2-2【学生生活 5:~お友達~】
”
まだ人の気配の少ない夜明けの中で、首都中心部の軍駐駐屯地にて大きな動きがあった。
駐屯地の外面は周囲に影響を与えないように努めて静かなものであったが、その中心部の”飛竜舎”では瞬足の飛竜4体が駆り出され、彼らの騎手たちがいつでも全力で飛べるようにゆっくりと飛竜の心を焚きつけていた。
「何日で到着できる?」
その様子を見ながら、黒衣に身を包んで顔を隠した人物が横にいた豪華な武装の兵士に問う。
黒衣には細かな魔法陣を縫い込まれていて、その効力でその人物の存在は殆ど認識できなくなっていた。
「こいつ等の羽なら2日・・・風に好かれれば1日と半分ほどで」
「飛竜ってのは、どいつもこんなにデカいのか?」
黒衣の人物が、間近で存在感を放つ飛竜の異様に圧倒されたようにそう言う。
飛竜は4体とも体格のいい成長しきった姿をしており、その体長は20mから25mもあった。
「これでも”純血の竜”や”地竜”に比べれば可愛いもんです。 それに長さは凄いですが体格は大型の魔獣なんかの方がよっぽど大きい」
「そいつらと出会わないよな?」
兵士が深くため息をついた。
これでは、この者がルブルムの市街を出たことがないのがバレバレではないか。
「飛竜を追えるものはいません、空は”我ら”の物だ」
だがその言葉を聞いても黒衣の人物は安心しなかったようで、”認識妨害”の魔法の上からでも恐怖に震えていることがすぐに分かった。
「あまり怖がらないように、”彼ら”も恐怖は嫌がる」
「食わないよな?」
「安心してください、彼らは育ちがいい」
兵士がそう言ってニッコリと笑う。
だがそれでも黒衣の人物の不安は晴れなかったようだ。
その時、横から胡散臭げな優しい声が聞こえてきた。
「飛竜の旅も慣れれば快適なものですよ」
黒衣の人物がそちらに顔を向け、その優しい声の主の上から下まで胡散臭い様子で見つめた。
それは細身に高級な衣装を纏い、わざとらしい口髭を蓄え笑みを浮かべた、やはり胡散臭い人物だった。
「もう少し、しっかりした方かと・・・」
「私の戦場では、笑顔は魔力や筋肉より強力な武器になる、安心しておまかせを」
そう言ってその人物が足を引いて一礼する。
「魔力と筋肉は私におまかせを」
その反対から兵士の男が腕を組んでそう言った。
「この”交渉”に我が国の明日が掛かってるんだ、しっかりしてもらわないと・・・」
「では、早くまいりましょう・・・ちょうど飛竜たちも温まったようだ」
兵士のその言葉を証明するように、飛竜の頑丈な羽が大きく広がり力強く振り下ろされて風が駐屯地の広場を駆け抜けた。
その背中には平べったい小屋のような大きな鞍が取り付けられており、その内部に荷物と2人の乗客を乗せられる空間が作られている。
そしてその客席部分は、乗客が乗れるように
「
それを見た黒衣の人物が心配そうに聞いた。
「さあ、どうぞ」
だが兵士はその質問には答えず、ただ”乗船”を促した。
「付いているんだよな?」
「気をつけて、上は”風”で冷えますんで」
細身の男がそう言って黒衣の人物の肩をぽんと叩いた。
夜明けの空を4体の飛竜が飛んで行く。
だがそれを不審に思う者は殆どいなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「”基礎回路”は何種類使える?」
広い通路の中に、若くて力強い活発な女性の声が響く。
そしてモニカがそれに対して答えた。
「26種類です」
「26? 全部使えるの?」
その女性が少し驚いた声を出した。
「えっと・・・はい」
「苦手な物は? ”分離”の基礎回路も?」
「はい・・・」
モニカが少し恐縮気味に答える、というか変に目立ってないか心配な感じだ。
『一応、基礎回路は範囲のはずだ』
ここに来るまでに受けた補習でも、魔力の色に縛られない”基礎回路”を用いた魔法陣の作成は、中等部一年の習得範囲として言われていた。
「ふん・・・感心だ。 その歳だと出来ない子も結構いるからな」
どうやらある程度出来なくても問題ないようだ。
やりすぎたかな? そんなことはないと思いたいが。
「”応用回路”はどこまで行ってる?」
「”動力”は3まで、”熱変換”が1、”分配”が2です」
モニカがそう言うとその女性が大きく頷いた。
ちなみに応用回路とは基礎回路に含まれない魔力回路の総称で、非常に高度なものや、魔力の色に特化した回路などが含まれる。
「クワシに聞いていたとおり、やはりゴーレムをやりたいようだな」
「はい」
モニカが返事をすると、その女性は満足そうに笑った。
その指摘の通り、応用回路の知識は補習の時に試験官も担当したクマのクワシ先生に、ゴーレムの役に立つものとして教わったものだった。
「優秀な生徒だと聞いている・・・もっとも、
女性がそう言うと、ちょうど長い廊下が終わり授業が行われる開けた運動場に出るところだった。
「おはよう優等生ども!」
「「「おはようございます、マーロンダイス先生!」」」
マーロンダイスと呼ばれた女性教師の言葉にその場にいた全員が挨拶で答えた。
これが俺達の初めて本格的に学ぶ事になる魔法の授業だ。
「この”魔法陣制御”の授業に、今日からこのモニカが加わる」
マーロンダイス先生はそう言うと、俺達の背中を軽く叩いて生徒たちに混ざるように指示する。
ここは大学のように授業毎に一緒になる生徒が異なるので、いちいち深く紹介したりはしない。
既に基礎教養の授業で、ある程度紹介してるしね。
だが実践の授業とあってか、一緒になった面々の顔ぶれはいつもと少し違った。
普通に獣人とか”非人間”の生徒が混じってるし、使役してる動物やおそらく使い魔的な存在を連れている者もいる。
アクリラの人口分布がそのまま反映されたクラスといえた。
「それじゃ前回の続きを、表に張り出した条件を魔法陣を使って満たせ、方法は自由だ」
先生がそう言うと、生徒達がそれぞれ自由に動き始めた。
そして何人かが魔法陣を作ると、横にいた生徒達がそれに対して意見を述べたりしている。
どうやらこの授業は、先生が講義するタイプの授業ではなく、生徒が自由に魔法陣を組んで先生がアドバイスしたり注意したりするらしい。
「どうしよっか」
『とりあえず、条件見てみようぜ』
モニカが端に置かれた移動式の黒板に書かれた条件を睨む。
”2㌔バルムの沸騰した水を、空中に0.01時間保持せよ”
バルムはおよそグラムと等価なので、2リットルの水を使えということか。
だがあとは意外と条件が漠然としている。
その辺も考えろということなのだろう。
「はかるよー」
「おっし!」
すぐ近くで生徒の二人組が声を掛け合って、片方が時間を測りながらもう片方が他の作業を始めた。
どうやらこの授業では人数も自由らしい。
中には5人くらいのグループで挑戦している者もいる。
ただし条件の要素は、全て魔法陣で用意しなければならないらしい。
頭を使いそうだ。
特に皆、お湯の準備にあれこれ工夫を凝らしている。
『とりあえずは、誰かと一緒にやろうぜ』
「そうだね」
幸いなことに授業が開始して間もないので、それなりに相手を探してる生徒の姿も見える。
モニカが首を左右に振って、誰かちょうどいい者がいないか物色を始めた。
ところでモニカ、明らかに”できるやつ”を探している様だが、声を掛ける必要があることを忘れちゃいないか?
俺がそんな心配をしていると、案の定声を掛ける直前で口籠って”成約”を逃す事態が連続した。
眼の前まで行っても、どうしようか迷っているうちに他の生徒と組んでしまうのだ。
これはひょっとすると見た目以上に、コミュ力に課題を持つモニカにとってはキツイかもしれない。
喋れないわけでも人が嫌いなわけでもないが、どうしても経験が浅いので遅れるのだ。
モニカの中に僅かに焦りの感情が浮かぶ。
誰かウチのモニカを貰ってくれる殊勝な子はいないものか。
お! そこに居るのは、いつも(俺たちが勝手に)隣に座るルーベン君じゃないか!
この授業も一緒とは俺は嬉しいよ。
これは運命を感じるね、ぜひウチのモニカを・・・・
だがルーベンはこれが答えだとばかりに、右手の上の空間にボコボコに沸いたお湯を浮かべ、反対の手で4つの魔法陣を操作しながら時間も一緒に測っていた。
うわぁ、全部一人でやっちゃってるよ・・・
君は”ボッチ道”を行くんだな。
優秀なのは知ってたけど、これは逆に・・・
もちろん俺がいるので、クリアするだけならなんとか俺達だけでできるとは思う。
だが、周りを見ればルーベンの他に一人で挑戦している生徒はいない。
これは間違いなく浮くし、モニカのためにも誰かと協力して課題をこなした方が良いと思われた。
それに、よく見れば何組かは既に条件を増やしたり変えたりして”応用”に入ってる。
そういった事は多人数で意見を出し合ったほうが勉強になるし、楽しいだろう。
だが相手がいなけりゃ、どうにもならないわけで・・・
「ねえ、モニカちゃんだよね?」
すると驚いた事に向こうから声をかけてくれる事案が発生した。
いや驚くことじゃないか・・・
だがその姿を見たとき俺は本当に驚いた。
モニカに波及しなかったのが幸いなくらいだ。
「うん、そうだけど」
モニカが惑うことなく答える。
どうやら相手の”姿”には驚いていないようだ。
「もしかして、”ピカ研”に新しく来るっていう?」
「”ピカ研”?」
なんだ、その国民的電気ネズミが関連してそうなのは。
「”ピカティニ研究所”」
「あ!」
モニカが納得の色を浮かべる。
それは俺達が課外で手伝いに行く事になったゴーレム研究所の名前だったのだ。
そしてモニカの反応にその子の”表情?”が、パアッと明るくなった(ような気がする)。
「やっぱり、あなたがそうなんだ!」
「あなたも、あそこに行ってるの?」
するとその子が、
おそらく”自己紹介のポーズ”だ、何故かそれだけは伝わってきた。
「私メリダ、ピカティニ研究所でお手伝いやってます」
メリダ、たしかにベル先輩にそんな子がいると紹介はされたはずだ。
あとライリーって生徒がいるんだったっけ。
だがまさかメリダがこんな子だとは予想してなかった。
「モニカ・シリバです、よろしくね」
そう言ってモニカが返事を返す。
どうやらモニカには相手の容姿に対する驚きは全く無いようだった。
対人経験の少なさが逆に幸いした形か。
ここまで言っていればわかる通り、メリダは人間ではない。
太くて長く柔らかい胴体、大量に生えた脚。
それは制服を着た薄紫色の巨大な”芋虫”だった。
体長は2mほどか。
体の前半分を器用に上に持ち上げた格好をしており、目線は俺達より少し低い。
移動のためか、大きなタイヤみたいな車輪が2つ付いた台車に乗っていた。
そして脚は、”腕”と”足”に明確に別れており、腕として使っている頭側の3対は比較的細長く器用に動かせそうで、それ以外は太くて短いガッシリとした足がついている。
本人も分けて考えているのか、腕側は制服の袖から、足側はズボンの裾から出ている。
凄いのは全ての脚に袖か裾が割り当てられてることだ。
それにかなりオシャレに気を使っていて、アクセサリーや持ち物が自分の体や制服に合わせて凝ったデザインをしている。
そのおかげか、第一印象で驚く以外は可愛らしい印象が強い。
ちなみに”女子”である。
「ひょっとして、それゴーレム機械?」
「そうだよ」
モニカがメリダの乗っている2輪の台車について質問した。
直径が50cmほど、太さが10cmほどのしっかりとしたタイヤは表面が白く、台車も含めて白と黒でまとめられ、制服とお揃いになるように配慮されていた。
メリダによると、ゴーレムは制御に使っているらしい。
器用にバランスをとって、2輪でも安定している。
「アクリラに来たとき、動きにくいだろうってピカティニ先生に作ってもらったんだ」
へえ、ピカティニ先生は歳で寝込んでいると聞いていたが、優しい人なのかもしれないな。
「あとこれも」
そう言ってメリダが頭のすぐ下についているリボンを軽くいじる。
「私達の声は小さいから、これで大きくしてるの」
「へえ」
モニカが興味津々といった表情でメリダのリボンを覗き込む。
すると確かにリボンの内側にゴーレム機械特有の細かな幾何学模様が見て取れた。
「おい! そこ、早く課題に移りなさい!」
そんなことをしているとマーロンダイス先生に注意を食らってしまった。
どうやら私語が過ぎたようだ。
その注意にモニカとメリダが二人して体を強張らせ、その様子を見てお互いにクスクスと少し笑う。
そしてそのまま、このコンビで課題に取り組むことになった。
今更他の生徒を探すのもおかしい話だし、それは自然な流れだったのだ。
組んでみて分かったがメリダはかなり器用だ。
複雑な魔法陣は組めないが、沢山ある腕に小さな魔法陣を沢山作って役割を分担させている。
俺たちはそれを、こういう方法もありなのかと感心しながら見ていた。
そして俺たちもそれに負けじとあの手この手で課題に取り組む。
お互いに意見を言い合っていると、自然と会話に花が咲いた。
一番やっかいだったのが水の確保。
魔力量に物を言わせて、直接変換してしまうのが一番楽だが、それだと必要魔力が”他の生徒と同じくらい”という俺達が隠れるための制約に抵触してしまう。
端で一人でやってるルーベンみたいに、効率上昇系の回路を大量に放り込めばなんとかなるが、それはそれでむちゃくちゃ目立つ。
なので何らかの方法で迂回するしかない。
空気から絞り出してる生徒もいるが、そのせいで僅かに空気が乾燥しているので効率は悪いだろう。
だから俺達は地面の下から引っ張り出すことにした。
幸いアクリラの土壌は水を含んでいるので、水源には困らない。
メリダと一緒に土から水を抜き出すと、俺達の制御で空中に浮かべた。
「すごいすごい、綺麗に浮かんでるよ!」
水の周りに力を発生させる魔法陣を並べて押しとどめる方法だが、意外とキレイに水を保持してくれた。
そしてその水にメリダが熱を加えて、同時に時間を測る。
「お、うまく行ってるな。 さすがゴーレム志望組、魔法陣もたくさん使えるな」
「えへへ」
「それほどでも」
マーロンダイス先生の言葉に、モニカとメリダが嬉しそうに笑った。
「うむ、それじゃ今度は水の量を倍にしてみよう、それとできるなら魔法陣の数を半分に。 沢山使えるのも重要だが纏めるのも大切なことだ」
「「はい!」」
そしてすぐに課題の難易度を上げていく。
だがメリダと話していると、すぐに解決策が浮かんでくるようだった。
彼女は少ない魔力の使い方や、効率的な運用についてとても詳しく、俺達も正確な魔力操作でそれを実現できた。
ちなみに魔力操作に関しては、そういうスキルとして認識されてるので、ある程度本気で動いてもバレないので俺もしっかり働くことができる。
最初は芋虫の姿に驚いたものだが、今ではメリダと一緒にいてもなんの問題のない。
何よりモニカの心が、かつてないほど明るい物になっているのがこちらまで伝わってきた。
その様子に、俺はある一つの確信を得る。
氷の大地で眠るコルディアーノとクーディ。
それと家の中で萎びてるお父さん。
モニカに友達ができました。
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