1-14【魔法学校の入学試験 10:~思わぬ落とし穴~】
終わった。
モニカが最後の問題に答えを書き込んだ時、そんな感想が頭をよぎった。
実技試験が終わって講堂に戻ってきた俺達は、しばしの休憩の後に筆記試験の残りを行っていた。
昨日の午後の試験は凄まじい分量だったので、どんなとんでもない物が出てくるか不安だったが、実際に出てきたのはわずか5枚の紙切れ。
正直拍子抜けしたのは語るまでもない。
内容は前回の筆記でやらなかった範囲。
つまり魔力関連全般。
そして前回と異なりすべての問題が、”文章”での解答を求めてくる形式で、難易度としては結構難しかった。
やはりこちらが本題という事なのだろう。
そして一つ大きく異なる点がある。
モニカとは別に、”俺用”のペーパーが出てきたのだ。
つまりこれが話に聞いていた個別で行う試験という事になる。
俺とモニカを別々にやらせるというのは、それだけ”本人”に知識と判断力を求めるからだろう。
だが、懸念していた”分断処理”は全く行われなかった。
試しに相談していいかと聞いたところ、
「いいですよ」
との返事をもらったが、その言葉の後ろに”どうなっても知りませんが”という幻聴が聞こえたので、相談はしなかった。
それに問題自体も頑張ればなんとかなるものだったし、モニカ自身も受験勉強の成果を見せたがっていたので、それぞれでやることにしたのだ。
そうは言ってもモニカの答案も見えるので、内容は知っている。
見比べてみると、最初の2枚の基礎的な問題は共通で、あとはそれぞれ違う問題だった。
魔法の基礎が共通なのは、それが絶対に必要だからだろうが、その後の問題が違うのは俺達の役割の違いからだろう。
モニカの方は”どうするべきか”といった、判断を求めてくる問題が多いのに対して、俺の方は”どうやるのか”といった、処理の問題が多い。
結構露骨なのは、モニカの方の問題で模範解答をした場合の”実際の手順”を問う問題があったり。
逆に”俺が失敗した場合”のような想定での判断を問う問題が、モニカの方にあったりする事だろう。
あと、その問題の性格上、前回みたいなオートでの解答が発動することは無かった。
そのおかげで俺も試験を楽しめたが、枚数は圧倒的に少ないのにも関わらず、前回よりも時間がかかってしまった。
そして何より全ての回答に、もっと良くできるのではないか? という奥歯に物が挟まった様な違和感が残ってしまったのが心残りだ。
まあ、現状ではこれ以上は望めないだろう、というところまではやれたので不満はない。
そして少し先に終わってモニカの回答を眺めていた俺は、モニカが最後の問題を書き終わると妙な感慨が流れてきたのだ。
あ、ここで、この世界ならではの試験の特徴について一つ。
名前は最後に書く。
もし最初に書いてしまったら、もうその答案には書き込めなくなってしまうのだ。
これは名前を書くことで、それを”キー”にして魔法が発動し答案を”保護”するからだ。
これで俺達はこの答案に対して責任を持つと同時に、誰も加筆修正ができなくなり、その結果は半永久的に”保証”される。
魔力がある社会ならではというか、魔力契約社会故というのか。
名前欄は個人を特定するためというより、”サイン”する場所という意味合いが強い。
なので名前は最後に書くし、その時間は試験時間には含まれない。
そしてモニカが全ての答案に”モニカ・シリバ”か、”ロン”と書いてあることを確認して纏めると、今回も教壇で4本の腕を組んで仁王立つザーリャ先生に差し出した。
「うむ、たしかに・・・これで、筆記試験は全て終了だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺達の中に開放された安心感が充満した。
これで今日の予定はすべて終了し、試験も後は”面接”が残るのみだ。
ここまで行けばもう気を張る必要なないだろう。
「それじゃ・・・休憩してきてもいいですか?」
モニカが、答案を小さな手でパラパラとめくり内容を確認するザーリャ先生を横目に見ながら、教室の横から試験を眺める他の先生方へと聞いた。
今は頭を使った直後なので小腹が空いている。
夕食前に軽食でも出ないかと考えているような感情がモニカから流れていた。
時間も余ったしそれくらい大丈夫だろう。
そう考えていたのだが、アラン先生の返答は意外なものだった。
「『この教室で待っていてほしい』」
それは、この
すなわち懇願だった。
モニカからどうしようかと、問うような感情が流れてくる。
「『もうすぐ校長先生がここに来る、それまで待っていてくれないか?』」
アラン先生の目は真摯なものだった。
さらに他に並ぶ先生方の目も・・・
『モニカ・・・ちょっと待ってみようぜ・・・』
◇
校長先生は本当に少ししたらやってきた。
どうやら俺達の試験の終了時間に合わせてきたらしい。
だがその顔は妙なまでに青く、昨日見た時よりも老けて見える。
「お待たせしました、試験はどうでしたか?」
対面の席に座るなり、校長が俺たちに向かってそう聞いてきた。
今は机を動かして、俺達と試験官の先生方が向かい合う形で座っている。
「出来るだけのことは、したと思います」
モニカは自信を持ってそう答える。
その感情からは不満がないといえば嘘になるが、何かをやりきったような清々しい気持ちよさが伝わってきた。
「ふむ、それは良かった」
校長がそう言って満足そうにニッコリと笑った。
だがそれでハッキリしたが、確実に昨日よりも老けている。
というよりずっと休んでいない感じだ。
「大丈夫ですか校長先生? 随分お疲れのようですが・・・」
気になった俺がそう問いかけると、校長の顔に苦笑のようなものが浮かんだ。
「これでも魔法士の端くれです、数日寝なくても問題はありませんよ」
そしてそう言って笑った。
だが、その顔はやっぱり疲れて見える。
とても通信機越しに俺達を威圧した、あの校長と同じ人物だとは思えない。
「試験について、何か確認しておく事はありませんか?」
「えっと・・・後は”面接”試験だけですよね?」
校長の確認に、モニカが答える。
試験の内容は”検査”、”筆記”、”実技”、そして”面接”の4つ。
つまり残るは面接だけのはずだ。
だが校長の顔が少し険しいものになる。
「そうですが・・・・・・これは後で説明します、他には?」
え? 残りって面接だけでしょ?
何かあるの?
「無いですね?」
「あ、いや一つ」
俺には、それとは別に確認しておきたいことが一つあった。
「”個別”の試験ってのは、さっきの筆記試験でいいんですか?」
「ええ、そうですよ? 何かわからないことでも?」
「いや・・・なんかもっと、しっかり俺とモニカを”分断”させるのかと思ったんで・・・」
俺がそう言うと校長がこちらを向いて軽く笑い、
「これはあくまでも”儀式”です、そこまですることの意味はありません」
そう言った。
「儀式?」
「ええ、今だから言えますが、今回の試験、仮にあなた達が全ての問題を間違えていても、あなたが落ちることはありませんでした」
「え?」
突然放たれた校長の言葉にモニカが驚きの声を上げ、俺も思考が真っ白になる。
「え? じゃあ・・・どういうこと?」
「フフフ・・・考えてもみてください」
すると、校長がこの試験の”種明かし”を始めた。
「この街では、あなたと同じ歳の生徒が2千人もいます、彼らはとても優秀な人達ですが、さすがに同世代で世界でも3本の指に入るであろう魔力とスキルを持ったあなたを排除するほど、”難しい学校”ではありません。
つまりこの試験の目的は、あなたを”試験した”という大義名分を得ることが重要であって、あなた達をふるいに掛けることではありません」
「えっと・・・ってことは・・・」
「”合格”ってこと?」
その途端、俺達の頭の中が合格したという安心感と、徒労にも似た疲労感が混じったゴチャゴチャした状態になった。
「なんだ・・・それなら言ってくださいよ・・・」
「ああ、つかれたぁ・・・・」
俺が校長に軽く文句を言い、モニカが急に湧いてきた疲労感に頭を抱える。
だが即座に、校長の顔色が重いことに気がついた。
「ええっと・・・合格ってことですよね?」
俺が確認のためにそう問いかけると、校長の顔が更に暗くなる。
「・・・実は、”次の試験”について大きな”問題”があります」
問題?
問題とはまた不吉な・・・・
「えっと・・・面接ですよね?」
「はい」
モニカが確認し、校長がそれに答える。
面接についての大きな問題・・・何だそれは?
「ええっと、なにか俺達がまずいことしたとか・・・・」
なんとなく重たい空気に、いたたまれなくなった俺がそう言うと、校長だけでなく他の先生まで慌てだした。
「いいや、あなた方は何も悪くありません、我々の”想定”が甘かっただけなのです」
そして驚いたことに校長が頭を下げた。
「このことについて、あなた方には謝罪します」
固まる俺達。
「えっと・・・つまり、何が”起こってる”んです?」
「面接って、校長先生がやるんですか?」
俺達がそれぞれ疑問をぶつける。
すると、校長は重たい表情のまま口を開いた。
「アクリラの”システム”はご存知ですか?」
「ええっと、魔法学校がいっぱいあって・・・」
「それらの総称が”アクリラ”ってのは知っています」
「ええ、そうです、この街に”アクリラ”という学校はない、沢山の魔法学校が生徒と授業を共有しているだけなのです」
それは知っている。
「そして、あなた方に今起こっている問題はこれに起因します、つまり・・・あなた方の”枠”がまだ確保できていないのです」
「え?」
その言葉にモニカが驚きの声を上げる。
だがそれはおかしい。
「たしか、連絡では”特殊2類待遇”ってあったはずじゃ・・・」
それは俺達の受験勉強を始めるにあたってルシエラに届いた”試験範囲”の中に記載されていた、俺達の枠のはずだ。
「それは、あなた達の”待遇”についての枠です、そしてそれは、”アクリラ”というシステムそのものから与えられているものなので、問題ではありません、問題はもう一つの”枠”なのです」
その言葉で、俺は薄っすらとその”問題”を察する。
「その枠とはつまり・・・このアクリラにある学校の中に、あなた方を受け入れられる”学校”がないということなのです」
校長のその宣言に、俺達は頭を強く殴られたような気分になっていた。
だってアクリラに来ればそれだけで居場所が有ると思っていたのだ。
だが実際は、そうではなかった。
問題は、試験とかとは全く別の場所にあったのだ。
そして校長は俺達に、その”問題”を詳細に教えてくれた。
まず何度も言うように、アクリラの中には魔法学校が大量にあり、生徒はそこのどれかに所属している。
ただし学校といっても、ちゃんとした”学舎”があるものもあるが、大半は概念上だけの物だそうだ。
では、その”学校”とは何か?
これは学校と訳しているが、それは日本語に該当する言葉がないからで、実際は”学校”と”教師”を足して2で割ったような印象の言葉だ。
しかもどちらかといえば教師よりの印象である。
そして、アクリラにおいての”教師”には、主に3種類の”立場”が存在する。
その3種とも授業を受け持ち、生徒を教育し、また専門の研究者として魔の道を極めていくというところは変わらない。
ただし、その”格”が大きく違う。
一番格上なのは、校長とアラン先生とスリード先生の3人。
彼らは別格で、アクリラを纏め、護る、”管理者”としての役割を受け持つ。
校長が亜人や獣人を含めた”人類”を代表し、スリード先生がそれ以外の”生物”の代表を務める。
そして”それ以外”の者については、このアクリラを護るために、”世界”から召喚された精霊であるアラン先生が代表することになっている。
それ以外の教師は魔力に関連する様々な分野の”専門家”が収集され、教育や研究に当たっている。
これがまだ授業も持てない”助手”も含めると、合計で6000人もいるらしい。
このアクリラの巨大さを物語る数字の1つだ。
そしてその中で、アクリラにおいて一定の貢献を納め、それを認められた者は特別な”権利”を与えられる。
それはその者の名において”生徒”を持つ権利だ。
この権利を持つものはアクリラの中で300人程しかおらず、そしてその者に”教えを請う”という形でしか、アクリラというシステムに”入学”することは出来ない。
そのため彼らには共通試験である3つの試験とは別に、”面接”を行い、その者の最終的な入学を決定する権利も持ち合わせている。
この”生徒を持つ権利”はその教師の貢献度によって拡大していき、それが生徒たちが収まる”枠”になる。
そしてこの生徒と教師の繋がりこそが”学校”の正体なのだ。
ちなみに”管理者”の3人にこの権利は与えられていない。
彼等はアクリラにおいて、あまりに影響力が強すぎるので、生徒に不当な格差を生みかねないからだ。
いくらそれが形だけの物であるとはいえ、”自分の生徒”ともなれば可愛いだろうから仕方ない。
そして不正入学を防ぐために、共通試験の試験官も枠を持たない教師から選ばれる。
つまり目の前に並ぶ先生方は、その授業を受けることはあっても、直接の”先生”になることはない。
そして問題は、その枠の5割がマグヌス・・・つまりは俺達の潜在的な”敵”に属する教師によって占められていること。
魔法先進大国だけあって、影響度が半端ではない。
まだマグヌスと、どう交渉するのか決まってもいない段階で彼らの枠に縋るのは危険だ。
なので残りの5割から選ばなければならない。
ただし、ここで通称”同族の原則”と呼ばれる壁にぶち当たる。
これは、その生徒の”生物的”な様々な問題などに、師匠である教師が同族であった方が対処しやすい、といった理由で決められている。
すなわち人であるモニカを受け入れるには、少なくとも”人類”の教師の下に収まらなければならないのだ。
そうなると枠の選択肢は2割まで減ってしまう。
そしてその枠は、なんとか自国の生徒を捩じ込みたい各国の凄まじい”椅子取り合戦”によって塞がれていた。
国によっては金を払ってまでマグヌスの枠を借りている状態なので、そんなところに”枠”など残ってはいなかったのだ。
「せめて、到着があと一週間遅ければ、もうちょっと話は簡単だったんですけどね・・・」
校長がそう言って嘆く。
なんでも数日後に生徒募集の年度が変わり、この枠が”リセット”されるそうなのだ。
そうすれば、まだ塞がっていない枠がいくつか有ったかもしれないとのことで、校長達は最悪これを当て込んで、時間を掛けて戻ってくるように言ったらしい。
ただし、ゴーレムに追われて2週間ピッタリで戻ってくることは想定外だったようだ。
それでも校長とスリード先生は、僅かな隙も惜しんで必死に”枠探し”に奔走してくれた。
それは校長の顔に刻まれた疲労から十分に伝わってくる。
だが現在の俺達の身分である”受験生”は、アクリラに到着してから3日しか持たない儚い身分だ。
それを過ぎればアクリラは俺達を守ることは出来ない。
ただの一般人に逆戻りである。
なので明日の夜には逃げ出さなければならない。
枠が産まれるまでの数日間を隠れても、アクリラに逃げ込んだことがバレているので、きっとマグヌスはなりふり構わぬ妨害に出るだろう。
”
そして彼等にそこまでの妥協を強いるほど俺達は追い込んでいるし、決断する時間も与えている。
なので暫くはアクリラに近づけないだろう。
残念だが仕方がない。
「わかった」
モニカがそう言って、席を立ち上がる。
その声はしっかりとしたものではあったが、わずかに
「俺達はできるだけ早く出発します、明日まで待てばその分逃げづらくなる、少しでも距離を稼いでおきたい」
そして俺がその言葉を言った時には、もうモニカは出口に向かって歩き始めていた。
「待ってください!!!」
その時、校長が叫ぶように俺達を呼び止め、それにモニカが足を止めて振り返る。
「明日の夕方まで待ってください!! それまでにこの”ステファニー・グレンテス”が、全てをかけてあなた達の”枠”を、虚無の闇の中に手を入れてでも用意します!!」
「用意できなかったら?」
懇願する校長のその言葉に、モニカが冷たい声で聞き返す。
「その時は、この私が・・・いや、この私とスリード先生の2人が、現職を”放棄”してでもあなたの命を守ります」
そう言って校長の手に黒い大きな魔法陣が出現する。
それは間違いなく”契約魔法陣”であった。
それもとんでもなく強力で複雑なもの。
そんなものを出すからには、校長は今言ったことを”本気”で行う気でいるらしい。
モニカが校長の目を睨む。
「なんで、私達のためにそこまで?」
「前に言った通り、魔の道を歩まんとする少女を”
それにここに着けば救うと言ったのです、魔法士にとって”約束”は絶対ではありませんが、とても”重いもの”です、故にその履行に全力を傾けます。
・・・まあ、本音を言えばあなた達ほどの”下地”を持った生徒を失うのは、あまりに痛いというのもありますが・・・」
その答えを聞いたモニカの表情が僅かに緩んだ。
そして同時に俺に”どう思う?”と、相談するような思念が飛んでくる。
『嘘ではないと思う・・・契約魔法陣も出しているし』
俺がそう答えると、それを聞いたモニカが”決断”を下した。
「校長先生、そんな”
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