1-14【魔法学校の入学試験 9:~サイカリウスの牙~】



「緊張しているだろうから言っておくが、この試験はほとんど確認に近い」


 フィールドの中央に並んで立ちながら、クレイトス先生が俺達に向かってそう言った。


「確認?」

「なんのですか?」


 俺とモニカが揃ってそう聞き返す。


「魔の道は広く、そして狭い、者によって容易い事も難しいことも違い、何かができた所で褒められたものではないし、できなくとも恥ではない。

 そもそも市域に撒かれている知識など、本来ならばその者の魔の才を測るに値する要素ではないのだ。

 下地さえあれば誰でもそれに応じた力を得られるし、学ぶ前の者が出来なくて問題になることもない、故にこの試験は明確な解答も、明確な基準も存在せず、その者の”現状”を確認することが主な目的である」

「・・・じゃあ、やらなくても落ちないんですか?」


 俺が確認するようにクレイトス先生に問う。


「そうではない、むろん試験であるからして、この試験で門戸を閉ざされる者も多い」

「ええっと、つまり ”合格基準はないけれど、落ちることはありますよ” ってこと?」

「まあ、要約すればそうなるな」


 ええ・・・

 俺はその答えに若干引き気味になる。

 だが、不思議な事にモニカの方は何かスイッチが入ったかのように気合を膨らませていた。


「つまり本気でやればいいってことですよね」


 そして彼女なりの”結論”を述べた。


「なるほど、少なくとも”あるじ”の方は飲み込みが早いようだ、確かにこの試験は、その者がよほど手を抜かない限り落ちることはない」


 どうやらモニカの答えは当たりらしい。

 つまり基本的に落ちることはないけれど、真面目にやらない奴は落とすこともあるよってことね。

 

「でもそう言うからには、少なくとも俺達が手を抜いたかどうかを判断する”基準”はあるということですよね?」


 俺がそう言うと、クレイトス先生が大きく頷く。


「なるほど”従者”の推察力も良いな、その通り、我々は受験者の能力に関して事前に情報を持っており、それが一つの基準になる」

「情報?」

「通常であれば、ここに来る者は事前の推薦状もしくは経歴書があり、そこにその者の現在の能力及び経歴などが記載されているので、それが情報になる」

「だが俺達はどちらもないけど?」


 推薦状なんて書いてくれる人はいなかったし、経歴書についても提出した覚えはない。


「うむ、その場合はこちらが事前に調査を行い、そちらの実力を推定することになっている」

「でも事前調査なんて・・・」

「ルシエラ・サンテェス」

「あ、」


 そこで俺は彼らの”情報源”に思い至る。


「察したようだな、彼女は君たちの情報についてかなり詳細に伝えてくれている、それを他の様々な情報と照らし合わせ、おおよその君達の能力は把握しているつもりだ」


 ルシエラめ・・・俺達に黙ってそんなことしやがって・・・

 なんとなくルシエラなら、その程度のことはしているだろうとは予想していたが、まさかそれが試験問題になるとは思ってもみなかった。


「一応言っておくが、彼女を責めるようなことはしないでくれ、彼女は最大限君たちの利になるように常に気を配っていた」


 まあ、たしかに俺達がルシエラから受けた恩は、この程度の隠し事で目減りするようなものではないのは事実だ。


「君達の主な戦果は、討伐魔獣6体、内Dランク一体、非公表Cランク1体、残りは確証はなく君の証言を下にしているが、推定Cランク2体と推定Eランクが2体、そのうちDランクの個体はCランクへの格上げが何度か検討されていたので、ルシエラのレポートによればCランクまでの魔獣であれば問題なく処理できると判断されている」

「ちょ、ちょっと待って、推定Cランクって片方は魔獣化したサイカリウスだと思うが、もう一体はなんだ?」


 俺の計算だと、たしかにあのデカイ方のサイカリウスは、この前戦ったコイロス・アグイスとDランクのグルドの中間くらいの強さだったのでCと言われても納得するが、他にそんな強いのいたのか?


「モニカ、覚えてるか?」

「さあ・・・あとは、そんなに強いと感じてないから・・・」


「グルドとやらより大きなアントラムと戦ったのだろ?」


 クレイトス先生が不思議なことを言った


「・・・ねえ、ロン、そんなのいたっけ?」

「ほら、あれだ、モニカが肉を褒めてたやつ」

「ああ・・・あれ」


 どうやらモニカは完全に存在を忘れていたらしい。


「だけどあれ、Dランクのグルドより弱かったぞ?」


 少なくとも力が強かったくらいでそれ程苦戦した記憶はない。

 かなり危ないところまで追い込まれたグルドより強いとは思えなかった。


「極北のバルジ」


 するとクレイトス先生が予想外の名前を出してきた。

 だがバルジといえばあの辺りで、神のように恐れられている魔獣だったはずだ。

 そんな大物の名前が出てくるなど、ますます意味が分からない。


「調査によると、あの近辺でグルドより体の大きなDランク以下の魔獣の活動は報告されていない、さらに同時期に行方が分からなくなってるとなれば他に候補はない」


 モニカの目が大きく見開かれる。


「で、でも、あいつそんなに強くは・・・」

「それこそが君達の弱点だ、力押しでくる相手と賢しい相手で強さがまるで違う、君達は正面から力押しで来る相手に限定すれば、既に、私が勝てないレベルの強者にも勝てるだろう」


 そこでモニカが値踏みするようにクレイトス先生を見る。

 実際に実力を見たわけではないが、強そうだ。

 先程の”魔力検査”で離れた場所から俺達を結界で守りきったことからみても、戦って勝てるとは思えない。


「だが同時に、力で押してこない相手にはかなり苦戦している、その差が君達の感覚を大きく狂わせている、なので”Bランク魔獣”相当というのがこちらが認識している大まかな君達の評価になる」

「ま・・・」

「魔獣っすか・・・」


 ああ、以前にも言われたことがある。

 ”獣”のような戦い方だと。

 ただ、さすがに朝起きて”火山扱い”からの”魔獣扱い”とはちょっと堪えるな。 


「そう気を落とすことではない、無力でないだけ、ここに来たばかりの殆どの生徒よりマシだ、だから私にはその”魔獣”としての力を見せてくれればいい」


 クレイトス先生がそんな、フォローにもなっていないフォローをする。


「・・・って事は」


 だがその言葉から何かを察したモニカは、そう言って身に纏っていたフロウを棒状に戻して構えた。


「先生と戦うってことですか?」

『おいモニカ、いくらなんでもそれは・・・』

「まあ、それが一番手っ取り早いな」


 あれ?

 戦うの?

 

 戦いたくないな・・・・でもクレイトス先生もやる気っぽい雰囲気だし・・・

 もっとこう、”これやって” とか ”あれやって” って感じの平和な試験を想像していたのだが・・・


「その前に、1つだけいいですか?」


 そのときモニカが何かを思い出したようにそう言った。

 何か確認しておきたいことがあるようだ。


「ん? なんだ?」

「どうしたモニカ?」


「ロンは私の”従者”じゃありません」

『え?』

「ほう」


 モニカが指摘したのは先程先生が俺に向かって言った”従者”という言葉だ。

 あれ? 俺って従者じゃないの?


「ロンは私に”手段”をくれ、私はロンに”力”をあげているつもりです、私たちは1人では生きられない、2人で1人の・・・大切な”相棒”です」


 そう言ってモニカがクレイトス先生の目を見つめる。

 するとクレイトス先生の目元が僅かに緩むのが見えた。


「結構! では”2人”で私を納得させてみるといい」


 クレイトス先生が大声でそう言い、次の瞬間彼の周りに黄色の魔法陣が発生し、それが結界となって固まった。


「この結界は、平均的な”Bランク魔獣”であれば破壊できるように調整してある、私と戦い、これをお前達の力で破れ!」


 また随分とシンプルな条件だな。

 まあ、その方がわかりやすいが。 

 ただ、気になることが一つ、


「先生、俺達、結界とか使えませんけど・・・」

 

 正確には結界自体は使えるが、戦闘に耐えられるような強度のあるものは使えなかった。


「ああ、いらぬ」

「え? でもそれじゃ・・・」

「私はお前たちに、ダメージの残る攻撃はせん」

「ええ・・・」


 ってことは俺達がひたすらタコ殴りにするってこと?

 大丈夫なのかそれで?

 だがすっかり戦闘モードのスイッチが入ったモニカは、大きく息を吸ってフロウをまっすぐに構えた。


「・・・行くよ」

「始め!!」


 モニカが確認するように俺に声をかけ、それとほぼ同時にクレイトス先生の開始の合図が発せられ、その声がスタジアムの客席に当たって跳ね返ってくる頃には、俺達はもう動き出していた。


 モニカが一瞬でクレイトス先生の懐に飛び込み、猛烈な勢いでフロウを叩きつける。

 長さこそ半分以下になっているが、その分だけ速度は早い。

 そして激突の瞬間、もう完全に無意識にモニカの意思どおりにフロウの先を刃物のように変形させる。


 だがその刃が結界に届く瞬間、突然結界の内側からクレイトス先生の手がにゅっと伸びて、刃の腹を叩いて弾いた。


「ふむ、報告の通り武闘派の様だな」


 クレイトス先生が確認するようそう言うと、構えるように腰を落とし、どこからともなく杖のような物を取り出した。

 うえぇ、魔道具使うのかよ、教師の癖に大人げねーな。


「言っておくが、私も君たちが対処できる範囲で妨害を行う」


 先生がそう言って杖を振り上げると、そこから竜巻のような風が発生し、こちらに向かって飛んできた。

 ちょっと待て、それ攻撃じゃ!?


 だが驚いている俺と違い、モニカの方はもう既に次の行動に移りその風を避け、そのまま違う角度から一撃を入れるが、華麗にかわされてしまった。


 モニカが少し距離を取ってクレイトス先生を睨む。


『どうやら手を抜いてくれているのは本当みたいだ、結界の魔法陣に”強度限界”についての記述がある』


 魔法陣ってああいう使い方があるんだな、たしかにあれならば適切な出力を常に維持できる


『だが速度はこちらよりかなり速い、ついでにルシエラよりも動きが効率的だ、最速の攻撃でギリギリか』


 するとその瞬間、モニカがノーモーションで砲撃魔法を発射した。

 これは足に余剰の低品質フロウを巻きつけ、地面に穿って固定することで実現した”マイナーアップデート”版だ。

 使えるフロウの関係で、ロケットキャノンが事実上封じられている今、通常の砲撃魔法の出力を上げることで、それを代替することも視野に入れている意欲作である。

 そしてその狙い通り、虚を突かれたクレイトス先生は避けるのが間に合わず、結界に直撃を受けた。

 だが、その砲弾は大きな音を立てて先生を数mほど吹き飛ばしたものの、結界を破壊するには至っていない。


『ちくしょう! 意外と頑丈な結界だな』


 俺の悪態の間にモニカが追加の砲撃を行う。

 一応体が固定されているので、大砲級の威力であっても、ある程度の速度で連射が可能だ。

 だが、一度見た攻撃は通用しないとばかりにクレイトス先生は華麗にそれを避けていく。

 さらに手に持っていた杖から魔法陣を即座に展開し、こちらに向かって飛ばすと、モニカが足の固定を解いてそれを避けた。

 どうやら俺達の評価である”Bランク魔獣”というのはかなり強めの評価であるようだ。

 意外と高かった評価に嬉しい半面、ちょっときつい。


『全力砲撃でも威力不足となると、あれを通す攻撃は”ロケットキャノン”か、”魔獣狩りの巨刀”しかないぞ』


 だが、どちらも高性能な方のフロウが不足していて取り回しが悪い。

 相手の攻撃牽制を躱しながら使うのは困難だった。


「他にできることはない?」

『できることはあるが通らない』

「組み合わせれば?」

「相談は済んだか?」


 その瞬間、クレイトス先生が放った突風が俺達を吹き飛ばし、少し後ろの地面になんとか着地する。

 それで痛感したが、相手はこちらに普通に攻撃してくるし、当たれば痛いが手を抜いているのでダメージはないという事だ。 

 あくまでも牽制用らしい。

 威力が低いのであれでは攻撃に当たらないと考えているのか。

 これは骨の一本くらいは”ノーカン”って感じだな。



 俺はクレイトス先生の今までの行動を分析する。

 これは”戦闘”ではない、”試験”だ。

 ならば回答があるはず。

 この場合でいえばクレイトス先生はある一定のルールに従って手を抜いているし、本気なら受けない攻撃も条件次第では受けるはずだ。

 となれば・・・

 

『作戦がある』

「何が必要!?」


 俺達は素早く作戦の打ち合わせを行い、必要なことを確認し合う。


「でも、それでも先生の足を止めないと」


 モニカが作戦の課題を指摘する。


『問題ない、それも作戦がある』


 もともと対ルシエラで考えていた作戦だが、ここで使ってしまおう。



「何か策を練っているようだな」


 そう言ってクレイトス先生が稲妻を放った。

 だが、作戦を聞いていたモニカはその攻撃をしっかりと見つめ、そしてそのまま受け止めた・・・・・・


「!?」


 クレイトス先生がモニカの行動に一瞬驚いた表情を作る。

 だがそれは”ブラフ”だ。

 俺達が今回の受験勉強で大量のパスタ俺達の能力に振った”塩”を味わえ。


”1手目”


 次の瞬間、クレイトス先生の周囲に数百個の魔法陣が出現した。


「何だこの数は!?」


 突然、現出した膨大な量の黒い光に、クレイトス先生の顔に驚きが満ちる。

 だがさすが本職、すぐにそれらが、ただ”丸いだけ”の簡単な魔法陣であることを見抜き、そこに隠された”本物”を見極めようと、目が鋭く動いた。

 ただし、


『残念だったな』


 俺がそう呟く。

 ここにバラ撒いた数百個の魔法陣、その全て・・・が次の一手のための”ブラフ”だったのだ。


”2手目”


 次の瞬間、地中から一斉に大量の槍が突き出し、クレイトス先生を串刺しにせんとそそり立った。

 だが、それも結界を破ることは出来ず、虚しく折れていく。

 しかしそれで問題ない、これも布石の一手だ。

 地中から突き出した槍は周囲数mに渡っており、当然クレイトス先生の周囲は結界に当たらずにまっすぐ2mほどの高さまで突き出た”槍の檻”に覆われた。

 さらに結界がへし折った槍がその隙間を埋める事で、動きを封じる。


”3手目”


 だがそれでも、クレイトス先生の動きを完全に封じることは出来ない。

 この程度の槍の檻など少し時間があれば、簡単に抜け出せるからだ。


 だがその時間は与えない。

 既に最初の1手の時点でモニカは動き出しており、そのためにあえて攻撃を受けたのだった。


 攻撃を受けた理由は2つ。

 ”受けられる”かどうかの最終確認と、即座に行動するためだ。

 

 これまでクレイトス先生は攻撃を、必ず杖で行ってきた。

 最初は武器かと思ったが、よくよく考えてみれば、それは攻撃を一定の威力以下に抑えるためのものだということに気がつく。

 つまりあの杖はクレイトス先生を縛る”枷”であり、そしてその攻撃は受けてもいいし、それが前提であるともいえるのだ。

 

 そして試した結果、直撃すればかなり痛いが大きな問題ないということが判明した。

 

 判明してしまえば後は作戦を決行するだけだ。

 最初に俺達が攻撃を受けたことでクレイトス先生の中に発生した”迷い”を、魔法陣で増幅する。

 それは以前、ルシエラが言った魔法士の”本能”を刺激したものだ。

 そこに最初に攻撃を受けクレイトス先生の目線を固定したことで、”本命”を魔法陣の中に探させて足下への集中力が疎かになるようにしたのだ。

 そしてその隙を突いて、地面から”槍作成”で作った槍を使い、即席の檻を拵えた。

 だがそれすらも次の一手のための布石でしか無い。


 俺がモニカの背中に”魔力ロケット”を展開し、弾丸のように突っ込む。

 フロウが足りないので飛ぶことは出来ないが、熱さ対策で背中から離す程度の”気配り”は出来る。


”4手目”


 檻に囲まれ、脱出に間に合わない速度で接近してきた俺達に対し、クレイトス先生が杖をこちらに向けて稲妻を放った。

 だが、


『転送!!!』


 持ってきてよかった、余ったフロウ。

 来る時に実技で使うだろうからと、病院に寄って預けている荷物の中から、両手で持てるくらいの量を抱えて持ってきていたのだ。

 それを塊のまま正面に”転送”して稲妻を防ぐと、その塊に体当りしてそのままクレイトス先生を囲む槍の檻にぶつかった。


”5手目”


 そしてこれで”詰み”が確定した。


 だがフロウ越しとはいえ接触していたため、稲妻の電気が体に流れ、その痛みにモニカが顔を顰める。

 それでも耐えられないものではない。


 クレイトス先生は、俺達の”魔獣”のような力を見せろと言ってきた。

 ならば野蛮などと思わず、そうするだけ。


 俺達の中に一番強く残っている魔獣のイメージは、氷の大地で戦った超巨大サイカリウスだ。

 そしてあいつは最後に俺達が放つ魔力の炎を正面から受け、あと少しで突破するところまでいった。

 それが俺達の考える”魔獣”。

 ならばこの程度の痛み、どうということもない。


 槍の檻にぶつかった俺達は即座に両手両足を広げて力いっぱい抱きついた・・・・・

 同時にモニカが全身に筋力強化の命令を出し、俺がそれを身体強化と合わせて限界まで使用する。

 その力は完全に本物の魔獣に迫るものだったと思う。

 間にあった槍の檻は、モニカの細い腕が放つ強烈な力によって小枝のように折れ曲がり、そのままクレイトス先生を覆う結界と一緒に万力で挟まれたかのように押しつぶされ、クレイトス先生の顔に冷や汗が流れる。

 だがそれでも結界は持ちこたえた。


 問題ない。

 既に詰んでいる。


”6手目”

 

 俺達とクレイトスの間に挟まっていたフロウが変形し、ゆっくりと左右に伸びる。

 それは上から見れば、”魔獣の顎”の様に見えたはずだ。

 だが同時に守りが薄くなった分だけ稲妻の痛みが増大するが気にしない。

 モニカの体の役目は、限界まで力を込めて抱きついているだけなので、この痛みでそれが阻害されることはない。

 そしてその間に俺が確実に”その準備”を完了させた。


 以前ルシエラが言っていた”殺し合いならば俺達には勝てない”という言葉。

 俺達がその意味を考え、出した一つの結論。

 ”肉も骨も切らせて、力任せに捻じ伏せる”だ。


 本当に肉や骨を切らせるのは嫌だが、せっかく手を抜いてくれている今、試さない選択肢はない。


『準備完了!!!』

「ああああああ!!!!!!」


 モニカが大量の魔力を絞り出し、俺がそれを適切な位置に持っていく。


 そして左右に突き出したフロウの”顎”の上に一斉に魔法陣が出現した。

 それは以前、安全回路を外して怒られた”あの”魔法陣の改良型。

 あの後ルシエラは ”放っておくと危なそうなので” という理由で、試験範囲ではないが、俺達の魔力で適切に扱える魔法陣を考えて教えてくれていたのだ。


 つまりこれは”ルシエラ先生”が受験勉強の最後に教えてくれた魔法になる。


 適切に流れ込んだ魔力は以前と異なり、”安全で確実な形”でその力を発揮した。

 これは”魔獣狩りの巨刀”の派生系にして、必中の一撃。

 イメージするのは、”あの時氷の大地で”、”あいつサイカリウス”が俺達にやろうとして叶わなかった攻撃・・・


『”巨大魔獣サイカリウスの牙”!!!!』


 俺がそう叫び一斉に魔法陣を動作させた瞬間、魔法陣から発生した大量の推力に押された左右のフロウの顎が、凄まじい力で閉じ、

 Bランク魔獣クラスの攻撃でなければ破れないはずの結界は、まるで薄いプラスチックのように一瞬で砕け散った。



 勝った。

 

 心の中でそう確信する。



 だが不思議なことに、次の瞬間、俺達は何故か地面に寝ていた・・・・


「・・・あれ?」


 何が何だか理解できないモニカが、混乱の混じった声を発する。

 すると、


「勝者、モニカ・シリバ!!」


 という若い女性の声が聞こえてきた。

 何事かとモニカが顔を上げると、そこには俺達とクレイトス先生の間に割って入るスリード先生の姿が見えた。


「え?」

『え?』


 状況が理解できない俺達から間抜けな声が漏れる。

 というか、この試験って、”勝者”とかってあるんだ・・・

 

 モニカが”対戦相手”の方を見るとクレイトス先生が苦い表情で顔を抑えている。


「よくやったぞモニカ、今の一撃は、間違いなくクレイトスの”命”に届いていたぞ」


 するとスリード先生が嬉しそうな表情でこちらを向いてそう言った。

 ええっと・・・結界破ったから、俺達の勝ちってことでいいんだよね?


「すまないことをした・・・謝罪する」


 すると、不思議な事にクレイトス先生が謝ったのだ。

 こうなるともう何が何だかわからない。


 まるで夢から覚めたみたいな状況のせいで確信が持てなかったので、完全記憶のデータベースから該当の映像を引っ張り出して、コマ送りで確認する。

 

 まず、俺達の攻撃がクレイトス先生の結界を破る瞬間がバッチリ映っていたので”勝った”のは間違いない。

 だがそのまま、フロウの顎は進み続け、クレイトス先生の体に触れて押しつぶす瞬間・・・


『あ、なんかクレイトス先生の目が光ってら・・・』


 どうやら身の危険を感じたクレイトス先生が縛りを破って”本気”で魔法を使ったらしい。

 だがそれは次のコマで、太い”2本の脚”によって俺達の攻撃ごと阻まれた。

 ハッキリとは見えないが状況と内容からしてそれがスリード先生によるものだということは理解できる。

 おそろしいのは直前のコマではまだ後方視界に教師陣と一緒に並ぶスリード先生の姿があることだ。


 どうやら試験がコントロール不可の事態に陥ったことを見て即座に止めに入ったらしい。

 そしてその次の瞬間に、俺達はスリード先生の脚で軽く吹き飛ばされて地面に転がったようだ。


 クレイトス先生が慌てて近寄ってきて、モニカの体を起こす。


「大丈夫か? 怪我してないか?」


 そして心配そうにそう聞いてきた。


「あ、大丈夫です、・・・大丈夫だよね?」

「あの程度で怪我することは無いです、先生が丁寧に手を抜いてくれていたので」


 実際、痛みはかなりのものだが、ダメージはどこにもない。

 それはクレイトス先生が丁寧に威力を調整していたからに他ならない。

 そしてそれが少し心残りだ。


「いつか、本気の先生と戦いたいです」


 どうやら、モニカも同じ考えのようだ。

 流石に今本気のアクリラの教師に勝てるとは思わないが、それでも数年で絶対に勝てるようになってやる。

 俺は心の中でそう誓った。

 

 だがクレイトス先生はそんな俺達の様子を見て、目を点にして驚いた後、盛大な苦笑いを作り、


「・・・私は勘弁願いたいな、誇りたまえ、最後の一撃、あれは仮に私の本気の防御でもどうしようもなかった・・・」


 その意外な”事実”を告げたのだ。

 そしてそれに対して俺達2人は揃って大きく驚き、それがモニカの顔に出てしまった。


「ふむ、どうやら君達も、そして我らも、君達の力について、認識不足な点が多いようだ、仮に今の攻撃のことを知っていれば、もっと ”ああしろ”、”こうしろ” と言ってそれを確認するといった試験方法を取ったはずだ、以後はお互い気を付けるべきだろう」

「ははは・・・」

「そっすね・・・」


 俺達は3人・・・揃って、苦笑いを浮かべる。


 そんな状態なので、まだ理解は追いついてないが、確実なのはとりあえず実技試験はクリアしたらしいこと、

 そしてどうやらこの”新技サイカリウスの牙”は早々にお蔵入りしそうであるということだった。

 

 

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