1-14【魔法学校の入学試験 11:~レ・ホルゴスの決断~】
「不吉だ」
アクリラの東部にある、とあるレストランの目の前でその男が呟いた。
「何が不吉だってんだ? せっかく親友が、アクリラ1のレストランに招待してやったというのに」
するとその隣りにいた彼の”連れ”が憤慨した。
「それはなウォルター、たまたま研究所が私の研究室の隣というだけの、頭のイカれた研究員に、突然親友ヅラされて、一番は一番でも、一番”微妙”なレストランに引きずられてくれば、それだけで不吉だ」
そう言って彼が毒づくと、ウォルターはさらに憤慨を大きくした。
「おいおい、それは無いだろ? 数少ない”同郷”の仲間だってのに」
「何が同郷だ、私はヴァンデルバルグ、お前はモハヴェー、”国”が違う」
「どっちも
「いや、違う、ヴァンデンバルグ人は他人を親友だと偽って連れ出したりはしない」
「ははは、あんたは
「はぁ・・・・」
”彼”が諦めたようにため息をつく。
どうやら、この丸メガネをかけた”
そして諦めたように、そのレストランへと足を踏み入れたのだった。
「いらっしゃいませ、ようこそ”レ・ホルゴス”へ」
店の扉を開けると、品のいいウェイターがそう言って出迎えてくれた。
「不吉だ」
「いかがしました?」
「予約もしてない高級レストランで、入って早々、待ち構えていたみたいにウェイターに声を掛けられたら誰だって不吉に感じる」
「は、はぁ・・・」
”彼”のその物言いにウェイターが当惑したような表情になる。
すると、”彼”のすぐ後ろからウォルターが現れて、その場を取り次いだ。
「予約していた、”スコット・グレン”だ」
すると”彼が”驚愕の表情で後ろを振り向いた。
「私の名前で予約を入れたのか!?」
「ああ、それが?」
ウォルターの顔は飄々としたものだ。
「それが? じゃないだろ! なんで最低でも1ヶ月待ちの人気店に、”私”の名前で予約が入っているんだ!?」
「この店が完全予約制で、予約に一ヶ月かかるのは、”君”のような客を優先させるためだからだよ」
スコットはそこで口を閉じて諦めたような表情になる。
彼なりに”その意味”を認識したのだ。
「スコット様、”庭の席”へどうぞ・・・”お連れ様”がお待ちです」
そしてウェイターがニッコリと笑顔を作りながら、店の裏手を手で指し示す。
そこにはこの店の”裏庭”に続く扉があった。
◇
この店がアクリラで”1番微妙”な店であるという理由は、その裏庭にある。
正面から見れば、こじんまりとした小さなレストランに見えるが、実はその裏には公園のような広大な裏庭があるのだ。
そして様々な”快適魔法”を重ね掛けされたその庭は、屋外とは思えないほど居心地がよく、入れる店舗が限られる様な、”体”の大きな客でも体を伸ばせるとあって、人気の店である。
そしてその常連の中には、この街で”最大の美女”も含まれ、それが特に教師陣にとって”微妙”な理由だった。
「不吉だ」
スコットからその言葉が放たれると、”先客”の顔が僅かに不快に歪んだ。
「こんな美女を前にして、随分な物言いだね」
「すいません、ですが私にとっての美女というのは、足が二本で、ちゃんとした服を着た存在だ」
スコットがこの街の”支配者”の一人である、ゾッとするほど巨大な蜘蛛から生えた女に向かって毒づく。
「心外だ、少なくとも服は着ているぞ?」
「それは”下着”というんですよ」
その女性・・・スリードは胸元を覆う布切れ以外、何も身に着けていなかった。
「それでも服だろう?」
「服の”下”に着るものです、”文明”ではそれは服を着ているとは言わない」
「まあ、いいではないか、この店は文化、思想は自由だ」
「本当は?」
「午前中に少し”本気”で動くことがあってな、ルイスに無理やり着せられた上着の後ろが破れてしまった」
スコットがそこで大きなため息をついて諦める。
正直なところ、このアラクネが人前で布切れを纏うようになったのは、ここ100年で最大の変化とされるくらい、ありえない事だったのだ。
彼女は腰から上こそ少し背の高い女性だが、その大部分は蜘蛛であり、種族上も蜘蛛で服を着るということに対する”理解”がない。
それでも最近では彼女をよく手伝う助手たちの努力の甲斐あってか、嫌々服を着ていることも増えたが、そもそもが衣類の強度より”速く”動く彼女にとっては、どこまで行っても邪魔なものなのだ。
なので彼女の”城”であるこの店で、下着をつけているだけ、礼儀をわきまえていると諦めるしか無い。
「それで? なぜ私をこんなところへ?」
「ん? ”
「教師の間では、”ベル・クラト”に呼ばれればクビが飛び、”レ・ホルゴス”に呼ばれれば物理的に首が飛ぶという言葉があります」
「それは初耳だ」
そう言って目の前の前菜をつつく、スリードの顔は明らかにその噂を知っているものだった。
当たり前だ、”彼女”がその原因なのだから。
ちなみに”ベル・クラト”は校長の行きつけのレストランである。
「いよいよ、私もお払い箱ですか」
「何を言ってる? あ、スコットとウォルターにも料理を、夏の新作を出してやってくれ」
スリードが後ろに控えるウェイターにそう言って注文をつけると、ウェイターが一礼して厨房へ向かう。
スコットの表情が苦いものに変わった。
「これで2時間は話せるな」
「拘束されたの間違いでは?」
「はは、面白いことを言うな、ウォルター、君の”親友”は面白いやつだな」
「ええ、自慢の親友ですとも、スリード先生」
どうやらスリードとウォルターは完全に”通じ合っている”らしい。
「不吉だ」
「それは君の口癖か何かかね? 私が迎えに行ってからもう6回目だ」
「いいやウォルター、君が私の研究室の扉をノックした時にも言ったから7回目だ」
「そんなに不吉かね?」
スリードが不思議そうにそう言った。
「前もって”2時間は”話すというからには、世間話ではないでしょう、おそらく私のクビか・・・もっと悪いものだ」
スコットがそう言うと、その瞬間、スリードが大声で笑い声を上げた。
「はっはっはっは、すまんすまん、いや、そう気を使わんで良い、悪い話ではないよ」
するとスリードが、指で次元魔法陣を作り出し、そこから数枚の紙束を取り出した。
「君が先日発表した、この研究論文だが、これを私の推薦で”ノア”に掲載したい」
その瞬間スコットの眉間に大きなシワが寄る。
「何故ですか?」
「アクリラ最高の論文雑誌に載るのが不服かい?」
「もちろん研究者として生きる以上、自分の論文が大手の論文雑誌に掲載されることは夢です。
だが、自分で言うのも何ですが・・・私の専門は主流学派でもなんでもない、ノアに掲載されるほどの価値はないでしょう」
「私はそうは思わないぞ、”魔力による星の動きの変化と、その割合” 実に壮大で心躍る論文だ」
「ウォルター、君もそう思うか?」
「あ、いや、私は・・・」
スコットの問いにウォルターが口籠る。
彼は狂っているが、研究に対しては真摯で公平だ。
「ということは、あなた達は私の論文がノアに掲載される事よりも、それによって生まれる”何か”を欲しているということになる」
ウォルターがバツの悪そうな表情を作った。
「アクリラ最強の魔獣と、高圧魔力研の研究員が、魂を売ってまで欲しがるものってなんです? 想像がつかない、いくら天下のスリード女史といえど、ノアへの推薦ともなればそれはとんでもない”借り”になる、”呪い”といった方がいいレベルの」
すると、スリードが息を大きく吸ってから、表情を真剣なものに変えた。
どうやら”本題”が始まるようだ。
「その通り・・・君の論文よりも、その論文がノアに掲載されて発生する”副産物”が目当てなのは間違いないよ。
君はアクリラで教師をやって20年になるから、後は”功績”さえあれば君は晴れて”学校”の主になれる」
そして僅かに体を浮かせ、人の部分がこちらに乗り出してきた。
「君に頼みたいことは2つ、”魔導剣術”の授業を君の名前で受け持ってくれ、それと生徒を1人、君の新たな”学校”に入れてほしい」
「なるほど、”それ”が狙いでしたか・・・」
「やってくれるか?」
スコットがそこで考え込むように黙る。
自名での授業と生徒の所属、どちらも”学校”を持たぬ教師には認められていない行為だ。
「確かに私の”経歴”で、魔導剣術の授業をやれば一つの目玉になるでしょうが・・・」
「じゃあ」
「お断りします、私はもう剣は置いた」
そう言ってきたスコットが自分の足を叩くと、生身の物ではない無機質な義足の音が響いた。
「今は研究者として、星の声に耳を傾ける人生を歩みたいのです」
もちろん、スコットの”力”はこの程度で目減りするものではない。
だがスコットは、もうその”力”で生きるつもりはなかった。
そしてその意思表示として深く頭を下げる。
だがスリードは引き下がらなかった。
「ではその生徒の件だけでも頼む」
「・・・てっきり、そっちは次いでかと・・・」
「残念、こっちが本命だよ、ウォルター!」
「おおせのままに」
すると、ウォルターがわざとらしく傅きながら、手持ちカバンの中から謎の書類を取り出す。
「今朝、”採れた”ばかりの新鮮なデータだ」
スコットがそれを受け取ると、最初の数枚を捲る。
「10歳、女、黒に・・・スキル持ち・・・おい! ウォルター、魔力関連のデータがおかしいぞ!」
「いや、それで合ってる」
「そんな馬鹿な、明らかに桁を3つか4つ、下手すれば5つズレて書いてる」
「それで正しい」
その言葉にスコットがウォルターの目をまじまじと見つめ、それからスリードの目を見つめる。
「スコット・グレン、君は明日発売されるノアに自分の論文を掲載し、その功績と生徒を得る、何が問題だ?」
「生徒を得るって事を、私の利益のように言わないでもらいたい、人を育てるというのは大変なことだ」
「知ってるだろ? そのためのアクリラだ」
「お言葉を返すようだが最初の”生徒”が、なんて呼ばれるか知っているでしょ? 残念だが彼女にはまた出直すかして、他のもっと経験豊かな教師に充てがうべきだ」
「それができない」
「なぜ?」
「その数値が”本物”だからさ」
スコットがそこでもう一度、手元のデータに目を落とすと大きく息を吐いた。
「はぁ・・・”特級戦力”って奴ですか、それも”モグリ”の」
「君が首を縦に振るまでの間はね」
「私に話が来るということは、3大列強の教師は全滅ですか」
「君ならトルバとの縁も切れている、他に候補はない」
「だから無理やり枠を作るような真似を?」
「他の選択肢は全て試すか、検討段階で頓挫した」
スコットはスリードの目を睨み、そこに嘘がないことを確認する。
「考えさせてください」
「いいや駄目だ、今この場で返事が必要だ」
スコットの鈍色の返事をスリードが即座に却下する。
そして文字通り目の前まで顔を寄せてきた。
「彼女には時間がない、明日枠を発行するには、少なくとも今日までに君に功績が必要だ、そして今日付でノアに論文を掲載するには、この場での返事が必要なんだ」
スコットが凄まじい迫力で迫るスリードの目を見つめ返す。
「お客様、今朝取れたばかりの”ベルペペルのムニエル、オシェとクラムのソースを添えて”でございます」
すると、その会話を分断するかのようにウェイターが料理を運んできた。
「おお、来た来た、これが食べたかった」
そしてウォルターが空気を読まずに嬉しそうにそう漏らすと、スリードは身を乗り出していたことに気付いたように、体を後ろに戻した。
「すまん、少し熱くなってしまった、寝てないものでね」
スリードがそう言って苦笑う。
その姿は彼女を知るものからすれば、考えられないもの、すなわち無力感が漂っていた。
「”義”と”利”、迷ったら利を選べ・・・なので選択肢の両方を比べてみましょう」
スコットが息を一つ吐いて、話を整理してみることにした。
「まずこの話を受けた場合、私はノアに論文が掲載され、アクリラ中の研究者から白い目で見られる」
「ノアへの掲載だ、君の研究にも箔がつく」
「いいや、嫉妬で酷い目に遭うだろう、石を投げられるかもしれない」
スリードの意見をスコットは封殺する。
だがそれに対してウォルターが反応した
「いや、スコットの”経歴”を知って石を投げる度胸がある奴はいないだろ、それに”高圧魔力研”は君を支持するよ」
「高圧魔力研は君のものではないだろ?」
「そうだが、”大魔力”に魅せられた者ならば、その子が隣の研究室の”学校”に通ってくれるのならば、間違いなく全力で支持する」
「おい! 生徒は実験動物ではないぞ? それに仮に私の所で預かっても、アクリラのシステムだと、私の研究室に来るのは多くて、週に・・・1回か、2回」
「何だ、案外乗り気じゃないか、そんなところまで考えているなんて!」
ウォルターがそこで笑いながら、”言質”は取ったと言わんばかりにスコットの背中を叩き、スコットが顔を顰める。
「話を戻そう」
「その子に口利きしてくれるだけでいいから、あれだけ魔力があるんだ、ちょっとくらい分けてくれるだろ」
「話を戻す!」
スコットが大声でそう言い強引に話を戻す。
「この話を受けなかった場合、私は不要な批判の的にならずに済むし、”特級戦力”なんて面倒な生徒に責任を持たなくて済む」
「高圧魔力研は全力で嫌がらせを敢行するがな」
「はぁ・・・少し黙ってくれウォルター・・・私は平穏を望んでいる、学会で頭の固い連中に針の筵にされるのはお断りだし、自分が人を導いてはいけない人間だとも自覚している」
「なぜ生徒を持つことを拒む? 前にもそれを理由に表彰を断っているな」
スリードがスコットの過去に触れる。
するとスコットの表情が暗いものに変わった。
「スリード先生は人を殺したことは?」
「その程度なら何度も」
スコットの問にスリードが当たり前の顔で答える。
「・・・愚問でしたね、では子供を殺したことは?」
「ああ、それも何度も」
「自分の子供は?」
「・・・あるよ、”蜘蛛”だもの」
そう答えたスリードの顔は”魔獣”の異様を放っていた。
だがそれを見つめるスコットは全く怖じけてはいない。
「・・・ではお強いですね、私はそこまで強くはない」
「ならば、話を受けろ、この話が流れれば彼女は再び”死地”に身を置く事になる」
スリードがものすごい形相のままそう言い、この場で唯一の”一般人”のウォルターが2人の迫力に息を呑む。
そしてしばしの間、2人は無言で睨み合ったまま時間が過ぎた。
「そこまで手が回っていると?」
「明後日にマグヌス精鋭部隊の、アクリラ内への”滞在”が申請された、”共同授業”という名目でな」
スコットはそこでしばし考え込む。
「利がどちらにあるか・・・どちらに転んでも碌な目に合わないことは間違いなさそうだ、片方は私の平穏を乱し、もう片方を選んでもそれは同じ・・・」
そして逡巡するように目線をあちらこちらへ動かし、最初にスリードを捉え、その次にウォルターを睨んだ。
「私の顔に何か付いてるか?」
すると、ウォルターが不思議そうな顔でそう言い、その空気を読む気のない姿に大きなため息を付き、重たい口を開いた。
「どちらの方を選んでも、一番厄介なのはこの”親友”の扱いだ、受ければ魔力を取らせろと煩いだろうし、受けなければ私の研究室でどんな”事故”が起こるか分からん、ならば、まだ交渉の余地が残る方を選ぼう」
「ということは・・・」
「あなたへの貸しにしておきます、それとできるだけ目立たない位置への掲載、それが条件です」
すると次の瞬間、目の前の空間が文字通り
「うわ!?」
突然の出来事にウォルターが驚き、そこに吹き飛ばされた土が雨のように降り注ぐ。
”魔なし”のウォルターは、何が起こったのか分かってないように周囲を見ているが、スコットはスリードが凄まじい勢いで飛び上がった瞬間をしっかりと見ていた。
「スリード先生はどこ行った?」
「ノアの編集部だろ、去り際はいい笑顔だった」
「ああ、そりゃそうか・・・大丈夫かな、あそこ窓小さいが・・・さて、私の本題はこっちだ」
そう言ってウォルターは目の前の料理へと興味を戻した。
その姿にスコットが呆れ顔になる。
「まったく君には敵わんよ」
スコットが万感の思いを込めてそう言うと、おそらくその意味を理解してないであろうウォルターが得意気に頷いた。
「そうとも、どれだけ力が強くとも、知識とこの店のムニエルの前では無力なのだ」
そして目の前の、皿から焼いた魚を一切れ口に放り込むと、ガリっという、今しがたスリードが食卓にバラ撒いた土を噛む音がスコットにまで聞こえてきた。
「・・うぐ!? ウェイター! 土が入ってるぞ!」
◇
その日、翌日に発売される論文雑誌”ノア”に緊急の追稿が行われ、”魔力による星の動きの変化と、その割合”という論文が、寄稿者の要望により雑誌の中ほどの目立たない位置に掲載された。
そしてその作業と、それによって発生する様々な諸手続きのせいで、アクリラの事務局員は誰も寝る事ができなかった。
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