2-1【ピカピカの一年生 11:~Road to 2.0~】



 夜。


 多くの者が寝静まり、昼間は活気ある街にも静寂の闇が訪れる。

 

 ここ木苺の館の中もそれは例外ではなく。

 睡眠こそが至上の喜びとばかりに豪快に眠るルシエラを筆頭に、3人の少女が寝息を立てていた。

 何も活動する者がいない静寂。


 それが夜である。


 が、


 その中にあって例外的に活動を行う者がいる。

 そう、


 俺だ!



 まあ正確には、俺を含めたモニカの体の中の様々な器官だが。

 体の内側というのは、睡眠中かなり活発に活動を行っている。

 その日の疲れを癒やし、明日の糧を作り出し、次に備えて準備する。

 身体強化をちゃんと会得するにつれ、夜中に俺がモニカの体に及ぼす影響は増えている。

 といってもちゃんと動いてるかモニタリングして、異常の兆候があれば修正する程度だけど。


 そしてもう1つが、スキルの管理だ。

 というかこっちが本命である。


 スキルを構成する大量の”力”を抑え込む、制御用の”蓋”の状態をチェックしたり、既存のスキルの状態をチェックしたり、今使える機能を確認したりと、昼よりも圧倒的に忙しいのだ。


 そしてその中でも目玉の活動が、今後の方針の策定である。


 そのために俺の中に余ったリソースを使って、巨大な仮想空間を作り様々なシミュレーションを行うのだ。

 こうする事で何が有効か、どうすればうまくいくかをチェックしている。

 だが今日ばかりは、そのリソースは他の事に当てられた。


 仮想空間は用意するのだが、そこに現れたのは巨大な仮想の”プレゼン会場”。

 大きなスクリーンとプレゼンターのための壇が設置され、客席には気分を盛り上げるために大量の仮想客が座り、壇上に仮想拍手を送っていた。

 そしてその拍手と歓声の中、タートルネックのセーターを着てジーンズを履いた仮想プレゼンターが壇上に登場する。


「ありがとう」


 プレゼンターが客席に手を振って答え、少しして拍手が落ち着いたのを見計らって、胡散臭い声で話し始めた。

 これは俺の傘下のスキルを解析し、適当に人格っぽいのをシミュレートさせて喋らせている。

 やってみると思いの外楽しいので、何か重要な結果を決定を行うときはこうして”プレゼン形式”で映像を残すようになっていた。


「本日! ここにお集まりの皆様に、”フランチェスカ強化計画”について説明します」

 

 するとその瞬間、プレゼンターの後ろのスクリーンに”F”をあしらったロゴと、”フランチェスカ強化計画”という文字が現れ、観客が一斉に沸いた。


「その前に伝えることが1つ。

 先日、我々に革新的な”手段が”もたらされた」


 スクリーンの内容が変わり、それをプレゼンターが勿体ぶって読み上げる。


「ゴーレム! 正確にはゴーレムスキルだが、これはその名に反して、現在全くゴーレムスキルの体をなしていない。

 これを見てください」


 スクリーンに”フランチェスカ”と書かれた紫色の大きな枠とその中に”FMIS”と書かれた青い枠と、”ゴーレム”と書かれた赤い枠が現れた。


「これが現在のフランチェスカの構造、大きな枠の中に小さな枠が複数並んでいる状態です、そしてその大部分はここにある」


 プレゼンターがそう言うと、青い枠が点滅し大量のスキルを表す文字がその中に現れた。


「”我々”を含めた管理スキル、魔法やスキルの仕様を纏めたレシピスキル、解析によって得たコピースキルは、全て! このFMISによって発動管理されています、そしてそれとは別に、」


 すると今度は、紫色の枠全体が点滅した。


「思考同調、予知夢などのFMISと”同格”のプリセットスキルはここに属している。

 これらは現在、発動以外のコントロールは全く受け付けず、それぞれが”独自”にその内容を制御している。

 そして最後に、」


 今度は赤い枠が点滅した。


「ゴーレムスキル、これは今までのどのスキルとも異なる形態を取っている。

 我々FMISの制御を受け付けないのは、プリセットスキルと同じだが、それらと違い一定の範囲内で”管理”が可能だ」


 スクリーンの赤枠に青枠から伸びた矢印が刺さる。


「厳密にはこのスキルは、プリセットスキルのような”高度”な機能を持ったスキルを、柔軟に組み立てて使用する機能だと考えられる。 これを見てほしい」


 するとスクリーンに謎の大量の文字列が現れた。


「これは、我らの解読班が解明した”思考同調Lv3”のシステムの内容である」


 その言葉と同時に、文字列が高速で縦にスクロールした。


「記載されている手順コードは2億行以上! だが注目してほしいのはその量ではない」


 すると文字列の一部が赤く光りだした。


「この赤くなっている手順コードは日頃諸君らを悩ませている、”高レベルアクセス権”を必要とする手順コード

だ、例を見てみよう」


 スクリーンに赤い文字列の一つが大写しになる。


「この手順コードの内容は、”本体”の筋肉を動かすという内容・・・それも直接だ」


 すると観客席から大きなブーイングが巻き起こった。


「諸君らの気持ちはよく分かっている、本来この様な高度に”本体”の体に影響を与えるには、もっと膨大な手順コードが必要だ。

 筋肉を動かしたければ、まず”作動計画”を策定し、認証スキルをわざわざ起動し、いちいち全ての行動に”くそったれモニカ”の名前で”サイン”が必要になる!」


 プレゼンターの声は僅かに怒気を孕んでいた。

 シミュレートした人格なのに随分と感情的だ。


「そして、そうやって行動を実行しても、ちゃんと動くかは”本体”任せ。

 しかも”くそったれ人格層”が、しょっちゅう方針を変えるせいで、その度に訂正用の”作動計画”や”中止命令”を策定して、”くそったれモニカ”の名前で認証しなけりゃいけないのだ!」


 うわぁ・・・そんなこと考えてたのか・・・

 なんか申し訳ない・・・

 あれ、でもこれただのシミュじゃ・・・


「・・・失礼、感情的になってしまった。

 つまり本来、”我々”が直接”本体”を操作することはできないし、間接的手段も曖昧なものというのは諸君らも周知の事実だが、この”くそったれ思考同調”はその限りではないということだ」


 あ・・・”くそったれ思考同調”には、正直同意するが流石に口が汚いな。

 修正しておこう。

 

 するとプレゼンターの動きが一瞬止まった。


「どうやら、”上”から、もう少しキレイな言葉を使うように言われてしまったようだ、今後は気をつけよう」


 そう言ってプレゼンターが肩をすくめると、観客が一斉に笑った。

 あれ・・これって笑うところなの?


「試しに”研究班”がFMISの機能として、これらの手順コードを組み込んだテストスキルを作成して実行してみたが機能しなかった。

 このことから思考同調などの”プリセットスキル”は、”高レベル操作権”が付与されていると考えられる」


 すると観客席から不満を表すように大きなブーイングが起こった。


「だが! ここで”ゴーレムスキル”の出番である」


 その瞬間、スクリーンの内容がスキルの構成を記したものに戻り、さらにゴーレムスキルの赤枠が大写しになった。


「実はこのフィールドにもスキルの作成が可能であることがわかっている」


 スクリーンの赤枠に新たに”テスト1”と記されたスキルが現れた。


「このスキルには先ほどの手順コードを含んだ内容を記載している、当然FMIS下では使えない内容だ、だがこれを見てほしい」


 スクリーンの半分に別の映像が表示される。

 それは暗くてわかりづらいが、手のようなものが大写しになっている。


「これは現在の”本体”の右手を写したものだ。

 協力してくれた”魔力制御部”と”魔力通信部”、それにフロウの感覚器からのデータを変換してくれている”データ処理部”の”視覚係”に拍手を」


 プレゼンターの言葉に観客席が一斉に拍手し、さらにその一部で歓声が上がった。

 どうやらあの一角が担当したらしい。


「それじゃ、早速このスキルを使ってみよう、見てくれ、”発動”」


 プレゼンターの言葉と同時に、画面の向こうのモニカの右手の中指がピクリと内側に折れ曲がった。

 そしてそれを見た観客席が割れんばかりの歓声につつまれる。


「間違いのないように伝えるが、これは”本体”の意思や、”人格層”の署名の入っためんどくさい処理は、一切使っていない! ”右手の中指を折り曲げる” 本当にそれだけの記述しかしていないスキルだ」


 歓声はなおも続く、まるでモニカの体を直接動かせるということが凄まじく画期的なことであるようだ。


「もちろんデメリットはある。 いや、むしろ現状ではデメリットしか無い。

 発動中に干渉することは出来ないので、状況に合わせて制御することは出来ない、さらに一度発動したスキルは実行し切るまで止めることは困難を極める」


 すると画面の向こうの中指がゆっくりと元の位置に戻った。


「このスキルの場合は、”タイマー”を仕込んで自動的に終了させている。

 おそらくこのシステムの本来の使い方は、ゴーレムに関するスキルを我々が組み立て運用するためのものだと思われ、”高レベル制御権”は、あくまでそのための補助と考えられる」


 観客席の歓声のボリュームが幾分下がる。

 ”制御できない”というのはこいつらスキル達にとっては、かなり重たい要素のようだ。


「なのでこの案件に関しては、現状ではまだまだ”要研究”の範疇を出ない。 だが近いうちに何らかの”運用方針”を発表するかもしれないので、使用が予想される制御部はそのつもりでいるように。

 さて・・・・話題を次に移そう」


 するとスクリーンが真っ白に塗りつぶされ、それから壮大な音楽と共に何かのロゴのような模様が浮き出てきた。


「これが今日の”目玉”、このプレゼンテーションの最大の”目的”。

 我々の今後・・・スキルの成長戦略・・・発表しよう、


 ”フランチェスカ2.0”!」


 その瞬間、”ジャン!”という音と共に、画面にデカデカと”フランチェスカ2.0”という言葉が、ソフトウェアか何かのパッケージみたいな文字で書かれている。

 そしてそれが現れた瞬間、観客席から割れんばかりの歓声が巻き起こり、スタンディングオベーションが起こった。


「ありがとう! ありがとう!  ありがとう!」


 プレゼンターがそう言って観客を宥めるように手を上げて、会場を落ち着かせる。


「まだ計画段階だが、この”2.0”では、我々の積極的な成長への関与をその組み込んでいる。

 コンセプトは”3M”!」


 プレゼンターが指を三本建てて観客席にアピールし、スクリーンに”3M”という文字が現れた。

 そしてその”M”という文字が3つに分裂し、薄っすらと他の文字が浮き上がる。


  ”Moreより closely緊密に!”


  ”Moreより powerful強力に!”


  ”Moreより flexibly柔軟に!”

                    」


 画面にプレゼンターの言葉が現れ、最後にそれらも纏めるように黒枠が現れて上部に改めて”3M”と表示された。


「今まではこれらの要素は全て、既に用意された範囲の中で決められていた。

 我々の役目もそれを監視し制御するものだ。

 だが、それでは対応できない”脅威”も多かった」


 画面にこれまでの”戦い”の映像やそれに関するデータが映し出される。

 その殆どは俺達が苦戦した瞬間のものだった。


「これを受け、今後はもっと積極的に状況を改善していこうというのが、この”2.0”の趣旨だ。

 そしてこれを達成するための”強化方針”が、”Road2.0 toへの 2.0”である」


 そして今度は画面に”Road to 2.0”の文字が現れた。


「まず最初の”M”、”Moreより closely緊密に”について

 これは”スキル”と”本体”の間で、より緊密に情報のやり取りを行えるようにするというものだ。

 これまで片方向だった”内部通話”の双方向化、”本体”からのスキルの直接制御、”本体”へのデータの直接提示などがこれに当たり、現在方法を模索している」


 これは俺とモニカのやり取りを強化する内容か。

 確かに頭の中での会話は俺からの一方通行だし、モニカが俺が見れるデータを見れないのは不都合に感じていた。


「次に2番目の”M”、”Moreより powerful強力に

 注意しておくが、これは本体の成長に伴って増えるであろう”魔力”のことではない。

 現在、”本体”の耐久性絡みに関する問題で使用できない、”高エネルギー”をもっと効率的に扱えるようにするためのものだ。

 詳細はまだ考慮段階だが、今後増えるであろう魔道具やゴーレムを使用しての、より”積極的”な”身体強化”を利用したプランが挙がっている」


 画面に幾つかのイメージ画像が現れた。

 そのどれもが、アニメや映画のロボットのような”ゴツい見た目”をしている。

 どうやらこれは、”生身の肉体が耐えられないなら、耐えられる体にしてしまえ”という少々強引な思想の計画らしい。

 感覚としては鎧の多機能強化版かな?


「そして最後の”M”、”Moreより flexibly柔軟に

 これはよりその場に即した手段をとれるように、スキルの構造自体をより柔軟なフレームワークで再構築するというもの。

 ゴーレムスキルの解析によって生まれた案だが、出来るならば大きな効果を生むだろう。

 場合によってはスキルの再起動を伴う危険性の高い改良案であるが、細かく区切ってセクションごとに再起動を行うなどの方法で対応したいと考えている」


 柔軟な手段、おそらくこれは2番めの”M”に関係してくるのだろう。

 何らかの手段で瞬間的に体を強化しても、取れる手段が増えなければただ強い力を使えるだけになりかねない。

 強化したのなら、それに合わせてこれまで起動していないスキルを使えたほうが便利だ。

 おそらくこれは、思考同調時やピスキアで暴れた時などに”一時的”に本来使えないスキルが使えていたことからヒントを得たのだろう。


 つまりこれは、思考同調やスキル暴走の時の状態を”安全”に再現した物になると思われた。


「現在、”研究班”ではこの”2.0”に向けた各種の課題やテストを日々行っており、その成果は順次反映させていく予定だ。

 各員、その時を楽しみに待っているように。

 今日の発表はここまで、皆さん、ご清聴ありがとう!」


 プレゼンターがそう言って客席に手を振ると、再び割れんばかりの拍手と歓声を伴ったスタンディングオベーションが巻き起こり、しばしプレゼンターがその歓声に応えたあと、ゆっくりと歩いて壇上を後にした。


 そして”シミュレーション終了”の報告が表示され、ゆっくりとプレゼン会場がボヤけて見えなくなっていく。

 そして最後に”フランチェスカ2.0”の文字がゆっくりと黒い闇の中に消えると、いつの間にか俺の視界はいつもの”管理画面”に戻っていた。


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