1-13【お受験戦争 8:~混乱~】



 俺達の逃走はかなり上手くいっていた。


 敵の情報伝達手段である”無線網”に介入できるようになったため、相手の情報の内、少なくとも共有されている分に関しては、かなり鮮明に分かるようになったためだ。


 今は街の中の静かに混乱した街の中を、できるだけ目立たないように人混みに紛れて街の端へ向かっている最中だ。


 俺の視界にはこの街のマップと、そこに大量に配置されたゴーレム達の位置が用途別に違う色の点で記され、それが無線の情報を頼りにリアルタイムで更新されていた。

 

 そしてこのマップで分かったことだが、街の中には7289体もの騎士型ゴーレム・・・連中の言葉だと騎士ナイトゴーレムと、2342体もの各種支援ゴーレム達が蠢いている。

 約一万体の精鋭部隊とはとんでもない軍勢に狙われたものだ。

 そりゃ勝てねえよ・・・


 数が数だけに同時に全て把握するのは困難だが、距離や脅威度、重要性などで重み付けを行って受信する内容を減らしたりするシステムを俺の中に即効で”組んで”対処した。


 それでも位置信号だけは全部きっちり受け取るようにはしている。

 それが最重要なわけだし手は抜けない。


 あちらさん、自分の正確な居場所を1分に1回は発信しているので把握が楽だ。


 これは音声の中にノイズのように一定間隔の信号を混ぜることで実現しているらしく、気づくのと解読するのに少々時間がかかったものの、規則性に気になりだしたら一瞬で明らかになった。


 どうやら街の中に基準となる絶対座標点がいくつか置かれており、空を飛ぶ鳥ゴーレムの一部が中継基地として自分の相対位置を発信していたのだ。


 ゴーレム達は手元に届いたこれらの信号を4つ以上受信できれば、GPSのように己の位置を正確に認識できる。 

 当然俺達も自分の正確な位置が手に取るように分かった。

 後はゴーレム達のいない場所選んで進みながらできるだけ南側の市壁へと向かうだけだ。


 だが俺達を盲目的に追いかけるだけでなく、市内を巡回しながら状況を確認している連中もそれなりにいるので、どうしても通れない場所も出て来る。

 そういうときは俺が司令のフリをしてそいつらに少しの間、別の場所に向かうように指示しを出した。


 その時、重要なのはその直後に元に戻る指示を出す事。

 殆どのゴーレムが自分の位置を発信しているので妙な動きを放置すれば、向こうの指揮官に感づかれる恐れがあった。


 1回や2回、持ち場を離れるゴーレムが出ても気にはしないだろうが、それが何度も、そしてまるで移動するかのように連鎖すれば流石に気がつくだろう。


 なのでこういったアフターケア的な工作も重要なのだ。


 こういった”努力”のおかげで、未だに俺たちに気づかれた動きはない。


 ゴーレム達は未だに俺達が陽動を仕掛けたあたりに殺到しており、広場にいた連中もそこを目指している。


 高度に組織化された”強大な軍隊”がシステムに介入できる”小さな存在”に対して、”短期的”であれば意外なほど脆いというのを地で行っている感じだ。

 ゴーレム達がこのシステムで動いている以上、対策にも抜本的なシステム改善が必要であり、それに必要な時間は俺達が逃げ果せるのに必要な時間より遥かに長い。


 ”戦争”では勝てないが”作戦”であればいくらでもやりようがあるということだ。


 さて、そうはいっても絶対に接近してはならない”ジョーカー”的な存在も確かに存在する。

 

 まず、怪物ゴーレム。


 ほぼ単身でルシエラを圧倒する、明らかに別格の戦力で、当然ながら最重要注意対象だ。

 俺の脳内マップでも一際大きな点で表示して、どこにいるかすぐに分かるようにしているが、困ったことにこいつは現在、他のゴーレムが殺到している”陽動ポイント”ではなく俺達の近くである街の南側の方へ進んでいる。

 俺達がなかなか発見されないことに対して警戒しているのか?


 なんでも勇者ブレイブゴーレムとかと呼ばれているらしい。


 なんだよ”勇者”って・・・


 この世界で”勇者”って呼ばれる存在となると、真っ先にルシエラに聞いたアルバレスという国の7人(予定)の勇者達を思い浮かべる。


 あちらは”たった”4人で将来のガブリエラと対等とされる、正真正銘の”怪物”だ。

 つまりは”完全体”の王位スキルと比較できるような存在で、もしこいつらが相手では俺達が”思考同調”で安易にドーピングした程度では太刀打ちできないと思われる。


 戦った時の手応えからして流石にそこまでではないとしても、”勇者”を伊達で名乗っているわけでは無さそうだというのは伝わってきていた。

 それは無線の内容からして対ルシエラ戦で無傷だったことからも窺える。

 全力で回避したい相手だ。


 ちなみにルシエラは”捕らえられた”とは言われても、”殺した”とか”倒した”とかとは言わないところを見るにたぶん生きているし、内容からして勇者ブレイブゴーレムの近くにいるらしい。


 生きていてよかった。


 モニカもホッとしているし、これで後は俺達がゴールできればアクリラが大手を振って身柄引き渡し交渉に入るだろう。

 

 俺もモニカも死にたくはないので、今ここでは絶対に助けに行かないけれど。


 そしてもう一つ注意するのが、この無線網に引っかからない敵の存在だ。


 そちらは大きく分けて、カシウスのゴーレムでない連中と、無線機を持たないゴーレムに分類される。


 だいたい約半数は何らかの無線機を持っているが、それ以外は無線機を持っている他の個体の指示に従って行動していて正確な位置までは特定できない。

 ただ、無線機を持っている個体がそいつらの大まかな位置を送信するので、マップで上で把握するのはまだ比較的簡単だった。


 問題は、カシウスのゴーレムでない方で、こちらは本当に僅かな情報から位置を推察するしかない。

 

 わかりやすい例は、空を我が物顔で飛んでいる”門番ゴーレム”だ。

 あいつらは行政区とやらの持ち物なので、国の戦力であるカシウスのゴーレムとは直接は連携していない。


 ただ、あまりに派手で目立つのでどこにいるかはすぐ分かる。


 一応そいつら対策で、近くの店舗でフード付きの上着を購入している。

 かなり暑いが、結構自然な見た目なので人混みに紛れていれば、少なくとも上空から見てすぐに分かることはないだろう。


 だがそれよりも厄介なのが、”人間”の方である。


 無線の内容からして、指揮所に”アルファ”と呼ばれている総指揮者を含めて数人の人間がいて、それとは別行動で”エリート”が2人動いているらしい。

 街の内と外に一人ずつで、勇者ブレイブゴーレムと合わせて、”決定打”用の戦力として自由に動き回っているらしい。


 怖いのは外の方は南側に陣取っているのに対して、街の中の方が何処にいるのかはっきりとしないのだ。


 以前戦った時に比べて俺達も多少強くはなっているし手段もあるが、手持ちのフロウが半分になりそれなりに消耗しているので、ここで”エリート”クラスとやり合うのはかなり致命的になる。

 だからこそ見つからないようにできるだけコソコソと、ゴレーム達の空白地帯を移動しているのだ。



『見えてきたな・・・・』


 モニカから肯定の感情が返ってくる。

 視界の先にこの街の市壁が見えてきたのだ。


 当然ながら”お尋ね者”である俺達は街の門から出ることはできない。

 というか俺達のせいで門自体が開いていないのでそもそも行っても意味がない。


 じゃあどうするか?


 市壁を越えればいいのだろう?


 目の前には高さ3mほどの壁が左右に続いている。

 入ってきた時に確認したのだが、厚さは2mほど、この世界ではごく一般的なサイズの市壁といえる。

 魔力がない人間にとってはなかなかに絶望的な高さだが、幸い俺達には魔力はたっぷりあるし、モニカは筋力強化が得意だ。

 全力でジャンプすれば普通に飛び越えられる。


 じゃあ、さっさと飛び越えようぜ! というわけにもいかないのが難しいところだ。


 まず、当然として市壁にも監視の目はある。

 というかむしろ本来はこっちが主流だ。

 しかもゴーレムだけでなく、本職の軍隊の兵士の姿もあった。

 

 流石に人混みに紛れている内は気づかなくても、いざ壁を越えようとすれば目につくだろう。


 じゃあ、どうするべきか?


 1. バレるの上等で強行突破。


 2. 穴を掘って地下から脱出。


◯3. 隙を見てこっそり越える。


 というわけで、人目についていないかを確認する必要が出てきた。


 ゴーレム達はマップ上で居場所がわかるし、最悪無線で退かせばいいので問題ないが、問題は生身の兵士の方だな・・・・

 見た感じ100mごとくらいに3人組が並んでいる。


 俺達はその死角を見つけなければならなかった。


 モニカが壁のすぐ近くの家の壁に身を貼り付けて隠れるようにして壁を睨む。


『よーし、そのまま、そのまま・・・・・いくぞ』

「うん」


 俺の合図にモニカが頷いて壁を強く睨み、口を開いてその”呪文”を唱え始めた。


「・・・すぅ・・・・・イージリクス・・・プレスメッシリア・・・ソリボロ・・・マナレ・・・オクオ・・・」


 モニカが長い呪文を唱えながら、半分”当てずっぽう”で魔力を動かし、それを俺が正しい形に直していく。


 一応ルシエラに教えてもらって発動まではできるようにしていたが、急ごしらえなので少々いびつだし、当然のように無言での発動は出来ない。


 だがそれでもモニカが呪文の最後を言い終わると、モニカの目の周りに小さな黒い魔法陣が現れ、視界に少し色がついた。

 

 これは以前他の街で壁を越える時にルシエラが使っていた魔法で、その場所を人が見ているかどうかが視覚的に分かるようになっているという優れものだ。

 内容としては、誰かがその場所を見ていれば、俺達の場合であれば黒く染まって見えるというもの、どの程度注意を向けているかはその濃さで分る。


 時間がないので細かいところは説明しないが、目の周りに作った魔法陣から放射された探索用の魔力の反射を利用して探るという方法だ。


 あとはそれを使いながら、壁の中で死角になっている箇所を探していけばいい。


 だがそれが予想外に難航した。


 やはり封鎖中の街の壁が注意の対象になっていないわけがなく、壁の土の部分を見ても人が見ていることを示す真っ黒な影が降りていた。


「少し移動する?」

『そうだな、ここじゃ埒が明かない』




 それから俺達は、壁の近くの家沿いに壁の様子を探りながら進むという作業を続けた。

 だが一向に良さそうな場所が見つからない。


 次第に俺達の中にどちらが発祥のものかは定かではない、焦りの感情が渦巻き始める。


 そしてそれに拍車をかけるように、ゴーレム達の動きが変化を始めた。

 陽動に使った建物から俺達が見つからない事に業を煮やしたのか、半数ほどのゴーレム達がそこから離れだしたのだ。

 どうやら俺達が逃げ果せたことを勘定に入れ始めたらしい。


 次第に、隠れるために俺達が”指示”を出す回数が増え始めた。

 それにさっきから勇者ブレイブゴーレムが結構近くをうろついてて怖い。


 これはまずい傾向だ。

 もう強行突破覚悟で飛び越えるか?


「!」


 その時、モニカの中に驚きと歓喜の混じった感情が流れる。  

 そして俺もそれに続いた。


 なんと壁の一部に奇跡的に誰も見ていないポイントが有ったのだ。


 そこは何かの機械類が置かれるためなのか、壁が少し出っ張っていてそれが逆に手前からの視界を完全に遮ってくれていた。


 俺とモニカの中に今しかないという焦燥に似た覚悟と決意が固まり始め、

 次の瞬間、モニカが全力で壁のその部分へ向かって走り始め、俺がそれを全力でサポートする。

 強力な筋力強化によって壁との間の距離は一気に縮まり、跳躍に備えて魔力が脚へ集中した。


 そして壁まであと2mというところで、モニカが全力で地面を蹴ってジャンプをして壁の上明日に向かってモニカと俺が操るフロウがそれぞれ、大きく”手”を伸ばす。


 あと少しでその頂上を掴み、街の外への逃亡が叶う。








 だが、




「『!?』」


 突如、モニカが足に走った謎の衝撃と激痛に大きくバランスを崩し、そのまま目標を外れた俺達は硬い石の壁に顔面から突っ込んだ。


 痛めて間もない鼻面にさらなる衝撃が走り、目の前に星が散る。


 そして俺はなぜ”パッシブ防御”が機能しなかったのかと自問しながら、足先に殺到し”謎の剣”を受け止めるのに精一杯だったフロウの姿を視界の端に見た。


 そして次の瞬間、全身が地面に叩きつけられる。

 当然のように落ちた地面は壁の内側だった。


「・・・うっぐ、がっ・・・っは・・・」


 地面に腕をつきながらモニカが肺に溜まった息と、どこから漏れたか分からない血が混ざったものを口から吐き出す。

 さらに傷が広がった鼻からは大量の鼻血がポタポタと流れ落ちている。

 きっと今、自分達の顔は半分真っ赤だろう。


 いったい何事か、


 危険を察知したモニカがその場を飛び退こうと足に力を込め、大きくジャンプする。


 だがそれは次の瞬間発生した意識が飛ぶかと思うほどの激痛で中断され、不完全な形で飛び上がった俺達は無様にゴロゴロと横に転がった。

 そして今度こそ何事かと、足を見る。


「・・・なんで・・・」


 モニカの口から驚愕と絶望に染まった声が漏れる。

 俺達の足は両足とも、足首の上3cmほどの所で後ろ半分に深い傷が穿たれていた。


 ちょうど後ろから切りつけられて切断の一歩手前でフロウによる自動防御がギリギリ間に合った感じだ。

 もし仮に防御が間に合っていなかった場合、間違いなく切断されていただろう。


 だがそれでも腱は跡形もなく寸断され、足の骨も折れていた。

 立つことはもはや不可能だ。


 そしてモニカが敵意の篭った目でもって、それを成した男を睨む。


 それは目に涙を浮かべ、両手に俺達の血の付いた剣を握り締め、背中にいくつもの槍や剣を背負った筋肉の塊のような男だった。

 そいつが犯人であることに疑いの余地はない。

 他に候補は居ないし、握られた剣には新鮮な血がついている。


 だが俺もモニカも、その男を一目見た瞬間敵意が波のようにさっと引いた。


 その姿があまりにも”後悔”と”悲しみ”に満ちていて、”哀れ”という感情で全てが押し流されてしまったのだ。


 何故、この男はこんな表情をするのか・・・そして何故、俺達はこの男から攻撃されねばならなかったのか・・・


 だがその男は1人ではなかった。


あねさん・・・捕まえました、ゴーレムをよこしてください」


 突然、背中に何かを押し当てられ、体から魔力が急速に抜けていく感覚に襲われた。

 すぐ横で2本のフロウが棒状にその形を戻す。


 振り返って見ればそこには魔法士服を着た痩せた男が左手で、謎の魔道具を俺達の背中に押し当て、右手でこれまた謎の魔道具で何処かへと通信を行っていた。

 おそらく背中に当てられているのは、”スキル殺しのネット”の親戚か何かだろう、反応がそっくりだ。

 そしてその通信は”俺の受信機”では捉えることはできなかった。


 そして次の瞬間、俺達の位置を知らせる無線がゴーレム回線に嵐のように響き渡り、マップ上のゴーレム達がまるで餌を見つけたピラニアの大群のように一斉に移動を始めた。


 モニカが痩せた魔法士の男と、筋肉の塊の男を交互に睨む。


「・・・なんで・・・・」

「君は上手くやりすぎたのさ、そこで”姉さん”が意味の通らない指示で移動しているゴーレムがいることに気づいて、独自に俺達を動かしたんだ。

 運が悪かったなモニカちゃん、俺達の姉さんのスキルに嘘は通じないんだ・・・・・・


 魔法士の方が少し悲しそうにそう言った。


 2人の男からはどちらも取るに足らない力しか感じない。

 それは魔力的な意味でも、技術的な意味でもだ。

 

 仮にゴーレム達と正面から戦えばこの2人がかりでも、騎士ナイトゴーレム一体に負けるだろう。 


 だがそれこそが、俺達が最も恐れるべき存在だったのだ。

 

 それは、別回線で動く敵の存在という意味ではない。 

 彼等は俺達以上の”経験”を持ち、その連携で持って俺達を的確に行動不能にしたのだ。

 

 こんな時にも俺は様々なデータから”反省点”を掘り出そうとしていた。


 剣士の剣だけならば当たることはなかっただろう、魔法士だけであれば殆ど素通りできただろう。

 だが2人揃うことによって、魔法士の全力の隠匿魔法でギリギリまで俺達からの発見を遅らせ、適切なタイミングで斬りかかることが出来たのだ。


 それに対して俺達は眼前の”希望”に全ての視線と注意を奪われた。


 俺達は大部隊から逃げ果せた後の僅かな気の緩みによって、たった”2人”に行動不能にされたのだ。

 それは2対2で負けたのと何も変わらない。



 すぐにゴーレム達が集まりだした。


 だが彼らはすぐに襲ってくるようなことはせず、まるでカラスのように周囲に並んでこちらの様子を見始めた。


 どうやらすぐには殺さないらしい。


 おそらく俺達が地面に這いつくばって、背中に当てられた謎の魔道具のせいで、できる行動もないと見越してのものだろう。

 きっと確実にトドメを刺せる”戦力”の到着を待っているのだ。



 ・・・・・だが、待ってやるもんか。




 ちょうど発動条件もう死ぬという状況は満たしたところだ。


『モニカ・・・』

「うん・・・」


 俺のその合図にモニカが応え、俺達の意識が統一される。


 そして次の瞬間、俺は視界の端に隠しておいた最終兵器思考同調Lv.3の封印を解いて、そのスイッチを意識で殴るように押した。


「・・・・・ん?」


 すると魔法士の男がすぐに”異変”に気付く。 

 だがもう遅い。


 体がゆっくりと持ち上がっていく。


 そして俺達の中を激流のように流れていた様々なものが、急激に沈静化して整っていく感覚が広がり、急速に俺の意識とモニカの意識の境目が曖昧になっていく。

 

 その中で俺は一抹の寂しさを覚えた。


 おそらく、もう戻れないだろう。

 

 思考同調のレベルは前回より上がっており、必然的にその”後遺症”もその危険度を増している。

 そして最大の制御器でもあるモニカの体に大きな傷を負っている今、それに耐えることは不可能だった。


 つまり、もう戻ることは出来ない。

 今後はその一生をモニカと俺の合成された人格として過ごすことになる。


 いや、前回のあの”人格”の様子からして、もはや生きた災害として振る舞うかもしれない。

 こんな街中でそんなことをすればその被害は甚大だろう。


 だからその人達には心から謝りたい。


 それでも俺は”生きたい”と思っていた。



 ただ、モニカと生き続けたいと願っていたのだ。

 

 それは俺にとって初めて・・・・の、”本気の生への執着”といえた。





 ただし、その覚悟が成就することはなかったが。





 突然、全身の魔力の流れが大きく変化する。


「『!!!????』」


 想定外の謎のうねりを持った魔力の動きの中で、俺とモニカがまるで遠心分離機にかけられたかのように急速に意識が分離していく。


 いったいどういうことだ?


 形をとるはずだったスキルがあっという間にその形態を失い、全身の魔力が霧散していく。




「だめですよ? あなたには、それは”まだ”早い」


 すぐ目の前から聞いたことのない声が聞こえてきて、 誰だ? と目を開けるとそこには地味な白色の魔法士服を着て、赤い帽子を被った謎の男が”右手”で俺達の顔面を掴んでいる様子が見えた。

 

 いったいこいつは誰だ?


 それにこの右手は?


 よくよく観察してみれば、どうやら俺達の思考同調はこの者の右手によって遮られたようだ。

  

「おい!! エリートさんよ! てめえ、一体何してやがる!?」


 筋肉剣士がすごい剣幕で、その謎の魔法士へ食って掛かる。

 仲間ではないのか?


 いや、渋々ながら協力している感じだ。


 となると、こいつが無線で時々話に出てた”エリート”か。


 流石、本物の一流魔法士とあってか、後ろで魔道具を俺達にあてがっている痩せた魔法士とは雲泥の差だ。

 何もしていなくてもその強さがこちらに伝わってくる。

 そしてそれはモニカも同様のようだ。


 となると、近接戦闘もかなりのものか・・・・・

 

 いやちがう、そうじゃない・・・・


「あれ? 自分が今、私に命を助けられたことに気づいてない? これだから筋肉は・・・」


 エリート魔法士の男が筋肉剣士の剣幕を涼しい顔で受け止め、そうやり返した。

 そして掴んでいた”右手”を放すと、俺達の体が地面にドサリと落ちる。


 その衝撃で足に再び激痛が走り、その痛みにモニカが小さく呻いた。


「あ! すいません、足を怪我していたのを失念していました」


 それを見た白服のエリート魔法士が、慌てて俺達に謝ってきた。

 だがその言葉は完全な平謝りだ。


 いやそんなことじゃなくて、こいつ・・・


 そして、その間にも続々と敵の戦力が集まってくる。

 いつの間にか、周囲には視界を覆い尽くす”黒山のゴーレム集り”が形成されていた。


 そして”以前見た”ときと同じようにその一部が大きく割れ、その向こうから他のゴーレムより一回り小柄な”覇者”の風格を持つゴーレムが歩いてくる。


 どうやら”勇者様”のご到着のようだ。


 気が滅入る事にその鎧は大きく汚れているものの、全くの無傷だった。


 あれだけ轟音が鳴る激闘をしても傷がつかないのか・・・


 そして、その後ろから服がボロボロになったルシエラを担いだゴーレムが付いて来る。

 見た感じ意識はない。

 

 それを見てモニカの感情が大きく怒りに染まった。

 だが頼みの思考同調は封印され、フロウは横に転がっているので出来ることは何もない。


 さらに追い打ちのように勇者ブレイブゴーレムの威容に当てられ、怒りが急速に恐怖へと変わっていく。


 ああ、これが”絶体絶命”というやつなのか・・・・

 


 そして勇者ブレイブゴーレムがその強烈な視線でもって、こちらを見下ろしながら”処刑命令”を下す。


「〈”処理”しろ!!〉」


 もちろん、その宣告は、”日本語”で行われているため、俺とゴーレム達以外には聞き取れない。


 だが、その言葉の持つ覇気と矛先、そして状況からその場の”全員”がその意味を理解した。


 

 モニカが恐怖でギュッと目をつむり、全ての視界を失った俺の目の前が真っ暗になる。



 だが”その時”がやってくることはなかった。



 あまりに何もないために、不審に思ったモニカが目を開ける。

 すると、白服のエリート魔法士がわざとらしい怪訝な表情で耳に手を当てて、まるで挑発するように勇者ブレイブゴーレムに向かって聞き返した。


「え? なに?」


 まさか今の意味が分からなかったのか?

 だがそんな様子でもない。


 すると勇者ブレイブゴーレムが持っていた剣をその場に振り下ろし、ブン! という強烈な音があたりに響く。


「ああ・・・そういうことですか・・・」


 どうやら今のでこのエリート魔法士はその意図を理解したらしい。


 だがその返答は、この場の全員の予想とは異なるものだった。




「  い    や    で    す    よ  」



 

 その言葉に全員の目が大きく開かれ、凄まじい混乱による静寂がその場を支配する。

 そしてその様子を、白服のエリート魔法士・・・だと俺以外・・・・が信じていた男がニコリと口元を歪めて、面白そうに眺めていた。




 ・・・・・これが、この”戦い”の裏で行われていた・・・・もう一つの俺達に関係する”戦い”が初めてその顔を出した瞬間だったのだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




同時刻     首都 ルブルム


 


 普段なら、この国で最も平穏であるはずの国防局の前の広場は、大きな混乱に満ちていた。


 最初に気付いたのは広場を散歩していた”王国評議会”の女性議員だ。


 彼女はこの広場で日の出を見るのが日課で、それを”利用”された。


 朝日に照らされ、”正義”を標語に議員となった彼女の目に飛び込んできたのは・・・・・・



 司法局の一部などが入る、国防局の向かいの建物にかけられた、巨大な垂れ幕と・・・・・


 その上に吊られた国防局職員の変わり果てた姿だった。




 首都の中心部はすぐに蜂の巣をつついた騒ぎになり、広場には様々な閣僚を含めた多くの人が集まってきて垂れ幕に書かれたその”メッセージ”と死体の両方を見た。


「・・・あの死体は誰だ?」


 群衆の1人が問いを発する。

 するとすぐにそれに答える声が相次いだ。


「おい!? 胸に金バッジを付けてるぞ!?」

「うそっ!? エリート!?」


 人々が口々に、首都のど真ん中で行われた”強者”に対するその仕打ちに恐怖する声が相次ぐ。

 エリート魔法士は首都圏では珍しくないものの、だからこそ広くその実力が知られていて、それを殺しうる存在に恐怖したのだ。


 そしてそれは同時にこの”事件”を、そこに込められた”メッセージ”共々、大きく人々の記憶に刻みつけることになる。


 既にその死体に向かって”首都警備隊”の面々が向かっている。

 すぐにバッジから身元が割れるだろう。


 群衆の興味はすぐにその死体の”正体”へと向かい、その中に、その正体に気づいて一際青い顔をする人物がいた。



「大丈夫ですか、局長?」

「いや・・・・気にしないでいい」


 その人物、”マルクス・アオハ”は隣りにいた一般職員の気遣いに対してそう答えると、まるで逃げるように国防局の建物の中へと入っていき、駆け足で最上階の自分の執務室の中に飛び込む。


 そして部屋の中に誰も居ないことを確認してから、自分の机を凄まじい力で殴りつけた。




「くそおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」




 部屋の中にマルクスの絶叫が木霊し、重厚で頑丈だった彼の机が一瞬にして木片に変わりながら弾丸のように部屋の中を跳ね回って棚や調度品などを全て粉々に打ち砕いた。


 そしてその中心でただ一つ無傷だったマルクスが、顔を下に向けてうなだれ、その額から冷や汗がこぼれ落ちる。


「・・・・してやられた・・・・」


 あの死体が誰かなんて照合するまでもない・・・・


 ルッツ・カルマン・・・


 またの名を”ボルド”・・・


 あれはまさに”今”、数千km南でマルクスが命じた”極秘作戦”を遂行しているはずの人物だったのだ。

 思えば”この作戦”を提案したのはボルドだった・・・・


「まさか、あの時から入れ替わっていたのか・・・」


 誰が入れ替わったかなんて、改めて聞く必要はない。


「アイギスの亡霊め・・・・・全てを持っていく・・・・・・つもりか!?」


 これで、秘密処理と新戦力の評価カシウスのゴーレムを同時に行えるという触れ込みで、”奴ら”は王位スキルと盟友達カシウスのゴーレムの両方を手にしたことになる。


 マルクスが垂れ幕に書かれていた言葉を思い返す。



”アイギスの火は再び灯された!!”


 もちろんその言葉は直接的な意味は持たず、”奴ら”が”守りたいもの”を守るためのカバーでしかない。

 それでも噂好きの首都の暇人どもは、今は無き名家の再興という宣言に飛びつき、大いに沸くことだろう。

 旧アイギス系の貴族たちはこれから暫く、眠れぬ日々を過ごすかもしれない。


 そしてそれはマルクスや王家であってもその余波を喰らい、放置すれば間違いなく”王位スキル騒ぎ”よりも遥かにおぞましい結果を捻り出しかねない。


 思えばこれは”奴ら”の常套手段だった。

 そもそもカシウスのゴーレムを使ったのは、自分が動けないという状況を政治的に作られての物だったのだ。


 ”奴ら”は我らの秘密露見のリスクに対する”恐怖”をちょうどいい具合につついて、我らがそれに掛かりっきりになっている間に”真の目的”をかっさらっていく。

 しかも我らがその”餌”に掛かりっきりになって奔走すれば、”目先”の安寧を得られるように調整してだ。


 こんなことになるのならば、露見のリスクを犯してでも自分自身が動くべきだった。


 だがもう遅い。


 全ては遥か彼方で進行し、自分はこれから暫くの間、この一連の出来事について王命によって首都に釘で打ち付けられたかのように固定されることになる。

 そして、それを立場上自分から進言しなければならない。


 マルクスが唇を噛みしめる。


「・・・・お前の言うとおりだよ、カシウス・・・・」


 軍位スキル最強の力など、肝心な時には何の役にも立たない。




 負けたのだ。



 マルクス・アオハは、ロン・アイギスの亡霊に・・・・・




 いや、亡霊達・・・・に。


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