2-X1【幕間 :~”意識”~】

side ルーベン



 僕の午前中はとても平和である。

 全て基礎教養の時間に当てられているからだ。

 僕を含め”優秀な生徒”はそういう子が多い。

 他の学年はそうではないが、この学年はそうだった。


 原因は自分・・・というよりも自分が持っているスキルにある。


 手を前に持ってきて”それ”を見つめる。

 そこには上等な”台革”の上に固定された、大きくて透明な宝石があった。

 別に見せびらかすためにそうした訳ではない。

 僕はその宝石に変なところがないか見回す。

 もし何か異常があれば、その兆候は真っ先にここに出るからだ。

 なので”一部例外”を除いて、高度なスキル保有者ほど頻繁に魔水晶をチェックする。

 周囲に目を向ければ、同じように席に付いたところで魔水晶をチェックする者の姿が目に付いた。

 高度なスキル保有者は”強者”であると同時に、体に大きな”爆弾”を抱えている証でもある。

 つまりは”大病人”だ。

 なので午前中から体を酷使する授業は避けている。

 僕としては別に気にしていないが、僕の”調律者”曰く、結構差があるとのことなので”周り”が気にしてそのように組むのだ。


 それにここは、居並ぶスキル保有者が僕も含め”将位”が5名、”官位”が2名、”隊位”に至っては0と、上位になるほど数が増えるというアクリラの中でも不思議な世界だ。

 マグヌス系以外のスキルに関しても、クラスまでは分からないが概ねそんな感じである。

 学年トップの僕と同じ授業ということで、必然的に優秀な生徒が多いのだ。

 あと一人”不明”がいるが、あいつもたぶん”将位”かそれと同格だろう。

 彼らも午前中は大人しくしておいた方が、都合がいいだろう。

 なんでも”将位”というのは、都市に一人いれば多い方と言われるくらいなので、ある意味相当贅沢な空間ともいえる。

 まあ、皆子供なのでそんなに強くはない。

 少なくとも僕に対抗できる存在が、これまで同年代にいたことは無かった。


「おっはよー!!」


 教室の中に、気の抜けた能天気で明るい、それでいて凛とした綺麗な声が響き渡った。

 そして、それに反応するように教室の空気がにわかに色めき立つ。

 声の主は、エルフのシルフィー。

 エルフの例に漏れず出自についてはかなり謎が多いが、むやみやたらと明るい性格で多くの者に好かれている。

 まあ好かれている理由は他にもあるが。


「ルーベンもおっはよー!!」


 シルフィーがそう言って、すれ違いざまに僕の肩をバシバシ叩いて、後ろへ向かう。

 彼女の席は基本的に最前列だが、こうしていったん後ろまで行って、先に来ている生徒に挨拶して回るのが日課なのだ。

 そして皆の注目を浴びながら下に降りてくる。

 それだけで、男女問わず殆どの生徒が彼女に見惚れてしまうのだった。

 彼女は、これもエルフの例にもれずかなりの美人だ。

 異性に全然興味がない僕ですらそれくらいは分かる。


 おそらく貴族でない者の中で、貴族院に連れて行っても誰からも文句が出ない数少ない存在だろう。

 そしてシルフィーが着席の瞬間に改めて教室を振り返って全体に笑いかけると、僕は心の中で襟を正す。

 うちの家系は女性に弱い。

 兄や親戚の様子を見ていると12、3歳ころまでは、”異性に興味がないですよ”という風なのにも関わらず、それを過ぎると急激に女にだらしなくなる。

 いくら僕でも、自分がその例外だとは思っていないので、今から意識して自分を律するのだ。


 だがそれでも僕は、今のところシルフィーに惚れるとは思えなかった。

 なんというか、ものすごく奇麗なのだが、それは芸術品とかそういう感じで、兄や先輩方が女性に向ける感情とは根本的に違う感じがするのだ。

 僕はどちらかといえば・・・・


 そこで出てきた顔に、しばし虚をつかれる。

 確かにそれは意識していた顔だが、好みとかそういう理由で意識していたわけではない。

 

 教室の前部では、シルフィーが自分より後に来た生徒に向かって朝の挨拶を続けている。

 これが彼女が一番前に陣取る理由だ。

 扉に近い最前列に陣取れば、全員に挨拶できる。

 いったい何が彼女をそこまで駆り立てるのか? 

 まあ、このクラスの末席の人間にはこの場に紛れたことを利用して、”コネづくり”に励んでいる者もいる。

 ここにいるのは間違いなく20年後の各大国の主要人物なので、それもいいだろう。

 だがシルフィーはどちらかといえば、コネを”作られる方”だ。

 なので動機は不明である。


「おう、モニカ! おっはよー!!!」

「お!? ・・・おはよう」


 そういって今しがた着いたばかりの女子生徒にシルフィーが声をかけ、かけられた方はまだ慣れてない様子で返事を返した。


 ああ、”あいつ”だ。


 僕が、先ほどとはまた異なる理由で襟を正す。

 あいつが来るということは、もうそろそろ”一般”の生徒が教室につく頃だ。

 貴族たるもの、だらしない恰好を見せるわけにはいかない。

 その辺は幼いころから仕込まれていたので、結構意識している。

 

 シルフィはいいのかって? 知らない。

 

 教室に入る順番は、寮から教室までの距離で決まる。

 昼夜問わず活動してる生徒が比較的多い高等部以上と違い、中等部はまだまだ子供なので寮を出る時間は概ね共通しているのだ。

 なのでこの授業は、寮が一番近い貴族の生徒が最初に入り、シルフィーのような”南の大樹”に住んでいる生徒がその次に、そして”その他”の生徒が次々に入ってくる。


 モニカはその中では一番早く到着する。

 なんでも暴れ牛にまたがって来るらしい。

 この建物の厩に繋がれているときに、強そうな生徒を見ると相撲を仕掛けてくると噂になっていた。

 僕は視線を僅かにその女子生徒に向ける。

 モニカの背は小さいほうだ。

 特に長身のシルフィーと話しているとそれが際立つ。

 まだこの環境に慣れないのか、それとも強い生徒ばかりで怯えているのか、申し訳なさそうな足取りでゆっくりと教室の中を縦断し・・・


 そしていつものように、なぜか僕の隣に座る。

 最初の日に偶然隣になってから、ずっとこうだ。


「おはよう」


 モニカがそう言うと、僕はゆっくりと顔を上下させて頷く。 


「おはよう」


 そして、できるだけ自然に見えるように返事を返した。

 ”家”のせいで普段から若干距離をとられる僕にまったく気兼ねなく接することができるのは、腐れ縁のアデルと、誰にでも愛想がいいシルフィーと、このモニカだけである。

 アデルは違う授業だし、シルフィーは最前列なので、必然的に隣はこのモニカになるのだ。

 別に仲良くなりたい訳ではないが、意味もなく嫌われたくもないので、いつの間にか挨拶くらいはちゃんと返すようになっていた。


 そしてシルフィーによれば、この頼りなさそうな背の低い女子が、僕より強いという。


 僕はそれを半分信じていないし、半分信じていた。

 もちろん、見た限りそんな力があるようには思っていない。

 だが、そう言ったのはシルフィーだ。

 彼女は僕より弱いが、力を見る”目”は誰よりも敏感だった。

 数年も一緒に学んでいれば、彼女の”目”に対してそれくらいの信用はできている。


 モニカが机の上に今日使う教材を丁寧に並べていく。

 その姿は、ちょっと田舎者の普通の女の子に見える。

 だが、その右手にはスキル制御用の魔水晶が嵌っていた。


 それもかなり高度な。


 おそらく彼女のスキルは僕と同じ”将位”、つまり事実上の最高クラスのスキル保有者であろう。

 もしくは”別系統”の最高位か・・・

 僕より強いとすれば、それ以外考えられない。

 そう思ってモニカの様子を探るために、少し観察を続ける。

 強さにこだわった事はないが、それでも”お前より強い”と言われて、”はいそうですか”と言うのは少し癪だった。


 だが、すぐに実力はわかるだろう。

 今は補習中とのことだが、もしその力が本当なら実技系の授業も僕とかぶる可能性は高い。

 そうなれば、そのうちすぐに本当に強いのはどちらか明らかになるだろう。





 授業は何事もなく進んでいく。

 今は魔力基礎の座学だ。

 魔力の扱いや振る舞いについての知識を頭に入れていくというもの。

 こういうのは感覚に頼りやすい要素だ。

 特に魔法士は多くの魔力を扱えるので、自分が魔力について知った気になりやすい。

 だが正しい知識がないと、いざという時に痛い目を見る。

 だからこそ、この授業は大切なものと言えた。


 ただ僕としては、既に一通り頭に入れている範囲なので、今は確認作業といったほうが近い。

 つまり少し暇な授業だったのだ。

 なので午後からの授業について考えていると、不意に横から視線を感じて目線だけでそちらを見る。

 そこには横に座るモニカの姿があった。

 だが彼女は教室の前に集中していて、こちらに注意を向ける様子はない。


 おかしいな。


 頭の中でそう呟く。


『教師の説明に間違いはありません』


 ピントのずれたことを言う自分のスキルを無視して、思考を続ける。

 今は授業中なので一部機能を点けているのだ。

 確かに視線を感じたはずなのだが、モニカ本人がこちらを見ていた様子は全くない。

 それによくよく考えれば角度が違うような・・・


『この授業は数学ではありません』


 もっと後ろ側からか・・・

 そう思ってモニカの後ろの方に目を向ける。

 その時、そこにあった真っ白な肌が朝日を浴びてより一層輝き、気付けば自分の目がそこに吸い込まれるように向いていた。

 彼女は髪を後ろで一つに纏め、そこから馬のしっぽのように後ろに垂らしている。

 なので首元が大きく空いていたのだ。

 そしてそれを認識した瞬間、自分の心臓が不意に大きく跳ねるのを感じた。


『注意:心拍数の増加を確認、状況を改善せよ』


 今日はいつにも増してうるさいスキルだ。

 だが、調子がおかしいのは事実である。

 なんだろう、視線が吸い寄せられる様に隣の女子生徒から目が離せないでいる。

 

 シルフィーの話によると、モニカはかなり寒い地域の生まれで、着いて日が浅いアクリラの気候にまだ慣れていないらしい。

 そのせいか肌が薄っすらと赤く上気し、汗が層のように表面を覆って水気が多い。

 それが逆に宝石のような光沢と、なんともいえない生物っぽさを付加していた。

 特に首元や半袖の向こうに見える熱を持った”存在感”が、何故か気になってしまうのだ。

 そういえばこんなに近くに”他人”がいたことは無かった。

 アデルなんかは慣れすぎて全く意識しないので気にならないが、こうして”異物”が近くにあると、それが自分が思っていたよりも遥かにハッキリとした存在感を放っていることに気付かされる。

 

 その時、不意にモニカが腕を動かし、左腕と半袖の制服の間に隙間ができて、その向こうの腕の付け根が一瞬だけ視界に入ったような気がした。


『バイタル異常、ただちに状況を改善せよ』


 頭の中をけたたましい警告音が鳴り響く。

 だがそれ以上に自分の鼓動がハッキリと早くなっている事に驚いていた。


 なんでだ?

 言っちゃ悪いが、ただ腋が一瞬見えただけだろ?

 それなのになんでこんなに驚いているのだ。


「えっと・・・ルーベン?」


 気がつくと、目の前には不思議な顔でこちらを見るモニカの姿があった。


「なにか・・・あるの?」


 どうやら見ていた事に気づかれたらしい。

 ルーベンは軽く目を閉じ、瞼の裏に残っている相手の顔を意識しないように返答を考える。


「いや、誰かに見られているような気がして」


 そう正直に答える。

 別に取り繕うようなことではない。


 だがそれに対する反応は意外なものだった。


「え!? あ、え!?」


 何故かモニカが大きく驚き、頭の後ろを手で抑える。

 まるで本当に僕を見ていたかのような反応だ。

 後頭部を抑えているというからには、後ろに目でもついているのか?

 

 慌てふためく彼女の様子を見ながら、僕はまた奇妙な感覚を感じていた。


『注意:身体情報に変更有り、近日中に再調整せよ』


 僕はそこで視線を教室の前方に戻し、なおも慌てる隣席の女子生徒を置いて再び授業内容に意識を戻す。

 だが、スキルの警告音は止まらなかった。

 行動に支障はないが、念のため昼からの実技系の授業は欠席しよう。

 まだ調整時期は来ていないが、こういう時はチェックしておかないと”家族”がうるさいのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「はあ・・・」


 寮の自分の部屋に戻ってきたところで僕は大きく息ついた。

 結局スキルの調整には半日近くかかってしまったのだ。

 どうやらかなり”ズレ”ていたらしい。

 本当はまだ手伝っている研究室での活動が残っているのだが、スキルの調整直後ということで免除された。

 ああそうだ・・・今後は1週間に一回のペースで再調整を行うらしい。

 その事にげんなりする。


 週一で再調整って、どこの王女様だよって話だ。

 成長期で体のバランスが大きく変わり始めていると指摘されたが、それにしたって過剰だ。

 みんな、僕に異常な期待をかけ過ぎている。


 その時、寮の自分の部屋の扉が勢いよく開けられ、高等部の制服を着た先輩が血相を変えて飛び込んできた。

 そして、その目が貴族院のやたら広い部屋の中を駆け回った後、奥の椅子に座る僕を見つけて定まると、その先輩が大声を発する。


「ルーベン! 緊急の再調整だって!?」


 その声には信じられないほどの驚愕が含まれていた。

 そしてずかずかと部屋を横断し僕のすぐ側まで歩み寄ると、僕の顔をつかんで覗き込んだ。


「大丈夫か・・・どこも怪我してないか・・・ちゃんと目は見えてるな?」


 まるで狂人のようにそう言いながら、蒼白な表情でこちらを見つめる。


「・・・っ!・・・兄さん! やめてくれよ!」


 あまりに強い力で僕の顔をつかんだので、僕は痛みに呻きながらその手を引きはがした。


「あ!? すまん、ルーベン」


 僕の兄がそう言って驚きながら手を離した。

 

 気まずそうに僕を見つめる兄。

 それを煩わしそうに見つめ返す僕。


 2人しかいない部屋の中に気まずい沈黙が少しの間流れた。


「・・・すまない」


 先に声を出したのは兄、そして謝るように言い訳を続けた。


「・・・すまない、お前が午後の授業を欠席して調整に行ったと聞いたもので・・・」


 そう言った兄の表情は、本当に心配そうな物だった。


「何ともないよ、ただ、少し調子を崩しただけさ・・・」

「何ともないことはない!!」


 僕の説明に兄が怒鳴るようにそう言い放つ。


「お前は、”我が家”の”希望”なんだ・・・もっと自分を大事にしてくれ・・・」


 そして僕を”縛る”呪いの言葉を口にする。

 自分を大事にして、わざわざ調整に行ったというのにこの言い草だ。


「デニス様のところにはもう、目がない・・・・お前に何かあったら・・・俺は・・・」


 デニス様。


 兄がそう言ったのは、僕達の従兄弟にあたる”我が家”の次期当主・・・デニス・アオハ様だ。

 だが彼には致命的な問題がある。

 あれほどに強い”マルクス”を持っているのにもかかわらず、デニス様は全く何の”才”もなかったのだ。

 魔力も殆どない、スキルになる”呪い”もなく、研究者として重宝される”魔なし”ですらない、本当にただの平凡な人間。

 それが我が家の次期当主様だ。

 だが貴族の家系は、無力な人間が仕切れるほど甘い世界ではない。

 特に最大の貴族であるアオハ家ともなれば、それは大きな問題だった。

 だからこそ、デニス様を救うために王家からエミリア様が嫁がれ、その希望を次代に諾したのだ。


 だが生まれてきた子供も、才がなかった。


 そしてそれはデニス様の兄弟も同じ。

 その時から、家の中から現当主家に対する希望は打ち砕かれ、優秀な者を多く輩出している僕達兄弟姉妹に”白羽の矢”が立った。

 デニス様までは奥様のエミリア様の力で何とかなるが、その”次”は一族の中から最も優秀な人材を掘り起こさねばならないからだ。

 特にその中でも最も才に恵まれた僕への期待は凄まじかった。

 

 ”お前が次のアオハ公爵だ”


 デニス様に子供が生まれた2年前から呪いのようにそう言われ始め、次第に兄弟達が僕を過剰に守ろうとし・・・明るかった兄は、いつしかこのような”半狂人”に変貌していた。


「何があった?」


 兄が低い声で問うてくる。


「なにが?」

「何かあったはずだ! 原因が!」


 何を言ってるんだ・・・この人は・・・

 これまでも過保護なことはあったが、これは明らかに変だ。

 薄々、先週あたりから兄の様子がおかしいと感じていたが・・・


「原因なんてないよ、成長期だよ」

「本当にそうだな!? 信じていいんだな!?」

「うん・・・」


「誰かにいじめられて・・・・・・いないな」


 そこで、僕の”不信”は”確信”に変わった。

 兄は何か知っている・・・・・・・・


「そんなわけないでしょ兄さん、僕をいじめられる奴なんかいないよ」


 学年トップの生徒をいじめる。

 そんなことが、このアクリラで起こるわけがない。

 同い年の平均的な生徒が100人束になっても、余裕で返り討ちにできるからだ。


「そんなことできる奴がいるなら、教えてほしいくらいだ」


 そう言って馬鹿らしいことのように、僕が続ける。

 

 だがこの時、既に僕の心は”意識”してた。

 今までならば”いじめられる”と聞いて、”先輩”からではなく、”同世代”からなんて考えることもなかったはずなのに・・・


「モニカ・シリバ・・・・」

「・・・え?」


 兄から予想外の名前が出て、僕はそこで言葉を失う。

 なんで兄があの女子生徒のことを知っているんだ。


「”そいつ”が原因か?」


 兄の目はかつてないほど真剣だった。

 そしてその予想は”概ね”正しい。

 もちろん、いじめられてなどいない。

 だが、”変調前”に意識したことは間違いなかった。

 

 目の前に”あの時”の映像が幻のように浮かんでくる。

 窓から差す朝日に輝く、白い首筋・・・肌に浮かぶ汗・・・その熱と・・・甘い・・・


「ルーベン!!」


 兄の大声で我に返る。

 そして僕はその兄の表情から、兄に”確信”を持たれてしまったことを悟った。


「いいか! できるだけ、”そいつ”には近づくな!」


 兄の表情は硬いものだった。


「なんで・・・」

「おそらく、お前とは多くの授業が被るだろう、そういう風に”仕向けてくる”はずだ」

「誰が?」


 僕がそう聞くと、兄が怯えたように首を左右に振って誰もいないことを確認し、顔をこちらに近づけてきた。


「・・・”校長”だ、あいつらは味方じゃない、お前を”人質”にしようとしている」

「僕を?」

「そうだ、そのためにモニカ・シリバをお前と同じ授業に放り込んでいるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は反射的に顔を兄から遠ざけた。

 人質にされたと聞いたからではない、あまりにも荒唐無稽だからだ。

 だが兄の顔をマジマジと見つめても、彼がいかに”真剣”であるかが伝わって来るだけだ。


「・・・返り討ちにしてやる」

「ルーベン?」


 気づけばそんな言葉を口走っていた。


「僕に何かするというなら、必ず返り討ちにしてやる・・・・・・・・・


 そして兄の目を、見返して・・・・いた。

 

「ルーベン・・・やめてくれ・・・」


 兄が、僕の後ろから立ち上る”気”にあてられ後ずさる。

 どうやら、無意識にスキルを起動していたらしい。

 兄の顔に”恐怖”が浮かぶ。

 そうだ・・・それでいい・・・


 ”僕の方が強い”


「”そいつ”には関わるな・・・・」


 だが兄はそれでも、その言葉を言いはなち、僕がそれを認識した瞬間、僕の中で何かが切れる・・・音がした。

 彼の目は・・・もう自分より強いはずの弟を見るその眼には・・・


 明らかに僕を”心配”する感情が籠っていたのだ。


 その事実に足元が揺らいだような錯覚を起こす。

 兄が・・・僕の力を誰よりも知っている筈の兄が・・・



 ”僕よりあいつが強いと思っている”



 その事実に、激しく打ちのめされた。


 だが、


「・・・関わらないよ」

「ほんとか!?」

「ああ・・・」


 僕からは。


 兄が、僕がモニカと関わらないと聞いて安心したような表情になる。

 だが最後の言葉は兄には伝えなかった。

 実際、同じクラスで、どうせ向こうは勝手に隣に座ってくるのだ、関わらないという方が無理な話だった。

 それでも積極的に何かしたりはしない。

 これまで通り、ただの隣の席の女子生徒という風に接すればいい。


 だがもし向こうが、そうしない・・・・・というならば・・・


 ”力の差” を思い知らせるまでだ。



 その時、安心したように息をつく兄の顔の向こうに・・・

 少し恐縮気味に笑う、背の低い同い年の女の子の笑顔が見えた気がして、そこに吸い寄せられるような、あの不思議な感覚にまた襲われた。

 と同時に、わずかに胸がうずくような痛みが・・・


『注意:心拍に軽微な乱れを検知』


 そして先程まではなかったはずの、別の”感情”がゆっくりと自分の中に広がっていくのを、ただ茫然と見守ったのだった。


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