖はスキル保有者を相手するにあたって最も一般的な対策だ。

 スキルの最大の利点はその”速度”と”実効性”であるが、魔力回路を彫り込んだ杖ならば互角の速度が出る。

 さらに状況に合わせて選ぶことで対応力も上回れるので、上手くやればスキル保有者より有利に立ち回れる事もある。

 こちらが”将位スキル”保有者と聞いていたので、それ対策の定石を選んだといったところだろう。


 だがアルスはそこでモニカが取った行動に一瞬戸惑った。


 俺達は戦闘開始の合図と同時に、両手をバッグの中に突っ込み、そこから2本の小さな瓶を取り出すとその”中身”を足元にドボドボとこぼしたのだ。

 一瞬、呆気にとられるアルス。

 だが即座に判断を纏めると、杖から青色の光をこちらに飛ばしてきた。


『敵の攻撃、ジャミング系だと思う!』


 俺のその言葉と同時に、モニカが後ろに向かって軽く飛び退く。


「”マッドウォール”」

 

 そしてその言葉と同時に、今しがた立っていた場所から、巨大な土の壁がせり出して青い光を弾いた。

 これは元々【槍作成】スキルだったものを解体してゴーレムスキルの機能を使って再構成したものだ。

 土を槍状に固める所を弄くり、単純な土壁を作るスキルにした。

 簡単で燃費がよく効果も高いので最近のお気に入りである。

 そしてこの土壁には、この直前にモニカがかけた液体が染み込んでいる。

 

「フロウ!」


 モニカがそう叫ぶと同時に、俺はゴーレムスキルの基本機能の1つを使用した。

 通称、”魔力加工”と呼ばれる工程で、魔力柔軟剤などを使って魔力伝導率を上げた素材を、魔力を使ってゴーレム素材に作り変える。

 魔力伝導率が上がったことで魔力へ親和性が高くなった土が、さらに規則的にコントロールされた俺達の魔力を通すことで、その特性を組み替えていく。

 この工程で作られた”魔力が流れるフロウ土”は、俺達で好きに扱うことができる。

 さらに、


「デバスアーム!」

『デバスアーム・・・開始!』


 その言葉と同時に目の前の大量のフロウが2つに分裂し、その形が複雑に変形していった。

 新たに作られたフロウの頑丈な部分が骨組みと装甲に、魔力伝導率の高い部分が可動部や制御部に別れて形を作っていく。


 現れたのは長さ5mほどの巨大な腕だ。

 それが2本一組、まるで壁から生えた両腕のように伸びていた。

 そしてその両腕は、俺のコントロールによってアルスを捕まえようと高速で動きまわり、あっという間に追い詰めてアルスの体を掴んでしまった。


「!? なんだこれ!?」


 アルスが、驚いた表情で自分を掴んでいる巨大な腕を睨む。

 そしてなんとか脱出しようと藻掻いているようだが、圧倒的な大きさの掌に包まれて身動きができないようだ。


 この”デバスアーム”は”2.0”で予定されている巨大ゴーレムの試験機・・・・の腕。

 まだ作れるのは簡略化した腕だけなのだが・・・

 その正体はピカ研の倉庫で埃をかぶってた初期の巨人ジャイアントゴーレムを、”青写真”として読み込んだもの。

 まあ、これならば今の”制限”で使っても”必要以上”に目立ったりはしないので、ちょうどいい。

 だがそうはいっても、これは正真正銘本物の”8m級巨人ジャイアントゴーレム”の腕。

 アルスがかなり力を入れて藻掻いているがびくともしない。

 予想通り捕まえてしまえばかなりの強度だ。

 2組で出した時は警戒されてて相手を捕まえることができなかったが、1組では俺達への警戒心が薄いからアルスは引っかかったのだろう。

 こうなると哀れだ。

 焦ったアルスが腕の中で様々な魔法をバラ撒いているが、どちらかといえば跳ね返って自分へのダメージになってる気がする。

 中等部の一年だと、まだゴーレムの装甲を破る威力の魔法を持っている生徒は限られる。


 すると腕の破壊を諦めたのか、アルスの目標が”デバスアーム”からモニカ自身に切り替わり、強力な魔法攻撃がいくつか飛んできた。

 どうやら”本体”を攻撃すればこの腕も維持できないと思ったらしい。

 残念、この腕は完全に自立しているので、俺達からの操作無しで形を維持できる。

 だがモニカが余裕を持ってその攻撃を回避すると、今立っていた場所に大きな爆炎が発生し、その威力にモニカの額に冷や汗が浮かぶ。

 これはあぶねえ、やっぱりアルスも1組の生徒か・・・


「そこまで!! 勝者モニカ!!」


 立会人の先生がそう宣言して、今回の戦闘が終了した。

 終了の合図を聞いた俺がデバスアームに魔力を流し元の土に戻すと、そこから不満顔のアルスが滑り落ちる。


 どうやら”勝利条件”の一つを満たしていたらしい。

 相手の結界の破壊以外に一定時間の間、相手を行動不能にするというのも勝利条件に含まれる。

 一定時間足止めできれば他の仲間がとどめを刺せるということらしい。

 魔法士ということもあるのだろうが、こういった風に補助支援系でも勝てる要素は多い。

 そして逆にそういう攻撃に引っかからないことも求められるのだ。


 だが今回はたまたま上手く決まったから良かったが、次からはこんなすぐには捕まえさせてもらえないだろう。

 モニカが周りを見渡すと、試合がなかったり、もう終わった生徒などがこちらの様子をじっと見つめているのが目についた。

 ”初昇進”ということでマッチランクの割に随分とギャラリーが多い。

 モニカがそれを見て気を引き締める。

 1位は狙わないとはいえ、今の”制限”下で20位を狙うのは結構大変だ。

 まあ、1位はたとえ本気で行っても一筋縄じゃないだろうが・・・


 俺は意識を、後方視界の中のこちらをじっと見つめるルーベンに注目させる。

 彼も初めて見るモニカの戦闘が気になるのか、それともいつも横に座る縁で見てくれたのか。

 ログを見るとルーベンの相手は10位とかだったのに、恐ろしい速度で瞬殺すると、その場からじっとこちらの様子を見つめていたのだ。

 その表情に奢りや慢心は全く無い。

 俺は、ルーベンにそこまで真剣に観察される事にちょっといい気分になったと同時に、

 その様子から、あれと戦うのはちょっと勘弁願いたいとも思ったのだった。

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