2-1【ピカピカの一年生 14:~ギリアン~】
「その、君の顔を知っていた生徒についてだが、過去に会ったことは?」
「ないです」
スコット先生の新たな質問に俺が答える。
というか、こっちが本題だ。
昨日あった出来事の中で、スコット先生に相談したかったのはこの一点のためだといっていい。
「モニカは?」
「私も初めて見ました」
スコット先生が俺達の答えに考え込む。
「それじゃ、どんな生徒だった?」
「えっと・・・すごく怖そうで・・・」
「なんというか厳しい感じ?」
俺達が口々にその第一印象を伝える。
「髪の色は?」
「薄めの赤っぽい茶色」
「となれば、赤か・・・」
赤・・・といっても、それは何かを特定できる材料にはならない。
この世界、特にアクリラで一番多い魔力傾向は赤であり、実に全体の4分の1以上を占めるからだ。
当然、赤みがかった髪の生徒の数はかなりの数になる。
ちなみに俺達の黒は、白と足しても全体の10分の1程度とかなりの少数派である。
「誰かに名前を呼ばれてなかったか?」
「あ、」
モニカから気の抜けたような、間抜けな声が出る。
そういえばバッチリ呼ばれてた。
最も個人を特定する材料なのに、なんで今まで出てこなかったのだろうか。
俺が完全記録のデータベースの中から該当の情報を引っ張り出す。
ええっとたしか、あそこにいた貴族の生徒たちは、あの女子生徒のことをこう呼んでいたはずだ。
「「ヘルガ様!」」
2人でその名前を告げると、意外なことにルシエラが驚いた表情になった。
「ああ・・・名前聞いておけばよかった・・・」
そしてそう言いながら何か後悔したような表情になる。
実は昨日ルシエラに相談した段階では、名前については知らせてなかったのだ。
俺達があまりにびっくりしていたこともあるし、この巨大な学園で違う学年の生徒の個人名まで把握しているとは思わなかったからだ。
それに今思えばルシエラもテンパっていたように思う。
だがこの反応を見るに、それは間違いだったようである。
「ルシエラは、”ヘルガ”のこと知ってるの?」
「見てると、そんな様子だな」
するとルシエラが思い出したくないような物を思い出すような、苦い表情を作った。
「ガブリエラの”手下”よ、学年が違うのによく一緒に行動してるわ」
「学年が違うのに!?」
学年が違うと受ける授業が被ることはほぼない。
それでも一緒に行動するというからには、相当筋金入りの”手下”なのだろう。
思い返せば確かにそんな感じの距離感だった気もする。
「ヘルガ・・・ヘルガ・モデナか?」
スコット先生がおもむろに一人の名前を提示した。
「いや、下の名前までは分からないです・・・貴族の生徒たちが”ヘルガ様”って呼んでただけなので」
俺がそう答えると、ルシエラが間髪入れずに補足した。
「・・・いや、たぶんそれで合ってる・・・この街で貴族に”ヘルガ様”なんて呼ばれるヘルガは、”あの人”だけです」
どうやら、本当にルシエラは心当たりがあるようだ。
「有名な人なんですか?」
「ヘルガ・モデナは高等部2年の最優秀生徒だ」
「私もルシエラ姉さまから以外にも、何度か聞いたことがあります」
どうやら結構な有名人らしい。
そしてこのルシエラの狼狽っぷり。
まるで対応を間違ったかのようだ。
「ひょっとして・・・スコット先生に相談するような事じゃなかった?」
モニカが恐る恐るルシエラに問いかける。
モニカもどうやら、昨日の段階でもっときっちり話していれば問題なかったかもしれないと感じたようだ。
だがそれはルシエラが即座に首を振って否定する。
そしてスコット先生もそれに同意した。
「いや、知らせてくれてありがたい。
ヘルガ・モデナはアオハ公爵家の系列に名を連ねる大貴族の令嬢で、君にとってはアクリラの生徒の中では、ガブリエラに並ぶ要注意人物だ」
アオハ公爵・・・たしかマグヌス最大の貴族で、俺達の件にも1枚以上噛んでいると思われる”黒幕候補”だったはずだ。
そこに名を連ねるというからには、間違いなく国の中枢に近い人物といえる。
本家の人間にはあったことはないが、その系列の貴族には襲われていた。
警戒するには十分な動機だろう。
気になるのはルシエラの反応だ。
この様子からして、何か知っている風であるが・・・
「ヘルガについては特にできるような対策はないが、問題の状況からして、大貴族であるヘルガ本人が出来ることは少ないだろう。
むしろ認識されたことで、うかつに動けなくなったとも考えられる。
ただ今後は、こちらから近づくようなことは避けた方が良い」
スコット先生が結論を述べる。
それはそうだ。
だがそうはいっても、ここは街全体が学校で、そこには大量の生徒が好き勝手に蠢いているのだ。
避けるといっても限度はある。
せめて相手の行動パターンが分かるものを得られればいいのだが。
「彼女の者も含め、私がめぼしい生徒の時間割を手に入れておこう」
「え!?」
「分かるの?」
いくら何でも、他人の時間割なんてそんな簡単に手に入るものじゃないだろう。
「教師であれば見ることもできる、生徒に合わせて授業を行うことも多いからな」
なんと意外にも教師には垣根の低いものだった。
だがそれでは新たな懸案事項を生んでしまった。
「ってことは、俺達の時間割も筒抜けってことか・・・」
敵は何も生徒だけではない。
むしろ生徒以上に厄介なのがマグヌス系の教師だ。
生徒が所詮は子供なのに対して、こっちは”ガチ”の魔法士である。
「それに関しては、どうしようもない。
だが教師が生徒に手を上げることは出来ないし、何かの手心を加えればこのアクリラでは致命的な悪評になる。 そんな馬鹿な事をする教師はいないだろう」
「手を上げることは出来ないって、何かあるんですか?」
モニカがスコット先生に聞いた。
「言っただろう、”アクリラ生は、君達が思っている以上に強固に守られている”と」
そう言ってスコット先生は自嘲気味に軽く笑った。
そしてルシエラもそれに続いて、苦笑いを浮かべる。
この様子からして、どうやら本当に直接的な手段に出ることは出来ない”仕組み”があるのだろう。
それが何かは分からないが、彼らの様子からしてそれが揺らぐことはないようだ。
「さて・・・これで相談は終わったな」
スコット先生がそういうと軽く肩に手を当てて背中を伸ばした。
その様子からしてそれなりに緊張感をもって話を聞いてくれたことが俺達に伝わる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
まずモニカが、続いて俺がスコット先生に感謝の言葉を述べる。
こうして”大人の味方”と胸を張って言える存在が出来たのは、素直にうれしかった。
校長やスリード先生も俺達のために色々してくれたが、なんというか”距離”を感じるのだ。
あの2人はそもそも雲の上的な存在だし、行動の裏に”王位スキルをアクリラに入れたい”という”理由”が透けて見えてしまう。
その点スコット先生は、言葉は悪いが不器用ながらもしっかりしていて”安心”できるのだ。
「ところで・・・・」
するとそんな俺達に、ルシエラが割って入った。
そしてその目は不気味に輝いている。
「スコット先生はなんでアトラントに? 一緒にいたのはヘミット学部長でしたよね?」
そう言ってスコット先生自身の疑問をぶつけた。
するとスコット先生が困ったような表情を作って、こちらの顔を伺った。
モニカの顔に何かついてるのだろうか?
そんな考えが伝染したのか、モニカが口に周りを手拭いで軽く拭く。
「そんな大したことじゃない、来週、学会で臨時の説明会があって、私の論文について質疑を問われることになっている。
その打ち合わせと会場の下見をしていただけだ」
その時俺は心の中で、昨日訪ねたときに、スコット先生が行っていた作業の正体に気がついた。
あれは”このため”の準備なのだろう。
「ヘミット学部長と一緒にアトラントってことは、相当凄いことなんじゃないですか!?」
だがルシエラの追求は止まらない。
というかむしろ物凄く輝いている。
「ま、まあ、”4番議場”で、遠くからも人が来るとの事だからな・・・」
「よ、4番て・・・ま、まさか”ノア”の!?」
「・・・ああ」
スコット先生が居心地悪そうに頷くと、ルシエラの目がさらに輝きを増した。
「・・・ねえベス、そんなに凄いの?」
アクリラに来て日が浅い俺達は、いまいちその”価値”を理解できずにいた。
「”ノア”は論文専門の出版社で、そこの社屋の中に発表用のスペースがあるんです。
それでそこの4番がですね、1000席のたいへん大きな所でして・・・」
「1156席!」
ベスの説明にルシエラが食い気味で補足を入れる。
その表情は普段の彼女からは考えられない程、興奮したものだった。
「・・・と、この様に研究者やそれを志す人にとっては、あこがれの”頂点”なんですよ」
と言ったベスの表情は、僅かに冷めたものだった。
「ルシエラって研究者になりたいの?」
「本音はね、でも、故郷がほら、あれだから・・・」
なんとなく発せられたモニカの質問に、ルシエラの中の興奮がスッと引いていくのが目に見えた。
彼女の故郷、すなわち”クリステラ”は世界地図を書かせれば誰も書き込まないほど小さな国だ。
そんな国が、恐らく相当な無理をしてまで、このアクリラにルシエラを送り出している理由は、研究者の養成などではなく、もっと”即物的”なものである事は想像に難くない。
ルシエラのスコット先生を見る目は、”自分がなれないもの”に対する憧れを多分に含んでいた。
「そんな良いものじゃないさ」
だがスコット先生はそれに対して、疲れたような返答を返した。
俺達がキョトンとした表情になる。
その意味はわからなくとも、研究者の”最高の栄誉”と聞けば、喜ぶものだと思ったからだ。
「なんで、私がそんな大きなところで発表するか、知ってるか?」
俺達が揃って首を振る。
「私を”糾弾”したい者がそれだけいるからさ」
その言葉に絶句する。
スコット先生を糾弾したい者が、1000人以上いる。
その事実が信じられなかったのだ。
だがそんな俺達をよそに、スコット先生は続ける。
「少し前に私の論文が論文雑誌”ノア”に掲載されてね、それを読んだ者たちが”間違い”を指摘したくてウズウズしてる。
私はそれを言葉と”論”だけで躱さねばならないんだ」
スコット先生のその言葉には隠しきれぬ”恐怖”が滲んでいた。
その事実にルシエラと俺達が瞠目する。
俺達はその”重み”を想像もできないが、それでもスコット先生が恐ろしく強い事は知っている。
スリード先生の授業で身体強化が磨かれた事でハッキリしたのは、この足を失った老人の様な男が、魔獣に匹敵するほど完璧な身体強化を行っていることだ。
だからこそ、そんな存在が恐怖する事に、
「どんな・・・」
気づけばモニカがその言葉を口走っていた。
「どんな内容なんですか? その論文は」
モニカの目は妙に真剣だった。
もちろんガチガチの研究論文など理解できるとは思っていない。
だが、それでも自分が認めた”強者”が恐怖する存在を知っておきたかったのだ。
そしてスコット先生もそれを察したらしい。
諦めたように頷いた。
今のモニカの視線を読み解くとは、やはりこの人、中身はとんでもない”戦闘狂”だろう。
「それじゃ簡単に説明しよう」
スコット先生がそう言うと、ルシエラが再び目を輝かせて拍手し、それに連れられてベスとモニカの拍手が続いた。
「君達は、この世で一番魔力を持ってる”物体”は何だと思う?」
最初に来たのはそんな質問。
それに対し、ルシエラとベスが揃ってこちらを向いた。
「ふむ、最も魔力を持っている”人”は誰かという問の答えなら、それでもいいだろう」
スコット先生の答えは否定。
その感じからしてガブリエラでも間違いだと思われた。
だがそれ以上に魔力を持っている存在など・・・
「星だよ」
「星?」
俺達が三人揃って目線を上に向ける。
天井の品のいい木組みが目に入ってきた。
「ああそうさ、夜空の星、一つ一つにモニカやガブリエラ数千万人分の魔力が含まれてる、そしてその中でも最も魔力が多いのが・・・」
そう言ってスコット先生が空間を開き、そこから2枚の紙切れを取り出し、その片方をテーブルに置いた。
モニカとルシエラとベスが、揃ってその紙に釘付けになる。
そこにはシミの様な小さなマークがいくつも描かれていて、その一つ一つが”星”だと直感的に理解した。
そしてスコット先生がその中で比較的シミの薄い一角を指し示す。
「これが現在、我々が知る中で最も魔力の多い天体”ギリー34639”だ」
それは本当に薄いシミのような点で、スコット先生の指がなければ見逃してしまいそうなほど小さかった。
「この点一つで、平均的な星が一年に出す魔力の10億倍以上の魔力を一瞬で吐き出している」
「「「「!?」」」」
さすが天文学。
ガブリエラの数千万倍だの、さらにその10億倍だのといった、”頭のおかしい”単位がゴロゴロしている。
「こういう異常に魔力の多い天体のことを”ギリアン”といってね、天文学の大きな謎の一つだ」
「ギリアン・・・ギリアンっていうと、たしか・・・」
するとルシエラがその名称に反応し、スコット先生が大きく頷いた。
「聖王神話の”力の王:ギリアン”、もちろんそこから名前が取られている。
実際、その名に恥じないくらい魔力にまみれているからな」
”力の王”
その言葉が俺の中で反芻する。
忘れもしない。
カミルが”俺達”の誕生理由の一つとして挙げた、”力の王”の作成。
そしてこの星たちにも、その”名”が与えられている。
全く何の関連性もないはずなのに、それだけでなぜか妙に自分たちとの”繋がり”を感じてしまうから不思議だ。
これが”天体ロマン”という奴だろうか?
一方、モニカは実感が持てなかったのか、もうすでにポカンとなっている。
「なんで分かったの?」
ようやく絞り出した言葉がそれだった。
でも実際、どうやって測ったんだろうか。
するとスコット先生が露骨に困った顔になった。
答えがないからではない。 どの程度詳しく言えばいいか分からないのだ。
「・・・特殊な魔法石があって、それに光を通すと・・・」
「分かるの?」
「いや、わからない・・・その値を距離と大きさと明るさに掛けるんだが、これがまた面倒で・・・まあとにかく、星の持っている魔力はわかってると思ってくれ、次にこっちだ」
スコット先生が強引に話をすすめる。
この手の話は”なんで”と聞きだしたら止まらない。
相手はそれこそ何年もかけて”それ”を追求しているのだ。
そして、スコット先生が次に取り出したのはもう一枚の紙切れ。
そこにも同じようにシミのような点が打ってあり、また同じようにその一点を指した。
「これは逆に、魔力が著しく少ない天体だ」
「どのくらい?」
「恐らく私より魔力は少ない」
「「「「ほへ・・・」」」」
そりゃまた随分と極端な。
星である。
それは俺達が立ってるような惑星ではない。
このデータの感じからして、おそらくそれも含めた太陽系・・・つまり恒星系なのだ。
それなのにそこに含まれる魔力が人一人より魔力が少ないなんて・・・
というかそう考えると、いくら比較対象が俺達やガブリエラとか”ぶっ飛んだ”存在とはいえ、恒星系全体で数千万倍程度が平均というのは、案外魔力って宇宙には少ないのかもしれない。
桁がでかすぎてよく分からんけど、天文学って、”そういうもん” だからそれでいいか。
「重要なのは、この2つがほぼ同じ大きさと重さをしていることだ」
俺達が揃って首を傾げる。
同じ大きさと重さだったら何だという顔だ。
「大きさが同じ、重さも同じ、違うのは魔力だけ」
俺達がコクリと頷く。
「そしてそれ以外にも、その動きが異なることに気がついた。
魔力の多いほうが回転が安定していたんだ」
俺達が一斉に”ハァ、”という気の抜けた相槌を打った。
回転?
星って回るの? って感じである。
「私はこの2つだけでなく、魔力量が判明している沢山の星を比較して、それをまとめて論文にした」
「それがこの前掲載したっていう・・・」
「そうなるな」
俺達はいまいちピンとこない星の話に、呆然とスコット先生の顔を見つめるしか出来なかった。
”魔力が星を安定させている”
その壮大で単純な話に、頭がついていかない。
「で、多くの人はそれが間違っていると?」
ルシエラが確認するようにそう聞き返す。
だがその返事は意外なものだった。
「今説明したことは問題にはなっていない・・・問題はその”割合”だ」
「割合・・・」
「要は、細かな部分の計算が合わないことが指摘されていてね、それに対する説明が求められている」
細かな部分。
スコット先生がそう言うからには、きっと本当に些細なものなのだろう、だが彼らはそれに命をかけているのだ。
そして俺達の認めた”強者”はそんな些細な事に恐怖を感じている。
モニカからもそんな”
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