2-1【ピカピカの一年生 13:~甘い花火~】



「うわ・・」

『すごい人だ・・・』


 モニカの第一声に、俺が続く。

 ルシエラに案内された”リバル屋”は、予想以上の人だかりだったのだ。

 流石、人気店。

 大人から子供まで、男性も女性も、人類も非人類も関係なく沢山の人が並んでいた。

 強いて言うなら”大型の客”はいないことか。

 どうやら今店のリバルは、体長2m以下の生物に人気らしい。


「クラッセ・ボーン、ただいま1時間待ちです!」


 カラフルな商業学校の制服を着た羊型の獣人の女の子が、”クラッセ・ボーン”と刺繍されたエプロンを付けて客の整理を行っている。


「うわ、一時間待ち!?」

「どうする?」


「私は待ってもいいですよ」

「モニカは?」

「それくらいなら」


 モニカから、一時間くらい氷の大地での待ち伏せに比べたらなんでもないというような、少々バカにしたような余裕が流れてきた。

 するとルシエラが自分の後頭部を手でかいて、モニカにサインを送る。

 ”ロンにも聞け”ということらしい。


『俺も待ってもいいよ、リバル食べてみたいし』


 俺がそう言うと、モニカがルシエラに”OK”のサインを返す。


「それじゃ待ちましょうか」


 多数決は賛成多数で、列に並ぶことに決まった。

 単純にリバルを食べるだけなら、他の店でも食べれるだろうが、どうせなら”第一印象”は美味しい店で頂きたい。


 並ぶと、すぐに店員の女の子に列を整えられ、しっかりと間を詰めて並ばせられた。

 制服を着ているところからしてまだ学生のはずなのに、こういうところはさすが商人の学校だけあってしっかりしている。

 アクリラの店では、彼女のように商業学校の生徒が店員を務めていることがある。

 接客に関係するのは高等部以上と決められているようだが、それ以外にも様々な取引や産業に彼等の”手伝い”が関わって一つの文化と化していた。

 いわばアルバイトのようなものだ。

 だがこの店は少々、毛色が違うらしい。


 看板には羊の獣人の絵がデカデカと描かれていて、その獣人の顔が今列を並べている女の子と、親子のようによく似ていた。


「あの看板の人の家族かな?」


 どうやらモニカも同じことを考えていたようだ。


「たぶんそうね、跡継ぎってことかしら」


 ルシエラが看板と女の子の様子を見比べて、そう言った。

 この街は世界中から商人の子供がやってくるが、同時にこの街自体も商人の街なのだ。

 当然彼女のように、地元の生徒もいる。

 そんなあたり前のことなのに、俺達はアクリラの新たな一面を知ったようで、少しうれしくなった。





 30分後。



 1時間待ちなので後30分だと無意識に思ったそこのあなた。

 残念、この世界の一時間は、地球の一時間とは全く概念が異なるので、30分で半分ではないのだ。

 まず1日の長さが少し長い。

 それに1日20時間なので、30分程度ではまだ半分にも達してないのだ!


 まあそんなことはどうでもいい。

 30分後と言ったのは、だいたい並び始めて30分で意外なことがあったからだ。


「あ!」


 列の中からモニカが声を上げ、暇つぶしにベスの課題を見ていたルシエラとベスが何事かと顔を上げる。


「なに?」

「どうしたんですか?」


 2人が、突然声を上げたモニカに不思議そうに問いかけた。

 するとモニカが慌てて、すぐ近くの角を曲がった人影を指差す。

 

「スコット先生!」


 モニカがその者の名を呼ぶ。

 それは間違いなく、今朝から探していた”俺達の先生”の背中だった。 


「え!? どこ!?」

「どの方がそうなんですか!?」


 ルシエラとベスがそれに反応する。

 

「えっと、あそこの曲がり角のところ・・・」

「ベス、そこで並んでて!」

「え!?」


 モニカがスコット先生を指差すと、ルシエラが間髪入れずにベスに列の維持を指示し、そのままモニカの背中を押して列から飛び出した。


「行くわよモニカ!」


 どうやら今日の”本題”は忘れてないらしい。

 ベスに列を保持させているのはちゃっかりしてるが、魔力的に能無しな現状でも妹分のために即座に行動する辺は、姉貴分の誇りだろう。

 

 ルシエラと俺達はそのまま店のある人通りの多い小道を走り、スコット先生の背中を追う。

 幸い、それほど距離が離れていなかったことと、一緒に並んでいる老齢の男性と話しながらゆっくり歩いてるお陰で、すぐに追いつくことが出来た。


「スコット先生!」

「・・・ん?」


 モニカが俺達の先生の大きな背中に呼びかけると、スコット先生はその場で立ち止まり何事かと周囲を見回した後、少し驚いた表情で俺達の方に振り向いた。


「おや」


 声を出したのはスコット先生ではなく、横にいた老齢の男性の方。

 スコット先生は、モニカがいたのは予想外だったせいか軽く言葉を失っている。


「ははは、スコット先生・・・・・・とは。 聞いてはいましたが、なかなか可愛らしい生徒さんですね」

「あ、えっと・・・」


 モニカがどうしようかとその男性を見つめる。

 するとその男性はニコリと笑い返してきた。

 その男性は魔力傾向ではない理由で白い髪の優しそうな顔に、古びたモノクルを掛けた研究者然とした雰囲気を醸し出していた。


「えっと、偶然見かけたもので」

「ああ・・・そうか・・・」


 スコット先生に相談したくてきたはいいが、”相談”の内容的にこんな人目のある所でする訳にはいかない。

 というか俺達も、この研究者みたいな男性が一緒にいるとは思わなかったので、声を掛けたが良いが、どうしたものかと悩んでしまった。

 スコット先生もスコット先生で、なにかバツの悪そうな顔で口籠っているので噛み合わないでいる。

 そしてそんな俺達を見かねたのか、ルシエラがすぐに割って入ったきた。


「スコット先生、モニカが相談したいことがあって来たんですが、お時間よろしいですか?」


 するとスコット先生の視線が、俺達のすぐ後ろにいたルシエラに向かう。


「君は・・・たしか・・・」

「ルシエラ・サンテェスです。 モニカの同室で今日は彼女の”保護者”として付いてきました」


 するとスコット先生の表情が怪訝なものに変わる。

 そのタイミング的にどうやら、”保護者”という言葉からおおよその”相談”の内容を推察したようだ。

 そしてルシエラはそのまま横の男性に向き直る。


「すいません、少しの間スコット先生をお借りできないでしょうか?」

「おや、これはご丁寧にどうも。 君の噂は聞いているよ。

 私のことは遠慮しなくていい、ちょうどさっき、スコット君との”来週の打ち合わせ”は終わったところでね、好きに持っていきたまえ」


 その男性は、そう言っておおらかに笑うとスコット先生の肩をたたいた。


「ほら、君の可愛い生徒が待っておるぞ、行ってやりなさい」

「すいません、学部長・・・」

「なあに、君も”本物の教師”になったのだ、生徒の相談は教師の最優先事項だ」


 老齢の男性はスコット先生にそう言うと、1人で再び歩き始めた。


「それじゃスコット君、”来週”は期待しておるよ!」

「あ、はい、学部長こそ、来週はよろしくお願いします」


 スコット先生がそう言って軽く頭を下げると、学部長はにこやかな表情のまま手を振ってそのまま人混みの中へと消えていった。

 そして学部長の姿が見えなくなると、改めて真面目な表情で俺達に向き直る。


「それで相談とは?」

「ええっと、昨日、活動報告の後で・・・・」


 モニカがそこまで言ってから、周囲の様子を確認する。

 道行く人々は俺達に無関心ではあるが、さすがにこの人混みの中で話していい内容ではない。

 そしてスコット先生もそれを察したのか、


「とりあえず、どこかの店に入ろう、聞かれないようにする”手”はある」


 と、対策を提案してきた。




 目の前に差し出された、見るからに美味しそうな”宝石”

 その存在感にモニカが無意識に体を起こし、ルームメイトの二人の目が一層輝いた。


「当店の一番人気、フルーツのリバルです」


 俺達が注文したリバルを運んできた店員が、そう言ってニコリと笑う。

 おそらく外にいた店員の妹だろう。

 家族経営のお店なんだな。


 リバルは予想通りケーキの親戚みたいなやつだった。

 大きな円形状の中から三角形に切り出されるところは同じだが、生クリームの代わりに、たっぷりのシロップでコーティングされていて、見た目的にはタルトのほうが近い。

 だがその質感は紛れもないスポンジケーキで、綿のようにフワフワしているのが見ただけで伝わってくる。

 その瞬間、俺は確信した。


 これ絶対美味いやつだ。


 だが、モニカはその存在感に圧倒されはしたものの、初めて見る小奇麗な菓子に怪訝な表情を崩さない。

 そして、節操なく食いついたルシエラの様子を見てから、ようやくフォークで小さく切って口に放り込んだ。


 その瞬間、思考のすべてが固まった。


 甘い。


 ちょー甘い。


 砂糖の塊かというくらい甘い。


 いや、砂糖舐めたってこんな甘くはないだろう。

 

 だが驚くのはこれが全然嫌じゃないのだ。

 まるで感覚を切ったように、スッと甘みが引いて、ただ幸せの余韻が残る。

 気づけばモニカが無意識に二口目を口に入れるところだった。

 またも弾ける”甘い花火”。

 甘味なのにパンチが効いてるというか、主張が強く、それでいて潔い。

 人気店なのには納得だ。

 そりゃ、こんなの食わされたらまた来たくもなるわ。


 ルシエラは言わずもがな、ベスだって普段から考えられない程表情が緩んでいる。

 気づけば俺達の口元がニヘラァっと歪んでいた。

 ”甘味の暴力”で表情筋が麻痺していたのだ。


「さて、そろそろ本題を聞こうか」


 そんな俺達に対して、ある意味で場違いな声色でスコット先生がそう言った。

 だが俺は見逃さない。

 スコット先生の皿が既に空で、手の下に置いてあるメニューが”お土産”用のページを開いてる事に。


「あ、はい」


 モニカがそう返事してから、視線を周囲に泳がす。

 店の中はかなり煩く、皆目の前の皿に夢中なので喋っても気にしないだろうが、それでも人の目はある。

 だが、次の瞬間スコット先生が右手の指を鳴らし、そこから小さな火花が散ったかと思うと、周囲の雑音が一瞬で消え去り、気持ち悪いほどの静寂が訪れた。

 驚いた表情でモニカとベスがあたりを見回す。

 店の中は音以外に変わったところはない。

 皆大声で喋ったり笑ったりしている。

 だが、完全な無音なのだ。


「これで誰かに聞かれる心配はない」


 それを成したスコット先生が、なんでもないかのようにそう言うと、唯一驚かなかったルシエラが意味深な表情を作った。


意外・・・と器用なんですね」

「昔取った杵柄きねづかだ」


 そう言ってなんでもないようにスコット先生は流したが、


「単なる遮断じゃなくて・・・断裂? ”要素”だけ空間を切った?」


 とベスが、とんでもないものを見たような表情でつぶやいた。

 知っているのかベス!?

 それにしても空間を切るって言うからには、空間魔法とか次元魔法とかの類か?

 詳しくはまだわからないが、高度であることくらいは理解できる。

 

「さて、これで心置きなく喋れる。 ロンもな」


 ああ、そうか、聞こえないんだから俺がスピーカーから声を出しても問題はないのか。


「それじゃ、お言葉に甘えて・・・」



 それから、主に俺がスコット先生に昨日起こった内容をできるだけ詳細に伝えた。

 昨日、思いがけず高等部の貴族の生徒に絡まれてしまったこと、その中に明らかにモニカの顔を知っている生徒がいたこと、ガブリエラに初めて出会い大いに驚いたことを伝えると、スコット先生は思慮深く考えるように顎に手を当てた。

 一方、モニカは目の前の皿を片付けるのに忙しいので黙っている。


「”第一印象”はどうだった?」


 俺の説明が終わったところで、スコット先生がおもむろにそう聞いてきた。


「第一印象?」

「ガブリエラに会ったんだろ?」


 ああ、なるほど。


「なんというか・・・すごい?」


 正直他の言葉が思いつかない。

 

「モニカはどう思った?」


 するとモニカがリバルを食べる手を止めて、スコット先生に向き直る。


「ええっと・・・」


 モニカが昨日の”出会い”を思い出すように頭を捻ると、ルシエラとベスも、モニカに注意を向けた。

 彼女達も、どう思ったか気になったようだ。


「・・・きれいな人」

「綺麗な人? 怖い人じゃなくて?」


 モニカの答えにルシエラは驚いた表情で聞き返した。


「あ、うん・・・なんていうか、”きれいだなー”って思った」


 綺麗・・・

 

 俺はその言葉を額面通りには受け取らなかった。

 これまでも”かっこいい”とか”強い”とかがそうだったように、モニカの”きれい”も普通の人の感覚で出た答えだとは思えなかったのだ。

 もちろんガブリエラ自体はかなりの美人なのは間違いない。

 モニカを成長させて、そこに大量の”エレガント”をぶち込めば、あんな感じになるのだろうか?

 後、重要なこととして、


「大きい」

「大きいな」


 モニカが俺の考えを先に言った。

 どうやらモニカもあの巨大な”物体”に思い至ったようだ。

 

「大きい?」


 スコット先生が聞き返す。

 

「うん、体も大きかったし・・・魔力も大きかった。

 それに・・・ものすごく心が大きく感じた」


 あれ、”そっち”?

 俺は映像記録の中の、覇者のような王女が持つ巨大な”体の一部”を確認した。

 いくらビックリしたとはいえ、これを無視するとは・・・

 

「いや、心が大きいはない・・・・」

「それはルシエラ姉様限定だと思いますよ」


 ルシエラの突っ込みに、ベスがさらに突っ込む。

 そしてそんな2人を無視するように、スコット先生がこちらにも確認してきた。


「ロンもそんなところか?」

「あ・・・はい」


 実は違うのだが、そういうことにしておこう。

 ここで、”胸がでかい”などと言えば、俺の株が暴落しかねん。

 

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