2-1【ピカピカの一年生 5:~最初の授業~】



 教室へ向かう廊下の中で俺達は、ザーリャ先生から授業について聞いていた。

 

「それじゃ、”基礎教養”の授業だけは絶対取るんですね?」


 俺の質問をモニカが伝えると、ザーリャ先生が大きく頷いた。


「その通り! 他は一定の範囲の中である程度自由に取ってくれて構わんが、基礎教養だけは絶対に取る必要がある、なぜだか分かるかね?」


 モニカが、その問いに頭を悩ませる。

 ちなみに俺は喋らない。

 ザーリャ先生は俺の事を知っているが、周囲に目があるからだ。

 

「その方が・・・強いから?」

「なるほど、それは真理だ! だが設問の答えにはなっとらん。

 想像してみたまえ、力のみに特化しどこにも溶け込めん存在を、考えなしに己の力を振るう存在を!」


 俺達の膝上くらいの高さのスズメバチがそう言って、背中の羽を少しだけ震わせる。


「強き者もな・・・いや、強き者こそ、聡明にならねばならぬのだ!」


 そう言ったザーリャ先生の複眼は何かの憂いに満ちていた。

 ・・・表情が殆ど無いので分かりづらいが。


「初期のアクリラはそのへんが疎かでな・・・

 多くの軋轢が起こり、その度に多くの魔法士が涙に溺れながら道を探した。

 そこで気づいたのだ・・・”知” と ”力”の乖離の恐ろしさに、故にアクリラではその強さに関係なく”基礎教養”だけは絶対なのだ!」


 ザーリャ先生がそう言い終わると、大きく息を吐き出した。


「それに君の言った”強くなる”というのも小さくはない! この”弱い”私が、このアクリラで大きな顔が出来るのは、私が持つ”知識”のおかげだからな!」


 そこでザーリャ先生が今日一番のドヤ顔で腕を組んだ。

 よっぽど知識に自信があるのだろう。

 だがモニカは別のことが気になったようだ。


「先生って弱いの?」


 そう言えば、今たしかに”弱い”って言ったな。

 それでもアクリラ基準なのでそこまで弱いとは思えないが・・・


「うむ! 私は弱いぞ! モニカ君みたいなのが相手なら、それこそ吹けば飛ぶほどに弱い! いや、その辺の普通の犬にも殺されかねん!」


 想像以上に弱かった。

 この世界の犬はパンテシアのように魔法動物化が進んではいるが、それでも力は強くない。

 だが不思議なことに、己の無力さを語るザーリャ先生はとても嬉しそうだった。

 

「本当に!?」


 モニカが驚きの声を上げる。

 やはり教師=強いの図式があったのだろう。


「私の種族は近縁種に比べ体が大きいが、それだけだ! 私はオスなので毒針もないしな!」

「メスは強いの?」

「オスよりはな! だが、あやつらは話の通じぬ下等な生き物だ!」


 ザーリャ先生がそう言いながら、背中の羽を大きく震わせる。

 この”人”、顔の表情は分かり辛いが羽を見れば一発で感情が分かるな。

 よほどメスが嫌いらしい。

 同族なのにオスとメスでそんな違いがあるのか?


「我らのメスはひたすらセコセコと働き続けてな、声を掛けても反応すらせん、オスは弱くて邪魔だから巣の奥底で蹲るしかない、そのせいで我等の種のオスの間では哲学が発展したのだ」


 すごい理由で知能を持ったんだな・・・


「てつがく?」

「といっても、分からぬものを”なぜだろう?”と空想するだけの代物に過ぎぬがな」

「はあ・・・」


 なんというか、ザーリャ先生からは自分の種族に対する嫌悪感のようなものを感じる。

 きっと何か嫌な思いをしてきたのだろう。

 モニカもそれを察したのか、それ以上は質問しなかった。


 さて、ザーリャ先生の話が長いこともあってか、まだ説明も終わってないうちに教室の前まで着いてしまった。

 

「おっと、説明を急がねば。 とにかく試験の結果、基礎教養の授業は問題ないので同学年に混じってもらう! それ以外は補習を受けてから同学年に合流してもらう事になっている! 質問は!?」


 ザーリャ先生がそう言ってこちらを見上げた。

 そこでモニカが、頭を回して質問を考える。

 だが、少し間ができるようなので、俺の質問を聞いてもらうことにした。


『”特別科目”と”専門科目”の違いについて聞いてくれないか?』


 渡されたカリュキュラムを見る限り、それ等と”基礎教養の”3つが授業の大まかな区分だ。

 だが、びっちりと数学や歴史といった課目が並んでいる”基礎教養”と違って、その2つは枠があるだけで、何をするのか判然としない。

 ある程度、自由に選べるという事だが、そもそもこれが何なのかよく分からないのだ。

 そしてモニカがそれをザーリャ先生に伝えると、大きく頷いた。


「うむ、いい質問だ! ”特別科目”はその者の特性に応じて選ぶ科目だ、君の場合であれば”黒”の魔力傾向専用の授業や、スキル保有者専門の授業を選べる。

 ”専門科目”は君がどのように生きるかを決める科目だ、戦いに生きる者、研究に生きる者、君がどういう風に生きるかで選ぶことになる」


 なるほど、そういう違いか。

 となればしっかりと自分の”今”と”未来”を見据える必要がある。

 この歳からそれを求められるとは、流石アクリラというべきか。


「”専門科目”はどれでも選べるの?」

「基本的にはな! ただし著しく適性がない場合や、人気の授業などであれば担当の教員が試験し、結果受講できないこともある。 何か目指したいものはあるか?」


 するとその問いに対して、モニカが真剣な眼差しでザーリャ先生を見つめ、迷うことなく口を開いた。


「ゴーレム技術者になりたい」


 その言葉に迷いはなかった。

 それこそがモニカの”目的”であり、ここに来た最大の”理由”。

 モニカを守り育てた家族ゴーレム達の修理、そのための技術の習得。

 俺達の身の安全は、モニカにとってはどこまで行っても ”そのついで” でしかないのだ。

 

 もちろん俺にとっては最優先はモニカの安全であり、ゴーレムの修理は二の次だが、モニカのこの選択に異を唱える気はサラサラ無い。

 それはモニカが決めることだと思っているし、別に俺達の安全を脅かす物ではないからだ。

 そして、モニカの言葉に迷いがないことを察したザーリャ先生が、今日一番大きく頷いた。


「うむ、ならば”専門科目”は、魔道具と魔力の扱いに関する授業を選ぶといい、後は機械工学系も強みになるだろう。

 それとゴーレムの授業は高等部向けしか無いが、課外でゴーレム系の研究室を手伝う事はできるぞ!」


 やはりゴーレムは魔道具の上級技術であるようだな。

 だが、研究室の手伝いという手があるのか。

 ちなみに”課外”とは、先に言った授業とは別に、教育の括りから外れる代わりに自由に活動できるという、要はクラブ活動みたいなものだ。


『後で、ロメオの使用許可を聞きに行く時に、どんな授業や研究室があるのか確認にしような』


 俺がそう言うと、モニカから肯定の感情が返ってくる。 


「ありがとうございます」

「感謝されるような事はしておらん、だがその言葉は受け取っておこう!」


 ザーリャ先生がそう言って大きく頷きながら腕を組んだ。

 その時、まるで話の区切りを見計らったかのように教室の扉が開けられ、中から女性が顔を出した。


「ザーリャ先生、準備はできてますよ」


 その女性は足下のスズメバチにそう言ってから、こちらを向いた。


「モニカちゃん、制服似合ってますね」


 その女性は、そう言ってモニカの頭を撫でる。

 一方、撫でられたモニカは少々不審な顔をしている。

 なんでこの女性が自分のことを知っているのか、わからない感じだ。


「えっと、私のこと覚えてないですか?」


 モニカの様子を見たその女性がそう言った。

 モニカも、そこで面識のある人物だとは理解したようだが、それが誰かは思い出せなかったのか、


「・・・誰だっけ?」


 と、俺にしか聞こえない声で助けを求める。


『試験官の一人、名前は知らないけれど』


 俺がそう言うと、モニカが思い出したかのように納得の表情を作り、その女性もそれを見て安心した表情を作った。

 

「どうやら思い出してくれたようですね」

「編入試験の試験官の人ですよね?」

「はい、といっても試験実施のための雑務ばっかりで、ほとんど数合わせみたいなもんですけどね」

「そうなんですか」


 数合わせ・・・そういえば落とす気はないって校長先生が言ってたな。

 ってことは、試験問題に関わっていない彼女は本当に数合わせ的なものだったのだろう。

 

「ところで、先生もこの授業なんですか?」 


 モニカが教室から出てきたことが気になったのかその質問をすると、その女性の先生が背筋を伸ばして改まった表情を作った。


「それじゃ改めましてモニカちゃん、私はザーリャ先生の”大陸史”の授業の補助を担当している、クヴァント・ミールって言います、よろしくね」

「補助?」


 モニカがそう聞くと、最初に答えたのはザーリャ先生だった。


「私はほら、小さいだろ? 色々と不便な事があるのでな」

「それと魔力を殆ど持ってない先生なんかが授業をする時も、魔力の補助も行うの、まあ見習いみたいなものね」


 クヴァント先生がそう言ってニコリと笑った。

 なるほど見習いか、どうりで印象が薄いはずだ。

 視覚記録を見る限り試験の時は目立たないように、発言も殆どしていなかった。

 おそらく校長とか、アラン先生みたいな”大者”が同席して緊張していたのだろう。


「それでは教室に入ろう、生徒を待たせているからな!」


 ザーリャ先生がそう言って、教室の扉をくぐって中へと入っていった。

 そして、クヴァント先生はザーリャ先生の鞄を手で持つと、もう一方の手でモニカに教室に入るよう促し、モニカがそれに従ってザーリャ先生に続いて教室の中に入った。


「・・・広っ!?」


 モニカの教室の第一印象はそれだった。

 ちなみに俺の第一印象もそれである。


 その教室はかなり大きな物だった。

 教室と聞いてまず初めに想像するような、平らな地面に机が並んでいるものではなく、大学の講義に使うような後ろに行くほど高くなる構造である。

 そこに床に固定された机とベンチの様な椅子がズラリと並び、ちょうどモニカと同じ歳くらいの生徒が沢山座っている。

 そしてその生徒たちの目は、先生2人の間に立っている、見慣れないモニカに対して急速に集まっていった。


「おはよう諸君!」

「「「おはようございます、ザーリャ先生!」」」


 ザーリャ先生の挨拶に対して一斉に返ってきた生徒たちの声に、モニカが大きく体を緊張させる。

 

「よろしい、いい返事だ! 今週も諸君らの声が聞けて嬉しいぞ! さて、今日の授業だが、始める前に知らせておくことがある!」


 そしてザーリャ先生が、俺達を指し示すと、


「ここにいる、モニカ・シリバ君が今日から大陸史の授業で君達に加わることになった!」


 と俺達を生徒に紹介した。

 その瞬間、一瞬だけザーリャ先生に行っていた視線が即座にこちらに戻り、それに対してモニカがまた体を強張らせる。


「伝えることは以上! モニカ君!」

「はい!?」


 緊張の中で突然呼びかけられたせいで、モニカから変な声が出る。


「席は好きに座ってもらって構わん、今後も基本は早い者勝ちだ」


 そして、その小さな手で生徒たちの方へと促した。


「あ、はい・・・」


 モニカがそう言って、ザーリャ先生とクヴァント先生に軽く頭を下げると、生徒たちの方へと顔を向けて開いている席を探す。


『右から4列目、前から5段目が空いてるぞ』


 少しまごついたモニカに、俺が近場の空席を指示すると、モニカが慌てて右側へ足を向ける。

 こういう事態を想定して、教室に入った瞬間から手頃な席を精査していたのだ。


 この教室の生徒を評すると、登校風景に見かけた比率と比べるとかなり偏りが目立っていた。

 明らかに獣人や亜人の割合が少なく”生物”に至っては、最後列に服を着た謎の二足歩行動物がいるだけで、他には見当たらない。

 そして代わりに多いのが”貴族用”の制服を着た生徒で、このクラスの半分近くを占めていた。

 彼等は街中では殆ど見かけないので、ここまで多いと違和感がすごい。

 間違いなく、なんらかのフィルターが入っている。

 人種か、成績か、それとも先生の好みか・・・・いや好みってことはないか。


「えっと、よろしくね・・・・」


 モニカが隣の男子生徒にそう言って挨拶すると、その生徒は億劫な眼差しでこちらを一瞬見た後、何も言わずに軽く頷いた。

 モニカのことなんて興味ないと言わんばかりだ。

 でも、とりあえず頷いてくれたので、横に座っても問題はないだろう。

 ということで、モニカがそこの席に腰を下ろして、持ってきた勉強道具を机に並べる。

 その間、横の男子生徒は特に何か話しかけてくるようなことはなかった。


 まあ、それを狙ってこの席を選んだのだが。

 モニカが入ってきたときも、ザーリャ先生が紹介したときも、他と違いこの生徒だけはがっついてこちらを見ることがなかった。

 チラチラと目線を向けてくることがあるので興味がない訳ではなさそうだが、話しかけるほどではないのだろう。

 モニカは今緊張してるのでそれはありがたかった。


 横の男子生徒は貴族用の制服を着ているが、この街では身分差などというのは基本的に誰も取り合わないので大丈夫だろう。

 赤い髪に黒く光る目・・・どちらかといえば魔力傾向は黒かな?

 となれば俺達と一緒か。

 でも、どっかで見たことある顔立ちだ。

 どこだっけ・・・完全記憶はこういう曖昧な記憶を引っ張り出すのには、あまり向いていないので分からないが、今までで会った誰かに似ている気がした。

 検索をかけても絞り込めない時点で、気のせいかもしれないが。


「さて、新たな仲間も席についた所で、今日の授業を始めよう!」


 俺がそんなことを考えていると、ザーリャ先生が授業開始の合図をして、横の男子生徒の視線共々、全員の目が教室の前部に集中する。

 そこでは、教壇に立つザーリャ先生だけでなく、そのすぐ後ろで謎の大きな魔道具の調整を行うクヴァント先生の姿が見えた。

 その魔道具は箱型の土台の上に複雑な歯車を組み合わせたような機構が乗り、その上に丸い透明な球体が付いていた。


 あれはなんだろうか?


 モニカの視線がその丸い球体に吸い寄せられる。

 どことなくスキル用の魔水晶を思い出すな。

 同じ石なのかもしれない、ただしこっちの方が大きいが。

 

 するとその瞬間その丸い物体が青く発光した。


「!?」


 その光にモニカが息を呑む。

 だが本当に驚いたのは、その光によってもたらされた”光景”だ。

 見えたのは青い光で描かれた山と、視界の手前から奥まで伸びる大きな川だ。

 そしてその間の平地には、大量の小さな兵士が山にある砦を向いて陣形を組んでいた。


 俺達の目の前・・・というか頭上に、なんと青い線で大地が描写されていたのだ。

 そしてその線は、間違いなくクヴァント先生の目の前の魔道具からもたらされていると。

 

「さて、ここには聖王1628年”ダービン砦の戦い”の直前の光景が広がっている!」


 その瞬間、俺は理解した。


 これが ”アクリラの授業” であると。


 

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