2-2【学生生活 10:~夏風邪~】
俺達がアクリラにやってきて5週間が過ぎたころ。
モニカが風邪を引いた。
「といっても、細菌は全部俺が殺したんですけどね」
ロザリア先生に俺が状況を報告する。
するとロザリア先生が興味深そうな目でこちらを眺めた。
「疲れが出ちゃったかー」
「出ちゃいましたねー」
答えられないモニカに代わって俺が答える。
なぜ答えられないかは・・・
「アヒャハ・・ヘンキ・・ヘンキベ・・・」
とモニカがこんな具合だからだ。
身体強化のおかげで気分は元気なのだが、細かいところが無茶苦茶になっている。
「なんて言ってるの?」
「さあ・・・たぶん、”大丈夫”とかそんな感じだと思うんですが」
「ヘンピ!・・・ヘンヒ!」
モニカの声は完全に呂律が回ってなかった。
今朝までは何ともなかったのに、今じゃ視界がグラグラに歪んで上下左右の感覚がグチャグチャになっている。
そしてモニカから流れてくる感情も支離滅裂で、俺の使えるリソースもいつもの半分くらいしかない。
完全にやっちまった。
マグヌスとの交渉が終わって約三週。
俺達はこの街での生活にちょうど慣れたところだった。
目立たない様に、使う魔力に制限を掛けているが、それもいい感じに働いている実感がある。
授業に出て魔法を学び、それを活かす方法を学び、ピカ研でゴーレム機械に触れ、休日はルシエラかベスとアクリラの街を巡る。
そんな”当たり前”のアクリラ生の生活を満喫していたのだ。
そして、あれからマグヌスはなんの反応も見せなかった。
おそらく次の交渉に向けて準備をしているだろうとのことだが、具体的な事はよくわからない。
一方、俺達も成長するまで時間稼ぎをしたいという考えもあるし、今はただひたすら静かに過ごしたかったのでそれ自体は歓迎だった。
だがそのせいで緊張感が抜けてしまったのだろう。
今朝、戦闘訓練の授業に出たとき、モニカの顔を見た先生に開口一番「病院に行け」と言われるまで、大量のウイルスや細菌が俺達の体を蝕んでいることに気が付かなかったのだ。
幸いそれらは俺が即座に駆除したが、同時にそれによって知らぬ間に負っていたダメージが火を噴いた。
もちろん、その大部分はあの旅で負ったものだと思われるので、ロザリア先生が言ったように、疲れが出たというのが近いかもしれない。
「調整の方はどうなの? 回数が増えてるとか」
「ログを見る限りはいつもの10倍くらい多いですね、それと変動の幅も多い」
「よくそれで、気が付かなかったわね」
ロザリア先生が呆れた表情でこちらを見つめ、それをバカにされたと思い込んだらしいモニカが言葉にならない声を上げて抗議する。
こりゃ、完全にまともな思考ができてないな・・・
「はいはい、横になってなさい」
そう言ってロザリア先生が、小さな白い魔法陣を纏った指先でモニカの頭を押しながら、俺達が今座っている治療用のベッドの上に押し込めた。
と、同時に治療も行っているようで、ロザリア先生が触っている頭から、何かが抜けていくような気持ちいい感覚を感じていた。
「凄い熱・・・よくこれで動けるわね・・・」
「そんなに酷いんですか?」
「フニャラ!・・・・ヘルヘンテ!・・・ハイハイ!」
「普通の人なら気を失って倒れてるレベルよ、身体強化のゴリ押しで動いてる感じね」
「うわぁ・・・」
なるほど、これが身体強化の”弊害”か。
少々の体調不良は魔力の力でどうとでもなるので、病気が気付かず進行してしまうことがあると授業で聞いてはいた。
中には余命数日レベルの末期の病人でも平気で外を歩いてることもあるらしい。
だが、まさかそれを身をもって体感することになるとは・・・
「体温は把握してるんじゃないの?」
「いや、なんかその辺の感覚が全部おかしくなってて・・・」
「だったら、すぐに来なさいよ」
「すいません・・・」
「ホンホ! ホンエルハイ!!」
モニカ・・・それ絶対適当に言ってるだろ・・・
もう”どうにでもなあれ”といった投げやりな感覚が俺まで漂ってきた。
「あと病原菌の類は殺したみたいだけど、そいつらが持ってる”毒”の類がまだ残ってるわ」
「”毒”?」
「病原菌の中には生きてるときよりも、その死体が出す”毒”の方が危険なものも多いわ、気をつけなさい。 できれば病原菌を殺すだけじゃなく簡単な”解毒魔法”も効果があるわ」
「わかりました」
解毒魔法・・・あ、一応カリュキュラムの中にあるな。
魔力互換の高いやつなんかは予習として後でルシエラに聞いてみよう。
あ、そうだ。
「少し気になったんですけど、俺が気づくまで体の中の細菌が凄い速度で増えてて、全然死んでる痕跡なかったんですけど、そんな事ってあるんですか?」
俺がモニカの中の”殺菌”を行った時に感じた”疑問”について気軽な感じで聞いてみた。
するとその瞬間、ロザリア先生の表情が固まり、ものすごい勢いでいきなり棚から何かの資料をひっつかんでその内容を確かめる。
「確認するけど、とても”寒い所”で生まれ育ったのよね?」
「はい」
ロザリア先生が緊張の篭った声でそう確認し、俺がそう答える。
するとその瞬間、ロザリア先生が手に小さな魔法陣を複数取り出し、それを俺達に
複数の魔法陣は飛んで来る間に列に並び替わり、その先頭の魔法陣が俺達の右腕に衝突する。
その瞬間、刃物で切ったような鋭い痛みが腕に走り、魔法陣が走った形に傷ができてそこから血が飛び出し、それを後続の魔法陣が受け取って保持した。
「イヒャイ!!?」
「痛いわよ」
突然腕に走った痛みにモニカが呻き、ロザリア先生が続いて”遅い注意”の言葉を放つ。
先生、もうすこし、もう少し早く注意をお願いします・・・
幸い腕にできた傷は列に並んだ魔法陣の最後のやつが治していったが、いきなりだったのでかなり驚いた。
そして飛んでいった魔法陣たちはクルクルと回りながら、弧を描いてロザリア先生の手元に収まると、モニカの血を持ってる魔法陣だけがその場に残る。
それをロザリア先生が小さなガラスの容器の中に入れ、そこに手をかざし小声で呪文を唱え始めた。
「・・・クワリエイト・クスタニ・スアルン、ペシプス・クスターム・ヘント・バーリ・・・・」
発生したのは高難度の回路をいくつも含んだ恐ろしいほど複雑な魔法陣で、その中に血の入った瓶を置く。
そして少しして魔法陣の形が変わると、それを見たロザリア先生が頭を抱えた。
「うっかりしてたわね・・・」
「なんですか?」
「”免疫”がないのよ・・・モニカは」
「え!?」
「ヘンメキ?」
ロザリア先生の俺たちの血を見つめる目は、なかなかに深刻なものだった。
「寒い地方はね、寒すぎて菌も生きられないから病気が少ないの、だけど・・・」
「免疫ができないと」
俺がそう言うとロザリア先生がコクリと頷いた。
「あなた達がいたところって、その・・・普通じゃない寒さなんでしょ?」
「まあ、そうですね・・・」
俺はモニカが住んでいたあの氷の大地のことを思い出す。
あそこの寒さは、”寒い”なんてものではない。
気を抜けば一瞬にして全てが凍り、水を掬って投げれば地面に付くまでに凍って粉々になる。
この世界で人が住める寒さの限界とされる地域でさえ、着いたときは暑くて仕方がなかった程だ。
しかも俺が目覚めたのは季節的には”春”に当たり、モニカ曰く”冬”に比べたら天国らしい。
まさに人の住めぬ”極地”である。
だがそれは同時に、病原菌からモニカの体を守ってもいたのだ。
「一応、寒い地方出身だから気にはしていたけど・・・これは本当になんの免疫も持ってない恐れがあるわ、ちょっとまって」
そう言ってロザリア先生が立ち上がると、診察室の後ろの棚に足早に駆け寄って何かを探し始めた。
「それってやばいですか?」
「こんな世界中から人が集まるこの街でよく死なないわねってレベルよ。
おそらくここに来るまでの間にいくつかは免疫はできてるだろうけど、ハッキリするまでは恐ろしいわ、普通なら問題ない菌で死ぬことも考えられる」
うげ、それはこわい。
「まあ、大抵のは今回みたいに身体強化で乗り切るんで大丈夫でしょうけど、それがハッキリするまでは対策を立てさせてもらうわ」
そう言って戻ってきたロザリア先生の手には、謎のお椀のような物が握られていた。
黒い木のような素材に複雑に模様が彫り込んである。
見たことない回路ばかりだが、おそらく何かの魔道具だろう。
「それは?」
「”マスク”よ、免疫の血液検査が終わるまでこれを付けてなさい」
そう言ってモニカの口元にあてがうと、”マスク”が白く発光してガチリと顔の下半分にくっついた。
そのくっつき様はかなりのもので、咄嗟にモニカが外そうとしてもビクともしなかった。
まるで肌と同化しているみたいな密着感だ。
そしてマスクによって塞がれたせいであろうが、一気に呼吸がしづらくなってしまった。
「フガ!? ホガガガ!!」
突然の呼吸難にモニカが驚き暴れる。
そして、ただでさえ呂律の回ってないモニカの声が、マスクでくぐもって遂に完全に理解不能になってしまった。
「ゆっくり、ゆーっくり息を吸いなさい」
ロザリア先生がモニカを落ち着けるように、そう言いながらモニカの頭に手を当てる。
するとその手が白く光り、そこからすっと重いものが取れるように楽になっていった。
「このマスクで外の細菌や埃を遮断できる、免疫検査が終わるまでは付けてなさい」
「ハギオワっ!?」
「私が”良い”と言うまでよ、それまでは実技系の授業は全部キャンセル、あなたのことだから動けると思うけど、帰って寝てなさい」
「ハバラ、ハギオワッ!?」
「大丈夫、なにもないと思うから。 もし何かあってもいくつかワクチンを打てば、来週の頭にはマスクが取れると思うわ、それまで息を荒げちゃダメよ」
「ブガグー!」
どうやらこのマスクはモニカ免疫情報がはっきりするまで、場当たり的に無菌状態を保つためのものらしい。
「ところでこれって取れるんですか?」
「鼻のところに魔力を流せば取れるわ、って!取らないの!」
外し方を聞いて即座に外しにかかったモニカをロザリア先生が手で押しとどめる。
モニカは熱でかなり行動が短絡的になってるな、気をつけないと・・・
「付けるときも鼻のところに流せばいいから、だけど外では絶対外しちゃダメよ!」
「食事は?」
「部屋に運んで食べなさい」
「昼食は?」
「部屋で寝てなさい、ちょうどいいわ、それが取れるまで”ドクターストップ”よ!」
「フンガー・・・」
無慈悲なロザリア先生の宣言にモニカが嘆きの声を上げる。
だが従うほかあるまい、スキル保有者は医者に絶対服従なのだ。
「魔法で解毒はしたから、熱は明日には引くと思うわ。 あとロンなら大丈夫だと思うけれど間違っても身体強化は完全に切らないように、その瞬間気絶して”アウト”よ」
「あ・・・はい」
”アウト”かぁ・・・
俺はその忠告を肝に刻む。
確かに今の意識は魔力で無理やり保たせているフシがある。
これを切れば最悪、俺の意識ごと失いかねん。
気合を入れて維持せねば・・・
だがそれと同時に俺は少し安堵していた。
アクリラに着くまでかなり体に負荷がかかって、着いてからも結局半興奮状態みたいな気分が続いてあまり休めてないのだ。
元々ピスキアで宿屋に縛りつけようかとも思っていたので、正直ちょうどよかったという考えも捨てきれない。
「そのマスクは苦しいと思うけど、あなたを守るものだから我慢しなさい」
「わかりました」
「フヤイ・・・」
ロザリア先生の言葉にモニカも嫌々納得してくれたが、それでも苦しい呼吸をなんとかしようと無意識に手が伸びて、剥がれないマスクを剥がそうと、もがいている。
「それにしても、ルシエラがようやく”ギア”が取れたのに、入れ替わりにあなたがこうなるなんて・・・」
ロザリア先生がそう言って呆れた表情を作った。
それに対してまたモニカが抗議の声を挙げる。
だが俺はそれよりも気になることが、
「ルシエラの”制限”は取れたんですか?」
「午前中の検査でね、終わって魔力使っていいって言ったとき、泣きながら飛んでいったわよ、あの子」
「はは・・・」
その様子は容易に想像できた。
ルシエラのここ数日は、いよいよ魔力を使えないストレスでかなり参っていたのだ。
それでも今度こそ”ドクターストップ”の延長をくらわないように、泣きながら”魔力はダメ”と念仏のように呟いていた。
きっと飛んでいったというのも、比喩でもなんでもなく、本当に魔力で空を飛んでいったのだろう。
「あの子に伝えておいて、”病み上がりなんだからあんまり使うな”って、あと”大出力魔法’系も暫くは禁止だって」
「分かりました」
ロザリ先生の伝言の依頼を俺は快く引き受けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・・あ、モニカ姉様、おかえりなさいませ・・・」
病院に行ったときと同様、モニカの体をロメオの背中にフロウで縛り付けて
今日は彼女は半日で帰ってくるのでこの時間から居ても不思議ではない。
だがよく見れば彼女の飼ってるフクロウのサティも柄にもなく少し疲れた表情をしている。
「フガ、ヘグフギグラ、ヘッボ、ホンガッガ?」
「・・・え? なんですか?」
内容の読み取れないモニカの答えに、ベスが不審そうに聞き返す。
「ヘグフグ・・・フギグラ・・・ヘッボ、ホンガッガ」
「ええ・・・・っと・・・はい」
必殺:とりあえず肯定しとけ
モニカの答えにベスの隠れた必殺技が発動した。
だが、ベスが全然理解していないのは明白で、モニカがそれに憤るようにロメオの背中で身をくねらせる。
ちなみに俺も何言ってるか”まったく”わからない。
感情からして、なんとな~くルシエラ絡みだということは分かるのだが、ただの”だだいま”の挨拶という線も捨てきれない。
そんな”面倒くさい者”の相手をしなければならなくなったベスは、困り果てたような表情を作って固まっている。
流石にこれではベスが可愛そうだと思った俺は、ロメオの背中からフロウを伸ばしてベスの耳元に当てると、そこにスピーカーを作って話すことにした。
「ゴメンなベス、モニカが風邪引いたみたいで、高熱でちょっとおかしくなってるんだ」
「え!? それって大丈夫なんですか?」
「一応処置は済ませたから後は良くなるだけだけど、身体強化を続けてないと耐えられない高熱が出っぱなしだから、ちょっと変な感じなんだ」
俺がそう説明すると同時にロメオへの固定を解く。
すると支えを失ったモニカがどさりと地面に落ちた。
「ヘブッ・・・」
不格好に頭から突っ込んだモニカから情けない声が漏れる。
「モニカ姉様!? 大丈夫ですか!?」
ベスが慌ててモニカに駆け寄る。
「大丈夫、大丈夫、全然痛くないから、マスクもずれてないし、ちょっと平衡感覚がおかしいだけだから」
そう言ってベスを宥めるが、ベスは取り合わない。
「大丈夫じゃないですよねそれ、って、熱っ!?」
地面から起こそうとモニカの体を掴んだベスが、その体温に驚いたような声を出した。
「そんなに熱いか?」
「ロンさんは熱くないんですか!?」
「いや、むしろ寒いっていうか・・・」
「それ絶対、駄目なやつですよね」
「べフゥ・・・ワンフォ」
「ああ、もう、
ベスはそう言うとモニカの体を背負って、家の方に向かって歩き始めた。
俺達を下ろしたロメオは庭の厩の方に戻っていったが、その途中でも心配そうにこちらを見つめている。
ゴメンな、この様子だと数日は”朝稽古”も”夕稽古”もできそうにない。
そう俺は心のなかで謝った。
「ところでベス、”
「部屋に入ればすぐに分かりますよ・・・」
「?」
部屋に入ればすぐに分かるとは・・・
俺はその言葉に含まれる”不吉”な響きに嫌な予感がしていた。
実際、家の中から不吉な物音が・・・・
ガチャリ。
「「「あ・・・・」」」
「おっかえり~!」
部屋に入ってまず目に飛び込んで来たのは、部屋中を埋め尽くす、見たことないほどの量の青い魔法陣と、それによって縦横無尽に動き回る家具と魔道具。
そしてその中心で不気味なほどの笑みを浮かべたルシエラだった。
「ちょ、ちょっと待てルシエラ!」
「なあに?」
「ロザリア先生がまだ大出力魔法は使うなって!」
「こんなの、魔力なんてほとんど使ってないよぉー」
そう言ってニヘラァと笑みを深めるルシエラ。
そうだった。
この人、こういう系の”規格外”だった。
「魔力使ってなくても、この量はまずいって! ってなんでベッドが浮いてんだ!?」
「えへへ~、ちょっと模様替え」
「同じところ行ったり来たりさせてるだけじゃないか」
「だってどっちがいいか迷うんだもん!」
”もん”じゃねえよ。
あかん、完全に久々に使える魔力に舞い上がって幼児化していらっしゃる。
「病院から帰って、ずっとこの調子みたいで、私が帰った時にはもう・・・」
ベスがそう言ってモニカを背負ったまま、遠い目をした。
それを見た俺は心の中でベスに激しく同情する。
もはやこの家は、人語を喋る魔獣の檻の中と一緒だ。
一番幼いのに、そんな所で明らかに調子のおかしい年上の”バケモノ2人”と一緒に住まなきゃいけないとか、どんな罰ゲームだ・・・
「ルシエラ姉様、ベッドをおろしてください、モニカ姉様が熱で倒れ掛かってます」
「ん? あ! どうしたの!?」
モニカがグタリとベスに背負われていることに気がついたルシエラが、慌ててベスに駆け寄りその背中のモニカの様子をうかがった。
「うわ、すごい熱、病院は行った?」
「病院の帰りだ、ロザリア先生によれば寝てれば熱は引くらしい、だが数日は寝てろって言われた」
「それは大変、早く・・・」
その時、突然モニカの手が高速で動き、ルシエラの制服の袖をものすごい力で握りしめた。
「ホゲエラ! ホガ!」
モニカが物凄い形相でルシエラを睨みながら何かを訴える。
「モニカ・・・ちょっと何言ってるかわかんない」
「ホガ! ホガリ! ハガマスガダバス!」
「ロン、モニカはなんて言ってるの?」
「すまん・・・俺にもさっぱりだ」
するとモニカが両手を四角形に動かして何かのアピールを始めた。
ええっと・・・箱・・・箱?
「あ、ルシエラ、箱!」
「箱?」
「そう、ほらルシエラに預けてた箱、モニカの大事なものが入った」
「ああ!」
どうやらモニカは、彼女の”1番大切なもの”が収められた箱の事をアピールしているようで、それに気づいたルシエラがすぐに指で空中に複雑な魔法陣を作り出し、そこに腕を突っ込んだ。
「ええっと、ちょっと待ってね、確かこの辺に・・・」
そう言って異空間の中を何やらゴソゴソと弄りだし、そこから大きな箱を取り出した。
「これでしょ・・・」
とルシエラが言い終わる前に、モニカが物凄い勢いでその箱を引っ掴んで、その衝撃でモニカを抱えていたベスが少しよろめいた。
だがモニカはそんな事はお構いなしとばかりに箱を一度ぎゅっと抱きしめると、その蓋を開けて中身を確認する。
そこには前に見たときと変わらない、恐ろしく複雑で高度な”ゴーレムコア”が2つ並んで緩衝材の毛皮に埋もれていた。
「ボガッダ・・・」
モニカがそう呟くとそっと箱の蓋を閉め、再びその箱を愛おしげに抱きしめた。
モニカの、そのかつて見せたことがないほど安らかな様子を、ルシエラとベスは優しげな表情で見守ってくれた。
それはそれまでの喧騒を全てかき消すような、そんな尊い光景だったのだ。
だが、
「あの・・・」
「どうしたの、ロン?」
「どうしたんですか、ロンさん?」
そんな状況を俺が申し訳ない感じで終わらせた。
だが仕方がない。
「モニカをベッドに乗せてくれない? 安心したのか急に気を失っちゃって・・・」
「「え!?」」
その後、2人の同居人が大慌てで寝床に運びモニカを寝かせてくれた。
その様子はおそらく今日1番騒がしいものではあったと思うが、一方のモニカは熱に侵されているとは思えないほど安らかで、
その腕の中にはしっかりと大きな箱が抱きしめられていた。
「これは取れないですね」
「害も無さそうだから、このままにしときましょ」
2人はそう言って箱をそのままにしてくれた。
そしてモニカは意識のない中で、まるで本能のように腕の中の箱の硬い感触を確かめたのだった。
翌週、俺達のドクターストップは無事に明けることができ、特に深刻な免疫問題も見つからなかった。
だがそれでも幾つかの伝染病の予防接種のために、これから毎週の”スキル調整”の度に”注射”を行う事になり、そのことでモニカがかなり憂鬱になっていたことを追記する。
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