2-1【ピカピカの一年生 4:~初登校~】



「必要な物は持った?」

「うん」

「はい」

「持ったぞ」


 木苺の館俺達の家の中に響いたルシエラの確認に、モニカとベスと俺がそれぞれ応えた。


 今日は俺達の初登校日だ。

 モニカも気合が入っている。

 といっても制服を着て鞄に本と筆記用具を詰めたくらいだが、それだけでも今までと違う物を感じる。


「それじゃ行きましょう!」


 そして妹分の確認をしたルシエラが、そう言って玄関の扉を開けた。

 俺達が外に出ると、多くの生徒が坂をゾロゾロ下っていく光景が目に入ってきた。


『凄いな、通学ラッシュだ』


 そして俺達もその列に続いて坂を下る。


 後ろを振り返ると、ちょうどベスの肩にフクロウのサティが止まるところだった。

 どうやらベスはサティと一緒に登校するらしい。

 周りを見ても、動物を連れている子は結構見かける。

 俺達もロメオを連れて行っても大丈夫だろうか。

 まあ、今日は連れて行く理由はないし、何か許可がいるのかも分からないので、連れて行かないが。


 ”知恵の坂”の麓に辿り着くと、そこの広場で多くの生徒が固まっていた。

 全員、初等部の制服を着た生徒で、魔法学校側と商人学校側に分かれて集まっている。

 ただ、何人か逆側に入っているが大丈夫なんだろうか? 


「それではお姉さま方、私はここで」


 ベスが俺達とルシエラにそう言って頭を下げてからその集団の中に加わり、引率と思われる高等部の先輩に声をかけた。

 初等部の授業は基本的に街の中心で行われるので、こうして集団で登校するのだそうだ。

 俺達中等部は、生徒のカリキュラムによって方向が異なるので個別登校だ。

 ただし、今日は彼等と同じ中心部に向かうことになっている。

 そして寮の建物の食堂にて、ルシエラと一緒に慌ただしい朝食を取る事になった。


 朝の食堂は戦場さながらだ。

 あまりに慌ただしいので、配膳は全部セルフサービス。

 調理場のすぐ近くの台に食事が山盛りにされ、それを各々が好きなだけ取っていく。

 成長期という事もあってか、皆食べる量が多い。

 驚くのは半分以上の生徒が料理をテイクアウトすることだ。

 どこで食べるのか?


「うん、この喧騒久々だ」


 ルシエラが懐かしいものを見たという表情でそう言った。


「昨日はこんなに煩くなかったよね?」

「休日は結構バラけるからね、でも平日はこんなもんよ」


 この喧騒も慣れるのかな?


「ルシエラはどこ行くの?」

「ここからさらに東に行くの、私の授業は郊外が多いわ、早いとこ魔法使えるようにならないとキツイでしょうね」


 そう言って憎らしげに光を失った髪を弄る。

 彼女はここに辿り着くまでの戦いで大技を使ったらしく、今はその代償で魔力が扱えない。

 彼女の髪は本来もっと青いのだが、魔力を失って黒くなっているのだ。


「さあ、そろそろ初等部が突っ込んでくるから急いじゃって」


 ルシエラがそう言って、皿の上の野菜を勢い良く掻き込む。

 そしてその言葉通り、点呼を終えた初等部の生徒達が食堂に入ってきて、喧騒のボリュームが数段階上がった。





 慌ただしい朝食を終え、寮の外に出ても喧騒は収まらない。

 むしろ叫び声が追加された分だけ強烈になっていた。

 

『うひゃ~、凄いな』


 俺のその感想にモニカが肯定の感情で答える。

 この叫び声の正体は、馬車の行き先の案内だ。

 実は寮の多い地域とアクリラの市内各所を結ぶ、生徒専用の馬車路線が整備されている。

 さしずめ”スクール馬車”といったところか。

 そして今回は、ここでの生活の練習がてら、これを使う事になっている。

 別に強制ではないが、どんなものか使ってみようという事になったのだ。


 近くには東山地区の発着場があるので、”知恵の坂”の生徒は比較的便利である。

 そしてそこには、文字通り大型バスサイズの馬車が停まっていた

 他の街でも普通に見られた市内向けの馬車だが、ここではそれが生徒専用に使われる。


「乗る馬車はわかってる?」

「あれ?」


 モニカが”中央講堂行き”と御者が連呼している馬車を指差すと、ルシエラが頷いた。


「それじゃ、私は方向違うから。 頑張って行ってらっしゃい」


 ルシエラがそう言って、俺達の肩をポンポンと叩いてから、違う馬車へ向かって歩いていった。

 彼女の目的地は生徒の多い方向ではないので、一般用の馬車を使うらしい。

 いつもなら飛んで行くとの事なので、魔法が使えないだけでかなり不便になってしまう。


 モニカはルシエラの背中を名残惜しげに見つめ、見えなくなると顔を上に向ける。

 そこには、思い思いの方法で空を行く生徒の姿が見えた。

 向かう方向はバラバラで、意外と中心部に向う生徒は少ない。

 そしてその殆どは高等部だった。


 見た感じ、高等部の生徒は中心部に向かう割合が明らかに少ない。

 ルシエラも郊外だし、何か理由があるのだろうか?


 そして、俺がそんな事を考えている間にモニカが馬車に乗り込んだ。

 馬車の中も他の街の馬車とさほど違いは無かった。

 ただし乗客の年齢層が遥かに低い。

 その為、話し声で結構煩かった。


 皆、友人達と課題の状況や今日の授業について話し合っている。

 だがやはりモニカが通るとその目線が一瞬胸元に動き、一回戻って少し驚いた様に2度見する。

 やはりこの校章は目立つな。

 口に出したりはせずに、すぐに興味を失ってくれるのが救いか。

 どうやら見はするものの、気にするほどでは無いらしい。


 モニカが席につくとすぐに隣の席が埋まり、それを合図に馬車が発車した。

 どうやら満員になり次第出発するらしい。

 この辺もスクール馬車ならではか。


 馬車は少しの間、細めの道をゆっくりと進んだ後、中心部まで続く大通りに出て一気に速度を上げる。

 それでも広めの道路とあってかなり余裕があった。

 これなら使い勝手は完全にバスだな。


『モニカ、馬車のすぐ横を見てみろ』


 するとモニカが窓に顔をくっつけて外の様子を見た。

 ちょうどその時、俺達の乗った馬車のすぐ隣を、何かが高速で駆け抜けていくのが見えたのだ。

 それはペダルの無い自転車のような乗り物で、生徒たちはそれに様々な形で動力を追加していた。

 今見える範囲だと、太くて長い足で蹴って進んでいる者、魔道具のような物を車輪につけてる子の姿が見える。

 それだけじゃない。


『この馬車は、ここでは速い乗り物ではないみたいだ』


 モニカから肯定の感情が流れる。

 自転車のような乗り物だけでない、明らかに魔力ブーストの入った馬などの動物に跨る者、更には己の脚でこの馬車を追い抜いていく者の姿もある。

 こんな所にもアクリラのレベルの高さが見て取れた。

 あ、モニカから燃えるような感情が、


『モニカの方が速いよ』


 と俺がフォローする。

 実際、筋力強化を上手く使えばモニカの足でも、これくらいの速度は何とかなる。

 ただそれを通学で使うとなると・・・

 どうしても今横を駆け抜けた獣人の少年の様には、スマートには行かないはずだ。


『でも使えるなら、ロメオのいい運動になるな』


 モニカが心の中でまた頷く。

 ただロメオはここまで足が速くは・・・あ、いや速いか、あいつ本気で走れば結構速度出るからな。

 ゴーレム戦で発覚したが、あいつその辺の馬より全然速い。

 

『帰りに、確認しとこうな』


 俺がそう言って心のメモ帳に、”ロメオを使っていいかの確認”と書き込んだ。

 でも、仮にゆっくり行く場合でも問題なさそうだ。

 見た感じ何らかの乗り物に乗っているのに足の遅い連中もちらほら見かけるのだ。

 そして、そういった”ゆったり組”は大抵、移動しながら食事を取っていた。

 ああ、これで朝食をテイクアウトする連中の謎が解けた。

 どうやら戦場のような食堂を避けて、のんびりとした道中で優雅な朝食と洒落込んでいるらしい。


 空を行く者、地面を駆け抜ける者、馬車に揺られる者、のんびり行く者、

 本当に多種多様な登校風景が広がっていた。


 一方、そんな窓の外の景色に釘付けの俺たちを、隣の男子生徒がチラチラと横目で見てくる様子が後方視界に入ってきた。

 おそらく中等部なのに、新鮮そうに外を眺める俺達が不思議なのだろう。


 客観的にみれば、お上りさん丸出しだな。


 それから暫く俺達はその登校風景を眺めていた。

 だがその途中で、モニカから何かを確認したがる様な思念が飛んでくる。


『どうした?』


 するとモニカが俺だけに聞こえる様に、小さな声でつぶやいた。


「・・・夢・・・見なかったね」


 どうやら昨夜は【予知夢】が発動しなかったことが気になるようだ。


『しょっちゅう見れるもんでもないだろう、というか発動条件が未だにわからんし、毎日見られても身がもたない』

「でも、この前のはほとんど思い出せないし・・・」


 それがこのスキルの厄介なところだった。

 まず好きなときに見れない。

 フランチェスカのスキルの概要を読んでも、その辺がちんぷんかんぷんで理解できないのだ。

 なんとなく、見れる時に勝手に見れることは分かったが、調整もできないし好きな部分が見れるわけでもない。

 発動したところで、夢見の悪さと頭痛くらいしか欠点がないのが救いか。

 その代わり、本当に夢らしく内容の保持が難しいので恩恵も少ない。


 結局、”そのうちあなた達の身の周りで大変な事が起きますよ” 程度の意味しかないのだ。

 起動してから悶々とするところまで含めて、使い勝手も、その凄さも、その微妙さも【思考同調】の”お仲間”に恥じない問題児といえた。


『今後は俺が発動を検知したら、起きたときにすぐに聞くしかないな』

「・・・そうだね」


 結局それくらいしか対策が思いつけなかった。

 こう、俺がモニカの記憶を覗けるとまでは行かなくとも、せめて夢で見たものを記録なり解読できる方法はないだろうか?

 

 そしてその間に、俺達を乗せた馬車は無事何事もなく、中央講堂の裏手にの広場へと滑り込んだ。

 そういえばこっちから入ったことはないな。

 試験で3日間お世話になった比較的馴染みのある建物だが、あまりに大きすぎてその全体は全く見切れていなかった。

 どうやら立派な表門と違って、後ろは結構実用主義的な構造らしい。

 広場から建物に向かって沢山の階段と玄関が並んでいて、効率的に目的の教室まで行けるようになっている。


 そして、広場の駐車スペースでスクール馬車がガタリと音を立てて止まると、乗っていた生徒たちが一斉に2つ有る出口に殺到する。

 まだ勝手がわかってない俺達は、生徒の流れの邪魔にならないように最後尾に並んで馬車を降りると、そのまま人の流れに乗って講堂内へと向かった。


「・・・どこ行くんだっけ?」

『授業は3階の教室だけど、先に1階の教員室に来てくれって話だったはずだ』


 俺が、事前に渡されていた今日の予定表を読み返しながらそう言うと、モニカが1階に向かう生徒の列に加わる。

 一階は教室ではなく売店などの関連施設があるものの、教室は無いので向かう生徒の数は少ない。

 逆に教師と思われる大人の数が多かった。

 さすがアクリラだけあって、みな優秀な人っぽいオーラが出ている。

 気のせいか、話している内容も高度な気がするくらいだ。


 そしてそんな教師たちの後ろをついていけば、非常に大きな扉の教員室まではすぐに着いた。

 だが、そこでモニカが教員室の標識を見つめて固まる。

 別にそれがやたら高い位置についているのがおかしい訳ではない。

 直前で足が固まって動けなくなったのだ。


 まあ、仕方ない、今のモニカは生命の危機を感じていないから、知らない人混みに対する免疫が不足しているのが表に出てきている。

 そんな状態で教員室にいきなり入っていくのは、少しハードルが高すぎた。


『時間無いからさっさと入っちゃおうぜ』


 だがそうも言ってられないので、俺はモニカを急かす。


「・・・うん」


 それでも暫く教員室の看板を見つめていたが、意を決したモニカがロボットダンスみたいな動きで扉に手をかけようと動いた。

 ただ、その手が届くことはなかった。


「おはよう、モニカ君! ちょうどよかった!」


 突然後ろから声を掛けられモニカが振り向くとそこには・・・・


「あれ?」


 視界には誰もいない。

 出勤してきた先生達の姿はあるのだが、こちらに声をかけた感じはない。


「どこ見ておる、下だ、下!」


 そんなコントみたいなやり取りでモニカが顔を下に向けると、そこには50cmほどの大きさの服を着たスズメバチが立っていた。

 

「ザーリャ先生?」

「ほう、覚えていたか、感心したぞ!」


 そりゃ、こんな特徴的な先生をどうやって忘れろというんだ。

 だが、この喋るスズメバチは、モニカがすぐに気が付いたことに気を良くしたのか、上機嫌な様子で話し始めた。


「君の”基礎教養”の授業は、私が担当することに決まった! 今から行う最初の授業だ!」


 ザーリャ先生がそう言って腕を組んだ。


「ザーリャ先生が?」

「君の”体”の事も注意しなければならないからな、事情を知ってる私がやった方がいい!」


 なるほど、そんな配慮が。

 俺達はピンピンしてるが、ガブリエラや他のスキル保有者の話を聞く限り、高レベルスキル保有者は半身障者的なリスクを常に抱えている。

 しかも俺達はそれを隠さねばならぬ身だ。

 学校からしたら、知らない教師の時に突然倒れられたら堪らないだろう。

 なので一番リスクの高そうな最初の授業で、事情を知ってる者の担当になるのは自然なことだった。


「それじゃ行こうか、教室までの道すがら、君に伝えることも多いからな!」


 ザーリャ先生がそう言って歩きはじめた。


 だがその様子に、モニカが固まる。

 ザーリャ先生の小さな体の後ろから、持ち手の無い鞄が付いてきたのだ。

 よく見るとその鞄は紐で繋がれていて、下にキャスターのような小さな車輪が付いている。


「どうした?」


 鞄を見つめるモニカにザーリャ先生がそう言った。


「あ、いや、意外とそういうのは普通なんだなって・・・」


 あ、そっちか。

 どうやら天下のアクリラの教師が、そんな”原始的”な方法で荷物を移動させているのが、気になったらしい。

 ここまで通学する生徒や教師が皆、”スマート”だったために、それが目立ったようだ。


「ふむ、いい指摘だ! 私も、できれば魔道具かなんかを使いたい、だが私は、君のようにジャブジャブと魔力を使えるわけではないのだ!」

「そうなんですか・・・えっと、すいません・・・」

「何を謝る! 君は疑問に思ったことを聞き、私がそれに答えた。 この世の謎が1つ解き明かされたのだ、喜びなさい!」


 そう言いながらザーリャ先生はてくてくと歩いていき、モニカが置いていかれないように慌ててそれに続いた。



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