1-14【魔法学校の入学試験 6:~筆記試験~】
アクリラの街の中心部にそびえたつ巨大な建物。
”中央講堂”
大聖堂から尖塔を取り払い、平たく押しつぶしたようなその建物は、この街では数少ない大型の建造物の一つだ。
だが講堂といっても式典用の広間だけでなく、沢山の生徒を擁する授業で使う大きな教室や、試験専用の特殊な教室、不意の来訪者を宿泊させるスペースなど、様々な目的の施設が一緒になっている。
複数の小さな学校の塊であるアクリラではそういった大きな施設が不足しがちなので、このような学校としての”インフラ”を纏めた”共有施設”が必要なのだそうだ。
そしてその中の試験専用の教室では、うず高く積まれた大量の紙切れを前に呆気にとられた俺達が椅子に座り、教壇の上で肩幅ほどの大きさのスズメバチが腕を組んで仁王立ちしている不思議な光景が繰り広げられていた。
「それでは、これよりモニカ・シリバの”座学1”の筆記試験を行う!」
そのスズメバチの先生が大声で高らかに宣言し、モニカが無言でうなずく。
「今回の試験に関してはこの私、ザーリャ・ズヴェズド・ピアース・ポイスクが作成、裁定を行う! 何か質問は!?」
「あ・・・はい」
「何だね!? ロン君!」
放心状態のモニカに代わって俺がスズメバチのザーリャ先生へ返事を行った。
「”これ”全部やるんですか?」
俺のその言葉に合わせてモニカが視線を少し横に動かし、目線の高さまで積まれている紙束を見た。
「良い質問だ! 全部できなくても”それだけ”をもって不合格にはならん!」
「はぁぁ・・・」
ザーリャ先生が元気よくそう答えるが、まったく答えになっていないのは気のせいか?
視界の先に積まれた紙束は、問題の内容を見ていないのではっきりとは言えないが、普通に考えればとてもじゃないがこれから半日で出来る量には思えない。
ちなみにメモ用にこれとは別に紙束が用意されているので、本当に問題と回答欄だけでこの量なのだろう・・・・
「それでは制限時間は今から”8時間”! 開始!!」
「え!? あ!」
ザーリャ先生の開始宣言に虚を突かれたモニカが、慌てて一番上の答案をめくり手に取って睨む。
うわ、結構な量が書いてあるぞ・・・
しかも、今”8時間”って言わなかったか?
とんでもない長さだ。
複数ある試験のうちの一つの試験時間が連続8時間なんて、俺の地球知識のどこを漁っても出て来ない。
しかも、この世界は時計の構造上1日は20時間なのでその数字以上に長いというのに・・・・
というか今から8時間先って、もうほとんど深夜じゃねーか・・・
そして一番恐ろしいのは、それだけの時間を与えられているのにもかかわらず、とてもできる気がしないこの試験の量だ。
「あの・・・ザーリャ先生?」
「何だね!? モニカ君!」
答案を一瞥したモニカが何かが気になったように、質問を発した。
「途中でごはん食べに行っても・・・いいですか?」
「認められる途中退席は、トイレの場合のみです」
ああ、だめなんだ・・・・
モニカから絶望的な感情と、混乱が流れてくる。
食事抜きでぶっ通しでやれという過酷な試験に軽く絶望しているらしい。
『と、とりあえず、問題見てみようぜ、問題数が多いだけで、すごく簡単なのかもしれないし・・・』
「う、うん・・・」
モニカが目の前に答案を置きその一番上を睨む。
どうやら計算問題のようだ。
問1
25 + 12 = ”?”
なーんだ、簡単じゃねーか。
足し算とか舐めてんのか? 所詮は小学校の問題ということか。
そしてそのまま、モニカの目線が後の方の問題に移る。
問100
(20/17+ “?” )×1/9=1+2÷(1/4+3/5 )
”?” を答えよ。
すいません・・・ちょっと舐めてました。
初等部相当とはいえ、一応ここ難関校でした・・・
頑張ればモニカでもなんとかなりそうではあるが、計算にいったいどれくらい時間がかかるか・・・
こんなものがあといくつだ?
とてもじゃないが1問1問解いてる時間はない。
これはまずい・・・
「先生! スキルや魔法は使っていいですか!?」
俺が一縷の望みをかけてザーリャ先生に聞く。
するとそのスズメバチの硬そうな顔が、ニヤリと笑ったような錯覚を受けた。
「いいよ、他の生徒はいないのでカンニングの心配はないし、物品や人員に損害を出したりしなければ魔法だろうがスキルだろうが、叫びながらでも使ってもらって構わん」
ああ、なるほど・・・
このテストは完全に、”己の能力”を俺達がどこまで上手く使えるかの確認だ。
つまりは俺のような”インテリジェントスキル”やそれに類する”もの”の能力を測るためだろう。
そして俺の目には先程の問題の”?”の部分に”29”と重なって見えている。
自分の意思で計算してないのではっきりとは言えないが、たぶんこれが答えだ。
おそらく管理スキルの処理機構が勝手に計算”処理”したのだろう。
ならばやることは一つ。
『モニカ、とりあえずその一枚だけやれ、あとは俺がなんとかする』
幸い”これ”を見越したのか筆記用具のペンは複数置いてあった。
なので俺は身に纏っていたフロウの一部を細く伸ばし、答案用紙を掴んで机いっぱいに並べる。
都合のいいことにこの机は一人用の小さな物ではなく、大学とかにある3人がけ用のものなのでかなり広い。
これならば同時に十数枚の答案に当たれるだろう。
さらに伸ばしたフロウの先端でペンを掴んでその上に感覚器をつければ、即席の”解答マシーン”の完成だ。
先生方が、突然背中から大量の真っ黒な触手のようなものを伸ばして、同時に複数の答案に書き込み始めたモニカに驚いた表情になるが、今はそれに構っている余裕はない。
俺はさらに思考加速を掛けて解答速度を底上げすると、モニカが取り組んでいる以外の答案に全力で取り掛かるように”命令”を飛ばした。
続々と上がってくる回答マシーンからの情報を整理すると、これは国語算数理科社会といった、いわゆる”基礎的”な座学が、答案ごとに別れてごちゃまぜになったようなテストだった。
あっちの答案では言葉遣いや文章読解などが、こっちの答案では歴史の問題が問われている。
魔力関連の問題がないが、それは明日の方の筆記試験でやるのだろう。
そしてその難易度も様々で、幼稚園レベルから結構複雑なものまで何の脈絡もなく並んでいた。
これはひょっとすると簡単な問題をいかに見つけて数を稼ぐとかが重要なのか?
だが、もうオートで動いているのでそんな芸当はできないが。
問563
エーリヒ・ヨーデル反応の色は?
→赤。
問722
聖王1621年、カイルの開国を宣言したのは?
→オンドリウス2世
問1432
この時のキッシュの気持ちを答えよ。
→マリーメイアが約束の場所にいないのが不思議だ。
こんな感じで手当たり次第に、ほとんど反射的に回答を書き込んで潰していく。
もちろん俺が考えたりはしていない。
フロウの先の感覚器が問題文を見てその内容を認識すると、管理スキルが决定者である筈の俺をすっ飛ばして、勝手に答えを書き込んでいくので考えている隙がない・・・というか結構な確率で俺が思ってたのと違う答えが書き込まれ、そしてよく考えてみるとその答えで合っているので手が出せないと言ったほうが近い。
結果として俺はただ単にモニカやスキル達が問題を凄い速度で解いていくのを、後ろから仮想腕を組んで仮想顎をウンウンと上下に揺するだけの存在に成り下がってしまった。
あ、仮想腕と仮想顎が取られた・・・
どうやら、限界速度での解答を命じたせいか、俺の中の余ってるリソースを片っ端から下っ端のスキル共がむしり取っていきやがる。
問題を解くのはそれほどではないが、高速で問題文を”認識”し”読解”して、書き込むのに結構なリソースを食うのだ。
いつの間にか視界に表示させていた各種のパラメータなんかも無くなっているし・・・
自分でそれを命じただけに文句は言えないが、少々肩身が狭い・・・
あ、この右下のボタンのリソースがほしい? どうぞ・・・はい・・・がんばって・・・
なんてこった、ついに視界が初めて目が覚めた時並にシンプルになってしまったぞ。
ちょうどモニカが答案を見つめているので比較的白いし、本当にそっくりだ。
更に最初は表示されていたフロウ達の視界もいつの間にか”消され”、唯一見えているモニカの目玉の視界も、凄まじい勢いで左右にブレるので酔いそうだ・・
どうやらモニカもかなり本気で問題に没頭しているのか、メモ用の紙に計算を黙々と書き込んでいて、とてもじゃないが声なんてかけられない。
それとついにフロウ達の感覚器のデータも完全に上がってこなくなったが、一応視界の端に見えるフロウ達の動きも正常なのでこちらも触れられない・・・
これは想定外だ。
俺も本気で問題を解く気満々だったのに、本気を出したら、いつの間にか1人だけ蚊帳の外に放り出されてしまったのだ。
なんだこの”他人感”は?
自分では問題も見れないし、視界の端でシャカシャカ動くフロウの動きを見て ”うわ!きもっ!?” などとモニカには通らないように気を使いながら感想を述べるくらいしかやることがない。
まだモニカの様子を見る分だけ、先生方の方がやることがある感じだ。
その時、新たにフロウの先の視界が俺の中に流れ込み、それと同時に”下”から次の答案用紙に移っていいかを問うてきた。
どうぞどうぞ、どんどん解いてっちゃってください。
すると俺の”返事”を認識したのか、そのフロウが新たな答案を掴み、同時に”もうお前は用済みだ”とばかりにその視界が見えなくなる。
そしてそんなことが何回か続いた。
どうやら回答マシーン達に次の答案用紙を取っていいかを聞かれて、”はい”と答えるのが俺の”役目”であるようだ。
こんなんでもやることがあるだけマシか・・・
ならばその役目、全うしようではないか。
はい次ね、がんばって!
おお良いよ、どんどん行こうか!
その問題ちょっと難しいから、気をつけてね!
また君か、調子いいじゃないの! 期待してるよ!
おおその問題解けたか! フランチェスカ商事の未来は明るいな!
『あ、モニカも1枚目終わったのか、がんば・・・』
「フンヌ!!!」
・・・がんばって・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
・
「・・・せんせ・・・終わりました・・・」
全開で頭を回したせいで発生した頭痛に顔をしかめるモニカが、びっしりと書き込まれた大量の答案を纏めて突き出した。
まだ魔法陣時計は一回転もしていない。
「お、おう・・・」
そしてモニカの鬼気迫る表情に気圧されたザーリャ先生が、その小さな六本の腕でモニカから答案を受け取る。
「すいません・・・外で・・・休憩してきてもいいですか?」
「あ、ああ・・・提出しているからかまわんよ・・・休憩室はわかってるね?」
「来る時に、荷物置いてきたところ?」
「ああ・・・そこの宿泊スペースで明日の朝まで待っていてくれ、あと講堂内であれば食堂なども普通に使ってくれて構わん」
「分かりました・・・」
モニカがそう言うと疲れた足取りで、席を立ちそのままフラフラと教室の扉をくぐって外の廊下へと出ていってしまった。
教師達がそれを無言で見送る。
「・・・・」
モニカとロンのいなくなった教室に沈黙が
「・・・ええっと、ザーリャ先生?」
その沈黙に耐えかねたハルが教壇に立つザーリャに向けて声を掛けた。
「0.8時間・・・」
ザーリャが呟いた。
「早い・・・ですよね?」
「この”インテリジェントスキル持ち用”の試験は、全ての答えを知っている者がひたすら答えだけを書き続けても制限時間の1.5倍は掛かるように分量が調整されている、つまり本来は終了することを”想定していない”試験だ」
「ということは・・・」
「『ザーリャよ、私の覚えている限りでは”最速”だと思うが?』」
アランが確認するようにザーリャに言った。
すると、それに対しスズメバチの頭がコクリと上下に動く。
「過去の記録まで遡ってみても、
「それってつまり・・・」
「『あのフロウを用いた回答方法の恩恵は大きいが、少なくともあの子のスキルの情報処理性能は、過去に例がないものである可能性が高い』」
大きくうなずきながらそう”結論”を述べたアランの言葉に、2人の教師が息を呑み、教室に再び沈黙が戻る。
そしてその沈黙を切り裂いたのはこの試験を担当したザーリャだった。
「そうなれば、やはり・・・
「『ザーリャよ・・・我等の力ではどうにもならないこともある』」
アランがそう言って意味深な視線をモニカが座っていた椅子へと向ける。
するとハルが反論するように2人に意見を発した。
「お二人とも、悲観するのはまだ早いですよ、そのために校長先生もスリード先生も、今頃奔走しているのですから・・・」
◇
試験会場の教室を後にした俺達は、講堂の2階にある食堂にやってきていた。
この食堂はハル先生に連れられて昼にも利用したので知っている。
というか試験の間は基本的にここがメインの食卓になるはずだ。
予定表的に明日の昼は分からないが、朝食と夕食は間違いない。
で、まだ少し早い時間だがモニカと相談して今日の夕食とあいなった。
現在、恐ろしいまでに空腹だ。
それこそ皿まで喰らいそうなレベルで。
「どれにするかい?」
「えーっと、お昼14番食べたから・・・13番」
「13番定食ね、まってて」
食堂のおばちゃんにモニカが料理を注文する。
この食堂のメニューは1番から40番まである定食の専門店だ。
しかも一律1セリスの激安価格!
魔法学校関係者しか使えないが、今のモニカは”受験生”ということで例外的に生徒とほぼ同じ扱いになっているので問題なく利用できる。
ちなみに14番も13番もついでに12と15と16も肉がメインの定食である。
これはメインの料理が肉という意味ではない。
肉に肉が盛ってあり、それを肉と一緒に食べるという意味でのメインだ。
多種族が利用するのでメニューは、肉一辺倒だったり野菜一辺倒だったりと極端な物が多い。
もちろんちゃんとバランス良い定食もあるのだが、高エネルギーを求める今の俺達はとにかく肉を欲していた。
「はーい、13番定食お待ち!」
さすが学食、提供速度がむっちゃ早い。
それでいて14番定食はそれなりに美味しかったので、こいつにも期待だ。
今はまだ夕食には早いせいか生徒の数はそれほど多くはないが、それでも結構な人数の制服を着た生徒たちが友人たちと元気よく雑談に興じている。
そのうちの何人かが時折、制服を着ていないモニカに目線を向けてくるが、幸いすぐに興味を失ったかのように他愛ない雑談へと戻っていった。
一方、空腹と疲労でフラフラのモニカはそんな視線などお構いなしに空いているテーブルに料理を持っていき、椅子にどっかりと腰を下ろすと待ってましたとばかりに一気に喰らい始める。
「うん!」
口いっぱいに
『頭使った後の肉は美味いな!』
「うん!」
よかった、モニカは肉に夢中で俺の言葉など気にしていないようだ。
正直なところ俺は当事者のくせに後ろから応援しているだけで、なんとなく申し訳ない気持ちになっているのだ。
だがそれでもこの凄まじい疲労感だけは共有しているので、俺もこのローストビーフ?の旨味は共感できる。
やっぱりやりすぎたかもしれないな、頭がまだジンジンと疼いている。
そのおかげで短時間で終わらせることが出来たのだが、ペース配分考えた場合とどっちが良かったかは考えものだ。
『それにしても一時間かかってないから、本気でやれば結構少なかったんだな』
それが意外だった。
やはり見た目に惑わされずに、何事も実際に取り組んでみるべきなのだろう。
「・・・いや、ロンが凄すぎるだけだと思うよ・・・私4枚しかできなかったし」
『いや、あれはおそらく手で書く試験じゃないぞ?』
それに別に俺がやっていた訳でも・・・
「・・・?」
『たぶん俺達がインテリジェントスキルを持っているから、それの処理速度を測る試験かなんだと思う、つまりそもそもモニカは解く必要なかったんだよ、むしろあの時間で4枚もできてるなんて凄いくらいだ、スキルで確認しても間違ってなかったし』
「・・・なーんだ、ビックリして損した」
その瞬間モニカの中から徒労にも似た感覚が滲み出し、そのまま少々やけくそ気味に肉にかじり付いた。
『ただ、量にはびっくりしたけど、概ねルシエラの教えてくれた範囲には収まっていたから、これならなんとかなりそうだな』
俺が心底ホッとしたようにその感想を述べた。
正直、どんなゲテモノ試験が出てくるのか不安だったのだ。
「実技とかもそうだといいね」
『そうだな』
物理的にしんどい試験ではあったがおかげで逆に、俺達の心の中に”なんとかなりそうだ”という余裕のような感情が生まれていた。
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