1-13【お受験戦争 12:~旅の終わり~】



 ようこそアクリラへ


 謎の白い男が発したその言葉が俺達の中に何度も反響し、凄まじい達成感と安堵が内側から溢れ出してきて視界を歪める。


 そしてモニカが左手で涙を拭うと、確認のためにもう一度右の方を見る。


 ああ、よかった、見間違いではない。


 そこには先程と変わり無く、全身が真っ白な謎の男と、金色に輝く荘厳な鹿が並んで立っていた。


 ところで彼らは何者だろうか?

 その言動からアクリラの関係者だとは思うが具体的に何であるかはハッキリとしない。


 それに2体ともあまりにも浮世離れし過ぎていて、全身の痛みがなければ間違いなく夢だと思ったはずだ。


 その時、左側からゴーレムが迫る感覚が襲ってきた。

 それに釣られて左を見れば十数体のゴーレム達がこちらに向かって大剣を振り上げながら迫って来るのが見える。


「え?」


 まさかアクリラの境界を越えてもゴーレム達が襲ってるとは思わなかったモニカが驚きの声を上げた。

 いや、越えているのは右手だけで体の大部分はまだアクリラの外か。


 別にはっきり”ここからアクリラ”と書いてあるわけではないが・・・あ、よく見れば横に小さな看板に”アクリラ行政区”って書いてあるな・・・・とにかく俺の詳細地図によると行政区分上の”アクリラ”には右手しか入っていない。


 この場合、本当にアクリラに入ったことになるのか?


 少なくとも今俺たちに向かって剣を振り上げてるゴーレムはそうは思っていないようだ。


 って!?


 再び眼前に迫る大剣。

 当然、モニカはまだなんとか出来るほど回復していないので避けようがない。


 だが、その剣は振り下ろされることはなかった。


「〈止まれ!!!〉」


 ゴーレムの後ろから年配の女性の拙い日本語が聞こえてきて、同時にその命令通りゴーレムが停止する。

 見れば、門番ゴーレムの背中からゴーレム達から”ガンマ”と呼ばれていた女エリートが、地面に降りるところだった。


 その顔は悔しさと焦りなのか、かなり青い。


 それでも作り笑顔をなんとか張り付かながら、こちらに向かって・・・いやその向こうの謎の2体に向かって一礼した。


「お久しぶりです・・・”アラン”先生・・・」


 先生? どっちが?


「『おお、その”魔力”は! テッサ・スタントンか!』」


 すると白い男のほうが少し嬉しそうに驚いたような声を発する。

 なるほど、こっちがアラン先生か・・・

 それにしても、耳と同時に頭に響く不思議な声だ。


「お久しぶりです・・・先生・・・」

「『30年ぶりくらいか? 立派になったな、飛んでいるゴーレムはそなたの作品だな? 出来を見る限りカシウスの背中は見えたか?』」

「いえ、恥ずかしながら・・・未だ彼の成したものには程遠いです・・・」

「『焦るでない、そなたは確かに”道”を進んでおる、それは我が保証しよう』」


 突然、昔話に花が咲き始める2人。

 というか門番ゴーレムってこの女エリートの作品だったのか?


 というか随分と親しげだが、これって俺達は大丈夫だよな?


 大丈夫と言ってくれよ?


 ほぼ全ての体力と手段を使い果たしているので、今この女エリートに攻撃されたら一溜まりもない。

 だがその心配はすぐに杞憂であることがわかる。


「『ところで、分かっていると思うが、今のお前さんがこちらに立ち入ることは出来ないぞ?』」

「はい・・・それは理解しています・・・」


「『それと、そこの者に手を出すこともならん』」

「それも・・・理解してます・・・」

「『ならば去れ!』」


 アラン先生とやらのその声と同時に、モニカがビクリと体を緊張させる。

 さらに俺も同時に謎の”根源的な恐怖”襲われていた。


 そしてそれは俺達だけでなく、女エリートだけでなくゴーレム達までもが”何か”に気圧されるかのようにその場で固まってしまった。


 そしてその”何か”は間違いなく、このアラン先生と呼ばれたこの謎の白い男が発するものだ。


「ロン・・・これって・・・」

『ああ、前に経験・・・しておいてよかったぜ・・・』


 この感覚、間違いない・・・


 俺達は二人とも、極寒の氷の大地の真ん中にあった”氷のオアシス”・・・その中にいた”赤の精霊”のことを思い出していた。


 ”世界からの保護”


 この恐怖感は精霊を護るため、それを認識した者に抗えぬ恐怖心を与えるというとんでもない代物だ。

 ということはこの男は”精霊”か? 色からしてさしずめ”白の精霊”といったところだろうか?


 しかも、以前見た赤の精霊のものよりも遥かに強力で、もし以前見てそれを知っていなければ本能的にアラン先生から目をそらしていたに違いない。


 だが、さすがエリートか、女エリートはこの強烈な恐怖感の中でも、まっすぐに白い男を見つめて口を開く。


「先生が認めた以上・・・直接手を下すことは出来ませんが・・・それでも、アクリラ条約の身柄引き渡し条項があるはずです・・・」


 するとその瞬間、一瞬にして恐怖感が消え、白い男が何かを思い出したかのように口を開けて驚いた。


「『・・・ああぁ!! そんな物があったな・・・確かにアクリラは加盟国の要請で罪人の身柄を引き渡す事になっていた!』」 


 え? そんな物があるの? 聞いてないよ?


 でも、考えれば当たり前だ、いくら治外法権とはいえ罪人をほいほい匿って良い訳がない。


 モニカの額を冷や汗が流れ落ちる。


「では、その者の引き渡しを・・・」

「『良いだろう!』」


 アラン先生が威勢よくそう答え、それを聞いたモニカの心臓が大きく跳ねた。

 だが、


「『それで、その者の罪状は?』」

「え?」


「『罪人であれば”罪状”があるはずだ、それをアクリラ条約全加盟国が審査、判断し、引き渡し妥当と判断されて初めて、引き渡しが行われる』」

「・・・・っう、」


 女エリートが言葉に詰まる。


「『ほれ、”罪状”を早く!』」


 言えるわけがない。

 もし正当な手段で俺達を得たければ、その”正体”を全世界に宣伝しなければならない。

 

 そんなことが出来るわけがなかった。


 女エリートの顔が再び苦悶に歪む。


 だがまだ諦めているわけではなさそうで、隙きを見て俺達を始末しようと考えているのではないかと思うほど、強烈な視線でこちらを睨んできた。


 だが、



『見苦しいですよ』



 突如、頭の中に謎の女性の声が響く。

 境界を越えたと最初に教えてくれたあの声だ。



『そなたらは敗北した、これ以上、恥を重ねる行為は、”国”への冒涜と心得よ!』


 そして今度はその声に合わせて、アラン先生の隣に立っていた謎の”金色の鹿”が一歩前に進み出る。

 その表情は、獣とは思えないほど知性を感じさせ、同時に”王者”のような圧倒的な風格を持っていた。


「・・・・あなたは・・・!?」


 女エリートが驚愕の眼差しで鹿を睨み、次の瞬間片膝を付いてその場に跪く。


「お許しを・・・まさか”あなた様”が、ここにいらっしゃるとは・・・」

『ならば、これ以上、我の機嫌を損ねる前に、ここから立ち去れ』


 どうやらこの鹿とも面識があるようだ・・・しかも”鹿”の方が上位者らしい、それも圧倒的に・・・


 女エリートは一際深く頭を垂れると、周囲のゴーレム達に指示を出して撤収作業を開始させる。


「『テッサ! そなたの”上司”に伝えると良い、これはそなたの責ではないと、信用出来ないのならばアクリラまで来いと・・・この”アラン・キルヒ・アクリラ”が直々に答えると伝えよ!』」


 最後にアラン先生がそう言い、それに答えるようにテッサと呼ばれた女エリートガンマが一礼して、横にいたゴーレムに飛び乗りそのまま道をヴェレスの方向に向かって移動を始めた。


 しばらくモニカがその様子を固唾を呑んで見守る。

 まだ気は抜けない。


 だが道の先のカーブを曲がって彼等の姿が見えなくなると、力が抜けたように地面に頭を降ろした。


「・・・助かったの?」

『助かったんでいいんだよな?』


 確認するようにお互いにそう言い合うと、まるでそれに答えるようにアラン先生が口を開いた。


「『二人とも・・・・・安心するといい、この中にそなたらを害そうとするものはいない、それはこの私が保証しよう』」


 その言葉を聞いた瞬間、今まで塞き止められていた安堵が凄まじい疲労とともに噴き出し、


 そのまま俺の意識ごと、真っ黒な睡魔の底へと落ちていった。






 安心したせいか、道の真中で眠り始めたモニカを、アランはしみじみと昔を思い出しながら眺めていた。


 こうして寝ている姿を見ると、本当によく似ている・・・・・と感じる。


 その姿は”母”の生き写しであるが、中身は完全に”父”に似ていた。


 恐らく”本人達”は認めなかろうが、精霊であるアランにしてみれば何故”動物達”がそこまで”生物的”な親子に拘るのか理解できなかった。


 それよりも、この子の寝姿を見るがいい。


 そこには確かに”親”との繋がりが存在し、その中に間違いなく2人の”残滓”を見ることが出来るではないか。

 

 

 いや、今はそれよりもやることがあるな。


 アランはすぐ隣に立っていた、黄金に輝く”鹿”に向き直る。


「『この子の到着は、我が認知した、もう立てる義理はないぞ?』」


 するとその鹿がこちらを向いて頭を下げた。


『ありがとうございますアラン先生、これでやっと自由に動ける』


 その声は荘厳な雰囲気に隠されてはいるものの、そこから少なくない歓喜が読み取れた。

 

「『はやく、”友”のもとに行ってやるといい』」


 アランがその鹿にそう言うと、その瞬間から黄金の鹿の体が発光しながら徐々に消え始め、向こうの景色が透けて見えるようになり、そのまま虚空へと消えていった。


 だが、その体が完全に消える刹那、その鹿が思い出したようにアランに向かって言葉を発する。


『ところで、”あの者”は別に”友”ではありませんよ?』


 そしてそれを最後に、その”鹿”の姿は完全に消える。



 まったく・・・彼女もまだまだ子供ということか、立場が立場とはいえ友を素直に友と呼ぶのが恥ずかしいとは・・・

 アランは”教え子”のその微笑ましい一面に、顔を綻ばせた。



 次の瞬間・・・・・



 周囲の木々や草から聞こえていた虫の声が全て消え去り、アランですら僅かにたじろぐ程の強烈な存在感が、周囲100kmの範囲の全ての生物に降り注いだ。



「『はじめよったか・・・』」


 アランがヴェレスの街の方角を見ながらそう呟く。

 だがその視線は街ではなく、その上空に向いており、そしてそこには、この凄まじい存在感の流れの根源たる”金色の球体”が空中に浮かんでいた。


 まるで卵を逆さにしたような形の物体を視認したアランは、今度はモニカが倒れている道に視線を戻す。 

  

「『すまないが、少し手伝ってくれないか?』」


 アランがその”者”に声をかける。


 それはこの凄まじい存在感を、まるで”慣れている”かのように耐えながら、足を引きずるパンテシアの姿だった。


「『ほうロメオというのか、良い名だ、勇敢なそなたにふさわしい』」


 アランはロメオをその姿勢を褒め、一方のロメオは油断ならない鋭い視線を返す。

 

 ロメオの足は高所から落下した衝撃で挫かれていた。

 だがそれでも主人モニカ達を守らんと、地面を這いながら近づいてくる。


「『そう構えるでない、なに、恥ずかしいことに我はこの境界の中でしか動けんのだ、その子を抱えたいが、入っているのが酷く火傷した右手だけで、引っ張るには少々偲びない、押して境界の中に入れてはもらえぬか?』」 


 するとアランのその言葉を理解したように、ロメオが鼻面でもってモニカの体をゆっくりとアクリラの境界の内側へと押し込んだ。

 そして最後に自分も境界の内側に入り込むと、ロメオはそこで力尽きたように地面に横たわる。


「『よし、良い子だ、よくやった』」


 アランがそう言ってロメオの頭を軽く撫で、そのまま右手でモニカの体を、左手でロメオの体をヒョイと持ち上げた。


 それは傍から見れば恐ろしくアンバランスな光景だったが、担がれた1人と1頭はまるで重さがないかのように軽々とアランの決して大きくはない体によって支えられていた。


 そしてそのことを確認して安心したようにロメオもその目を閉じ、主人と同じ夢の世界へと旅立っていく。


 一方それらを抱えたアランは、まるで散歩道を帰るような足取りで、アクリラの方角へと歩き出した。

 ただその途中一回だけ、まるで心配するかのように後ろを振り返り、上空に浮かぶ金色の物体へ視線を送る。


 それはまさにその金色の物体から、途轍もない量の魔力が噴射された瞬間だった。







 ヴェレスの街の南側は混乱の極地に達していた。


 人々がその”暴威”達から逃げ惑い、その間を3体の”バケモノ”が凄まじい破壊を行いながら通過していく。


 もう戦闘が開始された南の壁から1km以内に割れてない窓はないのではないかと思わせるような、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。


 そしてその中心で最も派手に攻撃を撒き散らしている青く光る”全裸の少女”こと、ルシエラは心の中で凄まじい焦りと羞恥心に襲われていた。


 何だこいつは!?


 今もルシエラの攻撃により砲弾のように飛ばされ地面を転がる”そいつ”に向かって悪態をつく。


 こいつ、いくらなんでも異常が過ぎる。


 どれだけ強力な攻撃が直撃しても、次の瞬間には何もなかったかのようにケロリと立ち上がるのだ。

 

 ”無傷”で!


 既にユリウスでいいなら10匹は余裕で倒せるレベルの攻撃を打ち込んでいるのにこのザマである。 

 これだけの攻撃を受けて傷一つつかないなら、もうどうすればいいのか?


 一応、圧倒的攻撃力で翻弄しているので反撃の隙きは与えてないが、次第に僅かに受けられる場面が出始めていた。


 そして、この異常ともいえるルシエラの攻撃力は”期間限定”であり、その残り時間はあと0.01時間(地球時間44.4秒)もない。

 それを過ぎればこの魔力は消え失せ、後には全身血まみれの全裸の少女が残るだけだ。


 そしてもう一つの問題は、この人外の戦いをやっている間に戦場がいつの間にか人払いが済んでない地区に移動していたことだ。


 兵士が必死に避難誘導しているので、見た感じ人的被害はなさそうだが、問題はそこではない。


 いくらルシエラでも人前で裸で戦うにはかなりの量の”理性”の摩耗を余儀なくされ、そんなに長くは持たない。


 ”影に潜れる相方”を勘定に入れても、ルシエラと拙い連携を取ってようやく的を絞らせないだけで手一杯で、とてもじゃないけれど勝ち筋は見えてこなかった。


 次第に勇者ブレイブゴーレムの優位は固まっていき、ルシエラは様々なもの・・・・・・・を犠牲にしてまで使う”本気”で、しかも2対1という条件ですら傷一つ付けられぬこの状況に、心の中で大量の悪態をついていた。


 そしてそのまま、全く打開策を思いつけぬまま、”その時”が来てしまった。


 幸いにも空中ではなく、地面に両足を付けた状態であったが、その瞬間全身から力が抜けたように膝をつき、続いて真っ赤な血がポタポタと地面に落ちる。


「・・・ああ、おわっちゃった・・・」


 ルシエラが疲れたようにそう呟きながら己の手を見る。

 それは先程までの青く光る手ではなく、普通の手だった。


 見れば全身の表面を覆っていた大量の青く光る魔力回路が、まるで焼き切れたかのように次々に一瞬だけ光り、そして消えていく。


 あとに残ったのは魔力を全く使えない傷だらけの少女。

 気づけば髪までもが青の光を失い、暗い紺色に変化していた。


 そしてこちらが戦闘の続行が不可能であることを知った勇者ブレイブゴーレムが細剣を構えて、ルシエラの命を刈り取らんと猛スピードで突っ込んでくる。


 その攻撃を止める方法は無かった。


 ルシエラには、



 次の瞬間、勇者ブレイブゴーレムが弾かれたように攻撃を止めその場を飛び退く。



 そして飛び退いた先で顔を”上”に向かって持ち上げた。


 と同時にルシエラが、懐かしいような・・・鬱陶しいようなその魔力に全身が包まれるのを感じた。


「・・・おそいよ・・・王女様・・・・


 ルシエラがその魔力の流れてくる南の空目掛けて、精一杯の文句を呟く。


 そして、その次の瞬間に凄まじい魔力がヴェレスの街全体・・・いやその周辺をまるごと包み込み、その中にいた全員が本能的に”恐怖”を感じ、彼等の発する大量の悲鳴がまるでサイレンのように街の中に充満した。




 その時、その上空では、卵を逆さにしたような金色の丸い物体が空中に浮かび、


 その内部で一人の少女がまるで”王者”のように玉座に座りながら、その球体の一部を透明にして地を這う下々を見下ろし、ヴェレスの街が彼女の魔力の津波によって飲み込まれる様子を満足そうに眺めていた。



『【制御魔力炉Lv6】 出力30%で安定、【魔力感知Lv9】発動、目標市街地”ヴェレス”の全ゴーレムを検知、マーキング完了、損耗率87% 残存敵勢力4,27・・・』

「雑魚は捨て置け」


 その少女が彼女に状況を伝える”スキル”に対して、短く指示を発する。


『了解、脅威度”無”の報告は割愛します、脅威度”低”の数は1体』

「一体とは、随分とお粗末な”軍隊”だな」


『進言、勢力の大部分は脅威度”無”であり、その報告は・・・』

「あー、わかったわかった、とりあえずその一体とやらの場所を示してくれ」


 すると球体の”窓”の一部に小さな点が付与される。


「遠すぎて見えん」

『【望遠視Lv.7】発動します』


 するとその少女の視界が一気に”その現場”まで拡大され、そこに佇む者達の姿がくっきりと映し出される。


「おお! ”ウル”よ、あれを見よ! 面白いものが見えるぞ!」


 少女が面白いものを見たとばかりにその一点を指差す。

 そして拡大された先には、全身傷だらけの全裸の少女が映っていた。


ガブリエラ・・・・・、それはルシエラ様ですよ? 脅威ではありません』

「何を言っている? ”あれ”が衆目の前で恥を捨ててまで”加護”を使ったのだ、私が指差して笑わなければ、”あれ”も浮かばれんだろうが」


 そして、そう返したガブリエラの表情は全く笑っては・・・・いなかった。


 すると突然、彼女のスキルが眼球を直接動かし、彼女の視線を勇者ブレイブゴーレムの方に動かす。


「うおう!? 急に目を動かすな!」

『”こっち”が脅威の方です』


 するとガブリエラが目を鋭く尖らせて、こちらを睨む鎧姿の勇者ブレイブゴーレムを睨む。

 

「なるほど、こいつが己の責務も果たせず、”私のもの”を辱めたれ者か・・・」


 その言葉には少量の怒気が込められていた。



 一方、地上では命ある全ての存在が本能的恐怖に上を見上げ、命なき者であってもそれは変わらなかった。


 だが勇者ブレイブゴーレムはその中にあって唯一、恐怖ではなく”怒り”を感じながら上空を見上げていた。


「〈貴様も、我らの邪魔をするか!!〉」


 そしてそう叫びながら勇者ブレイブゴーレムは凄まじい脚力で大地を蹴りつけ、その反動で迫撃砲の砲弾のごとく空中へ舞い上がり、それをローマンとルシエラの2人は何もできずにただ見送ることしかできなかった。


 あまりに速過ぎて反応できなかったのだ


 空中を飛翔する勇者ブレイブゴーレムは即座に足元に魔力を展開し、それを蹴りつけその反動で空中に登っていく。

 

 ”空渡り” 


 勇者の権能の一つであるそれは、魔法士が使う多くの飛行魔法より機敏で攻撃的で、何よりも上昇力が桁違いだった。


 あっという間に黄金の球体と同じ高さまで駆け上がり、手に持っていた細剣で切りつけようと大きく振り上げる。


 だが、



「臣下でありながら私に剣を向けるとは、つくづく見下げ果てた愚か者よ・・・」



 その瞬間、勇者ブレイブゴーレムは空中で完全に動けなくなってしまった。


 その謎の現象に勇者ブレイブゴーレムの目が上下左右に激しく動く。

 ”空渡り”ができないのに、まるで空間に貼り付けられたかのように動けない。


 だがそれで止まる”勇者”ではない。

 すぐに体の一部が動き始め、その戒めを引きちぎるように腕を動かした。


「〈この程度で・・・私を止められると・・・〉」 

「思っとらんよ、いや、むしろ今ので止まるとは予想しておらんかった」


 突然球体からかけられたその言葉に、勇者ブレイブゴーレムの顔が初めて”恐怖”に染まる。


「〈うあああああああ!!!!!!!〉」


 だがそれでも勇者ブレイブゴーレムは叫びながら、その能力の限りを尽くし、全力を乗せた一撃を金色の球体に向けて振り下ろす。


 だが、その一撃が届くことはなく・・・


「〈!?〉」

「愚かな・・・」


 次の瞬間、勇者ブレイブゴーレムの右腕がバラバラに破壊され、手に持っていた細剣がスルリとそこから滑り落ちる。


 更に驚いたことに”修復”が発動しない。


「〈!?〉」


 その瞬間、勇者ブレイブゴーレムが己がどれほど無謀な相手に戦いを挑んだかを”本能的”に悟った。


「たとえどのような”権能”を持っていようが、魔力で動く機械人形が、”魔力を統べるもの”に正面から勝てる訳がなかろう・・・」


 それは”道理”だった。


 勇者ブレイブゴーレムがどれほど無敵の力を持っていようとも、その力が魔力の流れを組み合わせて作られている限り・・・・


 魔力を統べる本当の”王位”の前で、その許し無くその権能を振るうことは出来ないのだ。


 ガブリエラは呆れた様にその事実を告げると、勇者ブレイブゴーレムの左足をバラバラに砕いた。

 バランスを失った機械人形は己の全てを相手に握られた”恐怖”と、”屈辱”に浸りながらヴェレスの街へと落ちていく。


 そしてそれは同時にガブリエラの興味が勇者ブレイブゴーレムから完全に消えたことを意味していた。


「ウル、残りは?」

『脅威度”低”以上の反応はなし、全て脅威度”無”です』

「あいわかった、それでは、あの破廉恥娘を迎えに行くとするか」


 ガブリエラはそう言ってわざとらしくため息をついたが、その表情は明るいものだった。



※※※※※※※※※※※※



 荒野の中で一台の車両型のゴーレムが止まり、その中から1人の若い女が飛び出してくる。


「あんた達、何やってるの?」


 そして地面に無様に転がる筋肉の塊の剣士と、その側で立ち尽くす痩せた魔法士の2人組に向かって声を掛けた。


「あ、姉さん!」

「ねえグレイ、ウェイドはなんで地面に突っ込んで寝ているの?」


 グレイに姉さんと呼ばれたジーンが状況が理解できないかのように聞き返した。


「これ・・・死んでないわよね?」


 ジーンがウェイドの体を足で突っつきながら、少し心配そうにグレイの方に向かって聞いた。


「いえ、脈も呼吸もしっかりしてるんで、生きてるとは思うんですが」

「頑丈さだけはゴーレム並ね」

「はは・・・・」


 そして一通り確認した後、ジーンが後ろを振り向いて車両に呼びかける。

 するとその中から支援用のゴーレムが何体か出てきて、ウェイドの体を丁寧に持ち上げた。


「行くわよ」

「どこに?」


「北よ、あれに付いていくわ」


 そう言ってジーンは街の東門から一斉に走り出した、ゴーレムの車列を指差す。


「なんですか? あれ?」

「覚悟なさい、暫くは隠れることになるから」


 そう言ってジーンはウェイドと共に車両に乗り込み、慌てたグレイが遅れまいとその車両に乗り込んでいく。


 そして3人の人間を乗せたゴーレムの大群は、一路北へ向かい移動を始めたのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「なんて格好しているの」 


 まるで叱るようなガブリエラのその言葉に、ルシエラが苦笑いする。


 いつの間にかこのお姫様を乗せた巨大な金色の”王球”がルシエラの直ぐ側の地面へと降り立ち、その中からガブリエラがそんなことを言いながら出てきた。


「久々に会っての、第一声がそれですか・・・」

「未だかつて、我への久々の謁見で、そのような無様な格好をしていた者は知らん」

「そっちから来たくせに・・・」


 ルシエラが抗議するように呟く。


「ああ?」

「なんでもないですよ、って、うわ!?」


 その直後、ルシエラの体が突然現れたものすごく高価そうな布で包まれ、冷えていた全身に暖かさが戻り始める。

 

「あれ?」

「覚えておけルシエラ、そなたの無様な姿を見て指を指して笑うのは、”私のみ”の特権だ、他の者に安々と晒すでない」

「・・・・」


 あー、やっぱりこの奇妙な性格は全く変わっていないんだな・・・

 ただ、今だけはそれが妙に懐かしく感じられた。


 そしてガブリエラのスキルの力で浮遊しながら、”王球”の内部へ運ばれるなかで、ふとルシエラは一緒に戦ったあの謎の影の男のことを考えていた。


 いつの間に消えたのか、その姿はどこにもない。





 金色の”王球”から隠れるように、ローマンは周囲の様子を確認していた。


 ゴーレム達は大きく2つに分かれていた。

 黒舌のジーンの指揮下に残れた者たちは今まさに、今街を脱出して”ローマンの配下”の誘導で北にある”アイギスの隠れ家”へと向かっている。


 そこにはジーンの兄の家族も匿われているので、ジーンも少なくとも自分の目でそれを確認するまではゴーレム達の指揮を取ってくれるだろう。


 一方、エクシールの命令を聞いて反旗を翻したゴーレム達はそのまま他の兵士たちと同じ指揮系統に組み込まれるようだ。

 無線を聞けばエクシールの拙い日本語がそこら中に飛び交っている、ローマンはその内容を理解することは出来ないが、混乱した状況の収集に苦慮していることは伝わってきた。


 この分だと”仲間達”の脱出には十分間に合いそうだ。


 気になるのはガブリエラによって撃墜された勇者ブレイブゴーレムが何処に消えたかだが・・・それを確かめる余裕はない。



 今はあのお姫様は大好きな”ルシエラ”に釣られて上機嫌だが、別にローマンの味方だというわけではない。

 今のウルスラの性能であれば間違いなくローマンのことは全て把握されている筈なので、いわば今は”見逃されている”状態だ。


 その状態でさらにコソコソ動き回り”あれ”を刺激するのは得策ではない。


 ローマンはそう判断し、影の中へと消えすぐに街を去ることにした。





 同じ頃・・・ヴェレスの街の一角で・・・・


 勇者ブレイブゴーレムはその”力”の大半を破壊され、ボロボロになった左足を引きずりながら、路地裏の影の中を進んでいた。


 彼はもはや何を信じていいのか分からなくなっていた。


 ”カシウス”に裏切られ、


 ”任務”に裏切られ、


 ”己の力”にすら裏切られた。

 

 偉大なカシウスによって無敵を誇ったはずの己の”権能”は、いざガブリエラの膨大な魔力を前にあっさりと己を裏切り、その力を無くしてしまった。


 そして仲間だと思っていた、”人形”共も、まるで何事も無かったのかのように”新たなアルファ”達の下に集まっていく。

 

 勇者ブレイブゴーレムは新たな2人の”アルファ”のどちらにも付いて行く気にはなれなかった。

 裏切り者である”ジーン”はもとより、”エクシール”にも己が信じられるだけのものを見出すことができなかった。


「ああ・・・そうか・・・」


 そのとき、勇者ブレイブゴーレムは初めて”こちら”の言葉で心の中を呟いた。


「我は・・・”兵士”ではなかったのか・・・」


 彼はその時初めて、己がただの妄執に囚われているだけの存在であることに気がついたのだ。


 そしてその”自覚”は、同時に彼の幼い”心”をズタズタに引き裂いた。


「フフフ・・・ハハハハハ・・・ふははははは・・・」


 路地裏の闇の中に”無力なゴーレム”の乾いた笑いが木霊する。


「・・・アルファ・・・」


 そして最後に彼はそう呟いて、ヴェレスの街の闇の中に消えていった。



 




※※※※※※※※※※※※※※※



 ゆっくりと覚醒する意識。


 続いて暖かい空気の感触と、触り心地の良い布団の感触が皮膚から伝わってくる。


 そしてわずかに刺激的な消毒液のような臭いが鼻から伝わり、己の意識が戻ってきていることに気がつく。


 最後に真っ黒だった視界の真ん中に左右に光の切れ込みが入って広がり、そして両の目が完全に開かれると俺達の知らない天井が視界に入ってきた。



「・・・・生きてる?」


『生きてる、モニカは?』


「生きてる・・・と思う」



 俺達が最初に行ったのはお互いの”生存”の確認。

 だが、妙に現実感が持てない。


 するとモニカが周囲を見渡した。


 どうやら俺達はベッドに寝かされているようで、その周りを紺色のカーテンのようなものがぐるりと取り囲んで覆い隠しているようだ。


 モニカがノソリと起き上がり、右手を見る。


 そこには無傷の手が見えた。

 魔力ロケットを素手で握ったせいで焼け爛れてしまったはずなのに・・・


 だが確かにそこに火傷があったことを示すかのように皮膚の色が露骨に真っ白だ。

 

 見れば他にも・・・いやモニカの全身に細かい白い線が幾つも走っていて、切断されかかっていた足はかなり真っ白になっている。


 そしてモニカが無意識に自分の鼻を触った。


 治っているな・・・だがこの分だと少し白くなっているかもしれない。

 誰かが治癒魔法でもかけてくれたのか?

 

 服装も、まるで患者用の白くて薄い服が着せられていた。

 そして、その服もよく見れば細かい魔力回路が掘ってあり、僅かに魔力の流れを検知できる。

 ひょっとして今も何か治療中なのかもしれない。


 そんなことをしながら己の無事を確認していると、カーテンの向こうで何かが動く気配が伝わってきて、モニカが驚いて振り向くのと、そのカーテンが開かれるのは同時だった。


「・・・起きてる?」

「・・・うん」


 カーテンの向こうに横たわる人物に声を掛けられ、モニカが恐る恐るそれに答える。

 それはかなり印象が変わってしまっていたが、間違いなく見知った人物だった。


「ルシエラ?」

「うん」

「髪・・・どうしたの?」


 モニカが指摘したようにルシエラの髪は、眩しいばかりの青から暗い紺色に変わっていた。

 それに全体的に覇気がない・・・というか魔力っ気がない?


「ははは・・・ちょっと無理しちゃって、暫くは魔力が全くないの」

「え!? 大丈夫なの!?」


「大丈夫!大丈夫! 1ヶ月もすれば戻るから!」


 ルシエラがそう言ってなんでもないようにカラカラと笑うが、一ヶ月もの間、魔力が全く使えないとは普通に考えてかなり凄まじい代償だ。


 一体あの怪物ゴーレムとの戦いにどれほどの代償を払ったのだろうか?


『ありがとう』


 気がつけば自然と感謝の言葉が出てきた。

 残念ながらフロウが何処にもないので直接聞かせることは出来ないが、ルシエラは俺達のためにこんなにボロボロになるまで戦ってくれたのだ。


「・・・ありがとう、ロンもありがとうって」


 モニカが感謝の言葉を述べ、俺の感謝も一緒に伝える。

 すると、ルシエラが満足そうな笑みを浮かべて何度か頷いた。


 まるでこのためにやったといわんばかりのドヤ顔だ。



「それで・・・ここは?」


 モニカが首を左右に振りながらルシエラに聞く。

 ここからだとカーテンのせいで何が何だか分からないのだ。


「ここは ”フリードリー・パース記念治療院” 、通称 ”アクリラ北病院” 、アクリラの街の中の北側にあるでっかい病院よ」


「ってことは、ここはアクリラの中?」

「ええ、そうよ、よくやったわ」


 そう言ってルシエラが手を伸ばし、モニカの肩を掴んで軽く揺する。


 そしてモニカもその手の存在を確認するように、その手の上に自分の手を重ね、そのまま暫くの間、下を向いてその”実感”を噛み締めていた。


 そしてそれは俺も同じだった。


 まだ何が起こったのか判然としない事が多すぎて頭がこんがらがっているが、何はともあれ、


 俺達の旅路がここで、一先ずの終わりを向かえた事を実感していたのだ。


 

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