2-1【ピカピカの一年生 12:~”特大”~】


「あれ?」


 ドアノブを回したモニカが予想外の手応えに驚いた表情を作る。


「今日はいないのかな?」


 前回、前々回と玄関の鍵が開いていたので、てっきり今回も開いていると思いこんでいたのだが、どうやらこの扉もちゃんと鍵はついているらしい。

 そしてモニカが少し心配そうに、縦に細長い古びたその建物を見上げた。

 すると後ろにいた同行者達が、確認するように顔を寄せる。


「休日だからね、先生だってどっか遊びに行ってるんじゃないの?」

「でもそうなると、少々困りましたね」


 ルシエラとベスがそれぞれの意見を発した。


 ガブリエラと予想外の遭遇をした翌日、俺達はルームメイトを連れて相談のために再びスコット先生のもとを訪ねていた。

 昨日の出来事を報告して助言を請うためだ。

 

 俺達が気になったのは、あの俺達のことを知っている素振りだった上級生。

 貴族の中でも別格の扱いだったし、見て分かるほど優秀な人だったので、共同授業に来たマグヌスの精鋭部隊と接触している可能性は充分に考えられるからだ。


 ルシエラとベスは、俺達の護衛という名目で付いてきた。

 だが、どう見ても戦力的にアテは出来ないだろう。

 ルシエラは改めて検査してお許しが出るまで、少なくともたっぷり3週間は魔力は使えないし、ベスだってまだ初等部だ。

 一応、ベスも優秀な生徒なのでそれなりに強いだろうが、高等部の生徒相手に何かできるとは思えない。


 そんなわけで2人共どちらかといえば、俺達の先生であるスコット先生の人となりと、次いでに珍しい天文学の研究室見たさが主な動機だと思われた。

 彼女達も休日で余裕があったかららしいが、大事な休日をこんなことに使って大丈夫なのだろうか?

 まあ戦力にはならなくとも、他国の特待生2人が一緒にいる所で手を出せば、国際問題待ったなしなので抑止力にはなるのだけど。


 だが肝心要のスコット先生の研究室の鍵が開いていない。


「スコットせんせーい! いますか-!」


 モニカが建物の上の方に向かって叫ぶ。


 反応はない。

 まだ早い時間でこの地区は比較的人通りが少なく気配の感知は容易だ。

 だがそれでも建物の中で動くような気配はなく、活発に人の動きが見られる隣の建物に比べれば雲泥の差だ。


「いないねー」


 その様子を見てルシエラが諦めたようにそう言った。

 まだ探知魔法とかは使えないが、彼女くらいになれば建物の中に人がいるかどうかくらいは分かるらしい。


「スコット先生は、この研究室が自宅を兼ねてるんですよね?」

「うん」


 ベスの指摘にモニカが答える。

 それは以前に事務局で調べた時に確認しているので間違いない。

 スコット先生は寝起きも研究もここで行っている。

 唯一、高等部向けに行っている天文学の授業だけは、街の外れにある教室を借りて行っているらしいが、今日は休日なのでここにいると思っていたのだ。


「まあ、ここで待っていても仕方ないし、何処に行ったか手がかりもないし、今日は引き返しましょうか」


 ルシエラが結論を述べる。

 でも実際、ここにいても出来ることはないのだ。


「そうだ! 2人共、これから”アトラント”に行こうよ! あそこに美味しい”リバル屋”さんが出来たんだって!」


 すると突然ルシエラの表情が明るいものに変わり、あっという間に今日の予定を書き換えてしまった。 


「ルシエラ姉様、それが本音でしたか」

「バレた?」

「今言えば、バレバレです」

「ははは・・・」


 2人の慣れた掛け合いに、モニカが乾いた笑いを漏らす。


 ちなみに”アトラント”は、街の中心部の少し北にあるアクリラを東西に流れる3本の川が最も近づいた地域で、古くから様々な品物が世界中から集って取引される地域だ。

 現在では少し東の新市街”デッセン”と、中央講堂などの重要教育施設が集まる”中央区”に街の中心としての立場は奪われたが、今でも老若男女問わず人気のスポットなのは変わらない。

 授業中でも、アトラントの店などの情報は人気の話題だった。

 

「だって、帰ってきてから忙しくて、友だちに勧められたお店とか、全然回れてないんだもん。  だから今日は気合い入れて巡るわよ!」


 そう言って謎の気合を見せるルシエラ。

 どうやら、この姉様ルシエラが俺達について来た最大の理由は、そのついでに街中で遊ぶためのようだ。

 魔力が使えないので、移動に時間がかかって仕方がないと嘆いていたので、この期に休日を満喫しておきたいのだろう。


「ね、モニカも”リバル”食べたいでしょ?」


 すると、ルシエラが同意を求めるようにモニカに聞いてくる。

 だがそれに対するモニカの返答に、ルシエラとベスが凍り付くことになった。


「リバル? リバルってあのパンみたいなやつだよね?」

「!?」

「!?」


 2人して信じられない物を見るような目でこちらを凝視している。

 

「えっと・・・モニカ姉様、リバルってのは、こう・・・甘くて」

「待ってベス・・・たしかに私達が旅してきた辺じゃ、リバルって、出来損ないのパンみたいなやつだったわ・・・」


 どうやらモニカが、”まともなリバル”を見たことがないことに驚いているようだ。

 でも勘弁してやってくれ、そもそもモニカは肉と野菜以外の食べ物を初めて見てから、それほど経っていないのだ。

 というか俺も”リバル”って間食に出てくる、ボソっとしたパンというイメージしか無いので人のこといえない。


「ベス、モニカにリバルの美味しさを分かってもらうためにも、早く行きましょ!」

「仕方ないですね・・・」


 ベスが渋々了承すると、ルシエラの表情がさらに明るいものになった。

 現金な人だ。

 それにベスの表情も表向き冷静を保っているが、よく見ると口元が笑っていたりと、”リバルが食べたい”と顔に書いてあるかのようである。

 どうやら、その”リバル”とやらはそこまで美味しいもののようだ。

 パンのようにボソボソしたやつもあれば、甘くてルシエラが夢中になる様なのもある・・・ってことはひょっとしてケーキ的な物か?


「一応、帰りにここに寄るコースでお願いしますよ」


 だがベスも、今日の”本当の目的”は見失っていなかったようで、釘を刺す用にルシエラに注文する。


「分かってるって、帰りにもう一度ここに来る、それでいいよね?」

「あ・・・うん」


 リバルにそこまで美味しい思い出のないモニカは、あまり喜んではいないようだ。

 だが俺は違う。

 美味しい”推定ケーキ”には大変興味があったのだ。


『暇つぶしにはちょうどいいだろ、それにこんなに楽しみな顔の2人を、がっかりさせられないだろう?』


 と、さり気なく”悪魔の囁き”を吹き込むと、計画通りモニカの感情が”だったらいいか”に変わっていくのを感じた。

 よし、これで今日の予定は決まったな。

 すぐにスコット先生に相談できないのは残念だが、夕方には帰っているかも知れないしルシエラ達と一緒なら心配はないだろう。


 俺達はルシエラのそれを了承し、ルシエラとベスはウキウキな様子で近道の確認を行っている。


 

 その時だった。


 突如、西の空が金色に光り、驚いたモニカが慌ててそちらに顔を向ける。

 するとそこには、西の丘に建つ不思議な形の城の姿と、

 その中ほどから天空に向かって、巨大な光の柱がそそり立っている光景が目に飛び込んできた。


 何だあれは・・・


 俺とモニカがその光景に息を呑む。

 光の柱は雲を突き抜け、はるか上空で拡散して空に消えていた。

 まるで火山から噴き上げるマグマの様ですらある。

 そしてその光に押されるように、雲がゆっくりと周囲に広がっていく。


 さらに少ししてから、僅かに空気が震える振動と、そこから押し出された風が俺達の立っているこの場所を駆け抜けた。



「何あれ・・・」


 ようやく絞り出したモニカの声は、初めて見る光景に恐れすら感じていた。


 だが、それは俺達だけのようだ。


「ああ、懐かしいわね」

「あんなのでも、懐かしいと思うんですか?」

「そりゃ、ここ数ヶ月見てなかったからねー」


 その光の柱を見たルームメイト達の反応は薄い。

 さらに周囲の街行く者たちも、その光の柱を指差したりして騒いだりする様子はあったが、初めて見た様子はどこにもない。


「2人共、あれが何か知ってるの?」


 モニカが2人にそう言うと、逆にベスからは驚いた様な顔をされた。


「え!? モニカ姉様はなさらない・・・・・んですか!?」


 なさらない・・・・・? なさらない・・・・・とはどういうことか?

 すると即座にルシエラがベスに頭を軽く小突いた。


「ベス、それ・・は言わない約束でしょう?」

「あ・・・すいません」


 ルシエラの言葉にベスが”しまった”という顔を作って謝る。

 この反応からして本来喋ってはいけない内容、それも俺たちに関してのものらしい。

 となればおそらく”スキル”の関する事だろう。


「あれはガブリエラよ」


 ルシエラの答えは予想通りのものだった。

 つまりあの現象はガブリエラのスキルウルスラに関するものだろう。


「ガブリエラ?」


 モニカが確認するように問い返すと、ルシエラが呆れたような表情で頷いた。


「あいつの無駄に巨大なスキルが溜め込んで”腐った”魔力を、時々ああやって外に吐き出してるんだってさ」


 なるほど、つまりあの光の柱はウルスラが生み出す膨大な魔力で出来ているということか。

 というか魔力って腐るんだ・・・


「あれが見えると、”アクリラ”って気になりますよね」


 なんか、ベスが街の名物か何かみたいなこと言っている。

 でも確かに、あれだけ荘厳な光景が定期的に見られるなら、アクリラの名所の一つになっても別におかしくはないだろう。

 実際、周囲の人達もこの荘厳な光景を大いに楽しんでいた。


「でも、あのお城に住んでいる人達は大変じゃない?」


 モニカが指摘したのは、その光の柱の根本にそびえ立つ大きな城。

 その城はかなり大きなもので、重力を無視したように突き出した塔の形も含めて、それだけでも観光名所になりうるほど特徴的だ。

 だが今は、そのすぐ後ろから噴き出した光の柱のせいで随分と小さく見えてしまっている。


「そうですね、あの”貴族院”に住んでる友達は、けっこう大変だって言ってました」

「あのお城が貴族院なの?」

「そうそう、貴族様達は全員であのお城に住んでるの、部屋とかご飯とかウチよりかなり豪華だけど、”アレ”のお陰で全く羨ましいと思ったことはないわね」

「はは・・・」


 ルシエラの説明にモニカからまた乾いた笑いが溢れる。

 それにしても貴族は皆あのでっかい城に住んでいるのか・・・そりゃでっかいはずだ。


「中は大丈夫なの?」

「友達の話だと、貴族院では前もって注意喚起があるみたいですし、光ってるだけでそこまで大きな振動とかはないらしいですよ」

「本当に?」

「ええ、魔力回路を織り込んだ特殊なカーテンを閉めて、”防音”の魔法をお城全体にかけてるんで意外と平気なんだそうです。

 でもあの光が出ている間は危険なので、外に出てはダメなんだとか」


 流石に何度も体験してるだけあって対策もバッチリということか。

 それにしても、そこまでの事が必要になるんなんて、”王位スキル”というのは本来は随分と大変なものなんだな・・・ 


「でも冷静に考えれば、馬鹿みたいに目立つ”トイレ”よね」


 ルシエラがそう言って、バカにしたような表情で光の柱を見た。

 と、トイレ!? たしかに体内で不要になった物を排出はしているが・・・


「ルシエラ姉様」


 ベスが咎めるような声でルシエラに呼びかける。

 だが当のルシエラはどこ吹く風でさらに続けた。


「普通の人は”小”と”大”しか無いけど、あれは”特大”ね・・・ッププ・・・さすが王女様、トイレまで規格外なんて・・・ックフフフ、フハハハッハ」


 そう言って腹を抱えて笑うルシエラ。

 どうやらトイレの例えがツボに入ったらしい。


「はあ・・・ルシエラ姉様は、ガブリエラ様のことになるとすぐにこれだから・・・」


 どうやらいつものことのようだ。

 ルシエラはガブリエラに虐められていたということなので、口が汚くなるのも仕方がない。

 ベスが諦めたように頭に手を当てる。

 そして何故か申し訳無さそうな表情で、顔をこちらに寄せて小声で話してきた。


「・・・本当に、”あれ”はやらなくて大丈夫なんですよね?」


 どうやらベスは、俺達がガブリエラと同じ”王位スキル”保有者ということで、同じように魔力を捨てなくても大丈夫か気になったらしい。


「う、うん・・・今まであんな風になったことはないよ・・・」


 そしてそんなベスの様子につられてか、何故かモニカも申し訳無さそうな表情でそう返した。

 ただその答えでは不十分だと感じたので、俺が補足を追加する。

 幸い、ベスが顔を寄せているので、少しの音量なら誰にもバレる心配はない。


「たぶん”フランチェスカ”は”ウルスラ”と違って、調整能力が非常に高いから必要ないんだと思う、魔力は基本的に必要なだけ作ってすぐに消費するし」


 だが確かに、仮にモニカの魔力が制御なしに作られ続けてそれが腐るとなれば、俺達もおそらくあれくらいの勢いで魔力を捨てないといけないだろう。


「ということは、ロンさんはガブリエラ様のスキルよりも”優秀”ってことですか?」



 ガブリエラのスキルよりも優秀・・・


 ウルスラより優秀・・・


 俺の中を、ベスのその言葉が何度も反響した。


 おお、ベスよ! そう言ってくれるか!


「・・・ありがとうな」

「・・・?」


 突然感謝されたベスが怪訝な顔になり、それを見たモニカが呆れた表情になる。

 どうやら俺がベスの言葉に大きく喜んだ感情が、モニカにまで伝わってしまったらしい。


「あ・・・ごほん」


 俺がその空気を誤魔化すために、そんな必要もないのに咳払いをつく。


「まあ、そうとも言えるかもしれないね。

 もちろん、現時点での出力や魔力量ではウルスラには一歩劣るけれど、俺という・・・・常時スキルの状態をチェックして、最適化してくれる存在がいるからこそ無駄がないんだと思うよ」


 キリッ!

 

 すると何故かベスの表情まで胡散臭いものを見るかのように変わった。

 何でだよ! 本当のことだろ!?

 そんな風に俺達がベスと顔を寄せ合って話していると、突然背後からルシエラがモニカとベスの肩に手を回してその中に加わった。


「なに~? 私抜きでコソコソ喋りあっちゃって」


 どうやら1人だけ除け者にされたことに軽く憤慨しているようだ。


「・・・なんでもないですよ、モニカ姉様がロンさんのお陰で、あんな風に魔力を捨てなくてもいいって話をしていただけです」

「ほう、ってことはモニカは”特大”はしなくても良いんだ!」


 その瞬間、その場に僅かに凍ったような空気が流れた。


「ルシエラ」

「ルシエラ姉様」

「ルシエラ・・・」


 モニカとベスが顔を合わせ、揃って呆れた表情を作った。

  

「「「例えが汚い」」」


 俺達3人が揃ってルシエラに苦言を呈すと、流石のルシエラも気圧されたように後ろにのけぞった。


 そしてその向こうでは、ちょうど天空に伸びた光の柱が徐々に消えるところだった。

 どうやら、”出すもの”はすべて出し切ったようだ。

 すると周囲の人々も、興味を失ったように各々の道を歩むのを再開し、ルシエラとベスもこれから向かうリバル屋について話題を切り替える。


 だがモニカは、完全に光の柱が消えきるまでの間、その光景を名残惜しそうに見つめていた。

 

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