1-14【魔法学校の入学試験 3:~”義” と ”利”~】



 ゴクリ。


 モニカが唾を飲み込む音が頭の中に響く。


 校長から編入審査を始めると宣言されたことで、俺達の中の緊張は極地に達し、俺まで仮想背筋をピンと伸ばした。


 いよいよこれから本当の意味で俺達の”明日”を決める戦いが始まる。

 これまでの戦いはキツかったが、所詮はとりあえずその時を生き残るだけの戦いでしかない。


 まあ、そうはいっても所詮はお受験なのでそう肩肘張っても意味は無いのだけれど。


「と、その前にあなた方・・・・に2つほど確認事項があります」

「確認事項?」


 校長の言葉にモニカが不思議そうに返す。


「ええ、あなたのスキルに関連してです」

「・・・はい」


 やはり俺についての扱いか。


「まず試験官についてですが、審査責任者を務める私とアラン先生、それとここにはいないですがスリード先生の3名以外は、あなたを審査するにあたって中立をつとめるように、シンクル・・・・長いのでマグヌスと呼びますが、マグヌス、アルバレス、トルバの3大列強に属さない教員を選定しました」

「・・・はい」


 モニカが7人の試験官の顔を順番に見ていく。

 やはりスリード先生はこの中にはいないのか、だが審査責任者に名を連ねるというのにいなくてもいいのだろうか?


 おそらく忙しいのだろうな、教師が皆が皆雁首揃えて俺達に付きっ切りになるわけにも行くまい。


 そしてやっぱりマグヌスで通るんだな。

 ここは一種、第三国的な場所なので”国”と呼ぶには語弊がある。

 だから今後はあの長ったらしい名前をどう略そうかと少し悩んでいたが、マグヌスで問題なさそうだ。


『3大列強を除いたのは俺達の力が大国間のパワーバランスに関わるからだろうな、マグヌスとしては俺達の入学を阻止して消したいだろうし、他の2勢力としても、マグヌス出身に見える俺達をアクリラに入れて強化されたくはないだろう』


 つまりその3勢力の息がかかった試験官であれば、俺達を通すという選択肢はないのだ。

 そしてだからこそ中立を保てる人材を選んだという説明になる。


「そして重要な事ですが、ここにいる7人は”ロン”さん、あなたの事も知っています、喋ってもらって構いませんよ」


 そこでモニカが大きく驚いた。


「・・・本当に?」

「ええ」


 モニカの確認に校長が頷く。


 なるほど、確かに”俺”単体の試験も用意されているのだ、試験官がそのことを知らなくては何もできない。


 何もできないだろうが・・・


 俺はフロウの一部をモニカの頭の上に乗せてそこにスピーカーを作る。


「あんまり言いふらさないでほしいな、落ちたらまた隠れ潜まなくちゃいけないんだ」


 俺が少し意地悪げな第一声を発した。


「ええ、その懸念はもっともです、なのでこのことを知っている関係者は、それ以外には他言できないように”魔法契約”を行ってもらっています」


 モニカが”魔法契約”という単語に一瞬だけ体に力を入れる。

 魔法契約にはいい思い出がないので仕方がない。


「ただ、魔法契約っていっても完全じゃないだろ? 少なくともここの教師相手に効果があるのか?」


 俺はモニカにかけられた奴隷の魔法契約について思い返す。


 あれは知識ない者には絶望的だが、ルシエラクラス相手だと片手間にでも解除できるような代物で、たぶん受験勉強を行った今のモニカなら一時間あれば余裕で解除できる。


 そんなもので、とてもアクリラの教師を縛れるとは・・・


「『ロンよ、安心しろ、この魔法契約は我がその知識と力を総動員して作り上げた一品物だ、かつてそなた等を縛った粗悪品とは次元が違う、それは我が保証しよう』」


 アラン先生の言葉が耳と頭の中に同時に響き渡る。

 

 そうだった。


 精霊は思考まで読むんだった・・・


 しかしこの白の精霊に保証すると言われると、有無を言わさず納得してしまいそうになるのはなぜだろうか。



 モニカがアラン先生のあるのかないのかよくわからない目を見る。

 するとアラン先生の分かりづらい白い顔が満足げに歪むのが目に入ってきた。


「・・・わかりました、どうせもう遅いし、話を続けてください」


 俺が諦めたようにそう答えると、それを見た校長が説明を再開した。


「どこまでいったかな・・・ええっと、なのでこのメンバーのみの状態では、気兼ねなく話してもらって構いません」


 モニカがあらためて試験官の顔を見渡す。

 そんな事しなくても覚えられるが、不思議と先ほどと印象が変わって見えた。


 ちょっとだけ距離が縮まったというか、少なくともこの人達の前では隠れなくていいという開放感からか。


「それと、個別に行う試験以外については、2人で相談してもらって構いません」

「え!? いいの?」


「はい、何なら大きな声でペチャクチャと話し合ってもらってもいいですよ、同時に受験する人はいませんから」

「・・・それは、俺の”スキル”としての力も試すってことか?」


 すると校長が何も答えずにニッコリと微笑んだ。


 うわぁ・・・


 なんか全部一人でやれと言われた方が楽だったのではないかと思うような笑顔だ。


 正直気が滅入る。


 おそらく”どの程度”俺達が協力できるのかも測るのだろう。


「それで確認事項はそれだけ?」

「2つって話だったよね」


「ええ、もう1つ、あなた方に決めていただきたいことがあります」

「決める?」


「はい、ちなみにこれはどう答えても審査には影響しません、ただし入学後の生活には大きく影響するでしょうが」


「・・・なんですか?」


 入学後の生活に関わると言われて少しビビったモニカが恐る恐る校長に詳細を尋ねる。


「”義”と”利”」


 校長が言ったのはそれだけ。


「ぎ と り ・・・?」


 ガ行の2番目と、ラ行の2番目。

 共通するのはどちらも2番目ということか・・・


 もちろん冗談だ

 そもそもこう訳してるだけで、本当はもっとなが・・・


「あなた方に関するマグヌスの行いは非道に当たり、あなた方にはそれを糾弾する権利があります、これが”義”です」


 俺はゴーレム軍団との戦いを思い出す。

 確かに相手からしたら仕方ないかもしれないが、俺達からしたらふざけた話であり簡単に許せるものではない。

 

「もう1つは、あなた方の情報を公開しない事を条件に、マグヌスと有利に取引を行うというもの、これが”利”です」


 なるほど、相手がほしいのは”王位スキル”の隠匿であって俺達の命じゃない。

 俺達の生命が盤石で且つバラさないことを保証する限り、彼らに対して様々な”要求”を行うことができるだろう。


 だが、それだけで判断するわけにはいかなかった。


「その2つに想定される欠点は?」

「まず”義”を取った場合、あなた達の学校生活は厳しい物になるでしょう、なぜなら魔法大国マグヌスは、アクリラにおいても関係者の約半数を占める最大派閥でもあるからです、必然的に彼らとの敵対を公言して生きるのは大変で、多くの目に見えない苦痛を伴うでしょう」


 それはそうだ、たとえどんな事情があろうと、母国を悪く言う輩と上手く付き合うのは不可能ではないが難しい。

 そしてそんな苦労をしてまで俺達と付き合おうという人種は限られるだろう。


 間違いなくこれから生活する学校の中に多くの敵を抱える。


「じゃあ、”利”を取った場合は?」

「まず、あなた方のスキルについて隠してもらうことになります、それも厳重に、それはロンさんにはかなり窮屈な思いをしてもらう事になるでしょう、それに当たり前ですが今回の出来事についてマグヌスを糾弾することはできません」


 つまり今回の襲撃については目を瞑るということか。

 

『どっちにする?』

「・・・ロンは?」

『俺はどっちでもいい、どう転んでもモニカを守るだけだ』

「・・・わかった」


 モニカがそう言って目を閉じる。

 傍から見れば落ち着いているようだが、その内面から溢れてくる感情は驚いたことにかなりの熱量を持っていた。


 俺はそのことに大きく驚く。


 俺の方は即答で答えが出ていたのに、モニカは激しく悩んでいる。

 それはつまり・・・


「・・・決めました」

「どうします?」


 モニカの宣言に校長が返事を促す。


「今回の事について・・・糾弾は・・・しません」


 モニカが選んだのは”利”。


 途中何度か詰まったものの、モニカは最後まで自分の意志でそう言い切った。

 そしてそれを聞いた俺は内心大きな安堵のため息をつく。


「それでロンさんの方は?」


 校長が今度は俺へ返答を求める。 

 だが、正直なところ答えはすぐに出ていた。


「”利”を取ります」


 俺にとっては悩む材料は無かった。


 確かにマグヌスに対してはフランチェスカ計画のことも含めるなら、大声で罵倒してやりたいことは10や20ではきかない。


 だが同時にそれはモニカの将来を天秤にかけるようなものでもなかった。

 所詮はただの”怒り”であって、全てを投げ出してまで晴らしたい”恨み”ではない。


 それに公に糾弾したところで得るのは一時の快楽、後には虚しさと、もっとおぞましい新たな”禍根”が残るだけだ。


「分かりました、ではそういう方向でこの件は処理を行い、マグヌスとの交渉に入ります」


 そして俺達のその答えを受けた校長が、そう言って結論をつけた。


「正直、”利”を取ってくれてホッとしています」

「これで騒ぎにはならない?」


「それもありますが、魔法士の格言に、 ”義”か”利”か、迷うのであれば騎士道を行くものは”義”を、魔道を行くものは”利”を選べ という言葉があります、つまり”義”と即答できないのであれば、”利”を取るのが魔法士としての正解であるという考えです」


 校長は少し肩を落としながらそう言った。


「もちろんそれが全てではありません、迷った末に”義”を選んだ大魔法士は枚挙に暇がありません、ただ魔の道を行く上で利を取るのは確かに重要な事であり、今回モニカさんは少し迷った末に、”利”を選びました、それはあなたが持つ魔力以外の大きな資質です」


 そう答えた校長の目には優しい安堵が浮かんでいて、それがまるで孫が正しい答えを自分で導き出したのを見て喜ぶおばあちゃんのようだと俺は感じた。


 迷ったら”利”を取る。


 それは一見すると冷血漢のようにも感じられるが、実はそれほどでもない。

 そもそも即答できるなら”義”を選べという意味でもあるからだ。


 それは同時に”正しく即答”できる感情を失ってはならぬという意味にも取れる。



 だがその一方で、モニカの中には未だ迷いに似た未練が残っていた。


 そこまで悩むほどのことだったのか?


 どうやら俺は彼女のことをよく知っているようで、何も知らないらしい。

 これほど葛藤するというからには、モニカの中のマグヌスに対する憤りの大きさは相当な物のはずだ。


 だが恥ずかしながら、これまでそれを感じたことは無かった。


「それでは確認も終わったことですし、試験を始めましょうか、といってもまずは”検査”からですが」


 そう言って校長が椅子を引いて立ち上がり、それに続いて他の6人も椅子から身を起こす。


 そしてそれを見たモニカも慌てて椅子から立ち上がる。



「それじゃ、付いてきてくださいね」


 校長がそう言って部屋を横断し扉を開けて病院の廊下へと出ていった。

 そしてその指示に従いモニカが少しビクつきながら扉の外へと出ていく。



 再び病院の廊下を歩く俺達。


 先頭を歩くのは校長で、その後ろを俺達、さらにその後ろから他の教師という陣容で、つまり校長以外の6人に見られながら移動することになるわけで・・・


「・・・・・」

『ちょっと、居心地が悪いな・・・』


 モニカから肯定の感情が戻ってくる。

 正直、先生方の視線が刺さるようで痛い。


 そしてそういう時間というものはどうしても長く感じるようで、病院の中の少しの移動であるにも拘らず妙に時間がかかっているような錯覚に陥っていた。


『なあ、モニカ・・・』


 無言の行軍の緊張感に耐えかねた俺がモニカに声をかける。

 ついでに聞いておきたいことも有ったのでここで消化しておくことにした。


『さっきの二択、随分と悩んでいたようだけど・・・・』


 モニカから疑問の感情。

 話が見えないということか。


『いや、ビックリしたんだ、モニカが”あいつら”にそんなに憤っているとは思ってなくてな・・・』


 するとモニカから驚いた感情が流れ、次に否定と・・・・これは俺に対する憤りの感情?

 

 何でだ?


『あれ? ひょっとして俺変なこと言った?』


 するとモニカから肯定の感情。

 これは間違いなく、俺が変なこと言ったな・・・・


 問題は何を間違ったかだが・・・・


『”あいつら”に憤る以外に”義”を選ぶ理由なんてあるのか?』


 するとモニカの憤慨の感情が膨らんだ。

 いけない、俺はなにか大きな勘違いをしていないか?


「・・・”利”の欠点」


 するとモニカがその一言だけを呟いた。


 ”利”の欠点?

 そこで俺はマグヌスと交渉した場合の欠点として示された”もの”を改めて思い返す。


 ああ、そうか・・・・


『俺のために迷っていたのか、そりゃ悪い事したな・・・・すまん』


 モニカから納得と肯定の感情。


 彼女は別にマグヌスに対して憤ったりなどしていない。

 ただマグヌスと取引した場合、俺達のスキルフランチェスカを隠すことになり、ということは俺の正体を大っぴらには出来ないということでもあり、つまりは俺が窮屈な思いをする。


 モニカはそれを嫌がったのだ。


『それと・・・ありがとな』


 俺はモニカが俺のことを心配してくれた事に感謝する。

 すると、モニカが満足そうに微笑んでくれた。


 その後すぐに彼女の中のモヤモヤのような感情が薄らいでいることに気がつく。

 どうやら俺が、そのこと窮屈な思いをすることに対して反応を見せなかったことで、俺が全く気にしていないことに気がついてくれたのだろう。



 モニカのモヤモヤも晴れた所で、俺は移動に意識を戻した。


 てっきり他の階に移動するのかと思ったがそれはしないらしい。

 ただ、同じ4階にあっても、結構離れているのかそれなりの距離を歩いた。


 そして校長が北の端にある一室の扉を軽くノックし、扉を開けてその中へ入っていく。


 どうやら目的地に着いたようだ。


 検査はこの病院で行うと聞いていたので驚きはしないが、どんな検査を行うのか少し気になった。


 モニカが校長に続いて入る時に、横にかけられていた看板をちらりと見る。

 そこには”魔力検査室”と書かれていた。


 ということはまずは魔力について調べるのだろうか?


 中に入ると昨日俺達の検査をしてくれた真っ白な女性の医師が待っていた。


『アラン先生、この人は話しても大丈夫ですか?』


 俺が音には出さないでアラン先生に問いかける。

 アラン先生は心の声まで読んでしまうので、これで届くはずだ。

 

 この”声”だとモニカにも届くが、モニカにも結果を知っていてほしいのでこれでいい。


 そして俺の意図に気づいたモニカが後ろを振り向き、先生方に混じるアラン先生を見る。


「安心してください、当然、あなた方の”検査”と”診察”を担当する私も、あなたのスキルについて知っています」


 すると予想外なことに女の先生の方から答えが返ってきた。

 この人にも俺達のことは伝わっているようだ。


 どうやらモニカがアラン先生を心配そうに見たことから内容を察したのだろう。


 ということは必然的に魔法契約をしているはずだ。


 あれはあまり気分のいいものではない。

 俺達のためにそれを行ってくれたことに、俺は少し申し訳ない気持ちになった。


 だが当のその白い医者の先生は全く気にすることもなく、淡々と大きな装置を弄っていく。

 それは壁の一角がそれで占拠されてしまうくらい巨大な装置だ。


 見た目としては大きな金属の箱のような物の一部が抉れており、そこから半分に切った歯車みたいなのが大量に並んでいるのが見える。 


 どうやらその装置を使って検査を行うらしい。

 どういう感じに測るのだろうか?


 俺はモニカの魔力量について正確な値を把握してはいるが、それが他人と比較してどうだというデータは全くない。

 なのでどのような数値が出て、それがどの程度なのかかなり興味がある。


 そして白い医師の先生が、その歯車にワイヤーのような物で繋がる謎の手のひらサイズの丸い物体を差し出してきた。


「それじゃ、この装置のこの器具に魔力を全力で流してくださ・・・」

「ああ!!! ちょっと待って!! それ待って!!!」 


モニカがその丸い物体を受け取ろうとしたその時、突然、校長が血相を変えて俺達が受け取ろうとしたその装置を掠め取る。 

 

 モニカが呆気にとられているが、校長の慌て方も異様だった。


「が、ガブリエラの入学の時を忘れたんですか、ロザリア先生!? この子はあの時のあの子より年齢も上でかなり魔力が多いんですよ!? 魔力の総量と出力の検査は後で”別方式”で行うって会議で決めたじゃないですか!」

「ああ!!・・・っといけない、つい”普通”の生徒の検査の感覚で・・・、危ない危ない・・・」


 ロザリアと呼ばれた白い医師が何かを思い出したかのように大きな声を上げて、苦笑いしながら、手に持っていた丸い器具を装置へと戻した。


 どうやら昔、ガブリエラの検査の時に何か有ったらしい。

 タイミングと検査の内容からして、検査装置が膨大な魔力量に耐えきれずに壊れたとか? 


「気をつけてくださいよ、検査装置はかなり高いんですから・・・」

「すいません校長・・・・」


 どうやら当たりのようだ。

 

 実際、見た感じ、かなり高度そうな機械だし、壊して弁償しろと言われたら大変だ。

 魔力を流す前でよかった。


「確認しておきます、出力測定等の大出力が予想される魔力検査は、明日の実技試験の前に”魔力災害用”の機材で行います!」


 校長が改めて全員に周知するようにそう宣言した。

 

 てか、魔力災害って・・・


 突然、災害扱いされた俺達は2人共その場で固まってしまった。




 今日知った事。


 普通ではない物を測りたいのならば、”定規”も普通ではない物を用意せよ。


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