1-14【魔法学校の入学試験 4:~検査~】




「はい、放していいですよ」


 ロザリア先生のその言葉でモニカが口に咥えていた魔道具を吐き出す。

 

「・・・ううぇ・・・」

 

 それと同時にモニカが軽くえずいた。

 口に入れるにはかなり大きめのその魔道具は、細長い六角形の煎餅のような代物で例のごとく細長いワイヤーで検査室に置いてある巨大な機械に繋がっている。

 これで一体何を測っているのか。


 何でも俺達の持っている魔力の特性についてらしい。


 ただ、それがどういう意味なのかは全くわからない。

 今出た561.4という数字についても、高いのか低いのか、良いのか悪いのか、全く見当がつかなかった。


 ただ先生方はそうではないようで、俺達のデータが出るたびに興味深そうに7人揃ってロザリア先生の手元にある”カルテ”を覗き込み、ほー とか へー とか反応している。


「1.4! うーむ」


 でかいスズメバチみたいな先生がそう言って頷いた。

 その顔には”素晴らしい”と書いてあるようだったが、さっぱりわからん。

 ただ少なくともその反応から1の位以上は平均らしい。


「はい、それじゃ最後に傾向測りますねー」


 ロザリア先生がそう言って、部屋の中の別の場所へ移動を始めた。

 

 この部屋だが、巨大な機器がいくつも設置されていて見通しが悪いので気付かなかったが、かなり広い。

 というかこの4階って、ほぼこの部屋だけで構成されているのではないかと思うほど広かった。


 少なくとも面積だけなら体育館並みだ。

 ただし、見通しが最悪なのと巨大な機械の圧迫感でその広さを感じることはない。

 むしろ狭いくらいだ。


 そしてそんな観測機器の森の中を、ロザリア先生に連れられてあちらこちらへ引っ張り回されながら次々に検査を行っていく。

 ちなみになぜ一発目に魔力検査なのかというと、朝起きてすぐの魔力が一番その人の標準的な魔力なのだそうだ。


 検尿かよ!

 なお検尿もあるそうな・・・・

 

「はい、ここに座ってー」


 ロザリア先生がそう言って、その”装置”の前に置かれた椅子を示し、モニカが”無言”でそれに従い椅子に座る。

 最初は検査についてあれこれ聞いたものだが、20項目を過ぎたあたりから気力が底をついて、ただ呆然と指示に従うだけになっていた。


『ちょっとだけミリエス村を思い出すな』


 するとモニカが無言で頷く。

 この自分の知らない領域を引きずり回されて色々されるというのは、あの”結界祭”でのスタッフたちの動きを思い起こさせた。

 こっちは事実上ロザリア先生一人だが、楽しそうな”ギャラリー”を7人も連れているので、同じくらい気疲れしている。

 

 だが俺は意味はわからなくても数字は後々役に立つので、結構乗り気だった。

 こうして詳細なデータが取られると、すでに自分が持っている値との比較もできるしデータ屋の本能が刺激されて面白い。

 それに魔力傾向などは以前も測っているのでそのメカニズムは知っている。


 俺は以前ルシエラが測ってくれた結果を取り出す。


 赤 2.6

 青 0.3

 黃 4

 緑 4.4

 黒 83.4

 白 5.3



 これが俺達の知っている値だが、今目の前に鎮座する巨大な天秤は、この値を測ったときに使った簡易的なものとは大違いだった。

 まず、おそらく複雑化して必要なくなったのか天秤が両天秤から片天秤に進化していて、さらに複雑さと強靭さを兼ね備えたその姿は、もはや天秤というよりもピアノや機織り機を彷彿とさせた。


「はい、行きますよー」


 ロザリア先生の掛け声と同時に”ガン!”という振動に似た大きな音が発生し、座っていた椅子が僅かに揺れると、そこから魔力が抜けていく感触が上がってきた。


 なるほど座るだけで良いとは随分便利だな。

 またルシエラの持っていた簡易版との最大の違いとして同時に全ての魔力傾向を測れるというものがある。


 機械には全6本の”腕”が取り付けられ、それがそれぞれの量だけ下に下がった。

 あの大きく下がった1本は間違い無く”黒”で、あの殆ど動かなかった1本は”青”だな。

 そしてしばらく天秤の動きが安定するまで少し待ってから、ロザリア先生がその値を記録していく。

 それを見る限り、やはり少し詳細度が増していた。


 赤 2.589

 青 0.275

 黃 4.023

 緑 4.391

 黒 83.38

 白 5.432


 これが新たな値。

 少し細かくなった。


 それと同時についに青は0.3を割ってしまい、それを見たモニカが自嘲気味に苦笑いする。

 だが気を落とすモニカと対象的に、先生方の方はにわかにざわめき立っていた。


「ほう黒が80を越えたぞ! 特化型だ!」

「ガブリエラは変則多重型でしたからな、これは高圧魔力研の連中が喜ぶぞ! 大量の自然特化魔力は貴重だからな!」

「先生方、お静かにー」


 どうやら黒に特化しているモニカの魔力は珍しいらしい。

 そしてガブリエラも違うようだ。

 てっきり白一辺倒かと思ってたんだけどな・・・


 そして魔力検査はこれで終了だが、その後もそんな調子のままで俺達の検査はまだまだ続いていった・・・・









「ふうぅ・・・はあぁ・・・」

『今朝だけで随分老け込んだな』


 トイレの個室の中で”やるべき事”を済ませたモニカが心の底から疲れたようなため息を漏らした。


「なんか・・・もう・・・どうにでもなれって感じ・・・フハハハ・・・」


 モニカが珍しく投げやりだ。

 それに最後の笑いは完全に疲れのせいで少しおかしくなっていた。




 魔力検査が終了して、すぐに始まったのは身体検査。


 それも凄まじいまでに”徹底的”なものだ。

 そのために、まず試験官のうち男性陣が全員排除されたくらいだ。

 ただ、なぜ性別がないはずの精霊のアラン先生がアウトで、蛇の先生が残るのか少し疑問に感じたが、あれでもきっと”彼女”なのだろう。


 まあ、とにかく男性陣を排除してまで行われた身体検査は、もう”凄まじい”の一言だった。

 

 いったい何が彼らをそこまでさせるのかと思うほどの徹底的に俺達の体のありとあらゆる物が測られ、今の俺達にはもうプライバシーの”プ”の字の跡形すらどこにもない。

 おそらく取られたデータに従えば、モニカと見分けがつかない人形を作れる。


 それにその数も凄まじい。

 俺はつい先ほどまでモニカの胃袋の正確な形など知りもしなかったが、今ではそれを把握できるデータを7種類も持ち合わせている。

 そしてそんな具合に全ての項目が凄まじい勢いで測られていくので、当然、測られる方はクタクタになっていた。


 魔力検査を真っ先にやるのは、本当は身体検査の後だとストレスで正確な数値を測れないからじゃないのか?

 あと個人的な文句を重ねるなら筆記試験の前にするのはやめてほしい。


 そしてそんな状態なので、一息つける場所がトイレの中の個室くらいしかなかった。


『懐かしいな、ここで落ち着くとこまでミリエスの結界祭みたいだ』

「・・・・うう・・・」


 モニカが何か嫌なものを思い出したように唸る。

 思えば、あの時もあまりにもの熱気にトイレの中に逃げ込んだものだ。

 だが以前はトイレの中ではモニカは絶対に周囲への警戒を緩めなかったものだが、今では落ち着ける場所になったというのはいいことだろう。


 素材のせいか考え方のせいか、それとも地味に生活に根を下ろす魔力のおかげか、とにかくどこの宿もこの病院であってもかなり居心地がいい。

 それにトイレの中まで試験官が入ってくることはないし、このバタバタとした”検査”の中にあって少し落ち着ける時間が流れているのは事実だ。


 ちなみに今は別に休憩時というわけではない。

 この世界ならではの無駄にしっかりとしたトイレの個室の扉を開けたのと反対側の左手には、しっかりと”検査物”が入れられた小瓶が何本か入った袋が握られている。


 そしてモニカはそのまま、もう魂も残っていないといった表情で手洗い場へと向かった。


 そうそう、この世界のトイレは手洗い場も豪華だ。

 というか俺の知識にある地球と比べてトイレに関してはダントツにこちらの方が清潔で綺麗である。


 手洗い場には手の洗浄用の魔道具に、貯水タンクから直接流れる蛇口のようなものがついている。

 捻るところは付いていないが、魔力感知式で手をかざすだけで勝手に出てくる。

 最初に見たときは”どこの先進国だ!?”と思ったものだが、今では慣れたものだ。


 モニカが洗浄用の魔道具をつかんで手に水かけて洗う。

 この洗浄用魔道具の存在がこの世界のトイレの価値観を押し上げているような気がしてならない。

 これが地球にあるという”石鹸”であれば、どこか他人の使った気持ち悪さが残っているが、この魔道具の性能は凄まじく、俺の知る限りすべての汚物を数秒ほど魔力を流しながら洗うだけで浄化してしまえる。

 そのためこの魔道具に対する信頼は絶対で、今ではそれを疑うという発想もない。


 そしてモニカが夢遊病者のような表情でいつもより長めに手を洗ったあと、その手に水をすくって・・・・


『うお!?』


 そのままその水を自分の顔面に叩き付けた。

 

 突然の叩き付けられた衝撃と痛みと水の冷たさに俺が驚き、同時に気持ちい冷たさが意識を研ぎ澄ましていく。


「うっ・・・ああああああああああ!!!」


 そしてモニカが叫びながらその水で激しく顔面を擦り洗う。


『だ・・・大丈夫か?』


 俺が明らかにいつもと様子が異なるモニカに若干引きながら、安否を問う。


「ああ・・・・スッキリしたあああ!!」


 そしてモニカは、そう叫びながら一気に腕を振り下ろし水を切って顔を上げる。

 するとその宣言通り、驚くほど意識がくっきりとしたものに変わっていた。

 どうやら、身体検査のせいで意識が疲れてぼやけていたようだ。

 つい先ほどまでは気付かなかったが、こうして顔を洗ってスッキリするとその落差に驚く。


「ごめんロン・・・ちょっと眠くて」


 モニカが俺に軽く謝りながら、目の前の鏡を睨む。

 するとその鏡に映った”モニカ”と目が合う。


 こうしてマジマジと見るのはいつ以来だろうか?

 顔を洗った時の水を含んだモニカの顔は、思っていたよりも大きくて、同時に小さく見える。

 だが、旅に出てすぐのころの水面に映るモニカよりも幾分、大人びて見えた。

 するとモニカの視線が目からそのすぐ上に動き、そのまま顔の輪郭に沿うように下に向かって落ちる。


 そこには白にわずかに黄色が混じるモニカの独特なクリーム色の髪の毛があった。 

 こうしてみると、どこにも魔力傾向の痕跡が見られないというのは少し珍しいか。

 髪質は人界に降りてからそれなりに”良い生活?”を送っているせいか、前に見た時よりも良い。

 それに、


「髪・・・長くなっちゃったね」


 モニカがそう呟きながら髪の毛の先の方を弄った。

 最初に見たときにはかなり短かったはずなのに、今ではもう肩に軽くかかるくらい長い。

 

 そりゃそうか、もう何か月も切っていない。


『そういや、伸びたときはどうしてたんだ?』


 俺の記憶の中で髪を切った記録はない。

 

「うーん、うっとうしくなると、適当にクーディに切ってもらってた」

『なるほど、あいつならそれくらいお手の物か・・・』

「うん・・・」


 モニカが軽くうなずいて考え込む。

 ああ、いかん、”クーディ”に反応してせっかく顔を洗って上向いた心が重くなり始めた。

 話を進めねば。


『それで・・・どうする? 切るか?』

「切れる?」

『フロウがあれば、何とかなるぞ』


 モニカが服のポケットの中をまさぐる。

 この服は一応魔法士用の服なので、目立たないようにではあるがポケットの類はたくさん付いている。

 そしてその中から、モニカは目当ての物を取り出した。


 それは以前食器用に切り出した小さなフロウの欠片で、昨日の逃走劇の最後の最後に俺達の右手を丸焼けにしながら救ってくれた最後の武器だ。

 服の下に着ていた・・・・フロウは検査の時に剥ぎ取られ、今は荷物置き場にあるのでこれしか手持ちがない。


『でも伸ばした方がよくないか?』


 俺がそう言ってわずかにごねる。

 気にしなければ切っていただろうが、鏡に映るモニカの顔は思ったよりも悪くなく、長い髪に合っていて切るのが少し惜しくなったのだ。


「でも暑いよ?」


 そう言ってモニカが首元の辺りの髪をかき分ける。

 するとそこに風が入り込んでスーッと汗が蒸発して涼しくなった。


 そして次の瞬間かき分けた髪が元に戻り、ムワッとした生暖かい状態に・・・

 

 そう、今は夏目前であり、アクリラはモニカがこれまで生活してきた地域の気候に比べるとかなり暑い地域で・・・


 要は長い髪は暑い。


「ね?」

『・・・・』


 そう言われては反論もできない。

 こういうのは一度気になると、ずっと気になるもので段々と髪の毛がうっとおしく・・・


 ええい、いや、俺の直感を信じろ!

 この髪は切ってはいかん。

 俺の中の”何か”がそう告げている。


 だがそれでも暑いものは暑いわけで・・・・


 そうだ! 首元の周りが髪の毛で覆われるから熱が篭るんだ。


『そうだモニカ、フロウを首元にあててくれ、切る前に試したいことがある』

「ええ? なんで?」

『いいから、髪がある程度長くないとできないんだよ』

「こう?」


 モニカがフロウを首に付け、それと同時に俺がフロウに魔力を流して変形させながら首の周りを髪を集めるように動かす。

 そして下に伸びていた髪が纏まった事を確認すると、そのまま上に向かって持ち上げるように頭を登らせそこで軽く縛って留めた。


『うん、良いんじゃないか』


 俺が鏡に映るモニカの顔を見て満足そうにそう言った。

 今のモニカは少し長くなった髪をフロウの髪留めで後ろに纏めたいわゆる”ポニーテール”になっている。


「うん、だいぶ涼しくなった」


 モニカもそう言って頷く。

 髪型ではなく涼しいかを気にするあたりが”らしい”といえるが、俺はこれはこれでモニカにかなり合っていると感じた。

 簡単に出来る上、活動的なイメージを損なわないでそれなりに”文明的”にも見えるのでこれからアクリラで過ごすのにもちょうどいいだろう。


 そして何よりもモニカの後頭部に髪留め代わりに違和感なくフロウを配置できることで、新たに常時感覚器を設置でき、後方視界を確保することができるようになった。

 イメチェンと兼ねて一石二鳥である。

 

 元々考えていた使い方とはかなり異なるが、そもそも人界に降りてからは使っていなかったのでちょうどいい。

 この前みたいな”最後の手段”にもなるし、できるだけ長い時間身につけていられる髪留めはちょうどよかった。


『それじゃ、戻るか』

「うん」


 モニカが頭を後ろに回して、トイレの出口へと向かう。

 そのときわずかに頭にかかる力の変化から、後ろで纏められたモニカの髪が元気よく動く感覚が伝わってきた。

 そしてそれに対してモニカも満更ではない感情を持っている。

 

 今日からはポニーテールのモニカだ。

 

 俺は新たに確保した後方視界から見える、手洗い場の鏡に映る新たなモニカの後ろ姿に、満足げに心の中でそう呟いた。


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