2-2【学生生活 7:~交渉準備~】



 マグヌスの交渉人との交渉は、夕方からと決まった。

 俺達の護衛として立ち会うクレイトス先生とクワシ先生の2人と、自らそれを希望したスコット先生の都合の良い時間が他になかったのだ。

 なので全員が集合するまで、俺達は交渉に使う商館に近い古い研究室の一つで待つことになる。

 朝からなのでほぼ半日だ。


 だがその間、ずっと座して待っていたわけではない。

 実際に相手と応対する交渉人と、これから行われる”交渉”においての”準備”と”打ち合わせ”を行う事になっていた。


「おはよう、今日はよろしくね」


 少し軽薄そうな笑みを浮かべた中年の女性が、そう言って握手を求めてきた。


「こちらこそ・・・よろしくおねがいします」


 そう言って、モニカが握手を返す。

 彼女が今回の交渉において実際に相手とやり取りを行う”交渉人”だ。

 俺達は”喋り”と”約束”の戦いは完全に素人である。

 直接戦えば、間違いなく碌なことにならない。

 なのでこちらも”プロ”を立てる事になったのだ。


「『彼女は”商人学校”の方で教師をやってもらっておる』」


 アラン先生がその女性を俺達に紹介し、それに合わせるようにその女性が一礼した。


「ご紹介に預かりましたサンドラ・メローですわ、モニカ・・・・”ロン”」

「やっぱり俺のことも聞いているか」


 俺がそれを”スピーカー”で発すると、サンドラ先生の目が少し驚いたものになる。


「”ウルスラ”とは話し方が違うんですね」

「ウルスラがどんな話し方かは知らないが、俺はこれ以外方法がない」


 俺がそう答えるとサンドラ先生がニッコリと微笑む。

 だがそれよりも気になるのが・・・


「安心してください、”魔法契約”の規定に則って情報を開示されましたので、秘密は守られておりますわ」


 あ、先に答えられてしまった。

 秘密の漏洩に関して、俺が疑問を持った途端これだ。 

 どうやら言葉尻に籠もった俺の疑念を察知されたらしい。


「ということは・・・先生も”魔法契約”を?」


 モニカが少し恐ろしげにサンドラ先生に問いかける。

 だがサンドラ先生はそれに対して微笑みを深めるだけだった。


「この街の教師は、大変な秘密をいくつも抱えています。 特に商人学校の先生をしていれば魔法契約くらい、なんてこと無いものですよ」

「・・・そうなの」


 モニカがそう言って目を伏せる。

 やはり少し”トラウマ化”しているか・・・


「ウルスラはどんな風に喋るんですか? というかガブリエラに会ったことが?」


 空気を変えるために俺が話題を変える。


「私は魔法・商人学校問わず、生徒の”ゴタゴタ”を纒めてきました、その関係で彼女と会った事もあります」

「ゴタゴタ?」

「ここに来る者の中には、あなたの様に他で追われている者も珍しくありません。 その話をつけたり、その者が穏便に過ごせるように取り計らうのも私の仕事です」

「まさに、今回みたいな状況か」

「そうなりますね」


 俺の結論にサンドラ先生が頷いて肯定する。


「ガブリエラのウルスラはどんな話し方なの?」

「頭の中に直接話してきましたね、それと・・・ロンよりも声の抑揚が少なかったと思います」


 なるほど、いつも俺がモニカにやってるやつを他人にも使えるようにした感じか。

 でも、どうやるんだろうか?

 俺にもできるかな?


 そんな事を考えていると、サンドラ先生がポンと一つ手を叩いて合図を送ってきた。


「さて挨拶はこの辺にして・・・準備を始めましょうか」

「準備?」

「サンドラ先生が直接交渉するんですよね?」


 俺達がそれぞれ疑問をぶつけると、サンドラ先生の表情が間違いの解答を見た教師のものになる。


「そんな認識では駄目です! ”交渉の席に座る”ということは、あなたも交渉の一部になるということです。

 たとえ座っているだけでも、その意識がなければ簡単に相手に飲まれてしまいますよ」

「あ・・・はい」

「すいません・・・」


 サンドラ先生の注意に俺達がタジタジになってしまった。

 するとそれを見たサンドラ先生の表情が少し和らぐ。


「ではまず、今回の交渉における相手の”狙い”について、摺り合わせを行いましょう」


 その言葉で今日の打ち合わせが始まった。




 交渉の準備は多岐にわたった。

 相手の”狙い”、こちらの”狙い”、妥協できるポイント、妥協できないポイント。

 想定される交渉の流れと、その中での俺達の立ち位置の確認。

 それと、ただ真顔で座っているというだけでも、かなりの”作法”があるらしい。


 サンドラ先生は特に相手の言葉に俺達が左右されないことを求めてきた。

 何に反応するかを見られるだけでも、結構不利な材料になりうるのだという。


「なので、わざとらしい笑みを浮かべてください」


 そう言って手本とばかりにサンドラ先生が胡散臭気な笑みを浮かべた。

 この胡散臭いのも、相手に心を読ませないための工夫らしい。

 だが、モニカはなかなかうまく”わざとらしい笑み”を作ることが出来ずにいた。

 長い間”野生の世界”に居たので、それに必要な技能が身についていなかったのだ。

 どうしようかと困り果てる俺達、だがそれに対してサンドラ先生は、


「では相手を睨みつけてください、睨み殺すくらいのつもりで」

「いいの?」

「それで大丈夫なのか?」


 下手に心象を悪くすれば交渉にも響くだろう、そんな意図を込めて言ったのだが、


「大丈夫です、元々こちらからしたら敵対的な交渉ですし、こちらの機微がわかるよりよっぽど良い」


 そんなものなのか。

 どうやらこの人は、何よりも考えを読まれることを嫌っているらしい。

 

「でもそれなら、こっちが有利だよね」


 モニカがそんな期待の篭った目をアラン先生に向ける。

 たしかに彼なら相手の心を読めるはずだ、それはかなり強力な”武器”になる。

 だが、


「『残念だが・・・そこまで便利ではない・・・』」


 アラン先生のその言葉は予想外のものだった。


「『私が聞くことが出来るのは、私を”受け入れてくれている者”の声だけなのだ』」

「アラン先生を・・・受け入れている?」

「『君達は私を受け入れてくれている、だがそれでも時々は聞こえない。 なので相手の心を読むのは望まんでくれ』」


 そんな問題が・・・


「『元々これは私を護るための”機能”だ、故に”悪意”を読み取るのは、その”意図”から外れてしまう。 悪意は精霊を”汚染”しうるからな』」


 アラン先生がそう言って気まずそうに目を伏せた。

 だがそれに対してサンドラ先生が意外なことを言った。


「相手の心を読む必要はありません、”フェア”ではありませんから」

「・・・フェア?」

「公平だと、何かいいのか?」

「ロン・・・あなたは一方的に自分の心を読むような”敵”と話したいと思いますか?」

「いや・・・」


 話したい訳がない。


「例え、それを告げなくともそれは伝わってしまうでしょう。 一度バレれば交渉の余地はなくなります。

 交渉する気があるのなら、同じ目線に立たねばなりません」

「同じ目線?」


 モニカが問う。


「話し合いで何かを得るには・・・まず、話し合わねば」


 そう言って、サンドラ先生が作り物ではない表情でニコリと笑った。




 それから更に時間が経ち、俺達がおやつの時間に遅めの軽い昼食を取っていると、クワシ先生とクレイトス先生がやってきた。

 今日は彼等は一緒に授業を行っているので、ここにも一緒に来たらしい。

 ”肉体派”の2人が狭い部屋に揃うと、急に暑苦しくなるから不思議だ。


 そしてそれから殆ど間を置かずしてもう一人の”同席者”が到着する。


「スコット先生!」


 モニカの安心した声が部屋に響き、モニカが俺達の先生の下へと駆け寄った。


「遅れて失礼、授業で生徒から質問されてね」

「『いや、それほど待ってはおらぬよ、ほぼ時間通りだ』」

「そう言ってもらって感謝します・・・モニカ、本当に会うのか?」


 スコット先生がそう言ってこちらに顔を向けた。


「相手の顔をちゃんと見ておきたい」

「俺も同意見だ」


 俺達がそう言うと、スコット先生の顔に諦めに似た納得の色が浮かぶ。

 彼もルシエラと同じように出来るなら出席してほしくはないが、出席したいという俺達の意見は尊重するという考えのようだ。


「スコット先生は何で?」

「”君の敵”は、”私の敵”だ、自分の生徒の危機を後ろから眺めているわけにはいくまい」


 そう言って俺達の頭を軽く撫でる。


「それにちょうど、帰りにピカティニ研究所に寄ろうとも考えていたからな、君もいくだろう?」

「うん」


 スコット先生が言ったのは、以前ベル先輩から伝えるように言われた案件の事だ。

 なんでもスコット先生がピカティ研究所に何かの制作を依頼していたらしい。

 内容は見るまで教えてくれないとのことだったので、これで今日の楽しみができた。


「”全員”揃ったようですね」


 俺達の様子を見ていたサンドラ先生がそう言うと、部屋の中の空気が引き締まり、全員の目が真剣なものに変わった。


「『では、参ろうか』」


 そのアラン先生の言葉を合図に、その場に居た全員が立ち上がり、出口へと向かって歩き始めた。


 だがその流れが途中で止まる。

 何事かと思ってそちらへ意識を向けると、そこでクレイトス先生がスコット先生を押し止めている光景が目に入ってきた。


「剣はどうしたスコット」

 

 そしてクレイトス先生が厳しい表情で見つめ、どこから持ってきたのか細身の剣をスコット先生の胸に突きつける。

 だがそれをスコット先生は払いのけると、心底嫌そうな目をクレイトス先生に向けた。


「剣はもう持たない、そう”誓った”」

「”エリート”3人相手に”足手まとい”はゴメンだぞ」

「”たかがエリート”3人だろ? 資格以外に語ることのない”エリート”なんぞに、何を怯える?」

「そんなことを言えるのは、”魔導剣士スコット・グレン”だ、”天文学者のスコット”ではない」


 教師2人の険悪な空気にモニカが気圧され、俺は緊張で体が強張るのを感じた。

 それにしてもスコット先生は強いと感じてはいたが、まさか”たかがエリート”などと自然に言ってのける程とは思わなかった。

 だがそれも”万全”なスコット先生に限定されるようではあるが・・・


「剣は持たぬ・・・だが遅れは取らぬさ」

「なら剣は私が持つ」

「それでは君の手が塞がる!」


 スコット先生が憤慨したようにそう言った。


「なら”その時”はお前がこの剣を抜け、お前の生徒を守るために」


 クレイトス先生のその言葉にスコット先生も流石に黙り込んでしまった。

 そして諦めたように一つ息を吐くと、クレイトス先生の持っている細い剣に軽く触れようとして、その直前で手を止めた。


「もっと”太い剣”はなかったのか? それにずいぶん作りが雑だ、これじゃ”剣”とはいえない」

「なら気兼ねなく抜けるだろ?」


 クレイトス先生がそう言ってニヤリと笑う。


「これは一本取られましたな」


 そのやり取りを見たサンドラ先生が、面白そうにそう言い、スコット先生がバツの悪い表情になる。





 交渉の会場となった商館の一室には、聞いていた通り5人の人物が先に来て待っていた。

 人間国家のマグヌスからの使者なので当たり前だが、全員”完全に人間”だ。

 そのことに何故か妙な新鮮感を覚えるのは、この街に慣れてきた証拠だろうか。


 5人の内、3人は青い模様の入った鎧を着た兵士。

 一般的な”国軍”の衣装だが、おそらく1人は魔法士で剣士が一人、もうひとりはよく分からなかったが、高度な魔法も難なく使えそうな雰囲気はあった。

 そして当たり前だが3人共一目見ただけで分かるほど強い。

 ”エリート”資格持ちというのは本当のようで、その胸には特徴的な’’エリート”と書かれた金バッジが輝いている。

 ”エリート”にあまり良い思い出がない俺達は、それだけで軽く身構えてしまう。

 

 そして残る2人は全く武装をしていない。

 片方は黒いフード付きのヴェールのようなものを被った顔のよく見えない人物。

 なぜだろうか、モニカが不審がって目を凝らしても輪郭が僅かに認識できる程度しか分からなかった。

 視覚記録を見返しても、モザイクが掛かったようにボケているので、なにかの仕掛けがあるのだろう。

 おそらく着ている服が魔道具か何かだ。


 そして、もう片方はよくある商人の格好をした胡散臭そうな人物。

 間違いなく、こっちが実際に交渉を行う人物であることはすぐに分かった。

 安っぽい笑みと小物の雰囲気を湛えているので騙されそうになるが、俺達は先に”レクチャー”を受けていたので、それが作りものであることを理解していた。

 むしろこの場においても余裕を崩していないことからして、なかなかの”手練れ”といえるかもしれない。


『これは下手に口出さないほうが良いな』


 俺がそう言うとモニカから肯定の感情が流れ、先の打ち合わせ通りモニカが鋭い表情で睨みつけることで、感情を隠すための仮面を被る。

 それでも緊張に寄る僅かな震えを抑えることはできなかった。

 だがそれに対して、相手の商人は全く余裕を崩すことなくこちらをじっと見つめた。


「あなたが噂のモニカさんですね、会えて嬉しいですよ」


 そう言って握手しようとこちらに近づいてきた。


 あ、まずい。

 事前の打ち合わせだと、俺達への”直接行動”はかなり”危険”だと聞いていた。

 これは避けねば・・・

 だが、俺がそう思った瞬間、横からサンドラ先生がサッと現れて俺達の視界を遮った。

 

「この場のやり取りは全て私とあなたを通して行います。 私以外に話しかけるのはご遠慮願いたい」

「これは失礼した。 でも挨拶はよろしいので?」


 サンドラ先生が俺達を守るようにそう告げると、相手が心の籠もっていない平謝りを返す。


「我々は交渉をしに来たのであって、挨拶をしに来たわけではないでしょう?」


 ここで、サンドラ先生が勝負に出た。

 事前に聞いていたので知っていたが、いざ始まるとドキドキしてしまう。

 相手は乗ってくれるか・・・


「分かりました、それではまずこちらの要求をお伝えしましょう・・・」


 だが俺達の心配を他所に、相手の商人はあっさりとサンドラ先生が提示した”ルール”を受けた。

 そして少し逡巡するように視線を泳がせた後に、その第一手を放つ。




「モニカ・シリバの、”即時の死”を求めます」




 相手の交渉人の放ったその一言で、部屋の中の空気が僅かに緊張を孕んだものになる。

 だが俺はそれよりも”混乱”していた。


 相手から俺達の死を求められたからではない。

 相手の口から、その”言葉”が飛び出したからだ。


「・・・今、”即時の死”って言った?」


 慌ててモニカが俺にだけ聞こえる声で内容の確認を問う。

 

『ああ、言った、バッチリ言った』


 言葉だけ聞けば俺達の死を願うという非常に攻撃的で、敵対的な言葉にしか聞こえない。

 だが、現在この交渉で使われている”ルール”に則って考えるならば、その意味は大きく異なる。


 

 今回交渉人の2人が選んだ”ルール”は、この街の商人の間で発達した独特のものだ。 

 サンドラ先生によると、それはかつてアクリラに有った”エランディス”と”ベルメ”という2つの商会の諍いに端を発するらしい。


 まず、この2つの商会が取り扱っていた商品の市場競争が起こり、そしてそれがだんだんとエスカレートしていった。

 最初はお互いすぐに相手が折れるだろうと単なる価格競争だけに留まっていたが、次第に取引相手や関係の下請け業者も巻き込んだ”商業戦争”へと姿を変えていく。

 相手を妨害することなど日常茶飯事、挙句の果てには傭兵を雇って相手の取引先で暴れるといったことも起こってしまった。


 こうなるともう泥沼だ。

 お互いに後に引けなくなったその戦いは、次第に経済的な”絶滅戦争”へと様相を変える。

 そして両者ともに疲弊し尽くし、他の商会から取引を断られるようになって”ベルメ”の商会長が”エランディス”に和解の交渉を持ちかけた。


 2つの商会の命運がかかった大事な交渉。

 その席で”ベルメ”の商会長が最初に言ったのは”エランディスの即時解体”だった。

 いきなり飛び出した物騒な言葉に会場は騒然となったという。

 だがエランディスの商会長はそれを聞いて、即座にその真意を見抜き”ベルメの即時解体”を求め、第一回の交渉はお流れになった。

 

 一見すれば無駄に思うだろう。

 

 だが、”1回目の交渉は必ず流れる”という商人の交渉を前提に考えると、そこに深い意味が生まれてくる。

 必ず通らない最初の提示に、相手の撃滅を願うというのは、逆に言えば”相手の撃滅は願わない”という事の表れであるというのだ。

 正直その説明だと納得できない部分も多いが、少なくともそれ以降アクリラの商人の間では敵対した者同士の最初の交渉は、敵意のないことを証明するためにあえて敵対的な要求を最初にする慣わしが生まれ、今日に至る。


 だがそれを踏まえて相手の要求を精査すれば、俺達の”即時の死”は望まない・・・・・ということになる。

 死を望まない? どういうことだ?

 もちろん、こちらに死ぬ気がないのは向こうも分かっているだろうが、交渉全体を考えるなら今切るカードではない。

 これは何か違う”ルール”に入ったのに気づかなかったか・・・

 でもそんな感じもないよな・・・



「まず席に座りましょうか」


 サンドラ先生がにこやかな笑みを浮かべたまま、部屋の中央に置いてある席を指し示す。

 これは暗に”第一手はそれで良いのか?”と問うている。

 そして”変更は許さないぞ”という脅しでもあるのだ。

 だが相手は驚いたことに、それをすぐに呑んだ。


「それではお言葉に甘えて・・・」


 相手の商人がそう言うと、すぐに”下手しもて側”の最も上座の席に座るように黒衣の人物モザイク人間に促した。

 そして一席空けて、商人の男が座り、その後に3人の兵士を並べた。

 

「・・・ロン!」


 モニカが小声で解説を急かす。


『ええっと、下手に座ったのが”受ける”意思表示で、一番上座に座らせた”見づらい”あの男はお飾りだ。 一席空けたことで交渉は全部俺がやるよと、あの商人が言っている・・・はずだ』


 俺が必死に”サンドラ先生の集中講座”を思い出しながらそれを伝える。

 そしてこれでハッキリしたことがある。


『相手は、少なくとも俺達の”死”を全く望んでないことになる。 しかも席に着く前に伝えたということはかなりハッキリした方針だろう。 このままだと殆ど”生存権”の押し付けに近い』


 モニカから納得と、驚愕と、疑念の入り混じった感情が流れてきた。

 本当にその解釈で間違いないか、疑ってる感じだ。

 そしてそんな表情をサンドラ先生に向けると、サンドラ先生が俺達の肩を持って”上手側”の上座側の席へ誘導し、席を引いてそこに押し込むように座らせた。

 そして自分は、相手の商人の向かいになるように一席空けて座る。


『ええっと、これは俺達が”お飾り”で、サンドラ先生が実際の交渉をやりますよって意思表示だ。 だが俺達の”お飾り”の意味は、この交渉があくまで”俺達と行うため”のものだという意思表示で・・・』


 ああ・・・こんがらがってきた・・・


『とにかく、”マグヌス対アクリラ”ではなく、”マグヌス対俺達”の交渉だってのを相手に宣言してるんだ』


 そしてさらに席を一つ開けて、こちら側の下座側にアラン先生がどっかりと腰を下ろす。

 その態度はいつもから考えられないほど不遜なものだった。


『これはアクリラが、俺達の補佐をすることの表明で、サンドラ先生がアクリラのためじゃなく俺達のために動きますよって宣言だ』


 そして最後に俺達の後に、残った教師3人が並ぶ。

 彼等は相手の3人の護衛に対する牽制であり、俺達の方に偏って並ぶことで、アクリラの”保護”を表している。

 と、ここまで、どこに誰が座ったのかを読み解いて感じたが・・・


 めんどくせえ・・・

 たかが席順にこんだけ意味を込めるとか正気ではない。

 そしてこの交渉における”自分の立場モニカへの解説役”の仕事の思わぬ大変さに、今から辟易し始めていた。


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