第二章 モニカの奇妙な学園生活
2-1【ピカピカの一年生 1:~まどろみの中で~】
白。
視界の全てが、眼球を焼き潰さんばかりの凄まじい光によって、真っ白に染め上げられていた。
さらに全身が墜落するような感覚に襲われ、まるで全ての感覚が好き勝手に動いているような気持ち悪さを感じる。
しかし、眩しさは次第に弱まり、段々とその”場所”の姿が見えてきた。
最初に見えたのは草の生えた草原・・・いや、大きな庭園だった。
そして、その向こうに黒くて大きな、異様な姿の建物が見える。
骨の様な柱や梁が何本も外に突き出して、まるで動物の死骸のような印象を受けた。
だが驚いたのはその先に見えたものだ。
なんと
天に地面が広がり、下には無限に広がる空が見える。
いや、これは”私”の感覚が逆になっているのだ。
だが、そこでは本当にまるで重力が逆になったように、地面から空に向かってたくさんの物や建物が落ちていくのが見えた。
ここからでは見えないが、人もいるだろう。
多くの物が崩れ落ちる悲鳴のような音が、辺りに充満していた。
そして手前に見える庭園に、そんな光景をまるで何でもないかのように無表情で眺める一人の少女が立っていた。
その少女はアクリラの高等部の制服に身を包み、その髪は虹の様に様々な色に輝いている。
そして彼女の周りには、恐ろしく複雑で強大な魔法陣が、ありえないことに色と形を次々に変えながら漂い、彼女の中から大量の魔力を引っ張り出して周囲を覆っていた。
まるで無限に魔力があるかのようだ。
”私”はこの異様な状態を作っているのが、間違いなく彼女であると確信する。
その時、空間が別の超高密度の魔力によって埋め尽くされた。
虹色の髪の少女が僅かに表情を歪め、”上”に広がる街を睨むと、その瞬間天地が”逆転”し、街から天に落ちていった様々な物体が再び街へと落ちていく。
虹色の髪の少女が立っている庭も重力の方向が逆になり、覆っていた草と一緒に、大量の土砂が上に向かって滑り落ちた。
だが少女の周りの空間だけは、まるで固定されたかのように不動だ。
そして虹色の髪が様々な色に激しく発光し、周囲に漂っていた魔法陣達が一斉に形を定めて周囲に”干渉”すると、大量の魔力が空間を駆け抜け庭の重力が”元”に戻る。
だが、上に広がる街に変動はない。
少女が憎たらしげな表情をそこに向けると、街の中から庭園に向かって
その閃光はまるで生き物ように動きながら、どんどん迫ってくる。
すると虹色の髪の少女の周りに漂っていた魔法陣の幾つかが、瞬間的に方向を変えて閃光に向かって高エネルギーの光や、岩や雷撃などを作り出し高速で放った。
その威力は一つ一つが、今まで見たどの”魔法”よりも遥かに強力だった。
だが、まるでその”迎撃”に反応したかのように閃光の動きが変わり、それらを避けていく。
しかし、虹色の髪の少女の魔法陣もそれに負けじと向きを変え、先読みをするように攻撃を行った。
そして、ついにその内の一部が飛んでいた閃光に衝突し、凄まじい爆発を起こした。
その光で一瞬再び視界が白く染まり、轟音と同時に、強烈な熱が遠く離れた少女の近くまで飛んでくる。
だが、それにも虹色の髪の少女は表情1つ変えずに、迫りくる閃光に向かって尚も”迎撃”を続けた。
そして次々に閃光が撃墜され、その度に大きな爆発が発生し、その位置がだんだんと虹色の髪の少女に迫ってくる。
そして、ついに閃光の1つが爆炎を潜り抜け飛び出してきた。
この距離ではもう迎撃は間に合わない。
その閃光の正体は、小さな羽の付いた黒い円柱のような物体だった。
尾部から炎を吐き、その勢いで進んでいるようだ。
そしてその物体が吸い込まれるように、虹色の髪の少女に向かって突進する。
だが虹色の髪の少女はそちらに顔すら向けず、彼女の周りに漂っていた様々な色の魔法陣が変形しながらくっついて、まるでドームのように少女を覆うと、そこに物体が高速で激突し大爆発を起こした。
既に荒れていた庭園の地面の上を超高温の炎が舐めるように広がり、残っていた草を一瞬で蒸発させる。
だが次の瞬間、大量の魔力によってその爆炎が吹き飛ばされ、その中心にあった魔法陣のドームが形を元に戻し、その中から無傷の虹色の髪の少女が現れた。
そしてその少女の首が動き、鋭い視線が庭園の上の空間の一点を見つめる。
「・・・来たか・・・」
少女がそう呟いた瞬間、その視線の先の空間に裂け目ができ、その中から真っ黒で巨大な”手”が出現して”空間”に手をかけると、まるで広げるようにこじ開けた。
中から出てきたのは、建物のような大きさの黒い巨人。
それもかなり高度なゴーレム機械だ。
そしてそのゴーレムの顔が上下に割れ、その中から黒い魔法陣を纏った筒のようなものが露出すると、そこから超高密度の魔力が噴射された。
放たれた魔力は光線のように突き進み、あまりの密度とエネルギーで空気が発火する。
だがその光線が虹色の髪の少女に直撃する瞬間、少女が巨大な魔法陣の盾を作り出し、なんでもないかのようにその光線を弾いた。
そして的を捕らえられなかった光線が、行き場を失い、後ろにあった黒い建物に直撃して、そのまま縦に引き裂いた。
金属でできているであろう建物の骨格は、魔力光線の直撃を受けた部分がまるで飴細工のように真っ赤に溶け、そのまま崩れ始める。
黒の巨大ゴーレムは己の攻撃が命中しなかったことを確認すると、一旦口を閉じてその身を乗り出し、空間の裂け目から這い出そうとした。
だがその試みは、即座にゴーレムの上半身が蒸発することで頓挫する。
虹色の髪の少女が、お返しとばかりに虹色の魔力光線を放ったのだ。
だがゴーレムが消えても少女の顔色はすぐれない、むしろ先程よりも険しいものに変わる。
そしてそれを裏付けるかのように、突然、今度は周囲の魔力そのものに押されたように、虹色の髪の少女が吹き飛ばされた。
そのまま高速で後ろの建物の壁に激突し、さらに内部の床を破壊して、そこに膝をついてようやく留まる。
そして苦々しい表情で空中を睨んだ。
するとそこには、さっきまでは居なかった、背中から生える8本の真っ黒な羽をもつスラリとした体型の少女が、空中に浮かんでいた。
まるで熾天使のような姿と、強烈な魔力を漂わせたその少女は、同じようにアクリラの高等部の制服を着ていて、その上から黒い鎧のような物を身につけていた。
髪は黄色みがかった白、そしてその目は真っ黒な光を放っている。
そして8本の羽それぞれの中ほどに付いている円形の物体が変形し、そこから轟音と、とてつもない速度の魔力砲弾が、虹色の髪の少女に向かって放たれた。
だが虹色の髪の少女は微動だにせず、周りに6色の魔法陣が出現し、その砲弾が炸裂する前に受け止め、そのまま
虹色の髪の少女に向かっていた魔力砲弾は、もと来た道を戻るように黒い羽の少女に向かって飛翔する。
だが黒い羽の少女もその場に留まり、恐ろしいほど複雑な黒い魔法陣を展開してその砲弾を飲み込むと、そのエネルギーごと空間を食いつぶした。
しかし虹色の髪の少女もそれを見て、即座に己の魔力をばら撒いて魔力の”制圧権”を取りにかかる。
それでも魔力の”力勝負”では分が悪いのか、黒い羽の少女の魔力を奪うどころか、逆に己の魔法陣を幾つか相手に取られ、それを暴走させられてしまった。
だがその魔法陣がうちに秘めた莫大なエネルギーを開放する刹那、虹色の髪の少女がその空間を切り取って黒い羽の少女の懐に”転移”させる。
黒い羽の少女に隙は殆どなかったが、虹色の少女が生み出した何千もの極大魔法陣の瞬間的な力で、僅かに空間をねじ込むことに成功したのだ。
そして空間魔法と極大魔力の直撃を受けた黒い羽の少女は、呆気なく圧壊した。
だがその瞬間、虹色の髪の少女の顔が苦いものに変わる。
黒い羽の少女がこの程度で傷を負うわけはない、これは”罠”だと確信した表情だった。
そしてその予想通り、バラバラになった少女の残骸から現れたのは骨ではなく超高精度なゴーレムの残骸。
次の瞬間、虹色の髪の少女の後ろに真っ黒な要塞のような物体が現れる。
同時にそこから先程の円柱形の物体が炎と轟音を吐き出しながら、大量に放たれた。
虹色の髪の少女に、まるで魚の群れのような動きで迫る大量の閃光、だが標的である少女は眉1つ動かさず、それらの閃光全てに相対する大量の魔法陣が発生させ、それに触れて起爆した閃光達の炎により周囲の空間が猛烈な熱に包まれた。
なぜ”私”が焼かれないのか不思議な温度だ。
その地獄の炎が晴れた時、そこには無傷の虹色の髪の少女と要塞の様なゴーレムが向かい合い、それぞれの魔力が文字通り火花をちらしてぶつかり合っていた。
「何しに来たの?」
虹色の髪の少女が問う。
すると要塞のようなゴーレムがリング状に変形し、その内側から黒い羽の少女が出てきて虹色の髪の少女を睨んだ。
「あなたを止めに来た」
その言葉と同時に、漂わせていた魔力の量が格段に増える。
「殺しに来たじゃなくて?」
「この程度じゃ死なないでしょ?」
黒い羽の少女がそう答えると、虹色の髪の少女が笑った。
「くっはっはは、”君”にそう言われるなんて光栄だよ」
そして立ち上がると、凄まじい形相で黒い羽の少女を睨み、その周りに何万という数の魔法陣が展開され、それらが放つ色とりどりの光によって空間がカラフルに染められた。
まるで星空のように視界を埋め尽くす、魔法陣の一つ一つが、恐ろしいほどの力を秘めた極大魔法陣だ。
一方、それに対するように黒い羽の少女の周りにも、黒の魔法陣と歪んで見えるほど高密度の魔力溜まりがいくつも出現し、さらに周囲の瓦礫が黒く染まりながら大量のゴーレムへと形を変えていく。
そして、背後のゴーレムのリングの中から、身長の3倍近くの長さの巨大な黒い槍が出現し、それを手に持つと、空中で虹色の髪の少女に向かって構える。
一方、虹色の髪の少女の手にも、いつの間にか手に半透明な杖のような物が握られていた。
「本気でこい、”■■■・アイギス”! 全ての魔力を”統べる”君と、全ての魔力に”愛された”私、どちらが”王”にふさわしいか、ここで決めようじゃない!」
虹色の髪の少女がそう叫びながら、周囲の魔法陣を一斉に起動させ、
同時に黒い羽の少女が、何かを叫びながら迎え撃つかのようにその力を解き放つ。
2人の圧倒的魔力が間に存在する全ての物を消し去りながら衝突し、その衝撃と開放されたエネルギーで、周囲にあった全てが粉々になって吹き飛ばされた。
そして”私”の視界はそのエネルギーで再び真っ白に染まり、徐々に光を失っていく。
だが今度は何も見えてくることはなかった。
◇
凄まじく痛い頭を右手で抑えながら目を開ける。
そこは知らない天井だった。
何だここは・・・・
視線を下に向けるとべっとりと寝汗をかいた自分の体が目に入ってくる。
そして周囲を見渡すと、明かりのない室内の窓に掛けられたカーテンの隙間から朝日が漏れていた。
『モニカ・・・大丈夫か?』
すると頭の中に、”もう一人の自分”の声が木霊し、ようやく自分が何処にいるのか理解した。
ここはアクリラの魔法学校の寮で、昨日から住み始めた”木苺の館”という寮の部屋という名の変な形の家だ。
そして向かいのベッドで気持ちよさそうに寝てるのが、同室の先輩のルシエラ。
それと私のベッドの隣に寝て・・・ないな・・・
今は何処かに行っているベスと一緒にここで生活することになった、モニカという10歳の女の子だ。
「ロン・・・私、どうなってた?」
”もう一人の自分”に問いかける。
彼はロンという、私の喋るスキル。
管理するためのスキルという事もあってか、私の体のことに関しては彼の方がよほど詳しい。
『凄く、うなされてた』
うなされてた・・・それにこの状況。
「てことは・・・あれは”夢”?」
『たぶん、そうだろうな』
なるほど、夢か・・・
その証拠にあれだけ鮮明だったはずの景色や感覚が、もう既にはっきりと思い出せなくなっている。
もう少しすれば、完全に忘れてしまうだろう。
あれは何だったのだろうか?
2人の恐ろしく強い魔法士の少女が戦い合っていた。
そして何故か分からないが、その光景がとても胸に引っかかる。
あの時、あの少女の片方が最後に何か・・・何か名前を言って、私がそれに驚いたのだ。
なんて名前だったか・・・
『大丈夫か?』
「うん、平気、ちょっと暑いだけ」
おそらくこの街の熱気にやられたのだろう、家に掛かっている快適魔法のお陰で、かなり過ごしやすくはなっているが、それでも驚くほど汗をかいていた。
まるで腹に熱源を抱えてるみたいな強烈な暑さだ。
『それじゃ・・・放してやってくれ・・・』
「?」
突然ロンが奇妙なことを言い、理解できなかった私が不審げな声をあげた。
放す? 何のことだろうか?
『その・・・お腹に抱えてるのをだな・・・』
お腹?
すると自分が、何か大きくて暖かい物を抱え込んでいることに気がついた。
しかも結構柔らかい。
なんだろうと思って布団を捲ると、そこには私と同じくらいの身長の寝間着を着た女の子が、私に抱きつかれてノビていた。
「え!? ベス!? 何でこんなとこに!?」
それは何処に行ったかわからなくなっていた、もう一人の同室の女の子だった。
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