2-2【学生生活 8:~”気付き”~】
交渉の席で、モニカが目の前に座る”黒衣の人物”を見つめる。
その衣装のせいでハッキリと認識できないが、モニカが顔を見ようと睨みつけると、まるで慄くように身を引いた。
こいつ・・・弱いな。
ブラフかも知れないけど、全く強そうには見えない。
本当に”お飾り”なのだろう。
打ち合わせで聞いていた通り、交渉権を持っているだけの下級役人といったところか。
となると、
『どうやら相手は、今回は本当に”様子見”かもしれないな』
これはまずったな・・・
もしそうならノコノコ俺たちが出てきただけで、相手は”1ポイント”先制だ。
だがサンドラ先生の表情は余裕を保ったまま。
上っ面だけかもしれないが、今はそれを信じるしかない。
そしてその顔で俺達を見つめ、”こちらの最初の要求”の確認を行った。
モニカから俺にどう思うかを問う感情が流れてくる。
『行くしか無いだろう、相手のカードに少し面食らったが、大筋では予定通りだ』
俺のその言葉と同時にモニカが軽くうなずく。
そして、ポニーテイルの髪留めのフロウを”1”の形に少しだけ変形させた。
これは相手からは見えないサインだ。
そしてそれを見たサンドラ先生が頷きで返す。
「それではこちらの要求を、今回の件に関して”全ての情報の公表”を求めます」
サンドラ先生がその”要求”を相手に伝えると、相手の商人の笑みが深まった。
要約すれば”騒ぎ立てる気はない”である。
ここで気をつけなくてはいけないのが、間違っても”俺達の生存権”をテーブルに乗せてはいけないということだ。
ここでの要求はすなわち”カードの放棄”による、相手への”配慮の表明”である。
そんな状態なので、命を乗せた瞬間この交渉自体が破綻してしまう。
あえてそういう手を選ぶ事もあるらしいが、この流れでやることではないだろう。
だが相手の様子を見る限り、この”宣言”は予想内だったようだ。
”両者のカード”は机の上に乗った。
どちらも字面上は受け入れられるものではなく、
後はそれをどう捉えるか。
交渉の内容は次に、なぜその要求を求めるかの”説明”に入っていった。
だがこれも要求同様、字面には大きな意味はない。
その要求がなされなければいけない”理由”というのは、すなわちその”理由”さえ担保できれば要求は求めなくてもいいという話だ。
つまりそれに触れなければ直ちに問題にはならないのである。
要は少なくとも交渉の間は、”これだけはするな”という念押しである。
それを踏まえて今の状況を見てみよう。
「そこの者が生きているだけで持つ”秘密情報”は、それだけで非常に危険な”火種”になりうる。 それを3大国の中間に位置するアクリラで扱うとは・・・」
『つまり情報の秘匿の徹底を改めて求めているわけだな、特に他の2大国に対しては厳重に』
俺の説明にモニカから納得の感情が返ってくる。
これは完全に予想内のものだった。
対してこちらは。
「情報が正しく公表され、その秘匿の価値を下げなければ、我々の安全は保証されません。
それも2大国の認知下で行われるのが望ましい」
『とにかく俺達の安全を保証しろってことだな。 2大国の名を出したのは、少し脅迫的な含みだろう。 ”信用してないぞ” という意味でもある』
この交渉の前提として、俺達が有利な状況にあるということが挙げられる。
既にアクリラという治外法権の中にいて、相手は公になるのを恐れているため、俺達が無視を決め込んで、いざとなったら”バラすぞ”でどうにでもなるのだ。
一方、求めるものはこちらの方が難しい。
向こうの方が強大で、なおかつ”消す”方が簡単な中、”安心と安全”を確保しなければならないからだ。
なので完全に強気に出るわけにも行かず、その塩梅に気を使わなければならない。
だがこれで、おおよそお互いの求めているものが予想の範疇に合ったことが分かった。
この交渉の”とりあえず”の目的は果たしたことになる。
あとはお互いどれだけ相手から材料を搾り取れるかだが、それは交渉人の腕次第。
先に動いたのは”向こう”だった。
「その”条件”を受け入れるわけにはいけません、この”件”を公表する事ができないのはご理解いただけるでしょう?」
「理解を求めるのならば、そちらも常識的な要求をなさってはいかがでしょうか?」
相手は、こちら側が自分たちの事を理解できる立場だろうと言っている、つまりお前は”アクリラの視点”だろうと。
だがサンドラ先生は冷静に”俺達の視点”で切り返した。
『相手の狙いは、こちらの分断作戦だと思う』
名目上はこの交渉の席においては、俺達とアクリラは対等な協力関係である。
だが、実際に交渉を行うのはアクリラだ。
なので相手はこちらの関係に
相手は俺達に対してアクリラが信用出来ないと思わせたいのだ。
なので俺達の行動は唯一つ。
相手の”お飾り”の公証人に対する威嚇である。
「ウー・・・・グルグル・・・」
「・・・・ヒッ・・」
モニカの、まるで獣のような低い唸り声に相手が小さく悲鳴を上げる。
本物の獣を手本にしてるだけあってなかなか堂に入ったものだ。
1つ席を空けたところで”本物”の交渉人達が、上っ面を舐め合うような高等戦術を駆使している中、こちらはこちらでお飾り同士の戦いを繰り広げていた。
といってもひたすら俺達が”怒ってるよ!”アピールをしているだけだが、これも重要な牽制である。
だが相手は、いくらなんでもお飾りが過ぎるのではないか?
それとも破綻することが殆ど決定している交渉だからこれでいいのか。
「そもそもアクリラが”これ”を匿う理由はなんですか?」
「それはアクリラに”公文書”で質問してください、”公報”にて回答いたします」
「国の所属機関であるアクリラが、国の意向に反する行為を行う問題点を理解しておられるのか?」
「それは”我々”の考慮するところではありません」
交渉人達は相変わらず今回の交渉の主導権についてやりあってる。
気を付けないといけないのは、相手の言動はアクリラを相手にしているようで、実は俺たちへ向けられているということ。
『アラン先生、どんな感じですか?』
俺がアラン先生に問いかける。
彼はこちらの考えを読めるので状況を一番把握している筈だ。
『うむ、予定通りにはいっておるが・・・少し妙だな』
『妙?』
その言葉で、モニカがちらりと目線を交渉人の方に向けようとして、慌てて俺が指摘して止めた。
『予想以上にアクリラ自体への交渉の動きが強い、サンドラ先生によれば最初にお前さんらの”即時の死”のカードを外したのがその証拠だそうだ。
つまりアクリラにとってみれば、お前さんらの”生死”は”最悪の条件”には関わってこないという考えであるな』
『
俺が冗談交じりにそう言うと、モニカの体が僅かに身じろぐ。
『アクリラを舐めるでない。 それにこれはあくまで”表向き”の話だ、狙いはお前さんらがアクリラに不信を抱くように誘導する為であろう』
『やっぱりそうですか。 サンドラ先生が、しきりに俺達との交渉を強調しているのもそれを回避するため?』
『そうだの・・・だがこやつら、この交渉にそれほど本気で来ておらん』
『本気でない? じゃあ見逃してくれるってことですか?』
『そうではないだろう、そこの貴族は情報の開示を嫌がっておるからな、そなた等への死の要求もそやつだけは本気だ』
死の要求が本気と聞いて、モニカの目にわずかに殺気が籠もる。
それに対して、モザイクのような靄の向こうで身を縮めたのを感じた。
それにしてもこの人物は本当に認識しづらいな。
『この人は結局何なんですか? 彼だけが考えが違う?』
『ここに座るというからには、公文書の魔力認証権を持った役人であろう。 だが国の意向を持っているとは思えんのう』
『つまりは・・・本当の意味で”お飾り”ってことですか?』
『少なくともあちら側は、今回の交渉で終わらせる気は全く無いようだな』
『となると・・・相手の目的は?』
『ふむ、少し待て・・・』
アラン先生がそう言い残すと、”会話”が一旦そこで中断された。
頭の中の声が無くなると、途端に”実際の会話”の音量が上がったような錯覚に陥り、モニカがそれにつられて横の方にチラチラと目線を送る。
すると何回か相手の”商人の交渉人”と目が合い、その度に慌ててモニカが目を逸らすのだが、またついつい視線が向いてしまうということが続いた。
「・・・我が国の安全保障に関わる。 ”大戦争”の悪夢を回避するために何をすべきか・・・」
「・・・それはそちらの都合でしょ? 我々が到底看過できるものでは・・・」
交渉では相変わらず、中身の伴わないやり取りが続いている。
一応これも”定石”の範疇なのだが、すでに”まとめ”の段階に向かっていた。
すなわち破綻である。
元々最初の交渉では”最初の要求”以外の提案は何もしない。
最初の要求は、すなわち望んでいない要素だし、相手の要求も当然飲めない要素である。
その時、俺達の中にサンドラ先生との確認を終えたアラン先生の声がまた戻ってきた。
『サンドラ先生によると、やはり相手の動きはおかしいようだ』
『ということは?』
『今回は早めに”切る”』
『大丈夫ですか?』
モニカからも俺に同意する感情が流れる。
『こ奴らの狙いは、観察にあるかもしれんとのことだ、だとすれば長引かせるのはそれだけで不利になる』
『モニカはどう思う?』
俺の問いに対し、モニカから同意の感情が流れる。
『なるほど、モニカもロンも”切る”ということでよいようだな』
『なんか、アラン先生がモニカの心の声聞けると、俺の立場が・・・・』
『ではその方向で、サンドラ先生に伝えよう』
その言葉を最後に2回目のアラン先生との”相談”は終了し、アラン先生は次の展開についての調整についてこの場にいる者たちとの打ち合わせに向かった。
この間、席上の彼は依然として圧倒的な存在感を醸し出し続けているから流石である。
だがそれを見るとなんというか、完全に俺の仕事をとられたかのような気分になってしまう。
せめてモニカの心の声を聞けるようになれば、もう少しそれらしくできるんだが・・・
おっと、そんなことを言っている場合ではない。
破綻する交渉においては”切り時”はかなりの緊張が予想される。
殆ど喧嘩別れに近いことも想定されているからだ。
そしてその判断はサンドラ先生に任されている。
俺達は心の中で出来るだけ”穏便な手段”を選んでくれと念じながら、”結果”が出るのを待つ。
だが状況はそれを許してはくれなかった。
『サンドラ先生との打ち合わせが終わった。 ”9”で行くそうだ』
その言葉でモニカが今日一番緊張の度合いを深めた。
『・・・本気ですか?』
思わず俺がそう聞き返す。
”9”ってのは、別にやり方が9通りあるから”9”なのではない。
絶対間違えちゃいけないから、他と離して大きめの数字を割り当ててるだけだ。
つまりそれだけ”物騒”な方法なのである。
『本当に俺達が暴れるんですか?』
『正確には暴れる”フリ”であるな、サンドラ先生によると、今後のためにお前さん等の力をある程度”意識”させておきたいそうだ』
『意識?』
『どうもお前さん等への意識が薄いらしい。 まずお前さん等が”敵対的”であるという情報を与えた方が良いということだ』
なるほど、そう言われてはどうしようもない。
『モニカ・・・残念だがやるぞ』
これも俺達のためだ。
大丈夫、後ろには先生達がついてるしアラン先生もいる・・・危険はない。
俺は自分にそう言い聞かせて、”準備”を始めた。
「・・・・はぁ・・・」
するとモニカが諦めたように息を一つ吐き、覚悟を決めるように心を落ち着かせる。
そして目の前の相手の”目”をハッキリと睨んだ。
「!!?」
認識阻害で見えないはずの目を睨まれた黒衣の人物は、突然モニカから立ち上った殺気に声にならない悲鳴を上げた。
と、同時に俺が俺達の体のすぐ上に大量の魔力を発生させて固める。
俺たちのすぐ頭上には、真っ黒で大きな魔力溜まりが出来ていた。
ここまではもうこなれたものだ。
「さっきから聞いてれば・・・私を殺すだの、情報を隠すだの・・・」
そしてモニカが打ち合わせ通り、”怒ってる演技”を始める。
「都合の良いことばかり並べて・・・」
モニカの演技はかなり気合が入っていた。
あれ、演技だよね? なんか怒りの感情が流れて・・・
「いったい・・・”私”を、
その言葉と同時に俺達の上に渦巻く魔力が、不穏な音を立てて変形し、次第にその密度が急上昇を始めた。
相手の護衛の兵士達がそれを見て目を見開く。
既に、俺達の頭上には彼等を足した合計よりも多くの魔力が浮かんでいたのだ。
”エリート”相手には見掛け倒しもいいところだが、それでも脅しにはなっているだろう。
現にもう既に全員が戦闘態勢に移っていた。
「”私” が ”何”か分かってないなら、教えてあげる・・・・」
次の瞬間。
本当にその”一瞬”で全ての動きが終了した。
まずモニカの言葉と同時に俺が手筈通り、相手の交渉人2人に向かって頭上の魔力溜まりを高速でぶつけにかかる。
おそらく戦闘に関して全くの素人であろう交渉人の2人とサンドラ先生の3人は、それに全く反応できない。
だが他の”全員”は違った。
まず予想通り、俺達の攻撃は目標の目の前に突如発生した赤色の魔法陣によって阻まれる。
相手の”エリート”魔法士が防御に掛かったのだ。
と、同時にもう一人の兵士のリーダー的人物が恐ろしい速度で交渉人2人の間に割って入り、守るために椅子ごと後ろに向かって引きずり倒す。
そして残った1人の剣士が机の上を駆け抜けると、サンドラ先生に向かって剣を魔力で発光させながら突きつけようとした。
超高密度の魔力の光を放つその剣は、恐ろしい速度でサンドラ先生を引き裂こうと繰り出される。
だがその剣先はクレイトス先生の作り出した黄色い大きな魔法陣によって阻まれ、届くことはなかった。
見れば剣は強大な魔力のぶつかり合いに負けたのかグチャグチャに曲がっている。
それでその剣士は諦めることはなく、魔力で出来た光の腕のようなものが脇腹から飛び出してもう一本の剣を掴んで引き抜くと、
即座に僅かに後ろに飛び退きながら、ちょうど目の前に来た新たな剣を掴み、今度はなんと俺達の方に向かって飛び込んできたのだ。
そこには本気の殺気が籠もっていた。
やはり狙える流れなら俺達を狙うのか。
目の前に恐ろしいほどの速度で光の剣が迫る。
思考加速のお陰でなんとか反応可能ではあるが、俺達はあえて”何もしない”。
モニカはしっかりとした表情でその剣士を目で追いながらも、毅然とした態度を崩さなかった。
だが心の中は恐怖でいっぱいで、その一部が俺の方まで流れ込んでくる。
それでも”先生達”を信じて、何もしなかった。
そして光の剣が俺達の俺達の頭を捉える刹那・・・・その剣が半ばから真っ二つに切り飛ばされた。
その光景にその剣士とモニカの目が驚愕に染まり、剣を切った存在が流れるような動きで剣士の首元に突きつけられる。
驚いたことにそれは多量の魔力を纏う”ペン”だった。
そしてもっと驚いたことにそれを持っていたのは、なんとスコット先生だったのだ。
剣士が首に突きつけられた”ペン”に目を見開くと、その僅かな隙を見逃さなかったスコット先生がまるで踊りのようになめらかな動きで、その剣士を机の上に叩きつけた。
だがそこに魔法士の放った攻撃魔法が殺到する。
しかしそれをスコット先生はまるで踊るように躱しながら、同時に手に持った”ペン”で切り落としていく。
魔法ってペンで切れるんだな・・・という感想を持ったのは、かなり後になってのこと。
今はただ、スコット先生の動きに圧倒されていた。
両足の義足すら彼の動きを詐害せず、まるでそれが”強み”であるかのように変則的な動きを作り出している。
そして3人の”エリート”達は、結局スコット先生を突破することができずに終わった。
「『そこまで!!』」
戦闘はアラン先生のその一言で終結した。
その場に居た全員がその場で凍りついた。
アラン先生が”世界からの保護”を使ったのだ。
これによりその場にいた全員が指一本動かすこともできずに固まる。
それは高度な訓練を積んだ者でも変わらないらしい。
相手の兵士3人がその場で苦々しげに、白の精霊を睨み、こちら方の教師陣も顔色が悪い。
「『これ以上続けないほうが良いでしょう、今回は”ここまで”ということでどうかな?』」
その言葉にその場の全員が緊張を深める。
だが驚いたことに2人の本物の交渉人は、額に冷や汗が浮かんでるものの、顔に張り付いた作り笑いは崩していなかった。
そしてしばらくその状態が続き、双方の熱がなくなったところでアラン先生が”保護”を解除した。
その瞬間、体の中にどっと暖かさが戻ってきたような錯覚を起こす。
幸いなことに、相手は動けるようになってすぐ攻撃してくるようなことはなかった。
だがリーダー格の一人は2人の交渉人を守りながら、油断のない表情でこちらに警戒の視線を送ってきた。
そしてその手の後ろで、相手の交渉人がアラン先生の言葉に答える。
「そのようですね、残念です。 次はちゃんと交渉できることを願っていますよ」
そう言うと指を2回鳴らし兵士達に合図を送る。
そしてその合図で兵士たちと一緒にゆっくりと出口に向かって移動を始めた。
だが剣士だけは机に押さえつけられていて動けない。
それに気づいたスコット先生が抑えていた義足をどけ、引きをこそうと手を伸ばした。
「いい剣筋だった」
そのついでにスコット先生が剣士に向かってそう言う。
ペンで圧倒しておいてそのセリフかよと思ったが、意外にも剣士の方は満更でもない感じだ。
「さすがでした」
と、ちょっと嬉しそうな表情でスコット先生の手を取ったのだ。
「剣を切ってしまって、すまなかった」
「いえ、天下のスコット・グレンに切られたのなら剣も誉れでしょう。 でも、次は剣で切られたいですが・・・」
その剣士は嬉しそうな表情で繋いだ手に力を込め、満足したのか折れた切っ先を拾って出口に向かって歩いていった。
一方のスコット先生は少々居心地悪そうに手に持ったペンを見つめている。
結局打ち合わせでクレイトス先生が持ってきた剣は抜くことはなかったが、まさか”ペン”でここまで戦えるとは・・・
改めて確認しても金属製の製図用ではあるが、それ以外は普通のペンであった。
そして今の”やり取り”の真ん中にいた黒衣の人物は、恐怖に震えリーダー格の兵士にしがみつく様に隠れながら、逃げるように扉の外へと飛び出していく。
結局、この人物も一体何のためにここに来たのかよく分からずじまいだったな。
そして遅れて出口に向かった剣士と同時に、”本物の交渉人”の方も扉の向こう側に後ろ向きに躍り出た。
「それでは皆様、また次の機会にお会いしましょう。 お見送りは結構、来たときと同様、我が国の駐屯地から帰りますので」
最後に相手の交渉人がそう言って大仰に一礼すると、そのままこの部屋の扉に手をかける。
そしてパタンという音を残して扉が閉まり、残された俺達の中にしばし気まずい空気が流れた。
これもお互い承知の上とはいえ、やはり追い出す形になったのはバツが悪い。
だが何事も例外がいるようで、
「随分と機嫌良く帰られましたね」
とサンドラ先生がなんでもないようにそう言い、周囲の驚いた目がそちらに集中する。
「あれでか?」
スコット先生が机の上に立ったまま、そう言った。
「ええ、本当はもっと喧嘩腰に別れるつもりだったのですが・・・・はて・・・」
そのまま顎に手を当てて考え始めたサンドラ先生に、スコット先生が呆れたように頭を振り、視線をこちらに向けた。
「モニカ・・・
あ、スコット先生。
全然平気じゃないです。
その時、俺達の中は嵐のように激しくのたうち回る感情に支配されていた。
まるで感情の暴風と凪を繰り返し、痛みすら感じるほど熱く燃えような思考に、自分の意識を保つ事すら困難だったのだ。
『モニカ』
俺が呼びかける。
だが反応がない。
『モニカ!!』
俺が強く呼びかけると、ようやくそこで感情の嵐の勢いが少し収まり、正常な思考が帰ってきた。
「・・・ロン?」
『モニカ、大丈夫か?』
「なんか・・・熱い」
そう言ってモニカが制服の胸元を掴んで広げ、空気を入れようとパタパタと動かした。
『怒ってたもんな、ビックリしたぞ』
さっきのは演技以上に本気の怒りが混じっていた。
てっきりモニカはそれほど怒ってないと思ってないと思ってた俺は、それに大きく驚かされ、己の認識の甘さを痛感していた。
だが、
「怒ってた?」
『ああ・・・そうだな』
「怒ってたんだ・・・」
モニカがつぶやくようにそう言って、周囲を見回した。
すると心配そうにこちらを見つめる先生たちと目が合った。
皆一様にモニカの様子に驚いている。
それほどまでに・・・”怒り”の表情が張り付いて取れなかったのだ。
「・・・怒ってたんだ」
最後に零れ出たその言葉は、殆ど熱を残してはいなかった。
だが同時に、俺が混乱するほど多くの感情を持った言葉だったのは間違いない。
そしてそれは、本当に
もちろん、それはモニカ本人も含めて誰も分からないだろう。
ただ、これが俺が初めて聞いた、モニカの”本当の声”だったのかもしれないと、その時俺は思ったのだった。
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