1-14【魔法学校の入学試験 5:~虹色の街~】



「あら、似合ってるじゃない!」

 

 病室に戻るとルシエラが明るい笑顔で、開口一番にそう言ってくれた。 

 流石に正午を回っているので当たり前だが、朝見たときの気合の入った寝入りっぷりからしたら少し意外に思える。


「そう?」


 モニカがそう言って後ろに縛ったポニーテールを軽く触る。

 ルシエラに褒められた事で気を良くしたのかその表情は明るい。


「そうそう、そういう風に笑ってるとすごくよく似合うわ」


 ルシエラも楽しそうにそう言い返してくれた。

 

 ああ、良かった。

 トイレから戻ったときも、検査が終わって男性陣と合流してからも、教師共ときたら全く髪型について触れてくれなかったのだ。

 それよりも興味があるのは検査結果の数字だけとばかりに、結果の書かれたカルテに群がっていた。


 唯一、心が読めるアラン先生だけは少しだけ頭に注目してくれたが、何も感じなかったのか不思議そうな表情で顔をひねるばかりであった。

 

 そんなわけでモニカの新しい髪型について自信が持てなくなっていたところなので、ルシエラが素直な感じに褒めてくれて、俺とモニカは主従揃って少し浮かれていた。


「それで、検査は終わったの?」

「うん・・・すごい大変だった・・・」

「とんでもない所まで測られたぞ・・・」

「おや、ロンも声出せるようになったんだ」


「今は、カーテンで仕切られて見えないし、他の患者もどっか行ってるからな」

「へえ、頭から声出てるけど、どこにつけてるの?」

「ここ」


 モニカがそう言って頭をひねり、後頭部の髪をまとめているフロウをルシエラに見せた。


「おお、いいじゃない、考えたわね」

「だろ? こうすれば、髪留めにも感覚器にもなって一石二鳥だ」


 俺がどうだと言わんばかりに自慢げな声色でそう言うと、ルシエラも笑顔でそれに同意してくれた。


 しかしこうしてみるとルシエラもかなりいつもと印象が違う。

 髪の色が違うせいもあるが、やはり全体的に覇気が薄いな。

 魔力が感じられないからだろうか?


「ルシエラは今日も動けないの?」

「同室の子のこともあるから、本当は早く寮に帰りたいんだけどね・・・明日まではここから動けないってさ」


 そう言ってルシエラが自分が座っているベッドをポンポンと叩く。

 その表情は自嘲気味ではあったが明るく、そこまで大きな問題ではないと伝えるようだった。

 そしてそれを見たモニカが少しだけ安心する。


「それじゃ明日には動いてもいいんだ」

「その代わり明日は私が朝から”検査地獄”だけどね・・・」

「ハハハ・・・」


 モニカがその言葉で疲れを思い出したかのように笑う。

 既に軽くトラウマ化しているな・・・・

 そしてそれと同時に俺達は、ルシエラの表情からこの検査に慣れることは無いんだと悟った。


「それじゃ・・・ここで一旦お別れだね」

「今日はどこで泊まるの?」

「ちゅうおうこうどう? だって」

「試験中だから、寝るのも学校の中じゃないと駄目だってさ」


 モニカの説明に俺が補足する。

 少なくとも試験中の寝床には困らないが、同時にルシエラとはここでしばらく別れることになるだろう。


「頑張ってね」


 ルシエラは短くそう言うと、モニカの目を見つめる。

 そこには ”私が教えたんだから絶対に受かるでしょ?” という脅しにも似た信頼を感じ取れた。

 そしてモニカもそれに対して ”もちろん” という意思を込めて見つめ返す。

 2人は凄いな、俺は小心者なのでそこまでの自信は持てない。


 まあ、”そういうの”はモニカに任せているからな。 

 俺は”俺の本分”を全うするだけだ。


 さて、2人ともいい感じに別れの挨拶を交わしているが、別にこれで別れというわけでもないし、別れを言うために戻ってきた訳でもない。

 時間もないので、俺はあえて空気を読まずに”本題”を捻じ込むことにした。 


「ルシエラ、荷物」

「あ、そうだった」


 俺の言葉にモニカが思い出したように驚く。

 どうやら、うっかり俺達の荷物のことが頭から抜け落ちていたらしい。

 俺達が病室まで戻ってきた理由は荷物の回収のためである。

 大荷物は流石にロメオが回復するまで病院で預かってもらえるらしいが、それにも手続きが必要なのだ。

 そして、俺達の荷物は現在大半がルシエラの次元収納魔法の倉庫の中にある。

 なので出してもらわないといけないのだが・・・ 


「ああ、そのこと、ちょっと待ってねえ・・・」


 そう言ってルシエラがいつものように何気なしに手を横に伸ばし、収納魔法の魔法陣を展開しようとする。


 が、何もなし。


「あ、」


 当たり前だ、一か月は魔力が使えないというのに結構な量の魔力を使用する次元魔法が発動するわけがない。

 そんなことは分かっている。


「他に取り出す手段はないのか?」


 俺達が戻ってきた理由はルシエラが何かバックアップ的な手段を持っていないかの確認のためなのだが・・・・

 

 ルシエラの表情はバツの悪そうなものだった。


「・・・なさそうだな」

「うん・・・ごめん」


 

 どうやら一か月は荷物は戻ってこないようだ・・・





 荷物の当てが外れた俺達が一階に戻っていくと、そこでは蛇の試験官の先生が一人で待っていた。


「あれ、他の人たちは?」


 一人でいたことに驚いたモニカがそう聞く。

 他の先生方はどこに行ったのだろうか?


「校長先生とアラン先生は所用があって外しています、アラン先生は午後の試験には戻ってきますが校長先生は戻らないそうです」


 モニカが無言でうなずく。

 校長ともなればきっとそれなりに忙しいだろうし、俺達のために丸々一日拘束するわけにはいかないだろう。


 アラン先生も同様だ。

 これまでの感触からしてあの先生、おそらく他の教師たちとは”別格”だ。

 それは”力”的な物だけでなく、”権威”的にもそれを強く感じる。

 なので同時に彼もかなり忙しいことが予想された。

 おそらく俺達の試験に付き合ったせいで詰まっている仕事を、片付けに行ったのだろう。


「他の先生方はこれからの君の試験の準備、特に筆記試験を担当するザーリャ先生と、実技試験担当のクレイトス先生は大忙しで、クワシ先生はその補佐、で、余った私が君を中央講堂まで案内することになっているということです」


 蛇の先生がそう言って軽く手を広げて”笑った?”

 ・・・どうも、蛇の表情はつかみづらい・・・


 一方モニカは突然大量に増えた固有名詞にタジタジだ。


「ええっと・・・せんせい・・・の名前は?」


 おお、結びつかない固有名詞に困惑して更なる固有名詞を求めるのか。

 モニカは豪気だな。


 すると蛇の先生がハッとした表情になった。


「おっと、これはいけない、先生方の名前なんて知らないですよね、ええっと・・・私の名前は”ハル”、家や生まれの名前はありません」

「ハル先生?」


 モニカが蛇の先生に確認するようにそう呼んだ。

 すると”ハル先生”は正解だとばかりに、満足そうに微笑む。


 お! 微笑むのは結構わかりやすいな。


「はい、そう呼んでくれてかまいません、他の先生方は、本人達が名乗るときまでのお楽しみです」

「はあ・・・」


 ハル先生のそのいたずらっぽい笑みに、モニカがどうしようかと困惑の感情を垂れ流しにした。

 だが俺はその人間には分かりづらい表情の機微で一つだけ確信したことがある。


『あ、この”人”、女性だ』


 俺のそのどうでもいい”確信”の言葉にモニカが同意と否定の感情を送ってくる。

 フムフム・・・女性なのは同意だが、”人”ではないだろうと・・・・


 ああ、たしかに・・・





「それじゃ行きましょうか」


 ハル先生がそう言って歩き始め、モニカが遅れまいと慌ててその後ろを付いていく。

 

 病院の扉を抜けて外に出ると、夏の昼間独特の暑い空気と、それにも負けないアクリラの街の熱気が俺達の顔に激しく打ち付けられた。


 ヴェレスやその前の街でも少し暑く感じたが、ここの日差しは一際だ。

 これは何か対策を打たないと、ずっと外にいれば日焼けしてしまいそうだな。

 ただし、アクリラがかなり内陸の街ということもあってか湿度は少なく、カラリと気持ちのいい暑さでそこまで堪えるということはない。

 モニカも耐えられているし、これとモニカの家のあった辺りの、心まで物理的に凍りそうな寒さのどちらかを選べと言われたら、迷うことなくこちらを選ぶくらいには快適だった。


 だが、それよりも俺達の興味を引いたのは、昼間の街の何ともいえない”活気”だった。


「うわあ・・・」


 モニカが街行く人々の姿を見て感嘆の声を漏らす。

 ここまでも南部の交易都市をいくつも見てきたのでその活気の事態は目新しいものではなかったが、明るい日差しを受けて全てが輝いて見え、そしてアクリラの街もそれに応えるように様々な色が次々に移り変わっていく。


 ここまで純粋に街の景色に感動したのはピスキア以来かもしれない。

 いや、それ以上か。

 昨日は上の階の窓から眺めるだけだったが、こうして実際に肌で感じるとその実感がより強いものになる。


「フフフ、気に入ってくれましたか?」

「はい!」


 元気のいいモニカの返事にハル先生が誇らしげな表情になる。


 

 アクリラの街の活気は、中央に進むほどにその密度を増していった。

 それでもやはり魔法都市としての側面よりも、自由交易都市としての側面の方が目に付く。

 道行く多くの馬車は様々な物品を積んでおり、店の軒先には見たことのない品物が並んでいる。

 そして色とりどりのそれらを初めて見たモニカが目移りするようにそこら中に視線を送っていた。

 

 だがよく見ればちゃんと魔法都市としての側面もかなり濃い。

 そもそもこのカオスともいえる品揃えの原因の一旦には、魔法に使うと思われる商品の存在がかなり大きい。


 それとこの街ならではの特徴として、他の街では雑貨屋に魔道具が大量に置いてあることが多かったが、この街の雑貨屋ではそういった物はほとんど取り扱われていない事があげられる。


 そのかわり魔道具の専門店が軒を連ね、様々な魔道具がジャンル別に店に並んでいた。

 一つ隣のヴェレスでは洗浄用の魔道具といえば用途別に3,4種類くらいのところを、ここでは専門店の中に人より巨大な物から小指の先ほどの小さなものまで揃っている。

 さらに完成品だけでなく、その材料なども豊富に並んでいた。


 そして俺としてはこれが一番重要だが、スキル関連の施設や店もそれなりに見かける。

 これならば魔水晶の固定具などの調達に苦労することはなさそうだ。

 ただし品数が品数なので、”質”を見極める目は重要になりそうだが。


 そしてモニカの視線は次に道を行き交う様々な人々に移る。


 まず目に留まったのは、すぐ横の店で円筒形の筒を物色する巨大な”芋虫”。

 ただし虫といっても立派な服を着て、知的で難しい顔をしながら謎の筒をいくつも見比べ、店主と思われる緑色の肌の男と商品についてあれこれ相談している。

 あの店主の種族は何だろう?

 ゴブリン? というにはこちらも随分小奇麗で知的だ。

 何かは分からないが、あの筒について語らせたら日が落ちそうである。


 そしてすぐに視線が屋台を引っ張りながら、大声で何かの煮物のような食べ物を売って歩く下半身が馬の”ケンタウロス”としか言えない商人へと移る。

 ちなみに馬型の下半身にもちゃんと服があり、足の先にはやたらオシャレなヒヅメ形の”ブーツ”が履かれていた。


 あちらを見れば二足歩行の豚顔の姉妹がペダルのついていない自転車のような乗り物で通り抜け、こちらを見れば身長が50㎝程の灰色の肌のカップルが、彼等を危うく踏みつけそうになった身長5mほどの巨人に向かって”気を付けろ!”と怒鳴り、巨人の方が申し訳なさそうに”すいません”と謝っている。

 とにかく見る人全てが新鮮で感想が追い付かない。


 それと同時に、この街の住民はかなり服装に気を使っている印象を受ける。

 獣人? や 亜人?をそこら中に見かけるのに、彼らに対して特に形以上に変わった印象を受けないのは、きっとあまりにも当たり前に服を着こなしているからだろう。



 特にこの街ではカラフルに着飾るのが流行っているらしく、どの人も様々な色を身に纏い、それがさらに様々な”種族”の印象を色の洪水の中に混ぜ込んでしまっているように感じる。

 皆、知的で文明的、そしてかなり”おしゃれ”だ。

 そして人も建物もそれぞれが好き勝手に”色”を主張し、まるでそのごった煮こそが”アクリラ虹色の輝き”であるといわんばかりである。

 

 そして実際に、このカオスこそがこの街の魅力であり、その強さの原動力なのだろう。

 だが、その中にあって例外的に”画一的”な色の者も目に付く。


 学生たちだ。

 

 彼らは大きく分けて”2種類”いる。

 黄色いシャツに緑のベスト、赤と青のズボンという比較的カラフルながらも、同じデザインの制服を着た面々。

 もう一つは白と黒のみで構成されたモノクロデザインの制服を着た面々で、こちらは幾つか種類があるものの、それでも数パターンのみだ。

 

 それを着ている者たちは皆一様に若いので、おそらく学生と見て間違いない。

 受ける印象からしてカラフルな方が商人学校の生徒で、モノクロの方が魔法学校の生徒か?


「あ、ハル先生だ!」


 モノクロの方の制服を着たモニカより少し上の女子生徒がすれ違いざまにハル先生にそう言って軽く手を振り、ハル先生もそれに手を振り返す。


「レポート! 忘れちゃだめですよ!」


 そしてハル先生がそう言うと、声をかけられた少女は笑いながら”まかせて!”と返事を返しそのまま路地裏へと消えていった。


「今のがアクリラの生徒?」


 モニカがハル先生に問いかける。


「ええ、白と黒の制服を着ている人はみんな魔法学校の生徒ですよ」


 どうやらそうらしい。


「なんで、白と黒なの? 魔力傾向と同じ色を着る方が良いんでしょ?」


 モニカが素直な疑問をぶつけた。

 そういえばそうだ。

 ルシエラはこれまで妙に”青”にこだわっていたのに、生徒たちときたら皆魔力傾向そっちのけで白黒だ。


「もちろんそうなのですが、街の方から街の中では”生徒”であるとはっきり分かる服装にしてくれと言われてまして、白と黒は”中立色”なのでこうなったわけです」

「へえー」


 モニカが感心したようにそう漏らす。

 ちなみに”中立色”とは他の色に魔力的影響を与えないという意味で、中間の色とかという意味ではない。

 要は白と黒だけは、どの色が使ってもマイナスがないのだ。


「でも、微妙にちょっと違う?」

「ええ、幼年部、初等部、中等部、高等部とそれぞれの男女で違います」


 モニカがモノクロの制服の面々を見渡す。

 すると確かに服装の差異に年齢別と思われる規則性が見られた。

  

 それによく見れば皆それぞれ制服以外に、アクセサリだったりマントだったり帽子だったりといった形でそれぞれの”色”を身に纏っている。

 なので同じ制服でもその子の魔力傾向を推察するのは比較的簡単だった。


「それと貴族かどうかでも変わりますね」


 ハル先生が補足する。


「きぞく?」

「偉そうな人達のことですよ」


 おい、ハル先生!?

 モニカに適当なこと吹き込まないでくれる!?

 納得しちゃったじゃないの!


 まあ、そうは言っても俺も他に説明のしようがないわけで・・・・


「貴族の人たちは街中ではあまり見かけませんが、授業などでは一緒に学ぶのですぐに分かると思います、彼等の制服はほぼ同じデザインですが少し”派手”ですから」

「ふーん」


 モニカは”そーなのかー”くらいの印象しかもっていないようだ。

 まあ、それは試験に受かれば嫌でも付き合うことになるので、その時でいいだろう。


 

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