2-1【ピカピカの一年生 2:~新たな”問題児”~】



 やあ、諸君。


 これを読んでるということは、大方、未来の俺か、もしくは未来で俺が完全記憶の内容を書き出したやつを読んでいるような暇人・・・そんな奴がいるとは思えないので、おそらく俺だろうな。


 とにかく俺だ、俺。


 モニカという少女の中で、チマチマと魔力やスキルの整理をやってるロンという名の変わり者だ。

 別に好きでこうなった訳ではないが、それは気にしていない。

 誰だって自分の生まれは変えられないだろう?

 それに慣れれば、別に嫌なものではない。


 なんだかんだでモニカとの関係はうまく行っているし、己の役目も結構明確なので腹さえ括ればなんとかなるものだ。

 強いて言えば食べ物の好みが問題か、諸君がもし他人の中でスキルをやるなら・・・本当にキツイから覚悟した方がいい・・・


 ちなみにトイレは慣れる。

 最初はきついが、3回目辺りからどうでも良くなるから安心しろ、今では体調を管理する上での貴重な・・・って何を言っているんだ俺は・・・

 これを読んでるのは9割方、未来の俺なのだからその辺はカットでいいだろう。

 それに、もし仮に他人が読んでるなら、それこそカットだ。

 つまりトイレの話はカットだ。


 さてそんな俺であるが、色々あってモニカと話せるようになり、さらに色々あって今に至る。

 2人とも、まだまだ未熟で不完全だが、今では宿主のモニカと深く結びついて、お互いに、お互いを補える関係になったと思う。

 

 さて話をそろそろ現況に移そう。


 俺の宿主であるモニカは、現在絶賛大慌てだ。 


「ベス!?」


 モニカが慌てて、ベッドの中で腹部に抱え込んでいたルームメイトを離して呼びかける。

 モニカは左腕と両足でがっちりとベスの体を押さえ込んでいたので、それを解くと急に血液が流れ出したせいかベスの体がピクピクと動いた。

 

「うう・・・あつい・・・」

 

 良かった、命に別状はないようだ。

 だが目を回していて、まともに会話できそうな状態ではない。

 するとモニカが焦ったように周囲を見回した。


「ここって、私のベッドだよね?」


 どうやら無意識にベスのベッドに潜り込んだのではと、思ったらしい。


『そうだぞ、潜り込んできたのはベスの方だ』


 俺がそう答えると、モニカが驚いた表情でベスを見た。


「ベスが? なんで?」

『実はな・・・』


 そこで俺が事の経緯を説明し始めた。


 まず、モニカが眠ってから3時間ほどした頃、最初の異変が起こる。

 俺が画質向上の練習がてら部屋に設置していた感覚器に、”それ”が映り込んだのだ。

 といってもベスが自分の布団を抜け出して、フラフラとルシエラのベッドに潜り込んだだけだが。

”あらぁ〜、随分と仲がよろしいようで〜” などとその時は微笑ましく思ったものだが、そこからさらに不思議な事が起こる。


 暫くルシエラの布団の中にいたベスが、再び顔を出して移動を始めたのだ。

 それも自分のベッドではなく、何と俺達のベッドに。


 そして暫くの間、ベッドの横から寝息を立てるモニカの様子を眺めていた。

 その表情は、眠気を含んでいたせいか奇妙で、何かモニカを値踏みしているかの様だった。

 だがある時、驚いたことに、そのまま俺達のベッドに入ってきたのだった。


 どうやら見ていたのは、モニカがしっかり寝ているかを確認していたための様で、薄い布団の中でモゾモゾと動いたあと、横を向いていたモニカの胸の下あたりに顔を埋めて抱きついてきた。

 俺が何事かと感覚器をこっそり布団の中に入れると、そこには安心した表情で目を閉じているベスの顔があった。

 気のせいか目元に涙が浮かんでいる。


 そこで俺は合点がいった。

 この子、昨日まで約三ヶ月に渡ってこの広い部屋の中で独りで寝ていたのだ。

 春まではルイーザ姉様とやらが一緒にいたが、ルシエラは俺達に付き合ってすぐには帰ってこなかった。

 いつ戻ってくるか分からない姉貴分を待つのは辛かっただろう。

 ベスはしっかりした子だが、まだ8歳なのだ。


 なので、きっと突然戻ってきた温もりを確認するために潜り込んできたのだろう。

 ならば存分に甘えるといい。


 俺はそんな気持ちで、抱きついてきたモニカの妹分を見守っていた。

 これならモニカともすぐに打ち解けられるな、とか考えながら。


 だが俺とベスの誤算だったのは、モニカが天然の”抱きつき魔”であるという事だった。

 しかも今回はベスの方から抱きついている。

 ”大義名分”を得たモニカの体が大きく動き、まるで獲物を捉える蛇の様に一瞬でベスの体に腕を回すと、そのまま捻りこむように抱え込んだ。


 驚いたベスが藻掻きながら脱出を試みるも、既にベスの体に足がしっかりと掛かっていてビクともしない。

 その上さらにしっかりとホールドするために、全身に筋力強化の指令と魔力が流れて、それを俺が慌てて遮断する。


 あ、俺って頑張れば筋力強化を遮断できるんだ。

 なんて呑気な感想を持っている隙はない、一瞬でも気を抜けばモニカがベスを抱き潰してしまいかねない状況だ。

 慌ててモニカに何度か呼びかけるも、ぐっすり寝ているモニカには通らず。

 逆に頭の中に鳴り響く俺の大きな声から逃れようと、さらに抱きつく力を増やそうとしたので危険だった。

 そんなこんなで、必死に俺とモニカが魔力の主導権を奪い合っている中、ベスの動きは次第にゆっくりと止まっていく。


 ベスううう! 死ぬなあああ!!!


 と心の中で応援していると、不意に新たにスキルが1つ起動した。


 俺がモニカの筋力強化に干渉し続けたことか、モニカが無理やり魔力の主導権を取ろうとしたことか、もしかするとそのどちらもかは分からないが、とにかく何かが原因で起動条件を満たしたのだろう。


 何もこんな時に。


 必死にモニカを押さえ込みながら、開示されたスキルの概要を眺めた俺は、そんな事を考えた。

 起動したのは思考同調以来の、フランチェスカに元々内蔵されていた”ヤバイ方”のスキルだった。

 そしてこいつも、とんでもない性能とふざけた使い勝手をしていた。

 そして最大の特徴として勝手に・・・・発動する。


 しかも即効発動した。


 モニカの頭がそのスキルの影響で急速に痛み出し、その痛みを紛らわせようとベスにかかる力が増大する。

 ベスを押し潰さないように必死だった俺は、モニカの状態を眺めることしかできなかった。


 モニカは何かにうなされた様に、呼吸が荒く心拍数が急上昇していく。

 そして急激に脳の使用率が増え、さらに瞼の内側で眼球が暴れるように動き始めた。

 おそらく”夢”を見ているのだろう。

 そういう・・・・・スキルだから仕方がない。

 予想外だったのはその時間だ。


 通常の夢であれば夢の長さに対して、実際に経過した時間は比較的短いが、どうやら”こいつ”はそうではないらしい。

 結局、それから外が白みだすまでひたすら俺とモニカの抑え合いは続き、気付いたときにはモニカの腕の中でベスはすっかり気を失っていた。



「ごめんね・・・」

 

 モニカがグッタリとしたベスを手に持って、彼女のベッドへそっと移動させ、そこへ寝かせると、薄い掛け布団を上からかけた。


「うう・・・」


 今度はベスがうなされている。

 幸い大事には至っていないようだし、そのうち起きるだろう。

 魔法士は見た目より頑丈なのだ。


 俺達は暫くベスの様子を見ていたが、彼女の呼吸が落ち着いてくるのを確認すると、ようやくそこで落ち着いた。


「ほぁ・・・」


 モニカが溜息をついて、肩の力を抜く。

 そして徐ろに窓の方を振り向くと、そちらに向かって歩き出した。


『どうしたんだ?』

「目が冷めちゃって」

『ドタバタしてたからな』

「うん」


 モニカがカーテンを捲り、庭へと続く扉を開けると、朝の冷ややかな空気が部屋の中に入ってきた。

 ここの夏でも朝はそれなりに涼しいんだな。

 モニカが心地の良い風を浴びながら、寝間着代わりの下着姿のまま庭に躍り出た。


 まだ朝も早いとあってか、辺りは静まり返っている。

 周囲のどの家も明かりがなく、見えるのは道代わりの坂に付いている街灯の明かりだけだ。


「ホー」


 その時、後ろから声がかかり振り向くと、ベスの飼ってる緑色のフクロウのサティと目が合った。

 モニカが軽くお辞儀すると、サティも会釈し返す。

 相変わらず賢いフクロウだこと。

 主従揃って礼儀正しい。

 言っちゃ悪いが、結構大雑把な性格のルシエラや、会った事はないがガサツなイメージのルイーザの妹分とは思えない。

 まあ、彼女も会ってすぐのモニカの布団に潜り込むような大胆なところもあるのだけど。


 一方、俺達の”ペット”ときたら、凄い間抜け面で寝ている。

 モニカがそちらに顔を向けて様子を確認した。

 心配していた環境への適応は今の所問題なさそうだ。

 

 こいつはロメオ、馬と牛の中間みたいな見た目のパンテシアという生き物だ。

 俺達の荷運び要員として一緒にここを旅してきた仲間で、厳密には牛である。

 かなり寒い地域の生き物なのに、こんな場所でも平気とは見上げた適応力だ。

 その長い毛は熱くないのだろうか?

 本人はむしろ大量の魔力に包まれて幸せそうだ。

 パンテシアは魔力を栄養にできるので、ここは天国だろう。

 むしろ太りすぎないか心配だ。


 そんなロメオの様子を横目に見ながら、モニカが庭先へと歩いていく。

 三角形の倒した屋根のような物に支えられている庭は、ここからだとまるで船の舳先のようだ。

 眼下に広がるアクリラの街はほとんど真っ暗で、さながら海のよう。

 その時、街を挟んで対岸に見える山が赤く染まった。


「あ!」


 モニカがその光景に息を呑むと、後ろを向いて俺達のいる東山の頂上を見つめる。

 山頂の縁が明るく輝いていた。


『日の出だな』


 俺がそう言うと、モニカが無言で頷き視線を前に戻す。

 そして暫くの間、夜が明けるのをそこで見守った。

 

 夜が完全に明けるまでは殆ど時間がかからなかった。

 そして驚いたことに真っ暗だった街並みが、朝日で照らされ、更に色とりどりの屋根たちが一斉に輝きだして、視界を色の波が覆い尽くしたのだ。


「うぉぉぉぉ・・・」

『ほへぇぇぇ・・・』



 カラフルな屋根たちが朝日を受けて、俺達に向かってキラキラと眩く輝いている。

 その美しさを形容する言葉が見つからない。

 宝石ほど安っぽくないし、絵画ほど色に乏しくもない。

 強いて言うならそれこそ”アクリラ虹色の輝き”と形容するべきだろう。

 最初は朝日が見れないのが気になったが、これが毎朝見られるなら文句はない。


 そして朝日に照らされると同時に、街が音を立てて一斉に動き始めた。

 ここからでも何者かが空中を行き交う様子が見える。


「ロン! あそこ!」


 そう言って数件隣の寮の部屋をモニカが指差すと、ちょうど高等部の制服を着た生徒が箒に乗って飛び上がる姿が目に入ってきた。

 うわぁ、ステレオタイプな魔女だな。

 あんなのも居るんだ。


 ちなみに隣の家のペガサスはまだ寝ている。

 まだ早い時間ということもあるが、今日が休日というのも大きいだろう。

 ウチもまだ寝てるし。


『ところでモニカ』


 俺がそこで思い出したように、モニカに声を掛けた。


「なに?」

『夢、見てたよな?』

「あ、うん・・・」


 モニカが口籠る。


『嫌な夢だったか? 凄くうなされてたもんな』


 あの苦しみ様を考えるなら、きっと相当嫌な夢だったのだろう。 


「いや、そうじゃなくて・・・」


 ところがモニカはそんな様子ではない。


『そうじゃない?』

「あのね・・・」

『うん』

「思い出せないの」


 モニカがそう言って苦笑いした。


『・・・本当に?』

「さっきまで覚えてたんだけどね・・・」


 モニカの様子を見る限り、隠してるとかそんな感じではない。

 本当に頭を必死に回して思い出そうとしているが、思い出せない感じだ。

 あ、そっか夢だもんね、すぐ忘れちゃうよね。

 などと1回しか夢を見たことがない俺が宣っても、説得力がないか。


『本当に全く思い出せない?』

「女の子が2人いて・・・」

『はぁ』


「戦ってた?」

『なんで疑問形?』

「思い出せないんだって!」


 俺のツッコミにモニカが憤慨する。

 その間に俺は仮想メモ帳に女の子が2人と書き込んだ。


『どんな女の子だ?』


 俺がそう聞くと、モニカの頭の中が激しく回り、何とか記憶の底から絞り出そうとしている様子が伝わってきた。


「ええっと、すっごくきれいな女の子」

『もう一人は?』

「どっちも」


 なるほど、どっちも美人と。


『歳はいくつくらい?』

「ルシエラと同じか少し上かなぁ、でもどっちも背は少し低い・・・あ! 高等部の制服着てたよ!」

『アクリラの?』

「うん」


 なるほど高等部の生徒と。


『他に何か特徴はあるか?』

「うーんと・・・」

『じゃあ、どれくらい強かった?』

「二人共、ビックリするくらい強かった」

『俺たちで勝てるか?』

「絶対無理」


 そりゃまた、言い切ったな。


『ルシエラだったら?』

「無理だと思う」


 今回も即答・・・・凄いな。


『勇者ゴーレムなら?』

「勇者ゴーレム?」

『ほら、いただろ、追っかけてきたゴーレムの中で一体だけ、やたら強いのが』

「ああ、あれ」


 どうやら、そっちも忘れかけていたらしい。

 逞しいというかなんというか。


『それで、勇者ゴーレムなら勝てるか?』

「勝てないと思う、というか何もできないんじゃないかな」

『何もできない?』

「そうだ、思い出した! 女の子の方っぽがゴーレムを使っててね、たぶんそっちの方が勇者ゴーレムより強そうだったんだけど一瞬で倒されちゃった」


 片方はゴーレムを使う。

 どうやら2人共美人なだけでなく、とんでもなく強いらしい。


『他には?』

「ええっと・・・何か、すごく驚いたこと言ってたんだけど・・・」


 モニカはそこで黙り込んでしまった。

 どうやらそれ以上は出てこないらしい。

 これだけ絞っても出ないということは、もう忘れてしまったのだろう。


「でも、夢だよ?」


 するとモニカがそんなことを言った。


『確かに、普通の夢なら問題はない、だがモニカが見たのは”普通の夢”なんかじゃないんだ』

「普通の夢じゃない?」

『言っただろ、ベスに抱きついてるときに、新しいスキルが開放されたって』

「うん」


 そう聞いてモニカが、先程の俺の説明をもう一度思い出そうとしている感覚が流れてきた。


『そのスキルな・・・【予知夢】って名前なんだ』



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