2-1【ピカピカの一年生 3:~編入生の噂~】


 アクリラには様々な施設がある。

 様々な人が集まり、様々な需要が生まれるからだ。

 その中の1つに”サロン”がある。


 ここは商品や娯楽を提供する場所ではない。

 ただ心地の良い空間が用意され、利用者はそこで友人と談笑したり、読書に励んだり、昼寝をしたりする。


 主に貴族や裕福な家の子供などに人気で、街の中にいくつも存在しており、休日ともなればなかなかの盛況っぷりだ。

 彼等はここで羽を休めたり、友人達と己の派閥を確認したりしているのだ。


 そしてアクリラの中心部にある、日当たりの良いサロンの中でも、二人の少年が本を読みながら過ごしていた。

 片方は金髪の人懐っこそうな少年で、もう片方は赤い髪に黒く光る目が特徴の物静かな少年だ。

 2人ともアクリラの中等部の制服に身を包んでいるが、その作りは他の生徒のものより少し豪華な”貴族院”の制服だった。

  

「ねえ、ねえルーベン、あの話はどう思う?」

 

 金髪の方の少年が、もう1人に興奮気味に話しかける。


「なんだアデル、藪から棒に」


 だが、ルーベンと呼ばれた少年は興味なさげに持っていた本に目を落とす。


「ほら! あの話だよ!」


 だがアデルと呼ばれた少年の方は、ルーベンのそんな態度も気にせずに、興奮気味に話を続ける。

 するとルーベンが諦めたように読んでいた本から目を上げて、アデルを睨んだ。


「何の話だ?」

「昨日話しただろ? 編入生だよ」


 アデルがそう言うと、ルーベンの表情が曇る。 


「お前の取り巻きの女子が見たという、食堂にいた私服の女子の話か?」

「なんだ、覚えてるんじゃないか! その子の話だよ!」


 アデルのその声はとてもうれしそうな物だった。

 だがルーベンは再び読んでいた本に視線を落とす。


「興味ない」

「それがねー、なんと! 僕らと同い年らしいんだ!」


 アデルはルーベンのその物言いにも全く動じない。

 だがルーベンの興味は失われたままのようだ。


「それで?」

「その子を見た子の話だと、結構可愛いらしいよ!」

「それで?」


 ルーベンがペラリと本のページをめくる。


「珍しいと思わないの?」

「別に」


 するとアデルが驚いたような顔を作って憤慨した。


「この時期に編入だよ!? 聞いたこと無いよ」

「はぁ・・・」


 そこでルーベンが大きなため息を付いて、本を脇に避ける。


「・・・いいか、アデル」

「うん」

「僕達には沢山の同級生がいる」

「うん」

「女の子もたくさんいる」

「うん、そうだね~」


 その返事をしたアデルはとても幸せそうで、それを見たルーベンの表情に呆れが混じる。


「はぁ・・・だからそれが1人増えた所で、大した話じゃない」

「そんなこと無いよ、可愛い子はいつだって貴重だ」

「アデル、そんな事にかまけていると、そのうち本当にお前の父上の不興を買うぞ」


 ルーベンが真剣な表情でアデルの目を見つめる。

 だがアデルは逆に意味深な目でルーベンを見つめ返した。


「それじゃ君が興味を持ちそうな情報を1つ。 その子、相当強いらしいよ」


 アデルがそう言ってルーベンの反応を待つ。

 だがアデルの目論見は外れ、ルーベンが再びため息を一つ入れると横にやった本を手に取った。

 

「あれ?」


 その様子にアデルが驚いた表情になる。


「アデル、僕が他人の強さに興味があるとでも?」


 ルーベンの顔には己を見誤られたことに対する不快感が滲んでいた。

 だがアデルはそれに対して膨れる。

 

「とっても興味あるくせに」

「ない!」


 アデルがその反応を見てにやりと笑う。 


「その子、”Dランク魔獣”の討伐経験があるんだって」


 するとルーベンのこめかみがピクッと動いた。


「・・・どこで仕入れた情報だ?」

「友達の女の子がね、その子の名前で冒険者協会に問い合わせてみたんだって」

「そしたら魔獣討伐経験ありと・・・」

「そう! すごいよね!」

「なにが?」


 ルーベンがそう聞くとアデルが本気で驚いた。


「Dランクだよ!? D! 上から5つ目!」

「下から3番目」

「君と同じだよ! Dランク魔獣討伐経験あり!」


 するとルーベンがアデルを睨む。


「それを言うなら、シルフィーの方がすごいだろ? あっちはCランク4体だぞ?」

「でも、あの子は境遇が特殊だし、ルーベンのほうが強いでしょ?」

「そしてアデルもシルフィーより強い、その程度のものだ、俺達の歳での”討伐経験”なんて」


 ルーベンがそう言って本のページを捲り、アデルがジト目になった。


「不動の学年トップ様は気楽なもんで」


 するとそこで初めてルーベンがニヤリと笑った。


「うわ、笑ったよ・・・どんだけ自分好きなんだよ・・・・」


 アデルがそう毒づくと、ルーベンは当然の権利だとばかりに満足そうな笑みを作った。


「それで?」


 するとルーベンが徐にそう聞いた。

 

「それで?」


 アデルが何のことだか分からない表情で聞き返した。


「そいつの・・・名前は何ていうんだ?」


 それを聞いたアデルが勝ち誇ったように笑う。


「モニカ・シリバちゃん」

「なるほど」

「・・・・・・・・」


 アデルがニヤニヤとルーベンを見つめる。


「どうした?」

「いや、興味はあるんだなーって」

「Dランク魔獣を倒せるほど強いんだろう?」

「うん」

「だったら、俺達と”一緒”に学ぶ可能性もあるだろ、名前くらいは覚えておいても損はない」

「そうだねー」


 アデルの顔のニヤニヤが深まる。


「なんだ?」

「いやぁ、ルーベンも男の子なんだなって」

「?」

「可愛い子が身近に増えそうなら、気になるんだなーって」


 そういってニヤニヤ笑うアデルを見ながら、ルーベンが疲れたように目を閉じた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「これなんかどうかしら?」

「こっちの方が似合うと思いますよ」


 店の中で、ルシエラとベスがそれぞれに商品を手に取り、モニカに合わせて確認していく。

 今は昼過ぎで、俺達はアクリラの街の中心に”お買い物”にやってきていた。

 

 俺達はこれからこの街で暮らしていく。

 ・・・のはいいのだが、それに伴って必要な物を買い揃えに来たのだ。

 服は、ほぼ制服を着るが、問題は下着だ。

 俺達の手持ちは、殆どがもっと北国用の対極寒装備じみた代物で、ここで使用するには明らかに保温能力が過剰だ。

 なので夏用装備を仕入れる必要がある。

 いくらスカートの下にズボンがあるとはいえ、ノーパンという訳にはいかない。

 あ、今もちゃんと履いてるよ?

 これは旅の途中で購入した少し薄いやつだが、これでもまだ暑いのだ。

 なのでさっさと涼し気なやつに変えたいのだが、そういったのは本当に”女性下着”っぽいので俺は黙っている。


 なに、俺が口を挟まなくとも、ルシエラとベスがなんとかしてくれるだろう。

 今も店員相手にノリノリで値段交渉を始めているが、2人共、口が立つので店員が冷や汗かいてる。


 正直ありがたい。

 俺達は2人共、今朝の予知夢騒動の事で、どこか心ここにあらずだったのだ。

 といってももう殆ど覚えてないらしいので、悩むことも無いのだが。

 ただ、それでも少なくともこれから先、ルシエラより遥かに強いアクリラの生徒が2人戦い、俺達がそれに巻き込まれる事は間違いない。

 問題はそれがいつ、どこでなのかも不明なことなのだが・・・


「・・・ねえ、ロン」

『なんだ? デザインなら・・・』

「・・・視線を感じる」


 モニカがそう言って周囲を見渡す。


『視線?』

「うん」


 モニカが改めて視線を感じるというからには、その正体は、向かいの店からチラチラとこちらの様子を窺うクレイトス先生のことではないだろう。

 あれは俺達の護衛役だ。

 なんでも今日はマグヌスから精鋭部隊がやってきているらしい。

 街の反対側にいるとの事なので、かち合う可能性は低いが用心に越したことはない。

 俺達は既にアクリラの生徒なので大丈夫だと思うが、一応念のためという事だ。

 今はルシエラは使い物にならないし、クレイトス先生がいれば心強い。

 

 ただ、ダンディなおっさんが女性下着の専門店をチラチラ覗く姿は、少々問題があるだろう。

 だがそれ以外は特に変わったところはない。


『気のせいじゃないのか?』

「・・・いや、確かに感じた」


 モニカのその声は”狩人”モードのものだった。

 この状態のモニカがそう言うなら、少なくとも何かはあるはずだ。

 モニカがそれを確かめようと周囲の物をキョロキョロと見回した。

 だが一向にその視線の正体がはっきりしない。

 俺が感じないからには、それほどしっかりとは見られていないはずだ。


「・・・なんかチクチクする感じ、1人じゃないと思う」


 多数の視線、それはあまり気分のいい状況じゃないな。

 マグヌスの部隊が様子を見てるのだろうか?


 その時、胸に違和感が走った。


「『!?』」


 驚いたモニカが顔を下に向けると、俺達の右胸を触る腕が目に入る。

 その腕を辿ると、そこには面倒臭そうな顔をした女性店員の姿が。

 そして俺達が何が起こったか分からないでいると、その店員がモニカの平らな胸を何度か軽く揉んだ。


「ほら、まだいらないでしょう?」


 すると店の奥にいたベスが、その横にいたルシエラにそう言った。

 その手には”胸当て”と言ったほうが良いような可愛らしい胸用の下着が握られている。

 俗にいう”ブラジャー”というやつだろう。


「うーん、でもそろそろあった方が良いと思うんだけどなー・・・」


 ルシエラがそう言って名残惜しそうにその下着を見つめていた。

 それはルシエラらしく子供っぽいデザインだが、本人の胸を抱えるには些か可愛すぎる。

 どうやらモニカの胸用の下着を選んでいたようだ。


「これは、そろそろあったほうが良いわね」


 すると女店員が俺達の胸をグリグリと弄りながら、ドヤ顔でそう言った。


「本当ですか!?」


 ベスが驚きの声を発する。

 そして俺も ”もう、こういうの必要なのか!?” と驚いた。

 

「触った感じ、この子は大きくはならないけれど、それでも少しは膨らむわ、それも近いうちにね」


 店員がそう言ってドヤ顔を深める。

 なんでそこまでわかるの!?

 というか大きくはならないの!?


 いや別に大きいのが良いとかそういうのはないが・・・



『・・・モニカ、買おう』

「?」

『大小に貴賤はない、ただ小さいからこそか弱く、守るべきものは、守らねばならぬのだ・・・・』

「じゃあ、買います」


 モニカから、言ってることは分からないけれど、とりあえず同意しておこうといった感情が流れてきた。


「まいどあり」


 店員がニコリと笑いながらそう言って、最後にモニカの右胸をさっと一撫でし。

 その手を左胸に移して、そこに付いている”校章”を軽く突くと、怪訝な表情でそれを見つめた。


「スコット・グレン・・・そんな学校あったっけ?」


 どうやら初めて見る校章が気になるようだ。


「えっと、新しい学校で・・・」

「天文学のスコット先生。 つい最近できたばかりの学校よ」


 モニカの説明にルシエラが補足を入れ、店員が納得の表情になった。

 それにしても天文学か、あの立ち振る舞いから戦闘系の専門を想像していたので、少し意外だった。

 だがそう考えれば、スコット先生の研究室に飾ってあった図形などの説明もつく。

 人は見かけによらないな。


 そして同時に、先程から感じる視線の正体が判明した。

 道行く人や生徒達が、無意識にこの校章を見ていっているのだ。


 ほら、今通りを歩いてる子。

 一瞬こちらを見たあと、不思議そうに二度見して、隣の友人たちに声をかけるとその友人たちもこちらを向いた。

 この店の商品を見ている訳じゃない、視線の先を精査すれば全員が俺達の胸元を見ていた。


 どうやらこの校章は結構目立つらしい。

 学校への帰属意識は低いと聞いていたが、意外とみんな気にしてるんだな。

 それとも珍しい校章なのが原因だろうか。

 実は生徒の大部分は7パターンの校章をつけているので、生徒数に偏りがある事は分かっていたが、これはこの視線に早く慣れなければ辛いかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、不意に店員が爆弾を投下した。


「つい最近できたばかりってことは、君はスコット先生の”許嫁いいなずけ”ってことかい?」



 わっと?


【許嫁】 読み:いいなずけ

 意味 :  婚約者


【婚約者】 読み:こんやくしゃ

 意味 : 結婚を誓いあった者


 ちなみにこちらの言葉だと、”コスポンシア”という発音だ。


 って、そうじゃなくて!?


「許嫁?」


 モニカが不思議そうにそう聞き返す。


「教師が学校持ってから、初めての生徒の事をそう言うの、異性の場合に限定してだけど」


 店員がそんな事を教えてくれた。

 どうやらそういう慣用句らしい。


「じゃあ、そうだけど、何でそう言うの?」

「なんでだろうね、昔からそう言うし」

「ルシエラは知ってる?」


 モニカが店の奥で下着を物色していたルシエラに質問した。


「うーん、聞いたことないな、でもそう言うよねー」


 どうやらルシエラも知らないらしい。

 まあ、異性且つ最初の生徒なんて、そんなにいるものでは無いからな。

 きっとそういう伝統なのだろう。

 でも許嫁は酷いな。


 そして驚いているのは俺だけのようで、女性連中は皆なんでもないようにその話に興味を持たなかった。

 あれ、翻訳を間違えたか?

 いや、そんな事はない、これはモニカが持っていた本に書いてあった単語だが、登場人物達は、確かに婚約的な使い方をしていたはずだ。


「うん、これだけあればいけるわ」


 そんな俺の事など、つゆ知らないルシエラが買うものを決めて、店員の前に差し出す。


「ええっと30セリス24レク・・・」

「15!」


 店員が値段を提示すると、ベスが間髪入れずに値切りに入る。

 その堂に入った姿に店員が疲れたように苦笑った。





 それから俺達は、ルシエラとベスと、あと陰に隠れたクレイトス先生と一緒に日が暮れるまで買い物を続けたが、結局心配していたようなトラブルに巻き込まれることは無かった。

 ”マグヌス”は俺達の事を諦めてくれたのだろうか?

 できれば、もうそっとしておいて欲しい。

 そんな事を考えながら、その日は暮れていった。


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