1-13【お受験戦争 11:~明日への疾走 後編~】


 やはり、こいつとんでもないな。


 ルシエラは勇者ブレイブゴーレムの猛攻に心の中でそう呟いた。

 一応これまた”規格外”の意味不明野郎が味方してくれているが、敵のバケモノと比べると、どうしても戦闘面の素人感が否めない。


 それでも時空魔法だろうか? 影のように黒い靄の中に逃げ込むのでなんとか渡り合っているが、明らかに行動にパターンがあり、それを相手に読まれている。


 というか相手は先程の戦闘で、こちらの手の内も読んでいるのでやりにくい。

 しかも明らかにさっきより剣筋が鋭い。

 気がつけば近接戦は”相方”に全て丸投げして、本能的に距離を取って戦う自分がいた。


 もしかしてさっきは手を抜いていた?


 その事実にルシエラが歯を食いしばる。


「くそ・・・これは使いたくなかったけど・・・そんなことは言ってられないし・・・」


 だが、このままオメオメと引き下がってはルシエラの沽券に関わる。



 次の瞬間、迷いを捨てたルシエラがボロボロになっていた衣服を魔法で吹き飛ばし、その素肌を白日の下に晒す。


 最後の抵抗として下の下着は死守したが、それ以外は何もない。

 ”こいつ”は極度に魔力傾向に気を使い、衣服の色を合わせてもまだ足りないほどシビアなので全裸にでもならない限りまともに使えない。


 幸い付近にはゴーレムの他はいないが、ルシエラの中を羞恥心と僅かに背徳的な開放感が支配し、次いで全身を凄まじい魔力が循環する感覚が支配する。


 その瞬間、ルシエラの”異変”を察知した勇者ブレイブゴーレムがもう片方からの攻撃を受けることもお構いなしにルシエラに向かって突撃してきた。


 だがその攻撃が命中する直前、大量の青い防御魔法陣が展開されその攻撃が阻まれる。

 だが勇者ブレイブゴーレムは右手の魔力吸収機構を展開し、即座に魔法の破壊に動いた。


「!?」


 その瞬間、勇者ブレイブゴーレムに焦りの感情が芽生える。


 驚いたことに、いくら魔力を吸収してもルシエラの魔法陣が壊れないのだ。

 まるで魔法陣の中に無限に魔力が詰まっているかのように・・・


「くそ・・・やっぱりパンツも駄目だったか・・・」


 激突する2人の足元に、ルシエラを最後まで覆っていた乙女の尊厳パンツがはらりと落ちる。


 次の瞬間、ルシエラの表皮に真っ青な魔力回路がいくつも出現し、ルシエラの全身を青い光で埋め尽くした。


「まったく・・・これで一ヶ月は魔法が使えないわ・・・来月があればだけど・・・」


 よく見ればルシエラの身体の至る所にヒビが入り、そこから血と魔力の混ざったものが噴き出していた。


 そしてその直後にルシエラから発生した凄まじい量の魔力の衝撃波に勇者ブレイブゴーレムが膝をついた状態のまま、引きずられるように後ろへ飛ばされる。


「〈この力・・・”魔力の加護”か!?〉」


 その中で勇者ブレイブゴーレムは驚いたように今自分が見ているものの”正体”に思い至った。


「さあさあ・・・”勇者”さん・・・バケモノもどき・・・同士、仲良く戦いましょうよ・・・」


 まるで青の精霊のごとく全身の皮膚が真っ青に染まったルシエラが、わずかに微笑みながら内に秘めた凄まじい魔力を開放した。



※※※※※※※※※※※※※※※


 

 

 さっきはこのまま行けそうだなんて思ったが、やっぱり世の中そんな甘くはなかった。


「なんだ!!? あいつは!!?」


 ウェイドの叫びが辺りに木霊し、その巨体がうさぎの様に右へ左へ必死に動き回る。


 そしてその間をさらに巨大なゴーレムの剣が凄まじい勢いで駆け抜け、そしてさらにその間をもっと恐ろしい黄色い閃光が駆け抜ける。

 正直ゴーレムの剣だけならなんとかなったと思う。


 俺達の全力アシストを受けたウェイドの剣はゴーレムの装甲をも、たやすく切り裂くからだ。

 だがこいつらが集まるということは当然ながら”親玉”もいるわけで。


「うわああ!?」


 ウェイドが悲鳴を上げ、凄まじい浮遊感が胃の中をひっくり返すような感覚を作り出す。

 見れば足元の地面がまるで津波のように、盛り上がりながらウェイドの足元を通過していた。

 その足元からの衝撃をうけたウェイドが大きく姿勢を崩し、俺達を放り投げるようなかっこうで前に向かって大きく転がった。


「ウェイド!!!!」


 グレイが悲鳴のような声で叫ぶ。


 一方投げ出された俺達は、なんとか空中で姿勢を維持してみるものの足で立てないために結局地面を転がることしか出来ない。


 それでも膝と腕だけで姿勢を起こし、”相手”へと向き直る。


 ”相手”は巨人ジャイアントゴーレムの肩に立ちながらこちらを見下ろしてきた。


「まったく・・・危うく逃がすところだったじゃないの・・・」


『・・・なるほど、こいつが噂のガンマさんか・・・』


 あの謎の白服の魔法士とは別のもう一人の”エリート”・・・いやあいつは偽物だったので唯一の”エリート”か?

 服装は殆ど同じ、ただしこちらは結構いい年をした女性だ。

 

 見た感じ60代前半くらいか? 


 とにかくこいつが目下の最大の敵であり、アクリラまでの”最後の関門”だった。


「それじゃ、さようなら」

「・・・”告知”はしなくていいの?」


 その女の言葉に対して、モニカが強がるように疑問をぶつける。

 ちなみに”告知”とは、公的な立場にある人物が”処刑”を行う場合、相手にそれを知らせなければならないというもの。

 この決まりのせいで、以前戦ったランベルトは俺達に手を下す前に長々と口上を述べていた。


 だがその女はそれに応えるかのように腕を見せる、そこには以前ランベルトが付けていたのと同じ謎の円盤が付けられていた。

 前回はそれが光ることで告知完了かどうかを確認していたが、今回はもう既に光っている。


「これだけ戦ったんですもの、もう既に”告知”は完了しているわ」


『え? そんなんでいいの?』


 思わずそんな不平を漏らしてしまったが、たぶん魔力的にこちらの”認知”を判別しているのではないかと思われた。

 ということはもう既に十二分に”告知”が済んでいるはずだろう。


 俺はそんなことよりもこの場面をどう切り抜けるかを考える。

 

 こいつはランベルトやさっきの謎の魔法士と違って個人行動はしてこないタイプだ、さっきからずっと巨人ジャイアントゴーレムの補助や支援魔法を基本に使っている。

 おそらく支援系の魔法士だろう。


 直接戦闘力は少ないが、こうして強力な味方が何体も近くにいるとその脅威度はむしろ直接戦闘系よりやっかいだろう。


 実際こいつが現れた途端、ゴーレム達の動きがコルディアーノ並みに跳ね上がっていた。


「〈やりなさい〉」


 女が短くゴーレム達に命令を下す。

 そしてそれを受けたすぐ隣の巨人ジャイアントゴーレムが手に持っていた大剣を俺達に振り下ろした。


 どうする?


 見ればウェイドはさっきコケた時に、地面に頭から突っ込んだせいで気を失って動けない、グレイの細腕では止められないし、魔法もそこまで強くない。


 モニカにしても足がこのザマでは避けられないし、受けることも出来ない。


 今日何度目の絶望的状況だろうか。


 だが、今日初めて俺は”ここでは死なない”確信があった。



 その瞬間、俺の全思考領域が最適な行動を導き出し、手に持っていたフロウを糸のように変形させて”そこ”に向かって伸ばし、さらに”そいつ”に向かって最大の音量で指示を叫んだ。


『そのまま突っ込めえええええ!!!!!』


 そして俺のその声に、そいつ最高の仲間が応えてくれる。


「キュルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!!!!!!!」


 次の瞬間、俺が伸ばしたフロウから伝わった信号によって、背中に積んでいたフロウを変形させて鎧のように纏ったロメオが、その小さな口からあらん限りの声を出しながら、俺達を攻撃しようとした巨人ジャイアントゴーレムの足に突っ込んだ。


 本来であればその体格差で通らないはずの攻撃も、ロメオの頭につけられたフロウの兜とそこから生える太い角のお陰でゴーレムの巨大な足を吹き飛ばし、突然片足を失ったゴーレムの攻撃は全く見当違いの地面を大きく抉った。


『止まるなああああ!!!』


 直後に、俺がモニカの手前で止まろうとしたロメオに向かって続進の指示を出す。

 そして同時にモニカが腕だけでロメオの長い毛を掴み、俺がフロウを動かしてロメオの背中へしがみついた。


 俺達を乗せたロメオは再びその足を大きく動かして、猛スピードでその場から離れる。


 途中何体かの巨人ジャイアントゴーレムが道を塞ごうと飛び出してきたが、俺達が全力で作ったフロウ鎧を纏う本気で興奮した暴れ牛の前では意外なほどあっさりと突破される。

 そしてさらにダメ押しとばかりにモニカが手に持っていた短いフロウをロメオのお尻に尻尾のように乗せ、それを俺が固定し小さな魔力ロケットを作る。


「〈逃がすな!〉」


 女魔法士の焦った声が後ろから飛んできて、それに反応したゴーレム達が一斉に動き出した。


 だが、魔力ロケットのブーストを得たロメオの速度はそれらを大きく凌いでいる。


 モニカが振り返ると、付いてこれそうなのは、あの女魔法士が肩に乗り直接補助魔法をかけられる一体だけのようで、その一体も今の一瞬で結構な距離が空いていた。


 行ける!!  なんて碌なことにならなさそうなので、思わない。


 だから徹底的にロメオの鎧の形とロケットの出力を調整し、少しでも速く動けるように全力を尽くした。


「ロメオ、ありがとう!!」

「キュル!!」


 モニカがロメオの背中に掴まりながら感謝の言葉を叫び、ロメオもそれに対していつもの100割増しくらいの力強い返答を返してくれた。

 

 まったくなんてやつだ。


 広場で別れてからもこいつはずっと俺達の後を追ってきたのだ。


 まあ、結局只の牛なので見逃されたのかもしれないが、それでも大事なところに間に合うとはとんでもなく頑張ったに違いない。


 それに手持ちのフロウがほぼなくなった現在、こいつの背中に積んである結構な量の”量産型”フロウの存在はありがたい。


 出来ることが大違いだし、重装甲のロメオが魔力ロケットの加速を得るだけでも、大概の障害を突破できた。

 今もバリケードになればと突っ込んできた車両型のゴーレムの上部を大きく破壊し、その上を踏みしめて先に進んだ。


 もう隠れることはできないので全てを薙ぎ倒していく。


 そして俺達はアクリラへと向かう街道に合流してそこを一気に南へ下りはじめた。


「どいて!!」

「キュルルルルルルルルルルルル!!!!」


 モニカが全力で道を走る馬車に向かって叫び、ロメオがそれに続く。

 ロメオの声は、もはやちょっとしたディーゼルエンジンみたいな音になっている。


 流石に街と街を繋ぐ街道だけあって、交通量がそれなりに多い。


 地図を見ればこの道は幾つかあるアクリラへの街道の中ではマイナーな方にも関わらず、多くの馬車がヴェレスへと走り、道行く人の数も多かった。


 ヴェレスが封鎖されていたのは幸いだった。

 道にいるのは全て対向者で、すぐにのっぴきならないこちらの様子に驚いて道を譲ってくれる。


『あと少しで、境界だ!』


 俺が脳内マップを睨みながら、仲間二人に向かって叫ぶ。


 もう俺達の前にゴーレムの姿はどこにもない。


 俺が確認のために、ロメオの装甲の一部に感覚器を作り後ろの様子見る。


 だが誰も追いかけては来ていなかった。

 一般の通行人が、ロケットの轟音を上げながら猛スピードで通過した俺たちに驚いて振り返る顔が、道の上に並ぶ姿がずっと続いていた。


 一番近くに見えるゴーレムもここから見ると小指より小さい。


 撒いたか?


 だが俺達の感覚がそうではない事を告げていた。


『右に避けろ!!』

「キュル!?」


 俺の直接の指示を聞いたロメオが街道から右に外れすぐ横の草地に突入し、巻き上げられた草や泥が顔にかかる。

 だが道に残れば悲惨だっただろう。


 突然大きな爆発音がし、吹き飛ばされた街道の地面の敷石の破片が周囲にバラ撒かれその一部がロメオのフロウ製の装甲に当たって更に砕けた。


 そしてモニカが上を向いてそれを成した存在を睨む。


 すると門番ゴーレムの上に仁王立ちする、年配の女性と目が合った。


 間違いない、さっき襲ってきた”ガンマ”だ。


 そしてさっきの攻撃は門番ゴーレムの横に追加された大砲みたいなやつによるものだろう。

 その砲身みたいな部分がこちらを向いているので間違いない。


 更に良く見れば1つの門番ゴーレムの円盤状の縁に5〜7体の巨人ジャイアントゴーレムがぶら下がっている。


 あれズルくない?


 いくらロメオを魔力ロケットでブーストしたところで、地面を行っている限り空を飛ばれたら絶対に速さでは勝てない。


 しかもそこにゴーレムてんこ盛りの”エリート”乗せときてやがる。


 その時、砲身みたいだと思った謎の武装から再び火が放たれた。

 

『左イイ!!』


 慌ててロメオが道に戻り、さっきまでいた草地が爆ぜる。


「何あれ!?」

『まずいぞ、ありゃ”砲撃魔法”だ!』


 あの動きと魔法砲弾。


 間違いなく俺達がいつも使っていた砲撃と同じものだ。

 ここまで誰もやらなかったので、てっきりモニカの専売特許かと思っていたがまさかゴーレムの武装だったとは。


 その後も俺が上を見ながら避ける方向を指示し、ロメオが実際に避けるというゲームのような光景が繰り広げられた。


 まだ直撃はゼロだが門番ゴーレムが次第に高度を落として避ける余裕が減っていき、段々と至近弾が増えてきた。


 唯一の救いは連射性能が悪い事で、そのために連続弾がほとんどなく、避ける余裕がまだ残っていた。


 だがその暴威が突如ピタリと止む。


「・・・こない!?」

『諦めてくれたか!?』


 地図と見比べれば、アクリラとの境界線はもう目と鼻の先。


 あと100mもない。


 正直、景色は何も変わってないがあとユリウス1頭分程先が俺達にとっての明日であり生きる希望のはずだ。


 だが、そいつらは諦めたわけではなかった。


 あと50m程のところまで来た時、


『止まれえええ!!!』


 ”それ”に気づいた俺が急停止を指示する。

 だが全力で疾走する暴れ牛がすぐに止まれるわけがない。


 次の瞬間、俺達の眼前の地面が一斉に爆ぜ、その爆風をもろに受けたロメオは俺達もろとも空中に投げ出される。


 奴らが諦めたのは、走る俺達を門番ゴーレム達が個別に狙って当てることだけだった。


 だがその代わり、数体のゴーレムがタイミングを合わせて俺達の進行方向に一斉に射撃する作戦を取ってきた。

 これならばその場に即座に停止しない限り、どこへ避けても当たってしまう。


 幸いフロウの装甲のお陰で致命傷は避けられたが、そのかわりその衝撃をもろに受けた俺達はピンポン玉のように軽々と空中に跳ね上げられてしまった。


 そして空中を漂う俺達が見たものは、門番ゴーレムから飛び降りた巨人ジャイアントゴーレム達がまるで雨のように降り注ぎ、地面に着地する光景。


 ご丁寧にアクリラ側に降りている。


 これでは地面に叩きつけられた瞬間の無防備なところを狙われるだろう。


 頼みの綱のフロウは全てロメオの装甲と魔力ロケットにつぎ込んで、そのロメオは少し離れたところを浮遊している。


 残念ながらフロウの中に魔力が残っているので地面に届くまでに元の形に戻ることはなく、ロメオと一体化した大きさのままでは転送は使えない。


 もうこれまでか。


 だがその瞬間、モニカから今までで一番強烈な思念が飛んできた。






 それは映像だった。


 以前、まだ人里に辿り着く前、山脈の麓ででのこと




”『今後は人の居るところに出ることになるだろうし、そろそろ基本的な食器の使い方を覚えた方がいい』”

”「食器?」”

”『食べるときに使う道具だ、おそらく普通の人間はこういうのを使って食べていると思う』”

”「ええ・・・手で掴めばいいじゃん」”

”『それじゃダメなんだ、相手の心証が悪い』”



 

 それは、俺が食器に使えないものかとフロウを小さく切り出した時の記憶の映像だった。



”「うーん、わかった使い方を教えて」”



 モニカのその言葉が最後に頭の中に木霊しながら映像が消えていく。

 なぜ、今これを?


 ああ、そうか。


 俺はモニカのその指示でロメオの背中の荷物の中に意識を飛ばし、”目的の物”を見つけると直ちにモニカの手の中に”転送”した。


 それは、その時に考えていた使い方ではないが、確かに俺達が”人の中”で生きるために必要な最後の鍵だった。


 モニカが手の中の”それ”を握りしめアクリラと反対方向へ向ける。


 そして次の瞬間、手が高熱で焼ける激痛と大きな衝撃が俺たちの体を駆け抜け、モニカの体がアクリラに向かって吹き飛んだ。


 手の中にあるのは”あの時”に切り離した小さなフロウの欠片。

 それはいつもなら忘れそうになるほど矮小で、そして現在俺達が唯一手元に”転送”できるフロウだった。


 俺はそれで極小の魔力ロケットを作り、モニカは手が焼けることもお構い無しで全力で吹かしたのだ。


 もちろん、この出力では飛ぶことはできない。

 だが、空中に放り投げられた今なら境界までは届く。


 先に下に着地していたゴーレム達が、突然アクリラに向かって吹っ飛んだ俺達をただ呆然と見送る姿が目に入り、俺は心の中で勝利の雄叫びを上げた。


 そして、次の瞬間地面に激しく叩きつけられ、その衝撃で意識が飛びかける。

 だがすでに勢いがついていた俺達はアクリラの境界までの最後の距離をゴロゴロと転がっていく。




 あと少し。




 ほんの少し。




 ほんの少しなのに・・・





 俺達の体は何度か転がったあと、勢いを全て使い果たして止まってしまった。

 そこはアクリラの境界のほんの少しだけ手前なのに・・・・


 だが俺の正確な精密地図はその残酷な”事実”を俺に突きつけていた。


 その証拠に何も起こらない。


 死神のような巨人ジャイアントゴーレムが俺たちにの前に立ち、手に持った剣を逆手で持ってまっすぐこちらに向ける。


『モニカ!! 少しだ!! 少しでいいから動け!!』


 気がつけば俺は夢中で叫んでいた。


「ううぅ・・・っぐ」


 そしてモニカもそれに応えるように激痛の体を一生懸命に動かす。

 だが、今の衝撃と回転で平衡感覚を含め全ての感覚がまともに機能しておらず、そんな状態でできるのは無様に手足をバタつかせるだけ。


 それでもモニカは最後の瞬間までそれを諦めなかった。


 そしてそんな俺達に向かって、ゴーレムが全体重を乗せて剣を突き刺した。


 眼前に迫る刃渡り10m近くの巨大な大剣。


 それがモニカの頭に接触し、膨大なエネルギーでもって押しつぶその刹那。





 その剣がゴーレムごと文字通り粉々に打ち砕かれた。



「『!!!???????』」



 粉々になったゴーレムの破片がまるで雪のように舞い散り、俺もモニカもあまりに意味不明なその光景に、頭の中が真っ白になる。


 一体何事だ!?


 それに何か起こるにしても境界を越えてからのはずだ!?


 そして俺達は境界の手前で越えることは・・・


『いいえ、あなた達の右手は確かにアクリラの境界の内側にあります』


 突然、頭の中に謎の女性の声が木霊し、モニカがそれに釣られて右を見た。

 流石にどんなに感覚が麻痺していても右手の位置はわかる。


 そして俺達の視界の先には、魔力ロケットの熱で皮膚が爛れてしまった俺達の右手が映りこむ。

 そしてこれがいちばん重要なことだが、その右手は確かにアクリラ行政区の境界とされる地点よりも向こうにあった。


 更に俺達はモニカの右手のその向こうに、それまでどこにもいなかった筈の2体の姿が目に入ってきた。


 片方は全身が光の様に白い謎の男。


 もう片方は体が黄金に輝き、色とりどりの宝石が散りばめられたかのように様々な色に輝く、体より巨大な角を持った荘厳な”鹿”の姿だった。


 そして白い男の方が口を開けて、心の底まで響くような不思議な声色の声で、言葉を発する。




「『  魔の道を進まんとする者よ、ようこそ”アクリラ”へ  』」




 その瞬間、俺の中を様々な感情が流れ、即座にそれが一つに纏まる。

 

『着いた・・・』


 ポツリと俺がそう呟来、同時にモニカの目から大量の涙が噴き出した。


 どうやらモニカも様々な感情が嵐のように吹き荒れているのだろう。




 俺もまだ何が何だか分からないが、それでも1つだけ間違いないことがある。


 これから夏本番といった陽気のその日、俺達はアクリラに到着したということだ。


 

 

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